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うろほろぞ
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誓いの言葉

普段何かと忙しい桐生はいつも日曜日、遥をどこかへと連れていってくれる。
家族サービスなんて顔じゃないけれど、遥が少しでもたくさん、家族というものを感じられるように。
この日だけは流石の真島も二人の間に割り込むことはできなくて。
日曜日は、二人だけでのお出かけの日と決められていた。

そして今日は、近くの大きな公園の中にある薔薇園へ行ってきた。
薔薇の花が綺麗に咲いているらしいと聞いてきたのは桐生で、じゃあお弁当を持っていこうと言い出したのは遥。
先週は動物園だったから、今週は近場でのんびりしようとそこに決めた。
薔薇園では花に詳しい遥が、薔薇は赤しかないと思っていた桐生を引っ張り回し、花言葉も交えて説明してやった。
それからベンチを見付けて、そこでのお弁当タイム。

いつもの日曜日がいつもと違ってくるのは、その帰り道のことだった。







「あ、おじさん、あれ」


手を繋ぎながら帰っているとき、遥が急に立ち止まって桐生の袖を引っ張った。
遥が指差すほうを見ると、そこには小さな教会があって。
教会のベルが、清らかな音を鳴らしていた。

「あれがどうした?」

「もう!気づかないの?結婚式だよ」

言われて、桐生はやっとこの鐘の音が結婚を祝福する鐘だと知った。

二人が見ていると、教会の扉が開いて新郎新婦の親戚や友人たちが姿を現した。
その手には色とりどりの花びらやライスシャワーが用意されていて、これから新郎新婦が出てくるのだとわかる。
遥は初めて見る結婚式の様子に頬を上気させ、桐生と繋ぐ手にも力がこもった。

そんな遥を見て、桐生は不思議な気持ちになった。
この子も、まだ花嫁に憧れる年代なのだ。
白いウエディングドレスに、まだ見ぬ旦那様。
二人腕を組んで歩くバージンロードを、大切な人たちに祝福されながら歩く…
そんな、憧れの結婚式に。



「おじさん!出てくるよ!」

わっと歓声があがる。
二人のように偶然いきあたった通行人たちも歓声をあげ、手を叩いた。
祝福の声とともに降りしきるライスシャワーに、新郎新婦はこれ以上ないほど幸せそうで…
めじりに涙を溜めた花嫁はファレノプシスの花束を掲げ、放り投げた。

もちろん、単なる通りすがりの遥がそれをキャッチすることはできなかったけれど、そこを離れてからも遥の目はずっと輝いたままだった。
女の子の気持ちには疎い桐生ですら、好きなやつと自分をあの結婚式にあてはめているのでは、と心配してしまうほどに。








夕飯は、遥のリクエストでファミレスで食べる事になった。
遥がこの年でクーポン持参だったことには少しばかり恐ろしい気がする。
稼ぎが少ない…絡んでくるチンピラから巻き上げてもいるが…自分が悪いのか。
けれどもう少し、子供らしくいて欲しい。
だが遥もけちってばかりではないらしく、

「おじさん、デザートに苺パフェ頼んでもいい?」

得した分を、好きなものにあてるらしい。
桐生は妙に安心して、頷いた。
遥は嬉しそうに追加注文して、メニューを桐生へ渡す。


「そういえば、昼間の花嫁さん、綺麗だったね」


遥が、昼間の話を持ち出した。
正直な所、お父さんな桐生はあまりこれに触れたくなかったのだが、あんまり遥が嬉しそうに、楽しそうに話すから。

「そうだな」

頷いてしまう。
遥は桐生が話にのってくると、ますます目を輝かせて身を乗り出してくる。

「私ね、町の小さな教会で結婚式を挙げるのが夢なの!もちろんジューン・ブライドで、呼ぶのは真島のおじさんとか伊達のおじさんとか、一番仲のいい友達だけ!人数は少ないほうがいいの。ブーケはやっぱり白のファレノプシス!」

「…そうか」

「で、ライスシャワーを浴びながらお姫さま抱っこで階段を下りて…そのまま新婚旅行に旅立つの!行くんなら、オーストラリアだよねぇ…」

「………」

「おじさん、聞いてる?」

「…あ、ああ」


聞いてはいるが、娘のような遥の口からすらすらでてくる未来の結婚式に、意識が遠のきかけていた。
まだ十歳とはいえ、あと六年もすれば結婚できる年なのだ。
それに女の子の成長は早いと聞く。
あっという間に遥は大きくなって、誰かの元へ嫁いでいってしまうのではないか…
父親ならば一度は心配するそれに、当然桐生のテンションは下がっていく。
次の遥の言葉を、聞くまでは。

