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Beautiful Hair ?






「カイさん髪伸びたねー」

おかわり分の紅茶を入れようとして、
顔にかかった自分の前髪をカイが払ったのを見て、唐突にメイが言った。
巴里にある、カイの家。
メイの隣にはディズィー、少しずれてアクセルも座っており、
皆の前にある大きめのテーブルの上には、ケーキと紅茶が並べられている。

――事の発端は、4時間程前にさかのぼる。





昼の時間帯に近付くにつれ、段々と人の数が増して
賑わいだした巴里の商店街をカイは歩いていた。
歩調に合わせるように揺れる長めの上着は、警察機構の制服である。
この商店街を抜けた先に、目的の部署のある建物が建っている。
真っ直ぐそちらに歩みを進めていたカイの足が、ふと止まった。

今、見覚えのある姿が見えたような。

確かめようと少しそちらに近付くと、
傍を通り過ぎる大人に時々隠れてしまうが、
どこか頼りない足取りで歩くその人物は、確かに見知った顔だった。
黒とオレンジで統一された服と、同じくオレンジ色をした大きめの帽子。
長めの髪を、その帽子に通して高い位置で止めている。
いつも手にしている愛用の武器、船のイカリはないようだが。
どうして、こんなところに?

「メイさん?」
「…?!」
声の届くところまで近付いてから声を掛けると、
振り返りかけたメイは何故か突然、カイから逃げるように走り出す。
「ちょっ…メイさん!何で逃げるんですかっ」
「ひ、人違いよっ!私は快賊団のメイなんかじゃ…」
「…私です、カイ=キスクです!」
「!……カイさん?」
距離を離される前に追いついて名乗ると、メイは驚いたように振り返り、
カイの顔を認めてやっとその足を止める。
「なあんだ、てっきり警察の人かと思っちゃった」
「…………一応、警察です」
どうやらカイの着ている制服を見て逃げたらしい。
メイなどはその容姿や明るく活発な性格のせいで時々忘れそうになるが、
彼女の家族――ジェリーフィッシュ快賊団は、
義賊ではあるが世界中の警察機関に手配がかけられ、賞金首にもなっている。
メイとて例外ではない。
でも、
「またまた~。もし前みたいにジョニーが捕まったらよろしくね、カイさんv」
「はぁ…」
やはりこの少女を相手に逮捕しようなどという気はおきない。
にっこり笑いながら、人の行き交う往来で、
国際警察機構の長官に白昼堂々とんでもないお願いをする賞金首の少女に、
思わず返事を返してしまってから、カイは小さく笑った。
「それで、どうしてあなたがこんな所にいるんです?」
さっき思った事を聞いてみると、
メイは大きな目をきょろきょろと動かして周りを見やる。
「それが、ディズィーと買い物に来たんだけど、ここ初めてで…。
いつの間にかディズィーがいなくなっちゃって」
「つまり、ディズィーさんとはぐれてしまった訳ですね?」
「うん」
先程の心許ない歩き方に合点がいって、カイは軽く辺りを見回した。
初めて来たというメイでは、ディズィーを探している内に
自分が道に迷ってしまう事もありうる。
それに、まだ人間の暮らす世界に不慣れであるディズィーも心配である。
何より、友人が困っているのを放っておく訳にはいかない。
カイは即座に決断を下すと、少しかがむようにして、メイと目線を合わせた。
「では、私もお手伝いしますから、一緒にディズィーさんを探しましょう」
「いいの?…でもカイさん、仕事の途中じゃ」
「ああ、いいんですよ。急ぎの用ではありませんから」
それを聞いてぱっと明るくなったメイの表情につられるようにして、カイも笑った。

巴里の街は広い。
とは言っても、買い物に来たのだから、多分商店街のどこかにいるだろう。
次々とすれ違う人にも注意を配りながら、
カイとメイは1軒ずつ店を覗いて歩いていく。
ふと、何かに服を引っ張られているのに気付いて、カイは視線を落とす。
そこにあったのは、メイの手だった。
巴里の地理をよく知っている自分はともかく、そうでないメイはやはり不安なのだろう。
カイとはぐれないようにしているのか、カイの制服を掴んだまま、
必死に辺りを見回しながら、メイは一緒に歩いている。
子供扱いされるのを嫌がるメイだが
(自分も若干1名に似たような扱いをされるのでちょっと親近感を抱いてしまったりもする)、
こういうところは歳相応で、かわいらしいと思う。
知らず笑みをこぼしたカイの視界に、探している人物が飛び込んできた。
「あ、あそこにいましたよ」
「ディズィー!!」
カイが示した方向にディズィーの姿を見つけると、
メイはカイから手を放して駆けていく。

ディズィーがいたのは、ケーキ店のショーウインドウの前だった。
初めて見る色とりどりの綺麗なケーキに目を奪われて、ずっとそこにいたらしい。
「カイさんにまで御迷惑をかけてしまって、すみませんでした」
「構いませんよ。無事でなによりです」
「確かに美味しそうだよねー」
恥ずかしそうに謝るディズィーに笑顔で返すカイに対し、
ディズィーが見つかって安心したメイの視線は、すでにケーキの方にいっている。
そんな2人を見てある事を思いついたカイは、上着をポケットを探る。
「御二人共、この後はお暇ですか?」
「そうだね、買い物も済ませたし……どうして?」
不思議そうに首を傾げるメイと、同じように自分を見ているディズィーに、
少し悪戯っぽく、カイは笑いかける。
「もしよろしければ、おつかいを頼んでもよいですか?」
「おつかい、ですか?」
「私はこの後少し仕事が残ってるんですが、今日は昼には終わるんです。
だから、その間にいくつかお好きなケーキを選んで、買っておいていただけますか?
後で私の家で合流して、お茶にしましょう」
「…!うん、いいよ!」
カイの提案を理解したメイが、みるみる満面の笑顔になる。
「それじゃあ、お金を渡しておきますね。
食べられる分ならいくつでも構いませんから」
「はい。……ありがとうございます、カイさん」
カイに代金を渡されて、少し戸惑い気味だったディズィーも、
やがて嬉しそうにふわりと微笑んだ。

「さて、メイさんもディズィーさんも、私の家は御存知ないですよね」
家の場所を教えておけばよいのだが、また迷ってしまわないかといささか不安になる。
と、考え込むカイの不安を吹き飛ばすような、やけに明るい声がした。
「カイちゃん、久し振り~!あれ、珍しい。2人も一緒?」
「アクセル!」
声のした方を見るまでもなく誰か分かって、カイが呼びながらそちらに目を向ける。
そこには思った通り、本人の意思とは無関係に神出鬼没なタイムトリッパー、アクセルの姿。
「またどこかの時代から飛んできたの?」
「そうそう、ついさっき。いきなりでさ~」
メイに明るく答えるその声からは、
過酷な運命を背負った人物だという事を微塵も感じさせない。
その強さが、アクセルの良いところだと思う。
「そうだ、アクセル。1つお願いしてもいいですか?」
「ん、何?」
アクセルは突然前にいた時代から飛ばされて、行くあてがない時に
何度かカイの家に転がり込んだ事がある。案内役としては適役だろう。
「私の家の鍵を渡しておきますので、メイさんとディズィーさんの
おつかいが終わった後に、私の家までお連れしていただけませんか?
アクセルにも、お茶をご馳走しますから」
「ほんと?やりぃ。もちろんいいよ」
二つ返事で快諾してもらえて、カイはほっとする。
これがあの面倒事を嫌う男だったら。こうはいかないだろう。

とりあえず話もまとまって、カイは一度3人と別れた。





そんな経緯をへて、今に至る。

「確かに、少し伸びたかもね」
紅茶を啜りながらメイに同意するアクセルに、
カイは自分の前髪を少しつまんでみる。
「そうですか?」
自分ではあまり気にしていなかったので、そうは思わなかったのだが。
「カイさん、以前は髪が短かったんですか?」
「いや、そんなには変わらないけど。でも長くなったかな?」
最近カイと知り合ったディズィーに、カイの髪を見やってアクセルが言う。
「カイさんも1回伸ばしてみたら?
ジョニーみたいに結んだら、かっこいいかもしれないよ」
「うーん、それは……どうなんでしょうね」
「そういえば、この中で髪が短いのカイさんだけですよね」
「私は長く伸ばして、ジョニーに女らしさをアピールよ!」
「俺様は長い髪の似合うイイ男だからねー」
いつの間にやら、髪の話題で盛り上がっている。
カイは久方振りに、気心の知れた友人達との会話を楽しんだ。



「アクセル、今日は行くあてはあるんですか?
飛ばされてきたばかりだと言ってましたが」
太陽が落ちかけて、辺りの景色がオレンジ色に染まる頃。
賑わったお茶会もお開きになって、
感謝の言葉を残して帰るメイとディズィーに
続こうとしたアクセルを、カイが呼び止める。
「もしないのでしたら、泊まっていって構いませんよ」
「あ、うんッ。今日は大丈夫!どうもありがとうね」
心なしか焦ったように断るアクセルにカイは軽く首を傾げたが、
幸いその理由を追求しようとはしなかった。

「…ほんとはそのつもりだったんだけどね…」
カイの家を出たところで、アクセルは一人呟く。

メイとディズィーのおつかいが終わった後、3人はカイより早く、彼の家に着いた。
そこで預かっていた鍵を使い、アクセルが一番先に家の中へ入ったのだが。
かすかに、人のいた気配がしたのだ。
カイは朝から仕事で、一度も自宅には戻っていないはずである。
――となれば、思い当たる人物は1人しかいない。
きっと仕事に出たカイと入れ違いになって、外で暇つぶしでもしているのだろう。
だとすれば、夜に戻ってくる可能性が高い。
そんなところに、カイと一緒に自分がいたら。
その鋭い眼光だけで人が殺せそうなその男は、そっけない性格の割に、独占欲が強い。
いや、ある意味性格通りとも言えようか。
……睨まれる程度で済めばいいが、最悪、燃やされる。
触らぬソルに祟りなし、である。
「…宿探そ」
気のせいではなく背中に寒気を感じて、アクセルは足を速めた。



太陽の代わりに月が空に顔を出して、
暗くなった辺りをかすかに照らし出すようになった頃。
机の上でふと仕事の手を止めたカイは、傍に置いてある鏡をそっと覗いてみた。
自分の髪に、触れてみる。
「…長いかな」
カイ本人は全く気にしていなかったが、人からそう言われるとどうにも気になってくる。
確かに、前髪などは時々目にかかる事があるのだけれど。
後ろ髪は見えないので、今度休みの日に切りに行くとして、
前髪くらいなら邪魔にならない程度に切ってしまえるだろうか。
考えている内にどんどん髪が気になってきたカイは、
机の引出しの中を探ってハサミを取り出すと、逆の手で鏡を持つ。
そうして、前髪にハサミの刃をあてて。

「何してんだ?坊や」


ジャキン。


「あああああっ?!」

いきなりかけられた背後からの声に、驚いて勢いよく
ハサミを閉じてしまったカイが思わず悲鳴に近い声を上げる。



その夜、空に雨雲1つない巴里の市街地から小さく聞こえた雷鳴に、
カイと入れ違いで夜まで働いていたベルナルドはちょっと胸騒ぎがしたという。



カイが何をやっているのかは知らなかったが、
驚かそうとして背後から近付いていたソルは、
カイの為に紅茶を入れる事で許してもらったとか。



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春の日差しもうららかな午後、快賊とハーフギアの少女という珍しいお客がカイの家へと訪ていた。
「それでぇ、ジョニーったら今日になっていきなりドタキャンだよー。ひどいよねぇ」
 予定していたデートを反古にされた愚痴を聞かせるともなしにしゃべり続けるメイは、ソファの前のテーブルに突っ伏しぎみに、いささか行儀悪く出されたビスケットを囓る。
「まったくさぁ、男の人って仕事仕事って言えばすむって思ってるもんなのかな?」
 ねえ?と水を向けられ、困ったように曖昧な笑みを浮かべてカイはお茶を注ぐ手を止める。
「さぁ…どうなんでしょうね。それよりメイさん、床に座ってると冷えますよ」
「んー、じゃあクッション借りてもいいですか?」
 どうやらそのポジションが気に入ってしまったらしいメイに動くつもりはないらしい。カイから受け取ったクッションをお尻の下に敷きながら、淹れてもらった紅茶に手を伸ばす。
「あーあ、暇だよー。何かおもしろいことないかなぁ」
そう言われても、もともと娯楽にあまり縁のないカイの家にはこれといった物は置いてない。トランプくらいなら探せば出てくるかもしれないが。
「あ、あの…」
 今まで黙って紅茶を飲んでいたディズィーが遠慮がちに口を開いた。
「来る途中で見かけたんですけど、苺狩りなんてどうでしょうか…」
「ああ、この先の農園の…」
「あーそれいい! 苺大好きっ
」苺という言葉に反応して顔を上げたメイの目は輝いている。言い出したディズィーはもとより、特にすることがない以上カイに否やはなかった。そうと決まれば早いもの、カイは2人の少女のお供をして、苺狩りへと出掛けたのだった。
農園のビニールハウスの中は日の光の空気が暖まっていて、ムッとするほど濃厚な苺の香りが充満している。流石に入った瞬間は3人ともわずかに顔を顰めたが、慣れてしまえばどうということはない。広いハウスの中には数組の親子連れが見られる。さしずめカイは妹のお守りをしている兄といったところだろうか。
「わー、甘くて美味しいーv」
メイはさっそく摘んだ苺にぱくつき、幸せそうに顔を綻ばせている。
「見て見て、これなんかすっごい大きい!」
「本当、すごいですね。私、栽培されてる苺って初めて見ました」
ディズィーが言うには、今まで自生しているワイルドベリーしかお目に掛かったことがないらしい。
「そうなの? じゃあ今日はいっぱい食べて帰らなきゃ損だよ」
「お土産も買えますしね」
「はいっ。そうします」
嬉しさにか頬をほんのり上気させているディズィーに、カイとメイも嬉しそうに微笑んだ。
大粒の苺は確かに見事で、口に入れると甘酸っぱさが広がってなんとも幸せな気分になる。メイとディズィーの会話を微笑ましく見守りながら、カイも春の恵みを堪能する。
そんな中で、ぽつりとディズィーが漏らした発言にメイが吹きだした。
「こんなに楽しいのだから、ソルさんもご一緒すればよかったですね」
「……そ、う…でしょうか……」
出掛ける前にキッチンで新聞を読んでいたソルに一応声を掛けたのだが、興味がなかったのか断られた。確かに苺畑の中にいるソルなんて可笑しい。というより怖いかもしれない。カイは曖昧な笑みを返すしかできなかった。
「えーっ、ソルさんに苺って可笑しいよー」
「そうかしら? ソルさんって赤が似合うから、苺も似合うと思ったんだけれど…」
苺の似合うソル!
瞬時にどんな想像をしたのか、メイは腹を抱えて蹲り、カイは必死に笑いを堪えて顔を背けた。
「メ、メイさん…。そんなに、笑ったら、失礼ですよ」
「カイさんこそー。ぷぷぷっ」
「?」
爆弾発言をかましたディズィーは何がそんなに可笑しいのかわからずに、ただただ二人の笑いが収まるのを不思議そうな顔で待つのだった。

メイとディズィーを見送った後で軽く夕飯を済ませ、カイは食後のデザートの支度に取りかかる。

「ソル。苺食べますよね?」
返事を待たずに洗った苺盛った皿をテーブルへと置き、キッチンへととって返す。戻ってきたその手には、大きなガラスボウルと砂糖と牛乳。
何をおっぱじめるんだとしばし黙って見ていれば、目の前でカイはおもむろにヘタを取った苺をボウルに入れて砂糖と牛乳をかけると底の平たい独特の形をすたスプーンで苺を潰し始めた。

