いつからだろう。
なんのてらいもなく、ミリィがウルフウッドさんと同じ部屋に泊まるようになったのは。
必然的に私とヴァッシュさんは一人部屋を取る事になり、4人で3部屋という不経済極まりない状況に置かれることになった。
「……とうとう来ましたわね」
本社のロゴが入った事務用封筒の封を切り、その連絡内容を見た私は、宿の質素な一人部屋のデスクに腰掛けたままひとしきり頭を抱えた後で、気の重いため息を吐いた。
自室を出て、ミリィとウルフウッドさんが陣取っている隣室のドアの前に立つ。夕方特有のの斜めの日差しが、廊下の窓から容赦なく入ってきて、私の背中に照りつける。幾分かの躊躇いが反映したためだろう控えめなノックに、のっそりとドアを開けたのはウルフウッドさんだった。
「おう、どうしたん嬢ちゃん?」
ノージャケット姿のウルフウッドさんはとてもくつろいでいる様に見える。そんな単純な事に戸惑いと違和感を覚え、同時に心のどこかにチクリと刺すような痛みを感じた。その痛みの正体が分からなくて、なんとなく不安になる。
「ミリィに用があるんですけれど……それと貴方にも。お邪魔してもよろしいかしら」
背の高いウルフウッドさんと視線を合わせるのは結構辛い。それに、これから話さなければいけない内容の気まずさも、彼の目を見る事への一握の罪悪感を抱かせる。そんな私の表情を読んだのか、ウルフウッドさんの瞳の色が少しだけ翳るのが分かった。
「エエ話やなさそうやな。……まあ入り」
ドアを大きく開け放し私を招き入れる。新婚家庭の寝室に踏み込むような躊躇いがあったが、意を決して最初の一歩を進める。
「あれ、先輩。どうしたんですか?」
コートもネクタイも取り去ったミリィが私を出迎えた。あっけらかんとした笑顔もシャツの襟元のボタンを外したリラックスした姿も、普段から見慣れているはずなのに、どうしていつもと違うように見えるのだろう。そのリラックスした姿を、私以外の誰かに―あからさまに言ってしまえばウルフウッドさんに―見せている事に気付いてしまっただけで、何故か鼓動が早くなる。ノージャケットのウルフウッドさんの姿を見たときに感じた胸の痛み。不安で、悲しくて、苛立たしい胸の痛みがまた襲ってくる感じ。そんな思いに捕らわれる理由が自分自身で分からないから、余計に不安が募る。
そんな不安に負けたくなくて、少し強めの声でミリィに話しかけた。
「つい先ほど、部長から警告の手紙が来ましたわよ、ミリィ」
「部長から?」
「宿の部屋の取り方についてのお小言ですわ」
視界の隅でウルフウッドさんがびくりと肩を震わせたのがぼんやりと見えた。
「やむを得ない場合を除いては二人部屋を取るようにしろとの警告が、経費の報告をチェックした監査部の方から回ってきたそうです」
「えー!?いいじゃないですか、これくらいー!」
余計なお世話だと、私自身も思うけれど。アウターを駆け回っている社員に対して、それくらいの贅沢は見逃してくれてもいいじゃありませんの……と文句の一つも言いたくなるけれど。
「明日からはまた以前のように私と二人で寝起きしてもらいますわよ」
「……分かりました」
絶対に分かっていない。納得なんて出来ないだろう、自分に素直な子だから。それでも頷いたのは、社会人としての良識が働いたから。私はあなたの先輩ですわよ、そんな事くらいこの言葉を口にする前から分かってましたわ。
でも。
そんな寂しそうな目をしないで下さいな。まるで私が恋路の邪魔をしている張本人みたいじゃないですの。悪いのは監査部ですわよ、間違えないで下さい。
「しゃあないやろハニー。自分はお仕事で来てるんやから、会社の言うことはキチンと聞き」
ウルフウッドさんがミリィを宥める。その背中にはやっぱり『落胆』の2文字が見えているけれど、私もウルフウッドさん自身も、その事に気付かない振りをした。
寄り添うでもなくただ並んで立っている2人の間に流れる空気が、私にはとても羨ましく見えた。
「今日の分はもう前払いで部屋を取ってしまいましたから、取り敢えず今夜はこのままで構いませんわ」
