あれは何時の頃からだろうか。
逞しい武人と、激しい眼をした女の子がこの山に出入りするようになったのは。
なんだか人目を避けているような、近寄り難い雰囲気を持っていた様に思う。
しかし、二人は怪我の治療を師匠に求めに、ちょくちょく訪れるようになったのだ。
そして、それは主に女の子の怪我治療を求めての事だった。
なぜ、このがこんな傷だらけになるのか。
治療の手伝いをする時心配で女の子に声を掛けたのが、最初の会話だった。
聞いて見ると女伊達らに、槍の稽古をしているという。
その会話を切っ掛けに、少しづつ二人は打ち解けるようになった。
何時しか、山小屋には、怪我の時だけでなく二人がおとずれるようになり。
女の子とは、幼馴染と言える間柄になっていった。
初めて会ってから、幾度の春を過ごしたのか。
「セイ!ヤッ!」
バルサは少しの暇を見つけると、槍の演舞をしているのが常だった。
まるで何かに追い詰められているように。
「そんなに根を詰めたら、体をいじめるだけだよ」
タンダが言うたび、バルサは眼を光らせるだけだった。
(なんだか、血を絞っているかのような・・・)
その様子は、まるで飢えた獣のようにも見えた。
その姿に胸を衝かれ、切ない気持ちで見守るようになったのは、何時の頃からだったろうか。
息切れを整えるために動きを止めるバルサに、
「ちょっと一息ついでに、一緒にお茶を飲もうよ」と声を掛けるのがならいとなった。
「なあ、バルサ。修行もいいかもしれないが、少しは身づくろいしなよ。」
「必要ない、私は強くなることしか、興味が無いからね。他に気を配る間に槍を振るう方を選ぶよ。」
上気した横顔で答えるバルサ、それをみてタンダは思う。
(・・・きれいだな・・・)野生動物の逞しい美しさが其処にはあった。
ふと足もとを見て、小さな赤い点が眼に留まった。
それを摘み取ってバルサの髪に挿す。
「吾亦紅だよ。小さい花だけれど、私も紅いんだよって言う意味さ。
お前は女を忘れて武術に打ち込んでるって言うけど、俺にはこの花のように紅く見えるよ。」
何気なく言った言葉に気が付いた。
(ああ、俺はこいつのことが好きになっていたんだ。)
バルサは顔を赤らめて言った。
「・・・お前、結構臭いセリフを平気で言う奴だね。」
「え?そうかな、思ったことを素直に言っただけなんだけど?」
「そうだよ、それに女に髪飾りを送るってどういう意味だか知ってるのかい?
結婚の申し込みの印だよ。」
確かに、簪を送るのは、そういう意味だった。
しかし、野の花を簪に例えるとは・・・バルサも俺のことを憎からず思っているのか?
そう気が付いた瞬間、たまらなく愛おしさがこみ上げてきた。
「俺が相手じゃ、いやか?」
ますます頬を染めるバルサ、返事を聞く前に自分でも驚くほどすばやく抱きしめて口付けをした。
本気で抵抗されれば、バルサには敵わないのはわかりきっていたが、
バルサはうろたえた様に身じろぎをしただけだった。
「・・・っぷ、はあ!」
口付けなんか、初めてだった。息を止めたままで付けていた、唇を離す。
「・・・っぷ、ははは、はぁ。お前、生意気だよ。年下の癖に・・・。」
「なんだよ、バルサだって息を止めてたんじゃないか。」
「これは、おかしくて笑っただけだよ。さあ、冗談はこれくらいにして・・・。」
冗談、という言葉を聴いた瞬間に、まだバルサを抱きしめていたままの腕に、力をこめた。
「冗談だと、思ってるのか?」
真っ直ぐにバルサの目を覗き込む。
と、けして揺らいだ事の無いバルサの目が揺らいだ。
こんな目を見たのは、初めてだ・・・。
「あんたの気持ちは嬉しいよ。でも・・・、知ってるだろう。私が何に追われてるか。
ここにちょくちょく来る事だって、本当は気が引けているんだ。それなのに、夫婦になんて・・・
あんたを面倒なことに巻き込みたくないんだよ・・・。」
「ばか!巻き込まれたなんて思うか!」
不意に腹が立った。すばやく左手でバルサの襟を割り、ふくらみを持ち始めた乳房、
その下に刻まれた、今年の冬に癒えたばかりの傷をまさぐった。
「俺だってまだ一人前とは言えないが、呪術師だ。この傷だって俺が縫ったんだ。
お前の事を、守れないわけじゃない。」
「あっ、こら、タンダ、やめっ・・・くすぐったい。」
「止めない。」