「おじさんもちゃんと考えてよ?私たちの結婚式なんだから」

「………は…?」

遥の言葉に、桐生は固まった。
だが遥は当たり前でしょ?と、ひどく綺麗に笑う。

「私はおじさんのお嫁さんになるんだもん」

あきらかに、お父さんのお嫁さんになってあげる、とは違う遥の笑顔に桐生としてはほっとしたような、逆に悩んでしまうような…
だが、嬉しくもあったりして、なんだか自分でもどんな反応をすればいいのかわからない。

「遥、お前なぁ?これからたくさんいい男が出てくるんだぞ?」

「そう?おじさんよりかっこいい人、なかなかいないよ」

「……フッ…ありがとな。じゃああと十年してまだそう言ってくれるなら、遥と結婚するか」

「ほんと!!?約束だよ!!絶対だからね!!」


あと十年。
長いようで短い年月のさき、ずっと好きだと言ってくれるなら。

いつか、自分の中でこの少女の位置が動くなら。




「ああ、約束な」





ずっと一緒にいようと、誓いの言葉を交そう。


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元・ヤクザの意味

玄関を開けた途端、鉄臭い臭いが鼻をついた。
桐生はこれが血の臭いだと認識した瞬間、血の気が引く。
遥に、何かあったのか。
桐生は靴を脱ぐのも忘れてリビングへと駆け込み…絶句する。

「……遥…っ!!」

クリーム色のカーペットに差す、赤い染み。
その赤い染みは…床に倒れていた遥の頭から流れる血でできていた。
桐生は目の前の光景に凍りついたが、すぐに遥を抱き起こそうとする。
しかし頭からの出血ということは、頭を打ったということ。
桐生は下手に動かさずに、まず息の確認をした。
口に手を当てればしっかりとした呼気が確認できて、ひとまずほっとする。
だが遥の体はピクリとも動かず、意識もないようで。
桐生は真っ青になりながら救急車を呼んだ。
大事なものをみんな亡くして、唯一残った遥すら自分の手から溢れ落ちるかもしれない。
そう思っただけで…桐生は横たわる遥の手を離す事ができなかった。



遥の治療を待つ間、桐生の耳には何の音も入ってこなかった。
看護師と救急隊員が桐生を見て、ひそひそ何かを話していたことすらも…




治療していたのは、ほんの三十分ほどのものだったらしい。
しかし桐生にはその時間が永遠にも思えていたし、事実、時間の感覚なんて消えていた。

治療を終えて出てきた遥はまだ麻酔から目覚めておらず、病室へと運ばれていった。
桐生としては直ぐにでも遥の側へいきたかったのだが、待合室で引き止められてしまう。
それも、桐生があまり好まない人種の人間によって。


「桐生一馬だな?」

人目もあることからか、男は自分の所属する組織の名前は言わなかった。
だが桐生にとってはこの男の持つ雰囲気には馴染みがあり、尚且つ関わりあいになりたくない人種だと分かり。

「何か、用か」

言葉が自然と冷たくなる。
殺気立つ桐生の声に男はうすら笑う。

「ここじゃあ、お互い困るだろ?…ついて来い」

「断る」

「通報が、あったとしてもか?」

公務執行妨害で引っ張るぞと暗に脅され、桐生は舌打ちする。
ついて行くしかないかと…桐生は先に歩いていく男の後をついて行った。


連れて行かれたのは病院でもほとんど人気がない階の、会議室だった。
病院関係者は排除されているらしく、部屋には男の部下らしい男がいただけ。
男…刑事は何も置かれていない長机に座ると、桐生にも座るよう目で促した。

「で、通報ってのは?」

「ここの看護婦さんからだ。誰かは言わねぇぜ。お礼参りされても、困るしな」

「……んなことは、しねぇよ」

そうか?
と、刑事は鼻で笑う。
このガラの悪さは四課か…そう、桐生は昔世話になった四課のイメージから刑事の課を推測する。
そして、看護婦さんという言い方と態度とで…頭の古い、そして妙に自信の強いタイプだと伺いしれる。

