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うろほろぞ
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難儀な性格



 おじさんが煙草を買いにいくと言うので、お兄さんは自分のぶんも頼んでいた。
 ついでに“わたし”のお菓子とかジュースとかジャンプとか――いや、ジャンプは最近おもろないから、とりあえず新刊ひととおり。ビール買うならこれとこれ――といろいろ注文が増えていって、おじさんは覚えられないとむっとして結局、メモを持ってでて行った。

 窓から見おろすと、マンションのまわりには同じようにきれいな建物が少しあるだけで、スーパーとかコンビニは見たらない。
 どれくらい遠くなのと聞いたら、山をおりて一番近い駅のまわりに何件かあったような気がするが。たぶん、とお兄さんは言った。
 どうしてこの部屋の窓は開かなくて、ベランダもないんだろう。
 お兄さんは、部屋の位置が高すぎるから、たとえ窓が開けられてもすごい風が吹きこんで、なかのものがぜんぶ飛んでしまうのだと説明してくれた。
 それと、ここから落っこちたらまずまちがいなく死ぬから自殺防止、とつけたされた。

 大阪のテレビはおもしろい。東京や神奈川ではやっていない番組がいっぱいあって、コマーシャルも大阪弁だ。
 でもこの時間はアニメもないし『奥さんたち用』のドラマかワイドショーばかりで、すぐ厭きてしまう。
 ずいぶん時間がたったけれど、おじさんはまだ帰らない。

「道に迷ってんのかもな、携帯かけてみ」

 そのとおりにしたら、どこか別の部屋で呼び出しの音が鳴っていた。
 置いていってしまったのだ。

「そのうち帰ってくるやろ」

 すぐ帰るからと言って帰らなかったことが、おじさんには何度もあるから。
 またやくざとか不良とか、悪い人にからまれて、なにか事件にまきこまれて。
 それで怪我をして帰ってきたり。
 お兄さんも一緒にいけばよかったのに。
 そしたら喧嘩してもおじさんと半分こで、おじさん怪我しないですんだかもしれないのに。

「怪我してるて勝手に決めんな」

 お兄さんは笑うけれど、おじさん、ほんとうによく喧嘩するのだもの。
 どうしてだと思う?

「しゃあないな。おじさんほかのやりかた知らんのや。すぐ手ぇでてしまうんのも癖や、癖」

 怪我する癖ならなおしたほうがいいのに。
 もうなおらないかな?

「絶対になおらんな」

 じゃあやっぱり、これからも怪我して帰ってくるんだ。
 そう考えたら、なんだか悲しくなってすこし涙がでた。
 お兄さんが気がついて、なんで泣くん、と聞いてきたけれど理由なんかわからない。

「まあええか。お前いつも泣きもせんと偉いからなあ」

 聞いたとたん、やっぱり理由はわからないけれど、よけいに涙がでてしまった。
 おじさんの前だと泣けないのは、きっと毎日顔をあわせているから、いまさら泣いたりしたら恥かしいからだと思う。
 それにわたしが泣いたら、おじさんまた心配するし。
 お兄さんだったら、わたしが泣いても心配しないという気がする。
 ただ悲しくて泣いているだけだから放っておいてほしくて、心配されても困ってしまうし。
 お兄さんの胸あたりにしがみついたのは、こんなことをしてもやっぱり特別に心配したり、わたしをかわいそうな子だと思ったりしないのじゃないか。
 なんとなくそう感じたからかも。

「お前もおじさんも難儀な性分やで」

 なだめるみたいに背中を軽く叩かれて、しばらく勝手に泣いていて、そのうち段々頭がぼんやりしてきた。
 エアコンはちょうどいい涼しさで部屋に風を送っていて、お兄さんにくっつけている顔だとか腕だとかのあたりは暖かくて、それがとても気持ちいい。
 人にくっついて寝るのは、あったかくて、なんだかおちつく。
 お母さんともこんなふうにしたことなかった。赤ちゃんの頃、そうされたのかもしれないけれど覚えてなんかいない。
 おじさんとは、ちょっとだけ。

「こっちまで眠うなったな」

 おじさんよりずっと低くて、おじさんよりすこしだけ正直なような声がして。
 それでそのまま眠りこんでしまった。




「なにやってんだ、お前!」

 おじさんの怒鳴る声と、お兄さんのいてて、という声で目がさめた。
 見あげたら、おじさんがお兄さんの髪の毛をつかんで引張りあげている。

「なにて昼寝やろ。見ればわかるやろが」

 ソファでちょっとだけ泣いただけだったのが、いつのまにかお兄さんの腕枕でぐっすり寝てしまったみたいだった。

「子供といったって女の子だろうが。なに考えてるんだ、お前」

 なんだかわからないけれど、おじさんはすごく慌ててるみたいだ。
 うっさいな、とお兄さんはにやにやしていて、怒られてもあまりこたえていないように見える。

「毛もないガキなんぞにどうにかするかいな。あほちゃうか」

「お兄さん、毛ってなんの毛?」

「遥は黙ってろ!」

 わたしまでおじさんに叱られて、なんだか納得いかない。
 怒鳴ることないのに。
 おじさん、お菓子買ってきてくれた?
 キッチンのテーブルにいくつも置かれたコンビニの袋には、お菓子とジュースと缶ビールと週刊誌がたくさんつまっていた。
 おじさんに買い物をさせるといつもそうだけれど、どれを選んでいいのかわからないと言って手当たり次第に買いこんでしまう。
 こういうのはお金がもったいないから、直してほしいな。
 チョコレートとシュークリームの包みをあけて、さっそく食べた。

