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うろほろぞ
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@4
 堂島家に遥が世話になったことへの礼を言いに行った桐生は、久しぶりに東城会本部に寄ることにした。桐生が会長室に入ると
大吾は驚いたように彼を迎えた。
「桐生さん」
彼は扉の横の壁にもたれ、微笑みながら腕を組んだ。
「久しぶりだな、大吾。会長職も様になってきたじゃねえか」
もちろん皮肉なのだろう。彼にとって自分は、いつまでも後をついて歩いていた頃のひよっこのままだ。大吾は机に寄りかかると
苦笑を浮かべた。
「どうしてここに?」
「ああ、姐さんに遥が世話になった礼を言いに行ってな。そのついでだ」
大吾はふうん、と煙草に火をつける。桐生は彼を穏やかに眺めた。
「今日、あいつの卒業式だったんだ。近くの高校だったから、お前にも色々迷惑かけたな」
「別に」
特に何の感情もなく大吾は素っ気無く答える。そうか、今日は卒業式だったのか。今更ながら、最後に会ってから経ってしまった
長い時間を実感した。桐生はふと真剣な面持ちで彼を見つめた。
「お前にも、聞かなきゃならんと思ってたんだ。お前、遥に何があったのか知ってるか?」
「……何が?」
視線を動かすと、桐生は大吾を見据えたまま話し始めた。
「受験前から、あいつがおかしい。まるでヒルズの事件後みたいに、素直に笑わなくなった。悩んでるようにも思えたから聞いてみたが
 答えようとしない」
大吾は沈黙したまま桐生の話を聞いている。時折、煙草の灰を落として溜息混じりに煙を吐いた。
「知らねえよ。もう、関係ねえしな」
「関係ない?」
「最後に会った時、遥が言ったんだ。もうここには来ねえってな。だから、関係ねえ」
「……そうか」
わずかに桐生が安堵したように見えたのは、気のせいではあるまい。元々、本部に出入りしているのを快く思っていなかったのは彼だ。
願ったり叶ったりというところだろう。それがやけに腹立たしくて、大吾は乱暴に煙草の火を消した。
 一方、遥は息を切らしながらためらうことなく本部の門をくぐった。いつも出迎える組員は、久しぶりに現れた彼女に驚きつつも
嬉しそうに声をかけた。
「遥さん、お久しぶりです。今4代目が……」
彼の話も聞かず、遥は真直ぐに建物の方へとかけていく。もう、立ち止まってられない。彼に自分の思いを伝えなくては。たとえ
拒絶されても、引くもんか。彼女は驚いて声をかける組員達に構わず、最奥の部屋の扉を開いた。
「大吾お兄ちゃん!」
「遥!?」
大吾はひどく驚いたように彼女を見つめる。横にいた桐生も思わず身を起こした。
「……遥?」
しかし、遥の視界に桐生は入っていないらしい。彼に気付くことなく、彼女は叫んだ。
「お願い、私の話を聞いて!」
「お前、自分が最後に何て言ったかわかってんのか、もう来ねえって言ったくせに、やってることめちゃくちゃじゃねえか!」
「そんなことわかってる。でもこのまま、もやもやした気持ちのままでさよならなんてやだ!」
何か、昔にもこんなことがあったような気がする。大吾は困ったように溜息をついた。
「俺には話なんてねえよ。頼むから帰ってくれ」
「帰らない!」
珍しく遥の強情な態度を目の当たりにして、桐生はぽかんとしたように彼女を見つめる。遥は走ってきたため乱れた息を整え
大吾を見つめた。
「私、お兄ちゃんに大切なこと言ってなかった。本当は、大吾お兄ちゃんと対等に向き合えるようになったら言おうって思ってたの。
 でも。やっぱり今言うよ。私、お兄ちゃんが好き。お兄ちゃんとしてじゃない、1人の男の人として好きなの!」
「……は?」
桐生は驚きのあまり、間の抜けた声を上げる。大吾はいきなり告げられた彼女の思いに、ひどくうろたえた。
「お、お前急に何言ってんだ。俺とお前はどれだけ歳が離れてると……」
「歳なんて関係ないもん。気がついたら、私には大吾お兄ちゃんしかいなかった。だから、これからもずっと傍にいたいの!」
拒絶しなければ。大吾は思考をめぐらす。彼女は自分の傍にいたらいけない人間だ。しかし、どうしたらいい?こんなにも彼女の言葉が
嬉しく思える。でも駄目だ、彼は首を振った。
「俺に関わるな。俺は、お前を傷つけることしかできない。親父がやったようにな」
「お母さんのことは、お兄ちゃんには関係ない。なんでそうやって自分を責めるの?私は一度も誰かのせいで不幸になっただなんて
