carrot and my papa
まだ幼いサニーは普段はBF団本部の敷地内にある樊瑞の屋敷で暮らしており、彼が仕事でいない間は特に信頼のおける下級エージェントにその面倒を見させていた。しかし将来を考えて慣れされる意味でも仕事場であBF団本部内の樊瑞の執務室に連れてくる事もあった、今日は預けている下級エージェントが任務のためサニーは樊瑞の執務室にいた。
サニーは大人しく部屋の隅でうさぎのぬいぐるみと遊んでいる。
「ぱぱ!」
「・・・!」
樊瑞の執務室に訪れたアルベルトは居るはずのない娘の出現に思わず目を見開いた。
「おい樊瑞、サニーがなぜここにいる」
視界の端には久しぶりに見る娘の姿、前に見たのはいつだったか、もう半年以上も前かもしれない。記憶の中にある最後に見た娘より随分と背が伸びたように感じる。
「今日はな預ける者がおらんのだ、私もまだ幼いサニーをあまりここに連れてきたくないのは山々なのだが一人屋敷に置いておくにもいかぬだろう」
アルベルトは娘が自分の足に飛びつくのも無視して樊瑞に今回の作戦内容のファイルを渡す。昨晩アルベルトが徹夜して文書にまとめたものだった。
孔明の作戦内容は原則その作戦指揮者(作戦リーダー)と直属の配下にしか説明されない。しかし十傑による指揮のもとに行われる大規模作戦となると必ず定例会議にて十傑が揃っている場で説明が行われ、ある程度の認証があって初めて実行に移される。とうぜん作戦内容は大筋でしかなく、真意とやらは孔明の腹の中に収められているわけだが。
そして十傑による作戦を行う場合、リーダーである樊瑞に作戦指揮者が概要を文書にて提出するのが彼ら十人の慣わしとしていた。もっともレッドあたりはそんな慣わしを行ったためしは一度も無い。アルベルトも面倒には思ってはいたがまだ律儀な方だった。
「ふむ・・・今回はセルバンテスとの共同だったな・・・先日の定例会議でだいたいの内容は聞いたが十傑二人となるとかなりの大規模作戦だ、国際警察機構も必ず嗅ぎつけるだろう、慎重に事にあたれ」
「ふん、言われるまでも無い。慎重にいきたくとも孔明の作戦だ、せいぜい奴の手の中で踊ってやる」
頭にいる白面の策士はアルベルトに冷笑を向けている。
それをアルベルトはつまらなさそうに鼻で笑い返す。
「では私はもう行く、屋上で高速飛空挺と一緒にセルバンテスを待たせているからな」
しかしアルベルトの足が動かなかった。
サニーにいまだガッチリと両手で掴まれたままだったからだ。
「サニーその手を離せ」
「サニーきらいなにんじんたべたからぱぱといっしょにいいるの!」
「は・・・?おい、何を言っている?」
「実はな・・・サニーのにんじん嫌いを直そうと思ってな・・・その、なんだ・・・食べられればお前と一緒にいられるぞ?なんて言ってしまってな。でもそういったらサニーが食べたぞ?あれだけ嫌いだったにんじんをだ」
樊瑞は少し申しわけ無さそうにアルベルトに言うが、最後は何故か胸を張った。
「くだらんことで私を引き合いにだすな!私は忙しいのだ、おいサニー離せ」
「サニーはぱぱといるのー!」
「うるさいっ、いいから離せ」
アルベルトが足を動かし振り払おうとするが、サニーは今度はスーツを両手で握り締める。目に涙をため必死の抵抗を試みているようだった。
「これサニー、わがまま言うんじゃないパパはいまからお仕事だ」
「やー!!ぱぱといるの!いっしょにいるのー!ダメならサニーもおしごとにいくー!」
「馬鹿か!ええい離せ!」
樊瑞の言葉にもアルベルトの言葉にもまったく耳を貸さず、サニーはますますアルベルトのズボンを皺がつくほどに握り締める。
「おいアルベルト、急げ何をしているもう時間が無いぞ・・・ん?サニーちゃん?」
セルバンテスが執務室にやってきたが状況が飲み込めなくて目を丸くする。
「サニーきらいなにんじんちゃんとたべたもんー!いっぱいいっぱいがまんしたもんー!だからパパといるのー!」
業を煮やしたアルベルトはサニーの腕を掴んで無理に剥ぎ取り、執務室のソファに放り投げる。サニーは火が点いたように泣き出してしまった。顔をクシャクシャにしながらうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
アルベルトは樊瑞を赤い瞳で睨みつけた。樊瑞はすまなそうな表情をアルベルトにするものの放り投げられたサニーを宥めようと必死になっている。
その様子を見てセルバンテスは苦笑してしまう。
