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初めての参観日

ひらり、と遥の机から舞い落ちたプリントを桐生はごく普通に拾い上げた。
宿題だったら無くしてはいけないし、お知らせプリントだったら遥がださないのは珍しいと…プリントに目を通す。

―授業参観のお知らせ―

機械的な文字に、桐生の思考が停止する。
まるで教科書に隠されるようにあったプリント。
遥は自分に見て欲しく無かったのだろう。
その事実に桐生は己の体がどんよりと重くなるのを感じた。

(そうか…遥は来て欲しくないのか…)

本当の娘、いやそれ以上に大切に思っている遥に信頼されていない。それどころか疎まれているかもしれない。
そう考えただけで、桐生は目眩を感じた。



「ああ!おじさん何してるの!?」


反射的にプリントを元の場所に戻し、動揺をおし殺す。

部屋の入り口には、髪から水滴を滴らせた遥がひどく焦ったように立っている。風呂からあがってすぐ、自分を見つけたのだろう。
そういえば、居間のボールペンのインクが切れていたので、遥の机に無かったか探しにきていたのだ。
最初の目的も忘れていたことに、桐生は頬をかいた。

「連絡帳書くのに、ボールペンが切れてたんだ。遥、ボールペン持ってるか?」

動揺しきっているはずなのに、声は上ずることなく吐きだされる。
遥はちらちらと机の上を見てから、素早くボールペンを桐生に渡すと強く背中を押して部屋から追い出しにかかった。

「何も、見てないよね!?」

「あ、ああ。見てないぞ」

「ほんと!?」

「本当だ」

嘘だけれど。
遥の必死の形相に頷くしかない。
遥は桐生の言葉に安堵すると、最後に一押し、桐生の背中を押して部屋から追い出す。

「気安く、レディの部屋に入っちゃ駄目なんだからね!」

ばたん、と閉められたドアは、明日の朝まで開かれることはなかった。


夜、堂島の龍と恐れられてきた男は憂鬱のあまりほとんど眠ることができなかった。
夢を見れば夢の中の遥は

『おじさんなんか大嫌い!』

と言うし、実際目を瞑るだけで嫌な想像がとまらなかった。
自分はいつからこんなにナイーブになってしまったのか。自分事ながら、笑えてくる。

「馬鹿か…俺ぁ…」

寝不足で重い体を起こし、あくびを一つ。
今から遥と顔を合わせるかと思うと、このまま寝ていたかった。





「おはよう、おじさん。ごはんできてるよ」

居間のに向かうと、いつも通りの遥がいた。
くまのプリントがされた、可愛らしいエプロン。
家庭科で作ったと自慢していたやつだ。

「あのね、おじさん」

「ん?なんだ?」

「明後日の日曜なんだけど…友達の家に遊びに行ってもいい?」

味噌汁の味が、一気に味気無いものにかわる。
日曜は、授業参観の日だ。

「ああ、いいぞ。別にいちいち許可とらなくてもいいんだぞ?」

「先生が出かける時は家の人に言いなさいって言ったから」

真面目だな、と桐生は笑った。




「で、俺の所に愚痴りに来たってわけか。ったく、遥みてぇなガキ相手に相変わらずだなぁ。おい」

顔をくしゃくしゃにした伊達は、おかしそうに膝を打った。
だが相談している桐生は笑い事ではない。こっちはいきなり九歳の娘ができたのだ。扱いはわからないし、嫌われているかも…なんてことになったら、心中穏やかではいられない。
そこの所は同じ、年頃の娘をもつ伊達だ。
桐生の気持ちは痛いほどわかるが、なにせ喧嘩最強の男がくよくよ悩んでいる。面白いという感情が勝っていた。

「けど、まぁ大丈夫だろ。遥も遥なりに事情があるのかも知れねぇじゃねぇか」

「遥ちゃんのお父さん、ヤクザ?……って聞かれる事とかか?」

「おいおい、今はカタギだろうが。すねんじゃねぇよ」

「悪いが、それしか思い浮かばねぇよ。未だにヤクザに間違われるんでね」

派手な柄ものの服ばかり着ているからだ、と言いたいのを伊達は辛うじて飲み込んだ。


「ならよぅ、行けばいいじゃねぇか」

伊達は面倒くさくなってきて、根本から覆す発言をする。

「黙っていきゃあ、遥が何で嫌がってんのか分かるだろ?」

「……伊達さん……それは……」

「よし!決まりだ。なんなら俺もついてってやるぜ。久しぶりだな、小学校なんかに行くのは」

楽しそうに手帳に予定を書き込む伊達に、桐生は慌てた。
後々、怒られるのは自分なのだから。

「で、でも学校に入るには入校証ってもんがいるんだぜ。遥が持ってる」

自分の思い付きに拍手したくなる。
最近じゃ防犯のため、入校証なるものが無ければ保護者であっても校内に入れないのだ。
そして、それは遥が隠しているお知らせプリントに付いていた。どうせもう捨ててしまっているだろう。