しかたないという風を装ってかける言葉。本当はすぐにでも部屋を変えることは出来るのだけれど、これは私に出来る精一杯の譲歩。ぱっと輝いたミリィの笑顔と、振り返ったウルフウッドさんの怪しげなウインクを見た私は、心の中で十字を切って密かな覚悟を決めた。
きっと今夜は、より一層の安眠妨害をされることだろう……と。
やっぱりあの譲歩では不服だったようですわね。夕食時のミリィのしょんぼりとしたフォーク運びがそれを如実に物語っていましたわ。
「どしたの、大きい保険屋さん?元気ないね」
不作法にも、カレーライスを口に運んだスプーンを加えたまま、ヴァッシュさんがミリィに声をかけた。
「へ?あ、いいえ、なんでもないんです」
「なんでもないって……フォークでスープを飲もうとしている人が言う台詞じゃないよね、それ」
ぼんやりしてスープボールをフォークでかき回していたミリィは、ヴァッシュさんに指を指された自分の手元を見つめて、それから慌ててフォークとスプーンを持ち替えた。でも流石に自分の口からは言い出しにくいのだろう。『ウルフウッドさんと別の部屋に移らなくてはいけないから落ち込んでいるんです』なんて。
その胸の内を汲んだウルフウッドさんが、自然な感じで口を開いた。
「そや、トンガリ。明日からまたオンドレと相部屋させてもらうわ。部屋はワイが取っとくから」
ヴァッシュさんは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてウルフウッドさんを穴が開くほど見つめた。それからミリィに視線を移し、また同じようにじーっとミリィの沈んだ表情を見つめる。そんな行動を、律儀にも2度繰り返した。
「……ふうん、分かった」
あら、妙にあっさりとOKしましたこと。……きっと妙な勘違いして納得してますわね、ヴァッシュさん。ミリィとウルフウッドさんが喧嘩でもしたか何かと思っているに違いありませんわ。
「会社からの命令で、経費削減の為にまた私とミリィが一緒の部屋に泊まらなくてはいけなくなってしまったんですの」
なんで私が説明していますの?どうして私が罪悪感を感じているんですの?なんだか理不尽ですわ。チキンソテーを切り分けるナイフに、我知らず力がこもった。
「なんで嬢ちゃんが不機嫌になってんの?」
ウルフウッドさんが不思議そうに私に尋ねる。
「私が?私は別に不機嫌になんかなっていませんわ!」
いけない、思わず語尾が強くなってしまった。これでは『自分は不機嫌です』と認めているようなものだ。しかたがない、事実不機嫌なのだから。
その原因はわからなくとも。
気まずくなった雰囲気から逃げ出すように、ウルフウッドさんが黒ビールを口に運ぶ。ミリィはおろおろとウルフウッドさんと私の間で顔を往復させた。
「……だっていい気持ちはしませんわよ、二人の仲を裂くなんて無粋なことをしなければいけないんですから。あ、断っておきますが、私は嫁入り前の娘が男性と同室するという状況に諸手をあげて賛成している訳ではありませんわよ。その点は間違えないで下さいませね」
だから、どうして私が弁解していますの?私が二人の仲に割って入った訳でありませんのに。
「なるほど。それはしかたないよねぇ」
ヴァッシュさんは私の顔を見つめて、主語のはっきりしない相づちを漏らした。それからウルフウッドさんに向かってそっと耳打ちした。何を言ったのかは全く聞き取れなかったけれど。多分、先ほどの私と同じ様な事を考えたに違いないでしょう。だって、それを聞いたウルフウッドさんがぴくりと眉を上げて、『余計なお世話や、お節介男』と忌々しそうに呟いたのだから。
なんのてらいもなく、ミリィがウルフウッドさんと同じ部屋に泊まるようになったのは。
必然的に私とヴァッシュさんは一人部屋を取る事になり、4人で3部屋という不経済極まりない状況に置かれることになった。
「……とうとう来ましたわね」
本社のロゴが入った事務用封筒の封を切り、その連絡内容を見た私は、宿の質素な一人部屋のデスクに腰掛けたままひとしきり頭を抱えた後で、気の重いため息を吐いた。
自室を出て、ミリィとウルフウッドさんが陣取っている隣室のドアの前に立つ。夕方特有のの斜めの日差しが、廊下の窓から容赦なく入ってきて、私の背中に照りつける。幾分かの躊躇いが反映したためだろう控えめなノックに、のっそりとドアを開けたのはウルフウッドさんだった。