「何やってんだ?」

「何って、イチゴミルクを作ってるんですけど。…ソルも食べます?」

振られてソルは心底嫌そうな顔をする。ソルにしてみれば、ただでさえ甘ったるい苺をさらに甘くするなど胸焼けがしそうな考えだった。

「……ガキかお前は」

嬉しそうにボウルの中味にぱくつくカイは、しかしソルの子供扱いに怒るでもなく、照れたように笑ってみせる。
「子供の時、こうやってボウルに一杯これを食べるのが夢だったんですよ」
「ああ、なるほどな」
子供の頃のたわいのない夢を、大人になってから実践するのはよくある話だ。
「ソルもそういった経験ってありますか?」
「なくはないが…。バケツにいっぱい食いたいって思ったことはあるな」
「え、何をですか? 教えてくれたっていいでしょう」
どこか言いにくそうにしているソルに、是が非でも聞きたくなってくる。ましてや貴重なソルの子供時代の話だ。カイが興味津々にしつこく食い下がる。
「……プリン」
ぼそりと呟かれた単語に、思わずカイは吹きだしてしまう。
「…笑うな。会ったばっかりのてめぇよりガキの頃の話だ」
「そりゃ、わかってますけど…」
ソルがプリンの好きな少年だったなんて!今の雰囲気とのギャップに笑わずにはいられない。
「今ならそれくらい食べられますよね。何なら作ってあげましょうか?」
「いらねぇ」
なかなか笑いが収まらないカイに、ソルは言うんじゃなかったと憮然とした表情でそっぽを向いた。そんなソルがまた可笑しくて、悪いと思いつつもカイは笑い続ける。
「バケツ一杯分って、卵がどれくらい必要かなぁ」
「いらねぇって言ってんだろうが…」
後日、子供の時の夢を、胸焼けとともに叶えることになるとは、ソルは思ってもみなかったのだった。
 

+++++++++++++++


□第3話 夏祭り
「……暑ィ」
「……暑いわ……」
「暑いねぇ……」
「暑いよぉ~……」
「暑いアルねぇ……」
「暑いですね……」
「暑ィな……」
「だぁぁっ!!暑い暑いってうざってえんだよテメェらは!!」
 昼休みの教室。
 ソルがいきなり立ち上がってぶち切れる。
 夏の陽気のせいで、ソルの怒りのリミット値も大分低くなっているようだ。
「そんなこといったってさ旦那ぁ、暑いもんはしょーがねーでしょ」
「暑いって言っちまったら余計暑くなるだろうがっ!!」
 アクセルの抗議に対しても、頭ごなしに怒鳴りつける。
「怒鳴る方が暑くなるわよ」
「……ちっ……」
 ミリアに鋭く指摘され、ソルは不機嫌そうに舌打ちすると、どっかと椅子に腰をおろした。
 そう、今は七月上旬。
 ミリア達が転校してきてから二週間近くが経っている。
 十日ほど前に衣替えはしたのだが、はっきりいってそんなものは役に立たない。
 この時期は、学校生活でもベスト3に入る辛い時期だ(少なくとも作者にとっては)。
 当然、私立とはいえ高校なので、クーラーは特定の教室にしかない。
「うー……プール授業やりたいよ~」
 メイが暑さで体全体を「たれぱんだ」のように垂れさせて言う。
 どうやら暑さには弱いタチらしい。
「今日は体育がないんでしたね……」
「どのみち涼しいのは入ってる間だけだしな……」
 珍しくカイと闇慈が愚痴を言う。
「あと二時間か……長ぇよな」
「そうね……なにか後に楽しみがあれば我慢も出来るんだけど」
「楽しみ……そういえばさ」
 ミリアのセリフで何か思いついたのか、アクセルが口を開いた。
「何かあるの?」
「今日、街外れの神社で夏祭りがあるんだ」
「夏祭り……」
「祭り……」
 その単語に反応して、ソルまでもが黙り込む。
 しばらく沈黙した後、
「あと二時間……がんばるか」
 あっさりとチップが締めた。
「そうだな」
「お祭り、お祭り!」
 メイに至っては、すでに垂れていた体も元に戻っている。
 そして、ちょうどいい具合にチャイムが鳴る。
 すぐにジョニーがやってきて、世界史の授業が始まった。

 そして放課後……
 ミリアは一人で教室に残っていた。
 日直の仕事で日誌を書いていたら遅くなったのだ。
 いつもは一緒に帰っているソルも、用事があるといって帰ってしまった。
「夏祭りね……どうせ暇だし、行ってみようかしら」
 ミリアは一人で呟くと、カバンと日誌を持って教室を出た。
 あとは日誌を担任の梅喧に届ければ仕事は終わりだ。
「失礼します」
 職員室の扉を開けて、梅喧の机を探す。
 確かに、梅喧はいた。
 だが、見覚えのある顔も近くにいた。
 というより、梅喧に引っ付いている。
「なー、梅喧ちゃ~ん、夏祭り一緒に行こーぜー?」
「やかましいっ!引っ付くな!暑苦しい!」
「ここクーラー効きまくってるけど?」
「揚げ足を取るなっ!!」
 梅喧に引っ付いているのは、闇慈だった。
 いつもの愛嬌があるような笑みを浮かべて、梅喧をからかっている。
 だが、その表情はいつもより楽しそうだ。
「ねーねー、行こーってば」
「仕事が忙しいから行かん!」
 梅喧は闇慈を力ずくで引っぺがすと、床にポイッと投げ捨てた。
 その拍子に、日誌を持って立っていたミリアを見つける。
「お、日誌持ってきたのか」
「あ、はい。じゃ、これ」
「ご苦労さん。ああ、悪いがついでにこいつも引きずってってくれ」
 梅喧は床に転がったままの闇慈を指差した。
 ミリアは少し戸惑ったあと、闇慈の襟首を引っつかんで文字通り引きずっていく。
「ちょ、ちょっと待てってミリア!!」
「待たないわよ」
 そのまま闇慈を引きずって職員室の外に出ると、掴んでいた襟首を離す。
「ひっでえなぁ、せっかく人が愛しい人との一時を過ごしてたっていうのによー」
 闇慈が口を尖らせて言う。
 それを聞いて、ミリアはこめかみを押さえてため息をつく。
「あなた……相当恥ずかしいセリフ言ってるってわかってる?」
「愛の前には恥も外聞もないんだよ」
 そう言って、闇慈は懐から扇を取り出して、顔をあおぎながら笑った。
「というわけで、もういっぺん行ってこよーっと」
「仕事の邪魔すると、余計お祭りに行けなくなるわよ?」
 ミリアのもっともな意見に、闇慈の動きが一瞬止まる。
「………それでも行くってのが漢だろォ?」
「しょうがないわね……」
 ミリアはもう一度ため息をつくと、『100t』と書かれたお約束のハンマーを何処からともなく取り出した。
「そ……それをどうするんだぁ?」
「こうするに……決まってるでしょ!!」
ゴガギッ!!
『決まってるでしょ!!』の声と共に、ハンマーが闇慈の頭に振り下ろされた。
 かなり鈍い音と共に闇慈が床に倒れふす。
「よいしょっと」
 ミリアはハンマーを投げ捨て、闇慈の両足を抱えて階段を登りはじめる。
 ゴンゴンと闇慈の頭が階段に打ちつけられるが、ミリアは全く取り合わない。
「…………っと。これでいいわね」
 闇慈をロープでぐるぐる巻きにして何処かに吊るすと、ミリアは階段を降りていった。
「さーてと。浴衣でも出そうかしら」
 ミリアの表情は、夏祭りへの期待で楽しそうだ。

「………あ、あん?」
 ミリアが帰ってから少し後、闇慈は目を覚ますと、妙な浮遊感を覚えた。
 というか、実際に体が宙釣りになっている。
「って、屋上―――――――――っ!?」
 そう、ミリアは闇慈を屋上から吊るしていったのだ。
「誰か降ろしてくれ―――――――っ!ってゆーかミリアどこ行った―――――っ!?」
 闇慈の叫びが、夕焼けで染まった学校の敷地に響き渡った。
 そして数分後、闇慈は梅喧によって(半ば故意に)地上に落とされた。


 時間は少し進んで大体七時過ぎ。
 ミリア達の家では、浴衣の準備が始まっていた。
「えへへ、どうかな?」
 浴衣を着たメイが照れたように笑いながら一回転してみせる。
「あのね……これで5回目よ、そのセリフ」
「だぁって~、せっかくジョニーと一緒に行くんだもん」
 そう言うメイの格好は、確かに相当な気合が入っていた。
 イルカとクジラがプリントされたかわいらしい浴衣を身にまとい、髪は滅多につけないピンクのリボンでポニーテールにまとめられている。
「あんまり完璧だと、わざとらしく思われるわよ」
「う、そうかな……」
「そうよ」
 言いながら、ミリアも鏡の中の自分をのぞきこむ。
 全体的に白とが基調で、淡い色合いで模様が描かれた浴衣。
 ヘアスタイルはいつものまま。
 いつもはしないのだが、メイにのせられて薄く化粧もしてある。
「……これなら、大丈夫よね」
「お姉ちゃん、誰に見せるつもり?」
 メイが意地悪そうな目でミリアを見る。
 ミリアは思いっきり動揺し、一気にうろたえはじめた。
「えーと……その……………ク、クラスの人によ」
 本人にしてみれば、精一杯いつものクールな表情を作ったつもりなのだろうが、真っ赤になったその顔は、照れ隠し意外の何物でもない。
「ふーん……ま、いいけど」
「……メイ、あなた私をからかってない?」
「ちょっとだけ」
 ポカッ!
「いった~~~~い!」
 ミリアに頭を軽く殴られ、メイは頭を押さえた。
「……なんか調子狂ってきてるわ……」
「ところで、紗夢姉ちゃんは?」
「ああ、紗夢なら普段着で行くらしいわ」
「なんで?」
「さあ?」
 真相は、浴衣だと絡まれた時に思いっきり暴れられないからなのだが。
 どうも紗夢は人ごみに行くと、ケンカを売られやすい性質らしい。
「さてと。そろそろ行くわよ」
「あ、待ってよ~」
 ミリアが部屋から出ると、メイも一緒に部屋から出てきた。
 部屋の前では、紗夢が腕組みして立っていた。
「やっと終わったアルか」
 紗夢はすっかり待ちくたびれた様子である。
 まあ、一時間近くもあーだこーだやっていたのだから当然であるが。
 ちなみに、紗夢はへそのでるTシャツにジーンズというラフな格好だ。
「ごめんなさい、でもほとんどの原因はメイよ」
「あー、ずるーい!」
「わかったからさっさといくアルよ」
 言いながら三人は一階に降り、玄関で履物をはく。
 ミリアとメイはゲタ、紗夢はバッシュである。
 家を出ると、何人かの人々が神社のほうに向かって歩いていた。
 ミリア達もそれに付いて歩く。
 そして歩く事数分、ミリア達は神社に到着した。
 神社とはいえかなり広く、敷地内は人があふれていた。

 その頃―――――
「……暇でしょうがねえ……」
 ソルは自分の部屋でごろごろとベッドに寝そべって呟いた。
「祭りでも行くか……」
 二階にある自分の部屋から玄関に向かう。
 玄関でスニーカーを履いていると、奥からクリフが出てきた。
「どこか行くのか?」
「祭りだ。……暇だしな」
「土産を頼むぞい」
「……さあな」
 スニーカーを履き終えると、ソルは玄関を空けて外に出る。
 夏特有の湿った暑苦しい空気が体にまとわりつく。
「………うざってぇな………」
 言いながら、ソルは車庫に止めてある大型バイクにまたがった。
 ドルルル、ドルルルッ!!
 エンジンがかかり、ソルのバイクは道路を爆走し始めた。
 ソルの家から神社までは、バイクならそうかからない。
 しばらくバイクを走らせ、ソルは神社に到着した。
「……あいつらも来てんのか?」
 ソルはバイクを所定の場所に止めながら、クラスの仲間の事を思い出して呟いた。

「まいったわね………」
 ミリアは人ごみの中で立ち止まって呟いた。
 あまりの人の多さに、メイや紗夢とはぐれてしまったのだ。
(ま……一人で見て歩くのもいいわね)
 そう思ったミリアは、メイと紗夢を探すことをすっぱりとあきらめ、あてもなく歩き出した。
 ちょうど、入ってきた鳥居が目に入る。
(あ………)
 見知った顔が鳥居の近くにあった。
 そこに向かってゆっくりと歩き出す。
 そして、その人物からほんの数歩離れたところで、背中に声をかける。
「ソル、来てたのね」
 呼びかけられたソルは、ゆっくりと振り向いた。
 が。
「……誰だ?」
「ガクッ!」
 ソルの返答に、ミリアはかなり盛大にずっこけた。
 そう、あたかも○ちゃんファミリーのごとく。
「あのね、ソル。私、ミリアよ?」
「同名の別人か……?あいつはここまで美人じゃねェぞ」
 ごす。
ミ リアが無言で放った肘の一撃が、ソルの顔面を捉えていた。
「……ミリア=レイジか」
「だから!さっきからそう言ってるでしょうが!!」
 ミリアがキレたように叫ぶ。
「悪ィな。浴衣なんぞ着て大人しくしてたからわからなかった」
 スパーーンッ!!
 何処からともなく取り出されたハリセンがソルの頭を引っぱたいた。
「……バカにしてない?」
「そんなつもりはねェんだが」
「まぁいいわ……ところでさっきも言ったけど、来てたのね」
「ああ。こういう祭りとかは嫌いじゃねェからな」
 ソルが何処となく楽しそうにいう。
 表情は相変わらずの仏頂面だが、ミリアから見ればなんとなくわかる。
「一緒に回らない?丁度、メイや紗夢とはぐれてたのよ」
「別にかまわねェぞ」
 ミリアとソルは並んで鳥居をくぐった。
 人の多さに、もうはぐれてしまいそうになる。
「おい」
 ソルが何か言いたそうに口を開く。
「なに?」
「…………なんでもねェ。はぐれんなよ」
 ソルはポケットに手を突っ込んで歩き始める。
 ミリアもなるべくはぐれないように後を追った。
「……そう言えば、闇慈達も来てるのかしらね」
 「なんだそりゃ?」
 ミリアは、闇慈と梅喧の事をソルに話した。
「……来てんじゃねェのか」
「と言うか、居たわ」
 ミリアが指し示す方向には、確かに闇慈と梅喧が居た。
 大量の空の酒瓶と共に。
「はっはっは!!意外と強えじゃねえか闇慈!!」
「いやいやいや!!梅喧ちゃんにはかなわないって!!」
 地べたに座り込み、酒を飲んでは大笑いしている。
 どうやら二人で十升近く空けたらしい。
 凄まじいまでの飲みっぷりである。
 その近くでは、チップとアクセルがぶっ倒れていた。
 おそらくはとばっちりを食って酔いつぶれたのだろう。
「……凄いわ……」
「飲むか?」
「結構よ」
 とその時、闇慈がソル達に気づいて大声で叫ぶ。
「おー!ソルにミリア!!お前達も飲めー!!」
「……逃げるぞ」
 ソルの言葉にミリアも無言でうなずく。
 二人は、関わり合いになる前にサッサと逃げ出した。

「……はぐれたな」
 ソルは一人で呟いた。
 どうやら、逃げる最中にミリアとはぐれてしまったらしい。
 この人ごみでは仕方ない事だが。
「……探すか」
 ソルは来た道を再び戻って歩き出した。
「あ、ソル!!」
 道を戻る途中で、誰かに呼びとめられる。
 辺りを見てみると、少し離れたところでメイが手を振っていた。
 隣には、ジョニーもいる。
「相変わらずイカレた格好だな」
「そいつぁ違うな。これは俺のポリシーだ」
 言ってジョニーはズボンのベルトに手をかける。
 ジョニーの服装は、素肌に黒コート、そして黒ズボンと言うお馴染みの格好だ。
 はっきり言って、この暑さの中では見ているだけで暑苦しい。
「まぁ、テメェの格好なんざどうでもいい」
 ソルは勝手に話を締めくくる。
「あれ、お姉ちゃんと一緒じゃないの?」
 ミリアがいない事に気づいたメイが不思議そうに言う。
「はぐれちまった」
「そりゃデンジャーだな……」
「何処行ったか見てねェか?」
「う~ん……ゴメン、見てない……」
「そうか……」
 ソルはそれだけ言うと、再び歩いていこうとする。
「あ、待って待って!」
「まだ何かあんのか?」
「綿アメ買っていったほうがいいよ」
「あぁ?」
「ほら、お姉ちゃん甘いもの好きだし。ご機嫌取りに、ね」
「……………ありがとよ」
 ソルはわずかに苦笑しながら言い、ヒラヒラと手を振って歩き出した。
「がんばってね~」
 背後で、メイが声を上げるのが聞こえた。

