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kh

2006/01/31

天気予報では曇りと言われていたのに、今夜は冷たい雨が降った。
午後11時半。街灯がぽつりぽつりとついている以外、あたりは暗闇である。
雨の中傘もささず、桐生は一人家路についていた。
行く先に、小さなアパートが見える。
二階…遥の待つ部屋の灯りがついているのを見て、桐生は安堵した。
そして小さく首を振り、足を速めた。

鉄製の階段を登り、二番目の扉が二人の住処の入り口だった。
「ただいま」
「おかえりなさい、おじさん!」
桐生が帰ってきたのに気付いて、遥は弾けるように立ち上がり、こちらに駆け寄ってきた。ピンク色のパジャマは、少々サイズが大きいようで少しダブついている。
「遥…俺のことは待たなくていい。10時には寝ろって、いつも言ってるだろう」
「だってぇ」
「子供は早寝早起きだ」
わざとらしく顔をしかめて見せる。
「えー、嫌だよー」
途端に遥は頬を膨らませた。
つい一ヶ月ほど前…目の前の少女と神室町で出逢い、共に過ごしていた頃。
桐生は遥に、年齢の割に大人びた子供だという印象を持っていたが、
あの事件が終わり、二人田舎の町で暮らすようになってからは、すっかり子供らしさを取り戻していた。
神室町では周りの人間は大人ばかりで、緊張していたのだろう。
つい先頃からは小学校にも行き始め、少しずつクラスにも馴染んでいっているようだった。

「おじさん、ごはんとお風呂、どっちが先?」
「なんだ、それは」
いきなりの質問に、我ながらおかしな返事をしたと桐生は思ったが、遥は気にするでもなく詰め寄った。
「もー、答えてよ。どっち?」
両腕を腰に当てて、顔を寄せてくる。こちらを真っ直ぐ見つめる瞳。
その輝きは、平凡な日常を取り戻した今でも、あの頃と変わっていなかった。
少し考えてから桐生は答えた。
「メシにしようか」
「ブッブー」
「えっ?」
「ごはんはまだダメ!おじさんがお風呂に入ってる間に用意するんだから」
「じゃあ、どのみち風呂しか選べないじゃないか」
自分に聞いた意味がない。
「だって、一度言ってみたかったんだもん。『あなたー、ごはんとお風呂、どっちにする?』」
桐生は頭がクラクラした。そんな台詞を、どこで覚えてくるのだろう。
「それにおじさん、びしょ濡れだもん!身体温めなきゃダメだよ」
今思いついた風に遥は付け足して、台所に立った。
どちらが風呂を勧めてきた本当の理由なのか、桐生には分からなかった。両方かも知れない。
女の考えることは分からん。
相手が例え、自分より30歳近く年下の少女でも。
桐生はしみじみと思った。


風呂に浸かると、雨に濡れて冷え切った身体に熱がじんと染みた。
湯と共に疲れも流れて消えて行くような気がする。
雨音が小さく、風呂場にまで聞こえてきた。
…あの日も雨だった。
改めて桐生は思った。
雷鳴轟く夜、稲光に照り返す血の海。銃を持ったままだった錦。現場に落ちていた由美の指輪。
親殺しとして過ごした10年、消えた100億、それを巡って巻き起こった様々な事件。
遥との出逢い。
この静かな町にいると、全てが夢のように思えた。
ドラマの中の出来事のようだと思う。

だが今、俺は遥と共に暮らしている。
一生、命かけても遥を護ると決めたのだ。
神室町で過ごして出会ってきたこと全てを、忘れてはならない。

犬の遠吠えが聞こえた。



首に掛けたタオルの端で髪を拭きながら風呂場を出る。
「メシは出来たのか、遥…」
返事はない。
「遥?」
座ったままちゃぶ台にもたれて、少女は安らかな寝息を立てていた。
大きな茶碗へ山盛りによそわれたごはんと、不格好だが丁寧に作られたハンバーグが湯気を立てている。
時計を見れば既に日付が変わっていた。
桐生は黙って手を合わせ、肉をこね足りなかったのか最初から半分に割れているハンバーグを口に運んだ。
「…うまいな」
眠る少女に向かって感想を述べた。味ももちろんだが、一生懸命作ってくれた気持ちが何より嬉しい。
彼の声が聞こえているのかどうか、遥は笑みを浮かべているように見えた。
ハンバーグはあっという間に無くなった。

桐生は手早く食器を片づけ、布団を敷いた。
そして布団の上に白い小さな枕と、大きな枕を並べた。
「遥」
小さな声で呼んでみたが、彼女は起きる気配もない。
桐生は軽々と少女を抱き上げ、布団に運び、寝かせてやった。
電気を消し、自分も隣へ横になる。


「おやすみ」
そう言って目を閉じる。


いつの間にか雨はやみ、雲間から薄い月が覗いていた。





「2006/01/31」 了


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