「おう、どうしたん嬢ちゃん?」
ノージャケット姿のウルフウッドさんはとてもくつろいでいる様に見える。そんな単純な事に戸惑いと違和感を覚え、同時に心のどこかにチクリと刺すような痛みを感じた。その痛みの正体が分からなくて、なんとなく不安になる。
「ミリィに用があるんですけれど……それと貴方にも。お邪魔してもよろしいかしら」
背の高いウルフウッドさんと視線を合わせるのは結構辛い。それに、これから話さなければいけない内容の気まずさも、彼の目を見る事への一握の罪悪感を抱かせる。そんな私の表情を読んだのか、ウルフウッドさんの瞳の色が少しだけ翳るのが分かった。
「エエ話やなさそうやな。……まあ入り」
ドアを大きく開け放し私を招き入れる。新婚家庭の寝室に踏み込むような躊躇いがあったが、意を決して最初の一歩を進める。
「あれ、先輩。どうしたんですか?」
コートもネクタイも取り去ったミリィが私を出迎えた。あっけらかんとした笑顔もシャツの襟元のボタンを外したリラックスした姿も、普段から見慣れているはずなのに、どうしていつもと違うように見えるのだろう。そのリラックスした姿を、私以外の誰かに―あからさまに言ってしまえばウルフウッドさんに―見せている事に気付いてしまっただけで、何故か鼓動が早くなる。ノージャケットのウルフウッドさんの姿を見たときに感じた胸の痛み。不安で、悲しくて、苛立たしい胸の痛みがまた襲ってくる感じ。そんな思いに捕らわれる理由が自分自身で分からないから、余計に不安が募る。
そんな不安に負けたくなくて、少し強めの声でミリィに話しかけた。
「つい先ほど、部長から警告の手紙が来ましたわよ、ミリィ」
「部長から?」
「宿の部屋の取り方についてのお小言ですわ」
視界の隅でウルフウッドさんがびくりと肩を震わせたのがぼんやりと見えた。
「やむを得ない場合を除いては二人部屋を取るようにしろとの警告が、経費の報告をチェックした監査部の方から回ってきたそうです」
「えー!?いいじゃないですか、これくらいー!」
余計なお世話だと、私自身も思うけれど。アウターを駆け回っている社員に対して、それくらいの贅沢は見逃してくれてもいいじゃありませんの……と文句の一つも言いたくなるけれど。
「明日からはまた以前のように私と二人で寝起きしてもらいますわよ」
「……分かりました」
絶対に分かっていない。納得なんて出来ないだろう、自分に素直な子だから。それでも頷いたのは、社会人としての良識が働いたから。私はあなたの先輩ですわよ、そんな事くらいこの言葉を口にする前から分かってましたわ。
でも。
そんな寂しそうな目をしないで下さいな。まるで私が恋路の邪魔をしている張本人みたいじゃないですの。悪いのは監査部ですわよ、間違えないで下さい。
「しゃあないやろハニー。自分はお仕事で来てるんやから、会社の言うことはキチンと聞き」
ウルフウッドさんがミリィを宥める。その背中にはやっぱり『落胆』の2文字が見えているけれど、私もウルフウッドさん自身も、その事に気付かない振りをした。
寄り添うでもなくただ並んで立っている2人の間に流れる空気が、私にはとても羨ましく見えた。
「今日の分はもう前払いで部屋を取ってしまいましたから、取り敢えず今夜はこのままで構いませんわ」
しかたないという風を装ってかける言葉。本当はすぐにでも部屋を変えることは出来るのだけれど、これは私に出来る精一杯の譲歩。ぱっと輝いたミリィの笑顔と、振り返ったウルフウッドさんの怪しげなウインクを見た私は、心の中で十字を切って密かな覚悟を決めた。
きっと今夜は、より一層の安眠妨害をされることだろう……と。
やっぱりあの譲歩では不服だったようですわね。夕食時のミリィのしょんぼりとしたフォーク運びがそれを如実に物語っていましたわ。
「どしたの、大きい保険屋さん?元気ないね」
不作法にも、カレーライスを口に運んだスプーンを加えたまま、ヴァッシュさんがミリィに声をかけた。
「へ?あ、いいえ、なんでもないんです」