「おいおい、あまりサニーちゃんを乱暴に扱うんじゃないよアルベルト」
「うるさい!もう時間が無い急ぐぞ!」
アルベルトは振り向く事無く執務室を飛び出し、2人は高速飛空挺が待つ本部の屋上へと走った。
BF団の地球上で先端であり最新の技術で作られた飛空挺はほとんど音を立てることも無く滑らかに海面すれすれの距離を飛ぶ。
「私も一度でいいからああして引き止められたいものだね、いやはや君が羨ましい」
「・・・」
座席に2人横に並ぶアルベルトとセルバンテス。
「しかし珍しい・・・大人しいサニーちゃんがあんなに駄々こねるなんて」
「・・・」
「そういえばもう半年以上も会ってないそうじゃないか、サニーちゃんも寂しかったのとは違うかね?」
「・・・」
「嫌いなにんじんをがまんして食べた、それも君と一緒に居たいがために。いじらしいじゃぁないかアルベルト」
「・・・」
「・・・ズボンにだいぶ皺がついたねぇ」
「うるさい」
「はいはい」
アルベルトは少しだけズボンの皺に目を落す、しかし直に前を見据え今回の任務内容を頭の中で確認する。そして襟とネクタイを改めて正した。セルバンテスも浮かべていた笑みを潜めてゴーグルを装着する。飛空挺はまもなく戦場となる地に降り立とうとしていた。
半月後、作戦は無事成功を収め、BF団側の勝利に終わった。
BF団本部に帰還した二人はまず臨時に開いた孔明と作戦中で席を外している者を除く十傑数名による戦略会議にて結果報告を述べる。孔明も彼なりに至極満足な結果内容だったらしくいつになく饒舌で二人に賛辞を送った。
会議が終了しアルベルトは1人、BF団本部内の自分の執務室に戻った。あまり使うことの無い、そして居る時間の少ない自分の執務室。これまた使われることの少ない来客用のテーブルとソファ。壁には仕事に使う資料やファイルが並ぶ書棚、スーツをしまうクローゼット。執務室の主が使う大きなデスクに大きな革張りの椅子。必要最低限のものがあり、そして無駄なものがほとんど存在していない。
作戦時に着用したスーツをクローゼットに入れようとした。既にクリーニングされ戦場の名残も洗われ綺麗な姿となったスーツ。そしてズボンも折り目正しくプレスされ、手で触ってみても娘がつけた皺の跡は存在していない。
「・・・」
クローゼットの扉を閉め、自分の椅子に腰掛ける。久しぶりに座るその椅子は大きな身体のアルベルトをギシリと音を立てて支えた。
疲れていないはずなのに、何故か疲れたと思う。いつもならここで葉巻を吸うがそんな気になれない。椅子に身を任せ、天井を見上げてみる。そして左手を顔に当て、すこしさする。自分らしからぬ溜息が漏れそうだった。
しかし溜息が漏れる前に執務室のドアから小さいノックの音が聞こえた。顔に当てていた手を下げて、何ごとも無いように身を正す。
「入れ」
執務室のドアを開けたのはうさぎのぬいぐるみを抱きしめたサニーだった。
「サニー・・・?」
サニーは少しおどおどした様子でアルベルトの顔を覗った。そして執務室のドアを閉めるとその場で固まったように立っている。
「どうした、私に何か用か」
しかしサニーはその場から動こうとしない。アルベルトは椅子から立ち上がり側まで近寄った。俯いたサニーの口から何か言葉が漏れたようだが声が小さすぎて聞き取れない、アルベルトは膝をついて娘の言葉を聞き取ろうとした。
「ぱぱ、ごめんなさい」
「・・・・」
「サニーわがまま言って・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトは一度天井を見た。溜息は漏れることはなく、再び下に俯くサニーのを見た。
「サニー、昼は何が食べたい」
「・・・?」
「にんじんはまだ苦手か?」
サニーは俯いたまま小さく頷く。
「・・・にんじんはそのうさぎにでも食わせておけばいい」
「・・・ぱぱ・・・」
サニーは俯いていた顔を上げ、少し涙で滲んだアルベルトと同じ色の瞳をくりくりとさせる。アルベルトは笑ってはいないがいつもの眉間に皺が入った顔でもなかった。
「何が食べたい。昼はお前が食べたいものを一緒に食べるとしよう」
生まれて初めて言われた父親からの昼ご飯のお誘い。
サニーはたちまち満面の笑顔になって、元気良く答えた。
「サニーはぱぱが食べたいの食べたい!」
「ふん、ならば『旗がついたお子様ランチ』にするか」
アルベルトは久しぶりに声をあげて笑った。
END
