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後日談

「なにい?相手は東城会六代目だと!?」
激しくちゃぶ台を叩く音と共に、伊達の怒鳴り声が響いた。来客のためにお茶を入れようとしていた沙耶は、目を丸くして振り返る。
台所から見える居間では、不機嫌そうな桐生と伊達が顔を見合わせていた。
 嵐の告白騒動の翌日、弥生にはああ言ったが、やはり桐生自身納得できていなかったのだろう。同じように遥を幼い頃から
知っている同志のような伊達に愚痴をこぼしに来たのだ。伊達も、以前から桐生に遥が悩んでいた事を相談されていたこともあり
心配はしていたのだが、まさかこんな結末を迎えているとは思わなかった。難しい顔をして黙りこくる彼に、桐生は苦笑を浮かべた。
「そうなんだ、俺にもまだ信じられなくてな……」
消沈した面持ちで呟く桐生に、伊達は咥えた煙草を落ち着きなくふかしながら唸った。
「まさか、あの遥がなあ……おい、沙耶。お前知ってたんだろ!何で止めなかったんだ!」
沙耶は今しがた入れたばかりのお茶を、お盆に置いてやってくる。彼女は二人の前に茶碗を置くと、慌てたように手を振った。
「私だって遥ちゃんに相談はされたけど、相手の職業まで聞いてないもん!」
「普通聞くだろ、そういうことは!」
どうして自分が叱られなければならないのだろう。沙耶は溜息をついて肩を竦める。伊達は上目遣いに桐生を見た。
「それで、お前どうするつもりなんだ?」
桐生は眉をひそめ、大きく首を振った。
「正直、すぐにでも引き離したい」
「そんな、遥ちゃんの気持ちはどうなるの!?」
悩んでいた時の遥を知っている沙耶は、思わず桐生に詰め寄る。その横で伊達が彼女を小突いた。
「お前は黙ってろ!」
「なんでよ!私だって遥ちゃんに相談された責任があるのよ。話に加わる資格あるじゃない!」
睨みあう親子を困ったように眺め、桐生は二人をなだめた。
「伊達さんたちも、落ち着いてくれ。俺はできることならそうしたいと言っただけだ」
「それじゃあお前、認めるってのか?相手は関東を一手にまとめる極道の頭だぞ!」
声を荒げる伊達を見て、桐生は苦笑を浮かべる。娘を持つ父親として、遥の事は他人事とは思えないのだろう。ましてや、伊達は元々
四課にいた刑事だ。極道と言う生き方の表と裏をよく知っているだけに、遥をその只中に放り込む真似など考えられないというわけだ。。
それは、桐生にしてみても大いに同意する。極道であった己のやってきたことを振り返れば、当然のことだ。しかし、彼女にああ言った
手前、そうもいくまい。
「一度許した以上、当分は様子を見るつもりだ。それに、今は良くても、この先何が起きるかわからねえだろ。もし問題を起こすよう
 だったらすぐにでも別れさせるさ」
「……お前も、苦労するな」
伊達は心底同情したように溜息をつく。自分が大切にしていた娘が、よりにもよって極道と付き合い始め、しかも相手は娘より20も
年上で逮捕歴有り。おまけに二人が手に手を取り合って思いを伝え合う光景まで目の当たりにした桐生の心中は、いかばかりかと思う。
それを自分に置き換えたら、きっと彼のように冷静ではいられない。間違いなく、刺し違える覚悟で二人を引き離すだろう。
疲れたように頷く桐生の横で、沙耶は「でも、いいなあ。情熱的じゃない」と羨ましそうに声を上げる。そんな彼女をもう一度小突き
伊達は問いかけた。
「遥はどうした?今日は一緒じゃないのか」
桐生は苦笑を浮かべ、沙耶の入れてくれたお茶を手に取った。
「ああ、本部に行ってる」


 遥は東城会本部の門を前に。長い間逡巡していた。なんといっても、昨日の今日である。夢中だったとはいえ、あれだけの騒ぎを
起こしたのだ。当然組員も、会長室で何があったのか知っていることだろう。思い返すと、なんて大胆な事をしただろうと思う。
 組員の反応も気になるが、やはり一番気にかかるのは大吾のことだ。互いの気持ちを伝え合ったはいいが、どんな顔をして会えば
いいのか皆目わからない。しかし、ここで悩んでいてもしょうがない。遥は意を決したように足を踏み出した。
「あ、遥さん」
門の傍にいた構成員に、早々に声をかけられ彼女はぎくりと立ち止まる。ゆっくりと視線を動かすと、彼は微妙な表情で遥を見た。
「昨日は……お疲れ様です」
何と言っていいのかわからなかったのだろう。間の抜けた挨拶をしてきた構成員に、彼女は曖昧に笑ってみせた。
「大変お騒がせしました……」
二人はしばらくなんともいえない笑みを浮かべて顔を合わせていたが、遥がその場を立ち去ろうとすると彼は戸惑いがちに声をかけた。
「あの!俺、遥さんのこと応援してますんで!」
そう言われても、何を応援するというのか。彼女は不器用ながらも温かい言葉をかけてくれた構成員に、手を振った。
「ありがとう」
恥ずかしそうに告げ、彼女は本部に向かって歩いていく。彼の一言で少し元気が出た、これなら大吾とも普通に顔を合わせられそうだ。
ホールに入った彼女は、階段を上がり会長室に向かう。すると、遠くから構成員達の声が聞こえてきた。曲がり角から顔を覗かせると
丁度出かけるところらしい、大吾が数人の男達を従え、何事か話しながらやってくるのが見えた。
「あ……」
声をかけようとする遥に、大吾が気付いたようだ。大吾はわずかに表情を変えたが、特に声をかけることもなく彼女を一瞥し
再びそばに控える男に続けて指示を出す。そうしているうちに二人はすれ違い、本部を出て行く彼を遥は二階からぼんやり見送った。
「行っちゃった」
気が抜けたように遥は呟く。その様子を見ていた構成員の1人が、彼女に声をかけてきた。
「会長はこれから政財界の方々と会食です。帰りは夕方になられるかと」
「あ、そ、そうなんだ。ありがとう」
いいえ、と男達は遥を微笑ましく眺めながら去っていく。その顔は、きっと昨日のことを知っているに違いない。当分こういう日々が
続くのだろうと、彼女は溜息をつきながら今しがた大吾が歩いてきた廊下を進んだ。
 会長室の扉を開くと、主のいない部屋は昨日と何も変わってはいなかった。中に進むと、大吾が吸っている煙草の香りが残っている。
遥は彼の机に歩み寄り、革張りの椅子に小さく座った。
「……何も言ってくれなかったなあ」
呟き、遥は机に突っ伏す。特別な反応を期待していたわけではなかったが、もう少し変化があるかと思っていた。しかし、いつもと
違っていても、それはそれで困ってしまうのだが。幸い、大吾は出かけてしまった。彼に対してどんな風に接したらいいか、もう少し
考える事ができるだろう。
「ふぁ……」
ふいに遥の口から欠伸がもれる。そういえば、このところ受験だったり、悩んでいたり、卒業式だったりで、ろくろく眠れていなかった
気がする。彼女は目を擦り、腕を枕にぼんやりと遠くを見つめた。彼の残り香が、安心させるのだろうか。やけに眠くなってくる。
どうせ彼は当分帰ってこない。少し眠っても、まだ考える時間は十分にあるだろう。遥はゆっくりと目を閉じた。


