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うろほろぞ
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じゃき、っと銃を両手に構える。
この時代に置いて拳銃というものはかなりの珍しい代物だったが、
彼にとっては既に自分の身の一部のようなものになっていた。
自分の意識を研ぎ澄ませて狙いを定める。──これも慣れたものだ。
目標に目掛けて、銃を携えた両手は脱力させながら走ってゆく。
そしてぶつかる寸前でくるりと回転しながら相手を飛び越え、
背後から振り向きざまにびしびしと弾丸を撃ち込む。

ガン!ガガン!
──硝煙の匂いが、爽やかな早朝には不似合いなくらい辺りに立ち込める。
目標となっている人の形を模した木の板には無数の弾が打ち込まれ、しゅうと煙を立てていた。

「ふん、こんなものだな」
木の板を無残にした張本人は、偉そうに鼻を鳴らしてそれを一瞥した。

奥州の王、独眼竜。まだ幼さが残る青年を人はそう呼んでいる。──伊達政宗。
かなり横柄な態度とは裏腹に、彼は学び事にしても武術にしてもひたすら勤勉だった。
今日もまたいつものように早朝の鍛錬といったところである。
「撃った後に剣撃を入れ込むのも一手か?」
精進の姿勢を崩さない彼は考え、実際に試してみようと銃を再び構える。

──と、目標の木の板の少々後ろのしげみからがさがさと足音が聞こえてきた。
危険を察知しようにも、余りに物音が立ちすぎるので彼は眉をしかめる事しか出来ない。
何事かと見ていると、やがてそこから一人の少女が文字通りぴょこんと飛び出してきた。
そこらのしげみと保護色のような若菜色の変わった服を纏って、少女はまるで兎の様に駆けてくる。

「朝から物騒な音がすると思って来てみたら政宗だったのか!早起きじゃのう」
にこにこと笑いながら、その兎のような少女は言った。
政宗は舌打ちしてそれに答える。
「馬鹿め、儂にはやる事が多すぎて時間が足りん。故に早起きなんぞは当たり前じゃ!」
朝だというのにとても元気そう且つ横柄に政宗が言う。

しかしそんな彼の態度に気を悪くすることもなく、彼女は素直に感心の目で政宗を見た。
「政宗は偉いのう!・・・しかしたくさんやる事があるというのは大変そうじゃな~」
余りにも素直な彼女の反応に、政宗はなにやら気が削がれてしまう。
「・・・別にそうでもないが」
「そうでもないのか?どっちなのじゃ??」
きょとんと見返される視線を逸らしながら、政宗は嘆息して呟いた。
「・・・もういい」
「えぇ~?どっちなのじゃ~?」
手を胸元でぶんぶんとさせる彼女に呆れながら、政宗は銃をしまい小浜城へと歩みをむける。
そんな政宗の様子をみて、彼女はつまらなさそうに声を上げた。
「もう帰るのか?折角そなたの銃捌きを見ようと思ったのに・・・」

(ここまで気が削がれて鍛錬なぞ出来るか!)

胸中で毒づきながら、政宗はあえて何も言わずに歩を進めた。
ぶつぶつと不満を言いながらも、彼女は大人しく自分についてきているようだ。
「全く孫市はこのじゃじゃ馬をいつ迎えにくるのじゃ・・・」
自然と、ため息と共にそんな言葉が彼の口を突く。
何か言ったか?と聞いてくる少女をやはり無視して、
政宗は今日が始まったばかりだというのに疲れたように空を見上げた。


奥州王独眼竜伊達政宗。彼の目下の悩み事は、親友雑賀孫市から預けられたこの少女、
ガラシャの相手をすることだった。



そもそも預かったというより、言い包められて押し付けられたのだと政宗は思っていた。


傭兵仕事が一段落したらしく、珍しくこちらに来るという孫市の知らせを聞いたとき彼は正直嬉しかった。
性格上中々気の置けない友人をつくることが難しい政宗である。唯一無二と言っても良い存在だ。
しかし実際彼を出迎えた途端に政宗は驚く。孫市の傍らにいるその少女に。

「・・・なんじゃ孫市、情人か?」
まさかこんなに年端もいかない少女を好む癖があったとはと驚く政宗。
「あのなぁ、こいつは・・・」
政宗の驚愕の表情を見て誤解を解こうと口を開く孫市の横から、見知らぬ少女はいきなり口を挟んできた。

