小さなサニーが本部を歩き回り、十傑たちの目に留まれば自然とその手にはおやつが乗せられた。例えば存外子ども好きの十常寺からは動物の形をした饅頭だったり、カワラザキからは蜜柑だったり、怒鬼はサニーといつ会っても良いように常に懐に飴を忍ばせていたり。
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
日夜、犯罪に破壊にと駆けずり回る者たちだったが、サニーがおやつをもらって照れたような笑顔で喜ぶ姿が嫌いでは無いようで、サニーが喜び笑う顔を見て自然と彼らの顔もほころんだ。
ただひとり、レッドだけがその様子を下らなさそうに見ていた。
ある日。
中庭を望める大回廊のテラスで、寄って来た青い小鳥相手にサニーは遊んでいた。
肩や頭に乗せ、小鳥のさえずりに微笑んで語りかけたり思わぬ遊び相手に楽しそうにしている。ちなみにこの小鳥は野生種ではない。黄色い札から生み出された存在で、術者の息吹ひとつで鷲(ワシ)にも梟(フクロウ)にもなる。通常は鷲の姿で陸の孤島である本部の外周を飛び回り外敵の監視を行っているが、今は術者・樊瑞の計らいで小鳥の姿で少女の遊び相手役に徹しているようだった。
「サニー」
背後からの低い声は久しぶりに聞くが決して忘れる声ではない。振り向けば作戦遂行中のため二ヶ月会えずじまい実の父親が、相変わらず隙の無いスーツ姿で立っていた。
「あ・・・パパ!おかえりなさぁい!」
満面笑顔で駆け寄って自分の足元でニコニコする娘に、アルベルトはどういう顔をしていいのか分からないらしくいつもの眉間に皺がよった顔を維持したまま。
「えっとねサニーね、ちゃんといい子にしてたもん!」
「・・・・・そうか」
そう得意げに言う娘に少しだけ、痛むような心は無いはずなのに痛みを感じた。親の因果で何も知らないうちから組織入りさせてしまった罪悪が、彼の深い場所を探り当てたらしい。
「サニー、手を出せ」
彼はスーツの懐から何か取り出すと、娘の小さな小さな手を取ってそれを乗せてやった。父親の大きな手にすっぽり収まるサニーの手と、それを覆うくらい同じサイズの上品な光沢の金色パッケージ。クッキー一枚分の大きさのその中には、やはりクッキーが一枚だった。それをゆっくりと認識して、サニーの瞳は見る見るうちに丸くなって陽が差したようにキラキラと輝いていく。
「サニーにくれるの?」
「さっさと食べろ」
父親からおやつをもらうのは初めてだ。
「うん!あ・・・ありがとうパパ・・・」
手に乗ったそれは父親の手と一緒でまだ温かい。嬉しさで胸が熱くなり顔を紅潮し、サニーは何度も金色のそれと父親のムッツリ顔を見比べた。しかし結局アルベルトは「見たかった娘の表情」を前にして、自分がどういう顔をしてよいのかわからずさっさと立ち去ってしまった。
「パパからの・・・」
ひとりサニーは光るパッケージを気が済むまで眺め、そして慎重に袋を破いて中身を取り出す。四角いクッキーの半分についたチョコがしばらくアルベルトの胸の上にあったためか、少しだけ溶けかかっていた。
「えへへ」
余計に嬉しくてサニーの顔も嬉しさに溶けてしまう。
「ダメよ?このおやつはパパがサニーにくれたんだから」
クッキーに嘴を突き出してきた小鳥にそう言い聞かせ、大きく口を開けたが
「よこせ」
頭上に現れた赤い仮面を付けた忍者にあっさり奪われてしまい
何が起こったのか理解しないまま、あっという間に全部食べられてしまった。
幽鬼がサニーを大回廊のテラスで見つけた時は、すでに赤い目をもっと真っ赤に腫らしていた。いったい何があったのか理由をやんわり尋ねても嗚咽ばかりで言葉にならない。涙と鼻水で顔をめいっぱい汚してサニーはひたすら泣き続けていた。
「弱ったな・・・」
彼がこんな状態のサニーを放っておけるはずがない。背の高い身体を屈め、サニーをどうにか落ち着かせようとしていたらセルバンテスがたまたま通りかかった。
「サニーちゃん!幽鬼、これはいったい・・・?」
「私にもさっぱりだ。さっきから泣いてばかりでなぁ」