まだ幼いサニーは普段はBF団本部の敷地内にある樊瑞の屋敷で暮らしており、彼が仕事でいない間は特に信頼のおける下級エージェントにその面倒を見させていた。しかし将来を考えて慣れされる意味でも仕事場であBF団本部内の樊瑞の執務室に連れてくる事もあった、今日は預けている下級エージェントが任務のためサニーは樊瑞の執務室にいた。
サニーは大人しく部屋の隅でうさぎのぬいぐるみと遊んでいる。
「ぱぱ!」
「・・・!」
樊瑞の執務室に訪れたアルベルトは居るはずのない娘の出現に思わず目を見開いた。
「おい樊瑞、サニーがなぜここにいる」
視界の端には久しぶりに見る娘の姿、前に見たのはいつだったか、もう半年以上も前かもしれない。記憶の中にある最後に見た娘より随分と背が伸びたように感じる。
「今日はな預ける者がおらんのだ、私もまだ幼いサニーをあまりここに連れてきたくないのは山々なのだが一人屋敷に置いておくにもいかぬだろう」
アルベルトは娘が自分の足に飛びつくのも無視して樊瑞に今回の作戦内容のファイルを渡す。昨晩アルベルトが徹夜して文書にまとめたものだった。
孔明の作戦内容は原則その作戦指揮者(作戦リーダー)と直属の配下にしか説明されない。しかし十傑による指揮のもとに行われる大規模作戦となると必ず定例会議にて十傑が揃っている場で説明が行われ、ある程度の認証があって初めて実行に移される。とうぜん作戦内容は大筋でしかなく、真意とやらは孔明の腹の中に収められているわけだが。
そして十傑による作戦を行う場合、リーダーである樊瑞に作戦指揮者が概要を文書にて提出するのが彼ら十人の慣わしとしていた。もっともレッドあたりはそんな慣わしを行ったためしは一度も無い。アルベルトも面倒には思ってはいたがまだ律儀な方だった。
「ふむ・・・今回はセルバンテスとの共同だったな・・・先日の定例会議でだいたいの内容は聞いたが十傑二人となるとかなりの大規模作戦だ、国際警察機構も必ず嗅ぎつけるだろう、慎重に事にあたれ」
「ふん、言われるまでも無い。慎重にいきたくとも孔明の作戦だ、せいぜい奴の手の中で踊ってやる」
頭にいる白面の策士はアルベルトに冷笑を向けている。
それをアルベルトはつまらなさそうに鼻で笑い返す。
「では私はもう行く、屋上で高速飛空挺と一緒にセルバンテスを待たせているからな」
しかしアルベルトの足が動かなかった。
サニーにいまだガッチリと両手で掴まれたままだったからだ。
「サニーその手を離せ」
「サニーきらいなにんじんたべたからぱぱといっしょにいいるの!」
「は・・・?おい、何を言っている?」
「実はな・・・サニーのにんじん嫌いを直そうと思ってな・・・その、なんだ・・・食べられればお前と一緒にいられるぞ?なんて言ってしまってな。でもそういったらサニーが食べたぞ?あれだけ嫌いだったにんじんをだ」
樊瑞は少し申しわけ無さそうにアルベルトに言うが、最後は何故か胸を張った。
「くだらんことで私を引き合いにだすな!私は忙しいのだ、おいサニー離せ」
「サニーはぱぱといるのー!」
「うるさいっ、いいから離せ」
アルベルトが足を動かし振り払おうとするが、サニーは今度はスーツを両手で握り締める。目に涙をため必死の抵抗を試みているようだった。
「これサニー、わがまま言うんじゃないパパはいまからお仕事だ」
「やー!!ぱぱといるの!いっしょにいるのー!ダメならサニーもおしごとにいくー!」
「馬鹿か!ええい離せ!」
樊瑞の言葉にもアルベルトの言葉にもまったく耳を貸さず、サニーはますますアルベルトのズボンを皺がつくほどに握り締める。
「おいアルベルト、急げ何をしているもう時間が無いぞ・・・ん?サニーちゃん?」
セルバンテスが執務室にやってきたが状況が飲み込めなくて目を丸くする。
「サニーきらいなにんじんちゃんとたべたもんー!いっぱいいっぱいがまんしたもんー!だからパパといるのー!」
業を煮やしたアルベルトはサニーの腕を掴んで無理に剥ぎ取り、執務室のソファに放り投げる。サニーは火が点いたように泣き出してしまった。顔をクシャクシャにしながらうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
アルベルトは樊瑞を赤い瞳で睨みつけた。樊瑞はすまなそうな表情をアルベルトにするものの放り投げられたサニーを宥めようと必死になっている。
その様子を見てセルバンテスは苦笑してしまう。
「おいおい、あまりサニーちゃんを乱暴に扱うんじゃないよアルベルト」