「ふぅ………」
 ボヤーッとした闇の中。
 リアは神社の裏にある石段に座り込んでため息をついていた。
 りには誰もいない。
 ルとはぐれた後、人のいない方へと歩いていたらここに出たのだ。
 と意識を同化させるかのように、ミリアは目を閉じる。
 祭りのざわめきが少し遠くミリアの耳に届く。
 ジャリッ……
 ミリアの耳に、ざわめきに混じって砂利を踏む音が聞こえた。
「………?」
 ミリアが顔を上げると、そこにはソルが立っていた。
 片手に途中で買ったらしい綿アメを持って。
「……ほらよ」
 言って、ぶっきらぼうに綿アメを差し出す。
「………」
 しばらくミリアが呆けていると、ソルは小さく舌打ちする。
「……いらねぇんなら捨てるぞ」
「………食べるわ」
 ひょいっ、とソルの手から綿アメを奪い取り、ミリアはそれにかぶりつく。
 ミリアが綿アメを食べている間に、ソルはミリアの隣に腰を下ろす。
「………何処に行ってたのよ」
「……こいつを買ってたんだよ」
 ソルは、ポケットの中から何かを取り出す。
 それは、線香花火とライターだった。
「あ………」
「やるか?」
「……ええ」
 ミリアは片手で綿アメ、片手で線香花火を持つ。
 ソルは片手にライターをもって、ミリアの線香花火に火をつける。
 線香花火の火は少し燃えた後、玉になり、そして火花を散らす。
「綺麗………久しぶりだわ、線香花火なんて」
 うっとりとした様にミリアが呟く。
「……ガキの頃は良くやったもんだがな」
 ソルの方は、二、三本ほどまとめて火をつける。
 当然、火玉は大きくなる。
「……それって、禁止されてるんじゃ……?」
「細けぇことは気にすんな」
 ソルの線香花火も火花を散らし始める。
 が、まとめて点けたので火玉はすぐに落ちてしまった。
 それを追うようにミリアの火玉も落ちる。
「………終わっちまったな」
「そうね………」
 ミリアはフッ、と目を伏せる。
 そして、すぐに真剣な顔つきになってソルの方に向き直った。
「ソル………本当はあなた、私の事どう思ってるの?」
「………さあな」
 ぶっきらぼうに言って、ソルはライターをいじる。
「………ちゃんと答えて………」
「…………しゃあねぇな…………」
 ぐいっ、とミリアの体がソルに引き寄せられる。
 次の瞬間、ミリアの眼前にソルの顔があった。
 もっと言えば、唇が唇でふさがれていた。
 しばらくそのままでいた後、ソルが唇を離す。
「………っ………!!」
 あまりの事に、ミリアの頭に爆発寸前まで血が上る。
 だが、爆発するよりも早くソルの口が次の言葉をつむぐ。
「今のじゃ、答えにはならねェのか?」
「あ……」
 ようやくミリアは気づく。
 答えは言葉とは限らない。
 想いを伝えられるのは言葉ダケジャナイ―――
「………ずいぶんと甘ぇな」
「……綿アメ食べてたもの……当たり前よ」
 ミリアは恥ずかしげに俯いて言う。
 口調だけはなんとかいつものとおりだったが。
 ミリアの態度に、ソルは満足げに口元だけで笑い、立ちあがる。
「さてと……また行くか?」
「そうね………」
 ミリアも立ちあがり、浴衣についた砂を払う。
「………そらよ」
 石段を降りたところで、ソルの手が差し出される。
 ただし、今度は何も持っていない。
「え……?」
 ミリアは、何の事かわからずに首をかしげる。
「……今度は、はぐれんじゃねぇぞ」
 相変わらずのぶっきらぼうな言い方だった。
 だが、それでも今のミリアにとっては最高に嬉しい心遣いだ。
「ええ………!」
 ミリアは差し出されたソルの手を握り返し、歩き出した。
 顔には出さなかったが、心の底からの幸せをかみしめながら……。


+++++++++++++
□第四話 ~Shade of shadow~

ゾクッ…。
背筋に悪寒が走り、ミリアは寒そうな仕草で腕をさすった。
「どうしたアル、姉さん?」
「ん……ちょっと寒気がね」
そう言いながらミリアはコーヒーを一口すする。
「でも、大したものじゃないから」
「それならいいアルが……」
「無理しないでね」
「心配しなくても大丈夫よ」
心配する紗夢とメイに、ミリアは微笑を返した。
その後は、ミリア達は何事もなく朝食を食べ終えた。
しかし学校に近づくにつれて、ミリアは嫌な感覚に捕われ始めた。
嫌悪するものが近づいてくるような感覚。
そして学校に到着するや否や、視線を感じるようになる。
蛇のような執念とお気に入りの人形を見るような愛情の入り混じった奇妙な視線。
何度か視線の主を探ってはみたが、結局わからずじまいであった。
不安になりつつも、ミリアは何とか一日を乗り切った。
授業は終わり、放課後となる。
だが、ソルと並んで教室を出たところでミリアは不意に立ち止まった。
「……どうした、オイ?」
少し先まで進んでしまったソルも足を止め、ミリアを振り返る。
「何か……いるわ」
ミリアが言うと同時に、奇妙な叫び声が辺りに響き渡る。
「……リアァァァァァァァァァァァァッ!!」
叫び声は段々と音量を増す。
「ミリアァァァァァァァッ!!
なぜ私を捨てたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
はっきりとミリアの名前が聞き取れる。
そして、叫び声を発しながらミリアに向かって爆走している男がいた。
ミリア求めて三千里、姑息なストーカー男のザトー=ONEである。
「ミリアァァァァァァァッ!!もう一度私の元に……」
「なんであなたがここにいるのよ!!」
ドガァッ!!
飛びついてきたザトーに、ミリアの強烈なフックがカウンターで入る。
ベギボギバギッ!!
何かが折れる嫌な音がして、ザトーは壁にめり込んだ。
「……モロにカウンターで入ったとはいえ、とんでもねー威力だな……」
ソルがぼそりと呟いた。
と、ザトーの走ってきた方向から別の男が現われる。
ザトーのためならたとえ火の中水の中、本気で飛び込むヴェノムである。
「ああっ!!ザトー様!!」
ヴェノムは壁にめり込んだザトーを見るなり、すぐさま救出活動に入る。
「……何者だ、そいつらは?」
一連の騒ぎをぼーっと見ていたソルが口を開く。
「前にいた学校で私に付きまとっていた男とその部下よ……まさか転校してくるなんて」
ミリアが言い終わると同時に、文字通りザトーが壁から引っ張り出された。
「ザトー様、お怪我は……?」
ヴェノムはザトーの前に跪いて言う。
「うむ、あちこちの骨が折れているが我が愛に支障はない」
「さすがザトー様……」
「……単なるバカだろうが」
ソルが無常にもツッコミをいれるが、ザトー達はまったく気にしない。
「さあ、ミリアよ。私の元に戻ってこい」
「絶対にイヤよ。誰があなたの元になんか」
ミリアは髪をかきあげつつ、冷たく言い放つ。
「ミリア!!君はザトー様が施した恩を忘れたのか!!」
ヴェノムが激昂して叫ぶ。
「確かに感謝はしているわ。美しさ故にイジメられていた私に格闘術を教え、
あなたをK.Oできるまでに強くしてくれた事。
でも、それだけ。感謝する事はあってもそれ以外の感情は私にはないわ」
「何を言う!!ザトー様は素晴らしい御方だ!!君も早くザトー様を崇拝するのだ!!」
ヴェノムは更にまくし立てる。
「そもそもザトー様は君に捨てられたショックで目の光を失われ、
さらに奇妙な生命体に寄生されてしまったのだ!!その責任をとりたまえ!!」
「……後者は私と関係無いわ」
「心の隙につけ込まれたのだ!!ああ、おいたわしやザトー様……」
ヴェノムはそこまで言うと、虚空を見つめてブツブツと何事か呟き始めた。
「………電波でも来てるのか、アイツは」
「思考回路自体はまともなはずよ。方向は悪いけど」
その会話を聞いて、ザトーがふいにソルの方を向いた。
「……貴様、何者だ!!」
「あぁ?」
「何者だと聞いているのだ!!」
ザトーはソルを指差して叫ぶ。
「ソル=バッドガイよ。私の恋人」
「なに!?」
「そういうわけであなたの元にはもどれないの。さようなら、ザトー」
そういいつつ、ミリアはソルの後ろに回って脇腹をつつく。
合わせろ、と言っているのだ。
「ま、そう言うわけだ……」
ソルはザトーに向けて言う。
一方のザトーはというと……下を向いて何事か呟いている。
「そうか、そういうことか………」
カッ!!とザトーが顔を上げ、ソルに向かって突進する。
「貴様がいなければミリアはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ザトーの全力を込めた拳がソルに迫る。
だが。
「ボディが甘ぇんだよ!!」
ドゴシャアァァァァァァッ!!
ザトーの拳をかわしたソルのフックが、ザトーのボディに叩きこまれた。
またもやカウンターを食らったザトーは後ろに吹っ飛んで壁に激突する。
「チッ…」
舌打ちしながらソルが腕を軽く上げると、ミリアがザトーを追って突進する。
「いくわよっ!!」
走り込んだミリアが軽く跳躍し、右足を高々と振り上げる。
「跳びカカト落とし(ティミョネリチャギ)っ!!」
ドゴゲシャッ!!
壁にぶつかってバウンドしたザトーの頭にミリアのカカト(テコンドー式)が決まった。
ザトーは硬いリノリウムの床に顔面を打ちつけ、そのまま動かなくなる。
「ザトー様!!」
ヴェノムはザトーに走りよって脈や瞳孔を見る。
「おのれ………貴様ら、憶えていろ!!」
そう言い捨て、ヴェノムはザトーを担いで走り去った。
その姿が見えなくなると、ソルはミリアの肩に手をかける。
「……お前の知り合いは変な奴らしかいねえな」
「じゃあ……あなたも『変な奴』なのね?」
しばらく黙り込んだあと、観念したようにソルが口を開く。
「………俺が悪かった」
「よろしい」
ミリアはしたり顔で頷いた。


薄暗い部屋の中で、ザトーは一人椅子にもたれていた。
「ザトー様」
闇の中で気配が動き、ヴェノムが音もなく現われる。
「手はずは全て整いました」
「そうか……」
「あとは指令を出すだけで計画は発動します」
「……ご苦労だったな」
「いえ」
「……よし、やれ!!そしてミリアを再び我が手に!!」
「はっ!!」
ヴェノムは鋭く返事をして答えると、懐から携帯を取り出して何処かにかける。
しばらくのコール音の後、電話の相手は答えた。
「私だ……そうだ、指令を出す」
たっぷり五呼吸は間を開けて、ヴェノムは口を開く。
「ミリア=レイジを誘拐せよ」


ピンポーン………
インターホンがなる。
が、メイか紗夢が出るだろうとおもい、ミリアは再び雑誌に目を向けた。
ピンポーン………
再びインターホンがなる。
「あ、そうだった……」
メイはジョニーの家に泊まりに行き、紗夢は夕飯の仕度に追われている。
ミリアは雑誌を置いて立ちあがり、玄関に向かう。
「どちらさまで……」
言いながらミリアは玄関のドアを開ける。
「………ムグ!?」
来訪者の顔を見るか見ないかのうちに、ミリアの口に布が当てられる。
何かの薬品が染みこませてあったらしく、ミリアは簡単に意識を失った。
来訪者達は止めてあった灰色のバンにミリアを押し込み、逃げ去った。
「………?姉さん?」
ミリアが戻ってこない事に気付いた紗夢は玄関に顔を出す。
「…………!?」
玄関にはミリアの姿はなく、代わりに一枚の紙切れが落ちていた。
『東埠頭・第一倉庫で待つ ザトー=ONE』
「大変アル……!!」
呟いた紗夢は家の電話を取ってダイヤルを押し始めた。


ピーリリピリリピーリピー………
ソルは突然鳴り出した携帯の音で目を覚ました。
「……誰だ?」
やや不機嫌そうな声で電話に出る。
『ソル!!大変アル、姉さんが!!』
「……ミリアがどうした」
『さらわれたアル!!あのザトーって奴に!!』
「あぁ!?どういうことだ!?」
『たった今、誰かに……東埠頭・第一倉庫で待つって紙だけが残ってて……』
「東埠頭の第一倉庫だな!?」
それだけ聞けば十分だった。
携帯を切り、部屋の隅に立てかけてあった封炎剣を引っつかむ。
階段を五段飛ばしに飛び降り、文字通り家から飛び出す。
「どうしたんじゃい、ソル!!」
居間にいたクリフが、あまりの騒音に何事かと顔を出した。
「ミリアがさらわれた!!」
ソルはそれだけ言うとバイクに飛び乗り、エンジン全開で走り出す。
「……これはただ事ではないのう……」
言うが早いか、クリフは物置に駆け込み、ドタバタと何かを探し始めた。
物置から出て来たとき、その手に握られていたのは巨大な剣であった。
「……ここか」
ソルは封炎剣を手に、第一倉庫へと歩き出す。
「ソル!!」
突然の自分を呼ぶ声に、ソルは身構えつつ素早く振り向く。
が、そこにいたのはカイにアクセルに闇慈に……ようするにいつものメンバーであった。
「……何の用だ」
「ミリアさんがさらわれたそうだな、ソル。私達も協力する」
「……どういうつもりだ?」
「ミリアがさらわれたとあっちゃあ、人事じゃすまないからな」
「そういうこと。旦那も水臭いねぇ、声かけてくれりゃ協力するのに」
「テメェら………何故ここにいる?」
「ワタシが呼んだアル」
その声と共に紗夢とメイ、そして教師陣の面々が現われる。
「……テメェら……」
「ま、生徒がさらわれたとあっちゃあな」
梅喧がぶっきらぼうに言う。
「………チッ、勝手にしろ!!」
「話はまとまったようじゃな」
クリフが肩に斬竜刀をかつぎながら笑う。
ソルは倉庫のシャッターに向けて封炎剣を構える。
「タイィィィィランレイィヴ!!」
ドゴオォォォォォォォン!!
巨大な火球がシャッターをひしゃげさせ、吹っ飛ばす。
「行くぞ!!」
ソルが倉庫内に飛び込み、続いて他のメンバーも中に踏みこむ。
「……随分と歓迎されたもんだな」
中に入るなり、ジョニーが皮肉っぽく漏らす。
倉庫の中には、ザトーの部下であるチンピラ軍団が待機していたのだ。
その数およそ三百人。
「………誰がこようとブッ倒すだけだ」
言ってソルは封炎剣を手に、一団に向かって突っ込んだ。
「オォラア!!」
封炎剣から炎を立ち上らせ、チンピラを一気に打ちのめす。
だがさすがに戦い慣れしているのか、ソルの攻撃はイマイチ当たりにくい。
「ソル、跳ぶんじゃ!!」
クリフの声に従い、ソルは大きくジャンプした。
「ソウルリヴァイヴァー!!」
ガガガガガガガッ!!
まさに竜の牙ともいうべき一撃がチンピラ数人を叩きのめす。
鬼神の一撃のごとき技であった。
ちなみに、ソル達のテンションゲージは全員MAXである。
そして他のメンバーも、あちこちで激しい戦いを繰り広げていた。
「悪は許さん!!はあぁっ!!」
どこかのテコンドー格闘家のようなことを言いつつ、カイは奥義を繰り出す。
「ライド・ザ・ライトニング!!」
ビシッ!!ベシッ!!ドガッ!!
カイのまとった雷球に弾き飛ばされ、チンピラは壁に激突して気絶する。

「ミストファイナー!!」
シャシャシャシャシャシャッ!!
ジョニーが素早い居合を連続で繰り出し、相手の動きを止める。
「山田さーーーーーーーーん!!」
どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!
動きが止まったチンピラ達を、メイが呼び出したクジラがまとめて押しつぶす。
当然、一発KOである。
「畳返しっ!!」
ベシッベシッベシッ!!
梅喧の放った連続畳返しがチンピラ達を次々と宙に浮かべる。
「一誠奥義・彩っ!!」
ガガガガガガガガガッ!!
宙に浮かんだチンピラ達の体を闇慈の巨大な扇でベキベキ打たれる。
梅喧と闇慈の見事な連携で、チンピラ達はあえなくKOとなった。

