お誕生日おめでとう! 錦山!!
と、いうわけで、伊達さん日記、お誕生日バージョンです。
祝えているかは別として(笑)
そろそろ今年の手帳が終わるから来年のを買わないとな、と思いながらぱらぱら捲っていたら、今日は錦山の誕生日だった!
やばい、やばいあと少しで忘れるところだった。
俺はもともと人の誕生日とか記念日とかを覚えている方ではなくて、よくそれで失敗するのだ。
錦山はそういう祝い事みたいなことを一見全然気にしてないような様子を装ってるが、忘れられたら実は腹の底でメチャクチャ怒るタイプなので、思い出して本当によかった。
「おい、今日錦山の誕生日だった。今から何か買いに行って間に合うかなあ?」
もう夜の八時を過ぎていた。
ちょっとした雑貨屋やケーキ屋なんかは店じまいの時刻だ。
去年は一日遅れでネクタイピンをくれてやったのだが、ネチネチネチネチと嫌味を言われたのを思い出す。
「ああ、なるほど。洒落たピンだよなあ。一日がかりで選んでくれてたんだよなあ」とかなんとかだ。今年もそんなことになったら、またネチネチネチネチ責められてしまう。
慌てて桐生や遥に相談したら、遥が驚いて言った。
「錦山さん誕生日だったの? 私もお祝いしたいけど、もうお店いろいろ閉まってるよね?」
「だよな? どうしよう」
そこで遥が小さく「あっ」と叫んだ。
「あ、じゃあ、私この土曜日に友達とケーキパーティーするけど、その材料で錦山さんにケーキ作ってあげたらいいんじゃない?」
「ええ? でも、遥のケーキパーティーが」とおろおろと言ったら、「また材料買いなおせば平気だよー」と言ってくれた。遥のいい子さに救われる。
そうとなったら、ケーキ作りだ。
遥先生の言うにはハンドミキサーで卵と砂糖をふわふわになるまで混ぜなければならないが、うちにはそんな洒落たもんはないので、桐生に手伝わせようとすると、「いや、俺は錦にちゃんとプレゼント用意してるから」と言って、お笑いのテレビとか見ていやがる。
「てめえ! 知ってたなら事前に俺たちにも教えやがれ」と桐生の背中をドカドカ蹴りながらあわ立てていると、遥に「やめて! 泡立ってるけど! なんか憎しみとかこもりそうだからやめて!!」と怒られた。
そんなこんなで、遥直伝のチョコレートケーキの焼けた。ココアのスポンジにチョコレートのクリームをこってり塗りつけて、ラズベリーとブルーベリーを飾って出来上がりだ。
ケーキパーティー用の材料というだけあり、豪華でとても美味そうだ。これをくれてやるのは正直勿体ねえ、と思ったし、桐生も今にも手づかみで喰らいそうな勢いだったが、遥に怒られて控えた。
「早く私に行こうよ!」
「そうだな。じゃあ、車出すか」
俺一人だとケーキは持てないので3人で錦山組事務所に向かった。行き道、桐生が感慨深く、俺に向かって語り出した。
「伊達さん……聞いてくれるか?」
「ええ? またこのパターンか? どうせ勝手に言うんだろ?」
「俺は、実は錦とはガキの頃からお互いに誕生日にプレゼントを贈りあってきたんだ……」
「それ普通にいい話じゃねえか? それがどうかしたのか?」
「今年はいいネクタイが見つかったんで、それにした。渡すのが楽しみだ……」
そういってプレゼントの箱をそっと撫でる桐生の笑みは、バックミラーごしに見るとやたらまがまがしい。
なんだか嫌な予感を感じながら錦山組に入ると、案の定強面どもがフロアーで盛大にパーティーしていた。
高級そうなローテーブルとソファセットに悠々と座り、ゴージャスな料理をつまむ錦山と、シャンパンを開けている新藤。
荒瀬は芸術品のような、チョコレートのケーキをナイフで切り分けている。それを見て俺と遥の動きがなんとなく止まってしまった。
そうだよな、確かにいいところのケーキくらい取り寄せてるよな。
「遅かったな、お前ら」
錦山は口調は憎まれ口だが、明らか嬉しそうな顔でソファの向かいを促してきた。何せでかいソファなのだ。俺ら3人座ることも可能だが、本当に3人座ったら、なんか絵的におかしいだろうから俺と遥だけが錦山の対面に座り、「誕生日おめでとう」とだけ言う。
「それだけか? そのでかい箱、俺にだろ?」
遥の持つ箱を錦山がちょっと強引に奪うと、蓋を開けた。
「あ~。比べんなよ? その横のケーキと。その……手作りだからよ……俺と遥の……」
ついつい語尾がかすれてしまう。遥は恥ずかしそうに俯いている。
しまった。やはり何か買って持ってくるべきだったなあ。
だが、錦山は、前もって用意してあったケーキを横にどけて、正面に俺たちが作ったケーキを置いた。
「荒瀬。ザッハトルテ好きだろ? お前が全部喰え。俺はこのケーキを喰う」
「え? いいの?!」
遥が顔を上げて目を丸めた。錦山はくしゃくしゃに笑って遥の頭を撫でながら言った。
「いいも何も、こっちの方が美味そうだ。俺、チョコレートのクリームのケーキが好きなんだよ」
「いーなー、親父、俺もガナッシュのチョコレートケーキ喰いたいー」