 居間ではおじさんがまだ怒っていて、お兄さんはやっぱりにやにやして適当な受け答えをしているみたい。
 ――りんきやみ――とお兄さんが言っているけれど、意味はさっぱりだった。
 あとで教えてもらおう。

「ガキてえらいぬくいなあ。誰かと違うてうるさい前置きもないし、素直にしがみついて寝てもうたわ」

 それでまた、おじさんが何か文句を言っている。
 どうしてお兄さんが怒られるのかさっぱりわからなくて、だからお兄さんがかわいそうになった。

「お兄さん、ぽかぽかしてあったかいよ。腕枕もちょうどよかったよ。くっついて寝ると気持ちよかった」

 お兄さんを助けるつもりでキッチンから声をかけたら静かになったから、おじさんは怒るのをやめたのかも。

「わるい女やなあ!」

 お兄さんの声がすごく愉快そうだったので、きっとわたしは良いことをしたんだと思う。





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  「おじさん・・・」
  「何だ?遥」

  「今日ね、神室町でお祭りがあるんだって。夕方からなんだけど行ってもいい?」
  「・・・祭り・・・か・・・」

  神室町は、言わずもがな、夕方から夜にかけては然程安全とは言いがたい場所だ。
  この時勢に、しかも神室町での小学生の一人歩きは危険だし、何より遥は今までに何度も誘拐されている。
  「・・・・・・」
  無言になった桐生を、遥は不安そうに見つめる。




  「お届けものでーす」

  部屋のチャイムが鳴ると同時に掛けられる聞き覚えのある声に。
  桐生はドアを開けた。

  ほんの最近真島建設に入社した、あの時真島と爆弾を処理した若者だった。
  「・・・・・・何の、用だ?」
  できるだけ相手を脅かさないように声をかけたつもりだったが、明らかにその若者は桐生に対して怯えを見せていた。
  流石に、上司(親)が真島な上に、その真島と対等に渡り合う自分もまた同じような目で見られているのだろうかと
  そんな事を思っていると。
  「あ、あの・・・!親父が、桐生さんにと・・・・」
  「?」
  その若者が風呂敷の包みを桐生に手渡す。
  「あと、こ、この手紙をと言われてます!」
  「・・・・・・・・・・」
  封筒を開けて、その「手紙」を見る。

  「あの・・・・・・」
  「ん?」
  「お返事を頂きたいの・・ですが・・・」
  荷物を届けるだけではなく、返事を貰ってくることがどうやら彼の仕事らしい。
  「分かりました、と伝えてくれないか?」
  「あ、有難うございます!」
  これで安心して帰れる、と嬉々として彼は戻っていった。


  桐生は部屋へ戻り、真島からの包みを解いた。
  「これは・・・・・・」
  「わーv浴衣だー」
  よく見ると、遥のサイズのものと、明らかに長身の桐生のために誂えさせたものと分かる浴衣がそれぞれ入っていた。
  遥の分は、ピンクの生地に、花のデザインのもので、早速体に当てて、鏡を見ていた。
  「しょうが・・・・ねえか・・・」
  遥の嬉しそうな笑顔に、桐生は小さくため息をつき、出かける算段を練った。



  可愛い浴衣を着た遥と、濃紺の浴衣を着た桐生は、神室町の中でもやはり目を惹いていた。

  勿論、鍛え上げられた身体の持ち主であることは、浴衣の生地を通してもよく分かるが、精悍な顔立ちの桐生には
  よく似合っていて、いたるところで注目されていたのだった。

  「よ~う、桐生チャン!!」
  やっぱり、来てくれたんやな~、と遠くからでも分かる真島の声が響く。
  「真島の兄さん・・・」
  真島の姿を認めて、桐生は礼を取る。
  いつもはジャケットに黒い皮のパンツ姿の真島も、今日は濃い緑の浴衣を纏っていた。

  「よう似合うとる。やっぱ、ワシの目に狂いはないなぁ~・・・相変わらず・・嬢ちゃん、可愛いなぁ~」
  「真島のおじさん、浴衣有難う」
  にっこり笑って、遥は浴衣のお礼とともに頭を下げる。
  「どういたしまして。・・ところで、ちょっと桐生のおじさんと話があるんやけど・・・」
  「うん、じゃ、このお店で待ってる」
  「有難うな~、嬢ちゃん」
  
  「・・・兄さん、有難うございました・・・」

  「いいって、ことよ。折角の祭りやからな~楽しまんとな。・・・それに・・・嬢ちゃん、嬉しそうやないか~たまには、外にも出んとな」
  「・・・・・・」
  浴衣姿の遥を見て、昔は皆で祭に出かけていたことを思い出した。
  あの時の自分たちも、年に一度の祭りを楽しみにしていたのだ。

