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Sun-Day


先週の月曜だったか。
「おじさん、はいっ」
遥が、小学校で貰ったプリントを出して意味ありげに笑った。
目を通してみれば、藁半紙に教師が印刷した「おたより」である。
上の方には手書きで「カゼに注意!」「帰ったら、手洗い・うがい」などの文字が大きく踊っている。
~今月2組で一度も欠席しなかったのは、勇人君と遥ちゃんでした。元気に小学校に通ってくれました。~
そこまで目を通して視線を上げる。
「よく頑張ったな」
「えへへ。…おじさん、下の方も読んで」
再び視線を落とすと「保護者の方へのお知らせ」として、何やら文章が綴られている。
『次回の授業参観は、来週の日曜日に行います。休日ですので父兄の方もどうぞ参観下さい』
少し面食らって、再び頭を上げた。
「おじさん、来てくれるよね!」
遥は握った手を口に当てて、期待の目で桐生を見つめた。
だが、桐生は自分が元極道者である事に引け目を感じていた。
もちろん、いつかは親として進路相談やらに出席せねばならなくなるだろう。
しかし、今回は授業参観だ。参加を強制されるものではないし、他の親達に混じれば、自分は確実に浮くのではないか。
自分の為に遥が今後いじめられるような事にならないだろうか。
「俺が行っても、いいのか?」
「おじさんが来てくれなかったら、もうご飯作ってあげないよ」
「えっ」
「洗濯物もおじさんが畳んでよ」
それは、不器用な桐生が最も苦手とする家事だった。
「…」
「おじさんに、見に来て欲しいの!」
遥が少しふくれて言った。
…かわいい。
桐生は素直に思った。
「わかった。日曜の昼だな」
遥の頭をなでてやると、目を輝かせて喜んだ。



あっという間に日は過ぎて、参観当日。
遥は、いつものように8時前に小学校に向かった。
今日一日は通常授業を行い、月曜日が代休になる、と言う事らしい。
彼が子供の頃は、父兄参観の日が大嫌いだった。大抵父親は来なかったし、急に前触れもなく現れたと思えば、派手なアロハシャツにサングラスをかけ、いかにもヤクザといった風体で周りの父兄を怖がらせた。
だが、遥は自分に来て欲しいと言ってくれた。
桐生は嬉しい反面、今までになく緊張していた。
とりあえず、できるだけ真面目そうに見える服装で行こうと考えたが、タンスに入っている服は派手なシャツや上着ばかり。
そういうデザインが子供の頃から好きだったのだ。
比較的地味な服と言うと、パジャマ兼用のスウェットの上下くらいしかなかった。
「参ったな」
さすがに寝間着姿で授業参観には行けない。
桐生はふと、ファンシーケースのファスナーを引いた。
見なれた白いスーツと、黒い喪服用のスーツに挟まれて、渋いグレーのスーツが架かっている。
それは組に入ってしばらく経った頃、風間に贈られたものだった。
「お前もいつか、こういったスーツを着なきゃならねえ事もあるだろう」
当時桐生はまだ若く、回収やカチコミの時も派手な格好で繰り出していたので、風間がどうしてこんなに地味な服を贈ってくれたのか理解できなかった。
だが、風間が贈ってくれたスーツである。殆ど着る事はなかったが、大切に保管していた。
将来組を背負って立つ時の事を、すでに風間は考えていたのかもしれない。
それとも、今のように桐生が組を辞め、真っ当な人間に戻った時を考えたのか。
まさか娘(のような少女)の授業参観で着られる事になるとは思ってもいなかっただろう。

洗面台の鏡に向かい、ネクタイを締めた。
居間に戻ってスーツに腕を通すと、少し袖の丈が短く、腕回りや脚周りも少し窮屈に感じたが、気にするほどでもない程度だ。
一時期、警察から身を隠す為に買った黒縁のメガネを掛けて鏡を覗くと、すっかり一般的なサラリーマンに見えた。
(実際はあまりにがっしりとした体躯と鋭い目つきのせいで、やはりどこか違和感が残っていたが、桐生自身が気付くはずもなかった)
一人で鏡に向かって頷き、桐生はアパートを後にした。



小学校の門をくぐると、桐生と同様、授業を見に来た父兄の姿が散見された。
母親と父親、揃って参観に来ているケースも多い。
ここに由美がいれば、遥の両親としてここに来るような事もあり得たのだろうか。
いや、両親と言う事はつまり…。
自分の考えている事に気付いて顔を振り、そのまま早足で遥の教室に向かう。
いきなり顔をぶんぶん振り回す行動に、周囲から奇異の目で見られているとは遂に気付かないままだった。