「なんでもないって……フォークでスープを飲もうとしている人が言う台詞じゃないよね、それ」
ぼんやりしてスープボールをフォークでかき回していたミリィは、ヴァッシュさんに指を指された自分の手元を見つめて、それから慌ててフォークとスプーンを持ち替えた。でも流石に自分の口からは言い出しにくいのだろう。『ウルフウッドさんと別の部屋に移らなくてはいけないから落ち込んでいるんです』なんて。
その胸の内を汲んだウルフウッドさんが、自然な感じで口を開いた。
「そや、トンガリ。明日からまたオンドレと相部屋させてもらうわ。部屋はワイが取っとくから」
ヴァッシュさんは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてウルフウッドさんを穴が開くほど見つめた。それからミリィに視線を移し、また同じようにじーっとミリィの沈んだ表情を見つめる。そんな行動を、律儀にも2度繰り返した。
「……ふうん、分かった」
あら、妙にあっさりとOKしましたこと。……きっと妙な勘違いして納得してますわね、ヴァッシュさん。ミリィとウルフウッドさんが喧嘩でもしたか何かと思っているに違いありませんわ。
「会社からの命令で、経費削減の為にまた私とミリィが一緒の部屋に泊まらなくてはいけなくなってしまったんですの」
なんで私が説明していますの?どうして私が罪悪感を感じているんですの?なんだか理不尽ですわ。チキンソテーを切り分けるナイフに、我知らず力がこもった。
「なんで嬢ちゃんが不機嫌になってんの?」
ウルフウッドさんが不思議そうに私に尋ねる。
「私が?私は別に不機嫌になんかなっていませんわ!」
いけない、思わず語尾が強くなってしまった。これでは『自分は不機嫌です』と認めているようなものだ。しかたがない、事実不機嫌なのだから。
その原因はわからなくとも。
気まずくなった雰囲気から逃げ出すように、ウルフウッドさんが黒ビールを口に運ぶ。ミリィはおろおろとウルフウッドさんと私の間で顔を往復させた。
「……だっていい気持ちはしませんわよ、二人の仲を裂くなんて無粋なことをしなければいけないんですから。あ、断っておきますが、私は嫁入り前の娘が男性と同室するという状況に諸手をあげて賛成している訳ではありませんわよ。その点は間違えないで下さいませね」
だから、どうして私が弁解していますの?私が二人の仲に割って入った訳でありませんのに。
「なるほど。それはしかたないよねぇ」
ヴァッシュさんは私の顔を見つめて、主語のはっきりしない相づちを漏らした。それからウルフウッドさんに向かってそっと耳打ちした。何を言ったのかは全く聞き取れなかったけれど。多分、先ほどの私と同じ様な事を考えたに違いないでしょう。だって、それを聞いたウルフウッドさんがぴくりと眉を上げて、『余計なお世話や、お節介男』と忌々しそうに呟いたのだから。
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手をつなごう。
口づけを交わそう。
互いに腕を伸ばし、飽きることなく抱き合おう。
僕がさらけ出すことも出来ずにいる傷を、君は知っている。
知っているのに、決して触れようとはしない。
けれど、僕には分かる。
これから先も君は無理に傷を癒そうとはしないだろう。
そうすることで更に傷が深くなることを知っているから。
だから君は、これ以上傷が広がらないように、優しく穏やかに僕を包むだけ。
消えない傷がある……と言うことを、言葉ではない直感で気付いている。
その無惨な傷を隠していることまでも含めて、僕の全てを愛してくれている。
僕だって分かっている。
いつまでもこの暖かさに酔うわけにはいかないことぐらい。
今までにしてきたこと。
これからやらなければいけないこと。
決して忘れる訳にはいかない。
でも。
この一時だけは。
君を僕の腕の中に感じていたい。
君の胸に額を預けさせて欲しい。
誰にと言うわけではないけれど、誰かにそう許しを乞うてしまう僕がいる。
黄砂の吹き荒れる窓の外に目をやれば、そこに古ぼけた黄金の月がかすかに光る。
そしてふと僕は我に返る。