自信たっぷりな刑事は言う。

「さっき運ばれてきた女の子の様子がおかしいって、救急隊員の兄ちゃんが気づいたんだとよ。部屋が妙に荒れてたらしいぜ」

「………」

「女の子の傷だが、どうやらテーブルに額をぶつけてできたもんらしい。リビングのテーブルの角に、血痕がついていたそうだ」

「……何が言いたい」

刑事の目が、据わる。


「あんたが突き飛ばしたんじゃねぇのか?」


その言葉に、桐生はイスを蹴り飛ばして立ち上がった。
勢いにまかせて刑事に掴みかかるが、部下の男に取り押さえられる。
机に叩きふせられ、桐生はうめきながら刑事を睨みつけた。
だが刑事は桐生に怯むことなく、まるで吐き捨てるように続ける。

「血圧が高いな。どうせ、こんな感じにキレてあの子を突き飛ばしたんだろ」

「俺が…遥に暴力をふるっただと!!?」

組み伏せられたまま動こうとする桐生に、刑事は飄々としたノリで注意する。

「おいおい、動くと折れるぞ」

「うるせぇ!!!」

骨の一本や二本。
いまさら惜しむ怪我ではない。
それよりも…自分が遥に怪我をさせた。そう思われていることの方が、桐生には許せなかった。
何よりも大事な、大事な遥を。

「俺があいつに手をあげただと?!ふざけるな!!」

「そんなこと言われてもな…殺しの前科もち。しかも元・ヤクザだ。信じると思うか?」

その言葉に…桐生は血が滲むほど、奥歯を噛みしめた。

自分が、元・ヤクザだから。


「ここじゃ危なっかしくてやってらんねぇな…おい、後は署で話し聞かせてもらうぞ」

連れてけ。
刑事の無情な声に、桐生を組み伏せた部下が桐生を乱暴に立ち上がらせる。
いっそ、自ら腕を折ってこいつらを殴り倒してしまおうか。
桐生は思いたった瞬間腕に力を込め…





「お前たち、何をやっている!!」



厳しい声とともに、会議室のドアが開いた。

「須藤課長…!?」

刑事たちは驚き…ひっくり返ったこえで須藤の名を呼んだ。
入ってきた須藤は厳しい顔付きで、眼鏡の奥の目は怒りに満ちている。

「離してやれ!!」

一喝に、部下の男が慌てて手を離す。
腕を折りかけていた桐生は肩を回し…突然現れた須藤にいぶかしげな視線をおくる。

「あんた、たしか…」

「はい、須藤です。お久しぶりですね」

須藤と会うのは、クリスマスの時以来だ。
もともと須藤と話す機会の少なかった桐生には須藤のイメージが薄く、言われてやっと思い出したくらいだ。
伊達の元・部下という印象しかない。
そんな桐生を知ってか知らずか須藤は軽く頭を下げると、刑事たちに厳しい顔を向ける。
伊達といい、須藤といい…敵意を込めるとその目は、凄い迫力だ。

「私に、出動の報告がなかったのは気のせいか?」

今の今まで威勢のよかった刑事の額に、冷や汗が滲む。

「い、いえ…課長はいらっしゃらなかったので…」

「それでも、報告くらいはできるだろう。携帯の存在を知らないのか?」

「それは…」

「それに、被疑者への暴力は感心できないな…取調室でのことは多少、目を瞑ってもだ」

お前のやっていることは、全部知っている。
須藤の無言の脅しに、刑事たちは顔色を無くす。鬼課長の機嫌をそこねたうえ、怒りをかうことは何よりも恐ろしいらしい。
桐生は伊達に尻尾を振っている須藤しか見ていないため…意外な思いで三人のやりとりを眺めていた。

そんな時だった。
看護師に連れられ、車椅子にのった遥がやってきたのは。


「おじさん!」

遥は立ち上がると、桐生に飛びついた。
額には痛々しいほど白い包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいる。
桐生は遥を抱きとめると、傷に気をつかいながらその体を持ち上げた。


「遥、大丈夫なのか!?」

「うん、ごめんなさい。心配かけちゃって」

「傷は!?」

「麻酔がかかってるから、平気だよ」

「そうか…良かった…」

心底ほっとした桐生は、思わず涙が溢れてくる。
それが流れ落ちる前に、遥がそっとぬぐってやった。

「もう、おじさんは心配症なんだから」

「うるさいな、遥が心配させるんだろ?」

桐生の泣き笑いに、遥はくすぐったそうに笑った。



二人のやりとりに目を細めていた須藤は…刑事たちを睨みつける。

「どう見ても、被害者には見えないが?」

「ですが…現場が荒れていて…」

刑事の反論が終わる前に、遥がぐりんと顔をこちらに向けた。
その顔は年相応の可愛らしいものではなく…凄まじい怒りに満ちていた。

「大掃除してたの!!頭の怪我は掃除機のコードに足を引っ掛けちゃって、転んでテーブルにぶつかったから!!おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!いつだって、私を守ってくれるのに!!!」