「ついて来れるか?」
ドシュッ!!ズシャッ!!ザシュッ!!
チップは目にもとまらぬ速さで跳びまわりながら次々と相手を倒していく。
「いくぜ!!秘密兵器だ!!」
ボゥッ!!ドガァッ!!
アクセルの放つ炎をまとった鎖鎌の一撃がチンピラ数人をまとめて打ち倒す。

いろんな意味で地獄絵図を作り出しているのはファウストとポチョムキンであった。
「ごーいんぐまいうぇい!!」
ファウストが体だけを回転させたままチンピラの群れに突っ込む。
そして着地するや否や地面を泳ぐ。
「はっずれー!!」
ザクッ!!
そして一人のチンピラを再起不能に陥れたあと、爆弾を取り出して着火する。
「アフローーーーーーーー!!」
とまあ、こんな具合に。
ポチョムキンはポチョムキンで、
「心の歪んだ青少年と体と体でぶつかり合い、更正させる!!これぞ真の教育!!」
などと叫びつつ、
「ポチョムキンバスター!!」
と、人を殺しかねない投げ技を放ったりしている。
「うおおおおっ!!久しぶりに熱い闘い……いや、ぶつかり合いよ!!」

「それにしてもキリがないアル……っ!!」
後ろから襲ってきたチンピラに裏拳を叩きこみつつ紗夢は呟く。
「ソル!!カイ!!」
「なんだ!!」
「なんですか!?」
梅喧の声に、ソルとカイが大声で答える。
「お前ら、二人で先に行け!!先に頭を潰しちまった方が早い!!」
「わかりました!!行くぞ、ソル!!」
「言われるまでもねぇ!!」
ソルとカイは二階へと続く階段を見つけ、それを一気に駆け上がる。
そして二階にたどり着いた二人を待っていたのは、キューを構えたヴェノムだった。
「やはり貴様らか……だが、ここから先に行かせるわけにはいかない」
ヴェノムの姿を目にしたカイは、封雷剣を構えて走り出す。
「ソル!!先に行け!!」
「ここは頼むぜ、坊や」
「その呼び方をやめろ!!」
カイは怒鳴りながらもヴェノムに向かって突っ込む。
「スタンディッパーロマキャンスタンディッパーロマキャンスタンディッパー
ロマキャンライド・ザ・ライトニング!!!」
「ぐほあぁぁぁぁ!!」
いきなりの連続攻撃にヴェノムは吐血してぶっ倒れる。
「ま、待て!!今のはどう考えてもゲージ二本は使っているぞ!?」
「悪は許さん!!そういうことで今の私のテンションゲージはトレーニングモードでのMAX状態だっ!!!」
「そ、そんなの認めんぞ!!反則……ぶはっ!!」
ジャキーン!!
それ以上追求するなと言わんばかりにヴェイパースラストがヴェノムを吹っ飛ばす。
「くっ、だが私も負けるわけにはいかん!!」
ヴェノムがキューを槍投げのようなスタイルで構える。
「ダークエンジェル!!」
ヴェノムの眼前に紫色のエネルギー弾が生まれ、カイに向かって飛び始める。
「負けるかぁーーーーーーーーッ!!」
封雷剣を構えて走るカイの雄叫びがフロア内に響き渡った――――。


ガン、ガン、ガン………
鉄網の階段を上るソルの足音がやけに大きく響く。
階段を上りきったフロアの中央にはやはりというか、ザトーが待ち構えていた。
「テメエ……ミリアはどうした!!」
怒りを剥き出しにした表情でソルが叫ぶ。
「ククク……そこにいるだろう?」
ザトーは喉の奥で笑い、ソルからは死角になっていた背後の壁を指差した。
ミリアは両手を頭の上で拘束されて眠っている。
「危害を加えたりはしていない。助けたければ……」
「テメエをぶっ倒すしかねえようだな………!!」
ソルの右手に握られた封炎剣が高熱を放ち始める。
「来い!!ミリアを失うと同時に身につけた私の力を見せてやろう!!」
「御託はいらねえ!! いくぞ!!」
大きく吠えるとともに、ソルはザトーに向かって全力疾走する。
対してザトーは腕組みをしたまま動こうともしない。
「オォォラァ!!」
封炎剣が唸りを上げてザトーに迫る。
ザシュッ………!!
肉の裂ける音。
だが、実際に血を流していたのはザトーではなく、ソルのほうだった。
「チッ………」
ソルの脇腹から肩にかけて、かなり大きな傷が走っていた。
ソルは片膝をついてザトーの方に目を向ける。
正確にはザトーではない。
自分の肉を裂いた影の腕を、だ。
ザトーの足元から2mほどの高さまで、影で造られた腕があった。
「これが私の力……影を操る力だ!!」
「………そんなもんか?」
ソルはつまらなそうに呟いた。
「………なんだと?」
ソルの呟きを聞いたザトーが気色ばむ。
「そんなもんかって言ってんだ……テメェの力は」
「ふざけるなっ!!」
ザトーはできうる限りの量の影を全てソルへと向ける。
「再起不能は覚悟しろっ!!」
影は牙を持つ獣の形をとり、ソルへと殺到する。
だが影がソルへと届く寸前、ソルは大きく跳びあがった。
ギリギリの所で影を避け、ザトーへと跳びかかる。
「バンディットリヴォルバー!!」
空中で放った回し蹴りは、ザトーの顔面をまともに捉える。
そして着地するや否や、封炎剣を地面に擦り付ける。
その摩擦熱で炎を生み出し、ソルは炎をまとって飛び上がる。
「ヴォルカニックヴァイパー!!」
ザトーは炎に焼かれながら空中へと浮く。
「落ちろっ!!」
追加攻撃の回し蹴りがザトーを強制的に地上へ戻す。
受身を取ることもかなわず、ザトーは床に激突し、気絶状態になった。
「くれてやる!!タイランレイィィヴ!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァッ!!
ソルの放った巨大な火球がザトーの体を猛烈な勢いで壁へと叩きつける。
「認めんぞォォォォォォォォォォォォォっ!!」
壁をぶち破り、ザトーは絶叫を残しつつ海へと落ちる。
「……………やれやれだぜ」
お決まりの勝ちゼリフを口にし、ソルはミリアの拘束を解く。
いまだに眠りつづけるミリアを左手で抱き、右手の甲でミリアの頬を軽く叩く。
「………いつまで寝てやがる」
「ん………」
軽く身じろぎしてミリアの目が開かれる。
「………私………そう、助けに来てくれたのね、ソル」
記憶をかき集め、自分がさらわれた事は理解したらしい。
「俺だけじゃねえ……感謝するなら下にいる奴らにも感謝しとけ」
「下………?」
「まああの野郎が上ってこない所を見ると………」
カン、カン、カン………
ソルが言う側から階段を登る音がする。
「…………」
ソルは傍らにおいていた封炎剣を再び構えなおす。
が、上ってきた人物の姿を見て、緊張を解く。
「ご苦労だったな、坊や」
息を弾ませて上ってきたカイに、ソルはからかうような口調の声をかける。
「その呼び方を止めろ!!………しかし」
カイはミリアと、壁にあいた大穴を見て再び口を開く。
「決着はついたようだな、ソル」
「………一応な………オラ、もう立てるだろうが」
ソルはミリアの頭を軽く小突く。
「痛いわね」
「そのくらいなんでもねえだろうが……さっさといくぞ」
ソルは封炎剣を肩に担いでさっさと階段を降りてしまった。
「………相変わらずの無愛想ですね。もう少しこう何と言うか………」
「ロマンチックに、とか?」
「そうです」
カイの答えに、ミリアは軽く微笑んだ。
「照れ隠しなのよ……ソルの無愛想はね。もっとも、それだけじゃないと思うけど」
「そういうものですか?」
「そういうものよ」
そう言って、ミリアも階段を降りる。
そしてカイも、多少首をかしげながら階段を降りた。
「お、王子さまとお姫さまの登場だね」
上から降りてくるソルとミリアを見て、闇慈が茶化すように言う。
床にはチンピラ達が死屍累々と(死んでないけど)横たわっている。
「どうやらうまくいったようじゃの」
クリフが腰を軽く叩きながら言った。
「みんな………」
闇慈達の姿を見るなり、ミリアはその場に立ち尽くした。
「…………ありがとう」
ミリアは素直に礼を述べた。
「………何を柄にもなく感動してやがる」
「別に、そんなんじゃ……」
ソルの茶化しにミリアはまともに引っかかる。
「涙流しながら言っても説得力ねえな」
「え!?え!?」
ミリアは慌てて目を指でぬぐう。
「………冗談だ」
「あのねぇ!!」
ミリアは頬を膨らませてソルを睨む。
「………まぁいいわよ。ザトーに何かされたわけでもないし」
「ともあれ、これで一件落着デスね」
ぐ~~~~~~~…………
ファウストがシメた瞬間、誰かの腹の虫が泣いた。
「そう言えば……今何時だ?」
「八時。さすがに腹が減ってもおかしくない時間だぜ?」
「どうせだしさ、なんか食って帰らない?」
アクセルの提案にみんなが賛成し、一行は街へと繰り出した。


そして、食事中にソルが出血多量で病院送りになったのはまた別のお話。

続く。





「みんなーーーーーーーーっ!! 大ニュースだーーーーーーーーーっ!!」
朝、みんなが雑談する教室に突如飛びこんできた大声に、教室中が騒然となった。
叫んでいたのは、2-G一の情報通で忍者マニアのチップ。
「今日、転校生が来るらしいぞ!それも三人もだ!」
「おいおい、マジ!?」
ひときわ興味深そうに、制服をいい具合に着崩した闇慈が声を上げた。
「マジだよ、マジ。それも姉妹三人だってハナシだぜ」
チップの発言に、教室のあちこちで歓声が上がる。
「姉妹三人が一緒のクラスと言うのも珍しい話ですね」
クラス委員のカイも興味を持ったらしく、話に加わってくる。
「何でも、校長と理事長の一存で決まったらしいぜ」
「あの校長と理事長ならやりそうなことだよな…」

「「ふぇーーーーっくしょん!!」」
理事長室では、校長のポチョムキンと理事長のクリフが同時にくしゃみをしていた。
「誰か噂でもしているのか?」
「大方2-Gの転校生の事じゃろ」
クリフは手もとの茶をずずっ、とすすった。
「しかし、姉妹三人を同じクラスにして良かったのでしょうか」
「なぁに、あの姉妹はちとワケありじゃからの。特例と言う事で何とかなるじゃろ」
「だといいのですが………」
ポチョムキンは菓子器の中から煎餅を取り出し、一口かじる。
「茶がうまいのう……」
クリフは平和この上なしと言った口調で呟いた。

「転校生ねえ……と言っても、旦那は興味ないか」
窓際の隅の方に座って話を聞いていたアクセルが、後ろの席のソルに話し掛けた。
「………」
返事をするのも面倒なのか、ソルは目を閉じたままうなずきもしない。
「つれないなぁ……せめて返事ぐらいしてよ」
「……興味ねえ」
その返事を聞いて、アクセルはこれだよと言わんばかりに手で額を打った。
と同時に、教室の戸がガラッと開く。
「おい、みんな席につけ!」
担任の梅喧がいつもどおりの口調で叫ぶ。
「どうせもうチップのせいでわかってるんだろうが、今日は転校生を紹介する!」
梅喧の声で、廊下にいた三人の女子が教室に入ってきた。
「三人姉妹のミリア、紗夢、メイだ。じゃ、自己紹介しろ」
梅喧がそう言って教壇から降りた。
代わりに三姉妹が教壇に登る。
「長女のミリア=レイジです」
「次女の紗夢 蔵土縁アル!」
「三女のメイでーす!!」
三姉妹の自己紹介が終わると、教室は男子の歓喜の声で包まれた。
が、ソルだけは頬杖を付いてボーッと窓の外を見つめていた。
ひとしきり騒いだあと、梅喧がみんなを静める。
「よし。じゃあ席は…そうだな、ミリアはソルの隣、紗夢はカイの後ろ、メイは闇慈の隣だ」
梅喧は指で指し示しながら席を指定した。
(……ソル?)
ミリアはその名を聞いた瞬間、一瞬だけ怪訝そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻る。
だが、机の間を通って自分の席につこうとしたその時、ミリアは驚愕で目を見開いた。
「………ソル?」
「……………」
ミリアは無意識にソルの名を呼んだ。
それに気づいたソルは目だけをミリアの方に向けたが、それで何をするでもない。
「あれ、知り合いなの?旦那」
「まあな」
アクセルの問いに、ソルは珍しく反応した。
「あなた……何でこんなところにいるの?」
「こんなところも何も俺はここの生徒だ」
「おい、早く席につけよ」
梅喧が声をかけてきたので、ミリアはそれ以上何も言わずに席についた。
そして朝のホームルームが滞りなく終わり、梅喧がいなくなると、紗夢とメイには
男女問わず周りに人が集まった。
だが、ミリアの側にはアクセル、チップ、闇慈がいるだけだ。
この三人が一緒にいる事はよくあるのだが、そうなると大抵は人が近寄らない。
騒ぎに巻き込まれて一緒くたに怒られることがあるからだ。
「ミリアと旦那、昔なんかあったの?」
「別に……何もないわ」
アクセルの問いに、ミリアはそっけなく答える。
だが、闇慈が更に深読みして突っ込んでくる。
「けど、ただの知り合いってワケやなさそうだけどな」
「本当に何もないの。私が卒業した中学校でほんの少し一緒だっただけ」
「ほんの少し?」
「ソルが転校していったのよ」
ミリアは横目でソルを盗み見た。
ソルはミリアの事などまったく意に介さず、机に突っ伏して熟睡している。
(……そうよ……私はソルとは何でもない……ただの知り合い………)
「ん~……まあ、そういうことにしておこうか」
「……どういう意味?」
ミリアは眉間にしわを寄せてアクセルを軽くにらむ。
「いろいろとね」
そう言うと、アクセルは自分の席についた。
と同時にチャイムが鳴って、チップと闇慈も自分の席に戻る。
「一時間目は世界史だよん。旦那の机から教科書引っ張り出して使いなよ」
「ソルはどうするのよ」
「大丈夫大丈夫。授業時間は旦那寝っぱなしだから」
確かに、チャイムが鳴ってもなおソルが起きる気配はない。
(何しに学校に来てるのかしら……?)
ミリアは心の中で首を傾げたが、考えるのを止めてソルの机から世界史の教科書を引っ張り出す。
「いよーし!!今日もエレガントに……」
「あーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
世界史担当のジョニーが入ってくるなり、メイが叫んだ。
「ジョニー!」
「ん?おお、メイじゃないか」
ジョニーの方もメイに気づいたらしい。
「な、なんだぁ?ジョニーセンセ、メイと知り合いなのか?」
チップがまだ混乱した様子で口を開く。
「ああ、俺がメイのいた中学校に教育実習に行ったことがあってな」
「なんか……すげェ偶然だな」
「偶然じゃないもん、運命だもん!」
チップの言葉に、メイが少しむくれて言う。
「おいおいメイ、みんなの前では止めようぜ?あとで二人っきりで、ナ」
最後の方はメイに耳打ちする。
「いよーし!!マーベラスな2-Gの諸君!今日もエレガントに授業を始めよう!!」
「起立!」
クラス委員長であるカイが号令をかける。
「礼!」
カイの号令でみんながいっせいに例をする。
ちなみにその間もソルは熟睡したままだ。
「えへへ………ジョニー…………」
そしてメイは恍惚とした表情でジョニーをじっと見つめていた。

