クリスマス・ラヴ
12月24日 クリスマス・イヴ
世間が浮かれた雰囲気に包まれる今日、桐生家のリビングでも折り紙で作られたクリスマスらしい飾り付けや小さなツリーが置かれ、いつもより賑やかな様子だった。
テーブルには気合いが入った料理が次々と並べられていく。
今日はクリスマスだし、ちょっと豪華なのはわかる。しかし二人で食べるには幾分多過ぎる気がする。
遥は不思議そうに桐生を見上げた。
「おじさん、誰か招待したの?」
聞かれた桐生は並べた皿を見やって、困ったように苦笑した。
「いや、招待はしてないんだが……もし残ったら、明日の朝食にするか」
桐生はそう言うが、先ほどからどこかそわそわと玄関を気にする様子は誰かを待っているようで。さてどうしたのだろうと首を傾げた。
「……あ!」
遥がぱちんと手を打った。誰を待っているのかわかったようで、そうかそうかとニコニコしている。
「おじさん、作って待ってるのなら、招待すれば良かったのに」
「はは……いや、まあ、そうなんだが」
そんなことをすれば絶対調子に乗るだとか、普段邪険にしてるものだから素直に言いにくいだとか、桐生の心の内にはいろいろあるようだ。
「でも、呼んでなくても来そうだよね」
そう屈託なく笑う少女に桐生は乾いた笑いを零すしかなかった。
ちょうどその時、待ち兼ねていたチャイムが鳴った。
二人で目を見合わせて笑う。
桐生がひとつ返事をし、玄関に行く。しかし、覗き穴からは何か大きなものが影になって何も見えない。
訝しく思い、警戒しながら扉をそっと開けると……。
「めり~くりすま~す!やで桐生ちゃ~ん!」
「にいさっ」
いるのはわかっていたが飛び掛かられるのは予想外。
反射的にガードすると、真島はぐえ、と悲鳴を上げてひっくり返りそうになった。
「うう、桐生ちゃんヒドいわ~」
「わざわざ抱き付く必要はありません。……いらっしゃい、兄さん」
ちょっと照れたように笑う姿は真島にとってはクリティカルヒット。
『ああんもう桐生ちゃん可愛すぎや!!』などと身悶えているが、桐生はいつものことと無視し、真島のそばにある大きな包みに手をかけた。
「兄さん、これは何ですか」
「何って見たまんま、クリスマスプレゼントっちゅうやつやないか!嬢ちゃんにあげよ思てなあ」
いや、それはわかるのだが、いかんせんデカい。桐生の胸あたりまである。しかも横幅もそれなりで、一抱えほどありそうだ。カラフルな布で包まれ、上の口に大きなリボンが結ばれている。
「中身は何なんですか」
「そらお楽しみや!」
サイズがあまりにデカい上に贈り主は真島。余計な不安を煽られる
まあいくら真島でも遥宛なら変なものではないだろうと自分を納得させ、客人を部屋へ招き入れた。
「真島さん、いらっしゃい!」
「おう嬢ちゃん、久しぶりやの!相変わらずかわええなあ」
「えへへ。真島さんもいつも元気だねえ」
遥の台詞にさっきのやりとりを見てたのかと一瞬ギクリとする桐生だが、すぐに服装のことだと気付いてほっと息を吐いた。
それにしても確かに寒そうな格好だ。
いつものジャケットの下には薄そうなインナーが見える。その下にももう一枚着ているようだが、真冬の服装にしては心許無い。
「毎度思いますが、ほんとによく風邪ひきませんね」
感心というより呆れ気味な調子で言えば、得意げに胸を張った。
「あったりまえやぁ!わしは年中熱い男やでえ?」
桐生は確かに年中暑苦しいなと思ったのは口にせず、そうですね、と無難に返事をしておいた。
「なんや桐生ちゃん冷たいのぉ……まあええわ。それより嬢ちゃんにプレゼント持ってきたんや!」
どん、と遥の目の前に置いたのはさっきの包み。遥より大きい。
「わあ!ありがとう真島さん!」
「ほらほら、はよ開けてみ」
急かされて、遥は包みを剥しにかかった。
大きなリボンをスルリと解き、色とりどりの包装紙を開いていく。
そうして次第に現れてきたプレゼントは……。
「すごい!ちょうドデカぴよだ!」
名前そのままの懐かしい黄色いひよこのぬいぐるみだった。
「どや!限定生産のぴよやでえ」
「真島さんありがとう!すっごく嬉しい!」
遥はわしっとドデカぴよに抱き付いて満面の笑みを浮かべる。
その姿に桐生の顔も崩れかけるが、彼女を溺愛する保護者としては些か嫉妬のようなものを感じるのも仕方がないわけで。
「遥、これは俺からだ」
本来は枕元に置いておくはずのプレゼントを出してきてしまった。
「ありがとうおじさん!開けていい?」
「ああ」
丁寧に包装紙をはずし開けた中身は、綺麗な装飾を施された箱型のオルゴールだった。
「あ!これって……」