今、あそこに見える月は紛い物だ。
あれは美しい黄金に輝く月などではない。
荒れ狂う黄色い砂の紗幕が、不吉な伝説の穿たれた赤い月の色を変えているだけだ。
許されるはずがない。永遠に。
でも祈らずにはいられない。たとえ聞き届けられなくとも。
どうか一瞬でも長く。
この穏やかな空気に包まれていられるように。
僕が二度と純粋を手に入れられなくても。
口づけを交わそう。
互いに腕を伸ばし、飽きることなく抱き合おう。
僕がさらけ出すことも出来ずにいる傷を、君は知っている。
知っているのに、決して触れようとはしない。
けれど、僕には分かる。
これから先も君は無理に傷を癒そうとはしないだろう。
そうすることで更に傷が深くなることを知っているから。
だから君は、これ以上傷が広がらないように、優しく穏やかに僕を包むだけ。
消えない傷がある……と言うことを、言葉ではない直感で気付いている。
その無惨な傷を隠していることまでも含めて、僕の全てを愛してくれている。
僕だって分かっている。
いつまでもこの暖かさに酔うわけにはいかないことぐらい。
今までにしてきたこと。
これからやらなければいけないこと。
決して忘れる訳にはいかない。
でも。
この一時だけは。
君を僕の腕の中に感じていたい。
君の胸に額を預けさせて欲しい。
誰にと言うわけではないけれど、誰かにそう許しを乞うてしまう僕がいる。
黄砂の吹き荒れる窓の外に目をやれば、そこに古ぼけた黄金の月がかすかに光る。
そしてふと僕は我に返る。
今、あそこに見える月は紛い物だ。
あれは美しい黄金に輝く月などではない。
荒れ狂う黄色い砂の紗幕が、不吉な伝説の穿たれた赤い月の色を変えているだけだ。
許されるはずがない。永遠に。
でも祈らずにはいられない。たとえ聞き届けられなくとも。
どうか一瞬でも長く。
この穏やかな空気に包まれていられるように。
僕が二度と純粋を手に入れられなくても。
「アバさん。クッキー焼けるんですか?」
フラスコに遊びに来たのはメイとディズィー。最近対戦したスレイヤーが「興味があるなら行きたまえ。彼女の焼くクッキーはなかなかだった」と言ったからだ。
「ボクもたまにやってるんだよねー。なかなか上手くいかなくてー」
メイの焼くクッキーは、形は普通なのだが味は何故か不味いのだ。
逆に、ディズィーのクッキーは、ディズィーの見ていない隙にネクロがイタズラをし、火を吹くほど辛くしてしまうのだ(ネクロからすれば、ディズィーに馴々しくするなと言いたいが故の行為である)
アバは、しばらく黙っていた。
「…つまり、私の焼くクッキー食べたいの…?」
二人が目を輝かせて頷くので、アバは厨房に向かった。
部屋にはパラケルスと二人が残されていた。
メイとディズィーが、どんなクッキーかと楽しそうに話しているのを聞いて、パラケルスはため息をついた。
「二人とも。あまり期待しないで今のうちに帰った方が良い」
パラケルスの突然の言葉にメイが反論した。
「な、何!?せっかくアバさんが作ってくれてるのに失敬な事言うなぁ。鍵斧君」
「Σ我はフラメント・ナーゲルだ!!…じゃなくて、悪い事は言わん。すぐ帰るんだ」
ディズィーも反論した。
「何故ですか?メイさんの言う通り、アバさんが作ってくれてるのに…」
パラケルスはまたため息をついた。
「…何故スレイヤーが、アバのクッキーを高く評価したと思うのだ?」
意味が解らず、二人とも顔を見合わせた時。
「…出来たよ」
可愛らしい皿に、きれいな形のクッキーが置かれていた。アルファベットの「A・B・O・AB」の形をしている。形は申し分ないが、何故かそのクッキーは真っ赤なのだ。
「いただきまーす」
二人はそれを手に取り頬張った。パラケルスの止める間もなく飲み込んでしまった。
「…ケホッ!!なんか変わった味だね」
メイが咳き込みながら呟く傍ら、美味しそうにクッキーを食べるディズィー。
「そうですか?凄く美味しいですよ?」
メイはたまらず何を入れたのかアバに質問した。
「えぇと、小麦粉と水と……それから…」
言われていく材料は、普通のモノばかりだ。しかし……
「最後に、私の輸血パック四個分の血……」
……………え?