  「ホラ、そろそろ広場で踊りが始まるでぇ~」
  桐生チャン、はよせんと置いてくで、と真島は足早に広場へと向かった。


  「たまには・・・いいか・・・」
  突飛な真島の誘いに苦笑しつつも、桐生は祭りを楽しむべく遥と共に広場へと足を向けた。


  夏の熱気が抜けつつある風が、神室町に吹き始めていた―――――




クリスマス・ラヴ




12月24日 クリスマス・イヴ

 世間が浮かれた雰囲気に包まれる今日、桐生家のリビングでも折り紙で作られたクリスマスらしい飾り付けや小さなツリーが置かれ、いつもより賑やかな様子だった。
 テーブルには気合いが入った料理が次々と並べられていく。
 今日はクリスマスだし、ちょっと豪華なのはわかる。しかし二人で食べるには幾分多過ぎる気がする。
 遥は不思議そうに桐生を見上げた。

「おじさん、誰か招待したの?」

 聞かれた桐生は並べた皿を見やって、困ったように苦笑した。

「いや、招待はしてないんだが……もし残ったら、明日の朝食にするか」

 桐生はそう言うが、先ほどからどこかそわそわと玄関を気にする様子は誰かを待っているようで。さてどうしたのだろうと首を傾げた。

「……あ!」

 遥がぱちんと手を打った。誰を待っているのかわかったようで、そうかそうかとニコニコしている。

「おじさん、作って待ってるのなら、招待すれば良かったのに」
「はは……いや、まあ、そうなんだが」

 そんなことをすれば絶対調子に乗るだとか、普段邪険にしてるものだから素直に言いにくいだとか、桐生の心の内にはいろいろあるようだ。

「でも、呼んでなくても来そうだよね」

 そう屈託なく笑う少女に桐生は乾いた笑いを零すしかなかった。

 ちょうどその時、待ち兼ねていたチャイムが鳴った。
 二人で目を見合わせて笑う。
 桐生がひとつ返事をし、玄関に行く。しかし、覗き穴からは何か大きなものが影になって何も見えない。
 訝しく思い、警戒しながら扉をそっと開けると……。

「めり~くりすま~す!やで桐生ちゃ~ん!」
「にいさっ」

 いるのはわかっていたが飛び掛かられるのは予想外。
 反射的にガードすると、真島はぐえ、と悲鳴を上げてひっくり返りそうになった。

「うう、桐生ちゃんヒドいわ~」
「わざわざ抱き付く必要はありません。……いらっしゃい、兄さん」

 ちょっと照れたように笑う姿は真島にとってはクリティカルヒット。
 『ああんもう桐生ちゃん可愛すぎや!!』などと身悶えているが、桐生はいつものことと無視し、真島のそばにある大きな包みに手をかけた。

「兄さん、これは何ですか」
「何って見たまんま、クリスマスプレゼントっちゅうやつやないか!嬢ちゃんにあげよ思てなあ」

 いや、それはわかるのだが、いかんせんデカい。桐生の胸あたりまである。しかも横幅もそれなりで、一抱えほどありそうだ。カラフルな布で包まれ、上の口に大きなリボンが結ばれている。

「中身は何なんですか」
「そらお楽しみや!」

 サイズがあまりにデカい上に贈り主は真島。余計な不安を煽られる
 まあいくら真島でも遥宛なら変なものではないだろうと自分を納得させ、客人を部屋へ招き入れた。

「真島さん、いらっしゃい!」
「おう嬢ちゃん、久しぶりやの!相変わらずかわええなあ」
「えへへ。真島さんもいつも元気だねえ」

 遥の台詞にさっきのやりとりを見てたのかと一瞬ギクリとする桐生だが、すぐに服装のことだと気付いてほっと息を吐いた。
 それにしても確かに寒そうな格好だ。
 いつものジャケットの下には薄そうなインナーが見える。その下にももう一枚着ているようだが、真冬の服装にしては心許無い。

「毎度思いますが、ほんとによく風邪ひきませんね」

 感心というより呆れ気味な調子で言えば、得意げに胸を張った。

「あったりまえやぁ!わしは年中熱い男やでえ?」

 桐生は確かに年中暑苦しいなと思ったのは口にせず、そうですね、と無難に返事をしておいた。

「なんや桐生ちゃん冷たいのぉ……まあええわ。それより嬢ちゃんにプレゼント持ってきたんや!」

 どん、と遥の目の前に置いたのはさっきの包み。遥より大きい。

「わあ!ありがとう真島さん!」
「ほらほら、はよ開けてみ」
 急かされて、遥は包みを剥しにかかった。
 大きなリボンをスルリと解き、色とりどりの包装紙を開いていく。
 そうして次第に現れてきたプレゼントは……。

「すごい!ちょうドデカぴよだ!」

 名前そのままの懐かしい黄色いひよこのぬいぐるみだった。

「どや!限定生産のぴよやでえ」
「真島さんありがとう!すっごく嬉しい!」

 遥はわしっとドデカぴよに抱き付いて満面の笑みを浮かべる。
 その姿に桐生の顔も崩れかけるが、彼女を溺愛する保護者としては些か嫉妬のようなものを感じるのも仕方がないわけで。

「遥、これは俺からだ」

 本来は枕元に置いておくはずのプレゼントを出してきてしまった。

「ありがとうおじさん!開けていい?」
「ああ」

 丁寧に包装紙をはずし開けた中身は、綺麗な装飾を施された箱型のオルゴールだった。

「あ!これって……」

 それは以前、二人で買い物に出かけた際に遥が興味を示したものだった。
 蓋を開けて夢中になって眺めているものだから、欲しいなら買おうかと尋ねたが、慌てた様子でいらないと言われた。
 遠慮してそう言ったのは明白で、桐生はいつかプレゼントしようと考えていたのだ。

