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『秘め事』
(加賀編後日談)


初めて触れたあの男(ひと)の唇。
それは思いの外柔らかくて、この人の身体の中にもそんな部分があるのだと知った。

「寝込み、襲っちゃった」

離した唇に残る温もりが、密やかな行為への罪悪感を感じさせる。

(でもいいよね……この位。だって私は)

薄々感じていた淡く切ない想い。
ただそれは亡くした父への憧憬や、母を失った孤独からくる依存心との境界が酷く
曖昧で、ずっと向き合うことを恐れていた。
だからなのかもしれない、あの時私が独りで行こうと決心したのは。
そう全てを対等にする事は出来なくとも、せめて気持ちだけは憧れや依拠している
部分を取っ払いたかった。

――今度会った時には自らの足で立ち、卍さんと向き合えるだけの女になりたい

「……少しはなれた?」

膝の上の暢気な寝顔を見下ろす。
そして鼻の大きな傷にそっと指を這わし、跡をなぞってみた。

(駄目、かな。結局最後の最後には、また助けて貰っちゃったから)

それでもこの数ヶ月は、確かに私の中で大きな変化をもたらしてくれたと思う。

(卍さんはかけがえのない存在なんだって、思い知らされた。そして一人の男として――)

「好き」

小さな告白。
さっきの口付け同様、寝ている隙を狙って吐き出してしまった想いにまたも微かな罪悪感。

(でも今の私にはコレが限界だもん、な)

分かっている、まだその時ではないという事を。
もっともっと、今よりもっといい女になるその日までこの想いを伝えてはいけないのだ。

「今度は私が守るよ」

もし起きていたら笑われるかもしれない台詞が、自然と口へと上る。
全ての発端だった『仇討ち』よりも、私の心は卍さんの存在そのモノに重きを変えていた。

「にゃ~~」

「しーっ」

唇に指を充て、縁側の床下から不意に姿を覗かせた一匹の黒猫に向け合図を送る。

「‥‥‥‥」

黒猫は此方の意図を察してくれたのか、不思議そうに何度か首を傾げると再び床下へと
戻って行った。

(ご免、でも今は――)

訪れた静寂の中、今一度視線を膝に戻す。

(ただ静かに……眠らせてあげたいんだ)



それからの私はジッと静かに、彼が目覚めるその時が来るのを見守り続けていた。
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