左手を傷から乳首に移し乳頭を弄びながら、右手で秘所をまさぐる。
「ああっ、何を・・・、そこはだ、だめだよ!あっ」
バルサがうろたえ、声をあげる間も空しく、腰紐は解かれ誰にも触れさせたことがない
茂みにタンダの手が延び、陰核を舐るように捏ねる。
とたんに、今まで感じた事のない快感が全身に走った。
先ほどまでの演舞で火照っていた体が、快感の火照りを簡単に受け入れてしまう。
タンダはバルサの耳元で囁いた。
「巻き込みたくないとか、そんな他人行儀な事は言わないでくれ・・・。好きなんだ、バルサ。」
最後のつぶやきを塗りこめるように、首筋に唇を這わせる。
「ああ・・・、タ、タンダ、お前、どこでこんな・・・。」
バルサはタンダから与えられる快感を必死で押しやろうとしながら、言った。
情に流されて、大事な者を無くしたく無いのに、抗いがたい。
「俺は医術も収めてるんだよ。人の神経の流れも知ってる、
・・・人の感じる部分も・・・。」
また首筋を舐り、舌を這わせながら胸に顔を近づける。
「んくっ、口付けはあ、下手だっ、った、くせ、んに」
「だって唇では触診しないからだよ。」
胸に到達し、乳頭を口に含む、硬く心地よい弾力を転がしつつ、女陰への攻めも忘れない。
大陰唇をまさぐり、強弱を持たせつつ陰核を刺激し、膣口の入り口を優しくなぞり、男を受け入れが
出来るかどうか、触診するように膣口に少しずつ指を抜き刺ししつつ、女を高めていく。
ちゃ、ちゃ、くちゅ、くちょ、くちゃっ。
蜜の立てる音が大きくなってくる。
「あっあぁ、だめだ、よ、汚い、よそこは・・・、あ、汗だってそんなに、掻いるのに。」
「汗の音じゃないよ、バルサ、知らないの?」
「し、知らないって、なに?」
意地悪をしたくなり、いっそう音を立てる。
ぐちゃ、くちょ、ねちょ、ぐちょ。
「女の人はね、男の人を受け入れる時に、ココから蜜を出すんだよ」
「そ、ん、あ、タンダ、もう、だめやめ・・・。あああ!?」
陰唇に男の唇があった。
べちゃ、ぺちょべちゃ。
先ほどまでの触診でつかんだ、女の快感の場所を拙いながらも的確に舌と唇で捕らえて愛撫する。
バルサにはもう抵抗する事は出来なかった、それどころか火の付いた体をもてあまし、新しいこの感覚に翻弄されていた。
体が大きくうねり、男を受け入れるため、体の命じるまま脚を開いて行く。
この疼きをなんとかして欲しかった。
「バルサ、いくよ」
陰唇から唇を離したタンダが告げる言葉を聞くと、我慢できずに自分からしがみ付いた。
女陰に激痛と、疼きをつきぬけた快感が走る。 破瓜だった。
「バ、バルサ。」
「もう、だめ、我慢、できない。あっあっ!い、いたい、けど、きもちいい。」
いつの間にかタンダを押し倒して上になり、男をむさぼるバルサ。
引き締まった、鍛え抜かれた体のうねり、タンダは圧倒された。
「ばか、私のこと、こんなにさせて、タンダのばか。あっあっあ~~~~~。」
「バルサ、あう、いく、あう!あああ!!」
二人は果てた。
「タンダ、やっぱり、まだあんたと夫婦になることは出来ないよ。
先行きが見えない私には、まだ普通の暮らしの未来が思い描けない。」
「いつか、私のことでの決着が付いて、あんたの気が変わってなかったら、その時には・・・。」
先ほどの激しい情事の後とは思えないほど、静かな目をしてバルサは言った。
むしろ、それまでの思いつめた激しさが、情事で昇華されたかのような穏やかな目だった。
「俺は、待っているよ。お前は渡り鳥みたいだからな。俺はお前の帰る木になる。待っているよ。」
あの時の約束は、まだ果たされていない。
しかし、もうあの時のように、あせっては居ない。
チャグムを伴い、今かたらわらにバルサが居る。
守りたいと思った、あのときの思いは、夫婦などという形が無くても果たせると知ったから。
逞しい武人と、激しい眼をした女の子がこの山に出入りするようになったのは。
なんだか人目を避けているような、近寄り難い雰囲気を持っていた様に思う。
しかし、二人は怪我の治療を師匠に求めに、ちょくちょく訪れるようになったのだ。
そして、それは主に女の子の怪我治療を求めての事だった。
なぜ、このがこんな傷だらけになるのか。
治療の手伝いをする時心配で女の子に声を掛けたのが、最初の会話だった。