「おじさん……本当に、ありがとうね。大好きだよ!」

 遥は目を潤ませ感激した様子で、今度は桐生にぎゅうっと抱き付いた。
 ここにきて完全に桐生の相好が崩れた。
 それはもう極道としての桐生しか知らない者はギョッとするほどに崩れた。
 めったに見れない眼福のうえ、保護者としての心情が丸分かりな真島は一人ニヤニヤしている。

「んもう!桐生ちゃんったらかわいんやか、ぎゃっ」

 つつこうとした指を逆に曲げられた。

「さ、遥、冷めないうちに食べるぞ」
「うん!」

 今度は指を押さえて身悶えしはじめたが二人は気にすることなく席についた。

「なんや、嬢ちゃん、桐生ちゃんに似てきたな……」

 ポツリとぼやくが聞いてくれる者は誰もおらず、ちょっと寂しそうにのの字を書く。
 それを見兼ねてか、桐生が溜め息をついて声をかけた。

「兄さん、早く食べないと無くなっちゃいますよ」
「あ?」

 よくよくテーブルを見てみれば、食器がひとつ、ふたつの三人分。
 今日自分が行くなんて伝えていないし招待もされていない。なのに食器と料理は三人分。

「……いらないなら、いいですけど」
「いらんわけあるかいな!」

 ガバッと立ち上がって慌てて椅子に座る。
 盛られた料理は実においしそう。
 これが自分のために作られたのかと思うと、真島はうっかり涙が浮かびそうになった。

「もう、わしごっつ幸せやわ……このお礼は夜にがんばっぐっ……っ!!」

 真島が口走りそうになったとんでもない台詞は、桐生の右足が脛を蹴ることで阻止された。

「遥、食べるぞ」
「うん!頂きます!」
「頂きます」

 一人悶絶する真島はそれでも幸福感に満たされて、『やっぱり桐生ちゃん大好きや~』と小声で言うのだった。




 食事を終えて遥が寝入った頃。桐生は食器を片付け、真島はソファで寛いでいた。……のだが、真島が何やらごそごそし始めた。
 桐生が不穏な気配にまた何かやらかす気かと振り返ると、そこには頭にリボンを巻いた真島がいた。

「桐生ちゃんへのプレゼントはわ・しぐぇ」
「いりません」

 すかさず蹴りを入れて皿洗いを再開する。
 真島はみぞおちを抑えて呻きながらも、めげずに桐生の腰にしがみついた。

「兄さん邪魔です!」
「ま、まってぇな桐生ちゃん冗談やって!ホンマのプレゼントはこっちや!」

 後ろから差し出されたのは細長い箱。
 桐生が驚いて振り返ると、真島は『はよ開けてみぃ』と催促した。
 急かされるまま開けてみると、中に入っていたのはシルバーのプレートに龍の絵が彫られたブレスレットだった。

「兄さんが、選んでくれたんですか」
「そや。まあ歌彫の龍とは比べもんにならんけどな。龍いうたら桐生ちゃんしかおらんやろ」
「兄さん……ありがとうございます」

 桐生はそう言って真島に対しては珍しく柔らかく笑った。
 それを間近で見た真島にとっては、心臓直撃のクリティカルヒットに等しい威力。その影響が次にどこへ行くかと言えば、真島のこと。当然下半身へ直行する。

「……きっ」
「兄さん?」
「桐生ちゃん愛しとるでぇ~っ!!」
「うわっ!」

 桐生はものすごい力と勢いでがっちりホールドされ、そのまま押し倒された。近付く顔を顎を押すように避け逃れようともがくが、しっかり抑えられている。

「兄さん!どいてください!」
「どいたらへんで~。プレゼントのお礼は桐生ちゃんて決めたんや!」
「勝手に決めるな!」

 しばらく激しい攻防戦が続いたが、真島は諦める気はないらしい。
 相変わらずのしつこさに、桐生が抵抗の手を止めた。

「兄さん」
「お?なんや桐生ちゃん、諦めたんか?」
「……せめて俺の部屋に行きましょう」
「……へ?」

 まさか本当に承諾するとは思っていなかったのか、真島まで動きを止めてしまう。

「お礼、です」

 視線を逸らし頬を赤らめて言うものだから、再び真島の心臓と下半身の血流が激しくなる。

「もうホンマ桐生ちゃんかわいっもがっ!!」

 本日何度目かの叫びは阻止されたが、真島は満面にデレデレ笑いを浮かべていた。

「……兄さん気持ち悪いです」

 とりあえず、そんな桐生の言葉も気にならないほど真島は幸せのようだ。


 クリスマス前夜。こうして桐生家では、皆が騒がしくも幸せに包まれた夜を迎えたのだった……。



End

お誕生日おめでとう! 錦山!!