 数時間後、大吾は本部の門の前に止められた車から降り立った。彼は疲れたように首を回す。どうも会食と銘打った腹の探り合いが
彼には苦手だった。しかし、有力な政治家がバックにいればそれだけ組織の人間も動きやすくなる。日本の中枢を裏で支配する上で
避けては通れない仕事だった。
 彼は出てきたときに顔を合わせた遥を思い出した。しなければならないことが山積みで、何も声をかけてやれなかった。それは
今までだって何度もあったことだが、昨日の今日だというのに我ながら冷たい気もする。
 ただ、彼自身も彼女とどう接していいか分からないところがあった。遥は、今まで付き合った女とは明らかに違う存在だし、今まで
単なる妹分で接してきて、すぐに恋人だ何だと思考を切り替えられるほど器用な人間じゃない。
「どうすっかな……」
大吾は困ったように呟き、建物へと向かって歩いていった。
 組員達に出迎えられながら、廊下を行く。今までに遥と顔を合わせなかったから、彼女は待ちくたびれて帰ったのかもしれない。
それならそれで正直ほっとするのだが。苦笑を浮かべ、大吾は会長室の扉を開いた。
「……こいつ」
彼は溜息をつく。遥は会長室にいた。しかも机の上に突っ伏したまま安らかな寝息をたてている。こんなところで熟睡できるとは
どれだけ豪胆な少女だろうと大吾は思う。彼は腕を組み、彼女の寝顔を見下ろした。
 華奢な体、幼さの残る顔、傍から見ればなんとも頼りなさげで、守られて生きるために在るような子だ。それなのに、知らないところで
沢山悩み、その上で自分の生きる道を掴み取る強さも併せ持っている。
「生意気な奴」
大吾は舌打ちする。おとなしく自分に守られてればいいくせに、彼女はその手をはねのけて1人で歩いていこうとする。その上で
身の程知らずにも『守ってやる』などと言い張るのだ。にわかにそれが悔しく感じられ、彼は眠っている彼女の額を指で弾いた。
「痛……痛あ!」
遥は額を押さえて跳ね起きる。大吾はその様子を冷ややかに見つめ、口を開いた。
「天下の東城会会長室で寝るなんて50年早いんだよ」
「50年も待たなきゃだめなの~?」
遥はぼやきながらふと大吾を見上げる。そういえば、何か重要なことを忘れているような。彼女は思わず立ち上がった。
「わ、わ……」
すっかり寝てしまったので、何も考えていない。大吾を前にして、どうしたらいいだろう。戸惑う遥に、大吾は首をかしげた。
「なんだよ、まだ寝ぼけてんのか?もう一度デコピンするか」
指を弾く仕草をする大吾に、遥は大きく首を振った。
「やだやだ!すごい痛いんだよ、それ!」
「知ってる」
「知っててやってるの!?もう、信じられないよ~!」
怒ったように声を上げる遥を彼は楽しそうに笑う。やっぱり、昨日と今日でも何も変わらない。今までどおりの彼女だ。遥はそんな彼を
ぼんやり眺め、戸惑いがちに口を開いた。
「ね、お兄ちゃん。あのね……」
「大吾」
「え?」
驚いたように声を上げる遥に、大吾は苦笑を浮かべた。
「兄貴じゃねえだろ、もう」
「……いいの?」
恐る恐る尋ねる遥に、彼は顔をしかめた。
「あのな、いつまでもお兄ちゃんとか呼ばれると、犯罪犯してる気分になるんだよ!」
「あ、そ、そうか……そうだね」
遥は小さく何度も頷くと、ぎこちなく微笑んだ。
「……大吾」
唐突に呼ばれ、彼はわずかに身を引く。どうも遥にこう呼ばれるのは違和感が漂う。兄と呼ばれた時くらい慣れるのに時間がかかり
そうだ。大吾は照れたように頭をかいた。
「ああ……それでいい」
「なんか、恥ずかしいね」
遥はそう言って肩を竦める。その顔は、ほのかに赤い。大吾はそっと遥に手を伸ばす、これは夢ではないのだろうか。もし触れたら
その瞬間目が覚めて、あの自己嫌悪の日々に戻ってしまうのではないだろうか。遥は、大吾のそんな不安を感じ取ったのか、彼の
手を取り、自分の頬に当てた。その温かさに、彼は目を細めた。
「夢じゃなさそうだな」
「うん、夢じゃない」
二人の視線が交錯した瞬間、会長室の扉がノックされた。思わず二人が扉の方を向くと、弥生の声がした。
「ちょっと大吾。遥ちゃん、来てるんでしょう?」
「あのババア……」
大吾は舌打ちすると、足早に扉へと向かう。彼は扉に自分の背を預けると、わざとらしく声を上げた。
「遥は中なんだけどな、ちょっと扉の調子がよくないみたいだ」
「え、扉は別に……」
驚いたように声を上げる遥に、大吾は人差し指を口に当ててみせる。思わず口を押さえる彼女を笑い、彼は手招きした。
「遥、ちょっと来い」
「え?うん」
遥は首をかしげてやってくる。扉の向こうでは弥生が苛立ったように声を上げている。
「ちょっと、そんなわけないだろ!あんた、会長室で何してんの?開けな!」
「何もしてねえって。今開けるから……」
呟きつつ、彼は近くまで来た遥の手を引く。急に引き寄せられ、目を丸くしている彼女に大吾は囁いた。
「心の準備しろ」
「え?」
「早く」
遥は彼が何のことを言っているのか、やっとわかったらしい。彼女は顔を真っ赤にして頷いた。
「で、できた」
「確認したからな」
大吾はそっと微笑み、遥の背に回した腕に力を込め、顔を寄せた。
相変わらず外では弥生の声が響いている。会長室の扉はもうしばらく開きそうにないだろう。 

