せるばんてすじいちゃん
「サニーちゃんは大きくなったら何になりたいのかね?」
「大きくなったら?」
「そうだよ」
「・・・サニーはじゅっけつしゅうに・・・なるの・・・」
「・・・うーん・・・サニーちゃん、そうじゃなくってサニーちゃんが本当になりたいものだよ?私に、セルバンテスのおじ様に聞かせてくれないかね?」
「じゅっけつしゅうじゃなくても・・・いいの?」
「そんなつまんないものでなくていいのだよ、サニーちゃんが本当になりたいものだ」
「・・・あのね・・・お花やさん・・・パンやさん・・・サニーはどっちにするか悩んでるの」
「それならどっちにもなればいいと思うね、お花屋さんのパン屋さんだ、それがいい!」
「お花やさんのパンやさんってあるの?おじ様」
「もちろんあるよ、私が今作ったからね。サニーちゃんがなるといい」
「うん!サニーそうする!・・・でも・・・他にもなりたいものがあるの・・・」
「ほう、それはなんだい?」
「おじ様誰にもいわない?」
「言わないよ、秘密にするとも」
「ひみつよ?・・・サニーおよめさんにもなりたいの・・・」
「お嫁さん!いいね、素晴らしいじゃないか!」
「おじ様もサニーのけっこんしきに呼んであげる!」
「本当かい?そりゃあ楽しみだ。サニーちゃんのウエディングドレス姿はさぞ素敵だろうねぇ、それにお父さんがどんな顔して娘を嫁に出すのか見物だよ」
「パパが?」
「そうだよ?もしかしたら『サニーがお嫁に行って寂しいな~』ってハンカチ濡らしておいおい泣くかもしれない、そんな彼の顔を拝めるかもしれないと思うと今から・・・うふふふ、ワクワクするねぇ!」
「サニーがお嫁さんになったらぱぱはさびしいの?」
「ふふふ、寂しいと思うよ?・・・樊瑞も私もやっぱり寂しいかな、ははははは」
「じゃあ・・・サニーおよめさんにならない、ずっとパパといる・・・」
「おやおや・・・アルベルトが聞いたら何ていうやら。サニーちゃんがお嫁さんになると寂しいかもしれないけど、それ以上に嬉しいよ、私もそうだからきっとパパもそうだと思うけどね」
「じゃあおよめさんになってもいいの?」
「もちろんだとも!」
「サニーはおよめさんになってお花やさんのパンやさんにもなる!」
「ああ・・・もちろんだとも・・・・・・・・・」
「・・・?おじ様どうしたの?」
「ん?・・・・・どうもしないよ?サニーちゃんがいると楽しみがいっぱい増えて・・・・・嬉しいなぁと思ってね・・・・」
「ほんと?」
「ほんとうだよ、サニーちゃんがお花屋さんのパン屋さんになったら毎日サニーちゃんから綺麗な花をいっぱい買って部屋に飾って眺めていたいし、美味しいパンもいっぱい買って毎日毎日食べたいからね。そのうえサニーちゃんの花嫁姿とアルベルトの泣き顔が見れるかもしれないとなると今から楽しみで仕方が無いよ・・・・」
「それならサニーはおばあちゃんになってもお花やさんのパンやさんやる!それならずっとずっとおじ様もサニーも楽しいもの」
「うわっははははそりゃあいい!それなら私には楽しみがたくさんたくさん、そしてずっとある。私は長生きしたいねぇ、それこそアルベルトや他の連中から「いい加減にしろ」と言われるほどに・・・よぼよぼのお爺ちゃんになるまでに長生きしたい」
「じゃあおじ様は『せるばんてすのおじいちゃん』ね!」
「ははははは!そうだとも!私は『眩惑のせるばんてすじいちゃん』だ!」
END
「サニーちゃんは大きくなったら何になりたいのかね?」
「大きくなったら?」
「そうだよ」
「・・・サニーはじゅっけつしゅうに・・・なるの・・・」
「・・・うーん・・・サニーちゃん、そうじゃなくってサニーちゃんが本当になりたいものだよ?私に、セルバンテスのおじ様に聞かせてくれないかね?」
「じゅっけつしゅうじゃなくても・・・いいの?」
「そんなつまんないものでなくていいのだよ、サニーちゃんが本当になりたいものだ」
「・・・あのね・・・お花やさん・・・パンやさん・・・サニーはどっちにするか悩んでるの」
「それならどっちにもなればいいと思うね、お花屋さんのパン屋さんだ、それがいい!」
「お花やさんのパンやさんってあるの?おじ様」
「もちろんあるよ、私が今作ったからね。サニーちゃんがなるといい」
「うん!サニーそうする!・・・でも・・・他にもなりたいものがあるの・・・」
「ほう、それはなんだい?」
「おじ様誰にもいわない?」
「言わないよ、秘密にするとも」
「ひみつよ?・・・サニーおよめさんにもなりたいの・・・」
「お嫁さん!いいね、素晴らしいじゃないか!」
「おじ様もサニーのけっこんしきに呼んであげる!」
「本当かい?そりゃあ楽しみだ。サニーちゃんのウエディングドレス姿はさぞ素敵だろうねぇ、それにお父さんがどんな顔して娘を嫁に出すのか見物だよ」
「パパが?」
「そうだよ?もしかしたら『サニーがお嫁に行って寂しいな~』ってハンカチ濡らしておいおい泣くかもしれない、そんな彼の顔を拝めるかもしれないと思うと今から・・・うふふふ、ワクワクするねぇ!」
「サニーがお嫁さんになったらぱぱはさびしいの?」
「ふふふ、寂しいと思うよ?・・・樊瑞も私もやっぱり寂しいかな、ははははは」
「じゃあ・・・サニーおよめさんにならない、ずっとパパといる・・・」
「おやおや・・・アルベルトが聞いたら何ていうやら。サニーちゃんがお嫁さんになると寂しいかもしれないけど、それ以上に嬉しいよ、私もそうだからきっとパパもそうだと思うけどね」
「じゃあおよめさんになってもいいの?」
「もちろんだとも!」
「サニーはおよめさんになってお花やさんのパンやさんにもなる!」
「ああ・・・もちろんだとも・・・・・・・・・」
「・・・?おじ様どうしたの?」
「ん?・・・・・どうもしないよ?サニーちゃんがいると楽しみがいっぱい増えて・・・・・嬉しいなぁと思ってね・・・・」
「ほんと?」
「ほんとうだよ、サニーちゃんがお花屋さんのパン屋さんになったら毎日サニーちゃんから綺麗な花をいっぱい買って部屋に飾って眺めていたいし、美味しいパンもいっぱい買って毎日毎日食べたいからね。そのうえサニーちゃんの花嫁姿とアルベルトの泣き顔が見れるかもしれないとなると今から楽しみで仕方が無いよ・・・・」
「それならサニーはおばあちゃんになってもお花やさんのパンやさんやる!それならずっとずっとおじ様もサニーも楽しいもの」
「うわっははははそりゃあいい!それなら私には楽しみがたくさんたくさん、そしてずっとある。私は長生きしたいねぇ、それこそアルベルトや他の連中から「いい加減にしろ」と言われるほどに・・・よぼよぼのお爺ちゃんになるまでに長生きしたい」
「じゃあおじ様は『せるばんてすのおじいちゃん』ね!」
「ははははは!そうだとも!私は『眩惑のせるばんてすじいちゃん』だ!」
END
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carrot and my papa
まだ幼いサニーは普段はBF団本部の敷地内にある樊瑞の屋敷で暮らしており、彼が仕事でいない間は特に信頼のおける下級エージェントにその面倒を見させていた。しかし将来を考えて慣れされる意味でも仕事場であBF団本部内の樊瑞の執務室に連れてくる事もあった、今日は預けている下級エージェントが任務のためサニーは樊瑞の執務室にいた。
サニーは大人しく部屋の隅でうさぎのぬいぐるみと遊んでいる。
「ぱぱ!」
「・・・!」
樊瑞の執務室に訪れたアルベルトは居るはずのない娘の出現に思わず目を見開いた。
「おい樊瑞、サニーがなぜここにいる」
視界の端には久しぶりに見る娘の姿、前に見たのはいつだったか、もう半年以上も前かもしれない。記憶の中にある最後に見た娘より随分と背が伸びたように感じる。
