犬小屋への避難
キーボードを叩く音が気に入らないと、元真島組組員で真島建設の社員が社長に殴られた。
そんな、いつもの光景に…赤い違和感。
「あ~もう、止めなよ真島のおじさん」
赤いギンガムチェックのワンピースに白いカーディガンをはおった遥は、殴り飛ばされた社員をかばい、たしなめた。
社員は事務所に舞い降りた天使の背に隠れ、真島に頭を下げまくる。
「すんませんでした!!」
「ほら、本人も謝ってることだし」
現実としては社員が悪い要素は欠片もないのだが、それは真島組内のこと。
理不尽が常だ。
「…しゃあないな。遥ちゃんが言うから、特別やで?」
「良かったね、社員さん」
助かった社員は転がるように逃げていった。
真島はその様子に舌打ちすると、また事務所の来客用ソファに寝転がる。しっとりとした皮張りのソファは、堅苦しい社長用の机よりも居心地がよかった。
「遥ちゃ~ん、膝枕に戻ってや~」
手招きされて遥ははいはい、と真島の膝枕に戻る。
桐生がされていたのを見て真似してから、随分と気に入ってしまったらしい。桐生がいない時限定で遥に膝枕をねだる様になった。
遥の膝におさまった真島は安心しきった様子で息をつくと、テーブルに積まれたジャンプに手を伸ばす。
愛読雑誌であるそれは、半年分ほども事務所内に溜められていた。
「あ、次の号とって」
「ん」
国民的人気アニメの原作のところだけ読んでいる遥。
戦闘系列ばかり読んでいる真島。
真面目に働いている社員たちのなか、二人の姿は浮いている。
「なんか、最近この漫画つまらないよね」
「ああ、そいつやろ?心病んどるんやないかってくらい、暗い話描いとるよな」
「ねぇ?」
ジャンプタワーの横に用意された来客用高級菓子を口に放り込み、ついでに口を開けた真島にも入れてやる。
桐生ちゃんが見たら卒倒するやろうな…と真島は笑った。
「もうそろそろ五時やけど?」
「うん」
遥はジャンプから目をはなさない。
「門限五時やなかった?」
「…うん」
やっぱりジャンプから目をはなさないで頷く遥。
「桐生ちゃん心配するんとちゃう?」
「………」
何も言わなくなった遥に、真島は肩をすくめた。
おもむろに携帯を取りだし、遥に見せる。
「連絡したろか?」
「駄目!!」
それには直ぐに叫び、携帯を取り上げる。
遥が事務所にくるなんてよほど家にいたくない事情があるとは思っていたが、やはりそうかと真島は思った。
おおかた、桐生と喧嘩でもしたのか。
家に二人しかいないと気まずさは特に顕著で、思わず家を飛び出したという所だろう。
昔は自分もやったなぁ…と感慨にふけったり。
「だって桐生のおじさん酷いんだよ?友達の家に遊びに行っちゃだめだとか言うんだもん」
「桐生ちゃんが?」
育児にそんなに厳しい人間には見えない桐生だが、そんな一面があったのかと真島は驚く。
だが桐生は遥の意見を大事にする人間だし…と、ある仮説に思い当たった。
「二人で遊ぶ約束してた?男の子と」
「何で知ってるの?おじさんエスパー?」
目を見張って驚く遥に、真島は苦笑するしかない。
親馬鹿だ、あの男は。
「だからおじさんが謝るまで帰らない!真島のおじさん、今晩泊めて!」
「おお!ええで!そんかわり遥ちゃん、メシ作ってな?」
「ありがとう!じゃあ帰りにお買い物して帰らなきゃね。真島のおじさんの家、何もないから」
家に帰らなくてもいいことになって、遥は安心したようだった。
喜々としてジャンプタワーを整え始め、コートをはおる。
「行こ行こ!」
「ん、ちょっと待ってや」
遥からすっておいた携帯を背中で操作し送信して、にっこりと遥と手を繋いだ。
「お前ら、今日はもう閉店じゃ!帰ってええで!」
うっす!と、野太い声が事務所に響きわたった。
『桐生ちゃん、今夜は遥ちゃん預かるでぇ(*^o^*)いやん、明日から遥ちゃんワシのことあ・な・た・って呼ぶかも(≧ε▼)』
ヤバすぎるメールに、血相変えた桐生が真島の家に殴り込んでくるのは、それから三十分後のこと。
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