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@4
 堂島家に遥が世話になったことへの礼を言いに行った桐生は、久しぶりに東城会本部に寄ることにした。桐生が会長室に入ると
大吾は驚いたように彼を迎えた。
「桐生さん」
彼は扉の横の壁にもたれ、微笑みながら腕を組んだ。
「久しぶりだな、大吾。会長職も様になってきたじゃねえか」
もちろん皮肉なのだろう。彼にとって自分は、いつまでも後をついて歩いていた頃のひよっこのままだ。大吾は机に寄りかかると
苦笑を浮かべた。
「どうしてここに?」
「ああ、姐さんに遥が世話になった礼を言いに行ってな。そのついでだ」
大吾はふうん、と煙草に火をつける。桐生は彼を穏やかに眺めた。
「今日、あいつの卒業式だったんだ。近くの高校だったから、お前にも色々迷惑かけたな」
「別に」
特に何の感情もなく大吾は素っ気無く答える。そうか、今日は卒業式だったのか。今更ながら、最後に会ってから経ってしまった
長い時間を実感した。桐生はふと真剣な面持ちで彼を見つめた。
「お前にも、聞かなきゃならんと思ってたんだ。お前、遥に何があったのか知ってるか?」
「……何が?」
視線を動かすと、桐生は大吾を見据えたまま話し始めた。
「受験前から、あいつがおかしい。まるでヒルズの事件後みたいに、素直に笑わなくなった。悩んでるようにも思えたから聞いてみたが
 答えようとしない」
大吾は沈黙したまま桐生の話を聞いている。時折、煙草の灰を落として溜息混じりに煙を吐いた。
「知らねえよ。もう、関係ねえしな」
「関係ない?」
「最後に会った時、遥が言ったんだ。もうここには来ねえってな。だから、関係ねえ」
「……そうか」
わずかに桐生が安堵したように見えたのは、気のせいではあるまい。元々、本部に出入りしているのを快く思っていなかったのは彼だ。
願ったり叶ったりというところだろう。それがやけに腹立たしくて、大吾は乱暴に煙草の火を消した。
 一方、遥は息を切らしながらためらうことなく本部の門をくぐった。いつも出迎える組員は、久しぶりに現れた彼女に驚きつつも
嬉しそうに声をかけた。
「遥さん、お久しぶりです。今4代目が……」
彼の話も聞かず、遥は真直ぐに建物の方へとかけていく。もう、立ち止まってられない。彼に自分の思いを伝えなくては。たとえ
拒絶されても、引くもんか。彼女は驚いて声をかける組員達に構わず、最奥の部屋の扉を開いた。
「大吾お兄ちゃん!」
「遥!?」
大吾はひどく驚いたように彼女を見つめる。横にいた桐生も思わず身を起こした。
「……遥?」
しかし、遥の視界に桐生は入っていないらしい。彼に気付くことなく、彼女は叫んだ。
「お願い、私の話を聞いて!」
「お前、自分が最後に何て言ったかわかってんのか、もう来ねえって言ったくせに、やってることめちゃくちゃじゃねえか!」
「そんなことわかってる。でもこのまま、もやもやした気持ちのままでさよならなんてやだ!」
何か、昔にもこんなことがあったような気がする。大吾は困ったように溜息をついた。
「俺には話なんてねえよ。頼むから帰ってくれ」
「帰らない!」
珍しく遥の強情な態度を目の当たりにして、桐生はぽかんとしたように彼女を見つめる。遥は走ってきたため乱れた息を整え
大吾を見つめた。
「私、お兄ちゃんに大切なこと言ってなかった。本当は、大吾お兄ちゃんと対等に向き合えるようになったら言おうって思ってたの。
 でも。やっぱり今言うよ。私、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんとしてじゃない、1人の男の人として好きなの!」
「……は?」
桐生は驚きのあまり、間の抜けた声を上げる。大吾はいきなり告げられた彼女の思いに、ひどくうろたえた。
「お、お前急に何言ってんだ。俺とお前はどれだけ歳が離れてると……」
「歳なんて関係ないもん。気がついたら、私には大吾お兄ちゃんしかいなかった。だから、これからもずっと傍にいたいの!」
拒絶しなければ。大吾は思考をめぐらす。彼女は自分の傍にいたらいけない人間だ。しかし、どうしたらいい?こんなにも彼女の言葉が
嬉しく思える。でも駄目だ、彼は首を振った。
「俺に関わるな。俺は、お前を傷つけることしかできない。親父がやったようにな」
「お母さんのことは、お兄ちゃんには関係ない。なんでそうやって自分を責めるの?私は一度も誰かのせいで不幸になっただなんて
 言ったことないよ。お兄ちゃんはいつも過去のことにこだわって、私の気持ちなんか全然考えてくれない。そっちのほうが傷つくん
 だからね!」
「考えてんだろうが!だから極道の世界に近付くなって言ってんだろ!お前は普通に暮らして普通に幸せになればいいんだ!」
「だから、それが傷つくんじゃない!お兄ちゃんはいっつもそう。私の気持ちを勝手に決めちゃう!私はお兄ちゃんの傍にいることが
 幸せなんだって、何度言ったらわかってくれるの?!」
「あのな……」
なんだか疲れてきた。大吾は溜息をつく。彼女を説得する言葉も、これだけ言い返されたならもうネタ切れだ。どんどん自分の精神年齢が
彼女のラインにまで下がってくるように思えた。
「よく考えろ。あの時、俺は遥に何をしたと思う?お前はそれを、嫌だって言ったじゃねえか!」
「何をしたんだ?」
穏やかではない話になってきた。桐生は訝しげに大吾を見る。遥は駄々をこねるように両手を振ってみせた。
「だって、急にお兄ちゃんが、そういうことするなんて思わなかったからじゃない!私だって、心の準備がいるんだからね!突然すぎるよ!」
「心の準備……おい、大吾。てめえ遥になにをした!」
「しょうがねえだろ!お前が行っちまうって思ったら、つい手が出たんだよ!」
大吾もすでに桐生の存在を忘れてしまっているらしい。声が耳に届いていないようだ。完全に蚊帳の外に置かれた桐生は二人の
睨みあう様を見ていることしかできなかった。遥は彼の言葉を聞いて驚いたように声を上げた。
「大吾お兄ちゃん、私に行ってほしくなかったの?」
しまった、という表情で大吾は低く呻く。遥は彼にゆっくりと歩み寄った。
「ねえ、言ってよ。お兄ちゃんの気持ち。ちゃんと聞くから」
「俺は、お前のことなんて……」
苦しげに俯く彼を見上げ、遥は自分の両手を握り締めた。
「ちゃんと私の目を見てよ。お兄ちゃんが嘘ついてるかどうかなんて、私にはすぐにわかるんだから。それだけ……お兄ちゃんのこと
 見てたんだから」
もう、逃げられない。彼女の真直ぐな瞳からも、心からも。思えば、彼女に手を差し伸べたあの時から、こうなることが決まっていたの
かもしれない。こんな少女を極道という闇に招き入れるなど、なんという大罪を犯してしまったのだろうか。大吾は苦笑を浮かべた。
「……俺の女になるか?」
遥は驚いたように大吾を見上げる。彼の目に迷いはなかった。動揺も、困惑もなく、ただ真直ぐに自分を見ている。遥は微笑んだ。
「あの時からずっと、私はお兄ちゃんの女だったじゃない」
彼女は彼の背中に腕を回して抱きしめる。呆然として成り行きを見守っていた桐生は、ついに声を上げた。
「俺は許さんぞ」
「おじさん」
彼女は今気付いたように、そのまま顔だけ桐生に向ける。大吾も彼の存在を思い出し、まずいことになったと、にわかに頭を抱えた。
「極道の女になるなんて、冗談も大概にしろ。大吾も大吾だ。20も歳の離れた女の子に手ぇ出して恥ずかしいと思わねえのか!」
大吾が何か言おうとするより先に、遥が叫んだ。その顔は真剣そのものだ。
「おじさんだって、薫さんとひとまわり離れてるじゃない!それに、私はお兄ちゃんの女になるんだもん。極道なんて関係ないもん!」
桐生は大股で歩み寄ってきたかと思うと、遥の頭を叩いた。
「子供がそんな屁理屈たれるんじゃない」
「いったーい!子供じゃないよ、もう高校も卒業したもん。おじさんだってもう大人だって言ったじゃない!」
遥には言って聞かないことを悟ったのか、桐生は恨みがましい目で大吾を睨みつけた。
「……大吾、てめえ昔から、遥のことはなんとも思ってねえって言ってただろうが」
「桐生さん、冷静に話し合おう。な?」
今にも掴みかからんばかりの形相で詰め寄られ、大吾は心底弱ったように声を上げる。敵を前にした迫力は、昔と何ら変わっていない。
おそらく、喧嘩の腕も鈍ってはいないだろう。最悪、殺されるかもしれない。背中を変な汗が伝った。
「おじさん、大吾お兄ちゃんに何かしたら、私おじさんのこと嫌いになるから」
いつもなら、それに対して何も言えなくなる桐生だったが、今日はわけが違う。彼は大吾を睨みつけたまま声を低めた。
「構わん。たとえ嫌われても、俺は由美にお前を任された責任がある。表に出ろ大吾、二度と遥に手を出せねえようにしてやる」
ここまできたなら、大吾にしても引くわけにはいかない。それに、桐生を越えられないようでは、彼女を守っていくことなどできない。
「上等だ、かかってこいや。てめえのもうろくした拳なんて怖かねえよ」
殺気の滲んだ視線が交錯する。その張り詰めた雰囲気に遥が立ち竦んだ時、後ろで凛とした声が聞こえた。
「二人とも、そこまで」
振り向くと、弥生が姿勢良く立っていた。恐らく、騒ぎを聞きつけた組員が読んだのだろう。遥は慌てたように彼女にかけよった。
「弥生さん、約束したのに来てしまってごめんなさい」
「いいんだよ。それより問題なのは、この二人だよ。女の子の所有権を巡って喧嘩だなんて、大人気ないったらありゃしない。
 あんた達は、東城会の四代目と六代目なんだよ!その辺り、自覚しな!」
桐生は彼女に向き直り、首を振った。
「ですが、姐さん。遥にはまっとうに生きてもらいたいんです。極道とは関係のない世界で、幸せになって欲しい。姐さんもそう言って
 いたはずじゃないですか」
「そうだね、私もそれに関しては否定はしないよ。でも本人があれだけ望んでいるのを、無理やり捻じ曲げたとして、この子は
 幸せになれるのかい?現に、今回のことで遥ちゃんがひどく悩んでいたのは、お前だって知っているじゃないか」
「それは……」
弥生は穏やかに笑って見せた。
「母親が望むのは、子供がいつも幸せな笑顔で元気に生きていることさ。あんたも親だったら、今は静かに見守っておやり」
母親の思いを語られては、自分は立つ瀬がない。まったく、弥生には叶わない。桐生は思い詰めたように溜息をつくと、顔を上げた。
「完全に許したわけではないですから。もし遥に何かあったら、その時はたとえ姐さんが止めても彼女を引き離します」
「それは私も同じさ。遥ちゃんが可愛いからね。今まで以上に厳しく見守らせてもらうよ」
桐生は小さく頭を下げると踵を返した。
「遥、帰るぞ」
「あ……」
遥は去っていく桐生と二人を交互に見ながら慌てたように告げた。
「ごめんなさい。今日は帰ります。あの……」
何か言いたげな遥に、弥生は肩を叩いた。
「大学にいっても、勉強に支障がない程度だったらいつでも本部においで。そうだろ?大吾」
「あ、ああ……」
大吾は彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。
「しょうがねえな。好きにしろ」
「うん!それじゃ、失礼します!」
元気良く手を振って去って行った遥を見送り、弥生は溜息をついた。
「まったくうちの人といい、あんたといい、どうしてこうも年下の女を捕まえようとするんだろうね。言っておくけど、遥ちゃんに変な
 真似したらただじゃおかないからね!いい?」
「俺は中学高校のガキか!つきあいくらい勝手にさせろよ!」
不満そうに声を上げる大吾をお黙り、と一喝し、彼女は苦笑を浮かべた。
「でもまあ……あんたにしては、いい子を捕まえたじゃないのさ」
「どうだかな」
二人は窓から歩いていく桐生と遥を眺める。どうやら、明日からまた本部に明るい声が響くことになりそうだ。
 一方、遥は黙って歩く桐生の後を追っていた。あれから一言も口にせず、視線も向けてこない。やはり、怒らせてしまったかと
彼女は痛む胸を押さえた。
「おじさん、勝手なことしてごめんなさい。でも、わかってほしいの。私は中途半端な気持ちでここに来たんじゃないから」
桐生は沈黙したまま前を行く。その背中は、昔のように広いままだ。どこかに木があるのか、宙を舞う桜の花びらを見つめ、彼は
やっと声を上げた。
「お前を堂島家にやるんじゃなかった」
「おじさん……」
遥は泣きそうになりながらそっと俯く。少しして、彼女の頭に手が置かれた。大きな、暖かい手。それも昔と何ら変わらない。
「でも、決めちまったんなら、しょうがねえ。すこぶる気分は悪いが、今は黙って見守ってやる」
思わず顔を上げる遥に、桐生は苦笑を浮かべた。
「あいつにうつつを抜かして、自分がしなきゃならないことを、絶対におろそかにするな」
「うん。約束する」
素直に頷く遥を見下ろし、桐生はそれと、と付け加えた。
「もし、あいつに泣かされたら言え。その時は遠慮なくぶっとばしてやる」
「うん、そのときは言うね」
遥は笑い、再び歩き始めた桐生と手を繋いだ。春の夕暮れは早く、傾いた夕陽は二人の影を長く照らし出した。
 思った以上に遅く帰宅した二人を薫は叱りつけたが、本部であった二人の話を聞いた彼女は信じられへん、と叫んだ後
私もその絶叫告白見たかった、と笑って続けた。
 それから遥は、大学に通いながら本部にも時折顔を出している。付き合いだしたからといって、二人の仲にはそれほど変化はない
ただ一つ変わったのは、『大吾お兄ちゃん』が『大吾』に変わったくらいだ。相変わらず、つまらないことで喧嘩をしたり、じゃれあったり
する二人を、遥に好意的だった組員達は当分羨ましそうに眺めていた。

@3
 ろくに眠る事も出来ないまま、遥が朝起きた時には大吾はすでにこの家にはいなかった。がらんとした彼の部屋を眺め、遥は悲哀に
満ちた表情を浮かべる。
「大吾がね、もう遥ちゃんは本部に顔を出さなくていいって。組員にもそのことはちゃんと言っておくからって」
弥生が苦笑を浮かべ、彼女に声をかける。遥は小さく頷いた。
「……わかりました」
「ねえ、あんたたち、なにかあったの?あの子のあんな顔、初めて見たよ」
昨日のことは、弥生には言えるはずもない。遥はぎこちなく笑みを浮かべて首を振った。
「何も……あの後、ちょっと喧嘩しちゃったんです」
「まったく、最後の最後に困った子だねえ」
弥生は困ったように笑う。遥は荷物をまとめて堂島家を出た。門まで見送りに出た弥生は、優しく彼女に声をかけた。
「ね、遥ちゃん。あなたは何も気にしないで、自分の生きたいように生きなさい。昨日の話は私の胸に留めておくから」
遥は大きく頷き、深々と頭を下げた。
「弥生さん……今までありがとうございました」