聞いて見ると女伊達らに、槍の稽古をしているという。
その会話を切っ掛けに、少しづつ二人は打ち解けるようになった。
何時しか、山小屋には、怪我の時だけでなく二人がおとずれるようになり。
女の子とは、幼馴染と言える間柄になっていった。
初めて会ってから、幾度の春を過ごしたのか。
「セイ!ヤッ!」
バルサは少しの暇を見つけると、槍の演舞をしているのが常だった。
まるで何かに追い詰められているように。
「そんなに根を詰めたら、体をいじめるだけだよ」
タンダが言うたび、バルサは眼を光らせるだけだった。
(なんだか、血を絞っているかのような・・・)
その様子は、まるで飢えた獣のようにも見えた。
その姿に胸を衝かれ、切ない気持ちで見守るようになったのは、何時の頃からだったろうか。
息切れを整えるために動きを止めるバルサに、
「ちょっと一息ついでに、一緒にお茶を飲もうよ」と声を掛けるのがならいとなった。
「なあ、バルサ。修行もいいかもしれないが、少しは身づくろいしなよ。」
「必要ない、私は強くなることしか、興味が無いからね。他に気を配る間に槍を振るう方を選ぶよ。」
上気した横顔で答えるバルサ、それをみてタンダは思う。
(・・・きれいだな・・・)野生動物の逞しい美しさが其処にはあった。
ふと足もとを見て、小さな赤い点が眼に留まった。
それを摘み取ってバルサの髪に挿す。
「吾亦紅だよ。小さい花だけれど、私も紅いんだよって言う意味さ。
お前は女を忘れて武術に打ち込んでるって言うけど、俺にはこの花のように紅く見えるよ。」
何気なく言った言葉に気が付いた。
(ああ、俺はこいつのことが好きになっていたんだ。)
バルサは顔を赤らめて言った。
「・・・お前、結構臭いセリフを平気で言う奴だね。」
「え?そうかな、思ったことを素直に言っただけなんだけど?」
「そうだよ、それに女に髪飾りを送るってどういう意味だか知ってるのかい?
結婚の申し込みの印だよ。」
確かに、簪を送るのは、そういう意味だった。
しかし、野の花を簪に例えるとは・・・バルサも俺のことを憎からず思っているのか?
そう気が付いた瞬間、たまらなく愛おしさがこみ上げてきた。
「俺が相手じゃ、いやか?」
ますます頬を染めるバルサ、返事を聞く前に自分でも驚くほどすばやく抱きしめて口付けをした。
本気で抵抗されれば、バルサには敵わないのはわかりきっていたが、
バルサはうろたえた様に身じろぎをしただけだった。
「・・・っぷ、はあ!」
口付けなんか、初めてだった。息を止めたままで付けていた、唇を離す。
「・・・っぷ、ははは、はぁ。お前、生意気だよ。年下の癖に・・・。」
「なんだよ、バルサだって息を止めてたんじゃないか。」
「これは、おかしくて笑っただけだよ。さあ、冗談はこれくらいにして・・・。」
冗談、という言葉を聴いた瞬間に、まだバルサを抱きしめていたままの腕に、力をこめた。
「冗談だと、思ってるのか?」
真っ直ぐにバルサの目を覗き込む。
と、けして揺らいだ事の無いバルサの目が揺らいだ。
こんな目を見たのは、初めてだ・・・。
「あんたの気持ちは嬉しいよ。でも・・・、知ってるだろう。私が何に追われてるか。
ここにちょくちょく来る事だって、本当は気が引けているんだ。それなのに、夫婦になんて・・・
あんたを面倒なことに巻き込みたくないんだよ・・・。」
「ばか!巻き込まれたなんて思うか!」
不意に腹が立った。すばやく左手でバルサの襟を割り、ふくらみを持ち始めた乳房、
その下に刻まれた、今年の冬に癒えたばかりの傷をまさぐった。
「俺だってまだ一人前とは言えないが、呪術師だ。この傷だって俺が縫ったんだ。
お前の事を、守れないわけじゃない。」
「あっ、こら、タンダ、やめっ・・・くすぐったい。」
「止めない。」
左手を傷から乳首に移し乳頭を弄びながら、右手で秘所をまさぐる。
「ああっ、何を・・・、そこはだ、だめだよ!あっ」
バルサがうろたえ、声をあげる間も空しく、腰紐は解かれ誰にも触れさせたことがない
茂みにタンダの手が延び、陰核を舐るように捏ねる。
とたんに、今まで感じた事のない快感が全身に走った。
先ほどまでの演舞で火照っていた体が、快感の火照りを簡単に受け入れてしまう。
タンダはバルサの耳元で囁いた。
