忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[478]  [477]  [476]  [475]  [474]  [473]  [472]  [471]  [470]  [469]  [468
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。




「承州師の、…劉将軍ですか」
 すでに決めたことだ、と何やら嬉しそうに太い笑みを浮べた顔で、今や泰王となった上司は答えた。相変わらずの専行振りに溜息を吐きながら、正頼は手持ちぶたさにすっかり伸びきった白髭を撫でつけた。
  承州師の劉将軍といえば武官ではない自分自身もその名声を何度か耳にしたことはある。確か精錬潔白で温情に厚い智将、その上将軍職にありながら一般の兵卒から州候城の女官達にまで慕われているそうで…。
 ここまで聞けば大抵の者は余程の名将なのだろう、素晴らしい人物なのだろうと、未見の女将軍について各々の勝手な美人画を付け加えて思い浮かべるが、人の裏を見知った朝廷で長年生活をしている自分には、それらの情報は得てして危険信号になってしまう。そんなに上手い話があるものか―――そんなに全てを兼ね備えた人間が居るものか、と。
 いや、何も劉将軍とやらの人格や力量を疑っているのではない。ただ、この手の話に軽軽しく首を突っ込むほど青くはないし、もっともな理由をこじつけるとしたら、職務的な立場上、何か裏があるだろうと疑って掛るのが自分でも気が付かない内に癖になっていた。
 それに皆無というわけではないけれど、やはり武官、それも幹部ともなれば女は少ない。先王の時代にも六師は大概むさ苦しい野郎共が顔を連ねていたから、王師将軍に女が入るのはひどく珍しいことではあったのだ。
 とはいえそれなりの評判が上がっているのだからある程度有能な将なのだろう。人選に関して言えば、穴を空けた六師にこれほどの適任はいないのだろうが。
 まさかな。
 その時、劉将軍にはその名声とは別に、黒い噂があることを思い出した。もっともそれは注目されるべき人物だからこそ、卑しい輩の間で面白おかしく吹聴される類のものなのだが。
「何やら、思うところでもあるようだな」
 間髪入れずに突き刺さった男の眼光に、正頼は小さく舌打ちした。相変わらずこちらの思案など見透かされていたようで、どうしたものかと視線を宙に彷徨わせながら、この石頭が満足出来るような言い訳を考え始めた。自分とてさすがに蓬山で女にほだされたのかと言えるほど下衆ではない。
 よもやこの男に限って女に謀られるということもあるまい。元よりこの男の決めたことに文句を言うこともなかったのだ。なかったのだが。
「…ただ、気になる噂が一つ」
 ――――この男は劉将軍の噂話を知っているだろうか。
「噂?」
 我ながら、また余計なことを口走りそうになっていることに呆れてしまう。魔が差すとはこういうことを言うのだろう。勿論何を言ったところで自分の考えを曲げるような男ではないことは重々承知している。……いや、だからこそ沸き起こる悪戯心に火が灯ってしまったのだ。
 偶にはカマをかけてみるのも悪くはない。込み上げる笑いを押し込められた口は、なるべくこの男の関心を惹きつける様に、さも涼しげな調子で言葉を紡ぎ出していた。
「劉将軍にまつわるものです。おや、もしかして主上は、ご存知ない?」
 男は器用に片眉だけ動かすと、卓に顎を付き、興味深げに机に身体を乗り出してきた。どうやら撒き餌は効いたらしい。
「なんでも武人としての能力だけではなく、その容貌もなかなかのものとか」
「まあな」
 一瞬鷹揚に構える男の頬が緩んだのを見逃さなかった。男の方は悟られていないと思っているのか、いささか目尻が下がっている。
 ははん。
 どうやら自分の直感も捨てたものではないようだ。伊達に何十年もこの堅物に仕えてきたわけではない。これは話に少々尾鰭をつけて驚かしてみるのも面白いかもしれない。
 手際良く得物が釣れたものだから、舌の回りも嬉々として速くなる。こほん、と意味ありげに咳を払い、視線で早く話を続けろとせがむ男を制した。
「それ故か、彼女の周りでは不吉な噂が後を絶たないそうで」
 尾鰭どころか、いっそ嘘八百、その辺の民話でももじって、とんでもない出鱈目でも並べてみようか。
「不吉な、……と言うと?」
「…将軍の麗しい相貌に惹きつけられた男共は、ことごとく数日の内に行方を眩ましてしまうそうです。噂では彼女の剣の露となって消えたとか。勿論、昼間は普通の女性ですよ。と言っても将軍ですから多少勇ましいところがおありですが」
「…それで?何故彼女は男を喰らうんだ?」
 男は卓に付いた腕を組み直すと、謎解きの答えを探す子供のように首を傾け、話に聞き入っている。思いがけず入った合いの手に、気分良く二枚の舌を滑らせた。