「今日はな預ける者がおらんのだ、私もまだ幼いサニーをあまりここに連れてきたくないのは山々なのだが一人屋敷に置いておくにもいかぬだろう」
アルベルトは娘が自分の足に飛びつくのも無視して樊瑞に今回の作戦内容のファイルを渡す。昨晩アルベルトが徹夜して文書にまとめたものだった。
孔明の作戦内容は原則その作戦指揮者(作戦リーダー)と直属の配下にしか説明されない。しかし十傑による指揮のもとに行われる大規模作戦となると必ず定例会議にて十傑が揃っている場で説明が行われ、ある程度の認証があって初めて実行に移される。とうぜん作戦内容は大筋でしかなく、真意とやらは孔明の腹の中に収められているわけだが。
そして十傑による作戦を行う場合、リーダーである樊瑞に作戦指揮者が概要を文書にて提出するのが彼ら十人の慣わしとしていた。もっともレッドあたりはそんな慣わしを行ったためしは一度も無い。アルベルトも面倒には思ってはいたがまだ律儀な方だった。
「ふむ・・・今回はセルバンテスとの共同だったな・・・先日の定例会議でだいたいの内容は聞いたが十傑二人となるとかなりの大規模作戦だ、国際警察機構も必ず嗅ぎつけるだろう、慎重に事にあたれ」
「ふん、言われるまでも無い。慎重にいきたくとも孔明の作戦だ、せいぜい奴の手の中で踊ってやる」
頭にいる白面の策士はアルベルトに冷笑を向けている。
それをアルベルトはつまらなさそうに鼻で笑い返す。
「では私はもう行く、屋上で高速飛空挺と一緒にセルバンテスを待たせているからな」
しかしアルベルトの足が動かなかった。
サニーにいまだガッチリと両手で掴まれたままだったからだ。
「サニーその手を離せ」
「サニーきらいなにんじんたべたからぱぱといっしょにいいるの!」
「は・・・?おい、何を言っている?」
「実はな・・・サニーのにんじん嫌いを直そうと思ってな・・・その、なんだ・・・食べられればお前と一緒にいられるぞ?なんて言ってしまってな。でもそういったらサニーが食べたぞ?あれだけ嫌いだったにんじんをだ」
樊瑞は少し申しわけ無さそうにアルベルトに言うが、最後は何故か胸を張った。
「くだらんことで私を引き合いにだすな!私は忙しいのだ、おいサニー離せ」
「サニーはぱぱといるのー!」
「うるさいっ、いいから離せ」
アルベルトが足を動かし振り払おうとするが、サニーは今度はスーツを両手で握り締める。目に涙をため必死の抵抗を試みているようだった。
「これサニー、わがまま言うんじゃないパパはいまからお仕事だ」
「やー!!ぱぱといるの!いっしょにいるのー!ダメならサニーもおしごとにいくー!」
「馬鹿か!ええい離せ!」
樊瑞の言葉にもアルベルトの言葉にもまったく耳を貸さず、サニーはますますアルベルトのズボンを皺がつくほどに握り締める。
「おいアルベルト、急げ何をしているもう時間が無いぞ・・・ん?サニーちゃん?」
セルバンテスが執務室にやってきたが状況が飲み込めなくて目を丸くする。
「サニーきらいなにんじんちゃんとたべたもんー!いっぱいいっぱいがまんしたもんー!だからパパといるのー!」
業を煮やしたアルベルトはサニーの腕を掴んで無理に剥ぎ取り、執務室のソファに放り投げる。サニーは火が点いたように泣き出してしまった。顔をクシャクシャにしながらうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
アルベルトは樊瑞を赤い瞳で睨みつけた。樊瑞はすまなそうな表情をアルベルトにするものの放り投げられたサニーを宥めようと必死になっている。
その様子を見てセルバンテスは苦笑してしまう。
「おいおい、あまりサニーちゃんを乱暴に扱うんじゃないよアルベルト」
「うるさい!もう時間が無い急ぐぞ!」
アルベルトは振り向く事無く執務室を飛び出し、2人は高速飛空挺が待つ本部の屋上へと走った。
BF団の地球上で先端であり最新の技術で作られた飛空挺はほとんど音を立てることも無く滑らかに海面すれすれの距離を飛ぶ。
「私も一度でいいからああして引き止められたいものだね、いやはや君が羨ましい」
「・・・」
座席に2人横に並ぶアルベルトとセルバンテス。
「しかし珍しい・・・大人しいサニーちゃんがあんなに駄々こねるなんて」
「・・・」
「そういえばもう半年以上も会ってないそうじゃないか、サニーちゃんも寂しかったのとは違うかね?」
「・・・」
「嫌いなにんじんをがまんして食べた、それも君と一緒に居たいがために。いじらしいじゃぁないかアルベルト」
「・・・」
「・・・ズボンにだいぶ皺がついたねぇ」
「うるさい」
「はいはい」
アルベルトは少しだけズボンの皺に目を落す、しかし直に前を見据え今回の任務内容を頭の中で確認する。そして襟とネクタイを改めて正した。セルバンテスも浮かべていた笑みを潜めてゴーグルを装着する。飛空挺はまもなく戦場となる地に降り立とうとしていた。
半月後、作戦は無事成功を収め、BF団側の勝利に終わった。
BF団本部に帰還した二人はまず臨時に開いた孔明と作戦中で席を外している者を除く十傑数名による戦略会議にて結果報告を述べる。孔明も彼なりに至極満足な結果内容だったらしくいつになく饒舌で二人に賛辞を送った。
会議が終了しアルベルトは1人、BF団本部内の自分の執務室に戻った。あまり使うことの無い、そして居る時間の少ない自分の執務室。これまた使われることの少ない来客用のテーブルとソファ。壁には仕事に使う資料やファイルが並ぶ書棚、スーツをしまうクローゼット。執務室の主が使う大きなデスクに大きな革張りの椅子。必要最低限のものがあり、そして無駄なものがほとんど存在していない。
作戦時に着用したスーツをクローゼットに入れようとした。既にクリーニングされ戦場の名残も洗われ綺麗な姿となったスーツ。そしてズボンも折り目正しくプレスされ、手で触ってみても娘がつけた皺の跡は存在していない。
「・・・」
クローゼットの扉を閉め、自分の椅子に腰掛ける。久しぶりに座るその椅子は大きな身体のアルベルトをギシリと音を立てて支えた。
疲れていないはずなのに、何故か疲れたと思う。いつもならここで葉巻を吸うがそんな気になれない。椅子に身を任せ、天井を見上げてみる。そして左手を顔に当て、すこしさする。自分らしからぬ溜息が漏れそうだった。
しかし溜息が漏れる前に執務室のドアから小さいノックの音が聞こえた。顔に当てていた手を下げて、何ごとも無いように身を正す。
「入れ」
執務室のドアを開けたのはうさぎのぬいぐるみを抱きしめたサニーだった。
「サニー・・・?」
サニーは少しおどおどした様子でアルベルトの顔を覗った。そして執務室のドアを閉めるとその場で固まったように立っている。
「どうした、私に何か用か」
しかしサニーはその場から動こうとしない。アルベルトは椅子から立ち上がり側まで近寄った。俯いたサニーの口から何か言葉が漏れたようだが声が小さすぎて聞き取れない、アルベルトは膝をついて娘の言葉を聞き取ろうとした。
「ぱぱ、ごめんなさい」
「・・・・」
「サニーわがまま言って・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトは一度天井を見た。溜息は漏れることはなく、再び下に俯くサニーのを見た。
「サニー、昼は何が食べたい」
「・・・?」
「にんじんはまだ苦手か?」
サニーは俯いたまま小さく頷く。
「・・・にんじんはそのうさぎにでも食わせておけばいい」
「・・・ぱぱ・・・」
サニーは俯いていた顔を上げ、少し涙で滲んだアルベルトと同じ色の瞳をくりくりとさせる。アルベルトは笑ってはいないがいつもの眉間に皺が入った顔でもなかった。
「何が食べたい。昼はお前が食べたいものを一緒に食べるとしよう」