「だ、そうだ」


もう、刑事たちが言えることは無かった。





遥の怪我はたいしたことがなく、二針縫っただけだった。
傷も綺麗だったため、抜糸しても痕はほとんど残らないらしい。
女の子の顔に傷が残ったら…と心配していた桐生もそれには安心し…遥も、その日のうちに家に帰ることができた。

帰りのタクシーでは遥は桐生にもたれて眠ってしまい、傷に触れないよう、桐生はそっと髪を撫でる。
今回、自分は前科持ち…しかも、元・ヤクザということで遥の虐待を真っ先に疑われてしまった。
普段からわかっていることだが、自分のような容姿の男が遥のような女の子といるのは、相当おかしく見られてしまう。
今まで何度か通報されたし、後ろ指を差されたのは数えきれない。
それでも遥は……


『おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!』

そう、叫んだときの遥は、強い女の顔だった。
いつだって守っているのは、自分じゃない。
遥が、自分を守ってくれているのだ。

「こんな俺の側にいてくれて……」


ありがとう。
桐生は熱くなる目頭を押さえ、呟いた。




桐生たちがタクシーに乗ったのを見送って、須藤は駐車場へ向かった。
あの部下たちも逃げるように帰った後だし、何も気にすることはないのだが…
どうしても、コソコソしてしまう。


「須藤さん、お疲れ様」

須藤の車から顔を出したのは、沙耶だった。


沙耶はひらひら手を振って、運転席のドアを開ける。

「桐生さん、大丈夫だった?」

「はい、すぐに容疑は晴れました。もう家に帰ったところですよ」

「よかった!凄く心配してたんだ」

微笑む沙耶に、須藤は微妙な微笑みで車に乗り込む。
心配だったとはいえ、沙耶の口から他の男の名前を聞くのはあまり愉快ではない。

「桐生さん、元・ヤクザだから凄く疑われてたでしょ」

「ええ…まぁ、そうですね」

「最近、虐待とかいじめとか…ピリピリしてるもんね」

「ゴシップ好きの看護師も多いですから。すぐ通報してくるんです。ヤクザが娘を虐待してるって…まぁ、通報自体が悪いとも言えないし、難しいところです」

たしかに、と沙耶も頷く。
こういう場所からの通報で、重大な虐待が発見されるケースも多いからだ。

「でも、ヤクザと言ってくれたおかげて私の部下が行っていたので。やりやすくて助かりました」

自分を飛びこして捜査に向かったことに腹を立てた…と見えるよう、須藤はたっぷりと脅しておいた。
だがまだ若い恋人に話すことでもないだろう。

「あの二人も大変だね。世間は、ヤクザに厳しいから」

ふぅ、と沙耶はため息をついた。

「これからも大変だろうな。でも、桐生さんには遥ちゃんがついてるもんね!」

「ええ。…それより…手、大丈夫なんですか?」

え?
沙耶は自分の手のひらを見て、笑顔になる。

「大丈夫だよ?須藤さんも心配症なんだから」

「でも!怪我は怪我ですよ!…すみません…あんな所にペーパーナイフを置きっぱなしにしているなんて…」

沙耶の、包帯が巻かれた手のひらを見て須藤は激しく落ち込んだ。


須藤と沙耶が病院にいたのは、桐生のため…ではなく、本当に偶然だったのだ。
今日は伊達の目を盗んでのデートの日で、午後から休暇をとっていた須藤は沙耶とドライブに行った。
そしてドライブの後、どきどきしながら初めて沙耶を家にあげ…お茶を飲んでもらってから、家に送るつもりだった。
しかし、須藤にしても沙耶にしても緊張し…沙耶は照れ隠しにテーブルの上にあった柄に装飾の彫られたペーパーナイフをいじっていた。
だがそれでうっかり、手のひらを切ってしまった。


手を切ってしまったとはいっても、沙耶はわりかし平気でいた。
しかし沙耶の血に動揺したのは他でもない須藤で、慌てて病院へと車を走らせ…偶然、桐生のゴタゴタにいきあたったのだ。


