VS、トルフィンとアシェラッド。
ちびっこトルフィンが兵団に混じってしばらく後あたり。
空には雲が厚くかかっていた。今年初めての雪は、恐らく近い。
「今年もそろそろ切り上げ時か」
「そうだなァ」
アシェラッドの呟きに、ビョルンが同意した。
雪が降れば、出稼ぎのできる季節も終わりだ。積もって陸上での活動に制約が生じる前に、本国に戻るのがセオリーだった。
「今夜はこのあたりで夜営だ。明日にはデンマークに向けて出発。船出の準備を怠るな。以上」
「あいよ」
ビョルンの指示で、兵たちは適当に固まって煮炊きの用意を始めた。略奪の季節の終りは皆わかっているので、どこか空気がゆるんでいる。今年はそれが殊更だった。実入りが良かったからだ。
一番大きかったのは、ヨームのフローキからの依頼だった。奇妙な仕事だったが、美味しい仕事だったと兵たちには認識されている。人的被害なく報酬を得、その上新しい船まで手に入れたのだから。
船にはおまけがついて来ていて、目下アシェラッドはその扱いに少々頭を悩ませていたりしたのだが、そんなことは些細なことだ。
気が付くと、アシェラッドはそのおまけに睨み上げられていた。
眼光は大人もたじろぐほどの強さだが、その目はアシェラッドの腰ほどの高さにある。
トールズの子トルフィン。船にくっついてきたのは、兵団に混じるには早すぎる、見たところまだ十にもなっていない子供だった。
無言で、トルフィンはアシェラッドを睨みつけている。どうやら、アシェラッドが進行方向を塞いでいたらしかった。
トルフィンは両手に桶を下げていた。子供の手には重いだろうに、両方になみなみと水が汲まれている。
勝手についてきたトルフィンを、アシェラッドは追い払いも殺しもしなかったが、誰かに世話をするように命じるようなこともしなかった。放っておいてしばらくで、トルフィンは水汲みや武器の手入れといった雑用と交換に食事や寝床を得ることを覚えていた。
それでも、大人の行軍についてくるのは子供には酷なことだっただろう。トルフィンは薄汚れて痩せた子供になっていた。眼光ばかりが目立つ。いつか殺してやる。言葉にこそ出さないが、その目がそう言っている。
「……退けよテメエ」
「おメーが避けろチビ」
トルフィンの腕は、桶の重みに耐えかねて震えていた。しかし意地でもアシェラッドを避けて進む気はないようだ。
子供の腕の震えは徐々に大きくなり、ついには水がこぼれ始める。ここで桶を下に置くのも、彼にとっては負けになるらしい。
さて、どうするつもりやらこのガキは。
腕が限界なのか怒っているのか両方なのか、顔を真っ赤にしているトルフィンを見下ろしながら、アシェラッドは手持ち無沙汰な掌を擦り合わせた。
雪はまだ積もりはしていないが、風は冷たくなった。手袋を嵌めるほどではない。しかし指先は冷える。それくらいの寒さだった。
ふと、子供の体温は、大人のそれよりも高いと聞いたことがあるのを思い出した。
そして、すぐ手の届くところに、子供の肌がある。
耳の下、太い動脈の通った一番温かいところに、アシェラッドは冷えた手を押し付けてみた。
「……っぎゃ!!」
「おー、温い温い。こりゃいいな」
素っ頓狂な悲鳴が上がったが、アシェラッドは構わず襟首の中にまで手を突っ込んだ。
「何しやがる!!」
「暖取ってんだよ。ガキは温いって本当だったんだな」
トルフィンはじたばたと暴れるが、桶を手放すまいとするばかりにろくすっぽ逃げられないで居る。
それをいいことに、アシェラッドは思う存分手を温めた。
せめてもの抵抗か、トルフィンはアシェラッドを罵りつづけている。部下たちの言葉がうつったのか、随分と口が悪くなった。
そうこうするうちに、汲んで来た水はほとんどこぼしてしまっていた。トルフィンはそれに気付いて、やっとのこと桶を放り出した。
「放せ畜生!」
ぱかん、と間の抜けた音を立てて、桶がアシェラッドの鎧に当たる。
桶を拾うと、トルフィンはアシェラッドに背を向けた。汲み直して来るつもりだろう。
水汲みを命じたのであろう男に遅いと小突かれていたが、それでも泣き言一つ言わずに駆けて行く後姿を見送り、ふむ、とアシェラッドは顎を撫でた。
身体は丈夫なようであるし、頭も悪くはなさそうだ。状況を計る能もある。何よりも、意思が強い。
小さすぎるのが惜しいといえば惜しいが、子供なら子供なりに、
「……使いようがあるか」
さてどうする。
アシェラッドは思案した。
顎に触れた指先は、吸い取った子供の体温を残して温かかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ちびっこトルフィンは、どうやって生活してたんだろうなーという妄想。
いや最初は戦働きは無理だろうし、雑用でもやってたんじゃないかしらと。
ところでトールズさん死亡の頃のアシェラッドは、まだハゲてないですよね。というわけでトルフィンにハゲ呼ばわりさせるのはやめておきました。
ちびっこトルフィンが兵団に混じってしばらく後あたり。
空には雲が厚くかかっていた。今年初めての雪は、恐らく近い。
「今年もそろそろ切り上げ時か」
「そうだなァ」
アシェラッドの呟きに、ビョルンが同意した。
雪が降れば、出稼ぎのできる季節も終わりだ。積もって陸上での活動に制約が生じる前に、本国に戻るのがセオリーだった。
「今夜はこのあたりで夜営だ。明日にはデンマークに向けて出発。船出の準備を怠るな。以上」
「あいよ」