「巻き込みたくないとか、そんな他人行儀な事は言わないでくれ・・・。好きなんだ、バルサ。」
最後のつぶやきを塗りこめるように、首筋に唇を這わせる。
「ああ・・・、タ、タンダ、お前、どこでこんな・・・。」
バルサはタンダから与えられる快感を必死で押しやろうとしながら、言った。
情に流されて、大事な者を無くしたく無いのに、抗いがたい。
「俺は医術も収めてるんだよ。人の神経の流れも知ってる、
・・・人の感じる部分も・・・。」
また首筋を舐り、舌を這わせながら胸に顔を近づける。
「んくっ、口付けはあ、下手だっ、った、くせ、んに」
「だって唇では触診しないからだよ。」
胸に到達し、乳頭を口に含む、硬く心地よい弾力を転がしつつ、女陰への攻めも忘れない。
大陰唇をまさぐり、強弱を持たせつつ陰核を刺激し、膣口の入り口を優しくなぞり、男を受け入れが
出来るかどうか、触診するように膣口に少しずつ指を抜き刺ししつつ、女を高めていく。
ちゃ、ちゃ、くちゅ、くちょ、くちゃっ。
蜜の立てる音が大きくなってくる。
「あっあぁ、だめだ、よ、汚い、よそこは・・・、あ、汗だってそんなに、掻いるのに。」
「汗の音じゃないよ、バルサ、知らないの?」
「し、知らないって、なに?」
意地悪をしたくなり、いっそう音を立てる。
ぐちゃ、くちょ、ねちょ、ぐちょ。
「女の人はね、男の人を受け入れる時に、ココから蜜を出すんだよ」
「そ、ん、あ、タンダ、もう、だめやめ・・・。あああ!?」
陰唇に男の唇があった。
べちゃ、ぺちょべちゃ。
先ほどまでの触診でつかんだ、女の快感の場所を拙いながらも的確に舌と唇で捕らえて愛撫する。
バルサにはもう抵抗する事は出来なかった、それどころか火の付いた体をもてあまし、新しいこの感覚に翻弄されていた。
体が大きくうねり、男を受け入れるため、体の命じるまま脚を開いて行く。
この疼きをなんとかして欲しかった。
「バルサ、いくよ」
陰唇から唇を離したタンダが告げる言葉を聞くと、我慢できずに自分からしがみ付いた。
女陰に激痛と、疼きをつきぬけた快感が走る。 破瓜だった。
「バ、バルサ。」
「もう、だめ、我慢、できない。あっあっ!い、いたい、けど、きもちいい。」
いつの間にかタンダを押し倒して上になり、男をむさぼるバルサ。
引き締まった、鍛え抜かれた体のうねり、タンダは圧倒された。
「ばか、私のこと、こんなにさせて、タンダのばか。あっあっあ~~~~~。」
「バルサ、あう、いく、あう!あああ!!」
二人は果てた。
「タンダ、やっぱり、まだあんたと夫婦になることは出来ないよ。
先行きが見えない私には、まだ普通の暮らしの未来が思い描けない。」
「いつか、私のことでの決着が付いて、あんたの気が変わってなかったら、その時には・・・。」
先ほどの激しい情事の後とは思えないほど、静かな目をしてバルサは言った。
むしろ、それまでの思いつめた激しさが、情事で昇華されたかのような穏やかな目だった。
「俺は、待っているよ。お前は渡り鳥みたいだからな。俺はお前の帰る木になる。待っているよ。」
あの時の約束は、まだ果たされていない。
しかし、もうあの時のように、あせっては居ない。
チャグムを伴い、今かたらわらにバルサが居る。
守りたいと思った、あのときの思いは、夫婦などという形が無くても果たせると知ったから。
PR
6話後あたりのお頭×粋な女 精神的にはお頭×バルサみたいな感じで。
ss初のうえ、原作未読なんでいろいろおかしいですが許してつかあさい。
夜の街の喧騒とヨゴ特有の冷たい湿り気を帯びた夜の匂いがあたりに染み渡る。
街の一角にあるとある色店の奥で、任を解かれた武人が女と睦みおうていた。
男は二つの頂を両の手で弄びながら
仰向けに横たわるその女のうなじを、喉笛を、滑らかな谷間を、腹を、
なだらかに続く腰のその下の柔らかい窪みを、茂みの奥を、
飢えた獣が獲物のはらわたに喰らいつくように噛み付き舐った。
解っている。
あの女の体はきっとこんなに柔らかく指に食いつきはしまい。
肌はこれほど白く滑らかではないはずだ。
あの時、皇子を追ってかの女と対峙したあのふたつ月の夜。
最後に刀を交えたとき、確かに己のヨゴ刀の枝刃が女の脇腹に食い込んだ手ごたえを感じた。
女はしかし、その一撃に怯むことなくすかさず渾身の反撃を返したのだ。
