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犬小屋への避難

キーボードを叩く音が気に入らないと、元真島組組員で真島建設の社員が社長に殴られた。
そんな、いつもの光景に…赤い違和感。

「あ~もう、止めなよ真島のおじさん」

赤いギンガムチェックのワンピースに白いカーディガンをはおった遥は、殴り飛ばされた社員をかばい、たしなめた。
社員は事務所に舞い降りた天使の背に隠れ、真島に頭を下げまくる。

「すんませんでした!!」

「ほら、本人も謝ってることだし」

現実としては社員が悪い要素は欠片もないのだが、それは真島組内のこと。
理不尽が常だ。

「…しゃあないな。遥ちゃんが言うから、特別やで?」

「良かったね、社員さん」

助かった社員は転がるように逃げていった。
真島はその様子に舌打ちすると、また事務所の来客用ソファに寝転がる。しっとりとした皮張りのソファは、堅苦しい社長用の机よりも居心地がよかった。

「遥ちゃ~ん、膝枕に戻ってや~」

手招きされて遥ははいはい、と真島の膝枕に戻る。
桐生がされていたのを見て真似してから、随分と気に入ってしまったらしい。桐生がいない時限定で遥に膝枕をねだる様になった。

遥の膝におさまった真島は安心しきった様子で息をつくと、テーブルに積まれたジャンプに手を伸ばす。
愛読雑誌であるそれは、半年分ほども事務所内に溜められていた。

「あ、次の号とって」

「ん」

国民的人気アニメの原作のところだけ読んでいる遥。
戦闘系列ばかり読んでいる真島。
真面目に働いている社員たちのなか、二人の姿は浮いている。

「なんか、最近この漫画つまらないよね」

「ああ、そいつやろ?心病んどるんやないかってくらい、暗い話描いとるよな」

「ねぇ?」

ジャンプタワーの横に用意された来客用高級菓子を口に放り込み、ついでに口を開けた真島にも入れてやる。
桐生ちゃんが見たら卒倒するやろうな…と真島は笑った。

「もうそろそろ五時やけど?」

「うん」

遥はジャンプから目をはなさない。

「門限五時やなかった?」

「…うん」

やっぱりジャンプから目をはなさないで頷く遥。


「桐生ちゃん心配するんとちゃう?」

「………」

何も言わなくなった遥に、真島は肩をすくめた。
おもむろに携帯を取りだし、遥に見せる。

「連絡したろか?」

「駄目!!」

それには直ぐに叫び、携帯を取り上げる。
遥が事務所にくるなんてよほど家にいたくない事情があるとは思っていたが、やはりそうかと真島は思った。

おおかた、桐生と喧嘩でもしたのか。
家に二人しかいないと気まずさは特に顕著で、思わず家を飛び出したという所だろう。
昔は自分もやったなぁ…と感慨にふけったり。

「だって桐生のおじさん酷いんだよ?友達の家に遊びに行っちゃだめだとか言うんだもん」

「桐生ちゃんが?」

育児にそんなに厳しい人間には見えない桐生だが、そんな一面があったのかと真島は驚く。
だが桐生は遥の意見を大事にする人間だし…と、ある仮説に思い当たった。

「二人で遊ぶ約束してた?男の子と」

「何で知ってるの?おじさんエスパー?」

目を見張って驚く遥に、真島は苦笑するしかない。
親馬鹿だ、あの男は。

「だからおじさんが謝るまで帰らない!真島のおじさん、今晩泊めて!」

「おお!ええで!そんかわり遥ちゃん、メシ作ってな?」

「ありがとう!じゃあ帰りにお買い物して帰らなきゃね。真島のおじさんの家、何もないから」

家に帰らなくてもいいことになって、遥は安心したようだった。
喜々としてジャンプタワーを整え始め、コートをはおる。

「行こ行こ!」

「ん、ちょっと待ってや」

遥からすっておいた携帯を背中で操作し送信して、にっこりと遥と手を繋いだ。

「お前ら、今日はもう閉店じゃ!帰ってええで!」

うっす!と、野太い声が事務所に響きわたった。




『桐生ちゃん、今夜は遥ちゃん預かるでぇ(*^o^*)いやん、明日から遥ちゃんワシのことあ・な・た・って呼ぶかも(≧ε▼)』

ヤバすぎるメールに、血相変えた桐生が真島の家に殴り込んでくるのは、それから三十分後のこと。

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12月25日

クリスマスの朝、桐生は遥のはしゃいだ声で目が覚めた。
きゃっきゃっとはしゃいで寝ていた桐生の上に飛び乗って、頬を上気させた遥に…自分たちの苦労が報われたな、と桐生は微笑んだ。

