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02. 夢の淵で




その女のことを思い浮べる時、多くの人はかつての美しい姿を描くだろう。
凛々しさと優しさを兼ね備え、信に厚く朗らかで誰からも好かれる女性。
それは彼女の本来あるべき姿だった。






きつく巻き付けられた包帯を一つ一つ丁寧に解く。
まるで何かのまじないのように固く絞られた結び目を緩めると、のぞいた湿布が強い匂いを放って剥がれ落ちた。
あらわになったその左腕は長い時間同じ形に結ばれていたものだからすぐには形が戻らない。
用意した湯に浸し握り締めた指を一本一本解きほぐして、ようやく緊張の解けた拳が開いた。
掌に残る凹凸を撫でると傷が痛むのだろうか、女は僅かに顔を顰めた。


あの日から彼女は掌に触れられることを極端に嫌がった。
あまりにも露骨に拒絶するものだから、無理に問い詰めれば、苦渋の色を浮べた女が差し出したのは彼女の隻手。
その先にあった残骸を見て男は絶句した。
開かれた彼女の左手は爛れた肉の皮が固さを伴って薄黒くくすんでいた。
幾つもの小さな肉刺が出来ては潰れ、出来ては潰れ。
随分と長い間そんなことを繰り返したのだろう。
完治しない内にまた新しい傷をつくるものだから治癒に体が追い付いていなかった。
恐る恐る伸ばした手でその残骸を掴み、男は傷の一つ一つを凝視した。
触れる己の手は自分でも分からない程小さく震えていた。
女は少しだけ苦しそうに笑った。
男は何も言わずに触れた彼女の手を握り締めた。
彼が伝えることのできる言葉などなかった。



今、目の前にいる女にかつての面影はない。
凛々しく、武人にしてはたおやかで、時折見せる愛らしい一面に変わりはないけれど、もう以前のように剣を振るうことは叶わないだろう。
武門に身を置くものとしては死にも近いその代償が如何ほどのものか、想像に及ばない。
それなのに彼女はこうして笑うことが出来る。
弱音も吐かず、愚痴も零さず、ただ己に与えられた宿命を受け入れようと必死に生き足掻いているのだ。

この腕に触れるたび、男は一人思う。
忘れてはならないものがある。
この手に触れることでしか分からないものがある。
声もなく戒めるそれは皮肉にもこんな形でしか手に入れることができなかったけれど。

手放すものか。
この手を、この指を。




男はいつものように女を抱き寄せると、掴んだ彼女の指に自分のものを絡めて瞼を伏せた。
言葉もなく、愛撫もなく、ただ静かに抱き締めた。

彼女を前に願う祈りはいつも同じだった。




(06.09.16.update)
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