生まれて初めて言われた父親からの昼ご飯のお誘い。
サニーはたちまち満面の笑顔になって、元気良く答えた。
「サニーはぱぱが食べたいの食べたい!」
「ふん、ならば『旗がついたお子様ランチ』にするか」
アルベルトは久しぶりに声をあげて笑った。
END
まだ幼いサニーは普段はBF団本部の敷地内にある樊瑞の屋敷で暮らしており、彼が仕事でいない間は特に信頼のおける下級エージェントにその面倒を見させていた。しかし将来を考えて慣れされる意味でも仕事場であBF団本部内の樊瑞の執務室に連れてくる事もあった、今日は預けている下級エージェントが任務のためサニーは樊瑞の執務室にいた。
サニーは大人しく部屋の隅でうさぎのぬいぐるみと遊んでいる。
「ぱぱ!」
「・・・!」
樊瑞の執務室に訪れたアルベルトは居るはずのない娘の出現に思わず目を見開いた。
「おい樊瑞、サニーがなぜここにいる」
視界の端には久しぶりに見る娘の姿、前に見たのはいつだったか、もう半年以上も前かもしれない。記憶の中にある最後に見た娘より随分と背が伸びたように感じる。
「今日はな預ける者がおらんのだ、私もまだ幼いサニーをあまりここに連れてきたくないのは山々なのだが一人屋敷に置いておくにもいかぬだろう」
アルベルトは娘が自分の足に飛びつくのも無視して樊瑞に今回の作戦内容のファイルを渡す。昨晩アルベルトが徹夜して文書にまとめたものだった。
孔明の作戦内容は原則その作戦指揮者(作戦リーダー)と直属の配下にしか説明されない。しかし十傑による指揮のもとに行われる大規模作戦となると必ず定例会議にて十傑が揃っている場で説明が行われ、ある程度の認証があって初めて実行に移される。とうぜん作戦内容は大筋でしかなく、真意とやらは孔明の腹の中に収められているわけだが。
そして十傑による作戦を行う場合、リーダーである樊瑞に作戦指揮者が概要を文書にて提出するのが彼ら十人の慣わしとしていた。もっともレッドあたりはそんな慣わしを行ったためしは一度も無い。アルベルトも面倒には思ってはいたがまだ律儀な方だった。
「ふむ・・・今回はセルバンテスとの共同だったな・・・先日の定例会議でだいたいの内容は聞いたが十傑二人となるとかなりの大規模作戦だ、国際警察機構も必ず嗅ぎつけるだろう、慎重に事にあたれ」
「ふん、言われるまでも無い。慎重にいきたくとも孔明の作戦だ、せいぜい奴の手の中で踊ってやる」
頭にいる白面の策士はアルベルトに冷笑を向けている。
それをアルベルトはつまらなさそうに鼻で笑い返す。
「では私はもう行く、屋上で高速飛空挺と一緒にセルバンテスを待たせているからな」
しかしアルベルトの足が動かなかった。
サニーにいまだガッチリと両手で掴まれたままだったからだ。
「サニーその手を離せ」
「サニーきらいなにんじんたべたからぱぱといっしょにいいるの!」
「は・・・?おい、何を言っている?」
「実はな・・・サニーのにんじん嫌いを直そうと思ってな・・・その、なんだ・・・食べられればお前と一緒にいられるぞ?なんて言ってしまってな。でもそういったらサニーが食べたぞ?あれだけ嫌いだったにんじんをだ」
樊瑞は少し申しわけ無さそうにアルベルトに言うが、最後は何故か胸を張った。
「くだらんことで私を引き合いにだすな!私は忙しいのだ、おいサニー離せ」
「サニーはぱぱといるのー!」
「うるさいっ、いいから離せ」
アルベルトが足を動かし振り払おうとするが、サニーは今度はスーツを両手で握り締める。目に涙をため必死の抵抗を試みているようだった。
「これサニー、わがまま言うんじゃないパパはいまからお仕事だ」
「やー!!ぱぱといるの!いっしょにいるのー!ダメならサニーもおしごとにいくー!」
「馬鹿か!ええい離せ!」
樊瑞の言葉にもアルベルトの言葉にもまったく耳を貸さず、サニーはますますアルベルトのズボンを皺がつくほどに握り締める。
「おいアルベルト、急げ何をしているもう時間が無いぞ・・・ん?サニーちゃん?」
セルバンテスが執務室にやってきたが状況が飲み込めなくて目を丸くする。
「サニーきらいなにんじんちゃんとたべたもんー!いっぱいいっぱいがまんしたもんー!だからパパといるのー!」
業を煮やしたアルベルトはサニーの腕を掴んで無理に剥ぎ取り、執務室のソファに放り投げる。サニーは火が点いたように泣き出してしまった。顔をクシャクシャにしながらうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
アルベルトは樊瑞を赤い瞳で睨みつけた。樊瑞はすまなそうな表情をアルベルトにするものの放り投げられたサニーを宥めようと必死になっている。
その様子を見てセルバンテスは苦笑してしまう。
「おいおい、あまりサニーちゃんを乱暴に扱うんじゃないよアルベルト」
「うるさい!もう時間が無い急ぐぞ!」
アルベルトは振り向く事無く執務室を飛び出し、2人は高速飛空挺が待つ本部の屋上へと走った。
BF団の地球上で先端であり最新の技術で作られた飛空挺はほとんど音を立てることも無く滑らかに海面すれすれの距離を飛ぶ。
「私も一度でいいからああして引き止められたいものだね、いやはや君が羨ましい」
「・・・」
座席に2人横に並ぶアルベルトとセルバンテス。
「しかし珍しい・・・大人しいサニーちゃんがあんなに駄々こねるなんて」
「・・・」
「そういえばもう半年以上も会ってないそうじゃないか、サニーちゃんも寂しかったのとは違うかね?」
「・・・」
「嫌いなにんじんをがまんして食べた、それも君と一緒に居たいがために。いじらしいじゃぁないかアルベルト」
「・・・」
「・・・ズボンにだいぶ皺がついたねぇ」
「うるさい」
「はいはい」
アルベルトは少しだけズボンの皺に目を落す、しかし直に前を見据え今回の任務内容を頭の中で確認する。そして襟とネクタイを改めて正した。セルバンテスも浮かべていた笑みを潜めてゴーグルを装着する。飛空挺はまもなく戦場となる地に降り立とうとしていた。
半月後、作戦は無事成功を収め、BF団側の勝利に終わった。
BF団本部に帰還した二人はまず臨時に開いた孔明と作戦中で席を外している者を除く十傑数名による戦略会議にて結果報告を述べる。孔明も彼なりに至極満足な結果内容だったらしくいつになく饒舌で二人に賛辞を送った。
会議が終了しアルベルトは1人、BF団本部内の自分の執務室に戻った。あまり使うことの無い、そして居る時間の少ない自分の執務室。これまた使われることの少ない来客用のテーブルとソファ。壁には仕事に使う資料やファイルが並ぶ書棚、スーツをしまうクローゼット。執務室の主が使う大きなデスクに大きな革張りの椅子。必要最低限のものがあり、そして無駄なものがほとんど存在していない。
作戦時に着用したスーツをクローゼットに入れようとした。既にクリーニングされ戦場の名残も洗われ綺麗な姿となったスーツ。そしてズボンも折り目正しくプレスされ、手で触ってみても娘がつけた皺の跡は存在していない。
「・・・」
クローゼットの扉を閉め、自分の椅子に腰掛ける。久しぶりに座るその椅子は大きな身体のアルベルトをギシリと音を立てて支えた。
疲れていないはずなのに、何故か疲れたと思う。いつもならここで葉巻を吸うがそんな気になれない。椅子に身を任せ、天井を見上げてみる。そして左手を顔に当て、すこしさする。自分らしからぬ溜息が漏れそうだった。
しかし溜息が漏れる前に執務室のドアから小さいノックの音が聞こえた。顔に当てていた手を下げて、何ごとも無いように身を正す。
「入れ」
執務室のドアを開けたのはうさぎのぬいぐるみを抱きしめたサニーだった。
「サニー・・・?」
サニーは少しおどおどした様子でアルベルトの顔を覗った。そして執務室のドアを閉めるとその場で固まったように立っている。
