VS、トルフィンとアシェラッド。
ちびっこトルフィンが兵団に混じってしばらく後あたり。
空には雲が厚くかかっていた。今年初めての雪は、恐らく近い。
「今年もそろそろ切り上げ時か」
「そうだなァ」
アシェラッドの呟きに、ビョルンが同意した。
雪が降れば、出稼ぎのできる季節も終わりだ。積もって陸上での活動に制約が生じる前に、本国に戻るのがセオリーだった。
「今夜はこのあたりで夜営だ。明日にはデンマークに向けて出発。船出の準備を怠るな。以上」
「あいよ」
ビョルンの指示で、兵たちは適当に固まって煮炊きの用意を始めた。略奪の季節の終りは皆わかっているので、どこか空気がゆるんでいる。今年はそれが殊更だった。実入りが良かったからだ。
一番大きかったのは、ヨームのフローキからの依頼だった。奇妙な仕事だったが、美味しい仕事だったと兵たちには認識されている。人的被害なく報酬を得、その上新しい船まで手に入れたのだから。
船にはおまけがついて来ていて、目下アシェラッドはその扱いに少々頭を悩ませていたりしたのだが、そんなことは些細なことだ。
気が付くと、アシェラッドはそのおまけに睨み上げられていた。
眼光は大人もたじろぐほどの強さだが、その目はアシェラッドの腰ほどの高さにある。
トールズの子トルフィン。船にくっついてきたのは、兵団に混じるには早すぎる、見たところまだ十にもなっていない子供だった。
無言で、トルフィンはアシェラッドを睨みつけている。どうやら、アシェラッドが進行方向を塞いでいたらしかった。
トルフィンは両手に桶を下げていた。子供の手には重いだろうに、両方になみなみと水が汲まれている。
勝手についてきたトルフィンを、アシェラッドは追い払いも殺しもしなかったが、誰かに世話をするように命じるようなこともしなかった。放っておいてしばらくで、トルフィンは水汲みや武器の手入れといった雑用と交換に食事や寝床を得ることを覚えていた。
それでも、大人の行軍についてくるのは子供には酷なことだっただろう。トルフィンは薄汚れて痩せた子供になっていた。眼光ばかりが目立つ。いつか殺してやる。言葉にこそ出さないが、その目がそう言っている。
「……退けよテメエ」
「おメーが避けろチビ」
トルフィンの腕は、桶の重みに耐えかねて震えていた。しかし意地でもアシェラッドを避けて進む気はないようだ。
子供の腕の震えは徐々に大きくなり、ついには水がこぼれ始める。ここで桶を下に置くのも、彼にとっては負けになるらしい。
さて、どうするつもりやらこのガキは。
腕が限界なのか怒っているのか両方なのか、顔を真っ赤にしているトルフィンを見下ろしながら、アシェラッドは手持ち無沙汰な掌を擦り合わせた。
雪はまだ積もりはしていないが、風は冷たくなった。手袋を嵌めるほどではない。しかし指先は冷える。それくらいの寒さだった。
ふと、子供の体温は、大人のそれよりも高いと聞いたことがあるのを思い出した。
そして、すぐ手の届くところに、子供の肌がある。
耳の下、太い動脈の通った一番温かいところに、アシェラッドは冷えた手を押し付けてみた。
「……っぎゃ!!」
「おー、温い温い。こりゃいいな」
素っ頓狂な悲鳴が上がったが、アシェラッドは構わず襟首の中にまで手を突っ込んだ。
「何しやがる!!」
「暖取ってんだよ。ガキは温いって本当だったんだな」
トルフィンはじたばたと暴れるが、桶を手放すまいとするばかりにろくすっぽ逃げられないで居る。
それをいいことに、アシェラッドは思う存分手を温めた。
せめてもの抵抗か、トルフィンはアシェラッドを罵りつづけている。部下たちの言葉がうつったのか、随分と口が悪くなった。
そうこうするうちに、汲んで来た水はほとんどこぼしてしまっていた。トルフィンはそれに気付いて、やっとのこと桶を放り出した。
「放せ畜生!」
ぱかん、と間の抜けた音を立てて、桶がアシェラッドの鎧に当たる。
桶を拾うと、トルフィンはアシェラッドに背を向けた。汲み直して来るつもりだろう。
水汲みを命じたのであろう男に遅いと小突かれていたが、それでも泣き言一つ言わずに駆けて行く後姿を見送り、ふむ、とアシェラッドは顎を撫でた。
身体は丈夫なようであるし、頭も悪くはなさそうだ。状況を計る能もある。何よりも、意思が強い。
小さすぎるのが惜しいといえば惜しいが、子供なら子供なりに、
「……使いようがあるか」
さてどうする。
アシェラッドは思案した。
顎に触れた指先は、吸い取った子供の体温を残して温かかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ちびっこトルフィンは、どうやって生活してたんだろうなーという妄想。
いや最初は戦働きは無理だろうし、雑用でもやってたんじゃないかしらと。
ところでトールズさん死亡の頃のアシェラッドは、まだハゲてないですよね。というわけでトルフィンにハゲ呼ばわりさせるのはやめておきました。