ジョニーの授業は実に面白くわかりやすい。
何しろ、ジョニーは世界中を直に見てきているのだ。
どこかの地名が出てくると、それにまつわるエピソードなどを話してくれる。
生徒のチャチャにも独特の言葉さばきで応答し、それでいて、大事なところはさりげなく
強調する。
そのおかげで、生徒の間では『ジョニーに授業を持たれれば赤点なし』といった逸話まで存在している。
そして、いつものようにみんなに惜しまれつつ授業が終わった。
「じゃ、今日はここまで。また次の時間だ」
ジョニーはそう言って颯爽と教室から去っていく。
「どうだった?世界史の授業は」
アクセルがミリアに話し掛けてきた。
どうやら、アクセルは性質的にミリアを気に入ったらしい。
「あんなに面白い授業は始めてだわ……いい先生ね」
「だろ?あの先生、人気高いんだぜ」
「そうみたいね……」
ミリアはアクセルから視線をそらしてメイの方に視線をめぐらせる。
「ジョニー……えヘヘ」
視線の先では、すっかりのぼせ上がって幸せオーラをまとったメイがいた。
「すっかりのぼせ上がってるわね……」
「メイちゃんか……ほんとジョニー先生命って感じだったなぁ」
「そうアルねぇ……あの子思いこみ激しいアルから……」
いつのまにか、紗夢が二人の近くにやってきていた。
「ミリア姉さんとは大違いアル」
「そうだろうなぁ……ミリアってクールだし、ああはなりそうにないよなぁ」
アクセルも紗夢に調子を合わせる。
ミリアの方は別になんと言われようと気にならないらしく、ふぅ、と軽くため息をついただけだった。
「ま、クールなのはある意味旦那も同じだよな」
アクセルは視線でソルを指しながら言った。
ソルは世界史の時間中ずーっと眠りつづけ、まだ眠っている。
「………端からそうは見えないけど」
「この人、何しに学校に来てるアル?」
「私も同じ事を考えたわ」
「さあ?大方昼飯目当てだと思うけど」
「昼飯?」
ミリアと紗夢がオウム返しにアクセルに尋ねる。
「ああ、ミリアと紗夢はまだ知らなかったっけ。この学校、学食はタダなんだよ」
「ようするに、タダでたっぷりお昼を食べようと………」
「そ。まあ結構食べるしねえ、旦那は」
アクセルはそう言って面白そうに笑った。
「…………はぁ」
ミリアの方は対照的にこめかみを押さえてため息をつく。
「どうしたアルか?姉さん」
「頭が痛くなってきたわ……」
ミリアはもう一度ため息をつく。
キーン、コーン、カーン、コーン……………
「っと!席に戻るアル」
紗夢は少し急いで自分の席に戻る。
「そう言えば、次の時間は?」
「んー?生物だよ」
ミリアはまたソルの机から生物の教科書を引っ張り出した。
「お、きたきた。テスタメント先生だよ」
「委員長、たのむ」
「起立!」
テスタメントの合図で、カイは号令をかける。
「礼!」
みんなが礼をして着席すると、テスタメントは教師用の教科書を開く。
「それでは、今日は遺伝の法則について―――」
テスタメントが黒板に文字を書き始めると、ソル以外の全員がノートにそれを書き写す。
そして、生物の授業は別段何事もなく終わった。

「どうだった?テスタメント先生は」
「別に…普通の人ね。少し面白味に欠けるわ」
「ところがね。あの先生、ワケのわからない研究ばっかりしてるんだよ」
アクセルが意味深な口調で言う。
「暗闇でも育つ『ダーク野菜』とか、一週間で実がなる『バイオ柿』とかのね」
「……それって、考えようによってはすごい研究なんじゃ?」
「いや、成功した事はないみたいだから」
「全然だめじゃない……ところで次の時間は?」
「ん、三・四時間目は美術」
「じゃあ、教室移動ね」
「旦那起こしていかないと………」
そう言って、アクセルはソルの肩をゆすった。
「……今何時だ」
「だいたい11時ってとこかな。次、美術だよ」
「ああ」
ソルは短く答えて机の中を引っ掻き回す。
筆箱を奥の方から文字通り引っ張り出し、席を立つ。
「……行くぞ」
ソルはいつもの仏頂面で、ミリアとアクセルに呼びかけた。
ソル自身はさっさと歩いていってしまう。
「遅らせてる本人が言う言葉じゃないわ……」
「まあまあ」
アクセルがなだめるように言う。
こういうときの彼の『まあまあ』は誰にでも良く効くのだ。
「……まあいいわ。とりあえず案内して」
「あ、そうか。まだ場所がわかんないのか」
「わかってたら一人で行ってるわ」
「さようで」
アクセルとミリアはソルの後に続いて歩き出した。

「んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ソル達が美術室のすぐ近くまできたとき、美術室から悲鳴が聞こえた。
「何…?」
「あー……まあ、大方想像はつくけどね」
アクセルはまたかと言わんばかりの顔でつぶやいた。
そして美術室に足を踏み入れると、悲鳴の主と原因が一度にわかった。
「メイ……あなただったのね、さっきの悲鳴」
「うぅ~……驚いたよぉ……」
メイが教壇の近くの床にぺたんと尻餅をついている。
「ここまで驚かれたのは初めてだな……だが、驚かせてしまってすまない」
ポチョムキンが深々と頭を下げる。
そう、悲鳴の主はメイ、その原因は美術教師であるポチョムキンである。
職員室にいたジョニーから場所を聞いて、勢い勇んで飛び込んできたところをポチョムキンと鉢合わせしたと言うわけだ。
まあ見慣れない人間には怖いだろう。
何しろ上半身裸で異常発達している怖い顔の人間が絵筆をガチャガチャいじっているのだから。
「というわけで、美術教師のポチョムキンだ。校長でもあるがな」
「はい……」
メイは少し恥ずかしそうに呟いた。
ちなみにミリアが驚かなかったのは、転校手続きのときにポチョムキンを見たことがあったからである。
「おい、立てるか?」
ソルがメイを見下ろしながら尋ねた。
「うー……腰が抜けちゃってるよぉ」
「しょうがないわね……よいしょっと」
ミリアがメイを背負って立ち上がった。
「で、この子どうすればいいのかしら」
「そうだな、三時間目は出席扱いにして置くから保健室に連れて行ってやりなさい」
ポチョムキンが言うと、アクセルがすばやく反応した。
「あ、だったら俺達も行きますよ。まだミリア場所わかんないだろうし。ね、旦那」
「ああ。ミリアまで腰抜かしかねねぇからな……」
「それはかまわないが…君達は三時間目には帰ってくるんだぞ」
「判ってますって。じゃ、行ってきます」
すでに歩き出したミリアを追って、ソルとアクセルも歩き出した。
「ねえ、『お姉ちゃんまで腰抜かしかねない』ってどういう意味?」
ミリアの背に背負われたまま、メイがソルに話し掛ける。
「あぁ?ありゃあ……まぁ、行けばわかる」
ソルはそう言って、意味ありげに口元に笑みを浮かべた。
「……気になるわね」
「すぐにわかる。おっと、ここだ」
ソルが『保健室』と書かれたプレートのついた部屋の前で立ち止まった。
「ファウストせんせー!急患なんですけどー!」
アクセルが保健室のドアをノックしながら言う。
「開いてマスよー」
「失礼しまーす」
アクセルが保健室の扉を開けて中に入る。
ソルとミリアもそれに続く。
「どうしましたー?」
「んきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「っ!!」
振り向いたファウストの顔に、メイは思いっきり悲鳴をあげた。
ミリアも声には出さなかったが、死ぬほどびっくりしたらしい。
ぺたん。
「あらら。ほんとにミリアも腰抜かしちゃった」
「……まあ当然と言えば当然の結果だな」
「心外デスねぇ。私の顔でそんなにびっくりしマスかぁ?」
「そんな紙袋かぶってれば誰でもびっくりするよっ!」
メイが床に座り込んだまま大声で抗議する。
ミリアのほうもまだ立ち直ってはいないらしい。
「だよなぁ……俺もはじめて見た時は心臓二秒くらい止まったもんな、マジで」
「たまに剣道部に化物退治の依頼までくる始末だからな……」
「なんだか酷い言われようデスねぇ。で、患者さんはどなたデスカ?」
ファウストは大して傷ついてもいないような口調で言った。
「っと、そうだった。えーっと、校長先生見てこの子が腰抜かしちゃって………」
そう言って、アクセルがメイを指す。
「で、たった今アンタを見てこいつが腰抜かした」
ソルがミリアを指す。
「というわけで、こいつら二人を休ませてやってくれ」
「はいハイ。えーっと、2-Gのミリアさんとメイさんね」
ファウストはアクセルとソルから名前を聞いて、記録帳に書き込んでいく。
「はい、ご苦労様。この子達ベッドまで運んだら教室に戻ったほうがいいデスよ」
「そうするぜ……アンタの面は心臓に悪ぃ」
ソルはそう言って、ミリアを抱えあげてベッドまで運ぶ。
アクセルも、メイを背負い上げてベッドまで運んだ。
「じゃあ、あばよ。もう美術室までの道はわかってるだろ」
「校長先生にはちゃんと言っといてあげるから、ゆっくり休みな」
「ちょ……ちょっと!」
ミリアが声をあげるが、もう遅い。
ソルとアクセルは、保健室から出て行ってしまった。
(はっきり言ってこの校医まともじゃないわよ!?)
心の中でミリアは叫んだ。
が、時すでに遅し。
仕方なくミリアはカーテンを引き、ベッドに横になった。
隣のメイもそれに習う。
「……この学校……すごいわ」
ミリアが誰に言うでもなく呟いた。
「うーん……でも僕はジョニーに会えたからうれしいな」
「……そう」
「お姉ちゃんは?ソルに会えて嬉しくないの?」
「……嬉しいわけ、ないわ」
そう言ってミリアは寝返りを打ち、メイに背を向けた。
「あんな……あんな別れ方したんだもの」
「お姉ちゃん……」
メイはミリアに声をかけるが反応がない。
泣いているわけではなさそうだが。
「……ごめんね」
一言だけ言うと、メイは掛け布団を頭までかぶった。

「恋愛問題デスか……難しいデスねえ」
カーテンの外で、しっかりと話を聞いていたファウストがポツリと呟いた。

「それじゃ、お世話になりました」
「また、具合が悪くなったらいつでも来てください。あと、悩み相談にも乗りますよ」
「はい。じゃ、失礼します」
ミリアはファウストに礼をすると、保健室から出て行った。
メイの方は、二重にショックを受けたのがまずかったらしく、もう一時間保健室に
いることになったのだ。
(それにしても……あの先生に悩みを打ち明ける人なんているのかしら……?)
美術室への帰り道でミリアはそんなことを考えてみたが、頭が痛くなってきたので考えるのをやめた。
「おっ、ミリア復活したね」
美術室に入るなり、アクセルが声をかけてくる。
(ものすごく不安だったわ……)
(何で?)
(……言わなくてもわかると思うけど)
(ファウスト先生のこと?大丈夫だって。あの人ああ見えても紳士だから)
(とてもそうは見えないわ……)
「戻ってきたのかね」
アクセルとミリアが小声で会話していると、ポチョムキンがミリアを見つけて近寄ってきた。
「驚いただろう。あいつのあの格好は何とかしろと言ってるんだがね……」
「それはもう心臓が止まるかと……え?あいつ?」
「ああ、私とあいつは高校が同じでね。昔は二人そろって有名人だったものだよ」
「……想像は出来ます」
ミリアはまたこめかみに頭痛を覚えた。
今日はよくよく頭痛に悩まされる日だなとミリアは思う。
「ところで……メイ君はどうした?」
「あ、メイならまだ保健室で寝てます。二重のショックがよくなかったらしくて」
「ふむ……そうか。それなら仕方ないな」
ポチョムキンは持っていた出席簿にさらさらと書き込んだ。
「君の場所は紗夢くんやソルの近くだ。やることは彼らに聞くといいだろう」
「はい」
ミリアは一つ返事をすると、紗夢の所に歩いていった。
「あ、姉さん。もう大丈夫アルか?」
「ええ……紗夢、あなた保健室には行かないほうがいいわ……」
「……努力はするアル」
ミリアの表情から何かを感じ取った紗夢は、そう言って作業に没頭する。
「ところで、何をすればいいの?」
「文化祭に展示する絵を描くアル」
「何でもいいの?」
「自分の想像だけで描けっていう珍しい題材アル」
「そう……」
ミリアも、それっきり画用紙に向かって押し黙った。
鉛筆を紙の上で滑らせ、何度も消しゴムをかけて描き直す。
そしてようやくデッサンが5割がた完成したところで授業が終わった。
ちなみにミリアが描いているのは森の絵だ。
昼食には紗夢の作った弁当を食べ、五・六時間目の数学・英語も滞りなく終わった。
そして放課後。
ミリアは部活動でも見て回ろうかと思っていた。
「紗夢は帰宅部……メイは水泳部……ね」
ちなみにメイが水泳部に入部した理由は、なんてことはない、ジョニーが顧問をしていたからだ。
どこまでもジョニー一直線な子である。
「私はどうしようかしら……」
ミリアはカバンを掴んで歩き出した。
学校の中をふらふら歩くのもいいと思ったらしい。
「おい」
だが、教室を出たとたんに誰かに呼び止められた。
「……ソル?」
ミリアは警戒するような視線をソルに向ける.
「少し話してェことがある」
一方的に言い、ソルはミリアに背を向けて歩き出した。
こういう行動をされると、はっきり言って断りづらい。
「ちょっと!……もう!」
ミリアは不満をもらしながらも、ソルを追って軽く駆け出した。





+++++++++++++++++

□Time goes by
第二話~過去と本音~

ソルとミリアは校舎を抜け、裏庭に来ていた。
めったに人は来ないので、告白や密談に良く使われる場所だ。
「……用件は何?」
ミリアは相変わらずの警戒姿勢で言う。
ソルのほうは、ミリアに背を向けたまましばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「………部活、どうすんだ?」
「まだ、決めてないわ……まさかそんなこと言うためにここに連れてきたの?」
ミリアは眉間にしわを寄せて訝しげな視線をソルの背に向けた。
当のソルは、またしばらく沈黙したあと、ゆっくりとミリアの方を向いた。
「……………そう警戒すんな」
ミリアの今にも逃げ出しそうな体勢を見て、ソルが言う。
「別になんかしようとしてるわけじゃねえ」
「……信用できないわ……」
少し辛そうに目を伏せ、ミリアが呟く。
「私を弄んで捨てた男の……言う事なんか」
「…………悪かった」
(うっそだろぉ!?)
(旦那もやるねぇ、ミリアを弄んで捨てるなんて)
(なんか、ソルの意外な一面だな)
近くの茂みの中から、ソル達には聞こえない位の声がした。
茂みの中にいるのは、チップ・アクセル・闇慈・メイ・紗夢だ。
なぜ彼らがここにいるのかはいたって簡単。
ソルとそれを追いかけるミリアをアクセルが偶然見かけ、面白そうだということで、
他の四人を携帯を使って呼び出したのだ。
(なあ、メイと紗夢はこのこと知ってたのか?)
(ソルと姉さんが付き合ってたってのは知ってたアル)
(でも、捨てられたなんてお姉ちゃん全然言ってなかったよ)
(シッ!!またなんか喋るぞ!!)
闇慈が他の三人の口を閉じさせる。
しばらく沈黙していた二人だったが、それを破ったのはミリアだった。
「……謝られても……許せないわ」
「………………」
ミリアは目を伏せ、ソルは何も言わずに黙っていた。
「私が……どんなに悲しい思いをしたかわかる?」
「………」
「……訳も言わずに別れ話持ちかけて………そのまま転校していくなんて……」
ミリアは痛む部分を押さえるように右頬に手を当てた。
「最低よ………」
(へー……ミリアも結構つらい恋してたんだなー)
(さあ、ソルはどう出るアル?)
「………悪かった」
「………それしか言う事はないの?」
ミリアはソルの目を真っ向から見据える。
ソルはミリアの視線を受けてなお、無表情のままだった。
「あの時は……俺もどうかしてた」
(げっ!旦那が自分の非を認めてる!!)
(すげえ女だな、ミリア)
アクセルにとチップに感嘆されつつ、ソルとミリアは話を続ける。
「………だからって………」
ミリアはそこで言葉を切る。
「許せると………思う?」
大粒の涙がミリアの目からこぼれていた。
涙はミリアの頬を伝い、地面に流れ落ちた。
「………とりあえず泣くんじゃねえ」
「無理よ………そんなの」
ミリアは泣き声で声を絞り出す。
「………泣かれるとどうして良いかわかんねえんだよ」
無表情だったソルが、後悔するような表情を浮かべる。
ミリアはハッとしたように、瞳をソルの方に向ける。
「あの時もだ……お前がいきなり泣き出したからな………」
ソルの口調が自虐的なものに変わった。
「……………逃げ出しちまったんだよ……お前からな………」
(ソルが逃げ出したってのはなんか意外アルね)
(旦那って女の扱い手馴れてそうだけどねえ)
(純情だったんじゃねぇの?)
「………許せねえってのも……しょうがねえよな」
ソルが悲しそうに微笑した。
ミリアは今だ泣きつづけている。
「……もう泣くな」
ソルは人差し指でミリアの両目にあふれていた涙をすくった。
ミリアは一瞬びくっと身をすくませるが、結局されるがままになっていた。
「……殴って気が済むなら殴れ。罵って気が済むなら罵ってくれ」
涙をすくいながらソルが言う。
「俺にできる事なら………何でもする」
「………わかったわ」
パァンッ!!
ミリアの平手がソルを打ち、ソルの頬が鳴った。
茂みの中のアクセル達はいきなりの音に驚いて顔をしかめる。
「………痛ぇ………」
「こんなものじゃなかったわ………私の痛みは」
ミリアは厳しい表情のままもう一発ソルの頬を打つ。
バキッ!!
「………マジで痛ぇぞ」
「当たり前よ……拳で打ったんだから」
ミリアは手を開いてぶらぶら振っている。
ミリア自身も少し痛かったらしい。
(普通女が拳で殴るか?)
(姉さんらしいアル……)
「でも……スッキリしたわ」
ミリアが口元に微笑を浮かべて言う。
その目には、もう涙はない。
「許したわけじゃないわよ。でも、あなたを恨んだりはしてない」
「………………」
「で…………こう言うのもなんだけど………」
ミリアは一旦言葉を切って、きょろきょろと辺りを見回す。
顔を真っ赤にしてソルに向き直り、ミリアにしては珍しく、上目遣いにソルを見る。
そして、ものすごく恥ずかしそうに口を開いた。
「………私と、また付き合ってくれる?」
恥ずかしくなったのか、すぐに目をそらす。
「……ああ」
ソルも照れているのか、ぶっきらぼうに返す。
「………ありがとう、ソル」
そう言って―――ミリアが笑った。
悲しみの欠片もない、穏やかな微笑。
だがそれは……非常に―――魅力的な表情だった。
「やっと笑いやがったか…………」
ソルが照れ隠しに悪態をつくが、ミリアは全く気にしない。
「………そのツラがずっと見たかったんだよ」
そう言ってソルもホッとしたような表情を浮かべた。