荒瀬までうらやましそうに見ている。俺にはどう見ても荒瀬の切ってるケーキのが美味そうに見えるが、それでも、こういう場面でこんなことを言える錦山はいい男だ。部下に慕われるわけだぜ。
「うん。美味い。マジで美味い」
言うが早いかぱくぱく食いだした。そういうシンプルな感想は作ったものとしては嬉しい。遥も嬉しそうに足をぱたぱたしている。
「じゃあ、そろそろ俺のプレゼントを出させてもらおうとするか」
錦山がカットケーキを喰い終えるころ、いきなり桐生が錦山の横にゆらりと立った。しかし、登場のタイミングも、台詞も、なんだか悪役っぽい。
そして、二人を見守る構成員たちは、なんだか緊張した面持ちで二人の様子を見守っている。何だ? この状況。
「さあ、錦。これが俺からのプレゼントだ。開けてみてくれ」
桐生は錦山に包みを手渡した。錦山がそれを奪うように受け取ると、ラッピングの用紙を引きちぎるように開ける。ごくり、と固唾を飲む構成員。
錦山の指がケースを開ける。そこからはネクタイがするりと引き抜かれた。
「はうあ!!」
奇声を上げたのは荒瀬だった。だが、俺も喉元まで「ウグ!」と妙な声が出た。
錦山の手にしていたネクタイ。
それは、鮭の写真がまるごと一匹の形でプリントされた、物凄く趣味の悪いネクタイだった。
いや、それだけではない。
鮭の死んだように濁った白い目とそれに反比例する、うろこのツヤツヤてかてかしたシャイニーな質感。気味悪さもまた普通ではない。そしてネクタイのシルエット自体がヘンに膨らんでいる。
おそらく、このネクタイを締めることによって本当に鮭を首からぶら下げたように見せるようになされた工夫だろう。しかしそれが工夫と呼べるのだろうか。
断言できる。誕生日にもらいたくないネクタイというランキングをつけたら、このネクタイはぶっちぎりのナンバーワンを獲れるだろう。
錦山は無言でネクタイを睨みつけている。その表情は険しい。当たり前だけど。
「ケミカルウォッシュのジーンズと悩んだが……普段使いもできるようにネクタイにしたぜ? 今度の定例会でぜひ締めてくれ」
桐生が笑いながら恐ろしいことを言っている。これを締めた組長なんて、定例会では灰皿を投げつけられても誰も同情しないだろう。
「おい、桐生、お前誕生日になんてものを――」
言いかけると、新藤が側で耳打ちした。「シッ! 伊達さん」
「実は親父と伯父貴は、お互いに誕生日に『もらったら困ってしまうもの』を贈りあっているんです」
「何だそりゃ? 何でそんなこと」
「もともとは中学生の頃に、伯父貴が冗談で親父に『白色しか入ってない色鉛筆』をプレゼントしたことから始まったそうです」
「ば、ばかじゃねえの……」
「でも、親父はその色鉛筆で白地図を最後まで塗り上げたそうです」
「それ、塗れてねえだろ」
「そして二人の間に暗黙のルールが課せられたのです。嫌なものをもらってしまっても、必ずそれを使うということが!」
「あ、あのネクタイ錦山がするのか……」
呆然と見守っていたら、ふと気になった。
「そういや、新藤。錦山はこの間の桐生の誕生日に何を贈ったんだ?」
「確かマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』全巻です」
それは確か翻訳者は死ぬとさえ噂されている長さを誇る、長編海外文学作品だ。流石錦山。嫌がらせも洗練されている。しかし、はた、と思い直す。
「桐生、それってお前がこの間のフリマで出展した奴じゃねえか?」
「な、何を言いだすんだよ? 伊達さん」
いや、確かに出した。重くてかさばるから車で運びたいと言うので、俺が車出してやったのだ。そのせいでよく覚えている。
「なんか、近所の上品なジイちゃんが買って行ってくれて。お前、その後バザーでコーヒー奢ってくれたよな? 売り上げで」
「ば、ばか言うなって! 伊達さん。俺が錦のくれた『失われた時を求めて』全巻をパック料金で売ったりなんかするわけないだろ? ポップとか付けて『新品同様です』なんて書くわけねえだろ。思ったよりいい値段で売れたから、コーヒーでも飲んで帰るか? なんて言うわけねえだろ?」
「てめえ桐生!!」
錦山が鬼の首を取ったかのように笑い出した。
「よくも俺のプレゼントを横流ししやがったな! つまりこれは俺も同じことをしていいってことだよなあ!!」
「ああっ、畜生……伊達さんが余計なことを言ったばっかりに……」
「フッ……まあ、いい。このネクタイは俺のガキが下手打った時に戒めとして締めさせるネクタイとして保管しておこう」
そう言った時に構成員どもの顔色が変わった。そりゃそうだろうな。よく見ると、生臭さまで漂ってくる気がするくらいリアルな鮭のネクタイだもんな。
「まあ、今年はなかなか楽しい誕生日だな」
と錦山は打ちひしがれる桐生を見てにやにやしながらチョコレートケーキを食べていた。
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