きっとあのような瀕死の傷を今まで何度も受けてきたに違いない。
男はぼんやりと目の前の白い肌に重ねてかの女の傷だらけの肌を思い浮かべてみた。
引き攣れた刀傷を。そして与えたその傷跡に口づける己自身を。
「無粋だね、アンタ」
「…何?」
男が眉を顰めて女を見やる。
「そりゃあアタシは商売柄、『想いの叶わぬ誰か』の代わりに抱かれるのなんて慣れてるサ。
別にそれはいい。でもアンタはまるで、その女を殺したがっているみたい」
「女は既に死んだ」
「!?今なんて…」
「もう我にできることは何もないのだ」
「…!?は…ううンッ」
言うが早いが、男は女の柔らかい窪みの奥に分け入った。
はじめは緩やかに、そして次第に急く様に深い抽送を繰り返す。
「んっ、はっ、はあ、あっ、あっ、はあっ」
あの女は、このような時でも、あの真っ直ぐな強い眼差しで前を見るだろうか。
声をあげるだろうか。挑発的な眼差しのまま。
叶うなら、もう一度お主と刀を交えたかった。短槍使いのバルサよ。
「あっ、あっ、あっ、はああんっ…!」
抱きあう部分に熱がこもり、女の中が大きくうねった。
大きな波に飲まれるようにして、男は己を女の中に吐き出した。
武人として、一人の男として、失った者の大きさを嘆きながら。
おわり
ss初のうえ、原作未読なんでいろいろおかしいですが許してつかあさい。
夜の街の喧騒とヨゴ特有の冷たい湿り気を帯びた夜の匂いがあたりに染み渡る。
街の一角にあるとある色店の奥で、任を解かれた武人が女と睦みおうていた。
男は二つの頂を両の手で弄びながら
仰向けに横たわるその女のうなじを、喉笛を、滑らかな谷間を、腹を、
なだらかに続く腰のその下の柔らかい窪みを、茂みの奥を、
飢えた獣が獲物のはらわたに喰らいつくように噛み付き舐った。
解っている。
あの女の体はきっとこんなに柔らかく指に食いつきはしまい。
肌はこれほど白く滑らかではないはずだ。
あの時、皇子を追ってかの女と対峙したあのふたつ月の夜。
最後に刀を交えたとき、確かに己のヨゴ刀の枝刃が女の脇腹に食い込んだ手ごたえを感じた。
女はしかし、その一撃に怯むことなくすかさず渾身の反撃を返したのだ。
きっとあのような瀕死の傷を今まで何度も受けてきたに違いない。
男はぼんやりと目の前の白い肌に重ねてかの女の傷だらけの肌を思い浮かべてみた。
引き攣れた刀傷を。そして与えたその傷跡に口づける己自身を。
「無粋だね、アンタ」
「…何?」
男が眉を顰めて女を見やる。
「そりゃあアタシは商売柄、『想いの叶わぬ誰か』の代わりに抱かれるのなんて慣れてるサ。
別にそれはいい。でもアンタはまるで、その女を殺したがっているみたい」
「女は既に死んだ」
「!?今なんて…」
「もう我にできることは何もないのだ」
「…!?は…ううンッ」
言うが早いが、男は女の柔らかい窪みの奥に分け入った。
はじめは緩やかに、そして次第に急く様に深い抽送を繰り返す。
「んっ、はっ、はあ、あっ、あっ、はあっ」
あの女は、このような時でも、あの真っ直ぐな強い眼差しで前を見るだろうか。
声をあげるだろうか。挑発的な眼差しのまま。
叶うなら、もう一度お主と刀を交えたかった。短槍使いのバルサよ。
「あっ、あっ、あっ、はああんっ…!」
抱きあう部分に熱がこもり、女の中が大きくうねった。
大きな波に飲まれるようにして、男は己を女の中に吐き出した。
武人として、一人の男として、失った者の大きさを嘆きながら。
おわり
青い手とバルサです。
作品の中ではバルサって処女だと思うんですが…5話見たらこんな
妄想が。
集落から離れた場所に崩れかけた小屋が建っていた。その人々から見捨て
られたような小屋の外に馬が二頭繋がれている。小屋の中には蠢く影。偶に
差し込む月光でそれが男と女だと分かる。
聞こえてくるのは苦しげな息遣い。だが時折聞く者が羞恥を覚えるような
甘い声も上がった。
「も…いいかげんにし…」
「これくらいで音を上げるなんて、おまえらしくもない」
組み敷いていた女の身体を抱きかかえるようにしたまま上体を反転させ、
男は女に自分の身体を跨がせた。
「ちょっと」
瞬間たじろぐ女をよそに、その細い腰を掴んで下から突き上げた。
「ああっ」
