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いつからだろう。
なんのてらいもなく、ミリィがウルフウッドさんと同じ部屋に泊まるようになったのは。
必然的に私とヴァッシュさんは一人部屋を取る事になり、4人で3部屋という不経済極まりない状況に置かれることになった。

「……とうとう来ましたわね」
 本社のロゴが入った事務用封筒の封を切り、その連絡内容を見た私は、宿の質素な一人部屋のデスクに腰掛けたままひとしきり頭を抱えた後で、気の重いため息を吐いた。

 自室を出て、ミリィとウルフウッドさんが陣取っている隣室のドアの前に立つ。夕方特有のの斜めの日差しが、廊下の窓から容赦なく入ってきて、私の背中に照りつける。幾分かの躊躇いが反映したためだろう控えめなノックに、のっそりとドアを開けたのはウルフウッドさんだった。
「おう、どうしたん嬢ちゃん?」
 ノージャケット姿のウルフウッドさんはとてもくつろいでいる様に見える。そんな単純な事に戸惑いと違和感を覚え、同時に心のどこかにチクリと刺すような痛みを感じた。その痛みの正体が分からなくて、なんとなく不安になる。
「ミリィに用があるんですけれど……それと貴方にも。お邪魔してもよろしいかしら」
 背の高いウルフウッドさんと視線を合わせるのは結構辛い。それに、これから話さなければいけない内容の気まずさも、彼の目を見る事への一握の罪悪感を抱かせる。そんな私の表情を読んだのか、ウルフウッドさんの瞳の色が少しだけ翳るのが分かった。
「エエ話やなさそうやな。……まあ入り」
 ドアを大きく開け放し私を招き入れる。新婚家庭の寝室に踏み込むような躊躇いがあったが、意を決して最初の一歩を進める。
「あれ、先輩。どうしたんですか?」
 コートもネクタイも取り去ったミリィが私を出迎えた。あっけらかんとした笑顔もシャツの襟元のボタンを外したリラックスした姿も、普段から見慣れているはずなのに、どうしていつもと違うように見えるのだろう。そのリラックスした姿を、私以外の誰かに―あからさまに言ってしまえばウルフウッドさんに―見せている事に気付いてしまっただけで、何故か鼓動が早くなる。ノージャケットのウルフウッドさんの姿を見たときに感じた胸の痛み。不安で、悲しくて、苛立たしい胸の痛みがまた襲ってくる感じ。そんな思いに捕らわれる理由が自分自身で分からないから、余計に不安が募る。
そんな不安に負けたくなくて、少し強めの声でミリィに話しかけた。
「つい先ほど、部長から警告の手紙が来ましたわよ、ミリィ」
「部長から?」
「宿の部屋の取り方についてのお小言ですわ」
 視界の隅でウルフウッドさんがびくりと肩を震わせたのがぼんやりと見えた。
「やむを得ない場合を除いては二人部屋を取るようにしろとの警告が、経費の報告をチェックした監査部の方から回ってきたそうです」
「えー!?いいじゃないですか、これくらいー!」
 余計なお世話だと、私自身も思うけれど。アウターを駆け回っている社員に対して、それくらいの贅沢は見逃してくれてもいいじゃありませんの……と文句の一つも言いたくなるけれど。
「明日からはまた以前のように私と二人で寝起きしてもらいますわよ」
「……分かりました」
 絶対に分かっていない。納得なんて出来ないだろう、自分に素直な子だから。それでも頷いたのは、社会人としての良識が働いたから。私はあなたの先輩ですわよ、そんな事くらいこの言葉を口にする前から分かってましたわ。
でも。
そんな寂しそうな目をしないで下さいな。まるで私が恋路の邪魔をしている張本人みたいじゃないですの。悪いのは監査部ですわよ、間違えないで下さい。
「しゃあないやろハニー。自分はお仕事で来てるんやから、会社の言うことはキチンと聞き」
 ウルフウッドさんがミリィを宥める。その背中にはやっぱり『落胆』の2文字が見えているけれど、私もウルフウッドさん自身も、その事に気付かない振りをした。
寄り添うでもなくただ並んで立っている2人の間に流れる空気が、私にはとても羨ましく見えた。
「今日の分はもう前払いで部屋を取ってしまいましたから、取り敢えず今夜はこのままで構いませんわ」
 しかたないという風を装ってかける言葉。本当はすぐにでも部屋を変えることは出来るのだけれど、これは私に出来る精一杯の譲歩。ぱっと輝いたミリィの笑顔と、振り返ったウルフウッドさんの怪しげなウインクを見た私は、心の中で十字を切って密かな覚悟を決めた。
きっと今夜は、より一層の安眠妨害をされることだろう……と。