ビョルンの指示で、兵たちは適当に固まって煮炊きの用意を始めた。略奪の季節の終りは皆わかっているので、どこか空気がゆるんでいる。今年はそれが殊更だった。実入りが良かったからだ。
一番大きかったのは、ヨームのフローキからの依頼だった。奇妙な仕事だったが、美味しい仕事だったと兵たちには認識されている。人的被害なく報酬を得、その上新しい船まで手に入れたのだから。
船にはおまけがついて来ていて、目下アシェラッドはその扱いに少々頭を悩ませていたりしたのだが、そんなことは些細なことだ。
気が付くと、アシェラッドはそのおまけに睨み上げられていた。
眼光は大人もたじろぐほどの強さだが、その目はアシェラッドの腰ほどの高さにある。
トールズの子トルフィン。船にくっついてきたのは、兵団に混じるには早すぎる、見たところまだ十にもなっていない子供だった。
無言で、トルフィンはアシェラッドを睨みつけている。どうやら、アシェラッドが進行方向を塞いでいたらしかった。
トルフィンは両手に桶を下げていた。子供の手には重いだろうに、両方になみなみと水が汲まれている。
勝手についてきたトルフィンを、アシェラッドは追い払いも殺しもしなかったが、誰かに世話をするように命じるようなこともしなかった。放っておいてしばらくで、トルフィンは水汲みや武器の手入れといった雑用と交換に食事や寝床を得ることを覚えていた。
それでも、大人の行軍についてくるのは子供には酷なことだっただろう。トルフィンは薄汚れて痩せた子供になっていた。眼光ばかりが目立つ。いつか殺してやる。言葉にこそ出さないが、その目がそう言っている。
「……退けよテメエ」
「おメーが避けろチビ」
トルフィンの腕は、桶の重みに耐えかねて震えていた。しかし意地でもアシェラッドを避けて進む気はないようだ。
子供の腕の震えは徐々に大きくなり、ついには水がこぼれ始める。ここで桶を下に置くのも、彼にとっては負けになるらしい。
さて、どうするつもりやらこのガキは。
腕が限界なのか怒っているのか両方なのか、顔を真っ赤にしているトルフィンを見下ろしながら、アシェラッドは手持ち無沙汰な掌を擦り合わせた。
雪はまだ積もりはしていないが、風は冷たくなった。手袋を嵌めるほどではない。しかし指先は冷える。それくらいの寒さだった。
ふと、子供の体温は、大人のそれよりも高いと聞いたことがあるのを思い出した。
そして、すぐ手の届くところに、子供の肌がある。
耳の下、太い動脈の通った一番温かいところに、アシェラッドは冷えた手を押し付けてみた。
「……っぎゃ!!」
「おー、温い温い。こりゃいいな」
素っ頓狂な悲鳴が上がったが、アシェラッドは構わず襟首の中にまで手を突っ込んだ。
「何しやがる!!」
「暖取ってんだよ。ガキは温いって本当だったんだな」
トルフィンはじたばたと暴れるが、桶を手放すまいとするばかりにろくすっぽ逃げられないで居る。
それをいいことに、アシェラッドは思う存分手を温めた。
せめてもの抵抗か、トルフィンはアシェラッドを罵りつづけている。部下たちの言葉がうつったのか、随分と口が悪くなった。
そうこうするうちに、汲んで来た水はほとんどこぼしてしまっていた。トルフィンはそれに気付いて、やっとのこと桶を放り出した。
「放せ畜生!」
ぱかん、と間の抜けた音を立てて、桶がアシェラッドの鎧に当たる。
桶を拾うと、トルフィンはアシェラッドに背を向けた。汲み直して来るつもりだろう。
水汲みを命じたのであろう男に遅いと小突かれていたが、それでも泣き言一つ言わずに駆けて行く後姿を見送り、ふむ、とアシェラッドは顎を撫でた。
身体は丈夫なようであるし、頭も悪くはなさそうだ。状況を計る能もある。何よりも、意思が強い。
小さすぎるのが惜しいといえば惜しいが、子供なら子供なりに、
「……使いようがあるか」
さてどうする。
アシェラッドは思案した。
顎に触れた指先は、吸い取った子供の体温を残して温かかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ちびっこトルフィンは、どうやって生活してたんだろうなーという妄想。
いや最初は戦働きは無理だろうし、雑用でもやってたんじゃないかしらと。
ところでトールズさん死亡の頃のアシェラッドは、まだハゲてないですよね。というわけでトルフィンにハゲ呼ばわりさせるのはやめておきました。
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Unknown
ドスッとベッドの上に放り投げられ、トルフィンは思わず息をのんだ。
ぎしぎしと鈍い音を立ててベッドが軋む。少し埃っぽい。
揺れる頭を抱えながら、トルフィンはキッと男を睨み付けた。
「どういうつもりだ、アシェラッド!」
掛けられる怒声に、ベッドサイドに飄々と立つ男、アシェラッドは笑って片眉を上げた。
そんな動作が妙に腹立たしく、トルフィンは眉間の皺を深くし、ざけんな、と悪態をつく。
相手をしてやる、見返りを求めた自分にそう彼は言ったが。なぜこんなことを。
「おじさんもう年だからねェ」
そんな考えを読みとったように、アシェラッドは笑った。
だから毎回決闘じゃ身がもたないだろ、たまには変わったのもいいじゃねーか。
口でそう言いながら、じりじりとその距離を縮めていく。またギシッとベッドのスプリングが鳴った。
「近寄んじゃねーよ!」
「キーキーわめくなよ。女じぇねーだろうが」
間近で見下ろされて警戒を強めたトルフィンが更に睨みをきかすが、