しなやかな背が反り返る。豊かな乳房が前へと突き出され、ひどく淫猥な
光景だった。
誘われるように両胸に手を伸ばし、突き上げる腰はそのままに、思うさま
揉みしだく。張りのある肉が手の平でたわむ感触を男は楽しんだ。
「いいのか?」
「う、るさ」
「俺の腹が水浸しだ」
男の言葉どおり、その腹は女がこぼした蜜で濡れていた。恥ずかしさから
か女が身を捩る。仕置きのように乳首を摘まみ上げると、接合した部分から
さらに蜜が溢れ出した。
「素直になったらどうだ、バルサ」
腰を小刻みに揺らす。男の陰毛が女の固くなった陰核を擦りあげ、思わぬ
快感を呼び起こす。女はその感覚を追って自ら無意識に腰を揺らしたことに
気づいていなかった。その様子に男が哂った。
「もっと乱れてみろ」
夜闇に浮かび上がる女の白い身体が快楽に溺れるさま見てみたかった。
男が激しく腰を突き上げ始めた。女の腰を掴み奥へ奥へと侵入する。時に
円を描くようにすると、思わぬ場所を抉られた女が堪え切れずに声を上げた。
「ああっ…んっ、んっ」
甘く高い女の声が、切羽詰ったようなものに変わる。男は心得たように腰
を打ち付ける。肉のぶつかる音と、淫靡な水音と、男と女の熱い息遣いが響
き渡る。
「んっ、んっ、あっ、ああっ…!」
ひと際高く女が声を上げた。その背が反り、長い髪が男の脚に触れた。
びくびくと締め付ける女の内側の感触を楽しみながら、男は女の反った背
を支えたまま再度床に組み敷いた。
「!!やめ、あっ、ああっ」
達したばかりの身体を正面から貫かれ、途切れない快感から逃げようと女
が男の胸を叩く。
「こんなんじゃ全然足りない」
「ああんっ、あっ…ああんっ」
男は女の両膝の裏を両肩に付くくらいに押さえつけた。女の性器が濡れて
光っている。そこに男の赤黒い性器が出入りを繰り返す。その都度女のそこ
は蜜を吐き出した。
――― このままよがり殺してしまいたい。
淫猥な光景を目にしながら男はそう思った。何度も極みに導いて、自分の
与える快楽のうちに命を奪ってしまいたい。
男が内臓まで抉ろうとするかの勢いで女を突き上げる。女の唇から喘ぎ声
が止まらなくなった。うねるような襞の動きで、女の絶頂が近いことが分か
った。
最奥まで貫いた。
「あぁっ…!!」
女が啼いた。男の肉を強く締め付け、びくびくと内部が痙攣する。
官能に耐える顔をする女が愛しく、男は吸い寄せられるように唇を重ねて
いた。それは身体の繋がりを幾度か持った男と女の初めての口付けだった。
女の目が見開かれる。男は内部に放ちたい気持ちを抑え、女の腹に放った。
「いい女だ」
「冗談はよしとくれよ」
荒かった息が整った女は、床から身を起こし支度を始めた。無駄のない身
体にはたくさんの傷痕があり、女の生き方を物語っていた。
「こんなに逞しくて淫蕩で…あの男は知ってるのか?」
男の一言に女ははっと顔を上げる。小さいときから自分を見守り続けてく
れている大切な男の顔が思い浮かぶ。
その好意を知っていながら自分はこの男とこうして身体を結んでいる。
「おまえは何を恐れているんだ、短槍使いのバルサよ。その心のまま、あ
の男の腕に抱かれればよいものを」
「よけいな…ことだよ」
服を着終えた女は、最後に長い髪を後ろでひと括りに結わいた。
「よけいなこと、ね」
男が女の身体を引き寄せる。
「痕を残さないように気を使っているというのに、つれないことだ。何な
らこの首筋に髪を下ろさねばならぬ痕でも残してやろうか」
「やめっ!」
男の唇がうなじを這う感触に女が身を翻した。首筋に手をあて息を乱す女
を男が笑う。
「心と身体が矛盾してこそ人間だ。今日のところは許してやろう」
男も身支度を始めるのを見て女がほっと息をつく。
まだ夜明けまでは遠い時間帯、男と女はそれぞれの馬の手綱を握っていた。
「今日のことは先日の馬の借りだ」
「おまえは律儀で可哀想な女だな、バルサ」
男は鐙に足をかけ馬に跨った。
「身体が乾いたらいつでも呼ぶことだ。貸し借りなく応じてやるぞ」
「…何のことだ」
「俺の前では普通の女で構わんということだ。淫らなおまえも知っている」
女は口を引き結び何も言わなかった。
口元で笑った男も何も言わず、馬を走らせてその場を去った。
「…普通の女、か」
熱の引いた身体を自分の腕で抱きしめる。ふと、唇に男のそれの感触を思