「んなんじゃねぇのじゃ!ダチなのじゃ!」


ぽかんとする政宗に孫市は改めてガラシャと言う少女との経歴を説明し始める。
相も変わらずお人好しだと呆れる政宗に、孫市はガラシャに見つからぬよう小声で言ってきたのだ。
少しばかりこの娘を預かってほしいと。
当然最初、政宗はそれを受け入れなかった。親友の連れとはいえ得体が知れぬ者に変わりはないし、
なにより政宗は直感的にこの少女に苦手意識を持ってしまった。
しかし───

「頼むってマジで!俺だってたまには昔みたいに遊郭いったりなんたりしたいんだよ!」
「拾った責任は自分で取るのが筋であろうが!儂には関係ない!」
断固として拒否する政宗をなんとか丸め込もうとする孫市。
「お前だって男ならわかるだろ?たまにはこう、ねぇ?」
「わ、分からん分からん馬鹿め!」
顔を赤くして首を振る政宗に苦笑して、孫市は提案してきたのだ。
しばらく彼女を預かってくれたら次の戦の傭兵代は無しにすると。

これは政宗の心を揺らした。鉄砲を扱う雑賀衆はかなり強力なのだが、やはり強い分金がかかる。
それを一度でも浮かせることが出来るのなら、余った金で道でも舗装できそうだと政宗は考えた。
そんな彼の考えを察したのか、孫市はそこから口八丁で政宗に付け込み、見事ガラシャを押し付ける、
──もとい預けて、北の遊里へと意気揚々に降りていったのだった。


(しかしこのじゃじゃ馬を預かってもう一週間は過ぎるぞ・・・。孫市め、まさか謀ったのではなかろうな!?)
一人では嫌だという彼女のために一緒に朝食を取りながら、政宗は心底恐ろしい不安を感じてしまう。
当の不安の種は、柴漬けを美味しい美味しいといいながらご飯と一緒にかき込んでいる。
こいつに置いてけぼりにされるという不安はないのかなどと思いながら、
政宗は無邪気そうな、実際無邪気に日々を暮らす彼女を恨めしそうに見つめる。
──と、視線を感じたのか、ガラシャがふと政宗を見やった。

「?」

にっこりと笑いながら視線で疑問符を投げてくるガラシャに政宗はまた頭を抱える。
まさか笑い返すことなどは絶対にできるはずがなくて、政宗は無愛想に目を逸らした。

(孫市・・・!雑賀衆無料貸し出しくらいでは済まされんぞこれは・・・!)
唯一無二の親友を心底憎々しく思いながら、政宗は朝飯を一気に腹に収めた。



侍女たちに相手をするように言っているのに、ガラシャは何故か政宗の後をちょこまかとついてきた。
奥州は彼女にとって未踏の地だったらしくあれこれなにやかにやとしつこく聞かれた。

最近は領土の情勢がよいので大した仕事がない政宗は、
言い訳をつけて逃げることも出来ずにひたすら彼女の相手をしていた。
彼自身は、それをお守りだと思っているようだったが。

政宗にとって何かと煩わしい存在のガラシャだったが、教養はあるらしく作法をわきまえ、
無礼を働かない所は感心した。意外と良く気がつくところもある。
存外良家の娘なのかもしれないとは思ったが、さほど興味は湧かない。
むしろそれならばこんなところまで放任している親の顔が知れないと思った。


そんなある日、ガラシャが一日一人で近隣を回りたいと言って来た。
「馬一頭貸してもらえると有難いのじゃ。
・・・世話になっているのに頼み事など、無礼だとは思ってはいるのじゃが・・・」
「それは構わんがお供はつけさせてもらうぞ。おぬしは大事な客人じゃ。何かあっては困る」
そう言うと悪いのうといいつつ、嬉しそうにガラシャは微笑んだ。
考えてみればここ数日彼女は城からほとんど出ていない。外の空気も恋しいのかもしれないと思った。

「夕刻には戻るのじゃ!行って参る!」
何度も手を振りながら馬に乗って出て行くガラシャを見送ったあと、政宗は少し申し訳ない気分になった。
(時間も取れなくはなかったのだし、物見くらいには連れて行ってやれば良かったかのう・・・)
そう思った瞬間、慌てて頭を振る。

(何を考えておるのじゃ儂は!ただの客人にそこまでする必要もないわ馬鹿め!)
そこからぐちゃぐちゃと頭の中で葛藤した結果。


「・・・ま、久々に儂もお守りから開放されるのは良いことじゃな」
ぽつりと独りごちて、政宗は足取り軽く自室へと戻った。



しかし気楽に過ごせたのは数時間だった。業務をきっちりこなし、自分の時間に浸るも何か物足りない。
ガラシャがいなくなって普段通りの筈なのに、何故か暇を持て余している様な気がした。
仕方がないので側近の小十郎に将棋の相手でもしてもらうことにする政宗だった。