「うるさい!もう時間が無い急ぐぞ!」
アルベルトは振り向く事無く執務室を飛び出し、2人は高速飛空挺が待つ本部の屋上へと走った。
BF団の地球上で先端であり最新の技術で作られた飛空挺はほとんど音を立てることも無く滑らかに海面すれすれの距離を飛ぶ。
「私も一度でいいからああして引き止められたいものだね、いやはや君が羨ましい」
「・・・」
座席に2人横に並ぶアルベルトとセルバンテス。
「しかし珍しい・・・大人しいサニーちゃんがあんなに駄々こねるなんて」
「・・・」
「そういえばもう半年以上も会ってないそうじゃないか、サニーちゃんも寂しかったのとは違うかね?」
「・・・」
「嫌いなにんじんをがまんして食べた、それも君と一緒に居たいがために。いじらしいじゃぁないかアルベルト」
「・・・」
「・・・ズボンにだいぶ皺がついたねぇ」
「うるさい」
「はいはい」
アルベルトは少しだけズボンの皺に目を落す、しかし直に前を見据え今回の任務内容を頭の中で確認する。そして襟とネクタイを改めて正した。セルバンテスも浮かべていた笑みを潜めてゴーグルを装着する。飛空挺はまもなく戦場となる地に降り立とうとしていた。
半月後、作戦は無事成功を収め、BF団側の勝利に終わった。
BF団本部に帰還した二人はまず臨時に開いた孔明と作戦中で席を外している者を除く十傑数名による戦略会議にて結果報告を述べる。孔明も彼なりに至極満足な結果内容だったらしくいつになく饒舌で二人に賛辞を送った。
会議が終了しアルベルトは1人、BF団本部内の自分の執務室に戻った。あまり使うことの無い、そして居る時間の少ない自分の執務室。これまた使われることの少ない来客用のテーブルとソファ。壁には仕事に使う資料やファイルが並ぶ書棚、スーツをしまうクローゼット。執務室の主が使う大きなデスクに大きな革張りの椅子。必要最低限のものがあり、そして無駄なものがほとんど存在していない。
作戦時に着用したスーツをクローゼットに入れようとした。既にクリーニングされ戦場の名残も洗われ綺麗な姿となったスーツ。そしてズボンも折り目正しくプレスされ、手で触ってみても娘がつけた皺の跡は存在していない。
「・・・」
クローゼットの扉を閉め、自分の椅子に腰掛ける。久しぶりに座るその椅子は大きな身体のアルベルトをギシリと音を立てて支えた。
疲れていないはずなのに、何故か疲れたと思う。いつもならここで葉巻を吸うがそんな気になれない。椅子に身を任せ、天井を見上げてみる。そして左手を顔に当て、すこしさする。自分らしからぬ溜息が漏れそうだった。
しかし溜息が漏れる前に執務室のドアから小さいノックの音が聞こえた。顔に当てていた手を下げて、何ごとも無いように身を正す。
「入れ」
執務室のドアを開けたのはうさぎのぬいぐるみを抱きしめたサニーだった。
「サニー・・・?」
サニーは少しおどおどした様子でアルベルトの顔を覗った。そして執務室のドアを閉めるとその場で固まったように立っている。
「どうした、私に何か用か」
しかしサニーはその場から動こうとしない。アルベルトは椅子から立ち上がり側まで近寄った。俯いたサニーの口から何か言葉が漏れたようだが声が小さすぎて聞き取れない、アルベルトは膝をついて娘の言葉を聞き取ろうとした。
「ぱぱ、ごめんなさい」
「・・・・」
「サニーわがまま言って・・・ごめんなさい」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトは一度天井を見た。溜息は漏れることはなく、再び下に俯くサニーのを見た。
「サニー、昼は何が食べたい」
「・・・?」
「にんじんはまだ苦手か?」
サニーは俯いたまま小さく頷く。
「・・・にんじんはそのうさぎにでも食わせておけばいい」
「・・・ぱぱ・・・」
サニーは俯いていた顔を上げ、少し涙で滲んだアルベルトと同じ色の瞳をくりくりとさせる。アルベルトは笑ってはいないがいつもの眉間に皺が入った顔でもなかった。
「何が食べたい。昼はお前が食べたいものを一緒に食べるとしよう」
生まれて初めて言われた父親からの昼ご飯のお誘い。
サニーはたちまち満面の笑顔になって、元気良く答えた。
「サニーはぱぱが食べたいの食べたい!」
「ふん、ならば『旗がついたお子様ランチ』にするか」
アルベルトは久しぶりに声をあげて笑った。
END
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