 それからすぐに、遥は受験勉強を始めた。その熱心さは、傍にいる桐生たちも驚くほどで、元々頭のいい彼女は更に成績を上げて
いった。猛勉強の甲斐があってか、遥は危なげなく志望校への合格を果たすことになる。
 しかし、その喜びの中でも遥の表情は浮かないものだった。祝ってもらっていても、彼女はどこか上の空で、周囲の人々を不安にさせた。
合格から少し経って、彼女はふと沙耶のもとに遊びに行った。彼女は専門学校を出て、今は都内の美容室で働いている。遥の突然の
来訪に、彼女は驚いたようだったが、わざわざ仕事を早退して時間を取ってくれた。
「遥ちゃん、久しぶりじゃない。そういえば、大学合格したんだってね。おめでとう!」
近くの静かなカフェで、沙耶は笑顔を浮かべる。合格の話は伊達から聞いたのだろう。遥はぎこちなく微笑んだ。
「ありがとう」
「あんなに小さかった遥ちゃんも、もう大学生か~なんか早いね。あっという間」
懐かしそうに沙耶は目を細める。遥も小さく頷いた。それを見ていた沙耶は、そっと苦笑を浮かべた。
「どうしたの?」
「え……」
「合格の報告ってわけじゃないんでしょ。なんか相談?」
すっかりばれている。胸のうちを見透かされ、彼女は顔を赤らめた。
「うん、ちょっと」
「なになに?私で良いなら聞くよ。ああ、でも女同士の相談なら、薫さんだっけ?あの人がいいんじゃないの?」
「あ、だ、駄目!薫さんに言ったら、おじさんにもすぐばれちゃう!」
慌てたように声を上げる遥を眺め、沙耶は含みのある顔で笑った。
「……ってことは、桐生さんには絶対知られたくないことなんだ」
「う、うん」
沙耶はテーブルに頬杖をつき、遥を指差した。
「ずばり、恋の悩みだ!」
思わず言葉を失う遥を見て、沙耶は驚いたように身を乗り出した。
「やだ、カンだったんだけど……マジで?」
「や、あの……」
何か言い訳しようとする遥を、沙耶は遮るように声を上げた。
「ああ、そうなんだあ。あの遥ちゃんがねえ……会うたびに男っ気なくて心配してたんだけど、ついに!なんかお姉さん感動しちゃう!
 これは事件!事件だ!お父さんにメールしよ!」
携帯を取り出して開く沙耶を、遥は慌てて止めた。
「もう、沙耶お姉ちゃんやめてよ~!伊達のおじさんなんてもっと駄目!」
「冗談、冗談。で、相手はだあれ?クラスの子?」
遥は大きく首を振り、苦笑を浮かべた。
「年上の人」
「なに、いきなり年上?まさか、ホストじゃないでしょうね」
沙耶は窺うように遥を覗き込む。彼女は驚いたように何度も手を振った。
「違うよ~お姉ちゃんじゃないんだから」
「あんたも結構言うよね。それで?好きなんだ。その人のこと」
遥は運ばれてきたティーカップを眺め、静かに口を開いた。
「そう思ってた。でも、もう会えなくなっちゃった。それで、どうしていいかわからないの……」
「ど、どうして?もう会えないって、まさか死……」
不吉な言葉を口に出そうとする沙耶に、遥は首を振った。
「あ、そ、そういうことじゃないよ。そうじゃなくて……」
遥はそう言って、以前大吾との間に起きたことをかいつまんで話した。些細な行き違いからの口論や、それから引き止められた事
そして、彼が急に『男』としての顔を見せた事も。思いつめたように視線を落とす遥に、沙耶は溜息をついた。
「で、拒絶しちゃったってわけかあ……それはしょうがないんじゃないかなあ。だってずっと兄弟みたいにやってきたわけでしょ?」
「でも私、絶対その人のこと好きだったのに、そういうことだって当然あるって思ってたのに……急に怖くなって」
沙耶は、優しく微笑み遥の頭をそっと撫でる。まるで幼い頃に戻ったようで、遥は少し泣きそうになった。
「遥ちゃんに免疫なかったら、そういうこともあるって。ちゃんとその人に理由話してみな。それで理解してもらえないようだったら
 そいつはそれまでの男ってことよ」
「沙耶お姉ちゃん……」
悲しげに見上げる遥に、沙耶は大きく頷いた。
「大丈夫だって、私遥ちゃんの男を見る目、信じてる。わかってくれるよ」
「駄目だよ……」
首を振った遥は、わずかに唇を震わせる。その瞳には、いつしか涙でいっぱいになっていた。
「私、嫌って言っちゃった。それを聞いて、その人すごく傷ついた顔してた……その言葉は、何があっても絶対言ったらいけなかったの。
 あの人、絶対に自分を責めてる。お母さんのことは、その人とは全く関係ないのに……」
「遥ちゃん……」
「もう、絶対に傍にいさせてくれないよ……」
沙耶には、彼女の言っている事が何も分からない。でも、どれだけ彼女が胸を痛めているかはわかる。少しでも遥の心が休まるように
彼女はもう一度、遥の頭をそっと撫でた。


「ちょっといいかい?」
引退以来珍しく本部へと赴いた弥生は、そう言って会長室に入ってきた。大吾は驚いたように彼女を見る。
「なんだよ、こんなとこまで来て」
「ご挨拶だね、私は会長代行までやった女だよ。いつ来ようが構わないじゃないか」
大吾は肩を竦めて煙草に火をつける。灰皿に山になった吸殻を見て、彼女は眉をひそめた。
「ちょっと多いんじゃないかい?前にも遥ちゃんが吸いすぎはよくないって言ってた……」
「黙れよ」
大吾は鋭く弥生を見据える。彼女が本部から姿を消して何ヶ月にもなるが、彼はあれから一切遥の話をしたがらなかった。
目の前で誰かが彼女の話をするだけで、叱りつけたということも聞いた。それがあの日の行き違いから来ているのならば、二人の為にも
誤解は解かなければならない。弥生は苦笑を浮かべた。
「どうしちゃったんだい?大吾、あんたおかしいじゃないの」
「何がだよ」
「遥ちゃんと、何かあったんじゃないのかい?」
黙りこくる彼を眺め、弥生は肩を竦めた。
「あの子、大学に合格したんだってさ」
大吾は沈黙を続けたまま、そっぽを向いて煙草をふかしている。彼女は大吾に歩み寄ると煙草を奪い取って灰皿に押し付けた。
「なにすんだよ」
「いい年して、なに拗ねてんだかしらないけどね。ちょっとはあの子の気持ちも考えておやりよ」
気持ち?彼は冷たく笑った。
「もう顔も合わせることもない奴の気持ちなんて、考えてられねえよ」
「あんたは誤解してる。本当はあの子に言わないようにって頼まれてるんだけど、このしょうがない馬鹿息子のために言ってあげようじゃない」
睨むように見上げた大吾に、弥生は溜息をついた。
「あの子が何を学びに大学に行ったか知ってるかい?」
「知るわけねえだろ」
大吾はぞんざいに答える。彼女は腕を組み、静かに告げた。
「医学だよ。あの子、看護士になるんだって」
それが自分と何の関係があるのだろう。彼は不可解な顔で弥生を見上げる。彼女は淡々と告げた。
「どうしてあの子が看護士なんて選んだのかわかっちゃいないだろうね。それもこれも、もし何かあったときに、あんたや、うちの組員達の
 命を救ってやれる術を得るためじゃないか」
大吾は驚きを隠せない様子で視線を落とす。まさか、遥がそんな大それた事を考えているとは思わなかった。弥生は目を細めて宙を
睨む。
「それなら、なんでもう会わないって言ったのかって考えてるだろうけど、あの子はね、人の命を預かるからには一人立ちできるまで
 しっかり勉強したいって。それで、自分でも一人前の看護士になれたと思えたら、その時は胸を張って改めてお前に会いに
 行こうと決めてたそうだよ。ただ、それはいつになるかわからないから、もう会えないって言うことにしたんだって。そりゃあびっくり
 したさ。医療に従事するものが極道に肩入れする事が、どういうことなのかも言って聞かせたよ。でも、あの子はそれでもいいって
 言ったんだ。あの子、笑って言ってたよ。『私、お兄ちゃんを守るって約束したから』ってね……」
彼は両手で顔を覆った。彼女が幼い頃に交わした、些細な約束。すっかり忘れていると思っていた。あの時も自分は遥を突き放した。
でも彼女は、自分の意志でまたここに戻ってきた。これからだって、そのつもりだったのだ。なのに自分は、情けなく引き止めて
結果的に彼女を傷つけたのだ。どんなに後悔しても遅い。もうあの笑顔は、戻らない。
「もういい」
「え?」
眉をひそめる弥生に、大吾は顔を上げた。
「そんなことは、もう関係ない。あいつはあいつの世界で生きていくんだろう。俺がどうこう言える立場じゃねえ」
「大吾。あんたは遥ちゃんの気持ちを聞いてもそんなこと……!」
「お袋、あんた忘れちまったんじゃねえのか!?親父が遥の母親に何をしたか!」
弥生は言葉を詰まらせる。彼女にとってもそれは遥に対する負い目の一つで、常に罪の呵責に悩まされてきた。大吾自身もそれは
変わらない。今まで口に出せなかった事が、それをきっかけにとめどなく溢れた。
「何が大幹部だ、過去の栄光にしがみついてただけの、色ボケしたジジイじゃねえか!あの事件さえなければ、遥は違った形で
 幸せに生まれてきたかもしれねえんだぞ!どれだけあいつが許しても、俺は親父を許さねえ。その血が流れてる俺自身もだ!」
弥生は俯いたまま彼の叫びを聞いている。まるで自分が責められているように、悲痛な表情を浮かべて。その顔が見たくないからこそ
大吾は今まで口に出さなかったのだ。彼は大きく溜息をつき、消え入るような声で呟いた。
「そんな俺が、あいつの思いを受け入れられるはずがねえ……どんなに望んでもな」
「お前……もしかして遥ちゃんのこと……」
驚いたように弥生は彼を見つめるが、大吾は押し黙ったまま会長室を出て行った。
 いつからだろう、妹として接していた彼女に、それ以上の感情を抱くようになったのは。20も離れた年の差を、苦痛に思うようになったのも。
遥はいつだって自分を兄と呼び慕ってくれた。それがごっこ遊びのような稚拙なものだとしても、兄弟のいない二人にとっては
このうえなく安らぐ関係だった。それを決して壊してはならないと、自分はふいに生まれた別の感情を押し込めるようになった。
正直、彼女が成長するにつれ、これでいい、これでいいのだと自分に言い聞かせるのにも限界を感じ始めていた。この一件は
丁度いい機会だったのだ。彼女は表の世界で、自分の知らない誰かと幸せになる。それが一番自然な形だろう。
表に出た大吾は、いつしか降り始めた雨をその身に受けた。春先にしては、やけに冷たい雨。心を凍らせるには、丁度いい。