「おじさん!おじさんの言ったとおり、サンタさんきたよ!」

そう、掲げてみせるのは桐生が三日前に買ってきたテディベア。全国で三千体の限定テディだったが、裏のコネを使ってなんとか手に入れる事ができた。
多少値がはったが…この笑顔を見る対価としては、安いものだろう。

「そうか、よかったな」

遥は嬉しそうに頷いた。
ただ、ちょっとだけ不思議そうに付け足したのだが。

「でも、ビスケットと牛乳を食べていかなかったのはなんでだろうね?」

「…お腹が一杯だったんじゃないか?」

「そっか!世界中で用意して貰ってるもんね!」

テーブルに用意してあったサンタのおやつを食べておくのを、忘れていた。



夕方、桐生家が賑わいだす時間。

「真島のおじさん!それお塩だよ!」

「ええい!白いねんからいっしょやボケェ!」

「いっしょじゃないから?!冷静になって!」

キッチンにて、奮闘する遥と真島の姿があった。
桐生はまだ仕事で帰ってきておらず、半自由業の真島と遥しかまだ家にいない。
しかし今夜はクリスマスパーティをするため、お客は多くなる予定だった。
そのため、遥と真島はパーティのごちそうを作ろうとはりきってキッチンに立ったのだが…真島ははっきり言って邪魔だった。
砂糖と塩を間違えるという、いまどきなベタなボケをかますのを皮切りに、きちんと計った小麦粉をひっくりかえす、チキンを床に叩きつける…等、遥の足をことごとく引っ張った。

それなのに真島をキッチンに置いておくのには理由がある。
真島は異常なまでに刃物の扱いが上手く、包丁の扱いが天才的だったからだ。そういう面では貴重な人材だったため、キッチンにおいている。


「後は…ケーキのデコレーションだけだね」

遥の並々ならぬ努力の末、なんとか最後の仕上げまで辿りついた料理作りに真島は拍手を送る。
自分が足を引っ張っていた自覚くらいは、ちゃんとある。

「生クリームを泡立てて…」

指示され、真島は力の限り泡立てようとし…遥は泡立て器を取り上げる。何事も加減が重要だが、この男にそれを求めるのは無理だ。

「真島のおじさん、苺を用意!」

「はいな!」

大量の苺が盛られたボウルを冷蔵庫から出し、生クリームの綺麗に塗られた表面に並べていった。

「桐生のおじさんて、以外と苺が好きなんだよ。知ってた?」

「知らんはずないやろ。ワシ、昔はよお桐生ちゃんとケーキバイキング行ってんで」

「へぇーなんか、想像できないよ。おじさんたちがケーキバイキングなんて」

ヤクザ二人がケーキバイキングに行くというおかしな光景を想像して、遥は軽く吹き出した。

「…よし!完成しました!」

「よう無事に完成したわ!」

「あはは!確にね!」

大変なのは、これからだ。
おもに真島がとっちらかしたキッチンが、二人の後ろで待っている。
さながらそれは、ラスボスを前にした光景と似ているような気がすると遥は心の中で苦笑した。



夜になって、桐生家には人が集まりだしてきた。

「こんばんは。遥ちゃん、メリークリスマス」

新幹線で大阪からやってきた狭山は、大きなお菓子の長靴を持ってきた。
狭山にとってクリスマスといえば、お菓子の長靴らしい。
実は貰った事がなかった遥はそのプレゼントに喜び、いそいそとカメラの準備を始める。