と、いうわけで、伊達さん日記、お誕生日バージョンです。

祝えているかは別として(笑)




 そろそろ今年の手帳が終わるから来年のを買わないとな、と思いながらぱらぱら捲っていたら、今日は錦山の誕生日だった!
 やばい、やばいあと少しで忘れるところだった。
 俺はもともと人の誕生日とか記念日とかを覚えている方ではなくて、よくそれで失敗するのだ。
 錦山はそういう祝い事みたいなことを一見全然気にしてないような様子を装ってるが、忘れられたら実は腹の底でメチャクチャ怒るタイプなので、思い出して本当によかった。
「おい、今日錦山の誕生日だった。今から何か買いに行って間に合うかなあ?」
 もう夜の八時を過ぎていた。
 ちょっとした雑貨屋やケーキ屋なんかは店じまいの時刻だ。
 去年は一日遅れでネクタイピンをくれてやったのだが、ネチネチネチネチと嫌味を言われたのを思い出す。
「ああ、なるほど。洒落たピンだよなあ。一日がかりで選んでくれてたんだよなあ」とかなんとかだ。今年もそんなことになったら、またネチネチネチネチ責められてしまう。
 慌てて桐生や遥に相談したら、遥が驚いて言った。
「錦山さん誕生日だったの? 私もお祝いしたいけど、もうお店いろいろ閉まってるよね?」
「だよな? どうしよう」
 そこで遥が小さく「あっ」と叫んだ。
「あ、じゃあ、私この土曜日に友達とケーキパーティーするけど、その材料で錦山さんにケーキ作ってあげたらいいんじゃない?」
「ええ? でも、遥のケーキパーティーが」とおろおろと言ったら、「また材料買いなおせば平気だよー」と言ってくれた。遥のいい子さに救われる。
 そうとなったら、ケーキ作りだ。
 遥先生の言うにはハンドミキサーで卵と砂糖をふわふわになるまで混ぜなければならないが、うちにはそんな洒落たもんはないので、桐生に手伝わせようとすると、「いや、俺は錦にちゃんとプレゼント用意してるから」と言って、お笑いのテレビとか見ていやがる。
「てめえ! 知ってたなら事前に俺たちにも教えやがれ」と桐生の背中をドカドカ蹴りながらあわ立てていると、遥に「やめて! 泡立ってるけど! なんか憎しみとかこもりそうだからやめて!!」と怒られた。
 そんなこんなで、遥直伝のチョコレートケーキの焼けた。ココアのスポンジにチョコレートのクリームをこってり塗りつけて、ラズベリーとブルーベリーを飾って出来上がりだ。
 ケーキパーティー用の材料というだけあり、豪華でとても美味そうだ。これをくれてやるのは正直勿体ねえ、と思ったし、桐生も今にも手づかみで喰らいそうな勢いだったが、遥に怒られて控えた。
「早く私に行こうよ!」
「そうだな。じゃあ、車出すか」
 俺一人だとケーキは持てないので3人で錦山組事務所に向かった。行き道、桐生が感慨深く、俺に向かって語り出した。
「伊達さん……聞いてくれるか?」
「ええ? またこのパターンか? どうせ勝手に言うんだろ?」
「俺は、実は錦とはガキの頃からお互いに誕生日にプレゼントを贈りあってきたんだ……」
「それ普通にいい話じゃねえか? それがどうかしたのか?」
「今年はいいネクタイが見つかったんで、それにした。渡すのが楽しみだ……」
 そういってプレゼントの箱をそっと撫でる桐生の笑みは、バックミラーごしに見るとやたらまがまがしい。
 なんだか嫌な予感を感じながら錦山組に入ると、案の定強面どもがフロアーで盛大にパーティーしていた。
 高級そうなローテーブルとソファセットに悠々と座り、ゴージャスな料理をつまむ錦山と、シャンパンを開けている新藤。
 荒瀬は芸術品のような、チョコレートのケーキをナイフで切り分けている。それを見て俺と遥の動きがなんとなく止まってしまった。
 そうだよな、確かにいいところのケーキくらい取り寄せてるよな。
「遅かったな、お前ら」
 錦山は口調は憎まれ口だが、明らか嬉しそうな顔でソファの向かいを促してきた。何せでかいソファなのだ。俺ら3人座ることも可能だが、本当に3人座ったら、なんか絵的におかしいだろうから俺と遥だけが錦山の対面に座り、「誕生日おめでとう」とだけ言う。
「それだけか? そのでかい箱、俺にだろ?」
 遥の持つ箱を錦山がちょっと強引に奪うと、蓋を開けた。
「あ~。比べんなよ? その横のケーキと。その……手作りだからよ……俺と遥の……」
 ついつい語尾がかすれてしまう。遥は恥ずかしそうに俯いている。
 しまった。やはり何か買って持ってくるべきだったなあ。
 だが、錦山は、前もって用意してあったケーキを横にどけて、正面に俺たちが作ったケーキを置いた。
「荒瀬。ザッハトルテ好きだろ? お前が全部喰え。俺はこのケーキを喰う」
「え? いいの?!」
 遥が顔を上げて目を丸めた。錦山はくしゃくしゃに笑って遥の頭を撫でながら言った。
「いいも何も、こっちの方が美味そうだ。俺、チョコレートのクリームのケーキが好きなんだよ」
「いーなー、親父、俺もガナッシュのチョコレートケーキ喰いたいー」
