「サニー様、少しきついかもしれんが息を止めて我慢していただけますか」
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
---------------------------------------------
え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END
「うん」
珍しく唇に紅をさした幼いサニーはイワンに言われた通り息を止めた。同時にイワンは手馴れた手つきで帯を巻きつけて、最後は花結びで整えた。花結びとは羽根を広げた蝶のような形である。
「さあできました。うーん想像していた以上に実によくお似合いでいらっしゃる。まるで日本人形のようですな」
「にほんにんぎょう?」
「ええ」
確かに晴れ着姿のサニーはまるで日本人形、髪の色や眼の色など問題にならないほど愛らしい姿となった。
カワラザキが用意した振袖は一年前からオーダーメイドした本場日本の加賀友禅、淡い桃色に派手やかな花模様は職人渾身の品。十常手らからの帯は蜀錦でふんだんに金糸を使った唐模様、髪に映えている牡丹の大輪コサージュにはメレダイヤが散りばめられておりこれはヒィッツカラルドから。そしてトドメとなるの帯留めは瞳と同じ色をした5カラットのピジョンブラッド(高品質のルビー)でセルバンテスからのもの。
「それでは新年のご挨拶周りをいたしましょうか」
「うん!イワン着せてくれてありがとう」
家が建つほどの価値を身に纏っていることなど知るはずもないサニーは、それ以上の価値ある笑顔を無邪気に見せた。
さて
盆も正月も無いはずのBF団。
確かにそうだったのだが今は歩く日本人形の姿にエージェントたちは
「みなさま、えっと・・・あけましておめでとうございます!」
と、サニーがいつもよりおめかしして気恥ずかしそうに挨拶するものだから皆が目尻を下げて同様に挨拶を返していった。中にはそそくさとポチ袋を取り出しBF団のアイドルに『お年玉』を貢ぐ者も。サニーが「ありがとうございます」と照れた笑顔で返すものだから他の連中も我も我もと貢だし、おかげでサニーの袖の中は歩くたびに重くなっていった。
「やぁこれは驚いたな、こんな愛らしいお人形は見たことが無い」
「ヒィッツカラルドさま、あけましておめでとうございます」
「ふふ、日本式ではそう言うのか。じゃあ『あけましておめでとう』だお嬢ちゃん。その髪飾り、実に良く似合ってて私も満足しているよ」
大回廊で出会った彼は膝を折ってサニーの前にかしづくと小さな手に花柄のポチ袋を手渡した。バラの香りが染み込んだその中には日本円にして5000円が。
「わぁいいにおい。ありがとう、ヒィッツカラルドさま」
お年玉をもらったことより袋の可愛い柄と花の香りににサニーは喜んだ。
金に一生困らない超VIPの十傑集、本来ならいくらでも中身は入れてやれるのだが、上限知らずが若干一名いるために樊瑞が『サニーへのお年玉は5000円まで』とリーダー権限による絶対命令を下しているのだった。
中身の価値がまだよくわからないサニーに馬鹿みたいな大金は好ましくない、そう思うのは樊瑞ならではの親心である。ちなみに、そのため『お年玉につぎ込めないのなら』ということで振袖といったサニーが身に着ける品にそのしわ寄せがくるのだった。しかし、これはまた他の十傑集による違った親心かもしれない。
「ふーむこうして見れば和風なドレスも良いものだな。お嬢ちゃんが10年後もそのドレスを着て私の前に現れれば攫ってしまいそうだ、はははは」
ポチ袋の香りを夢中で嗅いでいるサニーを軽々と片腕で抱き上げると、彼は『イベント』が行われている中庭へ向かった。
「おい、お嬢ちゃんを連れてきてやったぞ」
「おお、ヒィッツカラルド様かたじけのうございます。サニー様、ささどうぞこちらへ」