だが、伊達はいたずら小僧のような笑みで首を振った。

「ガキが親に見つかりたくないもんはなぁ、事が落ち着くまでテメェの陣地に持ってるもんなんだ。ごみ箱じゃあ見つかる可能性があるからな」

そういえば、小学生のころ、死ぬほど悪い点のテストは引き出しの中に隠して…年末の大掃除の日にごみと一緒に燃やしていた。

「遥もきっと、引き出しの奥か…辞書の間にでも挟んでるんじゃねぇか?」

「なら…この間買ってやった百科事典の間かもしれねぇ」

「決まりだな。行くぞ」

「本気かよ…」

「今更なんだ。ヤー公がうじうじしてんじゃねぇよ。遥の初めての参観日じゃねぇか?」

そのまま、伊達は桐生を引きずりながら高らかに笑った。





日曜の朝、遥はいつもより早く起きて朝食を作っていた。
挙動不審に桐生に微笑み、時計を気にする。

「おじさん、今日は予定ある?」

「ん?伊達さんと約束があるんだ。ちょっと帰りが遅くなるかもしれない」

あからさまにほっとする遥に、桐生は苦笑する。

「じゃあ私、もう行くね!友達との待ち合わせの時間に遅れちゃうから!」




玄関からダッシュするうに出かける遥を見送って、桐生はポケットから…昨日、伊達が見つけだした入校証を出す。

「悪いな…遥…」



クラクションの音に外へ出れば、よれたスーツにいつものコートの伊達が車から身を乗り出して手まねいていた。

「よお!そんなかっこしてると、少しはカタギに見えるじゃねぇか。馬子にも衣装だな!」

「伊達さん…褒め言葉になってねぇ」

「ああ、褒めてねぇ」

ひでぇ、と桐生は肩をすくめた。

昨日、伊達に言われて買った紺のスーツ。無難な配色のネクタイと合わせて着れば、たしかに少し違和感はあるものの、カタギの父親に見えなくもない。
落ち着かない気もするが、父兄参観の父親は大抵スーツ姿だそうだ。現役…とは言えないが、経験者がいると助かる。

「さて、行きますかねぇ?姫の父兄参観へ」






段の小さな階段。何度か足をとられそうになるその高さが、妙になつかしかった。

「遥は何組だ?」

「たしか…四組だったはずだ」

「たしかって、頼りねぇお父さんだな」

少し行くと、三年生のフロアについた。
すでに授業は始まっているようで、廊下や教室の後ろには父兄たちが我が子の様子を見つめている。

「ここか…お、いたいた」

四組の教室を覗き込み、伊達は桐生の脇腹を肘でつつく。
どうやら、国語の授業らしい。生徒の一人が立って、何かを読んでいる。


「はい、よくできました。素敵なお父さんですね」

担任らしき女性教員は手を叩き、生徒は座る。

「作文か。沙耶も昔書いてたな」

なつかしそうに微笑む伊達は、何故遥が桐生に来て欲しくなかったのかがわかった。自分も同じ事をされた事がある。
そして、その時もこんなふうに押し掛けたのだ。

「じゃあ…次は桐生遥さん」

「はい」

真ん中の席の遥が立って、作文を開く。
まだ、廊下の窓から桐生や伊達が覗いていることには気づいていない。

「桐生、ハンカチ用意しといたほうがいいぜ?」

「はぁ?」

いぶかしげに首を傾げるが、伊達は笑うだけだった。



「私の家族」



遥の、声を耳にする。

「桐生のおじさんは、とても無器用です。この間なんかご飯を炊くのに、間違って糊を作ってしまいました」

父兄の中から笑いが上がる。
もちろん伊達もその一人で、

「お前、そんなことしたのか?」

「…うるさいな」

遥の作文は続く。

「でも、何事も一生懸命にやります。私が宿題をするのにも教えてくれるし、お買い物だって一緒にいってくれます。それに喧嘩も強くて、とっても優しくてカッコいいおじさんです。私は桐生のおじさんが大好きです」



「ほら、嫌われてねぇじゃねぇか」

「……」

桐生は顔を赤くして頷いた。


「桐生のおじさんには仲のいい、伊達のおじさんという友達がいます」


自分の名前がでてきて、今度は伊達がうろたえる番だった。


「伊達のおじさんは元刑事さんで、桐生のおじさんみたいに一本気な人です。ヤクザ相手だと鬼みたいな人だけど、家に遊びにくる時は面白い人で、よく私たちを笑わせてくれます。桐生のおじさんが笑うくらいだから、なかなかのギャグセンスです」



「だそうだぜ?」

「……うっせ!」



「あと、伊達のおじさんとは仲が悪いけど真島のおじさんもよく遊びに来ます。怖い人だけど三人のなかで一番よく遊んでくれて、一番お菓子をくれます。桐生ちゃんには内緒やで、とか言ってゲームセンターとかバッティングセンターとかに連れてってくれる、友達みたいなおじさんです。」




「兄さん…いつの間に…」

「しっかり目ぇ、光らせとけよ」



「本当のお父さんはいないけど、私には三人も大大大好きなお父さんがいます。これからも皆で一緒ににいられるといいな、と思いました。」


おしまい、と遥は席につく。
父兄からの拍手がなんとも微妙だったのは、マル暴の刑事と、その仲が悪くて怖いおじさんのせいかもしれない。

だが、桐生と伊達は周りが気にならないほど感動していた。

「遥ー!俺も大好きだぞ!」

伊達のはしゃいだ声に、遥は飛びあがって驚いた。そして隣の桐生の姿に赤面する。

「おじさんたち!何で来てるの?!」

真っ赤になって怒りだす遥に、二人は苦笑ぎみに顔を見合わせた。

「だから来て欲しくなかったのにぃ!」




家族、そのカテゴリに自分たちはいるらしい。
桐生と伊達は嬉しくて、あとで真島にも作文を読ませてやろう…そんな寛大な気分で、同時に吹き出した。


遥の怒る声が、大きくなっていく…





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