 やっぱりあの譲歩では不服だったようですわね。夕食時のミリィのしょんぼりとしたフォーク運びがそれを如実に物語っていましたわ。
「どしたの、大きい保険屋さん?元気ないね」
 不作法にも、カレーライスを口に運んだスプーンを加えたまま、ヴァッシュさんがミリィに声をかけた。
「へ?あ、いいえ、なんでもないんです」
「なんでもないって……フォークでスープを飲もうとしている人が言う台詞じゃないよね、それ」
 ぼんやりしてスープボールをフォークでかき回していたミリィは、ヴァッシュさんに指を指された自分の手元を見つめて、それから慌ててフォークとスプーンを持ち替えた。でも流石に自分の口からは言い出しにくいのだろう。『ウルフウッドさんと別の部屋に移らなくてはいけないから落ち込んでいるんです』なんて。
その胸の内を汲んだウルフウッドさんが、自然な感じで口を開いた。
「そや、トンガリ。明日からまたオンドレと相部屋させてもらうわ。部屋はワイが取っとくから」
 ヴァッシュさんは、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしてウルフウッドさんを穴が開くほど見つめた。それからミリィに視線を移し、また同じようにじーっとミリィの沈んだ表情を見つめる。そんな行動を、律儀にも2度繰り返した。
「……ふうん、分かった」
 あら、妙にあっさりとOKしましたこと。……きっと妙な勘違いして納得してますわね、ヴァッシュさん。ミリィとウルフウッドさんが喧嘩でもしたか何かと思っているに違いありませんわ。
「会社からの命令で、経費削減の為にまた私とミリィが一緒の部屋に泊まらなくてはいけなくなってしまったんですの」
 なんで私が説明していますの?どうして私が罪悪感を感じているんですの?なんだか理不尽ですわ。チキンソテーを切り分けるナイフに、我知らず力がこもった。
「なんで嬢ちゃんが不機嫌になってんの?」
 ウルフウッドさんが不思議そうに私に尋ねる。
「私が?私は別に不機嫌になんかなっていませんわ!」
 いけない、思わず語尾が強くなってしまった。これでは『自分は不機嫌です』と認めているようなものだ。しかたがない、事実不機嫌なのだから。
その原因はわからなくとも。
気まずくなった雰囲気から逃げ出すように、ウルフウッドさんが黒ビールを口に運ぶ。ミリィはおろおろとウルフウッドさんと私の間で顔を往復させた。
「……だっていい気持ちはしませんわよ、二人の仲を裂くなんて無粋なことをしなければいけないんですから。あ、断っておきますが、私は嫁入り前の娘が男性と同室するという状況に諸手をあげて賛成している訳ではありませんわよ。その点は間違えないで下さいませね」
 だから、どうして私が弁解していますの?私が二人の仲に割って入った訳でありませんのに。
「なるほど。それはしかたないよねぇ」
 ヴァッシュさんは私の顔を見つめて、主語のはっきりしない相づちを漏らした。それからウルフウッドさんに向かってそっと耳打ちした。何を言ったのかは全く聞き取れなかったけれど。多分、先ほどの私と同じ様な事を考えたに違いないでしょう。だって、それを聞いたウルフウッドさんがぴくりと眉を上げて、『余計なお世話や、お節介男』と忌々しそうに呟いたのだから。
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