そんなものはアシェラッドにとってなんの効果もあるはずはなかった。
身体を後ろに引こうとした時には、すでに手首は拘束されていた。
「アシェラッド!!」
捕まれた手首が痛い。組み伏せられ、互いの布の擦れる音が部屋に響き渡る。
「やめろ・・・・っ!!」
咎める様な口調のトルフィンをそのまま引っ張り、アシェラッドは強引に唇を合わせる。
侵入を拒むかのように堅く閉じられた口に、チっと舌打ちしたアシェラッドはトルフィンの鳩尾に
軽く一発入れた。ウッと呻き開いたその隙間にするりと舌を滑り込ませる。
その途端、トルフィンの目が見開かれ全身で抵抗されるが、アシェラッドにとってはそれは
取るに足らない程度だった。
「ッ・・・ふ・・・っ!」
激しく口腔を貪られる。舌を絡められたと思うと吸われ、痺れるほど荒く犯される。
息苦しくなって、トルフィンの両の指が縋り付くように相手の服の背に皺をつくっていく。
そんな様子に、ある種の興奮を覚えたアシェラッドは、そのまま空いた方の手を滑らせ、
細いその腰のあたりをぐっと掴んだ。
すると、あっ、とくぐもった声を出して、トルフィンは小さく身体を震わせた。
(ほーう)
生意気言ってる割に可愛いとこもあるもんだ。
思ったよりも具合が良さそうな身体に口の端が上がる。腰から内股へと更に進んで、
明確な意図を持ってゆっくりと撫で下ろしていく。
「・・・って、・・・やめろ・・・」
「そんな風に嫌がんねーでもいいじゃねーのォ、お前。気持ちいいだろ」
「アッ!」
辿り着いた先、まだ未熟な性器を布地の上からキュっと握ってやる。
トルフィンが息を呑む。
アシェラッドは薄い唇でニヤッと笑った。
とっさに足を閉じ、逃れようとトルフィンは身を捩ったが、それよりも一瞬早く、アシェラッドの
身体が両脚の間に割り込み、力任せに足を開かせる。
「・・・っ・・・・なっ!!」
同時に、トルフィンの髪をぐいっと後方へ強く引っ張った。
痛みにトルフィンが仰け反り、呻く。
「今夜は楽しめそうだぜ。なぁ」
歌うようなアシェラッドの声に。
殺してやる、とトルフィンの絞り出すように綴った声は低く掠れ、怒りと痛みとを透かしていた。
Unknown
ドスッとベッドの上に放り投げられ、トルフィンは思わず息をのんだ。
ぎしぎしと鈍い音を立ててベッドが軋む。少し埃っぽい。
揺れる頭を抱えながら、トルフィンはキッと男を睨み付けた。
「どういうつもりだ、アシェラッド!」
掛けられる怒声に、ベッドサイドに飄々と立つ男、アシェラッドは笑って片眉を上げた。
そんな動作が妙に腹立たしく、トルフィンは眉間の皺を深くし、ざけんな、と悪態をつく。
相手をしてやる、見返りを求めた自分にそう彼は言ったが。なぜこんなことを。
「おじさんもう年だからねェ」
そんな考えを読みとったように、アシェラッドは笑った。
だから毎回決闘じゃ身がもたないだろ、たまには変わったのもいいじゃねーか。
口でそう言いながら、じりじりとその距離を縮めていく。またギシッとベッドのスプリングが鳴った。
「近寄んじゃねーよ!」
「キーキーわめくなよ。女じぇねーだろうが」
間近で見下ろされて警戒を強めたトルフィンが更に睨みをきかすが、
そんなものはアシェラッドにとってなんの効果もあるはずはなかった。
身体を後ろに引こうとした時には、すでに手首は拘束されていた。
「アシェラッド!!」
捕まれた手首が痛い。組み伏せられ、互いの布の擦れる音が部屋に響き渡る。
「やめろ・・・・っ!!」
咎める様な口調のトルフィンをそのまま引っ張り、アシェラッドは強引に唇を合わせる。
侵入を拒むかのように堅く閉じられた口に、チっと舌打ちしたアシェラッドはトルフィンの鳩尾に
軽く一発入れた。ウッと呻き開いたその隙間にするりと舌を滑り込ませる。
その途端、トルフィンの目が見開かれ全身で抵抗されるが、アシェラッドにとってはそれは
取るに足らない程度だった。
「ッ・・・ふ・・・っ!」
激しく口腔を貪られる。舌を絡められたと思うと吸われ、痺れるほど荒く犯される。
息苦しくなって、トルフィンの両の指が縋り付くように相手の服の背に皺をつくっていく。
そんな様子に、ある種の興奮を覚えたアシェラッドは、そのまま空いた方の手を滑らせ、
細いその腰のあたりをぐっと掴んだ。
すると、あっ、とくぐもった声を出して、トルフィンは小さく身体を震わせた。
(ほーう)
生意気言ってる割に可愛いとこもあるもんだ。
思ったよりも具合が良さそうな身体に口の端が上がる。腰から内股へと更に進んで、
明確な意図を持ってゆっくりと撫で下ろしていく。
「・・・って、・・・やめろ・・・」
「そんな風に嫌がんねーでもいいじゃねーのォ、お前。気持ちいいだろ」
「アッ!」
辿り着いた先、まだ未熟な性器を布地の上からキュっと握ってやる。
トルフィンが息を呑む。
アシェラッドは薄い唇でニヤッと笑った。
とっさに足を閉じ、逃れようとトルフィンは身を捩ったが、それよりも一瞬早く、アシェラッドの
身体が両脚の間に割り込み、力任せに足を開かせる。
「・・・っ・・・・なっ!!」
同時に、トルフィンの髪をぐいっと後方へ強く引っ張った。
痛みにトルフィンが仰け反り、呻く。
「今夜は楽しめそうだぜ。なぁ」
歌うようなアシェラッドの声に。
殺してやる、とトルフィンの絞り出すように綴った声は低く掠れ、怒りと痛みとを透かしていた。
