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うろほろぞ
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@2
 久しぶりに遥が堂島家に行くと、弥生が嬉しそうに彼女を迎え入れてくれた。大吾が正式に会長に就任してからは、弥生は東城会の
全権を彼に委譲し、極道の世界には一切関わっていない。役目から解放され身軽になった今は、屋敷内でおだやかに過ごしつつ
時折旅行にも出かけているようだ。再婚の話も当然あったが全て断っている。それも、おそらく彼女の心の中に今なお宗兵がいるから
なのだろう。遥はそんな一途な弥生を、口には出さないが心から尊敬していた。
「久しぶりだねえ、遥ちゃん。ここのところ顔は見せるけど泊まっていかないじゃないか。今どうしてるんだい?」
「部活も終わっちゃったので、遅くなる事もないから、おじさんが真直ぐ帰って来いって……」
申し訳なさそうに告げる遥に、弥生は不満そうに声を上げた。
「桐生ったら、嫁を貰ったからって偉そうに……いいのよ、遥ちゃん。あの男のことは気にせず、どんどんうちにおいでなさいな。
 大丈夫、私がちゃーんと桐生に話を通しておくから!」
遥は困ったように笑う。東城会から身を引いたとはいえ、弥生の発言力は未だ大きい。今でも桐生は彼女に頭が上がらないのをよく
知っていた。だからこそ、桐生はここに世話にならないようにと弥生には言わず、自分に言うのだろう。しかし、これからはその言葉にも
甘えられなくなりそうだ。彼女は特にそれに対して何も言わず、家に上がった。
「今日はごはん私が作りますね!前に弥生さんが教えてくれたおかず、上手になったんですよ」
腕まくりをする仕草の遥に、弥生は優しく微笑んだ。
「それは楽しみだこと。やっぱり女の子はいいわねえ、家の中が明るくなって。あの辛気臭い馬鹿息子と二人だと息が詰まっちゃって」
「そ、そんなことないですよ~」
遥は慌ててフォローを入れる。母親だからなのか、弥生は大吾に容赦がない。弥生はいいんだよ、と手を振り溜息をついた。
「この前も、あんまり家の中が暗いものだから、この辺りで嫁でも貰えって言ったところさ」
「それ、お兄ちゃんなんて?」
驚いたように覗き込む遥に、弥生は苦笑を浮かべた。
「『ふざけんな。家が暗かったら電球でも替えろ』だって。そういうことを言ってるんじゃないのにねえ……」
遥は思わずふきだす。その状況は想像に難くない。きっと大吾はおそろしく不機嫌な顔だったに違いない。笑っている遥を眺め
弥生は肩を竦めた。
「遥ちゃんは笑うけどね、もし家庭を持つならそろそろいいと思うんだよ。極道っていうのは、先に何があるかわからない稼業だろう?
 うちの人は、私と所帯を持ったのはかなり遅かったから、子供は大吾1人でさっさと死んじまった。残された人間にしてみたら
 それはそれは寂しいものさ」
弥生の気持ちはなんとなく分かる。遥は苦笑を浮かべた。彼女はもっと、賑やかで暖かな家庭を望んでいたに違いない。
 しかし、共に歩いていこうと思っていた男はすでに他界し、息子は自分の手を離れて独立。1人この広い屋敷で毎日を過ごす弥生の
寂しさは、並々ならぬものだろう。もっと家族がいたなら、そう思っても不思議ではない。
「でも、大吾お兄ちゃんは、お兄ちゃんなりに考えてるんじゃないですか?」
「甘すぎるの、遥ちゃんは。まあ……今じゃあの子も昔ほど遊んでる風でもないから、うちの人みたいな手当たり次第の女好きって
 わけでもないみたいだけどね、何考えてんだか。でもね、私は死ぬまであの子の世話をするのはごめんだよ」
肩を竦め、弥生は首を振る。遥は彼女の後を追いながら、そっと微笑んだ。
 その日の夕食は、幾分大吾が早く帰宅したのもあり、弥生と三人楽しく食事をとることができた。弥生は始終上機嫌でよく話し、昔と
同じように遥の話も聞いてくれる。その様子を、大吾は黙ったまま酒を傾け穏やかに眺めていた。
やがて、いつもよりも長い夕食を終え片付けを済ませた後、遥は二人に重い口を開いた。
「あのね、私……もうこちらにも、本部にも来られないと思うの」
弥生は驚いたように声を上げた。
「それは、どうして?」
遥は俯いていた顔を上げた。大吾は襖に体を預けたまま、遥を真直ぐに見据えている。彼女は寂しげに微笑んだ。
「私、進学するんです。受験勉強で忙しくなっちゃうから」
「受験……そうだったのかい」
弥生は残念そうに溜息をつく。長い間可愛がっていた少女に会えなくなるのだ、当然だろう。ふと彼女は遥を見つめた。
「でも、もう来ないって……受験が終わればまた元の通りに顔を出せるんだろう?」
「それは……」
困ったように口ごもる遥を見て、大吾が不意に声を上げた。
「それが出来ないから、こいつは言ってるんだろ」
遥は思わず大吾を見る。彼はゆっくりと立ち上がり、弥生を見下ろした。
「本部はもちろん、うちも極道に関係のある場所だ。表の世界で普通に生きていく上で、これ以上近付かないに越した事はないだろうが」
「ち、違うよ。そういう意味で言ったんじゃないよ!」
慌てたように声を上げる遥を一瞥し、彼は踵を返した。
「理由が言えないってことは、そういうことだろ」
彼の立ち去った空間に、言葉だけが残る。遥は呆然としたように彼のいた場所を見つめた。