「しかし最近の殿は楽しそうですな」
玉露をすすりながらぱちりと盤上の駒を進め、小十郎が言う。
「はあ?」
側近の唐突な言葉に、政宗は間の抜けた返事をすることしかできない。
「いやはや、あの娘が来てからの殿は自室に篭ることもなく色々とお遊びに精力的ではございませんか」
「・・・それは儂をけなしておるのか」

不服そうに零す政宗に、とんでもないと小十郎は笑った。
「誰とでも時間を共有するのは良いことですぞ。遊び事にも、学ぶことはございます」
言われてこの間無理やりガラシャに付き合わされた蹴鞠から何を学べと言うのだと思いつつ、
政宗は黙って自分の駒を進める。

「・・・じゃじゃ馬娘のお守りなんぞはもうこりごりじゃ」

不躾に言う政宗に、小十郎は笑いながらそうですかと言って流した。
2、3局程うってそろそろガラシャが戻る頃かというときに、
それまでゆるやかに和んでいた城内に緊張が走った。

「政宗様!客人の方を同行していた者達が見失ったと言って戻って参りました・・・!」
「なにい!?」
声を荒げて政宗が供に付けた者達から事情を聞く。
「それが、帰りの山道の入り組んだところではぐれてしまったようで・・・。申し訳ございません!!」
平に謝る彼らに嘆息し、どこら辺ではぐれたのかを細かに聞いて下がらせる。
あの娘のことだ、何かに気を取られてふらふらと他の道に迷い込んでしまったのかもしれないと政宗は思った。
そしてもう一度大きくため息をつく。

「全く・・・。独眼竜がここまで振り回されるとは・・・。小十郎、捜索隊を出せ。後儂も出る。馬の仕度を」
「殿自ら出られるのですか?」
予想外の政宗の言葉に小十郎は驚いた。
「親友からの預かりものじゃ。・・・不服じゃが儂がいかんと立つ瀬がないわ」
言って心底不愉快そうに政宗は顔を顰める。
幼少の頃から戦場に乱入しては自分の肝を冷やしてくれた主のそんな言葉に
今更反論する気もない小十郎は、言われたとおりに手はずを整えた。


「あの娘が迷い込んだ山には幾つか狼煙台がある。発見次第それをあげよ!」
こうして日の暮れた薄ら暗い山道に、伊達捜索隊とその主は足を運ぶことになったのだった。


「馬鹿め馬鹿め・・・!なにをやっているのじゃあのじゃじゃ馬は・・・!」
捜索隊と別行動になってからの政宗は、それまで冷静にしていた素振りはどこへやら
必死の形相になって馬を走らせていた。

ここらで山賊の噂を聞いたことはないが万が一ということも十分にあり得る。
それに野犬などに襲われる心配もしなければならない。
言い包められたとは言えども、親友の信頼を裏切るような事だけは絶対にしたくない。
そしてそれ以上に、ガラシャの身の安全が恐ろしいほどに心配な政宗だった。

──戦場ででさえ、ここまで不安になるようなことはそうそうなかったのに。

城を発つ時に何度も嬉しそうに手を振っていたガラシャが脳裏に蘇る。
もしあれが彼女を見る最後になってしまったらと思うと、止めなかった自分が嫌になって仕方なかった。
(こんなことなら物見だろうが蹴鞠だろうが素直に付き合ってやれば良かった・・・!)
それまでかなり彼女をぞんざいに扱っていたことを後悔しながら、
政宗は既に日が落ち、暗くなった山道の中必死で目を凝らしながら捜索を続けた。

部分部分で馬から降りお供の松明で丁寧に辺りを見回してみるものの、それらしい痕跡は中々見つからない。
狼煙台から火があがらぬものかと夜空を見上げても、視界に入るのは暗い闇とそれに映える月のみ。
遅々として進展のない状況に反比例して、政宗の焦燥は募る一方だった。
そろそろ夜更けといってもいい時間帯に差し掛かった頃、政宗と供に来ていた兵士の一人が声を上げる。
「政宗様!これは・・・!!」

彼の方へと近寄ってみる。指差され、松明に照らされた地面には生々しい血痕があった。
しかもかなりの出血だ。──ひたりと、政宗の頬から顎へと冷たい汗が流れる。
「どうやら私たちが下ってきた道ではなく、斜面をそのまま下ってきたようですね・・・。
──!血痕がここから続いているようです」
兵士が言ったとおり、その血痕から山奥の方へ、点々と、というよりぼたぼたと血の跡が続いていた。

