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『酔』


「前々から思っていたんだけど」

手にした杯を掲げながら、女は隣に座る男の方へと視線を流した。
白い肌を酔いで赤らめ、まどろむ瞳をキュッと猫の様に細めるその姿は、
大抵の男ならば魅せられていた――筈。
だが話を振られた当の本人はと言うと、

「んぁ?」

コレと言った関心も見せないまま生返事だけをし、後は唯ひたすら
空いた杯を満たす事にのみ集中していた。

「……あのねぇ~万次さん」

込み上げてくる怒りに肩を震わせながら、百琳は男の手から酒瓶を取り上げ、

「こんなイイ女無視して呑み続けているんじゃないっつうの!」

大きな声を上げ攻め立てる。
すると久しぶりの酒に完全にイカれてしまっていた卍は、
鬼のような形相を作り、

「てってめーが持ってきたんだろうが!よこせっ!!」

声を荒げ女へと掴みかかろうとした。
だが百琳はその手をヒョイとかわし、酒瓶を抱えたままの状態で
スクッと椅子から立ち上がり、

「……起こしてくる」

先程までとは一転した低い声音で、独り言のような呟きを洩らした。

「はぁ!?」

突然の事に呆気にとられた卍は、傍らに立つ女を見上げ思わず絶句する。

(まずっ!コイツの酒癖の悪さを忘れていたぜ)

完全に座りきった目を見上げながら、彼は襲い来る嫌な予感に脂汗を流した。
そして次の瞬間、その予想は現実となる。

「凛ちゃん起こして、言いつけてやる」

まさに後悔先に立たずであった。
女はメソメソと泣くそぶりを見せながらも、長机の向こうの障子戸へと走り出し、

「酷い!酷いのよっ万次さんってば、私の事苛めるの~」

等と、とんでもない事を今度は喚き散らし始めたのだ。

「何訳の分かんねぇー言い掛かり付けてんだっ、てか静かに知ろっ!!」

止めている本人が一番煩い事実に気付きもぜず、男は大慌てで酔っ払いの腕を
掴み力任せに捻じ伏せた。
だがそんな彼の行為は報われる事はなく……それどころか、

「きゃぁ~痛いっ痛いっ!凛ちゃん助けて」

相手の悪態に拍車を掛けるだけであった。

「あ~くそっ!……悪かった、俺が悪かった。ちゃんと話聞いてやっから、兎に角座れ」

不本意だった。それでも卍はその気持ちを必死で押し殺す。

(酒の為だ、堪えろ……堪えろ)

凛の有り金が底を付いた今、彼はこの暫く振りの酒(しかも上物)を
楽しむ時間を必死に守ろうとした。

「座れ?」

乱れた金色の髪の下から、鋭い視線が男を見据える。

「座って……くれ」

眉間に皺を寄せながら、なけなしの自尊心を投げ捨てる卍。

「くれ、か。……アンタにしちゃ頑張った方ね、きゃはははっ」

(……このアマ、殺す)

掴んでいた腕を思わず圧し折りそうになった彼は、
頬を引きつらせて女の細腕を解いた。

「ほら、ご褒美」

ドンッと机に瓶を置き、女はさっさと自分の席へと再び腰を落ち着け、
立ち尽くす男に艶然とした微笑みを向ける。
案の定その表情から、先程の涙がやはり嘘であった事を察した卍は、
大きな溜息を溢しつつも乱暴に腰を下していった。
そしてこの鬱憤をどうにか晴らすべく、目の前に置かれた酒瓶を掴み

「で、一体何だってんだ」

適当な言葉を口にしながら、漸く取り戻した酒を杯へと注いでいく。

「万次さん……不能?」

「ブッ―――ッ!」

勢いよく酒を噴出す卍。
だがそんな惨事を百琳は気にも留めず、己の髪をいじりながら楽しげに話し続ける。

「ってかさ、まさかアッチ(男色)系なんじゃないでしょうね」

「どこをどう見て、そんな発想が飛び出してくんだっ!」

卍は手にした杯を叩きつけ、女の方へと唾を飛ばして怒鳴り散らした。

「だって変だと思わないかい?」

男の勢いとは対照的にノンビリとした口調で、百琳は相手の顔を見据え、

「凛ちゃんから聞いてみるとアンタ、女買っている様子も無いし。今だってほら」

髪をゆっくりと掻き揚げながら、艶っぽい視線を送る。

「こんな良い女が酔っていんのに、口説くそぶりも見せやしない。枯れるにしちゃ
若いでしょうが、一応」

「誰が良い女だってんだ」

「何か言った、今」

「……一応は余計だって言ったんだ。一応は」

危く地雷を踏みそうになり、慌てて視線をかわす卍であった。

「大体お前の所にだって、女と無縁そうな奴居るだろうが」

「ああ……アレ、ね。アレはほら、半分出家しちゃっている様なもんだから」

脳裏に浮かぶ顰め面の禿げ頭に、百琳は思わず苦笑を洩らした。

「別に女嫌いってわけじゃねえよ。……ただ今はその気が沸かねえだけさ」

卍は再び酒を手にし、杯へと注ぎなおす。

「今は、か。じゃあ最後にしたのって何時」

(何時……そういや、随分と女の柔肌とはご無沙汰だな。てか――)

「お前がそんな事聞いてどうすんだぁ、ったくよ」

男は女のペースに流されてしまいそうな思考を戻し、畳み掛けるように
話を打ち切ろうとした。
だがそれでも尚、女はこの話題を続けたいらしく

「もしかして……さ、それって……り…んちゃんに、会うま……」

閉じてしまいそうな瞼の下の瞳を卍へと向け、優しい微笑を浮かべながら
話しかける。

「何だって此処で、アイツの名前が――」

ピクリと眉を吊り上げた卍は、酒瓶を置き百琳の方を見返した。

「ぐー……」

「ちっ、寝ちまいやがったか」

桃色の頬を腕に乗せ静かな寝息を洩らすその姿に、卍は苦虫を噛み潰す。
そして溢れ返る杯を手にし、

「金がねぇからだ」

まるで溜息を溢すように小さく呟いた。
己の洩らした言葉に酒が幾つかの波紋を作るのをジッと見つめる、それは
まるで自分の心の中をも波打ち広がっていく。すると、

『嘘つき』

しっかりとした口調の女の声が、不意に耳をついた……様な気がした。
だから男は無意識に身を固くし耳を澄ましてみるが、聞こえてくるのは穏やかな
寝息だけであった。

(何をそんなにオタついていんだ、俺はよ)

杯を一息に煽る。

「こんな上物で、悪酔いしちまったってか。くくくっ」

卍はまるで自らを嘲る様に喉を鳴らし、緩慢な動作で立ち上がった。そして、

(妹に欲情する訳ねぇだろう、それじゃ犬畜生以下だぜ)

着物の合わせから覗かせた右手を、無精髭でザラつく顎へと伸ばし
ボリボリと掻きながら部屋を後にした。

ひんやりとした夜風を求め――
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