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うろほろぞ
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元・ヤクザの意味

玄関を開けた途端、鉄臭い臭いが鼻をついた。
桐生はこれが血の臭いだと認識した瞬間、血の気が引く。
遥に、何かあったのか。
桐生は靴を脱ぐのも忘れてリビングへと駆け込み…絶句する。

「……遥…っ!!」

クリーム色のカーペットに差す、赤い染み。
その赤い染みは…床に倒れていた遥の頭から流れる血でできていた。
桐生は目の前の光景に凍りついたが、すぐに遥を抱き起こそうとする。
しかし頭からの出血ということは、頭を打ったということ。
桐生は下手に動かさずに、まず息の確認をした。
口に手を当てればしっかりとした呼気が確認できて、ひとまずほっとする。
だが遥の体はピクリとも動かず、意識もないようで。
桐生は真っ青になりながら救急車を呼んだ。
大事なものをみんな亡くして、唯一残った遥すら自分の手から溢れ落ちるかもしれない。
そう思っただけで…桐生は横たわる遥の手を離す事ができなかった。



遥の治療を待つ間、桐生の耳には何の音も入ってこなかった。
看護師と救急隊員が桐生を見て、ひそひそ何かを話していたことすらも…




治療していたのは、ほんの三十分ほどのものだったらしい。
しかし桐生にはその時間が永遠にも思えていたし、事実、時間の感覚なんて消えていた。

治療を終えて出てきた遥はまだ麻酔から目覚めておらず、病室へと運ばれていった。
桐生としては直ぐにでも遥の側へいきたかったのだが、待合室で引き止められてしまう。
それも、桐生があまり好まない人種の人間によって。


「桐生一馬だな?」

人目もあることからか、男は自分の所属する組織の名前は言わなかった。
だが桐生にとってはこの男の持つ雰囲気には馴染みがあり、尚且つ関わりあいになりたくない人種だと分かり。

「何か、用か」

言葉が自然と冷たくなる。
殺気立つ桐生の声に男はうすら笑う。

「ここじゃあ、お互い困るだろ?…ついて来い」

「断る」

「通報が、あったとしてもか?」

公務執行妨害で引っ張るぞと暗に脅され、桐生は舌打ちする。
ついて行くしかないかと…桐生は先に歩いていく男の後をついて行った。


連れて行かれたのは病院でもほとんど人気がない階の、会議室だった。
病院関係者は排除されているらしく、部屋には男の部下らしい男がいただけ。
男…刑事は何も置かれていない長机に座ると、桐生にも座るよう目で促した。

「で、通報ってのは?」

「ここの看護婦さんからだ。誰かは言わねぇぜ。お礼参りされても、困るしな」

「……んなことは、しねぇよ」

そうか?
と、刑事は鼻で笑う。
このガラの悪さは四課か…そう、桐生は昔世話になった四課のイメージから刑事の課を推測する。
そして、看護婦さんという言い方と態度とで…頭の古い、そして妙に自信の強いタイプだと伺いしれる。

自信たっぷりな刑事は言う。

「さっき運ばれてきた女の子の様子がおかしいって、救急隊員の兄ちゃんが気づいたんだとよ。部屋が妙に荒れてたらしいぜ」

「………」

「女の子の傷だが、どうやらテーブルに額をぶつけてできたもんらしい。リビングのテーブルの角に、血痕がついていたそうだ」

「……何が言いたい」

刑事の目が、据わる。


「あんたが突き飛ばしたんじゃねぇのか?」


その言葉に、桐生はイスを蹴り飛ばして立ち上がった。
勢いにまかせて刑事に掴みかかるが、部下の男に取り押さえられる。
机に叩きふせられ、桐生はうめきながら刑事を睨みつけた。
だが刑事は桐生に怯むことなく、まるで吐き捨てるように続ける。

「血圧が高いな。どうせ、こんな感じにキレてあの子を突き飛ばしたんだろ」

「俺が…遥に暴力をふるっただと!!?」

組み伏せられたまま動こうとする桐生に、刑事は飄々としたノリで注意する。

「おいおい、動くと折れるぞ」

「うるせぇ!!!」

骨の一本や二本。
いまさら惜しむ怪我ではない。
それよりも…自分が遥に怪我をさせた。そう思われていることの方が、桐生には許せなかった。
何よりも大事な、大事な遥を。