それは以前、二人で買い物に出かけた際に遥が興味を示したものだった。
蓋を開けて夢中になって眺めているものだから、欲しいなら買おうかと尋ねたが、慌てた様子でいらないと言われた。
遠慮してそう言ったのは明白で、桐生はいつかプレゼントしようと考えていたのだ。
「おじさん……本当に、ありがとうね。大好きだよ!」
遥は目を潤ませ感激した様子で、今度は桐生にぎゅうっと抱き付いた。
ここにきて完全に桐生の相好が崩れた。
それはもう極道としての桐生しか知らない者はギョッとするほどに崩れた。
めったに見れない眼福のうえ、保護者としての心情が丸分かりな真島は一人ニヤニヤしている。
「んもう!桐生ちゃんったらかわいんやか、ぎゃっ」
つつこうとした指を逆に曲げられた。
「さ、遥、冷めないうちに食べるぞ」
「うん!」
今度は指を押さえて身悶えしはじめたが二人は気にすることなく席についた。
「なんや、嬢ちゃん、桐生ちゃんに似てきたな……」
ポツリとぼやくが聞いてくれる者は誰もおらず、ちょっと寂しそうにのの字を書く。
それを見兼ねてか、桐生が溜め息をついて声をかけた。
「兄さん、早く食べないと無くなっちゃいますよ」
「あ?」
よくよくテーブルを見てみれば、食器がひとつ、ふたつの三人分。
今日自分が行くなんて伝えていないし招待もされていない。なのに食器と料理は三人分。
「……いらないなら、いいですけど」
「いらんわけあるかいな!」
ガバッと立ち上がって慌てて椅子に座る。
盛られた料理は実においしそう。
これが自分のために作られたのかと思うと、真島はうっかり涙が浮かびそうになった。
「もう、わしごっつ幸せやわ……このお礼は夜にがんばっぐっ……っ!!」
真島が口走りそうになったとんでもない台詞は、桐生の右足が脛を蹴ることで阻止された。
「遥、食べるぞ」
「うん!頂きます!」
「頂きます」
一人悶絶する真島はそれでも幸福感に満たされて、『やっぱり桐生ちゃん大好きや~』と小声で言うのだった。
食事を終えて遥が寝入った頃。桐生は食器を片付け、真島はソファで寛いでいた。……のだが、真島が何やらごそごそし始めた。
桐生が不穏な気配にまた何かやらかす気かと振り返ると、そこには頭にリボンを巻いた真島がいた。
「桐生ちゃんへのプレゼントはわ・しぐぇ」
「いりません」
すかさず蹴りを入れて皿洗いを再開する。
真島はみぞおちを抑えて呻きながらも、めげずに桐生の腰にしがみついた。
「兄さん邪魔です!」
「ま、まってぇな桐生ちゃん冗談やって!ホンマのプレゼントはこっちや!」
後ろから差し出されたのは細長い箱。
桐生が驚いて振り返ると、真島は『はよ開けてみぃ』と催促した。
急かされるまま開けてみると、中に入っていたのはシルバーのプレートに龍の絵が彫られたブレスレットだった。
「兄さんが、選んでくれたんですか」
「そや。まあ歌彫の龍とは比べもんにならんけどな。龍いうたら桐生ちゃんしかおらんやろ」
「兄さん……ありがとうございます」
桐生はそう言って真島に対しては珍しく柔らかく笑った。
それを間近で見た真島にとっては、心臓直撃のクリティカルヒットに等しい威力。その影響が次にどこへ行くかと言えば、真島のこと。当然下半身へ直行する。
「……きっ」
「兄さん?」
「桐生ちゃん愛しとるでぇ~っ!!」
「うわっ!」
桐生はものすごい力と勢いでがっちりホールドされ、そのまま押し倒された。近付く顔を顎を押すように避け逃れようともがくが、しっかり抑えられている。
「兄さん!どいてください!」
「どいたらへんで~。プレゼントのお礼は桐生ちゃんて決めたんや!」
「勝手に決めるな!」
しばらく激しい攻防戦が続いたが、真島は諦める気はないらしい。
相変わらずのしつこさに、桐生が抵抗の手を止めた。
「兄さん」
「お?なんや桐生ちゃん、諦めたんか?」
「……せめて俺の部屋に行きましょう」
「……へ?」
まさか本当に承諾するとは思っていなかったのか、真島まで動きを止めてしまう。
「お礼、です」
視線を逸らし頬を赤らめて言うものだから、再び真島の心臓と下半身の血流が激しくなる。
「もうホンマ桐生ちゃんかわいっもがっ!!」
本日何度目かの叫びは阻止されたが、真島は満面にデレデレ笑いを浮かべていた。
「……兄さん気持ち悪いです」
とりあえず、そんな桐生の言葉も気にならないほど真島は幸せのようだ。
クリスマス前夜。こうして桐生家では、皆が騒がしくも幸せに包まれた夜を迎えたのだった……。
End
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