「どうした、私に何か用か」
しかしサニーはその場から動こうとしない。アルベルトは椅子から立ち上がり側まで近寄った。俯いたサニーの口から何か言葉が漏れたようだが声が小さすぎて聞き取れない、アルベルトは膝をついて娘の言葉を聞き取ろうとした。
「ぱぱ、ごめんなさい」
「・・・・」
「サニーわがまま言って・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトは一度天井を見た。溜息は漏れることはなく、再び下に俯くサニーのを見た。
「サニー、昼は何が食べたい」
「・・・?」
「にんじんはまだ苦手か?」
サニーは俯いたまま小さく頷く。
「・・・にんじんはそのうさぎにでも食わせておけばいい」
「・・・ぱぱ・・・」
サニーは俯いていた顔を上げ、少し涙で滲んだアルベルトと同じ色の瞳をくりくりとさせる。アルベルトは笑ってはいないがいつもの眉間に皺が入った顔でもなかった。
「何が食べたい。昼はお前が食べたいものを一緒に食べるとしよう」
生まれて初めて言われた父親からの昼ご飯のお誘い。
サニーはたちまち満面の笑顔になって、元気良く答えた。
「サニーはぱぱが食べたいの食べたい!」
「ふん、ならば『旗がついたお子様ランチ』にするか」
アルベルトは久しぶりに声をあげて笑った。
END
嵐の夜に
冬が近づき秋が終わる頃。
しかしその夜は冷え込み、身を刺すような寒さだった。
そして嵐のような雨が突如降りだした。
来訪者は私の屋敷に突然やって来た。
一人、白い息を吐き、肩にかけた黒く長いコートをぐっしょりと濡らして。
私は意外な相手とその姿に驚いたがとりあえず私の書斎に招き入れた。
まずその頭と身体を拭けと言ってタオルを手渡そうとした。
しかしそれよりも先に濡れたコートの中から固まりを取り出し私に言う。
「私の娘だ、預かって欲しい」
その固まりはまだ乳飲み子、自分の指を吸ったまま来訪者と同じ赤い瞳を私に向けた。
私には妻もいなければ子はいない。
おそらく一生独りでありつづけ、我が血を分けた子をもうけることも己の手に抱く事も無いだろう。自分だけではない、私が知っている者のほとんどがそうだ。
堕ちた人間が行き着く先のその先の先であるこの組織に身を置きボスであるビッグ・ファイアに忠誠と命を捧げ、世に不条理を問い我が手で血の鉄槌を下す。そう、ボスのご意志であれば迷う事無くあらゆる命を刈り取る者がましてや子どもなど。考えもつかない。
だいたい子を為すというのは親が子に何かを託したり遺したりすることと同じではないのだろうか。我々には託す勇気も遺す権利も無ければ、その『何か』すら無いではないか。
それはこの男とて同じ、誰よりも本人がよく知っているはず。
戦いに嬉々として身を投じて天災のような力を振るい、自身を誇示する男だ。
ボスにはやはり絶対の忠誠を誓ってはいるが自分に生きて自分に死ぬ、私からすればうらやむほどに勝手な男だからだ。
とは言え自分も一度世俗を捨てた身であるにも関わらず、ここにいる。
そう思えば勝手な男であるには変わりは無いのかもしれないが。
しかし現実私の目の前でこの男は自分の娘だといって乳飲み子を抱えている。
考えても仕方が無い事だが正直この男に妻がいて子がいたのは驚きだ。
少なくとも自分の中でのイメージからは随分とかけ離れている。
そしてその男は妻が死んで我が子を私に預けると言う。
この近くは無いが遠くも無い自分に。
「なぜ私に預ける、お主の子だろう」
この当然な私の問いに答えてはくれなかった。
ただ一言。
「頼む」
人にものを頼むような男ではないからこの一言だけでその意味する深さは知れる。
この男は自分でも子どもを慈しめる人間でもなければ育むこともできないとわかっているのだろうか。しかしだからこそ何故妻がいて、子がいる。
勝手な男の産物をこの勝手な男に預けるのか。
勝手極まりない。だが勝手極まりないはずなのに子どもをどこかに捨て去るか消しはしなかった。世の中にはそんなことは日常的にありふれているのにこの男はそれをしなかった。
何も言えないでいる私に男が差し出されたそれは余りにも小さい身体と小さい命。
手にした事の無い、一生手にする事の無いはずのそれを、私は手にした。
男の沈黙と、自分の戸惑いと、子どもの体温。
どうすることもできないでいる私に、その子は笑ってくれた。
私は・・・
それが何なのかはわからない。
単純にこの子を愛しみたい気持ちなのか、それとも自分で知らず求めていたものを手にしたからなのか、ただの衝動だったのか、何なのかはわからない。
わからないが預かろうと思った。
ただ
「預かる」と口にして答えるのに躊躇った。
もちろんこの男の子ども、他人の子どもということもある。それなりの覚悟も必要だ。
しかしそれ以上に躊躇わせたのは手にあるこの子が、私にはとても大切にコートにしまわれていたように思えたからだ。
「おじ様?どうなされたのですか?」
サニーは先ほどから椅子に座った樊瑞がコーヒーのカップを両手に持ったまま、飲もうともせず固まったように黒い液体を眺めているのをいぶかしんだ。
自分の問いにも反応しない樊瑞をサニーは覗き込む。樊瑞もそこでようやく気づいたらしく視線を合わせてきた。そして少し遠くを見るような目でサニーを見つめる。
「サニー・・・・・寒くは無いか?濡れてはないか?」
「・・・え?」
今日は良く晴れている、部屋に漏れる柔らかく温かい日差しは春のそれだった。
午後のお茶が終われば中庭へ出て散歩をしたくなる、そんな陽気。
自分は寒くも無ければ、濡れてもいない。
サニーは問いの意味がわからない。
しかし樊瑞は真っ直ぐと自分を見つめてその答えを待っている。
「はい」
意味はわからなかったがサニーもまっすぐ樊瑞の目を見て答えた。
「そうか、それならいいんだ・・・」
「おじ様?」
樊瑞は両手にあったコーヒーカップをテーブルに置いてサニーをマントで包むようにゆるく抱きしめた。コーヒーの香りと懐かしさを感じる香りにサニーは安心する。
「預かる」と口にして答えるのに躊躇った。
もちろんこの男の子ども、他人の子どもということもある。それなりの覚悟も必要だ。
しかしそれ以上に躊躇わせたのは手にあるこの子が、私にはとても大切にコートにしまわれていたように思えたからだ。
あれだけ身を刺すような寒さであったにも関わらず、ずぶ濡れになるほどの雨だったにも関わらず、男から受け取ったサニーは、とても温かく一つも濡れてはいなかった。
それが何を証明するか、同じく勝手な男でもある自分でも、わかる。
ならば私も凍えさせるわけにも、濡らすわけにもいかない。
私は「預かる」とハッキリ男に言った。
そしてこの子と一緒にその証明を受け取った。
「それなら、いいんだ・・・・」
ならば私も凍えさせるわけにも、濡らすわけにもいかない。
それが身体を凍てつかせる寒さでなくとも、身に叩きつける雨でなくとも。
END
冬が近づき秋が終わる頃。
しかしその夜は冷え込み、身を刺すような寒さだった。
そして嵐のような雨が突如降りだした。
来訪者は私の屋敷に突然やって来た。
一人、白い息を吐き、肩にかけた黒く長いコートをぐっしょりと濡らして。
私は意外な相手とその姿に驚いたがとりあえず私の書斎に招き入れた。
まずその頭と身体を拭けと言ってタオルを手渡そうとした。
しかしそれよりも先に濡れたコートの中から固まりを取り出し私に言う。
「私の娘だ、預かって欲しい」
その固まりはまだ乳飲み子、自分の指を吸ったまま来訪者と同じ赤い瞳を私に向けた。
私には妻もいなければ子はいない。
おそらく一生独りでありつづけ、我が血を分けた子をもうけることも己の手に抱く事も無いだろう。自分だけではない、私が知っている者のほとんどがそうだ。
