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(バティスタンが入りたてで、復讐準備時代の伯爵家というあたりで)


 見上げれば、夜空。

 瞬く星たちの美しさよ。
 夜闇を冴え冴えと、しかし柔らかく彩っている。


■na:永い抱擁


 ファラオン号は、常に主人の計画と気紛れの為に動く。昔は前者の方に重点が置かれていたが、幼き姫君が家族になってからは後者も入り混じり半々と言った感じになってきた。今回の惑星マケドニアでの小休止もそんな気紛れから来ている。おまけに、夜の散策など気紛れを通り越して、船に長時間拘束されている幼き姫君への配慮だと露骨に解るあたり苦笑ものだ。何であれ子供が入ると組織の色は変わる。
 そしてその一面を伯爵は愛おしく思っているようだ。本人は認めたがらないだろうが。

「さびぃ…恐ろしい寒さだぜオイ…。」
 船から出た途端、体を抱えてチンピラの雰囲気丸出しでバティスタンが愚痴っぽく呟いた。確かに寒いが、古参の自分としては慣れっこなものなので、ベルッチオは相変わらず寡黙に佇んでいる。てっきり同感を得られると思っていたらしいバティスタンは、少しショックなようだった。その後ろから出てきた伯爵は、新人従者の姿を暫し眺めてから、さも今気付いたかのように、
「腹を剥き出しにしているからな。」
 などとぼやくものだからバティスタンは恨めしそうに呻いた。
「オォォオオオオオ…!!そんな制服にしたのは誰ですかい伯爵様!?」
「似合っているぞ、バティスタン。」
 だがそんな吠えなど怖くも何ともないらしく、適当にあしらい嫌味とも取れる微笑をすると、伯爵はゆっくりと草原を歩き出す。風が舞った、バティスタンはまた呻いて縮こまっているが主人は緩く髪がなびくだけで少しも怯みはしなかった。光を持たずに、まっすぐ歩く姿は美しい。と同時に、どこか今にも遠くへ行ってしまいそうな儚さも混在していた。
「伯爵っ…。」
 アリに手を引かれながら現れた姫君は、小さく主人の呼称を呼ぶと、彼から古代東洋の赴きがある蛍灯ランタンを受け取り、ぱたぱたとその後を追いかけた。
「あっ、ひぃさま!」
 バティスタンが慌てて呼び止めるが、振り返りもせずに。
「……ああぁ…もう、どこもかしこも寒ィ…。」
「お前の周囲だけだ。」
「嗚呼…兄貴までが俺に冷たい…。」
 愚痴愚痴なバティスタンに、ベルッチオ以上に寡黙な従者がそっとホットドリンクを差し出した。
「おー…悪ィなアリ…。」
 どこから出したんだろうな、などと少し不思議に思ったが、言わない方が良い事もあるのだろう。
「うぇ、ぬるぅ…。」
 駄々ばかりこねるバティスタンに、ベルッチオは苦笑するしかなかった。



「伯爵!」
 後ろから聞こえたその声に、男はゆるりと振り返る。
「エデ…。」
 彼の声は本当に夜闇がよく似合う。呟くように名前を呼ばれた姫君は何となく嬉しくなった。
 ようやく追いついて、少しばかり乱れた呼吸を整えた後、まっすぐに相手を見上げて言う。
「どうか貴方の傍らで、星々を眺めさせて下さいませ。」
「ベルッチオ達の所でなくて…寒くはないか?」
「大丈夫です。お心遣い、ありがとうございます。」
 そうして蛍灯ランタンの蓋を開く。すると蛍がふわりと、まるで舞うように籠から外へ飛んでゆく。
 ふわり、ふわりと。
 二人でその淡い光りに暫し見とれていたが、やがて二人で空を見上げる。

 嗚呼、限りない夜空だ。
 月は幾層にも折り重なった闇絹と瞬く星々の海に、凛として佇んでいる。

「ああ…何という美しさであることでしょう。」
 エデはほぅと溜息をついた。伯爵はそんな彼女を微笑んで見つめる。
「お前は空が好きなのか?」
「ええ、悠久の優しさを感じます。わたくし、地上から宇宙を眺める事がとても好きなのです。」
 ランタンを地に置き、両手を広げて夜空を仰ぐ。
「前後左右の無い宇宙の中と違い。地に足をつけ、風に髪をまかせ、空を見上げる事と体が震えるのです。わたくしの迷いや想いは勿論、全ての無常を静かに見つめて、受け入れてくれているようで。」
 そうして笑って言うのだ。
「ここからだと、空は大地と私達を優しく抱いてくれているようで。」
 この子は詩人だな、そう伯爵は思った。少なくとも自分にそんな感性は無い。
 空は確か美しかった、だからエデに夜空を見せようと思う。
 そこで思考は停まってしまう。
 嗚呼、随分凍てついてしまったものだ…自分は。
「…可笑しいと、お笑いになりますか?」
「いいや。」
 主人は緩やかに首を振る。
「確かに宇宙から宇宙を見ても、永遠の闇しか見えないだろうからな。」
 その言葉にエデは少し脅えた。伯爵の暗い過去に多少なりとも踏み込む無礼を働いたのかと恐怖して。だが伯爵はそういう意図は無いらしく、ただ優しく微笑んで繋げるのだ。
「お前のような者が居て始めて、宇宙は夜空になれるのだろう。全てを優しく抱ける存在に。」
 ただそれだけになれれば、どんなに幸せなことだろう。夜闇を纏う男は、そんな風に呟いて。いつも、願うのに想うだけで、自分はその場に居ないような顔をして言葉を紡いで。それがとても悲しくて、悲しくてしょうがなくて。
 ここに自分が居ることを思い出して欲しいと想ったのか、彼女自身も解らぬまま主人の腕を掴む。伯爵は少しばかり驚いたようだが、やがて穏やかに苦笑して、腕を開き彼女を迎え入れた。そして緩く抱きしめる。
「寒いのか?」
「いいえ。」
「…私はお前が想う夜空になどなれない。」
「解っております。」
 貴方はお優しい方なのですから。
 それにそんな事を望んでなどいない。これ以上遠い存在になって欲しくなんかない。
 エデを抱き留める力強い腕、生きている証である鼓動。それなのに冷たい体。もう彼は人では無いのだ、出会った時からそうだった。こんなにも心は自分達と同じ、人間の一員であるのに。
 誰が彼をこんな残酷な淵に立たせたのだろう?

 …違う。

 過程がどんなであれ、今、この体も運命も選んだのは、伯爵自身なのだ。
 巌窟王など存在しなければ無かった道だと言っても、それを選んだのは、間違いなく彼なのだ。
 エデはそこまで考えて、悲しそうに微笑み、目を閉じて身を委ねる。
 瞬き溢れだす感情が抑えられなくて、けれど上手く言葉に出来なくて、ただただ切なかった。


 常に終焉を見続け、闇の中でしか生きられないと自ら定めた哀しい貴方。
 ね、どうか許される限りは抱きしめてください。
 それだけで、わたくしは微笑んでいられるのですから。



19/06/2007.makure

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