運がよかったのか、悪かったのか。
須藤は喜んでいる沙耶に合わせるべきか分からなくて、曖昧な微笑みを浮かべる。

「遥ちゃんには、いつもお世話になってるから。役にたてて良かったぁ」

「お世話?」

「あれ、言ってなかった?」

「何も聞いてないと思います」

須藤の答えに、沙耶は恥ずかしそうに答える。

「クリスマス、一緒にいたかったけど、お父さんが邪魔してきたでしょ?」

「では、あの日に誘ってくれたのは遥さんなんですか?」

「うん。他にも、結構口裏あわせに協力してくれてるのよ?」

なるほど、と須藤は頷いた。
伊達にバレそうになっても、いつの間にか解決しているのは遥のお陰だったのか。

「遥ちゃん、応援してくれてるの。須藤さんとのお付き合い」

「それはありがたい…ですね…?」

「こらそこ!何で疑問系!?」

首を捻って言う須藤に、沙耶はぺしりと七三に分けられた頭を叩く。
前は敬語だったのに今はくだけた様子の口調とかやりとりが、照れ臭くて…
須藤は照れ臭そうに笑って、アクセルを踏む。

これから伊達に見つからないように沙耶を家に送るのすら、楽しいと感じる自分。
須藤は内心で肩をすくめ、病院の駐車場を後にする…



鬼炎彫

最近、夜にトイレに起きるのが怖いと風呂あがりに遥がぽつりともらした。
遥はもう10歳だし、親を起こしてついてきてもらわないとトイレに行けない子供じゃない。
それに人一倍大人びた遥がそんな弱音を吐くなんて、とても珍しい事だった。

「怖い夢でも見るのか?」

桐生は風呂あがりのアイスを渡しながら腰を屈めて聞く。
心配されるのは、やはり昔の…由美の夢だ。
あの日、目の前で母親を亡くしたことがこんな小さな少女のトラウマになっていない筈がない。
だが遥は桐生の心配に首を横に振った。

「あのね…なんていうか…リビングが…」

「リビング?」

「うん。嫌な感じがするの…なんだかモヤモヤして…凄く空気が冷たく感じるから」

遥の言わんとすることは、桐生にも伝わった。
だがそれは桐生が最も苦手とする分野で…少し青ざめる。

「それは……気配、だけか?」

もし何かを目撃しているのなら、即刻このマンションを引っ越そうと思う。
引っ越してきて一年以上になるが、今更怪奇現象なんて冗談じゃない。
しかし幸運にも桐生の問いに遥は頷くだけだった。

「でも!気のせいとかじゃなくて!絶対に何かいるよ!」

「………絶対に、か?」

「うん!!だから…今晩、一緒に寝てもいい?夜中起きるとき、ついてきて欲しいの…」

上目使いで頼まれては…桐生はどうしようもなかった。









バラエティー番組で笑って、二人は嫌なことは忘れようと頑張った。
しかしリビングにテレビがあるため、どうにも居心地が悪くて直ぐに部屋に引き上げる。

桐生と一緒のベットに入った遥は、ここ数日この事で悩んでいたと恥ずかしそうに笑う。
そして、桐生のおじさんがいるから頼もしいと…布団の中でしがみついてきた。

「おじさん、おばけが出たらやっつけてね!」

「やっつけてって……」

おばけに物理的攻撃は効かないと思う。


遥が寝て、数時間がたった頃。
なんとなく寝れない桐生は、自分たちがおばけがいることを前提で一緒に寝ていることに苦笑する…振りをする。
正直なところ…遥の気のせいだと信じたい。

「……おじさん……」

「ん?なんだ?」

胸の中の遥が、ぺちりと桐生の胸を叩いた。

「変な、音がする」

「……気のせいじゃないか?」

「………見にいかないの?」

「…………わかった、行けばいいんだろ」

泣きそうになるのを隠して、桐生はベットから起きあがる。
そう、確にさっきからリビングから変な物音は聞こえていたのだ。





リビングへの扉を開けるまでに、たっぷり五分はかかった。
桐生の後ろでは心配そうな遥がいて、扉の向こうの物音は激しくなるばかり。

(ねずみ…なんてオチはないよなぁ?)