部屋に入るなり否応が為しに目に付いたものの、孔明はまるで目に見えてないかのうように振舞っていた。応接テーブルを挟んで対する部屋の主セルバンテスは鼻歌交じりに次回作戦の資料に目を通している。鼻歌は「真っ赤なおーはーな~の~」のリズムであり、先ほどから少なからず孔明の神経を逆なでしていた。
「・・・・セルバンテス殿、お聞きしてもよろしいですかな?」
「ふふ~んふ~ん♪・・・どーぞ」
聞いたら負け、だと自分に言い聞かせていたのに溜まりかねた孔明はついに口を開く。
「アレはいったい何ですかな?」
「アレって?」
資料から目を離さないセルバンテスが分かっていながらそう聞き返していることくらいわかっている。改めて神経を逆撫でされ額に青筋が浮かんだ。
「・・・・・・・あのクリスマスツリーです」
「ツリーって知っているんじゃないか」
「・・・・・・・・・・・」
相変わらず目を資料から離そうとしないまま。この男は自分が苛立つのを楽しんでいる、それをわかっていながら乗ってしまった自分。孔明は聞いてしまったことを後悔する。
「貴方、ここがどういうところなのか分かっておられるのですかな?まったく何を浮かれていらっしゃるのか。クリスマスなどというくだらない『イベント』に十傑集ともあろうお方が!」
部屋の隅にあるのは天井に届かんばかりの大きなモミの木、豪勢なオーナメントで飾り立てられ電球も規律正しくかつランダムに点滅している。何より目を引くのが天辺に飾り立てられた「一等星」は純金によるもので下からの光を浴びればより煌びやかに・・・
それは孔明にとってはイライラするほどどこからどう見てもクリスマスツリーだった。今まではクリスマスが来ようとこんな代物はBF団本部ではあり得なかったのにそれが
「セルバンテスのおじさま、サニーです。入ってもいい?」
この娘の出現によって大きく変わってしまったのだ。
「いいよいいよ~大歓迎だ」
「ちょっとお待ちなさい、今は大事な話を・・・!」
ノックの音とドア向こうの声に敏感に反応し、目を離そうとしなかった資料を投げ捨ててセルバンテスは大急ぎでドアを開けてやった。そこには小さなサニーが真っ白なタートルセーターとタータンチェックのスカート姿で立っていた。
「わー!すごいすごい!クリスマスツリー!」
サニーは真っ先に目に入るツリーに駆け寄り歓声をあげた。
セルバンテスは見たかったサニーの笑顔に満足し目尻を下げる。
そして、孔明の額の青筋が二つになった。
ツリーが飾られているのは何もセルバンテスの執務室だけではない。
樊瑞の部屋には飾られてはいないが屋敷にはカナダからわざわざ空輸した巨大ツリーがエントランスに鎮座しており、ヒィッツカラルドの部屋には光ファイバー製のメロディに合わせて青く輝く真っ白なツリーがある。幽鬼の部屋には温室で育ててきたモミの木をわざわざ移植しカワラザキと共にサニーが喜ぶようにクッキーや飴を飾った。さらに怒鬼は永遠にクリスマスとは無縁の男だと思われていたのに血風連だけでなく自らオーナメントの飾りたてを行いサニーの来訪を待った。十常寺は能力でオーナメントの人形を動かしサニーを大いに喜ばせ、残月は(都合により現段階で何故か十傑)敢えて裸のモミの木のままにしてサニーが来たら一緒に飾りたてを行った。
つまり
『どいつもこいつも』サニーのためにクリスマスを楽しんでいた。
いや、『どいつもこいつも』というのは語弊がある。
「くだらんな」
と言いながらもケーキを無条件に食べられる日を心待ちにする男と
「馬鹿馬鹿しい」
と心底呆れかえった様に吐き捨てながらも娘がウキウキしている姿に目を細める男
そして
「まったく嘆かわしい・・・・」
泣く子も黙る十傑集のあるまじき状況に額に無数の青筋を浮かべる男がいた。
----------------------
イヴまであと一週間。
「ねぇねぇ孔明さま、サンタさんってどこに住んでるのかなぁ」
「知りません」
「じゃあどうやってプレゼントって用意するの?トナカイさんはどうしてお空を飛べるの?えんとつが無いお家はどうやって入るの??」
「・・・・・・・・そんなことどうでも良いですからさっさとこの問題をお解きなさい。二桁の割り算ができないようではサンタはやって来ませんぞ?」
孔明の執務室で行っている「算数のおべんきょう」。
しかし、ドリルを前にしてもクリスマスに浮かれるサニーに孔明は溜め息を漏らす。
「え?できないとサンタさん来てくれないの??」
「そーですとも、さ、おやりなさい」
思わぬ情報にサニーはうろたえ、ドリルに向かうと小さい指を折り曲げながら必死に問題を解き始めた。
「サンタは『良い子』でないとプレゼントはくれないものです。貴女にその資格はございますまい。歯磨きは毎日欠かさずしてますか?好き嫌い無く食べてますか?ニンジンは?一人で朝起きれていますか?ドリルは100点ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
残念ながらどれもできていない。孔明に手厳しく釘を刺され、サニーは涙目になりながら3問目に頭を悩ませる。
「何ら努力もせずもらえるなど、甘いにもほどがありますな」
どうせ樊瑞やセルバンテスあたりがサンタの代わりになるのは考えるまでも無い。それを鼻先で笑い捨てると必死になるサニーを放って自身はデスクに向かい新たな作戦を練り始めた。
その日からサニーは歯磨きは毎日欠かさないようになり、嫌いなニンジンも無理してでも口にいれるようになった。それに目覚まし時計を3つもセットして一人で起きるよう努力した。
ただ、孔明が与えたドリルだけは最高は97点。100点はどうしても取れないままだった。