「・・・参るぞ」
予想出来うる限りの惨事に覚悟を決めながら政宗は馬を進める。
どうやら血痕の持ち主は山のふもとに流れる川の方へと向かっているようだった。
次第にざわざわと流れる水の音が聞こえ、やがて闇夜に流れのみを光らせる川が見えてきた。
そして川の近くに一頭の馬が見える。更にその馬の近くに、──人が倒れているのを政宗は見た。

「──っの馬鹿めがっ!!」
兵士が発見の声を上げる間もなく、政宗がそこに向かう。案の定、それはガラシャだった。
気を失って倒れている少女に駆け寄り、急いで抱き起こす。
「おいっ!大丈夫か!?返事をしろ!!」
必死にその細い体に何度も何度も声を張り上げると、閉じられていた瞳はうっすらと開いた。
「う・・・なんじゃ・・・?」

その瞬間政宗は泣きそうなくらいに安堵し、思わずその体をぎゅっと抱き寄せた。
「う"・・・、ま、政宗、痛い・・・」
抱きしめられた本人は苦しそうに声を上げる。
その言葉に先ほどの血痕を思い出した政宗は体を離してガラシャの全身を見つめた。
「おぬしあれ程の血を流して、一体どこを怪我したのじゃ・・・!?」
その言葉を聞いて一瞬ガラシャは怪訝そうな顔をし、そして思い出したかのように微笑む。
「ああ、あの血はわらわのではなくて・・・、あの馬のじゃ」
言いながらガラシャの指差す方向に目を向けると、
確かにその馬は額から顔にかけての毛並みが他の部分よりは黒く見えた。
闇夜で見えないが、血が流れた後なのだということがわかる。
彼女が無傷であるということに改めて安心した政宗は、大きく息を吐いて肩の力を抜いた。

「・・・来てくれたのじゃな、政宗・・・」
弱々しくも嬉しそうに微笑むガラシャに胸を突かれた様な気がして、
政宗は当たり前だとだけ言って目を逸らした。


結局視界の利かない中で本道まで戻るのは危険だということになり、近くの狼煙台へと政宗たちは向かった。
狼煙台の傍には小屋もあるので、そこで夜を越そうと言う事になったのだ。

「全く・・・、とんでもない一日だったわ・・・」
二人きりの小屋で政宗は嘆息する。ガラシャは済まなそうに身を縮めた。
「外に見張りを置いておる。儂も出るから用があるときは言え」
流石に同じ部屋に居ることは出来なくて、政宗は言って引き戸を開けようとする。

「ま、待て、おぬしが行ってしまっては心細いのじゃ!」
それを聞いて慌ててガラシャは政宗のマントを引っ張った。
急に後ろから引かれたので一瞬倒れそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「きゅ、急に後ろから引っ張るでない!危ないではないか!」
「あ・・・す、済まぬ・・・」
怒鳴られ、しょんぼりと項垂れるガラシャ。

「今日はおぬしを怒らせてばかりじゃな・・・」
自嘲気味に眼を伏せるガラシャに、政宗は再び嘆息して腰を下ろした。
「もうよい。・・・おぬしが寝るまでならここに居るから安心せい」
不貞腐れたように眼を逸らして言う政宗を見て、ガラシャはやっと少しだけ微笑んだ。
それを見て政宗も安堵する。不安そうにしている彼女を見るのは何故か心が軋んだ。


ガラシャの話によると、道が分からなかったのでお供を先に走らせついていっていたら、
急に馬の頭部に落ちてきた木片が当たり、馬が暴走してしまったらしい。
宥めることも出来ずに馬にひたすらしがみ付き、落ち着いた所で川に向かい、頭部の治療を施したようだ。
正にとんだ災難としかいいようがなかった。


狼煙台に火を灯し終わった兵士が桶に水を汲んで来た。
それと手ぬぐいを政宗はガラシャに渡す。
「埃まみれでは気持ち悪いだろうが。これで体でも拭いておけ。儂は一旦出るぞ」
「・・・・・・。」
渡された手拭と、政宗を交互にガラシャが見つめる。
なんじゃ、と聞く前にガラシャが政宗に近寄り、その兜を脱がせた。

「な、なにをする・・・」
「政宗、おぬしも汗びしょびしょではないか」
無造作に切られた短い髪の毛と額が少し湿っているのを見て、ガラシャは笑いながらそれを拭いた。
「んな・・・!」
日頃その様な事に免疫がない政宗は顔を真っ赤にしながらも、
どうしたらいいかわからずされるがままになるだけだった。

お互い無言のまま、しばらく時間が流れる。

彼女が何を考えているのか分かりかねつつも、汗の冷えた自分の顔に彼女の柔らかい手が時々当たって、
政宗は緊張やら何やらで身を硬くするばかりだった。


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