中庭ではブルーシートが広げられ、そこでは10名ほどの血風連がタスキ掛け姿で餅つきに勤しんでいた。十常寺も簡易かまどの前に陣取りもち米炊きに精を出している。炊いたもち米を蒸籠(せいろ)で蒸らし、しめ縄付きの石臼に放り込めば杵を得物とした怒鬼が力強く餅をつくという流れだ。
「怒鬼さま、十常寺さま、血風連のみなさま、あけましておめでとうございます」
愛らしい姿での新年の挨拶に手を休め、怒鬼や十常寺はおろか血風連までもが『お年玉』を貢ぎ始める始末。この調子で本部内をくまなく回れば、たった一日で一般サラリーマンの年収分は軽く稼げるのではないだろうか・・・。
「しかし妙な白い物体だな・・・十常寺よこれは何をしているのだ?」
臼の中に眉を寄せるのは餅は初見のヒィッツカラルド。
「是なるは日本国における正月行事。餅米を炊き蒸し搗け(つけ)ば白き餅となり、各人好みの味付けで餅を食すが美味也」
「つまりこれを食べるのか・・・」
「粘りはあっても納豆のような癖は御座いませぬ故、ヒィッツカラルド様でもお召し上がりになられると存知まする」
血風連の一人は横からそう言うが、やけに伸びる白い物体にヒッツカラルドはどうも食欲が湧かない様子だ。
「納豆か・・・・くそ、名前を聞くだけでもおぞましい」
去年の日本での任務の際、レッドに納豆を無理やり食べさせられ3日も蕁麻疹(じんましん)に苦しんだ悪夢がまだ記憶に新しいためか。
一方サニーは初めての光景に好奇心で目を輝かせていた。十常寺の横に座って初めて見るかまどを眺めたり火吹き竹を貸してもらって中を覗いてみたり。そして怒鬼が黙々と杵で餅をつく様子に
「うふふ、おもしろそう!」
との子どもらしい反応。怒鬼はサニーが興味を示しているのに気づくと顎をしゃくり血風連に『サニー専用』を用意させた。彼らは手際よくサニーの着物にタスキをかけて行き、手には大きさも重さも3倍・・・ではなく1/3の小さな小さな子供用の杵を持たせ・・・怒鬼が笑顔で頷けばサニーは大喜びで杵を振るい上げた。
「ぺったん♪ぺったん♪ぺったんこー♪」
「サニー様、大変お上手ですぞ!おおカワラザキ様に幽鬼様もおいでに」
「あ、カワラザキのおじいさま、幽鬼さまあけましておめでとうございます!」
汗をかきながら杵を持つ勇ましい姿にカワラザキは目尻を下げつつ、少し崩れそうな帯をしっかりと整えてやった。
「よしよし賑やかにやっておるの、やはり正月はこうでなくてはいかん。どれ幽鬼ワシらも手伝うとしよう」
「ああ。しかしお嬢ちゃんは随分と袖に貯めこんでいるようだな、私が責任を持って預かっておこうか。私と爺様からの分も入れておくが・・・ふふ、なぁに盗りはしない。私も爺様からもらっているからな」
苦笑する幽鬼の手にはカワラザキからの『お年玉』
「やれやれ、いつになったら『お年玉』から卒業できるのやらな」
「さてのう、『お年玉』に卒業があるとは初耳じゃふぉっふぉ」
後からやってきたカワラザキに幽鬼も加わり、大勢の中でサニーは楽しそうに餅をつく。怒鬼もヒィッツカラルドも杵を振り上げ、出来上がった餅を幽鬼とカワラザキがせっせと丸め、十常寺が鐘を軽やかに鳴らせば餅たちは自ら転がり行儀良く盆の上に並んでいった。
「やぁやぁ楽しそうにやってるね~我々も手伝うよ~」
陽気な声に振り向けば陽気な男とそうでない男と常に不機嫌な男の3人組。
「あ、パパ!それにセルバンテスのおじさま!はんずいのおじさま!あけましておめでとうございます!」
「あけおめ~!さあ~セルバンテスのおじさんから『お年玉』だ、ホラホラ樊瑞もアルベルトもあげたまえよ」
「わかっておるわ、さあサニー」
2つのポチ袋を手に笑みを零すサニーはチラリと父親を見る。
「・・・・・・・・」
仏頂面を維持したままの父親だが、愛らしい娘の視線に目を泳がせてしまう。人でなしとは言えやはり親、わが娘の晴れやかな姿は嬉しいような気恥ずかしさがあるらしい。
「ほら」
「ぱぱありがとう」