 荒瀬までうらやましそうに見ている。俺にはどう見ても荒瀬の切ってるケーキのが美味そうに見えるが、それでも、こういう場面でこんなことを言える錦山はいい男だ。部下に慕われるわけだぜ。
「うん。美味い。マジで美味い」
 言うが早いかぱくぱく食いだした。そういうシンプルな感想は作ったものとしては嬉しい。遥も嬉しそうに足をぱたぱたしている。
「じゃあ、そろそろ俺のプレゼントを出させてもらおうとするか」
 錦山がカットケーキを喰い終えるころ、いきなり桐生が錦山の横にゆらりと立った。しかし、登場のタイミングも、台詞も、なんだか悪役っぽい。
 そして、二人を見守る構成員たちは、なんだか緊張した面持ちで二人の様子を見守っている。何だ? この状況。
「さあ、錦。これが俺からのプレゼントだ。開けてみてくれ」
 桐生は錦山に包みを手渡した。錦山がそれを奪うように受け取ると、ラッピングの用紙を引きちぎるように開ける。ごくり、と固唾を飲む構成員。
 錦山の指がケースを開ける。そこからはネクタイがするりと引き抜かれた。
「はうあ!!」
 奇声を上げたのは荒瀬だった。だが、俺も喉元まで「ウグ!」と妙な声が出た。
 錦山の手にしていたネクタイ。
 それは、鮭の写真がまるごと一匹の形でプリントされた、物凄く趣味の悪いネクタイだった。
 いや、それだけではない。
 鮭の死んだように濁った白い目とそれに反比例する、うろこのツヤツヤてかてかしたシャイニーな質感。気味悪さもまた普通ではない。そしてネクタイのシルエット自体がヘンに膨らんでいる。
 おそらく、このネクタイを締めることによって本当に鮭を首からぶら下げたように見せるようになされた工夫だろう。しかしそれが工夫と呼べるのだろうか。
 断言できる。誕生日にもらいたくないネクタイというランキングをつけたら、このネクタイはぶっちぎりのナンバーワンを獲れるだろう。
 錦山は無言でネクタイを睨みつけている。その表情は険しい。当たり前だけど。
「ケミカルウォッシュのジーンズと悩んだが……普段使いもできるようにネクタイにしたぜ? 今度の定例会でぜひ締めてくれ」
 桐生が笑いながら恐ろしいことを言っている。これを締めた組長なんて、定例会では灰皿を投げつけられても誰も同情しないだろう。
「おい、桐生、お前誕生日になんてものを――」
 言いかけると、新藤が側で耳打ちした。「シッ! 伊達さん」
「実は親父と伯父貴は、お互いに誕生日に『もらったら困ってしまうもの』を贈りあっているんです」
「何だそりゃ? 何でそんなこと」
「もともとは中学生の頃に、伯父貴が冗談で親父に『白色しか入ってない色鉛筆』をプレゼントしたことから始まったそうです」
「ば、ばかじゃねえの……」
「でも、親父はその色鉛筆で白地図を最後まで塗り上げたそうです」
「それ、塗れてねえだろ」
「そして二人の間に暗黙のルールが課せられたのです。嫌なものをもらってしまっても、必ずそれを使うということが!」
「あ、あのネクタイ錦山がするのか……」
 呆然と見守っていたら、ふと気になった。
「そういや、新藤。錦山はこの間の桐生の誕生日に何を贈ったんだ?」
「確かマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』全巻です」
 それは確か翻訳者は死ぬとさえ噂されている長さを誇る、長編海外文学作品だ。流石錦山。嫌がらせも洗練されている。しかし、はた、と思い直す。
「桐生、それってお前がこの間のフリマで出展した奴じゃねえか?」
「な、何を言いだすんだよ? 伊達さん」
 いや、確かに出した。重くてかさばるから車で運びたいと言うので、俺が車出してやったのだ。そのせいでよく覚えている。
「なんか、近所の上品なジイちゃんが買って行ってくれて。お前、その後バザーでコーヒー奢ってくれたよな? 売り上げで」
「ば、ばか言うなって! 伊達さん。俺が錦のくれた『失われた時を求めて』全巻をパック料金で売ったりなんかするわけないだろ? ポップとか付けて『新品同様です』なんて書くわけねえだろ。思ったよりいい値段で売れたから、コーヒーでも飲んで帰るか? なんて言うわけねえだろ?」
「てめえ桐生!!」
 錦山が鬼の首を取ったかのように笑い出した。
「よくも俺のプレゼントを横流ししやがったな! つまりこれは俺も同じことをしていいってことだよなあ!!」
「ああっ、畜生……伊達さんが余計なことを言ったばっかりに……」
「フッ……まあ、いい。このネクタイは俺のガキが下手打った時に戒めとして締めさせるネクタイとして保管しておこう」
 そう言った時に構成員どもの顔色が変わった。そりゃそうだろうな。よく見ると、生臭さまで漂ってくる気がするくらいリアルな鮭のネクタイだもんな。
「まあ、今年はなかなか楽しい誕生日だな」
 と錦山は打ちひしがれる桐生を見てにやにやしながらチョコレートケーキを食べていた。
 