ここまでくると恐怖よりも、ヤケクソが勝ってくるらしい。
桐生は遥を背にかばいながら、勢いよく扉を開け……








「うぉっ?!!!」





桐生の絶叫にも近い声が、窓を揺らした。





次の日、桐生家に呼び出された真島は二人の鬼のような形相に困惑した。

「な、なんや二人ともえらい怖い顔して…」

笑ってみるも、遥すら笑顔を返してくれなかった。
桐生は真島を睨みながら、お茶も出されていないテーブルに布でくるまれた細長い何かを置く。
真島は二人の顔を伺いながらそれを開け…おや?と声をあげた。

「これ、ワシのドスやないか!無くした思てたら、桐生ちゃん家にあったんかいな!」

真島は実に懐かしそうにドスの刃を撫でるが、二人の顔は険しくなるばかり。

「帰りは直行でお寺に行ったほうがいいよ、真島のおじさん」

「…寺ぁ?」

桐生は頷いた。

「それ、昨日の晩、うちのリビングを暴れ回っていました」

あの光景を思い出して、桐生は青ざめた。


扉を開けた瞬間、この妖しい輝きのドスは桐生向かって飛んできたのだ。
桐生でなければ、喉に突き刺さっていたかもしれない。
間一髪で押さえられたドスは朝まで部屋中を飛び回り…朝日が昇ると同時に床に転がった。


「それ、絶対呪われてますよ。お寺に供養してもらって下さい」

桐生の言葉に、遥も激しく同意した。
しかしそんな二人に…真島はあっけらかんと言ってのける。




「なんや…そこが気に入っとんのに…」



二人して、硬直した。


「なんや持ち主殺す呪い、かかっとるらしいで?これ。裏じゃええ値がつくいわく付きのもんや」

「あ、あんた知ってて持ってたのか…?」

「おお。ほら、刃に鬼炎が彫っとるやろ?これがあかんらしい。でもワシにとったら鬼はシンボルやからなぁ!気に入っとる!」

カラカラと笑う真島に同調するように、ドスが妖しく光った。

幾人もの血を吸ったドスに、狂気の男…
これ以上ない組み合わせに、二人は腰が抜けそうになった。






以来、真島が家に遊びにくる際は頭から山ほどの塩をかけられ、玄関には徳の高い坊さんが書いたお札が貼られるようになったという。



ある、日曜日

朝、桐生は遥に激しく揺らされて起きた。
日曜日だから昼まで寝ていようと思っていた桐生は泣きたくなったが、遥が片目を押さえていることに不審に思って飛び起きる。

「どうした、遥。左目がどうかしたか?」

遥は押さえていない右目に涙を溜め、頷いた。
桐生は遥を膝に乗せて隠された左目を確認しようと手に触れるが…遥の手はぴくりとも動かなかった。
よく見れば、遥は手がはずれないよう力を込めている。

「…離してくれないと、見れないだろ?」

「………あのね、おじさんは見ないで、お医者さんにだけ連れて行って欲しいの」

かなり無茶なお願いだ。
娘が病院にいくのに、父親代わりの自分が病状を知らないわけにはいかない。
遥だってそれくらいは理解しているだろうが、この子は由美に似て頑固だ。
一度言い出したら、桐生の言うことをきこうとしない。

「遥」

「嫌」

「見せてみろ」

「病院に連れてって」

「…今日は日曜だ。病院は開いてない」

しまった、と遥の顔が歪む。
通常一般の病院は日曜日は休診で、開いているのは救急病院くらいなものだ。
だが遥はそれを知らないのだろう…悔しそうに顔を歪め、唇を引き結んでいる。

「ほら、だから一応見せてみろ。大変な病気だったらどうするんだ」

「…………やっぱり嫌。明日まで待つ。それで学校休んで病院に行く」

そう膝から降りようとする頑固者に、桐生は顔をしかめる。
遥が隠そうとするなら、こっちにも考えがある。

桐生はおもむろに遥の腰を掴むと…くすぐり始めた。
急にくすぐられた事に遥は大声で笑い転げ、ついには左目を封印していた手がはずれた。
あっという間もなく遥の手は押さえられ…







「で、“めばちこ”だったってわけか」

晩、遊びに来ていた伊達は遥の顔を見て苦笑した。
遥の左目につけられているのは可愛らしいピンクのうさぎの眼帯で、遥もまんざらではない様子だ。

「だけどこんな眼帯、どこで見つけたんだ?」

えへへ、と笑う遥はさっきから桐生相手にじゃれている真島を指指す。
まぁ予想はついていたものの…複雑な気持ちだ。


めばちこを見た後、桐生に腫れあがった目を見られたくなかったと泣きだす遥に慌てた桐生は市販の眼帯をあてがった。
しかし今度は可愛くないと泣かれてしまい…眼帯には詳しそうな真島に聞いてみたのだ。
真島はすぐにいくつもの変わり種眼帯を買ってきてくれ…結局、うさぎの眼帯で遥の機嫌は直った。

