春の日差しもうららかな午後、快賊とハーフギアの少女という珍しいお客がカイの家へと訪ていた。
「それでぇ、ジョニーったら今日になっていきなりドタキャンだよー。ひどいよねぇ」
予定していたデートを反古にされた愚痴を聞かせるともなしにしゃべり続けるメイは、ソファの前のテーブルに突っ伏しぎみに、いささか行儀悪く出されたビスケットを囓る。
「まったくさぁ、男の人って仕事仕事って言えばすむって思ってるもんなのかな?」
ねえ?と水を向けられ、困ったように曖昧な笑みを浮かべてカイはお茶を注ぐ手を止める。
「さぁ…どうなんでしょうね。それよりメイさん、床に座ってると冷えますよ」
「んー、じゃあクッション借りてもいいですか?」
どうやらそのポジションが気に入ってしまったらしいメイに動くつもりはないらしい。カイから受け取ったクッションをお尻の下に敷きながら、淹れてもらった紅茶に手を伸ばす。
「あーあ、暇だよー。何かおもしろいことないかなぁ」
そう言われても、もともと娯楽にあまり縁のないカイの家にはこれといった物は置いてない。トランプくらいなら探せば出てくるかもしれないが。
「あ、あの…」
今まで黙って紅茶を飲んでいたディズィーが遠慮がちに口を開いた。
「来る途中で見かけたんですけど、苺狩りなんてどうでしょうか…」
「ああ、この先の農園の…」
「あーそれいい! 苺大好きっ
」苺という言葉に反応して顔を上げたメイの目は輝いている。言い出したディズィーはもとより、特にすることがない以上カイに否やはなかった。そうと決まれば早いもの、カイは2人の少女のお供をして、苺狩りへと出掛けたのだった。
農園のビニールハウスの中は日の光の空気が暖まっていて、ムッとするほど濃厚な苺の香りが充満している。流石に入った瞬間は3人ともわずかに顔を顰めたが、慣れてしまえばどうということはない。広いハウスの中には数組の親子連れが見られる。さしずめカイは妹のお守りをしている兄といったところだろうか。
「わー、甘くて美味しいーv」
メイはさっそく摘んだ苺にぱくつき、幸せそうに顔を綻ばせている。
「見て見て、これなんかすっごい大きい!」
「本当、すごいですね。私、栽培されてる苺って初めて見ました」
ディズィーが言うには、今まで自生しているワイルドベリーしかお目に掛かったことがないらしい。
「そうなの? じゃあ今日はいっぱい食べて帰らなきゃ損だよ」
「お土産も買えますしね」
「はいっ。そうします」
嬉しさにか頬をほんのり上気させているディズィーに、カイとメイも嬉しそうに微笑んだ。
大粒の苺は確かに見事で、口に入れると甘酸っぱさが広がってなんとも幸せな気分になる。メイとディズィーの会話を微笑ましく見守りながら、カイも春の恵みを堪能する。
そんな中で、ぽつりとディズィーが漏らした発言にメイが吹きだした。
「こんなに楽しいのだから、ソルさんもご一緒すればよかったですね」
「……そ、う…でしょうか……」
出掛ける前にキッチンで新聞を読んでいたソルに一応声を掛けたのだが、興味がなかったのか断られた。確かに苺畑の中にいるソルなんて可笑しい。というより怖いかもしれない。カイは曖昧な笑みを返すしかできなかった。
「えーっ、ソルさんに苺って可笑しいよー」
「そうかしら? ソルさんって赤が似合うから、苺も似合うと思ったんだけれど…」
苺の似合うソル!
瞬時にどんな想像をしたのか、メイは腹を抱えて蹲り、カイは必死に笑いを堪えて顔を背けた。
「メ、メイさん…。そんなに、笑ったら、失礼ですよ」
「カイさんこそー。ぷぷぷっ」
「?」
爆弾発言をかましたディズィーは何がそんなに可笑しいのかわからずに、ただただ二人の笑いが収まるのを不思議そうな顔で待つのだった。
メイとディズィーを見送った後で軽く夕飯を済ませ、カイは食後のデザートの支度に取りかかる。
「ソル。苺食べますよね?」
返事を待たずに洗った苺盛った皿をテーブルへと置き、キッチンへととって返す。戻ってきたその手には、大きなガラスボウルと砂糖と牛乳。
何をおっぱじめるんだとしばし黙って見ていれば、目の前でカイはおもむろにヘタを取った苺をボウルに入れて砂糖と牛乳をかけると底の平たい独特の形をすたスプーンで苺を潰し始めた。
「何やってんだ?」
「何って、イチゴミルクを作ってるんですけど。…ソルも食べます?」
振られてソルは心底嫌そうな顔をする。ソルにしてみれば、ただでさえ甘ったるい苺をさらに甘くするなど胸焼けがしそうな考えだった。
「……ガキかお前は」
嬉しそうにボウルの中味にぱくつくカイは、しかしソルの子供扱いに怒るでもなく、照れたように笑ってみせる。
「子供の時、こうやってボウルに一杯これを食べるのが夢だったんですよ」
「ああ、なるほどな」
子供の頃のたわいのない夢を、大人になってから実践するのはよくある話だ。
「ソルもそういった経験ってありますか?」
「なくはないが…。バケツにいっぱい食いたいって思ったことはあるな」
「え、何をですか? 教えてくれたっていいでしょう」
どこか言いにくそうにしているソルに、是が非でも聞きたくなってくる。ましてや貴重なソルの子供時代の話だ。カイが興味津々にしつこく食い下がる。
「……プリン」
ぼそりと呟かれた単語に、思わずカイは吹きだしてしまう。
「…笑うな。会ったばっかりのてめぇよりガキの頃の話だ」
「そりゃ、わかってますけど…」
ソルがプリンの好きな少年だったなんて!今の雰囲気とのギャップに笑わずにはいられない。
「今ならそれくらい食べられますよね。何なら作ってあげましょうか?」
「いらねぇ」
なかなか笑いが収まらないカイに、ソルは言うんじゃなかったと憮然とした表情でそっぽを向いた。そんなソルがまた可笑しくて、悪いと思いつつもカイは笑い続ける。
「バケツ一杯分って、卵がどれくらい必要かなぁ」
「いらねぇって言ってんだろうが…」
後日、子供の時の夢を、胸焼けとともに叶えることになるとは、ソルは思ってもみなかったのだった。
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