 言ったことないよ。お兄ちゃんはいつも過去のことにこだわって、私の気持ちなんか全然考えてくれない。そっちのほうが傷つくん
 だからね!」
「考えてんだろうが!だから極道の世界に近付くなって言ってんだろ!お前は普通に暮らして普通に幸せになればいいんだ!」
「だから、それが傷つくんじゃない!お兄ちゃんはいっつもそう。私の気持ちを勝手に決めちゃう!私はお兄ちゃんの傍にいることが
 幸せなんだって、何度言ったらわかってくれるの?!」
「あのな……」
なんだか疲れてきた。大吾は溜息をつく。彼女を説得する言葉も、これだけ言い返されたならもうネタ切れだ。どんどん自分の精神年齢が
彼女のラインにまで下がってくるように思えた。
「よく考えろ。あの時、俺は遥に何をしたと思う?お前はそれを、嫌だって言ったじゃねえか!」
「何をしたんだ?」
穏やかではない話になってきた。桐生は訝しげに大吾を見る。遥は駄々をこねるように両手を振ってみせた。
「だって、急にお兄ちゃんが、そういうことするなんて思わなかったからじゃない!私だって、心の準備がいるんだからね!突然すぎるよ!」
「心の準備……おい、大吾。てめえ遥になにをした!」
「しょうがねえだろ!お前が行っちまうって思ったら、つい手が出たんだよ!」
大吾もすでに桐生の存在を忘れてしまっているらしい。声が耳に届いていないようだ。完全に蚊帳の外に置かれた桐生は二人の
睨みあう様を見ていることしかできなかった。遥は彼の言葉を聞いて驚いたように声を上げた。
「大吾お兄ちゃん、私に行ってほしくなかったの?」
しまった、という表情で大吾は低く呻く。遥は彼にゆっくりと歩み寄った。
「ねえ、言ってよ。お兄ちゃんの気持ち。ちゃんと聞くから」
「俺は、お前のことなんて……」
苦しげに俯く彼を見上げ、遥は自分の両手を握り締めた。
「ちゃんと私の目を見てよ。お兄ちゃんが嘘ついてるかどうかなんて、私にはすぐにわかるんだから。それだけ……お兄ちゃんのこと
 見てたんだから」
もう、逃げられない。彼女の真直ぐな瞳からも、心からも。思えば、彼女に手を差し伸べたあの時から、こうなることが決まっていたの
かもしれない。こんな少女を極道という闇に招き入れるなど、なんという大罪を犯してしまったのだろうか。大吾は苦笑を浮かべた。
「……俺の女になるか?」
遥は驚いたように大吾を見上げる。彼の目に迷いはなかった。動揺も、困惑もなく、ただ真直ぐに自分を見ている。遥は微笑んだ。
「あの時からずっと、私はお兄ちゃんの女だったじゃない」
彼女は彼の背中に腕を回して抱きしめる。呆然として成り行きを見守っていた桐生は、ついに声を上げた。
「俺は許さんぞ」
「おじさん」
彼女は今気付いたように、そのまま顔だけ桐生に向ける。大吾も彼の存在を思い出し、まずいことになったと、にわかに頭を抱えた。
「極道の女になるなんて、冗談も大概にしろ。大吾も大吾だ。20も歳の離れた女の子に手ぇ出して恥ずかしいと思わねえのか!」
大吾が何か言おうとするより先に、遥が叫んだ。その顔は真剣そのものだ。
「おじさんだって、薫さんとひとまわり離れてるじゃない!それに、私はお兄ちゃんの女になるんだもん。極道なんて関係ないもん!」
桐生は大股で歩み寄ってきたかと思うと、遥の頭を叩いた。
「子供がそんな屁理屈たれるんじゃない」
「いったーい!子供じゃないよ、もう高校も卒業したもん。おじさんだってもう大人だって言ったじゃない!」
遥には言って聞かないことを悟ったのか、桐生は恨みがましい目で大吾を睨みつけた。
「……大吾、てめえ昔から、遥のことはなんとも思ってねえって言ってただろうが」
「桐生さん、冷静に話し合おう。な?」
今にも掴みかからんばかりの形相で詰め寄られ、大吾は心底弱ったように声を上げる。敵を前にした迫力は、昔と何ら変わっていない。
おそらく、喧嘩の腕も鈍ってはいないだろう。最悪、殺されるかもしれない。背中を変な汗が伝った。
「おじさん、大吾お兄ちゃんに何かしたら、私おじさんのこと嫌いになるから」
いつもなら、それに対して何も言えなくなる桐生だったが、今日はわけが違う。彼は大吾を睨みつけたまま声を低めた。
「構わん。たとえ嫌われても、俺は由美にお前を任された責任がある。表に出ろ大吾、二度と遥に手を出せねえようにしてやる」
ここまできたなら、大吾にしても引くわけにはいかない。それに、桐生を越えられないようでは、彼女を守っていくことなどできない。
「上等だ、かかってこいや。てめえのもうろくした拳なんて怖かねえよ」
殺気の滲んだ視線が交錯する。その張り詰めた雰囲気に遥が立ち竦んだ時、後ろで凛とした声が聞こえた。