い出す。これまで一度もなかった行為。
女は指先で唇を辿った。しかし、何かを吹っ切るように右手の甲でそれを
拭った。
――― そんなもの、今更なれやしないよ。
自嘲気味に哂った女は馬に乗り、日の出の遠い夜の闇に消えていった。
〈終〉
作品の中ではバルサって処女だと思うんですが…5話見たらこんな
妄想が。
集落から離れた場所に崩れかけた小屋が建っていた。その人々から見捨て
られたような小屋の外に馬が二頭繋がれている。小屋の中には蠢く影。偶に
差し込む月光でそれが男と女だと分かる。
聞こえてくるのは苦しげな息遣い。だが時折聞く者が羞恥を覚えるような
甘い声も上がった。
「も…いいかげんにし…」
「これくらいで音を上げるなんて、おまえらしくもない」
組み敷いていた女の身体を抱きかかえるようにしたまま上体を反転させ、
男は女に自分の身体を跨がせた。
「ちょっと」
瞬間たじろぐ女をよそに、その細い腰を掴んで下から突き上げた。
「ああっ」
しなやかな背が反り返る。豊かな乳房が前へと突き出され、ひどく淫猥な
光景だった。
誘われるように両胸に手を伸ばし、突き上げる腰はそのままに、思うさま
揉みしだく。張りのある肉が手の平でたわむ感触を男は楽しんだ。
「いいのか?」
「う、るさ」
「俺の腹が水浸しだ」
男の言葉どおり、その腹は女がこぼした蜜で濡れていた。恥ずかしさから
か女が身を捩る。仕置きのように乳首を摘まみ上げると、接合した部分から
さらに蜜が溢れ出した。
「素直になったらどうだ、バルサ」
腰を小刻みに揺らす。男の陰毛が女の固くなった陰核を擦りあげ、思わぬ
快感を呼び起こす。女はその感覚を追って自ら無意識に腰を揺らしたことに
気づいていなかった。その様子に男が哂った。
「もっと乱れてみろ」
夜闇に浮かび上がる女の白い身体が快楽に溺れるさま見てみたかった。
男が激しく腰を突き上げ始めた。女の腰を掴み奥へ奥へと侵入する。時に
円を描くようにすると、思わぬ場所を抉られた女が堪え切れずに声を上げた。
「ああっ…んっ、んっ」
甘く高い女の声が、切羽詰ったようなものに変わる。男は心得たように腰
を打ち付ける。肉のぶつかる音と、淫靡な水音と、男と女の熱い息遣いが響
き渡る。
「んっ、んっ、あっ、ああっ…!」
ひと際高く女が声を上げた。その背が反り、長い髪が男の脚に触れた。
びくびくと締め付ける女の内側の感触を楽しみながら、男は女の反った背
を支えたまま再度床に組み敷いた。
「!!やめ、あっ、ああっ」
達したばかりの身体を正面から貫かれ、途切れない快感から逃げようと女
が男の胸を叩く。
「こんなんじゃ全然足りない」
「ああんっ、あっ…ああんっ」
男は女の両膝の裏を両肩に付くくらいに押さえつけた。女の性器が濡れて
光っている。そこに男の赤黒い性器が出入りを繰り返す。その都度女のそこ
は蜜を吐き出した。
――― このままよがり殺してしまいたい。
淫猥な光景を目にしながら男はそう思った。何度も極みに導いて、自分の
与える快楽のうちに命を奪ってしまいたい。
男が内臓まで抉ろうとするかの勢いで女を突き上げる。女の唇から喘ぎ声
が止まらなくなった。うねるような襞の動きで、女の絶頂が近いことが分か
った。
最奥まで貫いた。
「あぁっ…!!」
女が啼いた。男の肉を強く締め付け、びくびくと内部が痙攣する。
官能に耐える顔をする女が愛しく、男は吸い寄せられるように唇を重ねて
いた。それは身体の繋がりを幾度か持った男と女の初めての口付けだった。
女の目が見開かれる。男は内部に放ちたい気持ちを抑え、女の腹に放った。
「いい女だ」
「冗談はよしとくれよ」
荒かった息が整った女は、床から身を起こし支度を始めた。無駄のない身
体にはたくさんの傷痕があり、女の生き方を物語っていた。
「こんなに逞しくて淫蕩で…あの男は知ってるのか?」
男の一言に女ははっと顔を上げる。小さいときから自分を見守り続けてく
れている大切な男の顔が思い浮かぶ。
その好意を知っていながら自分はこの男とこうして身体を結んでいる。
「おまえは何を恐れているんだ、短槍使いのバルサよ。その心のまま、あ
の男の腕に抱かれればよいものを」
「よけいな…ことだよ」
服を着終えた女は、最後に長い髪を後ろでひと括りに結わいた。