「明日は病院行くし、この眼帯可愛いし、真島のおじさんとお揃いだから楽しいよ」

「そうか…ま、良かったな」

「うん!そうだ、伊達のおじさんも付けてみる?せっかくだから皆でお揃いにしよう!」

髑髏のプリントの入った眼帯をつけさせられそうになった伊達はそれを丁重に断り、真島に同じような事をされている桐生に哀れみの視線を向けた。
遥のものとは違う怪しいタイプのそれを桐生につけさせようとして、さっきから部屋の隅で暴れているのだ。



「桐生ちゃん、ええかげんに観念せぇ!」

「嫌に決まってるだろうが!」

敬語も忘れて抵抗する桐生に、心底楽しそうに眼帯をつけさせようとする真島。
そして真島を楽しそうに応援する、うさぎ眼帯の遥。

「シュールだな…」

傍観を決めこんだ伊達にはそうしか、言えなかった。


繁華街で娘さんを保護しました。
そんな電話がかかってきたのは桐生が丁度家にいる日の、昼頃だった。
平日のこの時間ならまだ学校に行っているはずなのに…桐生は驚きつつも、呼び出された警察署へと足を運んだ。

警察の世話には二度となりたくなかったが…まさか遥絡みのことで足を運ぶ事になるなんて、人生は分からないものだと思う。
複雑な気持ちで署内に入ると、受付で青少年科なるものの場所を聞く。昔は錦山と揃って世話になった場所は、いい思い出でもあるが…


「おじさん…」

来客用ソファで婦警からお菓子を頂いている遥を見つけ、思い切り渋い顔になる。

「遥…」

しゅんとうなだれる遥に、桐生はため息をつく。
相手をしていてくれた婦警に頭を下げ、遥の隣へ座った。

「学校はどうしたんだ?」

うなだれたまま何も答えない遥に、婦警も苦笑する。

「さっきから何も話してくれなくて…お宅の電話番号は名札のお陰でわかったんですけど」

どうやら、桐生が来るまでも同じ状態だったらしい。
貝のように黙り込む遥は固く拳を握り締め、簡単に話してくれそうにない。
桐生は今は遥と話すのを諦め、婦警の方を向く。
真剣な眼差しに婦警の頬が微かに朱に染まったが、遥の事が心配でしかたない桐生が気づく筈もなく。

「どこで見つけたんですか?」

「あ、は、繁華街のゲームセンターでガラの悪い青年たちに絡まれているところを巡回中に…」

「ゲームセンター?遥が、こんな時間に?」

「はい」

「他に友達とかは…」

「いえ、一人でした」

その事実に桐生は目を見張った。
学校が好きだと毎朝嬉しそうに出かけていたのに、一体何故。
確にここ数日は朝、家を出る時間が遅かったが…

「もしかして、今日だけじゃなかったりするか?」

沈黙が、桐生の問いを肯定していた。
険しくなる桐生の顔に、婦警はまぁまぁとなだめ、遥はさらに拳を握り締める。

「と、とにかくお嬢さんの話をよく聞いて。それから、ね?」

「…わかりました。どうも、お世話をおかけしました。…遥、帰るぞ」

ランドセルを持つと、桐生は嫌がる遥の腕を引いて警察署を後にした。


帰りのタクシーの中でも、遥は一切口を開く事なく…家に帰りつくなり、部屋に鍵をかけて閉じ籠ってしまった。
いつまでたっても出てくる気配のない遥に、桐生は痺をきらし…強めにドアをノックする。

「遥、話さないと何もわからないぞ!」

何も、返ってこない。

「遥!怒らないから、出てこい」

枕を投げつける音すらしないそれに、桐生は諦める。
これは、今までで最大の難関かもしれない。

こうなったら持久戦だが………夕方になっても出てこない遥に、流石の桐生も焦っていた。
正直、腹も減ってくるこの時間。家事は遥に任せっきりな桐生は困ってしまう。
遥だって腹が減るだろうし、誰かおさんどんをしてくれる相手がいない今…どうしたものか。