教室に着いたのは授業が始まるギリギリの時間で、既に殆どの父兄が顔を揃えているようだった。
教室の後ろには入りきらず、桐生は窓からそっと中を覗き見た。
遥は窓際で友達と話をしているようだったが、こちらに気付いて嬉しそうに笑った。
桐生も小さく手を振った。
そのまま遥は友人らしき少女とこちらを見ながら何か話をしている。
少し照れくさくなって桐生は目線を外し、周囲を見回した。
やけにラフな格好の父兄が目に付いた。Tシャツ、ポロシャツにジーンズ姿が多い。
ジャージのような服を着た父親までいる。
どういう事だろう。
そこに教師が姿を現した。まだ若そうな女性の教師だ。
「本日は、お忙しいところをお子様方の授業参観に足を運んで下さり、ありがとうございます…今日は、いい天気ですので、運動場で体育の授業を行います」
桐生は壁に貼られた「おたより」を改めて読んだ。『授業参観のお知らせ』の後ろの方に、小さく
『当日は動きやすい服装で参集下さい』
とある。プリントを貰った時は、そこまで読んでいなかった。
よく見れば、遥たちも体操服姿だ。
「先に父兄の皆さんは運動場の方へ…子供達と父兄の皆さんで対抗リレーをしようと思います」
桐生は天を仰いだ。

リレーは生徒のチームが1つと、父兄チームが2つの3チームで競うと言う事になった。
生徒チームは運動場を半周ずつ走り、父兄達は一人一周ずつでバトンを渡す。
桐生は、父兄チーム1のアンカーに任命された。
「いや、俺…じゃなくて私は、こんな服装ですから」
そう一旦は断ったのだが、どうもアンカーと言うのは他の父兄も避けたいものらしく、結局引受ける事になった。
あれよあれよと言う間に、リレーがスタートした。
遥は第一走者で、周りの大人の男性に引けを取らない速さの、軽やかな走りだった。
自分の役目を無事終えて、遥がほっとしたような表情でこちらを見た。
桐生は誇らしいような気持ちだった。
しかし、間もなく自分の出番だと思うと、少し気が重くなった。
リレーはいい具合に緊迫したレース展開で、生徒のチームが僅かにリードしていたが、父兄のチームは抜きつ抜かれつ、といった具合だった。
次がアンカーの出番だ。
相手チームの父兄は、年齢は近そうだが色黒で、いかにも元スポーツマンといった風体の男性だった。
こちらを見ながら屈伸などをして自信ありげな表情に、桐生は急に火が点いた。
コイツには負けられん。
ネクタイを緩めてメガネを外し、スーツのジャケットを脱ぎ捨てた。
運動場に立つ。
生徒達が思い思いに声援をかける。
桐生達に向かって一つ前の走者が近付いてくる。
バトンタッチはほぼ同時だ。
駆け出した桐生の背中に、
「お父さん頑張って!」
と言う遥の声が、聞こえた、気がした。



帰り道。桐生はくたくたになって歩いていた。
スーツは右手で肩に掛け、ネクタイはシャツの胸ポケットにねじ込んでいる。
シャツのボタンは2番目まで外して、襟は立てていた。
左手にはコーラの缶を2つ握っている。
「おじさーん」
遥が走って追いかけて来た。汗一つかいていない。
「子供は元気だな」
「私、子供じゃないよ」
口を尖らせる姿が子供らしいと思うが口には出さずにおいた。
「喉、かわいただろ」
「わぁ、コーラ!」
遥はコーラの缶を受け取って、一口飲んだ。
「…ふぅ。五臓六腑に染み渡るよー」
こういう物言いは、やけに年寄りじみていると、いつも桐生は思う。
何度かコーラに口を付けてから遥がこちらを見上げた。
「おじさん、かっこ良かったよ!」
「…」
照れくさくて目を外した。頭上には雲一つない青空が広がっている。
「ホントだよ!友達も、かっこいいって言ってたんだから!」
「そうか」
ついぶっきらぼうに答えてしまう。
「そうだよ!それに…なんか今日のおじさんは、普通のお父さんみたいだった」
思わず遥の顔を見つめた。
「いつものおじさんもいいんだけど!」
慌てたように付け足す。
桐生は口の端を上げた。この服装も悪くはなかったらしい。
「遥は明日、学校休みだったな」
「うん」
「俺の服、明日は遥が選んでくれないか?」
「うん!」
遥は「おじさん」の腕に抱きついた。桐生はその腕を上げて、遥を宙に浮かせ、そのまま家に続く坂を登っていく。
二人の影はアパートに吸い込まれるまで、離れる事はなかった。






「Sun-day」 了




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