「これが夜になると豹変するのです。特に月夜は用心下され。近付く獲物を軽々と手玉に取り、皮甲の下に隠された艶かしい肢体と甘い吐息にほだされれば堕ちたも同然、その後は精気を残らず吸い尽くして、挙句血と骨まで喰ってしまう怪女でございます。古来より人の血液は美容に効くと云われまして、毎夜彼等の血糊で洗われた御髪は、陽の光すら照らさないほど毒々しい…」
「見事な黒金の色、だろう?」
「そう、そうです。台輔の鋼の色もお美しいが、劉将軍のそれには女の魔力が加わって見る男見る男を片っ端から虜にしてしまうのです。その黒金の御髪が月の光を浴びた時だけうっすらと紅く光るのは、切り捨てられた獣共の未練と怨念が」
「はっ」
 刹那、目の前の男が高い声を放つと、その整った顔を大いに崩しながら腹を抱えて卓に突っ伏した。
 何十年も仕えてきたが、ここまで笑う男も珍しい。やおら叱責の一つでも喰らうかと思っていた賭博の最中だっただけに、こちらの方が驚かされてしまった。
「は、はは、あまり笑わせるな。…確かに、彼女の側に居ると喰われたがる輩が絶えん。昇山に付き合った連中の中にも数人居たが、見事にばっさばっさと斬り捨てられていたな。私も斬られるやもしれぬが、なに、同じ武人なら斬り返してやればよかろう。ついでに言うならあれの髪の色は赤みの強い桧皮色だ」
 豪快に笑い飛ばす男はにんまりと目を細めた。
 確かに途中からあまりにも化け物地味てしまったことは否めないが、化かすつもりが逆に化かされては何とも居心地が悪い。こういう時はおとなしく負けを認めて、陳謝の言葉を並べてしまおう。
 深く頭を垂れたのは主をからかおうとした詫びもあるが、何よりこの苦虫を噛み潰したような顔を隠したかったからだ。
「…なんだ、すっかりご存知ならそう仰ってくれれば良いものを。主上もお人が悪うございます」
「それはこちらの台詞だ。第一、からかうならもっとまともなことが言えんのか」
「からかう気は御座いませんよ。ただ私は一応部下として忠告をしたまでで」
「忠告か?あれが」
「ええ、そりゃあもう。我々男から見れば女性は妖魔よりも恐ろしい存在ですからね。どんな善良そうな女性だって猫やら仮面やら一枚二枚、いや五枚位は被っておいでですから。私なんてこの歳になっても女性には頭が上がりませんよ」
 実際に先王は女で国を潰している。次王が王――男ならば、派手な女関係は勘弁してもらいたい、というのが残された善良な官僚の願いだった。この男が先王の轍を踏むことは考えにくいが、人間何が切っ掛けで変わるか分らない。……いや、勿論これは何故あのような大法螺を吹いたのかと追求された場合の言い訳なのだが。
「お前の頭が上がらないのはどうせ琅燦位だろう?その分男連中には手厳しいと、英章がぼやいていた」
「ああ、男なんてものは多少手荒く扱っても構いやしないでしょう?私だって男ですから、どうせ愛でるなら巌趙よりは琅燦の方がまだましだというものです」
「まったく、その点に関しては同感だ」
 むさ苦しい男の代表格でその名の通り巌の巨体の巌趙と、一見守ってやりたくなる様な麗しさと肝を底冷えさせる口の悪さを持った琅燦、というある意味滑稽な組み合わせを想像して、見合わせた顔はお互い大笑。この男がここまで笑うのも珍しいが、自分だってこんな下らないことで大笑いしたのも随分久しいような気がする。
 ようやく笑いが収まったところで腹を抱えていた男が、茶を飲み、一息つくと、そういえば、と言葉を続けた。
「あの女、なかなか見所があるぞ。私自らが禁軍の椅子を薦めたが、考慮の上、私情を挟むことなく適任者を就任させれば良いと申しておった」
「ほぉ」
「だから決めた。他意などありはせぬ。そこは安心しておけ」
 残った茶を一気に飲み干すと、男は席を立ち部屋を後にした。まさかとは思うがお前もかの女将軍の餌食にならぬよう気を付けよ、と言付けて。




 既に男の居なくなった椅子をぼんやりと眺めながら、一人茶をすすった。
 それにしてもあの主上の顔を緩ませ、幼い台輔に好かれる女将軍とはどんな人物なのか。そう思えば実に興味深い。
 男の好みを考えれば正統派の美人といったところだろう。いや、将軍というのだから、京劇に出て来る様な腕輪や簪をしゃらんと鳴らせて剣を振る、華麗さと腕っ節を兼ね備えた強気で艶かしい雰囲気の女性かもしれない。性別の隔たりなく慕われるというのならむしろ下手な男よりも逞しく、さばさばした性格か。いやまて、あの台輔のお気に入りというのなら、活発というよりはむしろ穏やかで柔和な印象を与える女性だろうか。そうなれば「将軍」という言葉と絡みづらいが…、まあどんな女性にしろ、美人であることは間違いない。
 近い内に見えるであろう「劉将軍」に想いを馳せながら、未見の女性を怪物扱いしたのは失礼であったな、と心の中で一人謝罪の言葉を述べた。



<END>

PR
ghg * HOME * ggggh
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]