………今…何て?
血液入りクッキー!!??
(だから言ったのに…)
パラケルスは、喚くメイを哀れと見つめながら、三度目のため息をついた。
END
フラスコに遊びに来たのはメイとディズィー。最近対戦したスレイヤーが「興味があるなら行きたまえ。彼女の焼くクッキーはなかなかだった」と言ったからだ。
「ボクもたまにやってるんだよねー。なかなか上手くいかなくてー」
メイの焼くクッキーは、形は普通なのだが味は何故か不味いのだ。
逆に、ディズィーのクッキーは、ディズィーの見ていない隙にネクロがイタズラをし、火を吹くほど辛くしてしまうのだ(ネクロからすれば、ディズィーに馴々しくするなと言いたいが故の行為である)
アバは、しばらく黙っていた。
「…つまり、私の焼くクッキー食べたいの…?」
二人が目を輝かせて頷くので、アバは厨房に向かった。
部屋にはパラケルスと二人が残されていた。
メイとディズィーが、どんなクッキーかと楽しそうに話しているのを聞いて、パラケルスはため息をついた。
「二人とも。あまり期待しないで今のうちに帰った方が良い」
パラケルスの突然の言葉にメイが反論した。
「な、何!?せっかくアバさんが作ってくれてるのに失敬な事言うなぁ。鍵斧君」
「Σ我はフラメント・ナーゲルだ!!…じゃなくて、悪い事は言わん。すぐ帰るんだ」
ディズィーも反論した。
「何故ですか?メイさんの言う通り、アバさんが作ってくれてるのに…」
パラケルスはまたため息をついた。
「…何故スレイヤーが、アバのクッキーを高く評価したと思うのだ?」
意味が解らず、二人とも顔を見合わせた時。
「…出来たよ」
可愛らしい皿に、きれいな形のクッキーが置かれていた。アルファベットの「A・B・O・AB」の形をしている。形は申し分ないが、何故かそのクッキーは真っ赤なのだ。
「いただきまーす」
二人はそれを手に取り頬張った。パラケルスの止める間もなく飲み込んでしまった。
「…ケホッ!!なんか変わった味だね」
メイが咳き込みながら呟く傍ら、美味しそうにクッキーを食べるディズィー。
「そうですか?凄く美味しいですよ?」
メイはたまらず何を入れたのかアバに質問した。
「えぇと、小麦粉と水と……それから…」
言われていく材料は、普通のモノばかりだ。しかし……
「最後に、私の輸血パック四個分の血……」
……………え?
………今…何て?
血液入りクッキー!!??
(だから言ったのに…)
パラケルスは、喚くメイを哀れと見つめながら、三度目のため息をついた。
END
甘い一日2
高度一万キロあたり。
船の甲板で、あー、平和だ。
・・・なんて思っていたのは一人の少女によってかき消された。
「ねぇねぇ、ジョニー」
「んー、何だい?」
少女はにっこりと、ジョニーのもとに歩み寄ってきた。
ただし、後ろ手に。
ちらりとそれを確認すると、ジョニーは早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られた。
前回も同じような状況でひどい目に合っている。
「はい、これ!」
差し出されたものは、可愛らしく凝ったラッピングが施されていた。
前よりは成長の兆しが見えるが、如何せん中身までは分からない。
「・・これは、何かな?」
「クッキーだよ。
最近ジョニーが疲れているみたいだから、甘いものがいいかなーって。
リープさんに教わって作ったの。」
彼女に教わったなら少しはマシだとも思うが、自分の身を優先したい。
だが、どうしたもんか。
ここで受け取らなければすぐに拗ねて山田さんを出すだろう。
やれやれ。
「ね! 早く食べてみて!」
「しょーがないな」
(だいじょぶかな、俺の腹・・・)
そして、ラッピングを解いてクッキーがどんなものか知った。
前に比べて異臭がしないのは上達したと思う。
星の形をしていたり、丸かったりするのも上達したと思う。
だが、色が紫と緑だった。
これはさつまいもとほうれん草でも入っているのか?