---------------------
イヴの夜。
イチゴ柄のパジャマ姿のサニーは、ベッドに入る前に小さな小さな靴下をベッドサイドの机に垂らした。
「100点とれなかったけど・・・サンタさん来てくれるかなぁ・・・・」
布団の中に入ったがそれが心配で何度も暗闇の中で靴下を見直す。もし明日の朝、靴下に何も入っていなかったら・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
不安を振り払うようにサニーはきつく目を閉じて布団を頭から被る。
そしていつしか眠りに落ちていった・・・。
そんなサニーの心配を知ってか知らずか、樊瑞は自身の書斎で着替えを始めていた。絵に描いたような白と赤のツートンカラーのコートに身を包み、黒のベルトを締め、そしてやはり赤と白の帽子。仕上げにたっぷりとしたボリュームの付け髭。
「うむ、我ながら完璧なサンタだ」
姿見の前で胸を張りポーズを決めれば満足に浸る魔王サンタ。寝ているサニーの枕元にプレゼントを置くのは簡単だが、こういうことは形から入るのが彼のこだわりらしい。
「サニーにとってのサンタは世界で私だけだからな」
ふぉっふぉっふぉ。と胡散臭い笑いを漏らし彼はまるで泥棒のような足運びで二階に上がってい。サニーの部屋のドアを静かに開けると「めり~くりすますサニー~」と小声で足を一歩踏み入れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
目が合った。
サニーとではない。
「セ、セルバンテス・・・・・」
ナマズ髭のサンタが今まさにプレゼントと思わしきリボンのついた箱を置こうとしていた。樊瑞とさほど変わらない姿だが帽子は被らずいつものクフィーヤが白の縁取りの赤いバージョン。これはセルバンテスのこだわりのようだ。
「あ・・・あはは見つかっちゃった」
「き、貴様!何をしている!!」
「シー!シー!サニーちゃんが起きちゃうだろ?」
思わず出した自分の大きな声に気づいて樊瑞は一気に声のトーンを落とす。横を見ればサニーはまだ深い眠りの中だ。
「何をしているのだっっ」
「見れば分かるだろ?サニーちゃんのためのサンタさんだよ」
「どこから入ってきたかは知らんがサニーのサンタは私だ。私一人で十分だからお前は家に帰って大人しく寝ていろ」
セルバンテスの胸倉を掴もうとした樊瑞は、今まさに窓から侵入しようとしているもう一人のサンタと目が合ってしまった。
「・・・・・幽鬼・・・・・・・・・・・」
「メ・・・メリークリスマス・・・・」
彼もまたご丁寧にサンタ衣装に身を包んでいた。ばつが悪そうに窓から入り込みその後から本物かと見まごう姿のカワラザキも入ってきた。
「何じゃ、お主らもか。おおサニーはよく寝ておるわい」
そう言って手にあるプレゼントの箱を置くと孫の寝顔を見るかのように目を細めた。
「カワラザキに幽鬼まで。ちょっと待て、え?ええ??」
「今宵限りは説明不要。我も『さんたくろす』に扮すること好しとすべし」
もう一方の窓から入ってきたのは丸い体格のサンタ。宙に浮く大きな袋に腰掛けて鐘を小さく鳴らせば袋は静かに床に降りた。
「十常寺・・・お主までも・・・。どういうことだこれは!」
「どういうことか聞きたいのはこっちだ」
樊瑞がその声に振り向けばまるで当然のようにドアから入ってきたヒィッツカラルド。もちろんサンタ衣装だがオーダーメイドの本毛皮、拘りが違う。
「随分と大人数だな」
「コラー!どうしてそっちから入ってくる!!」
「静かにしろ混世魔王、サニーが起きてしまう」
いつのまにか覆面サンタがプレゼントを置いてサニーの布団をかけ直してやっている。ちなみにサンタ帽子ではなくあくまでもいつもの覆面、ただ、色が赤いのは年に一度のクリスマスバージョンらしい。
「ざ、残月・・・・!!」
「この屋敷のセキュリティは見直す必要があるようだな」
しれ、と言い放つと残月は「あれを見ろ」と言わんばかりに顎をしゃくる。その方向に樊瑞が目をやるといつからいたのか和装のサンタが手下を10名ほど連れて仁王立ちになっていた。
「い・・・いつの間にこんな大人数で!」
「ふふ・・・怒鬼様のご命令とあらば我ら血風連、不可能も可能に」
渋くキメてはいるが10名とも首にベルをつけたトナカイの着ぐるみに編み笠姿。角が編み笠から突き出ているのは言うまでも無く。
「ささ、怒鬼様。サニー様にプレゼントを」
無言で頷き歩み寄る彼の姿はサンタ帽子に真っ赤な陣羽織のクリスマス仕様。
「怒鬼お・・・・おまっ・・・」
あまりの異常な状況に声が出ない樊瑞。
「おい、この格好でここに来ればケーキが食えると聞いたがケーキはどこだ?」
おまけに誰から聞いたのかは知らないが、そんなことを言いながらサニーの布団をめくりあげる仮面のサンタがいた。
「お、お前ら揃いも揃って・・・!住居不法侵入で訴えるぞ!!出て行け!」
小声でわめく魔王サンタに誰一人聞いてはいない。皆がサニーの安らかな寝顔を眺めて満足しているようだった。ちなみに赤いサンタはサニーのタンスを物色している。
「ううううう!サンタ役は私一人の特権なはず!!」
悔しがる魔王サンタだったが外ではまだサンタが出番を待っていた。
「くそ・・・あいつらめ何をのんびりやっているのだ。さっさと消えろ」
壁の出っ張りに足をかけてギリギリの状態でへばりつくサンタクロース。姿はサンタではないが・・・・
「イワンの奴めいらぬモノを寄越しおって」