 桜が舞う。遥はそれを目を細めて見上げていた。今日は彼女の卒業式。彼女は胸に卒業生の証である花を挿し、証書の入った
筒を右手に友人の中にいた。
「はーるか!写真撮ろ!」
「あ、うん……」
友人のカメラが遥を含め大勢の少女達を映像に焼き付ける。今の自分は自然に笑えているだろうか、彼女は少し不安になった。
しかし、今日は卒業式。どんなに悲しい顔をしていても、決して不自然には思われないだろう。手を振って去っていく友人を眺め
遥は苦笑を浮かべた。
 あれから、何度も東城会へ続く道を半分まで歩き、引き返す事を繰り返した。沙耶の言ったとおり、素直に話してみようと電話も
かけようとしたし、メールも打とうとした。でも、それもできなかった。毎日のように思い悩む遥を、桐生も薫も心配して声をかけてくれたが
話す気にもなれなかった。もし話したなら、面倒なことになるのはわかっていたからだ。特に桐生の反応はありありと目に浮かぶ。
小さく笑うと、いつもより少し畏まった姿の桐生たちがやってきた。
「遥ちゃん、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。薫さん」
遥は微笑んでみせる。大丈夫、ちゃんと笑える。少し安心した。
「よかったな」
桐生はそう言って、昔のように遥の頭を撫でた。彼女は小さく頷いて彼を見上げた。
「おじさんも、ありがとう」
彼は数ヶ月前から沈み込んでいる遥を心配していた。沙耶とも会っていたようだったが、伊達に聞いても沙耶は彼女と何を話したのか
教えてももらえなかったようでわからないという。それだけ深刻な悩みを抱えているのだろうかとも思う。しかし、悩んだ時はいつでも
自分に話してくれる彼女が、自分に対してもひた隠しにする理由が桐生にはわからなかった。
「……なあ、遥」
「ん?」
見上げる彼女の顔が、出会った頃より近くなった。幼い頃と違って、桐生は遥との距離を、どうとっていいものかわからない。彼女の
内なる感情には触れてはならない気がして、彼は今追及するのをやめた。
「いや……なんでもない」
「変なおじさん」
遥は声を上げて笑う。遠くから友人が遥の名を呼ぶ、彼女は思い出したように二人に告げた。
「あ、これから部活の子と送別会なんだ。夕食までには帰るから!」
「ご馳走作って、待ってるわね」
薫は微笑んで手を振る。かけていく遥を見送り、桐生は寂しそうに笑みを浮かべた。
「やっぱり、友達が大事か」
驚いたように彼女は桐生を見上げ、ふいに笑い出した。
「あたりまえやないの、まだ小さい頃のつもり?お、じ、さ、ん!」
「うるせえな、ちょっと思っただけだ」
きまりが悪そうに宙を睨む彼に対し、薫は肩を竦めた。
「はいはい。それじゃあ、帰ろ?」
先に立って歩いていく彼女に、桐生は申し訳なさそうに声をかけた。
「いや、俺は寄る所があるから……薫は先に帰っててくれ」


 その頃、遥たちは部室で後輩達と共に歓談していた。持ち寄ったお菓子にジュースは、今日だけ顧問から許してもらったものだ。
送別の言葉と共に乾杯した後、後輩から花束を渡されて遥は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、こんなにしてくれて。今までありがとうね」
彼女を見ていたら感極まったのか、泣きそうな顔で後輩達は遥にしがみついた。
「澤村先輩がいなくなると寂しいです~」
「ずっといてほしいよう」
遥は困ったように笑う。近くで聞いていた卒業生はたしなめるように声をかけた。
「ずっといたら留年じゃないの、わがまま言わない!」
「でも~」
少女達は不満そうに声を上げていたが、やがて諦めたように遥を見上げた。
「また遊びにきてくださいね、絶対ですよ!」
「うん、約束」
後輩達は嬉しそうに頷き、そのまま思い出話を始めた。思えば、この部活に入ったのも、少しでも自分の身を守る術を身に付けたかった
からだ。昔の自分は攫われて誰かに迷惑をかけることしかできなかった。その度に桐生や大吾に助けられて、申し訳なく思っていたのだ。
実戦には向かないが、いい経験になったと思う。彼女が懐かしそうに目を細めた時、後ろから肩を叩かれた。
「すみません、先輩。いいですか?」
そこにいたのは、後輩の男子部員だった。彼は部室の外に遥を促す。彼女は少し遅れるように彼について行った。
「あの、先輩もう卒業だし、言うなら今しかないと思って……」
事前に言う言葉を考えてきたのだろう。二人になってすぐ話を切り出した後輩を、遥は困ったように見上げた。今はそういう話をしたくない。
「俺、先輩のことが好きなんです」
飾りっ気のない真直ぐな言葉、素直な子だと思う。こういう男の子と付き合ったなら、きっと楽なのだろう。年も近いし、いつだって
近くにいる。死と隣り合わせの不安など、想像も出来ないような生活が送ることが出来るのだろう。でも、駄目。遥は首を振った。
「ごめん、応えてあげられないんだ」
つれない返事に落ち込むと思いきや、少年は笑顔を浮かべて頭をかいた。
「や、先輩が誰とも付き合わないってのは知ってたんで。ただ、気持ちを伝えたかっただけなんです」
「気持ち……」
遥は思わず彼を見上げる。
「ねえ、なんで言えるの?駄目だってわかってるのに、受け入れてもらえないって知ってるのに」
思わぬ問いかけに、彼は目を丸くする。しかし、真剣な面持ちの彼女に、少年は静かに答えた。
「だって、逃げたくないじゃないですか。自分の気持ちから」
「逃げたっていいんだよ。だって誰も知らないんだもん。時間が経てば、解決するじゃない」
いいえ、と彼は首を振った。その固い意志を滲ませる顔は、どこか大吾に似ている。
「逃げたって、いつかそういう自分と向き合わなきゃいけなくなるんです。その時、自分に胸を張って、やるだけやったんだって言いたい
 じゃないですか」
遥は驚いたように彼を見つめる。そういえば、大吾もそんなことを言っていた。そう、始めて会った時に、あの会長室で。
逃げたくない。もう、桐生の時のように、自分を騙していたくない。彼女は両手を握り締めた。
「まあ、そんな大きなこと言ってても、結局駄目でしたけどね」
照れるように笑った彼に、遥は急に頭を下げた。
「ごめん!でもありがとう!そうだよね、逃げちゃいけないんだ!」
「せ、先輩?」
言うが早いか、遥は部室に向かって駆け出した。勢い良く帰ってきた彼女を部員達は驚いたように迎える。
「どうしたんですか?」
「これから行くところがあるから、失礼するね。ごめん!また遊びに来るから!」
悲鳴のような後輩達の声を背に受けながら、遥は荷物を持って走り出す。
ただひたすら真直ぐ、彼のもとへ。

