サンタの憂鬱
クリスマスソングが町中に溢れかえる季節。
聞いているだけで楽しい気分になるようで、鼻唄まじりに商店街を歩いていた。
桐生はクリスマスが好きだった。
大事な人たちとの、色あせない思い出。それがじんわりと心を暖める。
「もうすぐ、クリスマスだもんな」
ツリーも買って、飾りつけは遥とやった。リースは伊達が沙耶が作ったんだと、眉を下げながら持ってきた。真島は真島でトナカイのイルミネーションを持ってきて…桐生の家は必要以上にクリスマスのムードに満ちている。
「あとは…遥のプレゼントか」
今日商店街に来たのも、遥のプレゼントを選ぶため。
さすがに三年生にもなるとサンタクロースを信じているわけも無いだろうし…何か喜ぶ物を自分名義でプレゼントしなくては。
女の子だから、服かバッグか…どちらがいいだろう?
桐生がそう考えながらショウウインドウを覗いていると、
「遥?」
ショウウインドウに、遥が映った。
赤いランドセルを揺らして歩く遥に桐生は声を掛けようとしたが…しょんぼりと肩を落とした様子に声を掛けるタイミングが分からない。
どうしたのだろう。
学校でいじめられたのか?
もしそうなら学校に殴り込みをかけるのに…と、少々危ない考えが桐生の頭をかすめる。
だが、そんな桐生に遥の方が先に気づいた。
「おじさん!」
ぱたぱたと走ってくる遥の顔は深刻で、桐生は身構える。
「おじさん…」
「どうした」
遥はぎゅっと桐生のコートを握り締め、深刻な声で言った。
「サンタって、いるよね?」
「は?」
聞かれたそれに、桐生は思わず間の抜けた声を上げてしまう。
遥は悔しそうに唇を噛みしめた。
「クラスの男の子たちが、サンタなんていないって言ってたの。あれは親がサンタの振り、してるだけだって。ほんとはいるよね?サンタクロース」
まさか、と桐生は遥の目を見つめた。
澄みきった遥の目には嘘は見当たらず…純粋な疑問だけがあった。
「ヒマワリにいた時は枕元にプレゼントが置かれてあったもん」
そういえば、自分がヒマワリにいたときもプレゼントが枕元にあった気がする。
クリスマス前には、サンタクロース当てに手紙も書いた。
しかし、それもヒマワリの大人たちがしていると幼かった桐生は知っていた。
錦山も由美も…わかっていて、サンタに手紙を書いていたのだ。
クリスマスの遊び…それが、桐生たちにとってのサンタクロースのイメージで。
(遥はそれを信じてたのか…)
予想外の事実に、桐生は頭を悩ませる。
本当の事を言うべきか…それともそうだな、と肯定すべきか。
親が困る子供の質問ベスト3に入る質問にぶち当たるなんて、桐生の人生に一度もなかった事だ。
「おじさん!」
「あ、ああ…んーそうだな」
「やっぱりいないの?」
遥の目がうるむ。
桐生の答えが決まった。
「いる!いるに決まってるだろ。な?」
「そうだよね!良かったぁ…おじさんにいないって言われたらどうしようと思ってたよ」
遥の安心しきった表情に…桐生はどうしたものかと、心の中でため息をついていた。
夜、場末の屋台に愚痴を肴に飲む駄目な大人が集まって酒をくみかわしていた。
「ほう…お前も父親としての壁にぶつかったか」
「俺ぁこういうのは苦手なんだ。どうしたもんか…」
「俺に聞くな。俺だって苦手なんだよ。だから家族にも逃げられたんだ」
「…それ笑えねぇ」
まるで参考にならない伊達の話。桐生はこんな大人ばかりで遥の人格形成に悪影響が出ないか、心配になってくる。
そして最大の悪影響を与える大人、真島は駄目な親父二人組を見てケラケラと笑っていた。
「桐生ちゃんもハローワークも、情けないなぁ。ほんま見てておもろいわ」
伊達の事をハローワークと呼び始めて、もう随分たつ。
最初は烈火の如く怒っていた伊達だが、真島が止めないのでもう放置している。機嫌が悪い時は、まぁカチンとくるが。
「ようは桐生ちゃんがサンタの振りすればええだけやん。遥ちゃんが寝た頃、枕元にプレゼントを置く。それだけやん」