白いボンボンが付いた赤い帽子だけは明確に彼をサンタだと説明していた。寄越されたからといって被らなければ済むことなのだがそれは考えないようだ。
小さなオルゴールが入った箱を手に雪がちらつく寒空の下、部屋で行われている「サンタ大集合」が終わるのを彼は律儀に待っていた。イライラとしているとふと、目が合う。そう、隣の窓の下にもう一人自分と同じように待っているサンタと。
「・・・・・・・・・・・・何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か?と不機嫌そうに言われても何も?としか言いようが無い。彼は何も見なかったことにしてただひたすら部屋に居るサンタが出て行くのを待つことにした。
もう一人の「帽子だけサンタ」の男も額に青筋を立てたまま、手にある手編みの手袋を落とさぬようそれから小一時間寒い外で待たされるハメになった。
-----------------------
サニーは目覚めてすぐに目を輝かせた。
山盛りいっぱいのプレゼントは溢れんばかり、夢中になって箱や包装紙を開ければ中にはサニーが喜ぶモノが入っている。ぬいぐるみ、人形、お菓子、絵本、ブローチや靴に人気アニメのおもちゃにとサニーは手に手にとってプレゼントを確かめ幸せを噛み締めた。
オルゴールの柔らかで優しい音色を楽しんでいたらあの靴下に何か押し込まれていたのを見つけた。それはオレンジの毛糸で編まれたミトンの手袋だ。
「あったかい・・・」
小さな手にピッタリのサイズにサニーは笑みがこぼれた。
「あのね、サンタさんがサニーに・・・」
樊瑞を始めとする十傑集にプレゼントをもらったことを嬉しそうに報告し、その様子に誰もが「そうかそうか」と満足する。レッドは樊瑞の屋敷の冷蔵庫で見つけたクリスマスケーキの残りを頬張りながら「良かったな」とだけの返事ではあったが。
そんな喜びいっぱいのサニーの姿を遠くから見つめる一人の男。
滅多にひかない風邪のため、仕方が無く甘んじているマスク姿が彼のプライドを損ねてはいるが娘の笑顔を見られればどうでもいい事。
しかし
彼の横を通り過ぎ、咳き込む策士もマスク姿。
「何か?」
目が合い、不機嫌そうに言われても
「何も」
としかやはり言いようが無かったのだった。
END
「・・・・セルバンテス殿、お聞きしてもよろしいですかな?」
「ふふ~んふ~ん♪・・・どーぞ」
聞いたら負け、だと自分に言い聞かせていたのに溜まりかねた孔明はついに口を開く。
「アレはいったい何ですかな?」
「アレって?」
資料から目を離さないセルバンテスが分かっていながらそう聞き返していることくらいわかっている。改めて神経を逆撫でされ額に青筋が浮かんだ。
「・・・・・・・あのクリスマスツリーです」
「ツリーって知っているんじゃないか」
「・・・・・・・・・・・」
相変わらず目を資料から離そうとしないまま。この男は自分が苛立つのを楽しんでいる、それをわかっていながら乗ってしまった自分。孔明は聞いてしまったことを後悔する。
「貴方、ここがどういうところなのか分かっておられるのですかな?まったく何を浮かれていらっしゃるのか。クリスマスなどというくだらない『イベント』に十傑集ともあろうお方が!」
部屋の隅にあるのは天井に届かんばかりの大きなモミの木、豪勢なオーナメントで飾り立てられ電球も規律正しくかつランダムに点滅している。何より目を引くのが天辺に飾り立てられた「一等星」は純金によるもので下からの光を浴びればより煌びやかに・・・
それは孔明にとってはイライラするほどどこからどう見てもクリスマスツリーだった。今まではクリスマスが来ようとこんな代物はBF団本部ではあり得なかったのにそれが
「セルバンテスのおじさま、サニーです。入ってもいい?」
この娘の出現によって大きく変わってしまったのだ。
「いいよいいよ~大歓迎だ」
「ちょっとお待ちなさい、今は大事な話を・・・!」
ノックの音とドア向こうの声に敏感に反応し、目を離そうとしなかった資料を投げ捨ててセルバンテスは大急ぎでドアを開けてやった。そこには小さなサニーが真っ白なタートルセーターとタータンチェックのスカート姿で立っていた。
「わー!すごいすごい!クリスマスツリー!」
サニーは真っ先に目に入るツリーに駆け寄り歓声をあげた。
セルバンテスは見たかったサニーの笑顔に満足し目尻を下げる。
そして、孔明の額の青筋が二つになった。
ツリーが飾られているのは何もセルバンテスの執務室だけではない。
樊瑞の部屋には飾られてはいないが屋敷にはカナダからわざわざ空輸した巨大ツリーがエントランスに鎮座しており、ヒィッツカラルドの部屋には光ファイバー製のメロディに合わせて青く輝く真っ白なツリーがある。幽鬼の部屋には温室で育ててきたモミの木をわざわざ移植しカワラザキと共にサニーが喜ぶようにクッキーや飴を飾った。さらに怒鬼は永遠にクリスマスとは無縁の男だと思われていたのに血風連だけでなく自らオーナメントの飾りたてを行いサニーの来訪を待った。十常寺は能力でオーナメントの人形を動かしサニーを大いに喜ばせ、残月は(都合により現段階で何故か十傑)敢えて裸のモミの木のままにしてサニーが来たら一緒に飾りたてを行った。
つまり
『どいつもこいつも』サニーのためにクリスマスを楽しんでいた。
いや、『どいつもこいつも』というのは語弊がある。
「くだらんな」
と言いながらもケーキを無条件に食べられる日を心待ちにする男と
「馬鹿馬鹿しい」