「遥ちゃん、あの子のことなんて、気にしなくていいんだからね」
弥生は苦笑を浮かべて遥の肩を叩く。遥は大きく首を振った。
「違うんです。私がちゃんと言わなかったから……」
首を傾げる弥生に、遥は顔を上げた。
「弥生さんには、お話します。聞いてもらえますか?」

 大吾は部屋に入ると、上着を投げ出して横になった。遥の決めたことは、何も間違っていない。いずれ、そういう日が来ることは
理解していたつもりだし、その方が遥にとっても良い事だとも思った。しかし、何故こんなにも苛立っているのだろう。
 彼女から何も打ち明けてもらえなかったことが不満だった?それとも、あれだけ楽しそうに本部を駆け回っていたのにも拘らず
結局は彼女が普通の生活を選んだ事に、腹を立てているのだろうか。
「どれにしても、小せえなあ……」
呟き、大吾は腕で顔を覆う。あんな少女の決意すら喜んでやれないなんて、どれだけ自分は狭量なのだろう。所詮、自分は極道で
彼女の住む世界には触れられない。それは自分でも分かっている。それでも、どこかで遥はずっとこの世界にいるものだと思っている
部分もあったのだ。仕事をしていれば、いつのまにか遥が本部にいて、その辺りを歩き回っては、組員と話をして、笑っている。
そんな毎日が永遠に続くのだと。
「永遠?」
そこまで考え、大吾は苦笑を浮かべる。本気でそう思っているのだとしたら、ひどく滑稽だ。そんなことが、彼女にできるわけがない。
――そう、自分自身がこの世界に引きずり込まない限りは。
 彼は、ふいに心の奥に宿った闇に気付き、唖然とする。さっき、何を考えた?遥を、極道の世界に?考え出すと、恐ろしいほどに
彼女を引き止める術が頭に浮かぶ。大吾は起き上がると、思考を振り払うように何度も首を振った。
「大吾お兄ちゃん、いい?」
廊下から声がかかる、遥だ。一番顔を合わせたくない時だが、さっきの態度や発言は詫びなければならないだろう。彼は溜息をつき
返事をした。
「……ああ」
ゆっくりと襖を開けた遥は、複雑な表情で部屋に入ってきた。さっきのやり取りの後だ、気まずいのも当然だろう。彼女は大吾の前に
座ると頭を下げた。
「さっきは、ごめんなさい」
何故謝るのだろう。大吾は苦笑を浮かべた。
「なに謝ってんだよ。それはこっちの台詞だ、変なこと言って悪かったな。受験頑張れよ」
遥は小さく首を振り、視線を落とした。
「あのね、本当は……受験なんてやめちゃいたいんだ」
「え?」
驚く大吾を見上げ、遥はその端正な顔に悲愴感を滲ませた。
「このまま、今まで通りお兄ちゃんの傍にいて、本部の皆さんと楽しくやっていきたいよ。進学なんて、したくない」
それを聞いた瞬間、大吾の中の押さえ込んでいた心の闇が、再び頭をもたげたように思えた。次の瞬間、自分でも驚くほど自然に
口をついて言葉が出た。
「なら、やめろよ」
「え……」
思いもよらぬ彼の言葉に、遥は言葉を失う。大吾は続けた。
「今更、離れていくのか?お前は、俺の手を取ったじゃねえか」
遥の瞳に、明らかな迷いの色が浮かぶ。その表情から、もう少し押せば彼女は極道という闇に堕ちると彼は確信した。引き止めるなら
今しかない。大吾はふいに彼女の手を引いた。
「わ……」
バランスを失った彼女の体は、容易に彼の体で受け止められる。大吾はそのまま彼女の背に腕を回し、優しく髪を撫でた。
「行くな」
思わず顔を上げた遥の顔には、決意の揺らいだ感情が見て取れる。そう、もう少し。もう少しで彼女は堕ちる。
「大吾お兄ちゃん、私は……」
自分の信念を語ろうとでもいうのだろうか、そんなにぐらついた心で。大吾はそっと彼女の頬に手を当てた。
「俺の傍にいろ」
遥はついに言葉を飲み込んだ。そう、それでいい。彼は、満足そうに笑みを浮かべ、遥に顔を寄せた。
「……や……嫌!」
ふいに彼女の口をついて出た鋭い声に、大吾は我に返った。自分は今、遥に何をしようとした?視線を動かした先には、自分から
距離をとって、わずかに怯えた表情を浮かべた遥がいる。
「あ……あの、お兄ちゃん……」
戸惑いながらも何か言おうとする遥に、大吾は首を振った。
「悪い……ちょっと1人にしてくれ」
「でも」
これ以上、遥の顔を見ていられない。自分に対する嫌悪感を露にしながら大吾は怒鳴りつけた。
「早く出て行け!」
遥は今まで聞いたことのない怒声に体を震わせ、言葉もなく部屋を出て行った。大吾は立てた膝に顔を伏せ、髪を乱暴にかきむしった。
「何やってんだよ……俺は」
搾り出すように声を上げた大吾は、己のやろうとした事の愚かさを深く恥じた。
 自分の行為は、かつて父が彼女の母に対して行った事となんら変わりはない。今でも、怯えた彼女の姿が目に焼きついている。
俺は、自分が一番嫌悪していたやりかたで遥を掌握しようとしたのだ。なんて卑劣な行為。
 改めて実感した。自分には確かにあの男の血が流れている。そうだ、自分はそもそも遥に対して傍にいろと言える立場では
なかったじゃないか。何を勘違いしていたのだろう。慕われている事に甘えて、父のしでかした過ちを、なかったことにでもしようと
思っていたのか。
「畜生……!」
最悪の結末。大吾はその夜、一睡もすることなく朝を迎えた。

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