堕ちた人間が行き着く先のその先の先であるこの組織に身を置きボスであるビッグ・ファイアに忠誠と命を捧げ、世に不条理を問い我が手で血の鉄槌を下す。そう、ボスのご意志であれば迷う事無くあらゆる命を刈り取る者がましてや子どもなど。考えもつかない。
だいたい子を為すというのは親が子に何かを託したり遺したりすることと同じではないのだろうか。我々には託す勇気も遺す権利も無ければ、その『何か』すら無いではないか。
それはこの男とて同じ、誰よりも本人がよく知っているはず。
戦いに嬉々として身を投じて天災のような力を振るい、自身を誇示する男だ。
ボスにはやはり絶対の忠誠を誓ってはいるが自分に生きて自分に死ぬ、私からすればうらやむほどに勝手な男だからだ。
とは言え自分も一度世俗を捨てた身であるにも関わらず、ここにいる。
そう思えば勝手な男であるには変わりは無いのかもしれないが。
しかし現実私の目の前でこの男は自分の娘だといって乳飲み子を抱えている。
考えても仕方が無い事だが正直この男に妻がいて子がいたのは驚きだ。
少なくとも自分の中でのイメージからは随分とかけ離れている。
そしてその男は妻が死んで我が子を私に預けると言う。
この近くは無いが遠くも無い自分に。
「なぜ私に預ける、お主の子だろう」
この当然な私の問いに答えてはくれなかった。
ただ一言。
「頼む」
人にものを頼むような男ではないからこの一言だけでその意味する深さは知れる。
この男は自分でも子どもを慈しめる人間でもなければ育むこともできないとわかっているのだろうか。しかしだからこそ何故妻がいて、子がいる。
勝手な男の産物をこの勝手な男に預けるのか。
勝手極まりない。だが勝手極まりないはずなのに子どもをどこかに捨て去るか消しはしなかった。世の中にはそんなことは日常的にありふれているのにこの男はそれをしなかった。
何も言えないでいる私に男が差し出されたそれは余りにも小さい身体と小さい命。
手にした事の無い、一生手にする事の無いはずのそれを、私は手にした。
男の沈黙と、自分の戸惑いと、子どもの体温。
どうすることもできないでいる私に、その子は笑ってくれた。
私は・・・
それが何なのかはわからない。
単純にこの子を愛しみたい気持ちなのか、それとも自分で知らず求めていたものを手にしたからなのか、ただの衝動だったのか、何なのかはわからない。
わからないが預かろうと思った。
ただ
「預かる」と口にして答えるのに躊躇った。
もちろんこの男の子ども、他人の子どもということもある。それなりの覚悟も必要だ。
しかしそれ以上に躊躇わせたのは手にあるこの子が、私にはとても大切にコートにしまわれていたように思えたからだ。
「おじ様?どうなされたのですか?」
サニーは先ほどから椅子に座った樊瑞がコーヒーのカップを両手に持ったまま、飲もうともせず固まったように黒い液体を眺めているのをいぶかしんだ。
自分の問いにも反応しない樊瑞をサニーは覗き込む。樊瑞もそこでようやく気づいたらしく視線を合わせてきた。そして少し遠くを見るような目でサニーを見つめる。
「サニー・・・・・寒くは無いか?濡れてはないか?」
「・・・え?」
今日は良く晴れている、部屋に漏れる柔らかく温かい日差しは春のそれだった。
午後のお茶が終われば中庭へ出て散歩をしたくなる、そんな陽気。
自分は寒くも無ければ、濡れてもいない。
サニーは問いの意味がわからない。
しかし樊瑞は真っ直ぐと自分を見つめてその答えを待っている。
「はい」
意味はわからなかったがサニーもまっすぐ樊瑞の目を見て答えた。
「そうか、それならいいんだ・・・」
「おじ様?」
樊瑞は両手にあったコーヒーカップをテーブルに置いてサニーをマントで包むようにゆるく抱きしめた。コーヒーの香りと懐かしさを感じる香りにサニーは安心する。
「預かる」と口にして答えるのに躊躇った。
もちろんこの男の子ども、他人の子どもということもある。それなりの覚悟も必要だ。
しかしそれ以上に躊躇わせたのは手にあるこの子が、私にはとても大切にコートにしまわれていたように思えたからだ。
あれだけ身を刺すような寒さであったにも関わらず、ずぶ濡れになるほどの雨だったにも関わらず、男から受け取ったサニーは、とても温かく一つも濡れてはいなかった。
それが何を証明するか、同じく勝手な男でもある自分でも、わかる。
ならば私も凍えさせるわけにも、濡らすわけにもいかない。
私は「預かる」とハッキリ男に言った。
そしてこの子と一緒にその証明を受け取った。
「それなら、いいんだ・・・・」
ならば私も凍えさせるわけにも、濡らすわけにもいかない。
それが身体を凍てつかせる寒さでなくとも、身に叩きつける雨でなくとも。
END
最強のセルバンテス
その日、BF団本部内でのセルバンテスの活躍は凄まじかった。
なんせ十傑を片っ端から千切っては投げの獅子奮迅の働き。
最初の被害者は幽鬼とカワラザキだった。
中庭を臨める大回廊の休憩所のソファに2人腰掛けていたら、そこに真っ白いクフィーヤを翻したセルバンテスが笑いながら現れて、しかもいきなり攻撃を仕掛けてきたのだ。
2人とも最初は鼻で笑うような攻撃を面白げに眺めていたがセルバンテスは尚も食い下がり自分たちに挑みかかってくる。執ような攻撃の前に2人はお互いに敗北を感じ取って胸に手を当てテーブルの上にうずくまった。
「うう・・・さすがは眩惑の、我等の負けだ」
うめくカワラザキを見てセルバンテスは勝利の笑みを浮かべる。
そして次の獲物を捜し求めた。
ヒィッツカラルドが執務室から出てきたのを見て真っ先に攻撃の矛先を向けた。ヒィッツカラルドは白眼を広げ、セルバンテスからのいきなりの強襲に驚きを隠せないようだった。しかし彼はすぐに両手を上げ『最強の指』を放り投げて眩惑の前に降参を願い出る。速やかに降参した方が得策だと彼なりに考えたらしい。
「参ったよ、適わない」
セルバンテスは寛大な心を見せ、笑うヒィッツカラルドの降参を受け入れた。
セルバンテスは再び胸を張り、十常寺の執務室のドアをノックした。攻撃を仕掛けるのにドアを蹴破る事無くわざわざノックというところから眩惑のセルバンテスの余裕が覗える。十常寺もやはり入ってきたセルバンテスの有無も言わさぬ攻撃に目を見開いた。しかし彼は鐘を手に取るとそれを鳴らし執務室にあるたくさんの古文書に命を吹き込み躍らせ眩惑の強襲に対抗した。セルバンテスも嬉々としてその古文書に手をかざし応戦する。
「汝が十傑の中の十傑なり」
十傑一の頭脳を誇る彼をしても万策尽きたのかデスクに突っ伏した。死闘の末ついにセルバンテスは勝利し先ほどまでの敵に微笑み返す。
新たな戦いを求めて中庭へ行く途中、怒鬼と血風連の集団に出くわした。彼は逃さぬとばかりにクフィーヤを広げるとゴーグルを目にかけ腰に手を当てる。自信に満ち溢れたその姿に血風連はどよめきたち、全員が身を構えた。しかしセルバンテスに両手をかざされた途端、手から見えない力を感じ取って全員がドミノのように倒れていった。怒鬼もまたその攻撃を目の当たりにして適わぬと悟ったのか小さく笑うと膝を折って彼の軍門に下った。
ゴーグルを取り、セルバンテスは笑いそれに満足した。
レッドが中庭の木の上で寝そべっていると、連戦連勝のセルバンテスが意気揚揚と下を通り過ぎようとしている。彼がそれを逃すわけはない。完膚なきまでに叩き潰す、そんな不敵な笑みを浮かべてセルバンテスの前に立ちはだかった。かつて無い強敵、セルバンテスもそう察したのか思わずあとずさる。しかし今までの十傑たちを倒してきたように思い切ってレッドに手をかざした。
「ふん」
レッドは鼻を鳴らして撤退した。セルバンテスの勝利だった。