 特に何もすることがないので家でごろごろとしていたら、どこからか宅急便が届いた。
 贈り主は風間新太郎。しかもけっこう大きな箱が3つも届いた。どれも、軽くて桐生を呼ぶまでももなく、居間へと俺だけで運ぶ。
「おい、何か風間から届いたぞ」
 宛名は桐生と遥と何故か俺だ。
 品名を見ると「衣類」となっている。何で風間が俺達に服なんて送って来るんだ? と不思議に思っていたら、遥が率先して包みを開けだした。
「わあー! 可愛いーー!」
 中に入っていたのは、黒のワンピースと赤いリボンと黒猫のぬいぐるみとシンプルな靴だ。
 ぬいぐるみは針金か何かが入っているのか、遥の肩に止まらせて固定ができる。
 本当に黒猫が遥の肩に止まっているみたいで、可愛い。
 遥がワンピースを胸元に当ててくるりと回ってみる。サイズはぴったりのようだ。
 どこかで見たことのある服だなー。と思って眺めてたらぴんときた。急いで庭に走って使い込んだホウキを持って来て手渡したら、もう間違いなかった。
「これ、キキじゃねえか!! 魔女の宅急便!」
「本当だー! わかった! 今日ハロウィンだから風間のおじさんからのプレゼントだよ」
 なるほど。さすが、風間。なかなかイキなことする。
 遥のワンピースは素材もなんだかすごくスベスベしたよさそうな奴で、ハロウィンだけでなく、普段着でも着られそうなものだった。気がきいている。
「あ、手紙が入ってる。『みんなで遊びに来て下さい』だって」
「みんな?」
 そういえば俺と桐生にも箱が届いているのだ。桐生は知らない間に箱を向うの部屋に持って行って着替えているようだった。どうもあいつにしてみたら通年の儀式のようだ。
「おい、桐生、何が入っていた」
 隣の部屋をひょっこりと覗くと、そこにはダースベイダーがライトセイバーを構えて不気味な呼吸音を響かせながら立っていた。
「近づくんじゃねえ!!」
 思わずテレビの上に置いてあった赤べこを投げつけそうになる。
 だが、桐生の箱に入っていたのものがその衣装だったようだ。
 ていうか、何の疑問もなくそんな格好をする桐生がよく分からないし、風間も何故こんなものを送って来たのか分からない。
「うわー! おじさん、きまってるねえ」
 俺がこっちに来た間に遥もキキに着替えていた。遥はものすごく可愛いのだが、桐生は真剣、暗黒面だ。
 ライトセイバーをフォン! フォン!! と振り回してカッコつけているが、ここが日本家屋というのを忘れてもらいたくない。
「ねえねえ、伊達のおじさんは開けてみないの?」
 と遥がくいくいズボンの裾を引っ張って来るが、はっきり言って何が入ってるか分かったもんじゃねえし、恥ずかしい仮装とかだったら嫌なので、このまま開けずおくことに決めた。
 その時、ポケットの携帯電話が鳴った。着信は風間からだ。だが、通話に出たのは柏木だった。
「もしもし?」
「ああ。伊達さん? 荷物は届きましたか?」
「届いた。でも、わざわざ確認の――」
「だったら至急それらを身に着けてこっちに来て下さい!! 数か足りねえ!!」
 柏木はものすごく切羽詰った様子で、電話も唐突に切れた。
 一体何なんだ?
 とりあえず、遥と桐生に事情を説明して、車に乗った。
 途中、桐生が話かけてくる。しかし、ダースベイダーのお面をかぶったままなので、話しにくそうだった。
「ダテ、サン(シュコー)。キイテ、クレルカ?(シュコー)」
「いや、聞いてやってもいいけど、お前、話す間だけはそれ外した方がいいんじゃねえか?」
「実は風間の親っさんはこういう仮装パーティーみたいなイベントが好きなんだよ」
「まあ、そうじゃねえとこんなもん送ってこねえよな」
「で、ハロウィンは毎年構成員が仮装で盛り上がるんだが……いつもそこに親っさんの命を狙おうって輩が紛れ込むんだ。俺達はパーティーを成功させるために、その輩を退治しなくちゃならねえ……」
「お前、そんなの俺と遥は関係ねえだろ!? 勝手に人数に入れんなよ!」
「それ以外に、親っさんにお菓子をもらう方法はねえ!」
「そんなことねえだろ! 他の選択肢あるだろ!! 大体そんな危なっかしい場所に遥を巻き込む気がしれねえ!」
「大丈夫だ! 俺が遥と伊達さんを必ず守る! さあ、お菓子をもらいに行こうぜ!」
 桐生はやる気まんまんだし、遥も後部座席で「お菓子v お菓子」と節をつけて歌っている。なんだか引き返せない状況だ。
 嫌だなあと思いつつ風間組到着。しかし外観は特に変わったことはない。
 再びダースベーダーと化す桐生を戦闘に事務所に突入すると、フロアでは、チンピラどもをジェイソンが鉈でぼかぼか殴っていた。背格好からしておそらく新藤だと思うのだが、ジェイソンの仮装が完璧すぎて、ちょっと自信がない。
 しかも新藤は鉈を振るう度に「ヌハァ!」とか「フヌー!!」とか奇声を発するので、すごく気持ち悪い。
「えーと? 新藤か?」
 控えめに声をかけると、新藤はホッケーマスクを上にずらした。やっぱ新藤だった。
「ああ。これは伯父貴に伊達さんに遥さん」
「新藤、今年、お菓子何?」
 桐生もマスクをずらして声をかける。しかし質問間違ってねえか。
「アレです。芸能人のやってる牧場の生キャラメルセット」
「マジで? 遥、よかったなあ」