「二人とも、そこまで」
振り向くと、弥生が姿勢良く立っていた。恐らく、騒ぎを聞きつけた組員が読んだのだろう。遥は慌てたように彼女にかけよった。
「弥生さん、約束したのに来てしまってごめんなさい」
「いいんだよ。それより問題なのは、この二人だよ。女の子の所有権を巡って喧嘩だなんて、大人気ないったらありゃしない。
 あんた達は、東城会の四代目と六代目なんだよ!その辺り、自覚しな!」
桐生は彼女に向き直り、首を振った。
「ですが、姐さん。遥にはまっとうに生きてもらいたいんです。極道とは関係のない世界で、幸せになって欲しい。姐さんもそう言って
 いたはずじゃないですか」
「そうだね、私もそれに関しては否定はしないよ。でも本人があれだけ望んでいるのを、無理やり捻じ曲げたとして、この子は
 幸せになれるのかい?現に、今回のことで遥ちゃんがひどく悩んでいたのは、お前だって知っているじゃないか」
「それは……」
弥生は穏やかに笑って見せた。
「母親が望むのは、子供がいつも幸せな笑顔で元気に生きていることさ。あんたも親だったら、今は静かに見守っておやり」
母親の思いを語られては、自分は立つ瀬がない。まったく、弥生には叶わない。桐生は思い詰めたように溜息をつくと、顔を上げた。
「完全に許したわけではないですから。もし遥に何かあったら、その時はたとえ姐さんが止めても彼女を引き離します」
「それは私も同じさ。遥ちゃんが可愛いからね。今まで以上に厳しく見守らせてもらうよ」
桐生は小さく頭を下げると踵を返した。
「遥、帰るぞ」
「あ……」
遥は去っていく桐生と二人を交互に見ながら慌てたように告げた。
「ごめんなさい。今日は帰ります。あの……」
何か言いたげな遥に、弥生は肩を叩いた。
「大学にいっても、勉強に支障がない程度だったらいつでも本部においで。そうだろ?大吾」
「あ、ああ……」
大吾は彼女を見つめ、わずかに微笑んだ。
「しょうがねえな。好きにしろ」
「うん!それじゃ、失礼します!」
元気良く手を振って去って行った遥を見送り、弥生は溜息をついた。
「まったくうちの人といい、あんたといい、どうしてこうも年下の女を捕まえようとするんだろうね。言っておくけど、遥ちゃんに変な
 真似したらただじゃおかないからね!いい?」
「俺は中学高校のガキか!つきあいくらい勝手にさせろよ!」
不満そうに声を上げる大吾をお黙り、と一喝し、彼女は苦笑を浮かべた。
「でもまあ……あんたにしては、いい子を捕まえたじゃないのさ」
「どうだかな」
二人は窓から歩いていく桐生と遥を眺める。どうやら、明日からまた本部に明るい声が響くことになりそうだ。
 一方、遥は黙って歩く桐生の後を追っていた。あれから一言も口にせず、視線も向けてこない。やはり、怒らせてしまったかと
彼女は痛む胸を押さえた。
「おじさん、勝手なことしてごめんなさい。でも、わかってほしいの。私は中途半端な気持ちでここに来たんじゃないから」
桐生は沈黙したまま前を行く。その背中は、昔のように広いままだ。どこかに木があるのか、宙を舞う桜の花びらを見つめ、彼は
やっと声を上げた。
「お前を堂島家にやるんじゃなかった」
「おじさん……」
遥は泣きそうになりながらそっと俯く。少しして、彼女の頭に手が置かれた。大きな、暖かい手。それも昔と何ら変わらない。
「でも、決めちまったんなら、しょうがねえ。すこぶる気分は悪いが、今は黙って見守ってやる」
思わず顔を上げる遥に、桐生は苦笑を浮かべた。
「あいつにうつつを抜かして、自分がしなきゃならないことを、絶対におろそかにするな」
「うん。約束する」
素直に頷く遥を見下ろし、桐生はそれと、と付け加えた。
「もし、あいつに泣かされたら言え。その時は遠慮なくぶっとばしてやる」
「うん、そのときは言うね」
遥は笑い、再び歩き始めた桐生と手を繋いだ。春の夕暮れは早く、傾いた夕陽は二人の影を長く照らし出した。
 思った以上に遅く帰宅した二人を薫は叱りつけたが、本部であった二人の話を聞いた彼女は信じられへん、と叫んだ後
私もその絶叫告白見たかった、と笑って続けた。
 それから遥は、大学に通いながら本部にも時折顔を出している。付き合いだしたからといって、二人の仲にはそれほど変化はない
ただ一つ変わったのは、『大吾お兄ちゃん』が『大吾』に変わったくらいだ。相変わらず、つまらないことで喧嘩をしたり、じゃれあったり
する二人を、遥に好意的だった組員達は当分羨ましそうに眺めていた。

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