三つのポチ袋を帯にしまいこんでサニーは大満足の笑顔を輝かせた。
「しかしサニーちゃんのこの姿、いいねぇ。このまま成長して行けばいずれ素敵な女性になって・・・ああ、またこんな着物を着て欲しいなぁ。その時もおじさんが帯留めを用意してあげるからね、約束だよ?でかいダイヤにするかエメラルドにするか今から悩んじゃうなぁ」
サニーを大喜びで抱え上げ、ナマズ髭をこれでもかと擦り付けるセルバンテス。そして柔らかい頬にちゅーちゅーし始め背後に控えている樊瑞とアルベルトの目が殺気に輝いた。
「ええいセクハラナマズめ!サニーから離れろっ」
すかさず奪ったのは樊瑞。
「やーん、おひげがいたいー」
今度は髭つきの頬を全力でこすり付けられサニーは目を回す。
「ダメだからなサニー、大きくなってこんな晴れ着を着てみろ。こぞって男どもがお前に群がってくるぞ?どこの馬の骨とも知れぬ者が可愛いお前に・・・そんな事は私には耐えられん。よし!決めた!!私はもうサニーを手放すまい。わけのわからない男の元に嫁がせるくらいなら私が責任をもって・・・」
真顔で熱く語る魔王の背後で、怒鬼が手にある杵をアルベルトに手渡した。
「おもちっておいしい~!」
流血現場となったブルーシートを血風連が手馴れた様子で片付けていく横で、つきたての餅をサニーはきな粉をつけて頬張った。
一方、餅初デビューとなるヒィッツカラルドは恐る恐るフォークで摘み上げているもののなかなか口の中に入れられない、同じく初デビュー組のセルバンテスとアルベルトはイワンを呼びつけチーズを乗せたピザ風にアレンジさせてワインとともに堪能している。
「コレなら食べなれない方でもお口に合うかと」
「さすがイワン君だ、これはいける。ヒィッツカラルドもどうだねこのアレンジは君の口にも合うんじゃあないかねぇ」
「ふむ、ピザだと思えば食べられるな。ワインにも合うし申し分ない味だ。ただ私はもう少し辛口の方が・・・」
盛大にタバスコを振りかけ食べれば、彼は顔色一つ変えずワインで流し込んだ。
そんな多国籍勢とは反対に幽鬼、カワラザキ、怒鬼、樊瑞、十常寺といったアジア勢は古式ゆかしくきな粉にあべかわ、そして雑煮に舌鼓を打つ。
「おい、私の餅はどこだ」
ただいま参上とばかりに現れたのは赤いマスクのスーツ忍者。ちなみに餅に関してはきな粉餅30皿、あべかわ餅25皿、おしるこ34杯という記録があり誰にも破られては居ない。そもそも破ろうとする者もいないが。
「なんだレッド、今頃来てももう無いぞ」
「なにい!!!」
幽鬼の言葉に鍋の蓋を開けてみたが確かに何も残っていない。
「ここでやるという日時は連絡済みなのに、手伝いもしない貴様が悪い」
「ぐぬぬぬ・・・おお!まだあるではないか。ほうピザ風か悪くないぞ、ヒィッツカラルドそれを私に寄越すがいい」
「これか?ああいいだろう、ほら食べろ」
「ふん、やけに素直だな」
レッドは警戒すべきだった。ヒィッツカラルドがやけに優しげな笑顔で手渡したことに。
「・・・!!!!ぐふぉ!!」
餅を食べた途端、漫画のように彼は口から火を吹いた。
「知らなかったぞ、貴様が激辛好きだったとはなぁ~ははははは!!どうだ、納豆の恨みはさぞ美味かろう、私からの『お年玉』だ喜んで受け取れ」
空になったタバスコの瓶を見せ付け、腹を抱えて大笑い。
「ふぉのれ、ふぃっふふぁらふふぉ~~~!」
「そんなタラコ唇では男前も台無しだなぁレッド。新年早々縁起モノが見れたようだははははは!」
「ふぉろふ~~~!!!!」
何処から取り出したのかレッドは納豆を爆弾のように投げつけ、辺りは大騒ぎになった。
「サニー、あんな馬鹿な大人になってはダメだぞ」
アルベルトの言葉にサニーは思わず頷いてしまった。
「ええい騒々しい!!皆さん揃いも揃って・・・ここは秘密結社ですぞ、犯罪組織ですぞ!正月といって何を浮かれておいでなのか!」
突然の甲高い声に振り向けば不機嫌を顔に顕にした策士の男。