最強の敵を退け一息ついて安堵する。
次に彼は自分の盟友を探した。この向う所敵なしの勇姿を彼に褒め称えて欲しかったからだ。しかし、残念ながら任務中らしく本部内にはいなかった。寂しげに誰もいないアルベルトの執務室を眺めていたが、諦めてドアを閉めた。そして樊瑞の執務室も襲ったがやはり任務中のためいなかった。混世魔王は彼にとっては好敵手となる相手だったのに・・・。
とぼとぼと本部内の大回廊を歩いているセルバンテスを見つけたのは残月だった。
彼はその姿に驚いたようだが目が合ったのが運のつき、早速セルバンテスから有無を言わせぬ攻撃を受けた。残月は思わずたじろぐ、広げたセルバンテスの手から今までに無い強力な力を感じるからだ。そして周囲に誰もいないのを確認して彼は胸に手を当てうめくように初めての敗北宣言をした。
「この私が敗れるとは、無念」
そしてニッコリ微笑む。セルバンテスもまたニッコリ微笑んだ。
「さて、眩惑の、少々お疲れかとお見受けする。どうかな私の部屋でゆるりとお茶でも、お主が好きなチョコが付いたクッキーくらいなら出せると思うが」
残月の申し出に最強のセルバンテスは赤い瞳を輝かせて頷いた。
幾多の十傑をなぎ倒してきたがチョコが付いたクッキーに負けたのだ。
「そして、次は私の覆面を被ってはいかがかな?」
残月はひきずられて裾が黒くなったクフィーヤごと小さなセルバンテスを抱え上げる。
赤い瞳を覗き込み小さな「最強の残月」を想像して笑った。
END
その日、BF団本部内でのセルバンテスの活躍は凄まじかった。
なんせ十傑を片っ端から千切っては投げの獅子奮迅の働き。
最初の被害者は幽鬼とカワラザキだった。
中庭を臨める大回廊の休憩所のソファに2人腰掛けていたら、そこに真っ白いクフィーヤを翻したセルバンテスが笑いながら現れて、しかもいきなり攻撃を仕掛けてきたのだ。
2人とも最初は鼻で笑うような攻撃を面白げに眺めていたがセルバンテスは尚も食い下がり自分たちに挑みかかってくる。執ような攻撃の前に2人はお互いに敗北を感じ取って胸に手を当てテーブルの上にうずくまった。
「うう・・・さすがは眩惑の、我等の負けだ」
うめくカワラザキを見てセルバンテスは勝利の笑みを浮かべる。
そして次の獲物を捜し求めた。
ヒィッツカラルドが執務室から出てきたのを見て真っ先に攻撃の矛先を向けた。ヒィッツカラルドは白眼を広げ、セルバンテスからのいきなりの強襲に驚きを隠せないようだった。しかし彼はすぐに両手を上げ『最強の指』を放り投げて眩惑の前に降参を願い出る。速やかに降参した方が得策だと彼なりに考えたらしい。
「参ったよ、適わない」
セルバンテスは寛大な心を見せ、笑うヒィッツカラルドの降参を受け入れた。
セルバンテスは再び胸を張り、十常寺の執務室のドアをノックした。攻撃を仕掛けるのにドアを蹴破る事無くわざわざノックというところから眩惑のセルバンテスの余裕が覗える。十常寺もやはり入ってきたセルバンテスの有無も言わさぬ攻撃に目を見開いた。しかし彼は鐘を手に取るとそれを鳴らし執務室にあるたくさんの古文書に命を吹き込み躍らせ眩惑の強襲に対抗した。セルバンテスも嬉々としてその古文書に手をかざし応戦する。
「汝が十傑の中の十傑なり」
十傑一の頭脳を誇る彼をしても万策尽きたのかデスクに突っ伏した。死闘の末ついにセルバンテスは勝利し先ほどまでの敵に微笑み返す。
新たな戦いを求めて中庭へ行く途中、怒鬼と血風連の集団に出くわした。彼は逃さぬとばかりにクフィーヤを広げるとゴーグルを目にかけ腰に手を当てる。自信に満ち溢れたその姿に血風連はどよめきたち、全員が身を構えた。しかしセルバンテスに両手をかざされた途端、手から見えない力を感じ取って全員がドミノのように倒れていった。怒鬼もまたその攻撃を目の当たりにして適わぬと悟ったのか小さく笑うと膝を折って彼の軍門に下った。
ゴーグルを取り、セルバンテスは笑いそれに満足した。
レッドが中庭の木の上で寝そべっていると、連戦連勝のセルバンテスが意気揚揚と下を通り過ぎようとしている。彼がそれを逃すわけはない。完膚なきまでに叩き潰す、そんな不敵な笑みを浮かべてセルバンテスの前に立ちはだかった。かつて無い強敵、セルバンテスもそう察したのか思わずあとずさる。しかし今までの十傑たちを倒してきたように思い切ってレッドに手をかざした。
「ふん」
レッドは鼻を鳴らして撤退した。セルバンテスの勝利だった。
最強の敵を退け一息ついて安堵する。
次に彼は自分の盟友を探した。この向う所敵なしの勇姿を彼に褒め称えて欲しかったからだ。しかし、残念ながら任務中らしく本部内にはいなかった。寂しげに誰もいないアルベルトの執務室を眺めていたが、諦めてドアを閉めた。そして樊瑞の執務室も襲ったがやはり任務中のためいなかった。混世魔王は彼にとっては好敵手となる相手だったのに・・・。
とぼとぼと本部内の大回廊を歩いているセルバンテスを見つけたのは残月だった。
彼はその姿に驚いたようだが目が合ったのが運のつき、早速セルバンテスから有無を言わせぬ攻撃を受けた。残月は思わずたじろぐ、広げたセルバンテスの手から今までに無い強力な力を感じるからだ。そして周囲に誰もいないのを確認して彼は胸に手を当てうめくように初めての敗北宣言をした。
「この私が敗れるとは、無念」
そしてニッコリ微笑む。セルバンテスもまたニッコリ微笑んだ。
「さて、眩惑の、少々お疲れかとお見受けする。どうかな私の部屋でゆるりとお茶でも、お主が好きなチョコが付いたクッキーくらいなら出せると思うが」
残月の申し出に最強のセルバンテスは赤い瞳を輝かせて頷いた。
幾多の十傑をなぎ倒してきたがチョコが付いたクッキーに負けたのだ。
「そして、次は私の覆面を被ってはいかがかな?」
残月はひきずられて裾が黒くなったクフィーヤごと小さなセルバンテスを抱え上げる。
赤い瞳を覗き込み小さな「最強の残月」を想像して笑った。
END
地球上のどこかに存在するBF団本部。
ヒィッツカラルドは温度が一定に保たれた温室内にいた。
様ざまな甘い果実の匂いと色を楽しみながら温室内を歩き、抜けた先にある彼が所有するワインセラーへと向う。
バベルの塔を中心とする本部の敷地は非常に広大で、組織の様ざまな施設がありまた幹部の私邸や別邸も隣接されている。バベルの塔内部の本部施設にもいくつかに分かれた中庭があるが外の敷地にも庭園とよべる場所があり、温室施設もある。そこでは最新かつ先端技術でもって四季折々の植物、野菜、果実が栽培されバイオ実験や遺伝子操作実験などに使われることもあるが多くの団員を抱えるBF団本部の食料にもなっている。
そういった目的以外の温室も存在する。個人所有の温室。それは単なる観賞用であったり、趣味で果実を収穫後はワインやジャムなどに加工を目的とした栽培用だったり。しかしそういったことは一部のA級以上のエージェント、もしくは幹部にしか許されてはいない。
十傑集の面々も何人か温室を所有している。
やはり趣味とする者がいるからだった。
「ふーん、相変わらず丁寧に育てているな」
ヒィッツカラルドは目の前にある丸々と太った無花果(いちじく)をなで、その白い目を細める。無花果酒も悪くないか、とひとりごちながらまた歩みを進めた。
ちなみに彼も所有する一人ではあったが彼が今歩いているのは幽鬼の温室。自分が所有するワインセラーへ行く途中、他の十傑たちが管理する温室の視察といった具合だった。そして彼が温室を持つ目的はただ一つ、目がないワインや酒類のため。
温室の中ほどに来た所で人の気配を感じ、ふと足を止める。
「幽鬼か?奴は今アルゼンチン支部で作戦中だったと思うが・・・」
管理を手伝っている下級エージェントというわけでも無かった。気配する方へ見やれば少し離れた先の大きな林檎の木の上で木陰から赤いスカートが見え隠れしてた。