と心底呆れかえった様に吐き捨てながらも娘がウキウキしている姿に目を細める男
そして
「まったく嘆かわしい・・・・」
泣く子も黙る十傑集のあるまじき状況に額に無数の青筋を浮かべる男がいた。
----------------------
イヴまであと一週間。
「ねぇねぇ孔明さま、サンタさんってどこに住んでるのかなぁ」
「知りません」
「じゃあどうやってプレゼントって用意するの?トナカイさんはどうしてお空を飛べるの?えんとつが無いお家はどうやって入るの??」
「・・・・・・・・そんなことどうでも良いですからさっさとこの問題をお解きなさい。二桁の割り算ができないようではサンタはやって来ませんぞ?」
孔明の執務室で行っている「算数のおべんきょう」。
しかし、ドリルを前にしてもクリスマスに浮かれるサニーに孔明は溜め息を漏らす。
「え?できないとサンタさん来てくれないの??」
「そーですとも、さ、おやりなさい」
思わぬ情報にサニーはうろたえ、ドリルに向かうと小さい指を折り曲げながら必死に問題を解き始めた。
「サンタは『良い子』でないとプレゼントはくれないものです。貴女にその資格はございますまい。歯磨きは毎日欠かさずしてますか?好き嫌い無く食べてますか?ニンジンは?一人で朝起きれていますか?ドリルは100点ですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
残念ながらどれもできていない。孔明に手厳しく釘を刺され、サニーは涙目になりながら3問目に頭を悩ませる。
「何ら努力もせずもらえるなど、甘いにもほどがありますな」
どうせ樊瑞やセルバンテスあたりがサンタの代わりになるのは考えるまでも無い。それを鼻先で笑い捨てると必死になるサニーを放って自身はデスクに向かい新たな作戦を練り始めた。
その日からサニーは歯磨きは毎日欠かさないようになり、嫌いなニンジンも無理してでも口にいれるようになった。それに目覚まし時計を3つもセットして一人で起きるよう努力した。
ただ、孔明が与えたドリルだけは最高は97点。100点はどうしても取れないままだった。
---------------------
イヴの夜。
イチゴ柄のパジャマ姿のサニーは、ベッドに入る前に小さな小さな靴下をベッドサイドの机に垂らした。
「100点とれなかったけど・・・サンタさん来てくれるかなぁ・・・・」
布団の中に入ったがそれが心配で何度も暗闇の中で靴下を見直す。もし明日の朝、靴下に何も入っていなかったら・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
不安を振り払うようにサニーはきつく目を閉じて布団を頭から被る。
そしていつしか眠りに落ちていった・・・。
そんなサニーの心配を知ってか知らずか、樊瑞は自身の書斎で着替えを始めていた。絵に描いたような白と赤のツートンカラーのコートに身を包み、黒のベルトを締め、そしてやはり赤と白の帽子。仕上げにたっぷりとしたボリュームの付け髭。
「うむ、我ながら完璧なサンタだ」
姿見の前で胸を張りポーズを決めれば満足に浸る魔王サンタ。寝ているサニーの枕元にプレゼントを置くのは簡単だが、こういうことは形から入るのが彼のこだわりらしい。
「サニーにとってのサンタは世界で私だけだからな」
ふぉっふぉっふぉ。と胡散臭い笑いを漏らし彼はまるで泥棒のような足運びで二階に上がってい。サニーの部屋のドアを静かに開けると「めり~くりすますサニー~」と小声で足を一歩踏み入れた。
「・・・・・・・・・・・・・」
目が合った。
サニーとではない。
「セ、セルバンテス・・・・・」
ナマズ髭のサンタが今まさにプレゼントと思わしきリボンのついた箱を置こうとしていた。樊瑞とさほど変わらない姿だが帽子は被らずいつものクフィーヤが白の縁取りの赤いバージョン。これはセルバンテスのこだわりのようだ。
「あ・・・あはは見つかっちゃった」
「き、貴様!何をしている!!」
「シー!シー!サニーちゃんが起きちゃうだろ?」
思わず出した自分の大きな声に気づいて樊瑞は一気に声のトーンを落とす。横を見ればサニーはまだ深い眠りの中だ。
「何をしているのだっっ」
「見れば分かるだろ?サニーちゃんのためのサンタさんだよ」
「どこから入ってきたかは知らんがサニーのサンタは私だ。私一人で十分だからお前は家に帰って大人しく寝ていろ」
セルバンテスの胸倉を掴もうとした樊瑞は、今まさに窓から侵入しようとしているもう一人のサンタと目が合ってしまった。
「・・・・・幽鬼・・・・・・・・・・・」
「メ・・・メリークリスマス・・・・」
彼もまたご丁寧にサンタ衣装に身を包んでいた。ばつが悪そうに窓から入り込みその後から本物かと見まごう姿のカワラザキも入ってきた。
「何じゃ、お主らもか。おおサニーはよく寝ておるわい」
そう言って手にあるプレゼントの箱を置くと孫の寝顔を見るかのように目を細めた。
「カワラザキに幽鬼まで。ちょっと待て、え?ええ??」
「今宵限りは説明不要。我も『さんたくろす』に扮すること好しとすべし」
もう一方の窓から入ってきたのは丸い体格のサンタ。宙に浮く大きな袋に腰掛けて鐘を小さく鳴らせば袋は静かに床に降りた。
「十常寺・・・お主までも・・・。どういうことだこれは!」
「どういうことか聞きたいのはこっちだ」
樊瑞がその声に振り向けばまるで当然のようにドアから入ってきたヒィッツカラルド。もちろんサンタ衣装だがオーダーメイドの本毛皮、拘りが違う。