いや、そうだと信じたい。
だが仮に入っていても、正直、食べたくない。
「これの材料は何だ?」
「ふふふ、秘密v」
怖っ!!!
「リープさんも驚いてたんだ。きっと僕のが凄く上手く出来たからだよね。」
それは反対の場合も考えておくべきなんじゃないだろうか。
「どれどれ・・・。」
食べるふりをして、隠すってどうだろうか。
思いついたが、その案はすぐに却下された。
メイが近くに居過ぎる。
俺の手元をじっと見ているから。
妙なところで鋭いからすぐにばれるだろう。
持ったまま固まっていられる時間のリミットも迫ってきた。
さぁ、どうする?
俺の体の無事は諦めるか。
ぱくり。
・・・・・・・。
「辛っ!!!」
突然、俺が大声を出したのでメイはちょっとびっくりしていた。
「メーイ、このクッキーはどうして辛いんだい?」
「え、だってジョニー甘いもの苦手でしょ。
だから甘さ控えめにしようとして唐辛子を入れてみたのv」
「・・・・・・。」
「まだまだあるから、一杯食べてねv」
そういって、どこから出したのかタッパーに詰められたクッキーを俺に手渡す。
「・・・。」
(もう勘弁してくれ・・・)
ジョニーは眩暈を覚えた。
END
高度一万キロあたり。
船の甲板で、あー、平和だ。
・・・なんて思っていたのは一人の少女によってかき消された。
「ねぇねぇ、ジョニー」
「んー、何だい?」
少女はにっこりと、ジョニーのもとに歩み寄ってきた。
ただし、後ろ手に。
ちらりとそれを確認すると、ジョニーは早くこの場を立ち去りたい衝動に駆られた。
前回も同じような状況でひどい目に合っている。
「はい、これ!」
差し出されたものは、可愛らしく凝ったラッピングが施されていた。
前よりは成長の兆しが見えるが、如何せん中身までは分からない。
「・・これは、何かな?」
「クッキーだよ。
最近ジョニーが疲れているみたいだから、甘いものがいいかなーって。
リープさんに教わって作ったの。」
彼女に教わったなら少しはマシだとも思うが、自分の身を優先したい。
だが、どうしたもんか。
ここで受け取らなければすぐに拗ねて山田さんを出すだろう。
やれやれ。
「ね! 早く食べてみて!」
「しょーがないな」
(だいじょぶかな、俺の腹・・・)
そして、ラッピングを解いてクッキーがどんなものか知った。
前に比べて異臭がしないのは上達したと思う。
星の形をしていたり、丸かったりするのも上達したと思う。
だが、色が紫と緑だった。
これはさつまいもとほうれん草でも入っているのか?
いや、そうだと信じたい。
だが仮に入っていても、正直、食べたくない。
「これの材料は何だ?」
「ふふふ、秘密v」
怖っ!!!
「リープさんも驚いてたんだ。きっと僕のが凄く上手く出来たからだよね。」
それは反対の場合も考えておくべきなんじゃないだろうか。
「どれどれ・・・。」
食べるふりをして、隠すってどうだろうか。
思いついたが、その案はすぐに却下された。
メイが近くに居過ぎる。
俺の手元をじっと見ているから。
妙なところで鋭いからすぐにばれるだろう。
持ったまま固まっていられる時間のリミットも迫ってきた。
さぁ、どうする?