十傑集2人がかりでなだめてみるがサニーは泣き止まない。ふと、セルバンテスが手に握られていた見覚えのある金色の袋に気づいた。
「これは・・・先ほど私の部屋に来たアルベルトが一枚摘んだクッキーの・・・」
甘いものが嫌いなアルベルトが珍しく手に取ったからよく覚えている。娘に与えるためだったとようやくそれで納得した。
「ひぃっくひぃっく・・・うぇっう・・・くっきひぃっくくっきーレッドさまが・・・とけたのたべた・・・うぇっパパがくれたさにーのうぇっくひぃっく・・・くっきーたべたぁ~~~!!!!」
「クッキー?レッド?・・・あの男また・・・・」
「やれやれ、レッド君には困ったものだ」
サニーからようやく聞き取れた言葉に2人は顔を見合わせた。レッドの「おやつ泥棒」は今に始まったことではない、そんなことをしてたまにサニーを泣かせていることは誰も知ってはいたが、いつもたわいもない程度。しかし、今回は様子が違うようでセルバンテスが急いで執務室からありったけの同じクッキーを持ってきてやるが・・・・
「ほら!チョコクッキーだよ~こんなにいっぱい!」
「や~~!!パパのっえっくえっくあったかいのちょちょちょこ・・・ちょこ・・・ひぃっく・・・とけたのじゃないとパパのじゃないとサニーやぁ~~!!」
「??と・・・溶けた・・の?」
もう一度2人は顔を見合わせてセルバンテスはクッキーを乗せた掌に柔らかい熱を集めた、袋を開ければチョコがじっとりと溶けたクッキー、それをサニーに差し出してみたが・・・
「ち~が~う~~~~~~ふえ~~~ん!!!!!」
「よっぽどショックだったのかねぇ、今まで盗られてもこんなに泣くことは無かったのに。まぁアルベルトは特別だ・・・サニーちゃんにとっては大切なお父さんだもの」
泣きつかれて自分の胸で眠っているサニーにセルバンテスは溜め息を漏らす。目尻に残る流れた涙の跡が痛々しい。
「可哀想に、あんまり泣くと私みたいな顔になってしまうよ?しかし・・・アルベルトは明日の作戦のためアテネへ出立した後だしなぁ、頼んでもう一度というわけには・・・幽鬼?」
気づけば幽鬼の姿はすでに無かった。
一方、レッドは中庭の樫の大木の高い枝の上で寝転がっていたら突如落ちた。正確には枝が勝手に曲がり、受身を取らせる間を与えず鞭のように動き勢い良くレッドを叩き落したのだ。腰を強かに打ったレッドが身を起こそうとしたら、虫や植物を思いのままに使役できる男が腕を組んで仁王立ちになっていた。
「幽鬼!いきなり何を!」
「お嬢ちゃんから取り上げたクッキーを返せ」
彼にしては珍しい。非情を常とする十傑の中では最も温厚の部類に入る幽鬼だが、今は正反対の部類であるレッドに油汗を流させるほどのプレッシャーを発していた。
「ば、バカか!そんなモノもう食ったわっ返せるわけが無かろうっ」
「返せ」
幽鬼の響く声が重なると同時に、周囲の木々から嫌な軋み(きしみ)の音が。さらに呼応するかのように葉や枝がざわめきだし、空気が重くなる。中庭一帯は幽鬼のテリトリーと化した。
「クッキー一枚。くだらんことで本気になりおって・・・貴様、この私とやる気か!」
本来なら望むところだが・・・気のせいか今は勝てる気がしない。正直、他の者ならいざ知らず、こういう状態の幽鬼はレッド的に得意ではなかった。根本的に好戦的ではない男が牙を剥き出す凄みのためか幽鬼が一歩前に踏み出せば、レッドはうっかり一歩後ず去ってしまう。
「私が爺様に連れられてここに来た頃も、お前は私からしょっちゅう同じ事をしていたな?爺様からもらったおやつを・・・」
「古い話を蒸し返しおって。まだ根に持っているのか陰険な奴めっ・・・」
「そんなこと私は根には持ってはいない、爺様に聞けば忍びとして幼い時分から生きてきたお前もそう変わらん境遇の身。だからそんなことする気持ち、わからんでもなかった」
「カワラザキめ余計な事を・・・」
「しかし、いつになっても何が本当に欲しいのか、それすら認められぬお前はお嬢ちゃんのモノに手を出すな。この私が許さん」
「こ、この・・・」
湧き上がるのが怒りのはずなのに、レッドは立ち去る幽鬼に何もできなかった。