彼は『手にあるモノ』を一人一人鋭く突きつけながら
「何ですかっ餅つきなどされた挙句お食べになられて!そんな暇があるのならさっさと世界征服なさりませっ」
目を丸くする十傑集の間を彼はツカツカと歩きサニーの前に立った。
「ふん、金に任せたご大層な格好をなされて・・・ホラっ帯が緩んでおりますぞ、それになんですか口元にきな粉などお付けになられて女の子が見っとも無いっ」
帯を締め直してやりぶつぶつ言いながらもサニーの口元を拭いてやる。ついでに傾いた頭のコサージュを整えてもやった。
「貴女がもらったお年玉は?え?今は幽鬼殿に預けてある?まぁ人選は良しとしましょう。ところで貴女はちゃんと貯金されるおつもりですかな?お金は良く分からないから樊瑞殿に任せると?樊瑞殿!樊瑞殿!!」
大声で呼ばれ慌てて樊瑞は孔明の前に立つ
「いいですか、ちゃんとサニー殿の名義で通帳を作るのです、そしてそれをサニー殿に持たせ貴方が管理すると同時にサニー殿にも自分のお金であると自覚させなさいっ!まだ早い?何を言っておいでかっ。良いですか経済観念の無い女はロクなものではござりません、彼女が大きくなれば投資信託というものを・・・」
頭を垂れるしかない樊瑞の前で10分ほど未来設計を語ると、次はサニーに向き直る。
「やれやれ、何が正月ですか馬鹿馬鹿しい」
懐から5000円が入ったポチ袋を取り出すとそれをサニーにしっかりを握らせ、再び唖然としている十傑集を見回すと
「ふん」
と鼻で笑い、用が済んだのだろう彼は去って言った。
「・・・紋付袴姿に羽子板まで持って何しに来たんだろうね・・・」
セルバンテスの一言に誰もがうなずき
突っ込む隙を一瞬も与えなかったのはさすがだったと全員が孔明の背中を見送る中、サニーは手元にあるポチ袋を見る。
ピンクのイチゴ柄がとても可愛かった。
END
---------------------------------------------
え?全員集合じゃない?じゃあ・・・↓
「やれやれ、いったい何だったんだ・・・」
孔明の登場で一気に疲労感が襲う
「まったくだな」
いつの間にか樊瑞の横に居たのは残月。さも当然とばかりに彼は紫煙を吐いた。
「ざ、残月っ・・・さすがに出てこないと思っていたらちゃっかりと。何故お主がいる、去年のサンタの時といい・・・十傑入りは静止作戦の2年前、サニーがもっと大きくなってからだろうがっっ!ギャグをいい事に何でも許されると思うな!!」
「何を言う10人揃ってこその十傑集であろう。9人では据わりが悪い故こうして私が出ているのだ。そもそも今川GR、その程度の些事をいちいち気にしていては・・・ハゲるぞ混世魔王」
「は・・・はげ!!」
気にしていることをグッサリ言い当てられた。毛髪量には自信があるが、最近抜け毛が気になりだしているのだ。特に孔明にネチネチ言われた日は風呂場の排水溝の掃除は欠かせない。たぶん今夜も・・・。
「ぐ・・・・お前みたいなわけのわからない男に言われたくないっ。それにその覆面はどうせハゲ隠しであろうが!!」
「・・・・・ふっ」
間を溜めた後の明らかな失笑。樊瑞の沸点が一気に下がった。
しかも覆面無表情なのだから尚腹が立つ。将来の同僚に古銭をありったけ投げつけようとしたが寸でのところでイワンに止められた。暴れ狂う熊をなだめているように見えなくも無い。
隣ではヒィッツカラルドに納豆を投げつけ追い回すレッド。
10本目のワインですっかり出来上がっているアルベルトとセルバンテス。
餅を喉に詰まらせ危ない状況のカワラザキに慌てる幽鬼。
ふんどし姿で集団乾布摩擦を始めだす血風連と怒鬼。
危険な香りがする粉を雑煮にふりかける十常寺。
サニーに『お年玉』をあげる残月。
とまぁそんな感じで『今年もよろしく』なBF団だった。
END
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