「真島のおじさん!撮って撮って!」

長靴を抱え、狭山と腕を組む遥。
真島は娘にデレッとした父親のように写真を撮りまくる。

「やっぱモデルがええと撮りがいがあるわ!」

遥が長靴をツリーの隣に置きにいくのを見計らって、カメラ片手に狭山に笑いかける。

「脱いでくれたらもっとええ写真が…」

馬鹿の顔面に、狭山の左ストレートが決まった。


次にやってきたのは、花屋だった。
花屋は普通のおじさんのようなスラックスに長袖のポロシャツ姿で、まるでカタギだ。

「よう、やってるな」

狭山と真島のプロレスにカラカラと笑い、土産だとシャンパンやワインを遥に渡す。

「嬢ちゃんにはシャンメリーもあるからな」

子供用シャンパンに、遥はうきうきする。
これぞ、クリスマスの定番。

「桐生はまだ仕事か?」

「うん。でももうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」

「そうか」

「あと、伊達のおじさんたちがくるんだよ」

言うが早いか、チャイムが鳴った。
やけに賑やかに入ってくるかと思えば、伊達はすこぶる機嫌が悪い。

「もう!お父さん、機嫌直しなよ!」

「……須藤が帰ったらな!」

沙耶の後ろですまなそうに笑っている須藤に、伊達は苛ついた視線を向ける。

「何で須藤までくるんだ?招待されてねぇだろ?」

「私が誘ったの!お父さん、須藤にはお世話になってるでしょ!」

「だからってなぁ!」

「それに遥ちゃんの了解はとってあるの!」

親子の言い合いに、真島と狭山もプロレスを止めて集まってきた。
一人にこにこと笑う遥には、確信犯的な空気がある。

「遥ちゃん、あれなんやの?」

「沙耶さんと須藤さん、伊達のおじさんに隠れてお付き合いしてるの。クリスマスに一緒にいたいけど伊達のおじさんが煩いみたいだから、うちに招待したんだ?」

「なるほどなぁ。大変ね、一人娘は」

「うん、大変」


大人な対応をとる遥に、真島と花屋は顔を見合わせた。
桐生も、さぞかし大人な遥に振り回されていることだろう。




「早くおじさん帰ってこないかなぁ。パーティ始められないよ」

きっと、今年からのクリスマスパーティは今までとは比べ物にならないほど賑やかになるから。

「早く帰ってきてよ、サンタさん」




サンタの憂鬱

クリスマスソングが町中に溢れかえる季節。
聞いているだけで楽しい気分になるようで、鼻唄まじりに商店街を歩いていた。
桐生はクリスマスが好きだった。
大事な人たちとの、色あせない思い出。それがじんわりと心を暖める。

「もうすぐ、クリスマスだもんな」

ツリーも買って、飾りつけは遥とやった。リースは伊達が沙耶が作ったんだと、眉を下げながら持ってきた。真島は真島でトナカイのイルミネーションを持ってきて…桐生の家は必要以上にクリスマスのムードに満ちている。

「あとは…遥のプレゼントか」

今日商店街に来たのも、遥のプレゼントを選ぶため。
さすがに三年生にもなるとサンタクロースを信じているわけも無いだろうし…何か喜ぶ物を自分名義でプレゼントしなくては。
女の子だから、服かバッグか…どちらがいいだろう?
桐生がそう考えながらショウウインドウを覗いていると、

「遥?」

ショウウインドウに、遥が映った。
赤いランドセルを揺らして歩く遥に桐生は声を掛けようとしたが…しょんぼりと肩を落とした様子に声を掛けるタイミングが分からない。
どうしたのだろう。
学校でいじめられたのか?
もしそうなら学校に殴り込みをかけるのに…と、少々危ない考えが桐生の頭をかすめる。

だが、そんな桐生に遥の方が先に気づいた。

「おじさん!」

ぱたぱたと走ってくる遥の顔は深刻で、桐生は身構える。

「おじさん…」

「どうした」

遥はぎゅっと桐生のコートを握り締め、深刻な声で言った。

「サンタって、いるよね?」

「は?」

聞かれたそれに、桐生は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
遥は悔しそうに唇を噛みしめた。

「クラスの男の子たちが、サンタなんていないって言ってたの。あれは親がサンタの振り、してるだけだって。ほんとはいるよね?サンタクロース」

まさか、と桐生は遥の目を見つめた。
澄みきった遥の目には嘘は見当たらず…純粋な疑問だけがあった。

「ヒマワリにいた時は枕元にプレゼントが置かれてあったもん」

そういえば、自分がヒマワリにいたときもプレゼントが枕元にあった気がする。
クリスマス前には、サンタクロース当てに手紙も書いた。



しかし、それもヒマワリの大人たちがしていると幼かった桐生は知っていた。
錦山も由美も…わかっていて、サンタに手紙を書いていたのだ。
クリスマスの遊び…それが、桐生たちにとってのサンタクロースのイメージで。

(遥はそれを信じてたのか…)

予想外の事実に、桐生は頭を悩ませる。
本当の事を言うべきか…それともそうだな、と肯定すべきか。
親が困る子供の質問ベスト3に入る質問にぶち当たるなんて、桐生の人生に一度もなかった事だ。