「随分と大人数だな」
「コラー!どうしてそっちから入ってくる!!」
「静かにしろ混世魔王、サニーが起きてしまう」
いつのまにか覆面サンタがプレゼントを置いてサニーの布団をかけ直してやっている。ちなみにサンタ帽子ではなくあくまでもいつもの覆面、ただ、色が赤いのは年に一度のクリスマスバージョンらしい。
「ざ、残月・・・・!!」
「この屋敷のセキュリティは見直す必要があるようだな」
しれ、と言い放つと残月は「あれを見ろ」と言わんばかりに顎をしゃくる。その方向に樊瑞が目をやるといつからいたのか和装のサンタが手下を10名ほど連れて仁王立ちになっていた。
「い・・・いつの間にこんな大人数で!」
「ふふ・・・怒鬼様のご命令とあらば我ら血風連、不可能も可能に」
渋くキメてはいるが10名とも首にベルをつけたトナカイの着ぐるみに編み笠姿。角が編み笠から突き出ているのは言うまでも無く。
「ささ、怒鬼様。サニー様にプレゼントを」
無言で頷き歩み寄る彼の姿はサンタ帽子に真っ赤な陣羽織のクリスマス仕様。
「怒鬼お・・・・おまっ・・・」
あまりの異常な状況に声が出ない樊瑞。
「おい、この格好でここに来ればケーキが食えると聞いたがケーキはどこだ?」
おまけに誰から聞いたのかは知らないが、そんなことを言いながらサニーの布団をめくりあげる仮面のサンタがいた。
「お、お前ら揃いも揃って・・・!住居不法侵入で訴えるぞ!!出て行け!」
小声でわめく魔王サンタに誰一人聞いてはいない。皆がサニーの安らかな寝顔を眺めて満足しているようだった。ちなみに赤いサンタはサニーのタンスを物色している。
「ううううう!サンタ役は私一人の特権なはず!!」
悔しがる魔王サンタだったが外ではまだサンタが出番を待っていた。
「くそ・・・あいつらめ何をのんびりやっているのだ。さっさと消えろ」
壁の出っ張りに足をかけてギリギリの状態でへばりつくサンタクロース。姿はサンタではないが・・・・
「イワンの奴めいらぬモノを寄越しおって」
白いボンボンが付いた赤い帽子だけは明確に彼をサンタだと説明していた。寄越されたからといって被らなければ済むことなのだがそれは考えないようだ。
小さなオルゴールが入った箱を手に雪がちらつく寒空の下、部屋で行われている「サンタ大集合」が終わるのを彼は律儀に待っていた。イライラとしているとふと、目が合う。そう、隣の窓の下にもう一人自分と同じように待っているサンタと。
「・・・・・・・・・・・・何か?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何か?と不機嫌そうに言われても何も?としか言いようが無い。彼は何も見なかったことにしてただひたすら部屋に居るサンタが出て行くのを待つことにした。
もう一人の「帽子だけサンタ」の男も額に青筋を立てたまま、手にある手編みの手袋を落とさぬようそれから小一時間寒い外で待たされるハメになった。
-----------------------
サニーは目覚めてすぐに目を輝かせた。
山盛りいっぱいのプレゼントは溢れんばかり、夢中になって箱や包装紙を開ければ中にはサニーが喜ぶモノが入っている。ぬいぐるみ、人形、お菓子、絵本、ブローチや靴に人気アニメのおもちゃにとサニーは手に手にとってプレゼントを確かめ幸せを噛み締めた。
オルゴールの柔らかで優しい音色を楽しんでいたらあの靴下に何か押し込まれていたのを見つけた。それはオレンジの毛糸で編まれたミトンの手袋だ。
「あったかい・・・」
小さな手にピッタリのサイズにサニーは笑みがこぼれた。
「あのね、サンタさんがサニーに・・・」
樊瑞を始めとする十傑集にプレゼントをもらったことを嬉しそうに報告し、その様子に誰もが「そうかそうか」と満足する。レッドは樊瑞の屋敷の冷蔵庫で見つけたクリスマスケーキの残りを頬張りながら「良かったな」とだけの返事ではあったが。
そんな喜びいっぱいのサニーの姿を遠くから見つめる一人の男。
滅多にひかない風邪のため、仕方が無く甘んじているマスク姿が彼のプライドを損ねてはいるが娘の笑顔を見られればどうでもいい事。
しかし
彼の横を通り過ぎ、咳き込む策士もマスク姿。
「何か?」
目が合い、不機嫌そうに言われても
「何も」
としかやはり言いようが無かったのだった。
END
小さなサニーが本部を歩き回り、十傑たちの目に留まれば自然とその手にはおやつが乗せられた。例えば存外子ども好きの十常寺からは動物の形をした饅頭だったり、カワラザキからは蜜柑だったり、怒鬼はサニーといつ会っても良いように常に懐に飴を忍ばせていたり。
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
「サニー様、少しきついかもしれんが息を止めて我慢していただけますか」
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
---------------------------------------------
え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
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え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END