「俺があいつに手をあげただと?!ふざけるな!!」

「そんなこと言われてもな…殺しの前科もち。しかも元・ヤクザだ。信じると思うか?」

その言葉に…桐生は血が滲むほど、奥歯を噛みしめた。

自分が、元・ヤクザだから。


「ここじゃ危なっかしくてやってらんねぇな…おい、後は署で話し聞かせてもらうぞ」

連れてけ。
刑事の無情な声に、桐生を組み伏せた部下が桐生を乱暴に立ち上がらせる。
いっそ、自ら腕を折ってこいつらを殴り倒してしまおうか。
桐生は思いたった瞬間腕に力を込め…





「お前たち、何をやっている!!」



厳しい声とともに、会議室のドアが開いた。

「須藤課長…!?」

刑事たちは驚き…ひっくり返ったこえで須藤の名を呼んだ。
入ってきた須藤は厳しい顔付きで、眼鏡の奥の目は怒りに満ちている。

「離してやれ!!」

一喝に、部下の男が慌てて手を離す。
腕を折りかけていた桐生は肩を回し…突然現れた須藤にいぶかしげな視線をおくる。

「あんた、たしか…」

「はい、須藤です。お久しぶりですね」

須藤と会うのは、クリスマスの時以来だ。
もともと須藤と話す機会の少なかった桐生には須藤のイメージが薄く、言われてやっと思い出したくらいだ。
伊達の元・部下という印象しかない。
そんな桐生を知ってか知らずか須藤は軽く頭を下げると、刑事たちに厳しい顔を向ける。
伊達といい、須藤といい…敵意を込めるとその目は、凄い迫力だ。

「私に、出動の報告がなかったのは気のせいか?」

今の今まで威勢のよかった刑事の額に、冷や汗が滲む。

「い、いえ…課長はいらっしゃらなかったので…」

「それでも、報告くらいはできるだろう。携帯の存在を知らないのか?」

「それは…」

「それに、被疑者への暴力は感心できないな…取調室でのことは多少、目を瞑ってもだ」

お前のやっていることは、全部知っている。
須藤の無言の脅しに、刑事たちは顔色を無くす。鬼課長の機嫌をそこねたうえ、怒りをかうことは何よりも恐ろしいらしい。
桐生は伊達に尻尾を振っている須藤しか見ていないため…意外な思いで三人のやりとりを眺めていた。

そんな時だった。
看護師に連れられ、車椅子にのった遥がやってきたのは。


「おじさん!」

遥は立ち上がると、桐生に飛びついた。
額には痛々しいほど白い包帯が巻かれ、うっすらと血が滲んでいる。
桐生は遥を抱きとめると、傷に気をつかいながらその体を持ち上げた。


「遥、大丈夫なのか!?」

「うん、ごめんなさい。心配かけちゃって」

「傷は!?」

「麻酔がかかってるから、平気だよ」

「そうか…良かった…」

心底ほっとした桐生は、思わず涙が溢れてくる。
それが流れ落ちる前に、遥がそっとぬぐってやった。

「もう、おじさんは心配症なんだから」

「うるさいな、遥が心配させるんだろ?」

桐生の泣き笑いに、遥はくすぐったそうに笑った。



二人のやりとりに目を細めていた須藤は…刑事たちを睨みつける。

「どう見ても、被害者には見えないが?」

「ですが…現場が荒れていて…」

刑事の反論が終わる前に、遥がぐりんと顔をこちらに向けた。
その顔は年相応の可愛らしいものではなく…凄まじい怒りに満ちていた。

「大掃除してたの!!頭の怪我は掃除機のコードに足を引っ掛けちゃって、転んでテーブルにぶつかったから!!おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!いつだって、私を守ってくれるのに!!!」

「だ、そうだ」


もう、刑事たちが言えることは無かった。





遥の怪我はたいしたことがなく、二針縫っただけだった。
傷も綺麗だったため、抜糸しても痕はほとんど残らないらしい。
女の子の顔に傷が残ったら…と心配していた桐生もそれには安心し…遥も、その日のうちに家に帰ることができた。

帰りのタクシーでは遥は桐生にもたれて眠ってしまい、傷に触れないよう、桐生はそっと髪を撫でる。
今回、自分は前科持ち…しかも、元・ヤクザということで遥の虐待を真っ先に疑われてしまった。
普段からわかっていることだが、自分のような容姿の男が遥のような女の子といるのは、相当おかしく見られてしまう。
今まで何度か通報されたし、後ろ指を差されたのは数えきれない。
それでも遥は……