「あれは・・・」
気づいた時にはその赤いスカートが木から落ちようとしていた。
咄嗟に疾風と化して小さい体を二つ腕に受け止める。
「おや、スカートはいたお嬢ちゃんが木登りとは、これは勇ましい」
「あ・・・ヒィッツカラルド様、ありがとうございます・・・」
突然の事で赤い瞳を丸くしていたが、我に気づいて恥かしそうにスカートを押さえ、ヒィッツカラルドの腕からサニーは降りた。
「あの・・・ごめんなさい・・・」
サニーが気まずそうに地面を見る、そこには林檎が一つ転がっていた。
「ん?もしかしてここの林檎を食べようとしたのか?」
綺麗に赤く色づいた林檎、今が一番美味しい時だとよくわかる色だ。
サニーは悪い事だとわかっているらしく俯いて小さく頷いた。
「ふふ、私は別に構わないけどな、第一ここは私のじゃない幽鬼の温室だ。だがあれが気づいたらうるさいだろうよ、なんせ我等の中でも一番熱心な温室守だからな。お嬢ちゃんでも覚悟した方がいいんじゃあないかい」
彼なりのささやかな意地悪で脅しを含んだ口調で囁きかけてみる。
もっとも幽鬼がこの程度のことでとやかく言うことは無いのを知った上でだが。
「ごめんなさい・・・つい・・・」
歪んだ白眼の表情にサニーは怯え、ますます小さくなって俯いた。
サニーはヒィッツカラルドが少し苦手だった。
小さい頃はわからないがある程度成長してから彼がたまに見せる暗く澱んだような白眼の表情と、薄い笑みが子どもながらに危うさを感じるからだった。だから普段は積極的に会話をすることも、接点を作ることも極めて少ない。
「ふむ」
ヒィッツカラルドは地面に転がっている林檎を手に取るとスーツの裾でそれを磨いた。
艶々と赤い色を深めて林檎は輝く。
「お嬢ちゃん、どうしてこの林檎を食べようと思った?」
「最初は見てただけだったの・・・でも、でもとっても・・・おいしそうだったから・・・その、もうしませんごめんなさいっ」
「ふふふふふ、正直でよろしい・・・」
手にあるそれは確かに少女を惑わせるに十分な魅力の林檎。
「なるほど、お嬢ちゃんが木登りしたくなるほど美味しそうだ」
「えへへ・・・」
サニーは今更ながらに自分の大胆な行動を恥かしく思うが、意外なことにヒィッツカラルドが自分を叱らずに惑わされた気持ちを察してくれたことに安心した。これが例の後見人であればきっちりと小言を言われ窘められる覚悟が必要だが。
ヒィッツカラルドは手にある林檎を見つめる。
美味しそうだが何ら変哲も無い赤い果実。
かつての自分もこうして林檎を盗って食べたことがあったかもしれない。
まだ林檎が大きく感じるくらい、手が小さかった頃だろう。
木に登って盗ったのか?
それとも・・・指を鳴らした?
誰かと一緒に食べたのか?
誰とでもなく一人で食べたのか?
林檎を自分はどんな顔して食べた?
笑っていた?
泣いていた?
その林檎は美味しかったのか?
その記憶はとても大切だったような気もする。
でも、無い方が良かったような気もする。
「・・・・・・・・・・・」
遥か昔に丸めて捨ててしまった過去。
思い出そうにもどこに捨てたかわからない。
それに、自分は今ここにいる。
もはや思い出す意味も無い。
彼は林檎を軽く放り上げるとパチンと指を鳴らした。再び手に落ちた時に林檎はぱっくりと二つに割れ、果汁に煌めく断面を披露する。そしてためらう事無く半分のそれを口に運び、思い切り良く齧りついた。
「あ・・・・」
サニーはヒィッツカラルドの思わぬ行動に少し驚いた。自分同様に食べてはいけないとわかっている林檎をシャクシャクと音を立てながら彼は芯も残さず食べていき、そしてお終いとばかりに濡れた白い指をペロリと舐めてしまった。
「ふふふ・・・『おいしそうだったから』私もつい食べてしまった・・・・というわけだ。」
背の高い身体を折り曲げるとサニーの小さな手にもう半分の林檎を乗せた。
「さあ、これで私も同罪だ。遠慮なく召し上がれお嬢ちゃん」
サニーはそう言うヒィッツカラルドの顔を見た。初めて見る表情だ。暗さも無ければ澱みも無い。一緒になって子どもの悪戯を楽しんでくれるような笑顔を見せる。サニーはとても嬉しくなって思い切って林檎に齧りついた。
「おいしい・・・」
「食べてはいけない物は美味しいものなんだよ」
肩をすくめて笑いヒィッツカラルドは身体を起こし再び指を軽く鳴らす。今度は良く熟れた無花果が二つ、彼の手に落ちてくる。無花果を手で割ると豊潤な香りが漂い、濡れた果肉が自分を誘う。彼はそれも惑うことなく口にした。
「ほら、これもなかなかいける、お嬢ちゃんも食べるがいい」
サニーも無花果を手渡され、これも美味しそうに食べた。
「あの、ごめんなさいヒィッツカラルド様、私のせいで、その・・・」
「なぁに悪いのは美味しそうな顔をしたこいつらだ、ま、このことは2人の秘密としよう」
ヒィッツカラルドは笑って唇に人差し指を添える。
それは子どもでも知っている『秘密』の仕草。
「はい・・・」
サニーも笑って同じ仕草を一緒に取る。
サニーは大人であるヒィッツカラルドから「秘密」と言われて不思議と罪悪感が消えていき、それどころか何故かワクワクしてしまう。しかも食べてはいけない物を食べてしまい、それがまた格別に美味しい。
彼女はまだ子どもだったがそれは本人も気づかない甘く背徳めいた悦び。
子どもの無邪気な悪戯であろうとも、欲望に打ち負け蕩けるような罪に身を浸す心地良さには違いなかった。しかし身を浸しすぎると決して這い上がれない深い沼底でもある。
もちろんサニーはそんな沼底が存在することを知らない。
「ふふふ・・・たまにはこんな使い道もよかろう・・・」
つぶやきながら指を鳴らすと一段と大きく赤い林檎が手に落ち、それをサニーに手渡す。
「見つからないように私のワインセラー側を抜けて出るといい」
「ありがとうございます、秘密・・・にしますね」
彼の白い指で手渡された大きな林檎。心臓がドキドキしている、顔が熱くなるのが良くわかる。悪いことなのに嬉しくて仕方がないからだ。ただの大きな林檎なのに、まるで神の至宝を手にしたような高揚した気分のままサニーは温室を駆け抜けていった。
ヒィッツカラルドは温室の出口へ駆けるサニーの背中を見えなくなるまで見つめていた。
「甘く美味しいからといって食べ過ぎてはいけない・・・」
一人彼は指を鳴らす。
「私みたいな取り返しのつかない、救い様の無いほど真っ黒な人間になってしまうから・・・気をつけることだお嬢ちゃん」
手に落ちてきたのはやはり赤い林檎。
そそのかしたのは無邪気な蛇。
遥か昔に丸めて捨ててしまった過去。
思い出そうにもどこに捨てたかわからない。
それに、自分は今ここにいる。
もはや思い出す意味も無い。
光が届かない沼底の中、彼は蛇に見せたかつての笑みで神の至宝に歯を立てた。
END
ヒィッツカラルドは温度が一定に保たれた温室内にいた。
様ざまな甘い果実の匂いと色を楽しみながら温室内を歩き、抜けた先にある彼が所有するワインセラーへと向う。
バベルの塔を中心とする本部の敷地は非常に広大で、組織の様ざまな施設がありまた幹部の私邸や別邸も隣接されている。バベルの塔内部の本部施設にもいくつかに分かれた中庭があるが外の敷地にも庭園とよべる場所があり、温室施設もある。そこでは最新かつ先端技術でもって四季折々の植物、野菜、果実が栽培されバイオ実験や遺伝子操作実験などに使われることもあるが多くの団員を抱えるBF団本部の食料にもなっている。
そういった目的以外の温室も存在する。個人所有の温室。それは単なる観賞用であったり、趣味で果実を収穫後はワインやジャムなどに加工を目的とした栽培用だったり。しかしそういったことは一部のA級以上のエージェント、もしくは幹部にしか許されてはいない。