ちびっこトルフィンが兵団に混じってしばらく後あたり。
空には雲が厚くかかっていた。今年初めての雪は、恐らく近い。
「今年もそろそろ切り上げ時か」
「そうだなァ」
アシェラッドの呟きに、ビョルンが同意した。
雪が降れば、出稼ぎのできる季節も終わりだ。積もって陸上での活動に制約が生じる前に、本国に戻るのがセオリーだった。
「今夜はこのあたりで夜営だ。明日にはデンマークに向けて出発。船出の準備を怠るな。以上」
「あいよ」
ビョルンの指示で、兵たちは適当に固まって煮炊きの用意を始めた。略奪の季節の終りは皆わかっているので、どこか空気がゆるんでいる。今年はそれが殊更だった。実入りが良かったからだ。
一番大きかったのは、ヨームのフローキからの依頼だった。奇妙な仕事だったが、美味しい仕事だったと兵たちには認識されている。人的被害なく報酬を得、その上新しい船まで手に入れたのだから。
船にはおまけがついて来ていて、目下アシェラッドはその扱いに少々頭を悩ませていたりしたのだが、そんなことは些細なことだ。
気が付くと、アシェラッドはそのおまけに睨み上げられていた。
眼光は大人もたじろぐほどの強さだが、その目はアシェラッドの腰ほどの高さにある。
トールズの子トルフィン。船にくっついてきたのは、兵団に混じるには早すぎる、見たところまだ十にもなっていない子供だった。
無言で、トルフィンはアシェラッドを睨みつけている。どうやら、アシェラッドが進行方向を塞いでいたらしかった。
トルフィンは両手に桶を下げていた。子供の手には重いだろうに、両方になみなみと水が汲まれている。
勝手についてきたトルフィンを、アシェラッドは追い払いも殺しもしなかったが、誰かに世話をするように命じるようなこともしなかった。放っておいてしばらくで、トルフィンは水汲みや武器の手入れといった雑用と交換に食事や寝床を得ることを覚えていた。
それでも、大人の行軍についてくるのは子供には酷なことだっただろう。トルフィンは薄汚れて痩せた子供になっていた。眼光ばかりが目立つ。いつか殺してやる。言葉にこそ出さないが、その目がそう言っている。
「……退けよテメエ」
「おメーが避けろチビ」
トルフィンの腕は、桶の重みに耐えかねて震えていた。しかし意地でもアシェラッドを避けて進む気はないようだ。
子供の腕の震えは徐々に大きくなり、ついには水がこぼれ始める。ここで桶を下に置くのも、彼にとっては負けになるらしい。
さて、どうするつもりやらこのガキは。
腕が限界なのか怒っているのか両方なのか、顔を真っ赤にしているトルフィンを見下ろしながら、アシェラッドは手持ち無沙汰な掌を擦り合わせた。
雪はまだ積もりはしていないが、風は冷たくなった。手袋を嵌めるほどではない。しかし指先は冷える。それくらいの寒さだった。
ふと、子供の体温は、大人のそれよりも高いと聞いたことがあるのを思い出した。
そして、すぐ手の届くところに、子供の肌がある。
耳の下、太い動脈の通った一番温かいところに、アシェラッドは冷えた手を押し付けてみた。
「……っぎゃ!!」
「おー、温い温い。こりゃいいな」
素っ頓狂な悲鳴が上がったが、アシェラッドは構わず襟首の中にまで手を突っ込んだ。
「何しやがる!!」
「暖取ってんだよ。ガキは温いって本当だったんだな」
トルフィンはじたばたと暴れるが、桶を手放すまいとするばかりにろくすっぽ逃げられないで居る。
それをいいことに、アシェラッドは思う存分手を温めた。
せめてもの抵抗か、トルフィンはアシェラッドを罵りつづけている。部下たちの言葉がうつったのか、随分と口が悪くなった。
そうこうするうちに、汲んで来た水はほとんどこぼしてしまっていた。トルフィンはそれに気付いて、やっとのこと桶を放り出した。
「放せ畜生!」
ぱかん、と間の抜けた音を立てて、桶がアシェラッドの鎧に当たる。
桶を拾うと、トルフィンはアシェラッドに背を向けた。汲み直して来るつもりだろう。
水汲みを命じたのであろう男に遅いと小突かれていたが、それでも泣き言一つ言わずに駆けて行く後姿を見送り、ふむ、とアシェラッドは顎を撫でた。
身体は丈夫なようであるし、頭も悪くはなさそうだ。状況を計る能もある。何よりも、意思が強い。
小さすぎるのが惜しいといえば惜しいが、子供なら子供なりに、
「……使いようがあるか」
さてどうする。
アシェラッドは思案した。
顎に触れた指先は、吸い取った子供の体温を残して温かかった。
+++++++++++++++++++++++++++++++
ちびっこトルフィンは、どうやって生活してたんだろうなーという妄想。
いや最初は戦働きは無理だろうし、雑用でもやってたんじゃないかしらと。
ところでトールズさん死亡の頃のアシェラッドは、まだハゲてないですよね。というわけでトルフィンにハゲ呼ばわりさせるのはやめておきました。
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