@2
 久しぶりに遥が堂島家に行くと、弥生が嬉しそうに彼女を迎え入れてくれた。大吾が正式に会長に就任してからは、弥生は東城会の
全権を彼に委譲し、極道の世界には一切関わっていない。役目から解放され身軽になった今は、屋敷内でおだやかに過ごしつつ
時折旅行にも出かけているようだ。再婚の話も当然あったが全て断っている。それも、おそらく彼女の心の中に今なお宗兵がいるから
なのだろう。遥はそんな一途な弥生を、口には出さないが心から尊敬していた。
「久しぶりだねえ、遥ちゃん。ここのところ顔は見せるけど泊まっていかないじゃないか。今どうしてるんだい?」
「部活も終わっちゃったので、遅くなる事もないから、おじさんが真直ぐ帰って来いって……」
申し訳なさそうに告げる遥に、弥生は不満そうに声を上げた。
「桐生ったら、嫁を貰ったからって偉そうに……いいのよ、遥ちゃん。あの男のことは気にせず、どんどんうちにおいでなさいな。
 大丈夫、私がちゃーんと桐生に話を通しておくから!」
遥は困ったように笑う。東城会から身を引いたとはいえ、弥生の発言力は未だ大きい。今でも桐生は彼女に頭が上がらないのをよく
知っていた。だからこそ、桐生はここに世話にならないようにと弥生には言わず、自分に言うのだろう。しかし、これからはその言葉にも
甘えられなくなりそうだ。彼女は特にそれに対して何も言わず、家に上がった。
「今日はごはん私が作りますね!前に弥生さんが教えてくれたおかず、上手になったんですよ」
腕まくりをする仕草の遥に、弥生は優しく微笑んだ。
「それは楽しみだこと。やっぱり女の子はいいわねえ、家の中が明るくなって。あの辛気臭い馬鹿息子と二人だと息が詰まっちゃって」
「そ、そんなことないですよ~」
遥は慌ててフォローを入れる。母親だからなのか、弥生は大吾に容赦がない。弥生はいいんだよ、と手を振り溜息をついた。
「この前も、あんまり家の中が暗いものだから、この辺りで嫁でも貰えって言ったところさ」
「それ、お兄ちゃんなんて?」
驚いたように覗き込む遥に、弥生は苦笑を浮かべた。
「『ふざけんな。家が暗かったら電球でも替えろ』だって。そういうことを言ってるんじゃないのにねえ……」
遥は思わずふきだす。その状況は想像に難くない。きっと大吾はおそろしく不機嫌な顔だったに違いない。笑っている遥を眺め
弥生は肩を竦めた。
「遥ちゃんは笑うけどね、もし家庭を持つならそろそろいいと思うんだよ。極道っていうのは、先に何があるかわからない稼業だろう?
 うちの人は、私と所帯を持ったのはかなり遅かったから、子供は大吾1人でさっさと死んじまった。残された人間にしてみたら
 それはそれは寂しいものさ」
弥生の気持ちはなんとなく分かる。遥は苦笑を浮かべた。彼女はもっと、賑やかで暖かな家庭を望んでいたに違いない。
 しかし、共に歩いていこうと思っていた男はすでに他界し、息子は自分の手を離れて独立。1人この広い屋敷で毎日を過ごす弥生の
寂しさは、並々ならぬものだろう。もっと家族がいたなら、そう思っても不思議ではない。
「でも、大吾お兄ちゃんは、お兄ちゃんなりに考えてるんじゃないですか?」
「甘すぎるの、遥ちゃんは。まあ……今じゃあの子も昔ほど遊んでる風でもないから、うちの人みたいな手当たり次第の女好きって
 わけでもないみたいだけどね、何考えてんだか。でもね、私は死ぬまであの子の世話をするのはごめんだよ」
肩を竦め、弥生は首を振る。遥は彼女の後を追いながら、そっと微笑んだ。
 その日の夕食は、幾分大吾が早く帰宅したのもあり、弥生と三人楽しく食事をとることができた。弥生は始終上機嫌でよく話し、昔と
同じように遥の話も聞いてくれる。その様子を、大吾は黙ったまま酒を傾け穏やかに眺めていた。
やがて、いつもよりも長い夕食を終え片付けを済ませた後、遥は二人に重い口を開いた。
「あのね、私……もうこちらにも、本部にも来られないと思うの」
弥生は驚いたように声を上げた。
「それは、どうして?」
遥は俯いていた顔を上げた。大吾は襖に体を預けたまま、遥を真直ぐに見据えている。彼女は寂しげに微笑んだ。
「私、進学するんです。受験勉強で忙しくなっちゃうから」
「受験……そうだったのかい」
弥生は残念そうに溜息をつく。長い間可愛がっていた少女に会えなくなるのだ、当然だろう。ふと彼女は遥を見つめた。
「でも、もう来ないって……受験が終わればまた元の通りに顔を出せるんだろう?」
「それは……」
困ったように口ごもる遥を見て、大吾が不意に声を上げた。
「それが出来ないから、こいつは言ってるんだろ」
遥は思わず大吾を見る。彼はゆっくりと立ち上がり、弥生を見下ろした。
「本部はもちろん、うちも極道に関係のある場所だ。表の世界で普通に生きていく上で、これ以上近付かないに越した事はないだろうが」
「ち、違うよ。そういう意味で言ったんじゃないよ!」
慌てたように声を上げる遥を一瞥し、彼は踵を返した。
「理由が言えないってことは、そういうことだろ」
彼の立ち去った空間に、言葉だけが残る。遥は呆然としたように彼のいた場所を見つめた。
「遥ちゃん、あの子のことなんて、気にしなくていいんだからね」
弥生は苦笑を浮かべて遥の肩を叩く。遥は大きく首を振った。
「違うんです。私がちゃんと言わなかったから……」
首を傾げる弥生に、遥は顔を上げた。
「弥生さんには、お話します。聞いてもらえますか?」

 大吾は部屋に入ると、上着を投げ出して横になった。遥の決めたことは、何も間違っていない。いずれ、そういう日が来ることは
理解していたつもりだし、その方が遥にとっても良い事だとも思った。しかし、何故こんなにも苛立っているのだろう。
 彼女から何も打ち明けてもらえなかったことが不満だった?それとも、あれだけ楽しそうに本部を駆け回っていたのにも拘らず
結局は彼女が普通の生活を選んだ事に、腹を立てているのだろうか。
「どれにしても、小せえなあ……」
呟き、大吾は腕で顔を覆う。あんな少女の決意すら喜んでやれないなんて、どれだけ自分は狭量なのだろう。所詮、自分は極道で
彼女の住む世界には触れられない。それは自分でも分かっている。それでも、どこかで遥はずっとこの世界にいるものだと思っている
部分もあったのだ。仕事をしていれば、いつのまにか遥が本部にいて、その辺りを歩き回っては、組員と話をして、笑っている。
そんな毎日が永遠に続くのだと。
「永遠?」
そこまで考え、大吾は苦笑を浮かべる。本気でそう思っているのだとしたら、ひどく滑稽だ。そんなことが、彼女にできるわけがない。
――そう、自分自身がこの世界に引きずり込まない限りは。
 彼は、ふいに心の奥に宿った闇に気付き、唖然とする。さっき、何を考えた?遥を、極道の世界に?考え出すと、恐ろしいほどに
彼女を引き止める術が頭に浮かぶ。大吾は起き上がると、思考を振り払うように何度も首を振った。
「大吾お兄ちゃん、いい?」
廊下から声がかかる、遥だ。一番顔を合わせたくない時だが、さっきの態度や発言は詫びなければならないだろう。彼は溜息をつき
返事をした。
「……ああ」
ゆっくりと襖を開けた遥は、複雑な表情で部屋に入ってきた。さっきのやり取りの後だ、気まずいのも当然だろう。彼女は大吾の前に
座ると頭を下げた。
「さっきは、ごめんなさい」
何故謝るのだろう。大吾は苦笑を浮かべた。
「なに謝ってんだよ。それはこっちの台詞だ、変なこと言って悪かったな。受験頑張れよ」
遥は小さく首を振り、視線を落とした。
「あのね、本当は……受験なんてやめちゃいたいんだ」
「え?」
驚く大吾を見上げ、遥はその端正な顔に悲愴感を滲ませた。
「このまま、今まで通りお兄ちゃんの傍にいて、本部の皆さんと楽しくやっていきたいよ。進学なんて、したくない」
それを聞いた瞬間、大吾の中の押さえ込んでいた心の闇が、再び頭をもたげたように思えた。次の瞬間、自分でも驚くほど自然に
口をついて言葉が出た。
「なら、やめろよ」
「え……」
思いもよらぬ彼の言葉に、遥は言葉を失う。大吾は続けた。
「今更、離れていくのか?お前は、俺の手を取ったじゃねえか」
遥の瞳に、明らかな迷いの色が浮かぶ。その表情から、もう少し押せば彼女は極道という闇に堕ちると彼は確信した。引き止めるなら
今しかない。大吾はふいに彼女の手を引いた。
「わ……」
バランスを失った彼女の体は、容易に彼の体で受け止められる。大吾はそのまま彼女の背に腕を回し、優しく髪を撫でた。
「行くな」
思わず顔を上げた遥の顔には、決意の揺らいだ感情が見て取れる。そう、もう少し。もう少しで彼女は堕ちる。
「大吾お兄ちゃん、私は……」
自分の信念を語ろうとでもいうのだろうか、そんなにぐらついた心で。大吾はそっと彼女の頬に手を当てた。
「俺の傍にいろ」
遥はついに言葉を飲み込んだ。そう、それでいい。彼は、満足そうに笑みを浮かべ、遥に顔を寄せた。
「……や……嫌!」
ふいに彼女の口をついて出た鋭い声に、大吾は我に返った。自分は今、遥に何をしようとした?視線を動かした先には、自分から
距離をとって、わずかに怯えた表情を浮かべた遥がいる。
「あ……あの、お兄ちゃん……」
戸惑いながらも何か言おうとする遥に、大吾は首を振った。
「悪い……ちょっと1人にしてくれ」
「でも」
これ以上、遥の顔を見ていられない。自分に対する嫌悪感を露にしながら大吾は怒鳴りつけた。
「早く出て行け!」
遥は今まで聞いたことのない怒声に体を震わせ、言葉もなく部屋を出て行った。大吾は立てた膝に顔を伏せ、髪を乱暴にかきむしった。
「何やってんだよ……俺は」
搾り出すように声を上げた大吾は、己のやろうとした事の愚かさを深く恥じた。
 自分の行為は、かつて父が彼女の母に対して行った事となんら変わりはない。今でも、怯えた彼女の姿が目に焼きついている。
俺は、自分が一番嫌悪していたやりかたで遥を掌握しようとしたのだ。なんて卑劣な行為。
 改めて実感した。自分には確かにあの男の血が流れている。そうだ、自分はそもそも遥に対して傍にいろと言える立場では
なかったじゃないか。何を勘違いしていたのだろう。慕われている事に甘えて、父のしでかした過ちを、なかったことにでもしようと
思っていたのか。
「畜生……!」
最悪の結末。大吾はその夜、一睡もすることなく朝を迎えた。