こんな時こそ、あの飄々とした男が遥を口説き落とせばいいのに…と、真島を思い浮かべるあたり、末期な桐生。

「はるかぁ…」

情けない声が、静かなリビングに響いて消えた。



「ん、寿司買ってきたで。桐生ちゃんから呼び出して貰えるなんて光栄やなぁ~vv」

末期も末期になった桐生はとうとう、真島を呼び出して事情を説明し、助けを求めた。
遥相手だと異様にヘタレな桐生を愛しく感じつつ、真島は任しときと桐生の頭を撫でた。
かなり心配なのだが、何度自分が呼びかけても返事をしてくれないため、藁にもすがる気持ちなのだ。
ドアを蹴破る…以外の事なら目を瞑ろう。
と、思っていたのだが。

「よっしゃ…いくでぇ!!」

助走を始めた真島に、桐生は頭を抱えながら飛びつく。

「大家に怒られますから!!」

「あかんか?」

「当たり前です!」

猪突盲進を具現化したような男は、さよか、とソファに座った。



「でもなぁ、一日二日学校をサボったとこで。小学校は義務教育やから留年せぇへんやろ?」

ビールを飲みつつ寿司をつつく真島は無責任なことを言う。
桐生はもちろんくってかかって反撃した。

「遥には全うな道を進んでもらいたいんです。普通に学校に行って、高校大学と進学して、なりたい職業について。それで遥を大事にしてくれる優しい人と結婚する…それが俺の夢なんですよ。俺が掴めなかった普通の人生を、遥には」

いつもより酒の回りが早いのか、饒舌な桐生に真島は目を細める。
わからない話でも、ない。


只でさえ今まで普通の幸せを知らなかった子だ。
桐生にとってもそれは心苦しく、辛い事だったろう。
だからこそ“普通”の幸せを願うのは当然の事で。真島も似たような心境を最近は持っている。
無器用な桐生の、酔いに任せた本音をドアの向こうの遥は聞いているだろうか?

「だから、遥が学校に行きたくない理由があるなら、何としてでもそれを叩き潰しますよ。俺は遥が笑顔でいられる日常を、命賭けて守るんですからね!」

ガンッ!と缶をテーブルに叩きつけ、宣言すると…そのまま、桐生はテーブルに崩れ落ちた。
何も食べないでビールだけを飲むから…と真島は苦笑し、箸を置く。

「は~るかちゃ~ん!聞いとったやろ?桐生ちゃんを泣かしたら、いっくら遥ちゃんでも許さんで?」

トゲのこもらない脅しに、遥の部屋のドアが数センチ開く。
ちょっぴり覗いた目が桐生の背中を見て、また数センチ。

「寝てもうたから。ワシにサシで相談するチャンスやけど?」

こそりと首が出て、遥は迷ったあげく…ブランケット片手に姿を現す。
寝てしまった桐生にアニメキャラのプリントの入ったブランケットをかけると、申し訳なさそうに真島の隣に座った。

「サボった理由は、桐生ちゃんに言われえん事か?」

「…うん」

「お前の父ちゃんヤ~クザ~…とか、アホな男子に言われたんやろ」

「………うん」

遥の両目に涙が溜り、真島の拳に力が籠る。
可愛い遥がいじめられているなんて、許せない。
だが…

「簡単な事やな。遥ちゃん、今度そない言われたら無視したり。男子が女の子いじめるんは、好きな子ぉ相手の時だけやからな」

「……そんな事ないよ。絶対」

「アホやなぁ。好きな子ほどいじめたいんは、男の本能やで?」

真島と桐生をみくらべ…遥はそうかもしれないと思った。
だとしたら、男の子は本当にガキだ。

「相手するからあかんねん。無視しとったらすぐ止めよるから。そしたら…遊ぼて、声かけたり?」

いたずらっ子な笑みに、遥は力が抜けた。
そんな簡単な話ではないような気もするけれど…実例が目の前にあったりするから。
桐生から歩み寄ったら、途端にフレンドリーになった真島のように…うまくいくかもしれない。


「わかった。ありがとね、真島のおじさん」

「桐生ちゃんが起きたら、同じ事言ったり」

「……わかってる。桐生のおじさんの本音、嬉しかったからvちゃんと明日から学校も行くし、男の子も何とかしてみるよ」

「それで、ええ」

真島はにかっと笑うと腰をあげ、遥の頭を撫でた。

「腹減っとるやろ。寿司あるから食っとき」

「うん。ありがとう」

真島は安心して帰っていき…遥は寿司を食べながらそっと桐生に身を寄せた。
酔っているせいでいつもより熱い体から溢れる自分への愛情が嬉しかった。
それが別の意味の愛情だったらいいのにな…なんて思ったのは、まだ当分の秘密だ。

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