簡単簡単、とおでんをつつく真島に桐生は首を振る。
「俺も最初はそう思ってたんです。だけど…遥、サンタへの手紙を見せてくれないんですよ」
あの後、桐生は遥に手紙を書くよう勧めた。
しかし遥はうんと頷いたものの、書いた手紙を引き出しの奥…しかも鍵のかかる引き出しにしまってしまった。
そのせいで遥がサンタに何をお願いしたのか、桐生は知る事ができない。
「そら…桐生ちゃんを警戒しとんのやろなぁ?」
真島の言葉に、伊達も同意する。
「ありがちだな。信じられなくなりかける年頃になると、親から手紙を隠してサンタが本当にいるのか知ろうとする。もしお願いと違うプレゼントだったら…来年からサンタを信じなくなるぞ」
「責任重大やなぁ!桐生ちゃん!」
バシバシと背中を叩かれ、桐生は泣きたくなった。
言われなくても伊達の説明を聞いて、責任の重大さにおののいていたのに。
「子供の頃の思い出は、今後の人格形成に深く作用するってどっかの教育研究者が言ってたな」
「ああ、サンタなんかはいい例とちゃうか?遥ちゃんは純粋やからなぁ~v」
「桐生に対する信頼もかかってくるし」
「失敗したら嫌われたりするかもなぁ」
普段仲が悪いくせに、二人はタッグを組んで桐生を不安にさせる。
酒の味がいつも以上に苦く感じる桐生は、今日何度目になるか分からないため息をついた。
相談に来たのに、薄情な連中だ。
「もういい…自分で何とかする!」
「いいのか?なぁ、真島?」
「桐生ちゃんが頼むんやったら、ワシらも手ぇ貸すねんけどなぁ?」
にんまりと笑う二人に…桐生は財布の中を確認する。
断るという判断は、下せそうになかった。
「……今夜は奢れば、いいんだろ」
二人はにんまりとしたまま頷いた。
次の日、伊達は学校から帰ってきた遥を連れて映画を見に行った。
話題の映画で、遥も行きたがっていたため直ぐに承諾し、家には桐生だけが残る。
そして二人が出ていったところで、真島がやってきた。
「例のブツや。在庫があって良かったわ」
布にくるまれた何本もの細い棒に、桐生は苦笑いするしかなかった。
伊達がこの場にいれば、どれだけ激しい喧嘩が始まっただろう。
本物のピッキング道具を前にして、桐生は思った。
「入ってきたばっかの頃、おもろそうやからいろんな鍵相手に試してん。机程度の鍵やったら十秒で開けられんで」
自慢できた事ではないが…頼んだ以上、真島のやり方に従うほかない。
ずるい事は…自覚している。
自己嫌悪にさいなまれている間に、真島は鍵を開けてしまう。
本当に遊んだだけか…桐生はもう、何も考えないでおくことにした。
「ただいま~!あ、真島のおじさん来てたんだ!」
映画のパンフを抱えて帰ってきた遥は真島の姿を見つけると、蛇皮のジャケットにしがみつく。
下手をすると桐生以上になついて見える遥に、後ろから着いてきていた伊達は微妙な気持ちだ。
「帰ったぞ」
「ありがとうな、伊達さん。遥、映画は楽しかったか?」
「うん!ポップコーンとコーラも買って貰っちゃった」
映画代やパンフ代と合わせると、伊達に渡しておいた金より多い。
桐生は財布を出そうとしたが、伊達は男の甲斐性だと笑って受けとらなかった。
「遥ちゃ~ん、ほな今度はハローワークとやなしに、ワシと遊びに行こな。こないだオープンした温水プールはどや?」
「いいの!?やった~!」
はしゃいで真島にしがみつく遥を横目に、伊達は桐生に囁いた。
「あれは?」
「大丈夫だ」
「そうか」
手紙は…なんとか確認できた。
遥の欲しいものはクリスマスまでに手に入れる事ができる物だったし、できなくてもなんとかしてみせる。
「心配は…無いと思うよ」
クリスマス・イブの夜。
遥がサンタクロースの夢を見ているうちに。
偽者サンタが枕元にやってくる。
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