「さてと………一段落ついたところで………」
ソルはアクセル達の隠れている茂みのほうを睨みつける。
アクセル達もドキッとしてざわめく。
(バ、バレたか?)
(あの声で気づくわけねえだろ!?)
(いや、旦那だったらありうるんじゃ……)
「俺が気づかねえとでも思ったのか?とっととツラ出せ」
底冷えするような声でソルはアクセル達に告げた。
(やっばりバレてたーーーーー!!)
(ど、どうするの?)
「出てこねぇならこっちから行くぞ」
ソルは茂みに向かってゆっくりと歩き出す。
(や、やべぇぞ!!)
(ほ、ほんとにどうするアル!?)
(き、決まってんだろォ?)
(逃げるっきゃない!!)
そう言って、アクセル達はいきなり立ち上がって一目散に駆け出した。
「逃がすか!ライオットスタンプ(炎なし)!!」
だんっ!!
ソルは後ろに飛び、校舎の壁を蹴ってアクセル達に蹴りかかる。
どがっ!!
「どわっ!?」
一番後ろを走っていた闇慈が背中を蹴られて倒れこむ。
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
「あたっ!!」
「ぐわっ!!」
続いて、メイ・アクセル・紗夢・チップの順に将棋倒しになった。
「テメェら……覚悟できてんだろうなァ?」
ソルは指や首をゴキゴキ鳴らしている。
ミリアもあえて止めはしない。
「ソ、ソル、手加減して……くれるよね?」
「安心しな……女には手加減してやる」
「だ、旦那ァ、俺達は………」
「…マジで行くぜ?」
ソルはアクセル達を一瞥すると、苦笑したように口元を曲げた。
「「「た、助けてくれェェェェェェェェェェっ!!」」」
アクセル達男三人衆の悲痛な叫びが裏庭に響き渡った。

「いったぁ~~~~い……」
「自業自得よ」
メイが漫画のようなタンコブを押さえてうなっていると、ミリアがもっともな意見を言う。
紗夢もメイと同じように頭を押さえている。
二人ともソルのゲンコツを頭に食らったのだ。
ちなみに男三人衆は……ボコボコになってそこらに転がっていた。
「……?ちょっと待って……あなた達いつからあそこに居たの?」
ミリアが不意に思いついてメイに問う。
メイの方はきょとんとしてミリアに答えた。
「いつからって……最初から」
「と、いうことは………まさか………」
ミリアの動きがぎこちなくなる。
メイはちょっと意地悪く笑う。
「えへへ……ぜぇ~んぶ見てました」
ピキッ。
ミリアが完全に固まる。
だがその直後、凄まじい怒りのオーラがミリアの背後に立ち上った。
「あ~な~た~た~ち~~~~!!!!」
地獄の底から響くようなミリアの怒りの声と共に、二度目の悲痛な叫びが響き渡った。

「ひ~~ん………もっとイタイ~~~~~」
「メイが余計な事言うからアル………」
二段になったタンコブや頭を押さえてメイと紗夢が言った。
「ああ………明日学校に来るのがつらいわ…………」
ミリアが心底つらそうに言う。
明日学校に来たら今日の事はクラス中に広まっているだろう。
チップと闇慈によって。
男三人衆は更にボコボコにされ、ボロ雑巾のようになって転がっている。
多分骨の一本や二本は折れているだろう。
とくにチップと闇慈は口封じのために喉もやられている。
どのみち、明日には治っているだろうが。
(まあ……ソルの本音がわかったのはうれしかったけど……)
ミリアが誰にも聞こえないように呟いた。
その表情はいつものクールな表情に戻っている。
が、その奥に潜んでいた影はもうない。
「また、よろしくね……ソル」
「……ああ」
ミリアがソルに向かって微笑んだ。
ちなみに、微笑む前に紗夢とメイは頭をどつかれて気絶させられている。
空は六月の夕暮れでオレンジ色に染まっていた。
「さてと……帰るか」
ソルが伸びをしながら言う。
「そう言えば、あなたどうやって通ってるの?」
「バイク。乗ってくか?」
「そうね、送ってってもらうわ」
ソルとミリアは並んで歩いて裏庭を後にした。
手を繋いだりはしていないものの、その姿は……どことなく楽しそうに見えていた。


その日の夜……
「あー……誰か……俺らを病院に運んでくれぇ………」
深夜の裏庭に、消え入りそうなアクセルの呟きがむなしく響いた。
翌日、ファウストによる緊急手術が保健室で行われたという噂が流れた。










Hr4
夢の中にいる。
 私は夢の中から、現実という名の外の世界を見ている。
 体は全く動かない。その上、体中がひどく痛む。鼓動に合わせて小刻みに痛みの満ち引きを繰り返す体を持て余して、無性に膝を抱えて丸くなりたいと思った。だが、指一本動かない。冷たく硬い床に、痛む体で仰向きで寝ているのはつらかった。できることなら眠ってしまいたかったが、瞼も閉じられない。それも自由にならなかった。
 だから、私はずっと外の世界を見ていた。
 世界は赤かった。怒声と咆哮と、血と、赤い髪。赤い髪をした『わたし』が吼え狂う世界は、まるで真っ赤に塗り潰されているように見えた。
 その世界と私の間に、寒色の背中があった。子供の頃、繰り返し見たあの夢のように。
「まず、私の仇をとってくれるのだそうですよ」
 寒色の背中の主が薄く笑う。こちらに背中を向けたゲーニッツの顔は見えないが、確かに薄笑いの気配があった。
「私に止めを刺したのは貴女ですが、それに手を貸したのは彼等ですから。だから、まず彼等を殺すのだそうですよ」
「……それから?」
「おや、まだ答える気力がありましたか」
 意外そうにゲーニッツが振り返る。おそらくもう瀕死の私が答えるとは思わなかったのだろう。
 瀕死であることは間違いない。胸の傷は深く、呼吸する度に熱いものが喉に詰まる。正直、声が出せたのも意外だった。
「それでは貴女が穏やかに眠りに付けるまで、少し話をしましょうか。考えてみればしばらくぶりの再会なわけですし」
 そう言うと、ゲーニッツは横たわる私の隣に腰を下ろした。冷たい手が伸ばされ、額から髪にかけてをそっと撫ぜていく。それは確かに、私の夢と――古い記憶と同じ手だった。
「それから、と問いましたね。そうですね……それから何もかも、というところでしょうか」
 幼い子供を寝かしつけるための御伽噺のような口調で、ゲーニッツは剣呑な代弁をする。
「聞きましたか? 彼女の言葉を。私を殺す技を貴女に教えた貴女の義父を、そして貴女達を受け入れなかった世界を憎むと言っていたでしょう? 彼女の望みは、世界の全てを滅ぼすこと、それ以外にありませんよ」
「私……達……?」
「ええ、貴女もまた、あの世界に受け入れられてはいなかった。違いますか?」
 声は出なかった。否定することはできなかった。
「言ったでしょう『何でもするから』と請い願うことでしか生きられない世界ではなかったか、と」
 ああ。
 ああ、そうだった。
 ずっと恐れていた。世界から拒まれてしまうことを。
 恐れていたから、考えないように、目を向けないようにしていたのだ。
 それはもしかしたら、本当の父と母を殺してしまった時から始まった不安かもしれない。私の中の蛇神の血を恐れていた父。この身に流れているその血がある限り、父は私を拒むのではないか。嫌うのではないか。疎むのではないか。閉ざしてしまった記憶の底に、そんな不安があったのかもしれない。
 義父の屋敷で暮らしていた頃にも、それはあった。義父の亡くした妻と子の、微笑む写真に覆われて暮らしていた頃、私は自分が義父のために笑えも泣けもしないことが怖かった。あんな風に笑えない私は、きっと義父の亡くしたものの代わりにはなれないのだと。
 だからせめて、義父の教えてくれる戦いの技を、ひとつ残らず完璧に覚えようとした。別の形でいいから、義父のためのものになりたかった。義父に拒まれないものになりたかった。
 あの屋敷を出てからは、「決して裏切らない殺人兵器が欲しいから、義娘をそう仕立てたんだ」などとよく言われた。あるいは「愛人を連れ歩くとなると問題になるが、それが義娘という名目なら何かと都合がいいだろう」だとか、「父親の保身のために二十一も年上の男にあてがわれた」だとか。
 それは全てただ義父への妬みから出た虚ろな陰口でしかなかったが、それは別の不安を呼んだ。そういう言葉がきっかけで、義父は私を遠ざけるかもしれない。義父はそれをなんとも思わなくても、義父の立場にとっては不都合かもしれないからだ。
 その逆のことも思った。決して裏切らない手駒が欲しいだけ。そうであってもおかしくはない、という不安がいつもひとかけら心のどこかに転がっていた。
 それならそれでもいいとも思っていた。もし本当にそうなら、望みどおりの駒になればいい。それで義父が、私を傍に置いてくれるなら。
 義父だけではない。仲間達も同じだ。兵士としての務めを果たし、兵士として認められる。それが過去も歳の差も立場の違いも塗り潰してくれた。全てを飛び越えて、彼等と私を同じ色に染めてくれた。だが、もし私が兵士としての価値を失ってしまったら。

 怖かった。

 誰かの望む私でいられなくなることが。
 義父の望む私でいられなくなることが。
 世界が望む私でいられなくなることが。

 世界の全てが私を拒むかもしれないということが。

「でももう、貴女にそんなつらい想いをさせる世界に戻る必要はないんですよ」
 死の縁に横たわる私を見つめ、ゲーニッツは囁きかける。全てを赦す牧師の姿そのままに。
「貴女にそんなつらい想いをさせた世界は、あの子が――そしてもうすぐ目を醒まされる私達の神が、全て滅ぼしてくれますから。だから貴女は、何もかも彼女に任せてゆっくりとお眠りなさい」
 その言葉に頷くことは、しかしできなかった。
 世界は相変わらず赤く染まっている。夜の闇に閉ざされた夢の中、そこだけが鮮やかで輝くようだった。例えその輝きの源が、この世の全てへの憎悪だったとしても。
 わからなかった。今の彼女ほどに、私が何かを強く思ったことはあっただろうか。肉体を得て彼等を殺す術を得た彼女の歓喜より、彼等を殺さないでと願う私の気持ちは強いだろうか。
 怒声が聞こえる。しっかりしろ、目を覚ませ。私を仲間と呼んでくれた上官達の声だ。
 わからなかった。目覚めるのは本当に私でいいのだろうか。私は本当にあの世界に向かって目を覚ましたいと思っているのだろうか。
 それなのに頷けない。頷けばきっと楽になる。そう思いながら、私は何かに引っかかってそこから動けない。

 その時だった。
 視界の端を、何かが掠めた。
 あの鳥だ、と気付くまでに少しかかった。夕暮れの空を彷徨っていたあの鳥だった。視界の効かない闇の中、思わぬ低さまで降りてきてしまったのだろう。地面に激突する寸前で再び舞い上がるのが目に入ったのだった。
 鳥は飛んでいる。どこかの枝に降りて夜をやり過ごせば、生き長らえることはできるかもしれない。遠い国に渡ることはできなくても、ここで生きていくことはできるかもしれない。
 だが鳥は飛んでいる。自分の群を探して飛んでいる。

「…………よ」
「どうされました?」
「……同じよ、あなたも」
 浅く苦しい死に際の呼吸の中、私は最期の力を振り絞って声を上げる。
「あなたも……あなたもあなたにとって都合のいい私が必要なだけでしょう?」
 引っかかっていたのはそれだった。私は唐突に、それに気付いたのだった。
 血の宿命に身を任せ、獣の咆哮を上げる『わたし』でなければ、この男には必要ではないはずだ。
「だからあなたは私をこの夢で眠らせようとし、『わたし』を現実に目覚めさせた。あなたも、私の全てを受け容れているわけじゃないわ」
 言葉の間、不思議と息が続いた。息だけではない。私の体は急激に力を取り戻し始めている。痛みは相変わらずひどいが、さっきより少しはましだ。
 私は無理矢理に顔を上げる。やっとまともに視界に入ったゲーニッツの目を睨み付け、私は続ける。
「みんな同じよ。みんな自分にとって都合のいい誰かを求めているだけ。あなたも、そして私も」
 外の世界の怒声はまだ続いている。目を覚ませ。目を覚ませ。上官達は『わたし』の爪に牙に何度も傷付けられながら、それでも同じ言葉を繰り返す。
 彼等とて、何もなしに私をを受け入れた訳ではない。少なくともきっかけは、軍人として受けた命令のひとつに過ぎなかった。
 私とて同じだ。彼等が私を受け入れてくれたからこそ、彼等を仲間と思えるようになったのだ。もしも彼等が私を親殺しの忌み子と罵ったなら、私は彼等を憎んでいたかもしれない。
 義父のこともそうだ。義父が私に何もかも与えてくれたから、だから私はあの人を好きになったのかもしれない。
「でも……それでも」
 指に、手に、腕に力が戻る。痛みも死気も押しのけて、何かが私を突き動かす。
 それは手刀の形を取って、微笑むゲーニッツに斬りつけた。
「私が許せるのは、向こうの世界にいる私よ」
 空を切る手刀の向こうに、飛び退る青い牧師服が見えた。その隙を突いて私も飛び起きる。それだけの力が戻っていた。
 息はまだ苦しい。血が足りていないのか、頭がぐらぐらする。それでも私は戦う姿勢を取った。そういう時の戦い方も義父から受け継いでいる。
「戻りますか? あの世界へ」
「戻るわ」
「あんな姿を見せた貴女を、再び彼等が受け容れてくれるという保証もないのに?」
 けだもののように吼え狂い、仲間を襲う『わたし』――それを彼等が嫌悪しないという保証は、確かにどこにもない。けれど、
「戻るわ」
 答えはもう変わらない。
 鳥は真っ暗な空を飛ぶ。群に戻れると信じて。
 私も信じる。私の群に戻れると。
「あなたを倒して、戻って見せるわ」
「……仕方ないですねえ」
 牧師服の裾の埃を払いながら、ゲーニッツが苦笑する。
「では、もう少し力尽くで眠っていただきましょうか」
 その言葉と共に突如吹き荒れ始めた風の中を、私は身を低くして走り出した。