「おじさん!」

「あ、ああ…んーそうだな」

「やっぱりいないの?」

遥の目がうるむ。
桐生の答えが決まった。

「いる!いるに決まってるだろ。な?」

「そうだよね!良かったぁ…おじさんにいないって言われたらどうしようと思ってたよ」

遥の安心しきった表情に…桐生はどうしたものかと、心の中でため息をついていた。



夜、場末の屋台に愚痴を肴に飲む駄目な大人が集まって酒をくみかわしていた。

「ほう…お前も父親としての壁にぶつかったか」

「俺ぁこういうのは苦手なんだ。どうしたもんか…」

「俺に聞くな。俺だって苦手なんだよ。だから家族にも逃げられたんだ」

「…それ笑えねぇ」

まるで参考にならない伊達の話。桐生はこんな大人ばかりで遥の人格形成に悪影響が出ないか、心配になってくる。
そして最大の悪影響を与える大人、真島は駄目な親父二人組を見てケラケラと笑っていた。

「桐生ちゃんもハローワークも、情けないなぁ。ほんま見てておもろいわ」

伊達の事をハローワークと呼び始めて、もう随分たつ。
最初は烈火の如く怒っていた伊達だが、真島が止めないのでもう放置している。機嫌が悪い時は、まぁカチンとくるが。

「ようは桐生ちゃんがサンタの振りすればええだけやん。遥ちゃんが寝た頃、枕元にプレゼントを置く。それだけやん」

簡単簡単、とおでんをつつく真島に桐生は首を振る。

「俺も最初はそう思ってたんです。だけど…遥、サンタへの手紙を見せてくれないんですよ」


あの後、桐生は遥に手紙を書くよう勧めた。
しかし遥はうんと頷いたものの、書いた手紙を引き出しの奥…しかも鍵のかかる引き出しにしまってしまった。
そのせいで遥がサンタに何をお願いしたのか、桐生は知る事ができない。


「そら…桐生ちゃんを警戒しとんのやろなぁ?」

真島の言葉に、伊達も同意する。

「ありがちだな。信じられなくなりかける年頃になると、親から手紙を隠してサンタが本当にいるのか知ろうとする。もしお願いと違うプレゼントだったら…来年からサンタを信じなくなるぞ」

「責任重大やなぁ!桐生ちゃん!」

バシバシと背中を叩かれ、桐生は泣きたくなった。
言われなくても伊達の説明を聞いて、責任の重大さにおののいていたのに。

「子供の頃の思い出は、今後の人格形成に深く作用するってどっかの教育研究者が言ってたな」

「ああ、サンタなんかはいい例とちゃうか?遥ちゃんは純粋やからなぁ~v」

「桐生に対する信頼もかかってくるし」

「失敗したら嫌われたりするかもなぁ」


普段仲が悪いくせに、二人はタッグを組んで桐生を不安にさせる。
酒の味がいつも以上に苦く感じる桐生は、今日何度目になるか分からないため息をついた。
相談に来たのに、薄情な連中だ。


「もういい…自分で何とかする!」

「いいのか?なぁ、真島?」

「桐生ちゃんが頼むんやったら、ワシらも手ぇ貸すねんけどなぁ?」

にんまりと笑う二人に…桐生は財布の中を確認する。
断るという判断は、下せそうになかった。

「……今夜は奢れば、いいんだろ」

二人はにんまりとしたまま頷いた。





次の日、伊達は学校から帰ってきた遥を連れて映画を見に行った。
話題の映画で、遥も行きたがっていたため直ぐに承諾し、家には桐生だけが残る。
そして二人が出ていったところで、真島がやってきた。

「例のブツや。在庫があって良かったわ」

布にくるまれた何本もの細い棒に、桐生は苦笑いするしかなかった。
伊達がこの場にいれば、どれだけ激しい喧嘩が始まっただろう。
本物のピッキング道具を前にして、桐生は思った。

「入ってきたばっかの頃、おもろそうやからいろんな鍵相手に試してん。机程度の鍵やったら十秒で開けられんで」

自慢できた事ではないが…頼んだ以上、真島のやり方に従うほかない。
ずるい事は…自覚している。

自己嫌悪にさいなまれている間に、真島は鍵を開けてしまう。
本当に遊んだだけか…桐生はもう、何も考えないでおくことにした。


「ただいま~!あ、真島のおじさん来てたんだ!」

映画のパンフを抱えて帰ってきた遥は真島の姿を見つけると、蛇皮のジャケットにしがみつく。
下手をすると桐生以上になついて見える遥に、後ろから着いてきていた伊達は微妙な気持ちだ。