『おじさんが私に怪我させるわけないじゃない!!』

そう、叫んだときの遥は、強い女の顔だった。
いつだって守っているのは、自分じゃない。
遥が、自分を守ってくれているのだ。

「こんな俺の側にいてくれて……」


ありがとう。
桐生は熱くなる目頭を押さえ、呟いた。




桐生たちがタクシーに乗ったのを見送って、須藤は駐車場へ向かった。
あの部下たちも逃げるように帰った後だし、何も気にすることはないのだが…
どうしても、コソコソしてしまう。


「須藤さん、お疲れ様」

須藤の車から顔を出したのは、沙耶だった。


沙耶はひらひら手を振って、運転席のドアを開ける。

「桐生さん、大丈夫だった?」

「はい、すぐに容疑は晴れました。もう家に帰ったところですよ」

「よかった!凄く心配してたんだ」

微笑む沙耶に、須藤は微妙な微笑みで車に乗り込む。
心配だったとはいえ、沙耶の口から他の男の名前を聞くのはあまり愉快ではない。

「桐生さん、元・ヤクザだから凄く疑われてたでしょ」

「ええ…まぁ、そうですね」

「最近、虐待とかいじめとか…ピリピリしてるもんね」

「ゴシップ好きの看護師も多いですから。すぐ通報してくるんです。ヤクザが娘を虐待してるって…まぁ、通報自体が悪いとも言えないし、難しいところです」

たしかに、と沙耶も頷く。
こういう場所からの通報で、重大な虐待が発見されるケースも多いからだ。

「でも、ヤクザと言ってくれたおかげて私の部下が行っていたので。やりやすくて助かりました」

自分を飛びこして捜査に向かったことに腹を立てた…と見えるよう、須藤はたっぷりと脅しておいた。
だがまだ若い恋人に話すことでもないだろう。

「あの二人も大変だね。世間は、ヤクザに厳しいから」

ふぅ、と沙耶はため息をついた。

「これからも大変だろうな。でも、桐生さんには遥ちゃんがついてるもんね!」

「ええ。…それより…手、大丈夫なんですか?」

え?
沙耶は自分の手のひらを見て、笑顔になる。

「大丈夫だよ?須藤さんも心配症なんだから」

「でも!怪我は怪我ですよ!…すみません…あんな所にペーパーナイフを置きっぱなしにしているなんて…」

沙耶の、包帯が巻かれた手のひらを見て須藤は激しく落ち込んだ。


須藤と沙耶が病院にいたのは、桐生のため…ではなく、本当に偶然だったのだ。
今日は伊達の目を盗んでのデートの日で、午後から休暇をとっていた須藤は沙耶とドライブに行った。
そしてドライブの後、どきどきしながら初めて沙耶を家にあげ…お茶を飲んでもらってから、家に送るつもりだった。
しかし、須藤にしても沙耶にしても緊張し…沙耶は照れ隠しにテーブルの上にあった柄に装飾の彫られたペーパーナイフをいじっていた。
だがそれでうっかり、手のひらを切ってしまった。


手を切ってしまったとはいっても、沙耶はわりかし平気でいた。
しかし沙耶の血に動揺したのは他でもない須藤で、慌てて病院へと車を走らせ…偶然、桐生のゴタゴタにいきあたったのだ。


運がよかったのか、悪かったのか。
須藤は喜んでいる沙耶に合わせるべきか分からなくて、曖昧な微笑みを浮かべる。

「遥ちゃんには、いつもお世話になってるから。役にたてて良かったぁ」

「お世話?」

「あれ、言ってなかった?」

「何も聞いてないと思います」

須藤の答えに、沙耶は恥ずかしそうに答える。

「クリスマス、一緒にいたかったけど、お父さんが邪魔してきたでしょ?」

「では、あの日に誘ってくれたのは遥さんなんですか?」

「うん。他にも、結構口裏あわせに協力してくれてるのよ?」

なるほど、と須藤は頷いた。
伊達にバレそうになっても、いつの間にか解決しているのは遥のお陰だったのか。

「遥ちゃん、応援してくれてるの。須藤さんとのお付き合い」

「それはありがたい…ですね…?」

「こらそこ!何で疑問系!?」

首を捻って言う須藤に、沙耶はぺしりと七三に分けられた頭を叩く。
前は敬語だったのに今はくだけた様子の口調とかやりとりが、照れ臭くて…
須藤は照れ臭そうに笑って、アクセルを踏む。

これから伊達に見つからないように沙耶を家に送るのすら、楽しいと感じる自分。
須藤は内心で肩をすくめ、病院の駐車場を後にする…

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