「わーい! キャラメル! キャラメル!」
 新藤は気絶した構成員達を部屋の隅に片しだした。
「いやあ、今年も風間の親爺を亡き者にしようとする輩が多くて困りますよ。風間の親爺はうちの親父と仲悪いですけど、親に変わりは無いからお守りしなくちゃだしねえ」
「あ? 錦山も来てるのか?」
 だが、風間を嫌ってる錦山にしてみたら、これは暗殺のチャンスの状況なのでは? 新藤だって、錦山に協力して、邪魔者を排斥しただけにすぎないし。
 うわ、大変なところに来てしまった。知ってしまった以上は見過ごせねえ。
「桐生、錦山を探すぞ!」
「ああ、キャラメルを独り占めされるかもしれねえ!」
「エイエイオー!」
 遥が激を入れてくれたので、3人で風間のいるはずのフロアに行く。
 そこにもここにも、雑魚のように幾多の構成員が潰されていた。
「大丈夫かな? 風間のやつ……」
 そう言った瞬間に、観葉植物の陰から人影が飛び出した。桐生に庇われ後ずさる。
「遅かったですね? 桐生の伯父貴……」
「荒瀬?!」
 黒いスーツ、黒いサングラス、黒いネクタイ、黒い靴に二丁拳銃を構える荒瀬。
 いつもと服装が違うが、危険な雰囲気はそのままだ。
 桐生がライトセーバーをヴン! と構える。
「いやいや、俺はここであんたがたと争う気はありませんよ。あくまでも、風間の親爺の命を狙う輩だけをヤってるんです」
 銃をくるくると回す荒瀬。
「さて、ここで問題です! 俺の仮装は誰でしょうか? 正解したら通ってくれて構いません」
 荒瀬が再び銃をビシリと構える。
 桐生が面をいったん外して荒瀬をしげしげ見て言った。
「『あぶない刑事』の舘ひろし!」
「ブー! 伯父貴はもう回答権なし」
「ええ?」
 遥が荒瀬をじっと眺めて応える。
「『リターナー』のときの金城武」
「ブー! お嬢ちゃんももうダメー!」
 二人の目が俺に注目する。気まずい。これは外せない。ダメもとで適当に答える。
「『レザボア・ドッグス』のMr.ホワイト』
「ピンポンピンポン! お通り下さい!」
「ええ? マジかよ? ダメもとだってのに」
「じゃあ、俺は次のチャレンジャーのために隠れます」
 そう言って荒瀬は今度は柱時計の中に隠れだした。どういうしくみかは知らないが、振り子を外してそのスペースに身を縮こまらせて隠れる。今だけこの時計は荒瀬時計になっている。
 とりあえず、風間の無事を確認しなくては、廊下を進み、あともう少しで風間の部屋というところで、一人の剣客がスーツの男と闘っていた。
 よく見ると剣客は錦山だった。もうわけがわからない。
 錦山は髪を一本に束ねてくくり、袴姿で闘っている。男が銃を抜きかけたが、それを柄の部分で殴り落とし、刀の峰で男を殴り倒した。
「錦山さんすごーい!」
 遥が小さく拍手する。
「何だ? 来てたのか?」
 錦山は男をけり倒すと俺達の方を見た。
「堀部安兵衛?」
 と聞くと、
「そ、そんないいモンじゃねーよ! 人斬り以蔵だよ!」
 と答える。峰打ちしてたけど。
「途中柏木さんから電話入って急いで来た」
 と桐生が会話に入って来る。
「ああ。俺らの方が早かったんだな。ったく、毎年毎年まいるよな」
 どうやらこいつらにとってはこれがいつもの行事のようだ。なんだか巻き込まれたのがすごく不本意だ。
「遥、とりあえずお菓子もらって帰るか?」
「そうだね」
 風間の部屋のドアを開けると、風間が背を向けて座っていた。俺達の気配を感じて椅子ごと振り返る。頭には帽子、そして高そうなパイプ。
「地球か……何もかもみな懐かしい……」
 風間は沖田十三の格好をしていた。
 あまりの仮装っぷりに、俺はその場にへたりんでしまったが、桐生と錦山は割りと普通だった。
「親っさん、今年沖田艦長かぁ」
「あん? 去年、999の車掌だったろ? 松本零士でかぶってね?」
「ねえねえ、風間のおじさん何の格好してるの?」
「ああ、遥はわかんねえだろうなあ……とりあえず、菓子でも喰うか?」
 蟻のようにキャラメルに群がる3人。
 何だよ、けっこう錦山も仲よさそうにしてんじゃねえか、心配して損した、とか思ってたら、ふと風間がこちらを見て言った。
「伊達さん? 俺が送った森雪の衣装は着てもらえなかったでんすか?」
「俺、森雪だったのか?……」
 やはり開けなくてよかった。心の底からそう思ったところで錦山がキャラメルをもちゃもちゃ噛みながら言った。
「ふーん。伊達さん森雪か? じゃあ、俺が古代進やろう」
「何ッ!」
「すっこんでな、ジジイ」
「てめえ……錦山……古代君がいつそんな口の聞き方をした?」
 いきなり険悪になる錦山と風間。
 とうか、そこで何故険悪なるのかが理解できない。遥達は食べるだけ食べると遊びだした。
「おじさん、ライトセーバと勝負だー! とうとう!!」
「(シュコーシュコー)」
 結局錦山はもちゃもちゃとキャラメルを食う間ずっと風間にからんでいた。森雪が酸欠で死んだことさえも持ち出していた。
 森雪は関係ねえだろうに。
 ハロウィンってこんな祭りなのだろうか。違う気がして仕方がない。
 でも、生キャラメルはうまかった。
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