「帰ったぞ」

「ありがとうな、伊達さん。遥、映画は楽しかったか?」

「うん!ポップコーンとコーラも買って貰っちゃった」

映画代やパンフ代と合わせると、伊達に渡しておいた金より多い。
桐生は財布を出そうとしたが、伊達は男の甲斐性だと笑って受けとらなかった。

「遥ちゃ~ん、ほな今度はハローワークとやなしに、ワシと遊びに行こな。こないだオープンした温水プールはどや?」

「いいの!?やった~!」

はしゃいで真島にしがみつく遥を横目に、伊達は桐生に囁いた。

「あれは?」

「大丈夫だ」

「そうか」

手紙は…なんとか確認できた。
遥の欲しいものはクリスマスまでに手に入れる事ができる物だったし、できなくてもなんとかしてみせる。

「心配は…無いと思うよ」







クリスマス・イブの夜。
遥がサンタクロースの夢を見ているうちに。

偽者サンタが枕元にやってくる。





笑って欲しい

風呂から煙が上がっているのを発見したのは、偶然通りかかった遥だった。

きなくさい臭いに風呂場を覗けばヤバイ煙が充満していて、急いでスイッチを切る。
煙が上がっていたのは、お湯がでるはずの所で…原因は『おいだき』と『お湯はり』のスイッチを桐生が間違えたことだった。

〇〇ガスに連絡して修理してもらうことにはなったが、明日になるという。
女の子である遥が一日お風呂に入れないことに我慢できるはずもなく…仕方なく、近所の健康ランドへ行くことになった。


「本当にすまなかったな…遥」

「もういいって。明日には修理屋さんが来てくれるんだし」

しょぼくれて謝る桐生に、遥はころころと笑う。
もの静かでクールな桐生がしょぼくれている姿が、可愛くてしかたない。大人に思う事ではないだろうが、まるで悪いテストを見つけられた子供のようだ。

「たまには外のお風呂もいいよ!おっきなお風呂好きだし!」

「…すまないな」

「そう思うなら帰りにアイス買ってくれればいいから?」

しっかりしてる、と桐生は頷いた。




一番近所にある健康ランドについたが、桐生は入り口の張り紙に眉をひそめた。
遥もまた、同じ張り紙にあっと口に手を当てる。

―刺青の方おことわり―

二人は顔を見合わせてきびすを返す。
こういう銭湯が有ることも知ってはいたが…桐生の背負う龍では入れない。


「本っ当にすまない…!!」

「う、ううん!平気平気!」

「……俺が外で待ってる手もあるんだが…」

「おじさんも入れる所探すの!行くよ!」

遥は桐生の手を引っ張ると、強引に刺青おことわりの健康ランドを後にした。



結局…桐生が入ることのできる銭湯は三軒ほど回っても見つからなかった。
どこもヤクザ相手には厳しい態度で、今はカタギの桐生でも背中の刺青は入り辛い。桐生も遥も、歩き回っているうちにすっかり体が冷えてしまった。

冷えきった遥の手を繋いでいた桐生は、次を最後に遥だけ入れようと心に決める。
遥が何と言おうと自分は外で待っていればいい。

「あ、あそこあったよ」

寒さに頬を赤くして嬉しそうに声を弾ませる遥を見て…桐生は申し訳なく思いたがら頷いた。



遥が見つけた銭湯は年季の入った、下町の銭湯といったたたずまいだった。
表には刺青おことわりという張り紙は無かったが、桐生は躊躇う。

「ちょっと、聞いてくるよ」

そんな桐生に、遥は軽いノリで中へ駆け込んでいった。



少しすると、遥が頭の上で丸をつくりながら戻ってくる。
夜風に冷えきっていた桐生はほっしてと、中へ入った。


ここの銭湯の店主は人の良さそうなお爺さんで、恐面の桐生を見てもどうぞどうぞと勧めてくれた。
場末の銭湯だから客は少ないし、こんなに可愛い子供さんを連れた人なら大丈夫ですよ。
その言葉に、桐生はありがたいと頭を下げた。