十傑集の面々も何人か温室を所有している。
やはり趣味とする者がいるからだった。
「ふーん、相変わらず丁寧に育てているな」
ヒィッツカラルドは目の前にある丸々と太った無花果(いちじく)をなで、その白い目を細める。無花果酒も悪くないか、とひとりごちながらまた歩みを進めた。
ちなみに彼も所有する一人ではあったが彼が今歩いているのは幽鬼の温室。自分が所有するワインセラーへ行く途中、他の十傑たちが管理する温室の視察といった具合だった。そして彼が温室を持つ目的はただ一つ、目がないワインや酒類のため。
温室の中ほどに来た所で人の気配を感じ、ふと足を止める。
「幽鬼か?奴は今アルゼンチン支部で作戦中だったと思うが・・・」
管理を手伝っている下級エージェントというわけでも無かった。気配する方へ見やれば少し離れた先の大きな林檎の木の上で木陰から赤いスカートが見え隠れしてた。
「あれは・・・」
気づいた時にはその赤いスカートが木から落ちようとしていた。
咄嗟に疾風と化して小さい体を二つ腕に受け止める。
「おや、スカートはいたお嬢ちゃんが木登りとは、これは勇ましい」
「あ・・・ヒィッツカラルド様、ありがとうございます・・・」
突然の事で赤い瞳を丸くしていたが、我に気づいて恥かしそうにスカートを押さえ、ヒィッツカラルドの腕からサニーは降りた。
「あの・・・ごめんなさい・・・」
サニーが気まずそうに地面を見る、そこには林檎が一つ転がっていた。
「ん?もしかしてここの林檎を食べようとしたのか?」
綺麗に赤く色づいた林檎、今が一番美味しい時だとよくわかる色だ。
サニーは悪い事だとわかっているらしく俯いて小さく頷いた。
「ふふ、私は別に構わないけどな、第一ここは私のじゃない幽鬼の温室だ。だがあれが気づいたらうるさいだろうよ、なんせ我等の中でも一番熱心な温室守だからな。お嬢ちゃんでも覚悟した方がいいんじゃあないかい」
彼なりのささやかな意地悪で脅しを含んだ口調で囁きかけてみる。
もっとも幽鬼がこの程度のことでとやかく言うことは無いのを知った上でだが。
「ごめんなさい・・・つい・・・」
歪んだ白眼の表情にサニーは怯え、ますます小さくなって俯いた。
サニーはヒィッツカラルドが少し苦手だった。
小さい頃はわからないがある程度成長してから彼がたまに見せる暗く澱んだような白眼の表情と、薄い笑みが子どもながらに危うさを感じるからだった。だから普段は積極的に会話をすることも、接点を作ることも極めて少ない。
「ふむ」
ヒィッツカラルドは地面に転がっている林檎を手に取るとスーツの裾でそれを磨いた。
艶々と赤い色を深めて林檎は輝く。
「お嬢ちゃん、どうしてこの林檎を食べようと思った?」
「最初は見てただけだったの・・・でも、でもとっても・・・おいしそうだったから・・・その、もうしませんごめんなさいっ」
「ふふふふふ、正直でよろしい・・・」
手にあるそれは確かに少女を惑わせるに十分な魅力の林檎。
「なるほど、お嬢ちゃんが木登りしたくなるほど美味しそうだ」
「えへへ・・・」
サニーは今更ながらに自分の大胆な行動を恥かしく思うが、意外なことにヒィッツカラルドが自分を叱らずに惑わされた気持ちを察してくれたことに安心した。これが例の後見人であればきっちりと小言を言われ窘められる覚悟が必要だが。
ヒィッツカラルドは手にある林檎を見つめる。
美味しそうだが何ら変哲も無い赤い果実。
かつての自分もこうして林檎を盗って食べたことがあったかもしれない。
まだ林檎が大きく感じるくらい、手が小さかった頃だろう。
木に登って盗ったのか?
それとも・・・指を鳴らした?
誰かと一緒に食べたのか?
誰とでもなく一人で食べたのか?
林檎を自分はどんな顔して食べた?
笑っていた?
泣いていた?
その林檎は美味しかったのか?
その記憶はとても大切だったような気もする。
でも、無い方が良かったような気もする。
「・・・・・・・・・・・」
遥か昔に丸めて捨ててしまった過去。
思い出そうにもどこに捨てたかわからない。
それに、自分は今ここにいる。
もはや思い出す意味も無い。
彼は林檎を軽く放り上げるとパチンと指を鳴らした。再び手に落ちた時に林檎はぱっくりと二つに割れ、果汁に煌めく断面を披露する。そしてためらう事無く半分のそれを口に運び、思い切り良く齧りついた。
「あ・・・・」
サニーはヒィッツカラルドの思わぬ行動に少し驚いた。自分同様に食べてはいけないとわかっている林檎をシャクシャクと音を立てながら彼は芯も残さず食べていき、そしてお終いとばかりに濡れた白い指をペロリと舐めてしまった。
「ふふふ・・・『おいしそうだったから』私もつい食べてしまった・・・・というわけだ。」
背の高い身体を折り曲げるとサニーの小さな手にもう半分の林檎を乗せた。
「さあ、これで私も同罪だ。遠慮なく召し上がれお嬢ちゃん」
サニーはそう言うヒィッツカラルドの顔を見た。初めて見る表情だ。暗さも無ければ澱みも無い。一緒になって子どもの悪戯を楽しんでくれるような笑顔を見せる。サニーはとても嬉しくなって思い切って林檎に齧りついた。
「おいしい・・・」
「食べてはいけない物は美味しいものなんだよ」
肩をすくめて笑いヒィッツカラルドは身体を起こし再び指を軽く鳴らす。今度は良く熟れた無花果が二つ、彼の手に落ちてくる。無花果を手で割ると豊潤な香りが漂い、濡れた果肉が自分を誘う。彼はそれも惑うことなく口にした。
「ほら、これもなかなかいける、お嬢ちゃんも食べるがいい」
サニーも無花果を手渡され、これも美味しそうに食べた。
「あの、ごめんなさいヒィッツカラルド様、私のせいで、その・・・」
「なぁに悪いのは美味しそうな顔をしたこいつらだ、ま、このことは2人の秘密としよう」
ヒィッツカラルドは笑って唇に人差し指を添える。
それは子どもでも知っている『秘密』の仕草。
「はい・・・」
サニーも笑って同じ仕草を一緒に取る。
サニーは大人であるヒィッツカラルドから「秘密」と言われて不思議と罪悪感が消えていき、それどころか何故かワクワクしてしまう。しかも食べてはいけない物を食べてしまい、それがまた格別に美味しい。
彼女はまだ子どもだったがそれは本人も気づかない甘く背徳めいた悦び。
子どもの無邪気な悪戯であろうとも、欲望に打ち負け蕩けるような罪に身を浸す心地良さには違いなかった。しかし身を浸しすぎると決して這い上がれない深い沼底でもある。
もちろんサニーはそんな沼底が存在することを知らない。
「ふふふ・・・たまにはこんな使い道もよかろう・・・」
つぶやきながら指を鳴らすと一段と大きく赤い林檎が手に落ち、それをサニーに手渡す。
「見つからないように私のワインセラー側を抜けて出るといい」
「ありがとうございます、秘密・・・にしますね」
彼の白い指で手渡された大きな林檎。心臓がドキドキしている、顔が熱くなるのが良くわかる。悪いことなのに嬉しくて仕方がないからだ。ただの大きな林檎なのに、まるで神の至宝を手にしたような高揚した気分のままサニーは温室を駆け抜けていった。
ヒィッツカラルドは温室の出口へ駆けるサニーの背中を見えなくなるまで見つめていた。
「甘く美味しいからといって食べ過ぎてはいけない・・・」
一人彼は指を鳴らす。
「私みたいな取り返しのつかない、救い様の無いほど真っ黒な人間になってしまうから・・・気をつけることだお嬢ちゃん」
手に落ちてきたのはやはり赤い林檎。
そそのかしたのは無邪気な蛇。
遥か昔に丸めて捨ててしまった過去。
思い出そうにもどこに捨てたかわからない。
それに、自分は今ここにいる。
もはや思い出す意味も無い。
光が届かない沼底の中、彼は蛇に見せたかつての笑みで神の至宝に歯を立てた。
END