 私は夢の中にいる。
 『わたし』は夢の外にいる。
 だが、ニ人の私はどちらも戦っていた。
 私は血の臭いをたっぷり含んだ風の刃を避ける。避けながら放った手刀は間合いが足りず、ゲーニッツには届かない。
 『わたし』はラルフの重い拳を避ける。身体を捕らえようとするクラークの腕も避ける。避けながら放った手刀は彼等の肌を浅く裂いて、ぱっと赤いものが散る。
 分の良い戦いとは言い難かった。以前ゲーニッツと戦った時は三人がかりでやっと倒したが、今の私は一人きりだ。
 対してラルフとクラークは、私と肉体を共有する『わたし』に本気を出すのを躊躇している。私の身体をなるべく傷付けぬようにと思うあまりに、あと一歩が踏み込めていない。このままでは思わぬ後れを取っての、最悪の事態も起こり得る。
 少し、焦った。
 無理を承知でゲーニッツの懐に飛び込む。一気に間合いを詰めて勝負を付けるつもりだった。
 届いたと思った瞬間、下から持ち上げられる感覚があった。投げられたのではない。天に向かって吹き上げる激風――竜巻だ。バランスを崩すどころか吹き飛ばされたところにもう一撃あって、私は受身も取れずにどさりと落ちた。一瞬、意識が飛びそうになる。
 だが、私はまだ届くと直感していた。宙に浮かされていた時間と感覚からして、まだゲーニッツからはそれほど離れてはいないはずだ。おそらくすぐ後ろにいる。
 私は伏せたままの姿勢から、腕の力だけで体を浮かせざま後方を脚で薙ぎ払う。方向は――

『お前の直感は才能のひとつだが、そればかりに頼っては腕が上がらない。今後更に気を付けるように』

 いつかの義父の言葉が、すぐそこから聞こえた気がした。
 脚で薙ぎ払うと見せかけて、ぐるりと半周し体勢を変える。見えない敵を無理に狙わず、視界を確保する方に私は賭けた。
 蹴りが来ると思ったか、ゲーニッツの構えはは下方に向いている。躊躇わず、私はそこに跳び込んだ。

「いい加減にしろよ、このひよっこがッ!!」
 怒号と共に放たれた拳を、避けるか受けるか一瞬戸惑った。その戸惑いが、選択肢を失くしてしまったことに気付いても、まだ彼女は自分が追い詰められたとは思っていなかった。これだけ大振りの一撃なら、受けても流してもその後に反撃できるだけの隙が生まれる。そこから一気に畳み込んでしまえばいい。
 それが甘い考えだと悟ったのは、丸太の様に膨れ上がった腕の筋肉を見た時だった。そこから生まれる破壊力は想像に難くない。避ける以外にどうにかできるものではなかった。そして一瞬の戸惑いと判断の誤りは、彼女から拳を避ける余裕を奪い去っていた。
 拳が放たれる。受け流せないなら受けるしかない。だが、まともに受ければいくら人間の限界を超えた状態の肉体でも保ちはしないだろう。
 衝撃の瞬間、同じ方向に跳んだのは賭けだった。ぎりぎりまで衝撃を殺せればもしかして、と思ったのだ。

 私の手刀がゲーニッツの胸を貫いたのと、殺しきれなかった衝撃が『わたし』を貫いたのは、ほとんど同じ瞬間だった。
 





+++++++++++++++++++++++++++


夢が終わる。
 風すらも赤く染まった世界の中、これ以上赤を足しても皆それまでの赤に溶けてしまうだろうと思えるような光景の中、驚くほどそれは鮮やかだった。
 蛇眼の牧師の胸から溢れた赤、その胸に突き立った私の手刀を染める赤だ。
「……嘘」
 口を吐いて出た言葉は、我ながら間が抜けていると思った。
 手にあるのは間違いなく、大嫌いな血の感触だ。胸の筋肉を引き裂き、内臓まで達した手応え、ひとつの命を絶った手応えだ。それなのに、何が嘘だというのだ。
 呆気ない、と思ったのだ。
 昨年は3人がかりでやっと、この男を倒せた。それに引き換え、今の私は手負いで、しかも一人きりだ。嘘のように呆気ない。
 そこで気付いた。同じように切り裂かれたはずの胸は痛くも熱くもない。呼吸も正常だ。いつの間にかあの傷が癒えている。致命傷だったというのに。
「嘘」
「嘘ではありませんよ」
 思わず繰り返した言葉に、ゲーニッツが小さく笑った。その唇の端から、細い血の筋が伝って落ちる。
「ここは貴女の夢ですから。貴女の思うままになる世界ですから」
 そう言ってから、ゲーニッツは少し首を傾げた。
「思うまま、というのは違うかもしれませんね。貴女の深層意識の世界、とでも言いましょうか。夢というのはそういうものですよ」
「嘘よ」
 私は3度、繰り返した。
 認められなかった。
 それでは、ゲーニッツをここに招いたのも私自身だということになる。その上、もう1人の『わたし』はこの男を父と呼んでいた。
 この男はパパとママの仇だ。あの時、手を下したのは確かに私自身だけれど。
 でも、強引にきっかけを作ったのはこの男だ。それを招くどころか、父などと呼んでいた。
 認めたくなかった。
「嘘ではありませんよ」
 だが、ゲーニッツはさらりと否定する。
「貴女、昔から夢を見ていたのでしょう? 一度は去ろうとした私が振り返る夢を」
 夢。幼い頃、何度も見ていた夢。
 背の高い男の背中が見えていた。父母の血に染まった狂った色彩の部屋の中、穏やかな寒色の背中が近くて遠かった。
 振り向いた影の、その人の顔は逆光で良く見えない。視線が合ったということだけが、なぜかわかる。
 そして私は手を伸ばし、その人の手も伸びて、ふたつの手は重なるのだ。
 私はそれを、義父との出会いの光景だと思っていた。それを繰り返し夢に見ているのだと。
「あれが本当は貴女の義父ではなく、私だったということを、貴女は忘れようとして出来なかった。覚えていたんですよ、本当のことを」
 だがそれを、ゲーニッツは自分とのやり取りだと言う。あの寒色の背中は自分のものだと言う。
「だからでしょうね。貴女の全てを受け容れる「理想の父親」の役を私に振ったのは。実のお父上にその役を振るのは貴女自身が許せないし」
 その通りだ。死んだものは何ひとつ語らない。だからパパは私を恨むこともないし、許すこともない。それでも私は怯えている。パパに罪を責められることを。憎まれることを。
「かと言って、義父殿に振れるはずもないでしょう?」
 それもその通りだ。パパを亡くした後の私にとって、義父は全てだった。義父がいなければ、私はどう存在していたらいいかすらもわからない。
 私は必死だった。義父に拒まれないように必死だったのだ。だから、その配役ははなから成り立たない。
 それでこの男だったのか。
「正直に言いますとね、一族の利害を考えても、貴女の振った役を演じるのはとても都合が良かったんですよ。貴女の中にいれば、貴女の中の一族の血を引き出す手助けをするのも楽ですから」
「それも私の望みだったと言うの?」
「ええ。本当の自分を晒し出したい、醜い自分を晒して、なお自分を受け入れてくれる誰かが欲しい。それは人間誰もが持つ望みですよ」
 そこまで言うと、ゲーニッツは急に咳き込んだ。
「おや、時間のようですね」
 ごぼりと血の塊を吐いて、それでもなお口元は笑みの形に緩んでいる。
「貴女が私から訊きたいことは、どうやら全て話してしまったようですね。私の役目は終わりです」
「終わりって……?」
「出番の終わった役者は、退場するのみですよ」
「いいえ、まだよ。まだ終わってないわ」
 私は急速に力を失いつつあるゲーニッツの体を支えた。もしかしたら縋っているように見えたかもしれない。
「無理ですよ。だってほら」
 ゲーニッツは自分の胸を指差してみせる。
「胸にこんな穴を開けられて。本当はとっくに喋れなくなっているような傷じゃないですか。自分でこうしておいて、何を今更」
 言葉と一緒に、何度も喉から血が溢れている。それでも言葉そのものは明瞭なのは、それも私の望みなのだろうか。
「今まで何事もないように話していられたのも、貴女が私に答えを望んでいたからです。でもそれが終わった今、私はもう、貴女の常識に従って死ぬしかないんですよ」
「まだよ! もう1人の私のことを話しなさい。話せるはずよ……答えなさい!」
「それは、直接彼女にお訊きなさい。もうすぐ彼女もここに戻ってきますから」
 そしてゲーニッツは、いつかのようにそっと手を伸ばした。
「風が迎えに来ましたね。これでお別れです」
 ひやりと冷たい手が、私の髪を撫ぜる。なぜだかその手に嫌悪は感じなかった。
「結構楽しかったですよ、貴女の父親役も」
 それが最後だった。
 一陣の突風が吹き、私が思わずそれに目を閉じた瞬間に手の感触は消え、目を開けた時にはやはり、蛇眼の牧師の姿はそこになかった。
 奇妙な喪失感に襲われて、私は思わずしゃがみこむ。真っ赤な世界に取り残されて、私は1人だ。
 吐きそうなほどの孤独感だった。何もない。何もいない。ただ赤いだけの世界。
 1人でいるのは苦にならない方だと思っていた。下手に気を使われたり世話を焼かれるよりは、1人の部屋で膝を抱えている方が楽だと思っていた。
 でも、今だけは耐えられそうになかった。あの夢を思い出す。狂ったような色彩に染まった部屋。身動きひとつ出来ずに横たわっていた時の心細さ。
 1人にしないで。置いていかないで――声にすらできない叫びを上げた瞬間、私の意識も風の中に千切れ飛んだ。

 長い夢が終わる。

 意識を取り戻して最初に感じたのは痛みだった。全身あちこちが痛む。
 何かひどい夢を見ていたような気がした。口の中に鉄錆の味がする。うなされるうちにどこか噛んでしまったのだろうか。嫌な味だ。
 どうしてこんなにも血が苦手なのだろう、と思うこともある。ほんの薄皮一枚隔てて、自分の中にも満たされている。それだけの液体だ。だというのにその色も、味も、このぬるりとした感触も、やはり苦手だ。
 「この」、ぬるりとした?
 はっとして自分の手を見る。血塗れだ。悲鳴を上げそうになったところに、髪から落ちた血が視界を染めた。
 赤い、赤い世界。そこに誰かが倒れている。
「よぉ、レオナ。起きたか」
 あれは。掠れた声を上げている、あれは?
「起きたんだったらメディカル――はここにいねえな。大会の救護チーム呼んできてくれ? ちょっと、あれだ。俺もクラークも動くのはちとキツいんでな」
 俺……クラーク……思い出せない。記憶が濁っている。
 メディカル。大会。救護チーム。
 ああ、そうだ。KOFだ。私はKOFに出場していて、チームメイトはラルフとクラーク。準決勝の試合が終わって、それから――それから?
 頭の中で、何かが爆ぜた。
 この手を染めているのは彼等の血だ。私が彼等を……大事な人たちを殺そうとした証の血だ。
 また殺してしまうところだった?――また? その前は誰だった? 彼等の前に、私は誰を殺そうとした?
 ……違う、殺そうとしたんじゃない。殺してしまったんだ。
「あの時……」
 パパを殺した。私が殺してしまったんだ。
「思い出したわ、全てを……」
 ぬるりとした血の感触。肌を裂き内臓を抉るあの感触。パパの悲鳴と哀訴と断末魔の絶叫。
「あの時、私は……」
 私はまた、大事なものを自分で壊そうとしてしまった。あの時と同じように。
 今回はたまたま最悪の事態に至らなかった。相手が私より技量の勝るあの2人だったからだ。だがこの次もそれで済むという保証はどこにもない。
 そんなことになるまえに、いっそ。
 手刀を振り上げ、自分の首を貫くために振り下ろす。それを決断するまでにかかった時間は、驚くほど短かった。
 新たな血飛沫が散り、私は再び意識を失った。

 長い夢が終わる。

 赤い世界。血に染まる夢の世界。
 死に損ねたのだ、ということは割とすぐに理解した。死んでしまったら夢も見ないはずだ。
「死んじゃえ、って思ったのに」
 あの赤い髪の少女が、隣に立つ気配があった。
「パパを殺したあなたなんて死んじゃえ、って思ったのに。あの傭兵に邪魔されたわ。さっきちゃんと殺して置けばよかった」
 ということは、たぶんラルフだ。お節介焼きの上官は動かないと言っていた体で、私と私の手刀の間に手だか腕だか差し入れて、すんでのところで私の自決を止めたのだろう。だとすれば、私が最後に見たあの血飛沫はきっと彼のものだ。その証拠に私の首には傷ひとつなく、ただ手ばかりが血に濡れている。
 だが、赤毛の少女はその血に別のものを見た。
「また、わたしのパパを殺したのね」
 彼女がパパと呼ぶのはゲーニッツのことだ。この血があの男のものかはわからないが、確かに彼を殺したのは私だ。
 頷く私を彼女が睨み付けるのが見なくてもわかる。視線には痛いほどの憎悪と殺意が乗っていた。
 だから、訊いた。
「私が、憎い?」
「ええ、憎いわ」
「私もよ。あなたが憎いわ」
 私たちはひっそりと笑い、けれど目を合わせることなく、どちらからともなく目を伏せる。足元の赤いぬかるみが、2人の裸足を汚していた。
「あなたのパパを殺したのも、私のパパを殺したのも私よ。でも、私はそれをあなたのせいにしたかった。あなたは私であって、でも私ではない。だからパパを殺したのも私ではない。そう思えるのは楽だったから」
「そうね、自分で自分を憎み続けるのは、時には楽なこともあるけれど、とても辛いことだわ」
「しかもあなたは、ゲーニッツを、あなたのパパを殺した私を憎んでいた……自分のことを憎んでいる他人を憎むのは楽よ」
「憎んでいる相手に責められるのも楽だものね」
「その通りだわ」
 結局のところ、そういうことなのだ。
 この世界を赤く染めたのは、父と母を手に掛けた私の罪の意識だ。断罪されたい、裁かれたいという想いがこの世界を創った。でも、その自分で望んだ苦しみを、私は一人で背負うことができなかったのだ。
 そうして生まれたのが彼女だ。もう1人の『わたし』、赤毛の『わたし』だ。
 時期だとかそういうきっかけもあったのだと思う。私の中に蛇神の血が流れていなければ、昨年KOFでゲーニッツに再会しなければ、ここまで明確な別人格は生まれなかったかもしれない。
 とはいえ、彼女を創ったのもまた、私自身であることには変わりがない。私が認めなかった血と、力と、私が拒んでしまった私の一部をより合わせて創られたもの。つまりは――
「あなたは、私なのね」
 やっと、本当の意味で、私は彼女がもう1人の自分であることに気が付いたのだ。
 私自身なのだ。彼女の憎悪も、恐怖も、外の世界で彼女が見せた獣性も、全て私自身のものなのだ。
「そうよ」
 不意に、手に柔らかな感触があった。手を繋がれたのだ。
「あなたはあなた自身を呪う自分を、わたしをずっと自分の中に飼い続けるの。いつまたわたしがあなたを押し潰すか、あなたの中から溢れるか、それに怯えながら――ほら、見て」
 俯いた視界の端で、すっと彼女の手が上がるのが見えた。それにつられて顔を上げる。
 そこに、陽が射していた。朝陽だった。
 太陽そのものは見えない。厚い雲に覆われた空は相変わらず暗かったが、それでも夜の闇とは違う。世界は確実に光を取り戻し始めていた。
 その光を翼に受けて鳥が飛ぶ。あの、群にはぐれた鳥だ。
 長い長い夜が終わる。一晩やみくもに飛び続け、とっくに力を失ったはずの翼で鳥は飛んでいく。もう迷いはない。ただ真っ直ぐに飛んでいく。
「鳥は行くわ……あなたは?」
 飛ぶ先に、自分の群がいるのかどうかはわからない。追いつけるかどうかもわからない。追いつけたところで、群が受け入れてくれるかもわからない。それでも鳥は飛んでいく。
「私も行くわ。私の群に戻る」
「そう言うと思っていたわ」
 パパにもそう言っていたものね、と彼女は続ける。
「でもあなたの群だって、あなたの楽園な訳じゃない。苦しんで、恐れて、怯えながら生きて行きなさい。わたしはここで、あなたがまたそれに押し潰されるのを待っているわ」
 そして、繋いだ手が離れる。
 離さなかった。離れようとした手を私が掴んだ時、赤毛の少女は初めて驚く顔を見せた。
「あなたも行くのよ、一緒に」
 掴んだ手を引き寄せ、私たちは向き合う。こんな風に彼女の目を真っ直ぐに見て話すのも、思えば初めてのことだ。掴んだ手は激しく逃れようとしたが、それでも私は離さなかった。
「あなたは私よ。私に群があるなら、それはあなたの群でもあるということだわ」
 私の群。傭兵たちが戦場から戦場へと渡る群。
 確かにそこは楽園ではない。大嫌いな血ばかり見ることになるし、世話焼き気質の上官や仲間たちの存在は、時に重すぎて苦しくもなる。そして実際、あの群にいる限り、あの群を心地良い場所だと認める限り、私はそこから弾き出されることに絶えず怯え続けなければならない。あるいは、私はまた彼等を傷付け、今度こそどうしようもない結末を迎えてしまうかもしれない。
 それでもあの群は。あの群にはあの人がいる。
 群を率いる隻眼の傭兵。私の義父。