「じゃあ、出るときは声かけてね?」

「ああ。ちゃんと百まで数えるんだぞ?」

「わかってるよ!じゃあ後でね、おじさん!」

女湯に駆け込んでいく遥はやっぱり寒かったようで、桐生も早く温まりたいと男湯の暖簾をくぐった。

脱衣所には運よく、誰もいなかった。
人の目を気にせずシャツを脱ぎ、中へと入る。広い湯船につかると、冷えきった体がじんわりと痺れをともなって温まっていった。


「おじさ~ん!石鹸忘れちゃったから貸して~!」

足を伸ばしていると、男湯と女湯とを隔てる壁の向こうから遥が声をかけてくる。
恥ずかしいと思いつつも…男湯が貸し切り状態なのだから向こうもだろう…と、希望的観測のもと、石鹸を壁の向こうへ投げてやる。

「ありがとう~!」

「おう!」

「直ぐ返すね~!」

遥の声に混じって女の笑い声が聞こえ、少し恥ずかしかった。


きゃはは、と女湯から遥とおばさんたちが戯れる笑い声はしばらく続き…数を数える声に変わる。

「おじさ~ん!百数えた~!」

返事をするのが恥ずかしいが、

「おじさ~ん!!お~じ~さ~ん!!」

返事をしないと、遥は延々声をかけてくる。
仕方なく桐生は控え目に返事を返した。

「いま、あがる…」






ほっこりと肌から湯気が立ち昇り、水分を僅かに含んだ髪が夜風になびく。
繋いだ手がいつも以上に暖かかった。

「おじさん!約束のアイス買って!」

「冷えないか?」

「温かいから大丈夫だよ。ね?」

「しょうがないな、迷惑かけたし、いろいろ聞いてくれたもんな。…ありがとう」

たかが銭湯。
それに入るのにすら苦労するおじさんの為に頑張ってくれたのだ。
アイスくらい買ってやらなければ罰があたる。

しかし遥は不思議そうに首を傾げると…ああ、と頷いて笑った。

「変な事でお礼言うね?」

「遥…?」

「私にとっては、あんなこと当たり前だよ。おじさんに笑って欲しいから」

「将来、おじさんのお嫁さんになるんだからね」

告げられる未来にぎょっとしていると、遥はコンビニを見つけて桐生の腕を引っ張る。

「アイスアイスvv」

「あ…ああ…」


娘はマッハのスピードで成長していくもの…

桐生は間近でそれを目撃し…嬉しいような…なんだか甘酸っぱい思いで、遥に引っ張られていった。






「おじさんはこれにする?」

「ハバネロアイス…?」

「友達とコンビニにいった時から気になってたの。おじさん食べてみて?」

「お前……おねだりが日々無茶になってきてるぞ?」




初めての参観日

ひらり、と遥の机から舞い落ちたプリントを桐生はごく普通に拾い上げた。
宿題だったら無くしてはいけないし、お知らせプリントだったら遥がださないのは珍しいと…プリントに目を通す。

―授業参観のお知らせ―

機械的な文字に、桐生の思考が停止する。
まるで教科書に隠されるようにあったプリント。
遥は自分に見て欲しく無かったのだろう。
その事実に桐生は己の体がどんよりと重くなるのを感じた。

(そうか…遥は来て欲しくないのか…)

本当の娘、いやそれ以上に大切に思っている遥に信頼されていない。それどころか疎まれているかもしれない。
そう考えただけで、桐生は目眩を感じた。



「ああ!おじさん何してるの!?」


反射的にプリントを元の場所に戻し、動揺をおし殺す。

部屋の入り口には、髪から水滴を滴らせた遥がひどく焦ったように立っている。風呂からあがってすぐ、自分を見つけたのだろう。
そういえば、居間のボールペンのインクが切れていたので、遥の机に無かったか探しにきていたのだ。
最初の目的も忘れていたことに、桐生は頬をかいた。

「連絡帳書くのに、ボールペンが切れてたんだ。遥、ボールペン持ってるか?」

動揺しきっているはずなのに、声は上ずることなく吐きだされる。
遥はちらちらと机の上を見てから、素早くボールペンを桐生に渡すと強く背中を押して部屋から追い出しにかかった。