俺の体の無事は諦めるか。
ぱくり。
・・・・・・・。
「辛っ!!!」
突然、俺が大声を出したのでメイはちょっとびっくりしていた。
「メーイ、このクッキーはどうして辛いんだい?」
「え、だってジョニー甘いもの苦手でしょ。
だから甘さ控えめにしようとして唐辛子を入れてみたのv」
「・・・・・・。」
「まだまだあるから、一杯食べてねv」
そういって、どこから出したのかタッパーに詰められたクッキーを俺に手渡す。
「・・・。」
(もう勘弁してくれ・・・)
ジョニーは眩暈を覚えた。
END
甘い一日1
「ねぇねぇ、ジョニー」
「何だ、メイ」
「あのね、これ一生懸命作ったの。食べてv」
そう言って、メイは綺麗に包装された物をジョニーに差し出す。
「ありがとよ。」
男は躊躇いながらもそれを受け取った。
受け取ってもメイは立ち去らずに、にこにこと見ている。
ジョニーの背中に一筋の汗が流れた。
「そんなに見ていなくても、ちゃんと後で食べるぜ?」
「だって、いつも後で、って言って。
ホントに食べてるのか気になるんだもん。」
「・・・。」
困った。
ジョニーは心底悩んだ。
彼女が一生懸命作ったということはわかる。
だが、それはいつも殺人的な出来で、トイレに駆け込んでいるので
体が拒否反応を示すようになってしまったのだ。
口にした瞬間から地獄の始まりだろう。
必死に言い訳を探す。
「生憎、今は腹は減ってないんだ。
これは腹が減った時に食べるからな。
必ず食べるからな?
だから、もう持ち場に戻ってくれ。」
最後のは希望だ。
だが、これでウチのお姫さんは納得してくれないだろう。
「えーーーーーーー。」
予想通り、不満の声だ。
だが、今はこれを口にしてトイレに駆け込みたくはない。
頼むから諦めて欲しい。
暫くメイは不満そうな顔をしていたが、口を開いた。
「絶対食べてくれるんだよね?」
「ああ。」
「絶対だからね。」
「ああ。」
「嘘ついたら食事抜きだからね!」
「ああ。」
納得したのか去っていった。
俺、ああ。しか言ってなかったな。
自室で受け取ったものを開けると食材で作ったはずなのに、
この世のものとは思えない言い表せない臭いが部屋に充満する。
「うっ」
臭いでダメージを受けたが、一応の約束を違えるわけにはいかない。
覚悟を決めてとりあえず一口。
「ぐぁ!」
口の中で広がる臭いと味にジョニーは悶絶した。
(耐えられそうもない・・・)
そのままジョニーは気を失ってしまった。
彼が目を覚ましたのは、再びメイがお菓子を持ってきたときだった。
END
「ねぇねぇ、ジョニー」
「何だ、メイ」
「あのね、これ一生懸命作ったの。食べてv」
そう言って、メイは綺麗に包装された物をジョニーに差し出す。
「ありがとよ。」
男は躊躇いながらもそれを受け取った。
受け取ってもメイは立ち去らずに、にこにこと見ている。
ジョニーの背中に一筋の汗が流れた。
「そんなに見ていなくても、ちゃんと後で食べるぜ?」
「だって、いつも後で、って言って。
ホントに食べてるのか気になるんだもん。」
「・・・。」
困った。
ジョニーは心底悩んだ。
彼女が一生懸命作ったということはわかる。
だが、それはいつも殺人的な出来で、トイレに駆け込んでいるので
体が拒否反応を示すようになってしまったのだ。
口にした瞬間から地獄の始まりだろう。
必死に言い訳を探す。
「生憎、今は腹は減ってないんだ。
これは腹が減った時に食べるからな。
必ず食べるからな?
だから、もう持ち場に戻ってくれ。」
最後のは希望だ。
だが、これでウチのお姫さんは納得してくれないだろう。
「えーーーーーーー。」
予想通り、不満の声だ。
だが、今はこれを口にしてトイレに駆け込みたくはない。
頼むから諦めて欲しい。
暫くメイは不満そうな顔をしていたが、口を開いた。
「絶対食べてくれるんだよね?」
「ああ。」
「絶対だからね。」
「ああ。」
「嘘ついたら食事抜きだからね!」
「ああ。」
納得したのか去っていった。
俺、ああ。しか言ってなかったな。
自室で受け取ったものを開けると食材で作ったはずなのに、
この世のものとは思えない言い表せない臭いが部屋に充満する。
「うっ」
臭いでダメージを受けたが、一応の約束を違えるわけにはいかない。
覚悟を決めてとりあえず一口。
「ぐぁ!」
口の中で広がる臭いと味にジョニーは悶絶した。
(耐えられそうもない・・・)
そのままジョニーは気を失ってしまった。
彼が目を覚ましたのは、再びメイがお菓子を持ってきたときだった。
END