@1

いつまでも、ずっと

 東城会を揺るがせた100億消失事件が、遠い昔話になるほど時は流れた。一時、解体寸前にまで追い込まれた東城会も、今や
事件以前よりも規模を増大させ、日本でも西の近江連合・東の東城会と呼ばれるほどに他の追随を許さない組織になっていた。
 そこまで東城会を立て直したのは、他でもない堂島大吾の力に他ならない。当初、若くして会長職に就任した大吾を不安視する
者も少なくはなかったが、彼は時間をかけ、己の行動を皆に示す事で古参含め幹部衆の信頼を勝ち取った。上がまとまれば下も
それに従う。自然、東城会は大吾を柱に結束することとなった。
 その彼が東城会六代目会長と名乗る事に対し、もう誰も異論を唱えるものはいない。名実共に、東城会の頭となった男の姿が
そこにあった。
 更に、東城会ではもう1人成長著しい人物がいた。それは遥。東城会本部に顔を出すようになった頃は、あどけない笑顔で辺りを
走り回っていた彼女はもういない。今年18才になった遥は、天然の愛嬌に加えて大人びた艶やかさも時折覗かせるようになっていた。
 相変わらず、本部で雑用をこなす彼女だが、実は少し前に桐生も狭山と暮らし始め、遥は本来なら堂島家に世話になる必要は
なかった。桐生も、年頃の彼女を心配して、暴力団である東城会には極力関わるなとも言っている。しかし、東城会本部は幼い頃から
慣れ親しんでいた場所。今更距離をとる必要もないと思っているのだろう。遥はわざわざ高校も東城会近郊の公立高校に奨学生として
進学し、学校帰りにはいつも本部に寄って帰っていた。
「こんにちはー!」
昔から変わらない元気な挨拶と共に、遥が東城会の門をくぐる。近くにいた構成員は穏やかに挨拶を返した。
「早いですね、遥さん。部活はないんですか?」
遥は高校に進学した頃から合気道部に入っていた。護身術には向かないが、何もできないよりはいいと思っているのだろう。自分の
身は自分で守るという彼女の性格の表れだった。彼女は小さく笑って首を振った。
「3年生だもん。夏のインターハイ終わったら、もう引退だよ」
「ああ、そうでしたか。もうそんな時期なんですね」
彼は大きく頷く。季節も気がつけば夏は終わり、秋になっていた。遥はそうだよ、と構成員を見上げた。
「部活が終わっちゃったのは寂しいけど、これからはここにも早く来ることができるから、ちょっと嬉しいんだ」
部活、特に運動部は遅くまで練習がある。そのため、日が暮れてから本部に寄る彼女の姿もよく見かけた。その度に組員が彼女を
送っていったり、時には堂島家に世話になってそのまま登校することもあった。まさに、ここが第二の我が家というわけだ。
 しかし、遥がそうまでして本部に来たがる理由は、構成員にはわからない。彼女は特に何も言わないし、それに関しては問いかけても
曖昧に笑うだけで答えることもなかった。しかし、ここの人間は彼女を好意的に思っている者ばかりだったため、顔を覗かせてくれるの
ならどんな理由でもかまわないと、ことさら追求もしなかった。
「それじゃ、またね」
遥は手を振って踵を返す。制服のプリーツスカートを翻し、建物に向かってかけていく姿を、彼は微笑ましく見つめていた。
 本部内に入った遥はいつものように詰め所に鞄を置き、給湯室でコーヒーを入れて真直ぐに会長室へと向かう。今日は早いから
きっと部屋の主も驚くだろう。そっと笑い、彼女は部屋の扉をノックした。
「入れ」
中から聞きなれた声がする。遥は幼い頃に一生懸命開けた扉を、すんなり押して中に入った。
「大吾お兄ちゃん、お茶ですよ~」
思いも寄らぬ少女の声に、大吾は顔を上げた。
「今日は早いじゃねえか、どうした」
遥は慣れたようにコーヒーを彼の机に置いて肩を竦めた。
「それ、門番さんにも言われたよ。部活はもう引退なの、やっと昨日引継ぎが終わったから。帰るの早いんだ」
そうか、と大吾は湯気の立つコーヒーに視線を落とす。こうやって、学校帰りに彼女の入れたコーヒーを飲むのも何年になるだろう。
これが習慣になってしまうほどの長い年月を、大吾は彼女と過ごしてきた。そんな遥も、もう高校3年生。しかもこの時期ともなれば
色々将来のことを考えることになる頃だろう。彼はふと彼女を見上げた。
「お前、学校卒業したらどうすんだ?」
それを聞き、遥は含みのある笑みを浮かべた。
「えへへー、内緒!」
「なんだよ、それ。別に言ったって構わねえだろ」
「うーん、でも、どうしようかなあ……」
彼女はもったいぶるように考え込む。大吾は舌打ちして頬杖をついた。
「気持ち悪いだろ、言えよ」
普段なら、ここまで言うと彼女は教えてくれるものだが、今日の遥は首を横に振った。
「やっぱり、もう少ししたら教えるね」
「あ、そ」
幾分不機嫌そうに素っ気無く答えた大吾を、遥は覗き込んだ。
「気になる?」
そういう仕草は、幼い頃と変わっていない。変わったのは、彼女の目線の高さだけだ。大吾は苦笑を浮かべた。
「ま、兄貴がわりとしてはな」
「そっか……」
どこか寂しげに聞こえるのは、自惚れが過ぎるだろうか。彼は横に立つ遥を見上げる。呟いたきり、窓の外を眺める彼女の横顔は
どこか思い詰めた様子で、わずかに胸をつかれた。
「どうした?」
「え?あ、なんでもないよ」
昔から長さの変わらぬ髪を揺らして、彼女は首を振る。高校生ともなれば、髪の色も変えたりするものだが、彼女の髪はいつも漆黒で
綺麗に手入れされていた。彼女が年頃になるにつれ触れることもなくなったが、おそらく昔と同じ手触りなのだろう。考えだすと無性に
確かめたくなった。
「おい」
「……なに?」
手招きされ、遥は少し近付く。更に手招きされ、彼女はまたそばに行く。やがて、不思議そうに首を傾げる遥に大吾は告げた。
「ちょっと屈め」
「え?……うん」
素直に屈んだ遥の顔が大吾に近付く。彼はふいに手を伸ばした。
「お兄ちゃん……?」
思わず声を上げた瞬間、大吾は彼女の髪を一束掴んで引っ張る。遥はその痛みに顔をしかめて叫んだ。
「い、いたたたたた!痛い、痛いってお兄ちゃん!はげちゃう~!」
「……やっぱ、かわんねえな」
遥は驚いたように視線を上げる。大吾は彼女の髪を弄びながら呟いた。
「昔のままだ」
懐かしげに目を細めた大吾は、何かを思い出しているようにも思える。遥はぽつりと呟いた。
「……昔のままじゃないよ」
驚くのは大吾の番だった、視線を動かすと彼女は苦笑を浮かべた。
「昔のままじゃ、ないもん」
それにどんな意味を含んでいるのか、彼にはわからない。遥はただ澄んだ瞳を静かに向けているだけだ。不意に緩めた手から髪は
流れ落ち、遥はそっと身を起こした。大吾が何か言おうとした時、部屋の扉がノックされた。
「ああ……入れ」
もっと彼女に言いたいこともあったが、そういうわけにもいかないようだ。やがて入室の許可を得て入ってきたのは柏木だった。
「失礼します……ああ、遥来てたんだな」
「こんにちは、柏木のおじさん!」
先ほどの表情が嘘のように、遥ははしゃいで柏木に駆け寄っていく。大吾はあっけにとられてその光景を眺めた。
「今日は早いな、部活は引退か?」
「そうなんです。だから、まっすぐこっちに来ちゃいました」
遥は笑顔で彼を見上げる。柏木は苦笑を浮かべて彼女に告げた。
「桐生がぼやいてたぞ、遥が言う事を聞かなくなったって」
「えー、言う事は聞いてます。ちゃんとここに来ることはメールしてあるし、部活も勉強もちゃんとしてます」
不満そうに声を上げる遥を、柏木は困ったように眺めた。
「そうではなくて、東城会に出入りする事についてだよ。高校生、しかも女の子が暴力団の施設に出入りするのは、一般的に見ても
 よくないことだろう。それに、所詮この世界はならず者の集まりだ。私たちの目の届かないところで、遥ちゃんに対してよくないことを
 する奴だっているかもしれない。それを心配しているんだよ、あいつは」
柏木の言う事は、間違ってはいないと思う。大吾は横で聞いていて思った。遥は歳を経るごとに、美しく成長していく。そして、今は
周囲の構成員も、もう幼い遥として見ることはできないほどに大きくなった。
 更に、本部詰めの構成員も昔からみるとだいぶん入れ替わり、彼女がここにいる理由も知らぬ人間も増えた。彼らの彼女への接し方も
大人の女性に対するそれになることも多い。その露骨さに、時折大吾が構成員達に対して釘を刺さなければいけないほどだった。
それを遥はわかっていない。長年世話になっている気安さなのか、彼女の彼らに対する接し方はあまりにも無防備で正直危機感さえ
感じていた。しかし、そう考える一方で始終ここにいた彼女がいなくなるというのも、考えられない。遥はいったいこれからどうするつもり
なのだろう。大吾が見つめていると、彼女はぽつりと呟いた。
「でも、もう少しだから」
「……え?」
思わず問い返す柏木に、遥は首を振った。
「なんでもないです。あの、ちゃんと気をつけます!おじさんの言う事もできるだけ聞きます!」
柏木は大吾と顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。どうやら、遥はこのことについては桐生の言う事を聞く気はないらしい。