「何も、見てないよね!?」

「あ、ああ。見てないぞ」

「ほんと!?」

「本当だ」

嘘だけれど。
遥の必死の形相に頷くしかない。
遥は桐生の言葉に安堵すると、最後に一押し、桐生の背中を押して部屋から追い出す。

「気安く、レディの部屋に入っちゃ駄目なんだからね!」

ばたん、と閉められたドアは、明日の朝まで開かれることはなかった。


夜、堂島の龍と恐れられてきた男は憂鬱のあまりほとんど眠ることができなかった。
夢を見れば夢の中の遥は

『おじさんなんか大嫌い!』

と言うし、実際目を瞑るだけで嫌な想像がとまらなかった。
自分はいつからこんなにナイーブになってしまったのか。自分事ながら、笑えてくる。

「馬鹿か…俺ぁ…」

寝不足で重い体を起こし、あくびを一つ。
今から遥と顔を合わせるかと思うと、このまま寝ていたかった。





「おはよう、おじさん。ごはんできてるよ」

居間のに向かうと、いつも通りの遥がいた。
くまのプリントがされた、可愛らしいエプロン。
家庭科で作ったと自慢していたやつだ。

「あのね、おじさん」

「ん?なんだ?」

「明後日の日曜なんだけど…友達の家に遊びに行ってもいい?」

味噌汁の味が、一気に味気無いものにかわる。
日曜は、授業参観の日だ。

「ああ、いいぞ。別にいちいち許可とらなくてもいいんだぞ?」

「先生が出かける時は家の人に言いなさいって言ったから」

真面目だな、と桐生は笑った。




「で、俺の所に愚痴りに来たってわけか。ったく、遥みてぇなガキ相手に相変わらずだなぁ。おい」

顔をくしゃくしゃにした伊達は、おかしそうに膝を打った。
だが相談している桐生は笑い事ではない。こっちはいきなり九歳の娘ができたのだ。扱いはわからないし、嫌われているかも…なんてことになったら、心中穏やかではいられない。
そこの所は同じ、年頃の娘をもつ伊達だ。
桐生の気持ちは痛いほどわかるが、なにせ喧嘩最強の男がくよくよ悩んでいる。面白いという感情が勝っていた。

「けど、まぁ大丈夫だろ。遥も遥なりに事情があるのかも知れねぇじゃねぇか」

「遥ちゃんのお父さん、ヤクザ?……って聞かれる事とかか?」

「おいおい、今はカタギだろうが。すねんじゃねぇよ」

「悪いが、それしか思い浮かばねぇよ。未だにヤクザに間違われるんでね」

派手な柄ものの服ばかり着ているからだ、と言いたいのを伊達は辛うじて飲み込んだ。


「ならよぅ、行けばいいじゃねぇか」

伊達は面倒くさくなってきて、根本から覆す発言をする。

「黙っていきゃあ、遥が何で嫌がってんのか分かるだろ?」

「……伊達さん……それは……」

「よし!決まりだ。なんなら俺もついてってやるぜ。久しぶりだな、小学校なんかに行くのは」

楽しそうに手帳に予定を書き込む伊達に、桐生は慌てた。
後々、怒られるのは自分なのだから。

「で、でも学校に入るには入校証ってもんがいるんだぜ。遥が持ってる」

自分の思い付きに拍手したくなる。
最近じゃ防犯のため、入校証なるものが無ければ保護者であっても校内に入れないのだ。
そして、それは遥が隠しているお知らせプリントに付いていた。どうせもう捨ててしまっているだろう。

だが、伊達はいたずら小僧のような笑みで首を振った。

「ガキが親に見つかりたくないもんはなぁ、事が落ち着くまでテメェの陣地に持ってるもんなんだ。ごみ箱じゃあ見つかる可能性があるからな」

そういえば、小学生のころ、死ぬほど悪い点のテストは引き出しの中に隠して…年末の大掃除の日にごみと一緒に燃やしていた。

「遥もきっと、引き出しの奥か…辞書の間にでも挟んでるんじゃねぇか?」

「なら…この間買ってやった百科事典の間かもしれねぇ」

「決まりだな。行くぞ」

「本気かよ…」

「今更なんだ。ヤー公がうじうじしてんじゃねぇよ。遥の初めての参観日じゃねぇか?」

そのまま、伊達は桐生を引きずりながら高らかに笑った。





日曜の朝、遥はいつもより早く起きて朝食を作っていた。
挙動不審に桐生に微笑み、時計を気にする。

「おじさん、今日は予定ある?」

「ん?伊達さんと約束があるんだ。ちょっと帰りが遅くなるかもしれない」

あからさまにほっとする遥に、桐生は苦笑する。

「じゃあ私、もう行くね!友達との待ち合わせの時間に遅れちゃうから!」




玄関からダッシュするうに出かける遥を見送って、桐生はポケットから…昨日、伊達が見つけだした入校証を出す。

「悪いな…遥…」



クラクションの音に外へ出れば、よれたスーツにいつものコートの伊達が車から身を乗り出して手まねいていた。

「よお!そんなかっこしてると、少しはカタギに見えるじゃねぇか。馬子にも衣装だな!」

「伊達さん…褒め言葉になってねぇ」

「ああ、褒めてねぇ」

ひでぇ、と桐生は肩をすくめた。

昨日、伊達に言われて買った紺のスーツ。無難な配色のネクタイと合わせて着れば、たしかに少し違和感はあるものの、カタギの父親に見えなくもない。
落ち着かない気もするが、父兄参観の父親は大抵スーツ姿だそうだ。現役…とは言えないが、経験者がいると助かる。