 わたしには、あのひとがいる。

 あの人のいる群に、私は戻りたかった。
 憎悪も恐怖も過去の記憶も、認めがたい一族の血も力も全て、全てを抱えたままで。
 何もかも全てを抱えて、あの人のところに戻りたかった。
 あの人となら、生きていけると思った。
「いきましょう、一緒に」

 引き寄せた手は、もう抵抗しようとはしなかった。
 どこかで娘を呼ぶ父親の声がする。その声に向かって足を踏み出す。一歩踏み出す度に意識が薄れていく。目覚めが近い。
 朦朧とする意識の中で見上げた空に、飛ぶ鳥の姿はもう遠い。

 長い夢が、終わる。
 
 


++++++++++++++++++++++++



もう、夢は見ない。

 ハイデルンは、モニタ越しに義娘の戦う姿を見ていた。
 昨年もそうだった。義娘が遠い日の真実を告げられ、困惑と恐怖に顔を歪めるのを、このモニタ越しに見ていた。
 義娘が赤い髪を振り乱したけだものとなって、全身を血に染めて歓喜するのも見ていた。正気に戻った義娘が、全てを思い出して自ら死を選ぼうとするところも見ていた。
 義娘が一番つらい想いをしている時に、自分は義娘の傍にいないのだ、と思った。
 いや、違う。いなかったのではない。自ら行かないことを選んだのだ。自分は傍にいてはいけない、そう思う。自分が傍にいたら、きっと。
 暗い部屋に、モニタだけが明滅している。既にその光は慣れていたが、ハイデルンは眩しそうに片目を細めた。もう片方の目はない。
 どんな形であれ生きていてさえくれれば。妻と娘を失くした時は心底そう思った。物言わぬ姿となって戻ってきた部下たちを見る度にもそう思った。
 義娘に対してだけは、どうしてもそう思えなかった。
 生きている限り、暗い過去を引き摺らなければならない義娘だ。生きている限り、血の宿命に追われなければならない義娘だ。この8年、いっそ父母の後を追わせ、死なせてやった方が幸せだったのではないかとの想いがどうしても捨てられなかった。
 自分があの時、妻子と共に死ねていたならという想いと、それは同じ重さをもっていた。
 それでも自分はまだいい。復讐の相手がいるだけいい。血の臭いのする過去を抱えてでも、思い出と憎悪を支えに生きていける。復讐だけを支えに生きる、血に塗れた道。そんな生き方が何になると自問自答しながら、しかしそんな生き方しかできなかったし、そんな風になら生きられた。
 義娘にはそれもない。できることといったら、自分自身を責め、憎むことだけだ。
 悪夢にうなされては熱を出し、小さな体を震わせて眠る義娘を見守った夜、頭を撫ぜてやる手を首にかけてしまおうかと何度悩んだことか。
 ハイデルンは己の愚かしさを哄う。それなら最初から、引き取ったりしなければ良かったのだ。戦場に立つものであれば孤児を見ることなど珍しくもない。何を思ったかそれを引き取って、なおかつ宿命と戦う術など教えてしまった。
 生きる術を教えておいて、何を死なせてやれば良かった、だ。ハイデルンは矛盾する己を哄う。
 ラルフに問い詰められ、答えられなかったのも当然だ。一緒に生きるのではなく死のうとしていると言われて、否定できなかったのも当然だ。
 だから、義娘の傍にいないことを選んだのだ。昨年のKOF、そして今年のKOF、どちらも義娘の宿命に関わるとわかっていたからこそ。
 ハイデルンは、モニタ越しに義娘が自分の命を絶とうとするところを見ていた。その手をすんでのところでラルフが止めるところも見ていた。
 自分があの場にいたら止められたか。おそらく否だ、とハイデルンは思う。きっと自分は義娘を死なせてやりたいと思ってしまうだろう。だからこそ、義娘を部下たちに――義娘を想ってくれる部下たちに託したのだ。
 だが、その時ハイデルンの胸を満たした感情は、彼自身の予想とはまるで違っていた。
 どんな形であれ、生きていてさえくれればと。
 ハイデルンは、モニタ越しに義娘を見ていた。戸惑いながらも生きることを選び、その祝福のように、髪に赤いバンダナを結ばれたところも見ていた。
 馬鹿な話だ。ハイデルンはどこまでも己を哄う。失ってしまう寸前にならなければわからなかったのかと。
 どんな形であれ、生きていてさえくれればいい。赤い髪をしたけだものに変わろうと、この世の全てを呪おうと。自分の傍にいなくてもいい。馬鹿な義父を憎んで遠くに行ってもいい。ただ、生きていてさえくれればいいと思った。
 モニタ越しに見るレオナの結末は、そのままハイデルンにとっても結末だった。彼と義娘の、この8年の結末だった。
 ハイデルンは、モニタ越しにそれを見ていた。

 軍人に必要とされる能力のひとつに、時間を把握するというものがある。時にコンマ何秒の夕イミングを合わせろと要求されることも少なくはない商売だ。ある一定のレベルを超えれば、時計に頼ることなく正確な時間を把握することは必須のスキルとして要求される。
 それを養う訓練において、たぶんこの二人の成積は優秀だったのだろう。
 そろそろだ、と顔を上げたレオナは、自分の順番を待ちながら溜まった書類を片付けていた同僚の机がすでに整理されているのを見た。書類は切りの良いところまで進められ、あるものはファイルに、あるものは机の引き出しに納められて、すっかり席を離れる準備ができている。
 この人にはいらぬ気遣いだった、と自分の書類に目を戻そうとしたところで、声を掛けられた。
「レオナ、これ後は大佐のサイン入れるだけだから、お前の番になったら、ついでに提出しておいてくれ」
「了解」
 受け取ったファイルは、次回の任務に関する計画書だ。正式な謹慎も明けていないうちから、もう次の任務が始まっているのは仕方がない。エース2人が謹慎のためとはいえ、一ヶ月近くも部隊を離れていたのだ。
 別に、ラルフとクラークがいなければ部隊がまるで機能しなくなるというわけではない。しかし、彼ら向きの任務だとか、彼らでなければ成功率が低く、しかも緊急性の低い任務だとかいうものはどうしても後に回される傾向にある。一ヶ月もすればそういうものが結構な数になって、それを捌くにはそれなり時間もかかる。とてもではないが、正式な謹慎明けなど待てないというのが実情だ。
 本来ならとっくに、謹慎が明けていたはずだったというのもある。
 レオナのリハビリを兼ねていたとは言え謹慎中に格闘大会に、それも世界中が注目するKOFに参加したことを無視できないのは、謹慎という言葉の意味を考えれば当然だろう。彼ら3人が復帰前に命じられたのは、山のような始末書の提出だった。ついでにそれぞれ順番に、ハイデルンの執務室への呼び出しが来ている。
 本来ならもっと厳しい処分になるところだが、そうならなかったのは、そんなことに時間を割かせる余裕があったらさっさと復帰させてくれ、という現場の悲痛な声によるところが大きい。
 クラークから受け取ったファイルをデスクの端に置いて、再び自分の書類に取り掛かったレオナは、ライターの音でもう一度顔を上げた。ちょうど煙草の煙を吸い込んだクラークと目が合う。
 ラルフが「久しぶりに教官のお小言を聞いてくらぁ」とハイデルンの執務室に向かって15分。ハイデルンの多忙なスケジュールから考えると、1人に割ける時間は長くても20分というところだろう。そう考えると、もういつラルフがこの部屋に戻ってきてもおかしくない頃合だし、そうしたらすぐに、クラークはハイデルンの元に向かわなければならない。一服する時間の余裕はないはずだと、レオナは首は傾げないまでも、幾分怪訝な目をクラークに向けた。
「あいつが、おとなしく説諭だけ聞いて帰ってくると思うか?」
 レオナの視線に気付いたクラークは、そう言いながら灰皿を引き寄せた。
「……思わない」
「だろう? 何か言いたそうな顔して出て行ったことだし、煙草1本分ぐらいは余計に話して帰ってくるさ」
 いつものことだ、と言われてレオナは頷いた。
 この基地で、ハイデルンと突っ込んだ話ができるのはラルフぐらいなものだ。ハイデルン自身は誰の話でも真摯に聞くつもりでいるだろうし、実際に声が上がればそのようにするのだろうが、いかんせんそこまで踏み込むことを躊躇わせる雰囲気のほうが強すぎる。部下に抱かせる感情が、尊敬を通り越して崇拝まで行ってしまうというのも、時には考え物だ。
 ラルフは違う。相手が子供だろうが敵兵だろうが大統領だろうが、平気で踏み込める気質と、それをなぜか相手に許させる印象を持ち合わせている。他の誰かであれば殴り倒されそうな距離に、ラルフはするりと入り込める。
 結果として、下の声をハイデルンに届けたり、物申すのはラルフの役割になりがちだ。だから、ハイデルンとラルフの話はたいてい長引く傾向にある。
「と言ってもあの人も忙しいことだし、大佐がはみ出した分、俺の時間が削られるんだろう。たぶん、お前の出る時間は予定通りだな。そのまま書類を進めといた方がいいぞ。どうせ教官に提出するんだから、間に合えば持って行く手間が1回省けるだろう?」
「そうね……そうするわ」
 その予想通り、ラルフの戻りは煙草が灰になるには充分過ぎるほど遅れ、それでもクラークの戻りは予定と変わらなかった。それになんとか自分の書類を間に合わせたレオナは、2冊のファイルを手にハイデルンの執務室へ向かった。

「こちらは中尉からお預かりした、次回の作戦に関するレポートです。それと、こちらは私の分」
 ハイデルンは長い腕を伸ばして、レオナの差し出す書類を受け取った。ファイルの表紙をちらりと見、最初のページを斜めに読んで内容を確認すると、そのままデスクに置く。
 書類よりも先に、片付けなければならない務めがある。
「お前の書類は、これで終わりか?」
「差し当たってはその始末書で終了のはずです」
「では、この書類の提出をもって、除隊しても構わん」
「……え?」
 珍しく、レオナが表情を変える。動揺だった。
「お前が戦う理由は、もうない。宿命から逃げる必要も、隠れる必要もなくなった」
 ハイデルンはそこで1度言葉を切った。それからことさらゆっくりと、義娘と自分自身に言い聞かせるように残りの言葉を続ける。
「戦場に――私の傍にいる必要は、ない」
 モニタ越しに見る義娘に向かって、生きていてさえくれればいいと思った時から、ハイデルンはそう告げようと思っていた。
 レオナの戦う理由はなくなった。傭兵部隊に身を隠す理由も、ハイデルンに庇護される理由もなくなった。生と死が隣り合わせの戦場で、忌まわしい記憶を呼び起こす血の色にその手を染め続ける必要は、もうどこにもない。
「これからは、お前の好きなように生きるといい」
「好きなように……」
 レオナはその言葉を繰り返したものの、それはまるで、言葉の意味が分かっていない鸚鵡のようだった。
 ハイデルンはそれを聞かなかったふりをする。
「しばらく休養するのもいいだろう。お前にはもう学ぶようなことはないかもしれないが、学校に行くのもいい。そこで友人もできるだろう。お前はそういう経験をするべきだろう」
 普通の少女のように、平穏に生きればいい。そう思う。
 もし、自分がレオナを引き取らなければ。それはハイデルンがずっと抱えてきたもうひとつの想いだ。きっと少女は平穏に暮らしただろう。少しは笑顔も取り戻し、それなりに幸せな少女時代を送れたに違いない。
 ずっと、そういう暮らしをして欲しいと望んでいた。自分の手の届かないところで、穏やかで静かな幸せを得てくれたならと思っていた。
 まだ遅くない。まだ20歳にもならない娘なのだ。今からでも人並みの暮らしをし、人並みの幸せを手に入れてくれれば。
 レオナは沈黙したままだった。
 9月の日差しが差し込む部屋の中、レオナの視線はハイデルンの手に注がれていた。彼女を戦場に連れて来た男の手だ。彼女に戦う術を教えた男の手だ。
 その視線を感じながら、ハイデルンは思う。戦うことを教えた自分の存在すらレオナの重荷になるのなら、それを忘れてくれても構わない。戦いの記憶と血の臭いとハイデルンの存在は、レオナの中で確実に繋がるものだ。共に過ごした8年は決して短い時間ではないが、もしレオナが望むならその全てを捨て去ってくれても構わない。ハイデルンはそう考えていた。
 沈黙の時間は長かった。その長い、長い沈黙の後、レオナは静かに、視線を上げた。
「生きろ、と言われました」
 ハイデルンは誰に、とは訊かなかった。その話を先程ラルフ自身としたばかりだ。
『生きろ、ってね』
 それがせめてもの上官への敬意のつもりか、いつものバンダナを外したラルフに、ほんの数10分前に言われた台詞だ。
『とりあえず、俺が言っときましたよ。別の誰かからも言われたみたいですけどね。俺にはそういうのはまるでわからないから、とんと』
 父親の幽霊でも出ましたかね、とラルフは冗談めかして言った。
『とにかく生かして連れて帰ってきましたよ』
 後はあなたの役目ですよ、と付け加えて苦笑しながら、目だけは笑っていなかった部下をハイデルンは思う。決着をつけるべきだと、その目は言っていた。
 レオナの視線が上がる。
「あなたも私に生きろ、と言うのなら」
 義父の手に落としていた視線が、その隻眼を見つめる。
「好きなように生きろ、と言うのなら」
 それは、ハイデルンの予想の範囲の言葉ではあった。
「ここで生きるという選択肢は、ありますか?」
 戦うことしか知らずに育ってしまった義娘だ。いきなり他の生き方をと言われても、それが一体どういうものであるかを想像することさえ難しいだろう。
 だがハイデルンの予想以上に、レオナの声には何かが詰まっていた。
「あなたが生きろと命じるなら、私は生きます。あなたが死ねと命じるなら、私はあなたが死ねと命じたその場所まで、必ず生きます。あなたの傍でなら、私は生きていけます」
 義娘のこんなにも熱を帯びた声は初めて聞いたような気がした。レオナはどんな厳しい訓練をクリアした時でも、何を知り何を覚えた時でも、情熱のかけらも見せない少女だった。過ちのように共にした閨でも、囁くような声しか上げない少女だった。
 そのレオナの声が、今確かに熱を帯びている。 
「だから、あなたの傍で生きてもいいと……生きろと言ってください……!」
 言われて、その言葉すら自分は予想していたのだとハイデルンは気が付いた。
 そうなのだ。もう2度と、この手を離すことは有り得ない。出会ったあの日、そして今また、もう互いの手を離すことなどできないと改めて思い知らされた。もう2人で生きていく以外に、2人の道は有り得ない。
 それだけのことなのだ。
 愚問だったのだな、とハイデルンは思う。
「レオナ」
 青い髪を下ろした義娘はどこかあどけなく見えて、8年前のあの時の面影を思い出す。
「私と、来るか?」
 それならば、あの時と同じように、手を伸ばすべきだろうと思った。だからハイデルンは、義娘に向かって手を伸ばした。
「いかせてください」
 迷うことなく、レオナはその手に自分の手を重ねた。

 死神と呼ばれた男が、その娘と血塗れの手を繋いで歩いて行く。行き先はおそらく地の底で、その道行きの途中で増える返り血の跡はいくら洗っても落ちやしない。
 繋いだ手を離せば、降りかかる血を避けることもできるだろうに、それでも2人は固く手を握り合ったまま歩いて行く。
 それはもしかしたら、ひどく似合いの連れ合いなのかもしれなかった。

End









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