「澤村さん」
次の日のホームルーム後、帰宅しようとした遥は担任に呼ばれて教壇に向かった。柔和な顔の女性教諭は、彼女に笑みを浮かべる。
「あの話、希望通りになりそうよ」
「本当ですか!?」
遥は小さく飛び跳ね、両手を組む。教諭は大きく頷いた。
「内申書や、成績も考慮したけど問題ないって。詳しい事はまた話すから、放課後進路相談室に来なさい」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げた彼女に、教諭は意地悪く笑った。
「いくら合格圏内だからって、気は抜かない事!偏差値も問題ないから心配はしてないけど、もっともっと勉強しなきゃね!」
「はーい」
嬉しそうに返事する遥に彼女は誇らしげに頷いてみせた。
「3年生は来週から放課後補習をすることになるから、帰りも遅くなるわよ。休日もないと思ってね。親御さんにもそう言っておきなさいね」
「あ……はい」
急に元気のなくなる遥を笑い、教諭は教室を出て行く。遥は複雑な表情で席に戻ると、溜息と共に突っ伏した。
「どうしたの?遥」
友人が声をかけてくる。彼女は視線だけ動かして浮かない声を上げた。
「来るべき時がきたって感じ……」
「なにそれ」
首を傾げる友人に、遥はそのまま顔を伏せ、首を振った。
「なんでもないよーだ」
訳が分からないというふうに、友人は肩を竦める。ふと、彼女は遥に声をかけた。
「それより、あんた呼ばれてるよ」
遥は驚いて顔を上げ、辺りを見回した。
「え、そんなこと早く言ってよ~!誰?」
「だってあんた微妙にへこんでるから面白くって……ああ、そうそう。あの人」
彼女が指差した方には、特に顔見知りと言うわけではない少年が、廊下に落ち着きなく立っている。彼は彼女と目が合うと、小さく
頭を下げた。
「……誰?」
「あんたねえ、隣のクラスの男子じゃない」
「覚えてない……」
一生懸命思い出そうとする遥を無理やり立たせ、友人は背中を押した。
「そんなことより、こんな時に呼び出しなんて目的は一つ!早く行っておいで!」
「行きたくないよう」
友人の言葉で、これから何が起きるかはおおむね分かったらしい。遥は困ったような顔で男子生徒に向かって歩き出した。


『つきあってほしいんだけど』
『ごめんなさい、それはできません』
『あ、そう……』
その告白劇はものの数秒で終わった。沈黙をあわせれば15分くらいかかっただろうか。ただ、遥の返答の速さは、コンビニのATM
以上に速かった。それで拍子抜けしたのか、相手も二の句が告げないまま微妙な沈黙を残して去っていった。
 こういったことは頻繁にあるわけではないが、他の少女達よりは多いのかもしれない。遥は返答にも慣れてしまった。答えは一つだけ
迷う必要もない。それを聞いた友達はいつも口々に遥を責め、どうしてつきあってみないのかと疑問を投げかける。そのどれにも彼女は
答えなかった。答えられなかった。
 とはいえ、折角の好意を断るのも気分のいいものではない。それに、これから自分が言いたくないことを大吾に言わなければならない。
どんよりと落ち込んだまま、遥は本部へと向かった。
「こんにちは……」
昨日とはうってかわって沈んだ調子の遥を、門にいた構成員は驚いたように見送る。彼女はそれ以上彼と言葉も交わさず、とぼとぼと
建物の方へと歩いていった。
 ホールに入ると、本部は幾分薄暗く見えた。気分の問題だろうか、彼女は詰め所にも寄らず真直ぐに会長室へと歩いていく。途中
構成員達に声をかけられたが、遥は生返事で通り過ぎた。
 ノックをするのも忘れて扉を開いた遥は、煙草を燻らせながら窓辺から外を眺める大吾の背中を見つめた。六代目として認められた
その姿は、頼もしくて見ているとまるで桐生といるように安心する。いつでも大吾は彼女の一番だった。でも、もうこの背中を見られそうに
ない。痛む胸をおさえながら、彼女はそっと声をかけた。
「大吾お兄ちゃん」
急に声が聞こえ、大吾は驚いて振り返る。夕陽に染まった部屋の中は目に痛いほど赤い。
「何だよ、入る時はノックしろって言ったろ」
咎めるように声を上げる大吾を遥は何も言わずに見つめる。今は何だかこういう彼の表情も懐かしい。黙りこくっている遥を大吾は
訝しげに眺めた。
「どうしたんだよ」
遥は慌てて首を振り、ぎこちなく笑顔を浮かべて大吾の近くにやってきた。
「あ、な、なんでもないよ。そうだ、週末はこっちでお世話になってもいい?弥生さんにも、おじさんにも言ってあるから」
聞かれても、彼女はすでに発言力のある人間には手回し済みだ。断れるわけがない。大吾は苦笑を浮かべた。
「またかよ。お前、休みの日くらい他の奴と遊んだりしろよ」
「友達とは学校で会うもん」
そうじゃなくて、と彼は腕を組んだ。
「男とか、いるんだろ?」
遥は目を丸くする。彼からそういう話を振られるとは思わなかったため、彼女は戸惑いながら答えた。
「い、いないよ」
「マジか?」
「うん」
素直に頷く遥は、何かを隠しているようにも思えない。大吾は首を傾げた。身内の贔屓目かもしれないが、遥は同年代の少女達と
並べてみても、特に見た目も悪くないと思う。むしろ、平均と言うものがあるのなら、それより上をいっているだろう。組員達が懐いて
いるくらいだから、性格に問題があるわけでもない。それは、長く顔を合わせている大吾がよく知っていた。
 それなのに、遥は昔からこういった質問に対して、首を縦に振った記憶がない。男の影を匂わせる雰囲気すらない。この年頃なら
恋愛に興味があって当然だと思っていたが、彼女は違うのだろうか。いささか不安になりながら大吾は遥を覗き込んだ。
「お前、大丈夫か?」
「大丈夫って?」
首を傾げる彼女に、大吾は溜息をついた。
「遊びすぎるのも考えもんだがな、少しは誰かと付き合ったりしたらどうなんだ?」
「え……」
遥は短く言葉を発したまま沈黙する。彼は肩を竦めた。
「高校生にもなれば、浮いた話の一つや二つあんだろうが。それとも、お前学校で暴れたりしてんのか?そりゃあ、野郎も引くな」
「そ、そんなことしてないよ~!私、学校ではおとなしいんだから!」
「どうだか」
慌てて声を上げる彼女を、大吾は笑う。その様子を不満げに見ていた遥は、ふと視線を落として呟いた。
「……断ってるの」
「え?」
彼女は困ったように笑い、窓の外を眺めた。
「今までにも……今日だって、男の子が私に『好きだ』って言ってくれた。でも、全部断っちゃった」
「なんで」
困惑したように大吾が問いかける。遥は窓に額を当て、目を細めた。
「……その人たちには、そういう気持ちになれないんだ」
「桐生さんか?」
彼女は驚いたように大吾を振り返る。彼は苦笑を浮かべて遥を見下ろした。
「違うのか」
出会った頃から、遥の心の中を占めていたのは、一匹の龍。時を経ても、極道の間では常に語り継がれ、今なお伝説となっている男。
どれだけあがいても、大吾が越えることはできないただ1人の人物だ。何年たっても彼女が思い続けているのも納得できる。
しかし、遥は首を横に振った。
「……違うよ」
「遥?」
驚いたように声を上げた大吾を見ないように、彼女は部屋の扉へとかけていく。そして一度振り向き、微笑んだ。
「今日はおうちで夕食食べてね!待ってるから!」
「あ?ああ……」
遥は足早に部屋を出て行く。大吾は困惑した表情のまま、その場に立ち尽くしていた。
 部屋を出た遥は、大きく溜息をつき、廊下を歩いていく。結局言わなければならないことは言い出せなかった。何故今日に限って
大吾はあんな話題を口に出したのだろう。間が悪いとはこのことだと思った。彼女は力なく呟いた。
「……堂島さんちに帰ったら言おう」
彼女の視線の先では、夕陽はすでに沈みかけ、辺りでは虫の声が響き始めていた。

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