「さて、行きますかねぇ?姫の父兄参観へ」






段の小さな階段。何度か足をとられそうになるその高さが、妙になつかしかった。

「遥は何組だ?」

「たしか…四組だったはずだ」

「たしかって、頼りねぇお父さんだな」

少し行くと、三年生のフロアについた。
すでに授業は始まっているようで、廊下や教室の後ろには父兄たちが我が子の様子を見つめている。

「ここか…お、いたいた」

四組の教室を覗き込み、伊達は桐生の脇腹を肘でつつく。
どうやら、国語の授業らしい。生徒の一人が立って、何かを読んでいる。


「はい、よくできました。素敵なお父さんですね」

担任らしき女性教員は手を叩き、生徒は座る。

「作文か。沙耶も昔書いてたな」

なつかしそうに微笑む伊達は、何故遥が桐生に来て欲しくなかったのかがわかった。自分も同じ事をされた事がある。
そして、その時もこんなふうに押し掛けたのだ。

「じゃあ…次は桐生遥さん」

「はい」

真ん中の席の遥が立って、作文を開く。
まだ、廊下の窓から桐生や伊達が覗いていることには気づいていない。

「桐生、ハンカチ用意しといたほうがいいぜ?」

「はぁ?」

いぶかしげに首を傾げるが、伊達は笑うだけだった。



「私の家族」



遥の、声を耳にする。

「桐生のおじさんは、とても無器用です。この間なんかご飯を炊くのに、間違って糊を作ってしまいました」

父兄の中から笑いが上がる。
もちろん伊達もその一人で、

「お前、そんなことしたのか?」

「…うるさいな」

遥の作文は続く。

「でも、何事も一生懸命にやります。私が宿題をするのにも教えてくれるし、お買い物だって一緒にいってくれます。それに喧嘩も強くて、とっても優しくてカッコいいおじさんです。私は桐生のおじさんが大好きです」



「ほら、嫌われてねぇじゃねぇか」

「……」

桐生は顔を赤くして頷いた。


「桐生のおじさんには仲のいい、伊達のおじさんという友達がいます」


自分の名前がでてきて、今度は伊達がうろたえる番だった。


「伊達のおじさんは元刑事さんで、桐生のおじさんみたいに一本気な人です。ヤクザ相手だと鬼みたいな人だけど、家に遊びにくる時は面白い人で、よく私たちを笑わせてくれます。桐生のおじさんが笑うくらいだから、なかなかのギャグセンスです」



「だそうだぜ?」

「……うっせ!」



「あと、伊達のおじさんとは仲が悪いけど真島のおじさんもよく遊びに来ます。怖い人だけど三人のなかで一番よく遊んでくれて、一番お菓子をくれます。桐生ちゃんには内緒やで、とか言ってゲームセンターとかバッティングセンターとかに連れてってくれる、友達みたいなおじさんです。」




「兄さん…いつの間に…」

「しっかり目ぇ、光らせとけよ」



「本当のお父さんはいないけど、私には三人も大大大好きなお父さんがいます。これからも皆で一緒ににいられるといいな、と思いました。」


おしまい、と遥は席につく。
父兄からの拍手がなんとも微妙だったのは、マル暴の刑事と、その仲が悪くて怖いおじさんのせいかもしれない。

だが、桐生と伊達は周りが気にならないほど感動していた。

「遥ー!俺も大好きだぞ!」

伊達のはしゃいだ声に、遥は飛びあがって驚いた。そして隣の桐生の姿に赤面する。

「おじさんたち!何で来てるの?!」

真っ赤になって怒りだす遥に、二人は苦笑ぎみに顔を見合わせた。

「だから来て欲しくなかったのにぃ!」




家族、そのカテゴリに自分たちはいるらしい。
桐生と伊達は嬉しくて、あとで真島にも作文を読ませてやろう…そんな寛大な気分で、同時に吹き出した。


遥の怒る声が、大きくなっていく…





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