サニーはあの日以来おやつをもらっても喜びはするが、すぐに寂しそうな顔に戻ってしまう。おやつを与える十傑はそんなサニーを心配していたが・・・
「衝撃の」
「レッドか、私に何か用か」
半月ぶりに帰還したアルベルトを誰よりも待ち望んでいた男はいきなり彼の喉元にくないを突きつけた。避けようともせず胸元のシガーケースから手馴れたように葉巻を取り出すと、アルベルトは能力で先に火を点す。そして紫煙を胸に吸い込み、ゆっくりと吐いた。
「用が無いなら失せろ。貴様の戯れに付き合う気は無い」
「私の言うことに大人しく従え、さもなければ殺す」
「ほう。付き合う気は無いと言ったのが聞こえなかった・・・・かっっっ!!!」
不躾な忍者はアルベルトの身体全身から発せられた猛烈な衝撃波で吹っ飛び壁に叩きつけられた。放射状のヒビが壁にクモの巣を描くがレッドは再びアルベルトに食い下がる。
「ぐぅ!・・・話のわからぬ奴めっただ私の言うことを聞けば良いだけだ!」
「やかましいっっそれが人に物を頼む態度か!」
飛び来る無数のくないを衝撃の渦で全てなぎ払った。
「額を地にこすりつけ懇願して見せろ、話はそれからだ!!」
「わ、私を誰だと思っている、そんな見っとも無い事できるか!高慢貴族め・・・ええい面倒な、まずはそのそっ首落としてくれるわ!」
「貴様はいったい何がしたいのだ!」
本来、十傑同士の私闘はご法度なのだが・・・・
好戦的で温厚で無い部類に入る2人。
この大人げないやりとりで、本部の一角が大きく揺らいだ。
「サニー」
あのテラスで再び青い小鳥と戯れていたらまたあの声が。振り返れば父親があの時と同じように隙の無いスーツ姿で立っていた。ただ・・・違うのは少しだけ髪が乱れスーツに擦り切れの跡が目立ち、何かに思いっきりぶつかったような青いアザが左目に一箇所。
「ぱ!・・・パパ?どうしたの?だいじょうぶ??」
「気にするな、それより手を出せ」
父親の顔のアザに目をぱちくりさせながら小さな手を差し出した。手に乗せられたのはスーツの懐から取り出されたあの金色のパッケージ。
「すぐ食べろ、また泥棒に盗られたら知らんからな」
「あ・・・う、うん!」
晴れた顔に思わず目を細めたが直ぐに眉間に皺を寄せてアルベルトは踵を返す。テラスの影と一体化して様子を見ていた男に一瞥すると、「これで満足か」と娘に聞こえないよう小さく吐き捨て去っていった。
サニーはまだ温もりを感じる金色のパッケージを嬉しそうに眺めていたが、アルベルトの言葉を思い出し大急ぎで袋を破って中身を取り出した。中には食べられなかったチョコがちょっと溶けたクッキーが一枚。満面の笑みが自然と漏れる。
「・・・・・!」
その時ようやく視線に気づいた。影からこちらをおやつ泥棒が見ている。思わずクッキーを背中に回し隠し、身を小さくした。
「ふん・・・・何している。さっさと食えばよかろうが」
影から現れたレッドのスーツにもあちらこちらに擦り切れが、おまけに目元と頬に派手なアザ。そして何故か額が薄っすら汚れていた。その様子に驚きながらもサニーはゆっくりとクッキーを前にしてレッドに警戒しながら小さな手で半分に割った。しかし綺麗に半分にはならずチョコがたくさんついた随分大きなのと、一口にもならない小さなの、それはちぐはぐな2つの欠片になった。
「あ・・・・・えっと・・・・」
サニーは恐々レッドの鋭い目つきと手にある欠片の大きさを見比べて
「レッドさま、あ、あのね、はんぶんあげるからパパからもらったサニーのおやつ、ぜんぶとらないで、おねがい・・・」
左手にあるチョコがたっぷりついた大きな方をおずおずと差し出した。
自分が愚かだったと認めたくはない、だが
レッドは自分は本当は何が欲しかったのか、いい加減認めることにした。
「貴様など羨ましくも無いわ」
「レッドさま?」
「まぁいいだろう、半分で手をうってやる」
彼は素早くサニーの右手にある小さな方の欠片を盗った。
親の愛情たっぷりのクッキーをサニーが頬張る。
その顔を見て、ようやくレッドも笑えた。
END
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