「よけいなこと、ね」
男が女の身体を引き寄せる。
「痕を残さないように気を使っているというのに、つれないことだ。何な
らこの首筋に髪を下ろさねばならぬ痕でも残してやろうか」
「やめっ!」
男の唇がうなじを這う感触に女が身を翻した。首筋に手をあて息を乱す女
を男が笑う。
「心と身体が矛盾してこそ人間だ。今日のところは許してやろう」
男も身支度を始めるのを見て女がほっと息をつく。
まだ夜明けまでは遠い時間帯、男と女はそれぞれの馬の手綱を握っていた。
「今日のことは先日の馬の借りだ」
「おまえは律儀で可哀想な女だな、バルサ」
男は鐙に足をかけ馬に跨った。
「身体が乾いたらいつでも呼ぶことだ。貸し借りなく応じてやるぞ」
「…何のことだ」
「俺の前では普通の女で構わんということだ。淫らなおまえも知っている」
女は口を引き結び何も言わなかった。
口元で笑った男も何も言わず、馬を走らせてその場を去った。
「…普通の女、か」
熱の引いた身体を自分の腕で抱きしめる。ふと、唇に男のそれの感触を思
い出す。これまで一度もなかった行為。
女は指先で唇を辿った。しかし、何かを吹っ切るように右手の甲でそれを
拭った。
――― そんなもの、今更なれやしないよ。
自嘲気味に哂った女は馬に乗り、日の出の遠い夜の闇に消えていった。
〈終〉
「ただいまー!!!」
元気な声が玄関から景気良く響き渡る。分厚く皮をむいて小さくなったジャガイモをそのままに、この家の「主夫」はピンク色のエプロンで手を拭いた。コンロの火を止めて出迎えるべく足を向ける。
「おかえり、サニー。河川敷の散歩はどうだった?」
「楽しかったよねぇサニーちゃん、ほらアレを見せてあげようか」
サニーの散歩に付き添っていたセルバンテスにうながされ、サニーは小さな小さな手に持っていたモノを腕を伸ばして主夫・樊瑞に見せ付けた。
「おお、タンポポか!」
「うん!」
「河川敷はそれはもうこの色に染まりきってるよ、もう少しすれば盛大な綿毛ショーとなるだろうね。その頃にもう一度『ばんてすパパ』と河川敷へ散歩に行こうか」
「いいや、次は『はんずいパパ』と行こうなサニー」
目じりを下げてサニーのふわふわの髪を撫でてやる。しかし、あっさりとサニーはセルバンテスに抱きかかえ上げられ没収。
「ちょっと待ちたまえ、先に約束したのはこの私だ。ねぇ~サニーちゃん」
「お主は・・・たまには家で飯を作れ!毎日毎日献立を考える苦行を味わえ!」
「いっそ『はんずいママ』になればいいじゃないか」
恒例の2人のいがみあいは不思議とサニーに悪影響を与えず、むしろ楽しそうに様子を眺めてニコニコ笑っている始末。この家はデコボコしつつも、こうしてまぁるくまとまっていて、その中心にサニーはいた。
そのまま3人は台所へと移動すれば
「あ、かれーのにおいする!はんずいパパきょうはかれーらいす?」
カレー粉の香りにサニーは目を輝かせた・・・が
「また・・・にんじんもはいってるの?」
「ん?んーと・・・そうだな入ってはいるが今日はちょっと違うぞ?ホラ見ろハートのにんじんさんだ~すっごく美味しいぞ~~」
まな板の上に転がるジャガイモのとなりには、その型で抜き取られたハートの形をしたにんじん。イワンから貰った銀色の「ハートの型」、サニーのにんじん嫌いを直そうとアイディアを貰ったのだ。単純に見た目で誤魔化す手法だが・・・根本的な解決にはならなかったと、この後の夕食、サニーが一口齧って食べ残したハートのにんじんの残骸を見て樊瑞は痛感することとなる。
「にんじん食べれなくったって問題無いんじゃないのかねぇ」
敗北し、うな垂れる樊瑞とは対照的にセルバンテスは楽観的だ。
「いいや、食べられる物が一つでも多い方が幸せが増える。サニーのためにもにんじん嫌いを必ずや克服させるぞ・・・」
「主夫」としての課題を多く残した晩御飯が終わり食後の団欒。サニーは食後のデザートの練乳掛けのいちごを頬張りながら、台所のテーブルの上に転がる一輪のタンポポを眺めていた。
「パパ・・・きょうはいつかえってくるのかな・・・」
『○○パパ』でないパパはこの世でただ一人。サニーの本当の父親、アルベルト。しかしここ一週間は顔を合わせていない。朝早く、そして夜遅い。出張も重なれば二週間近く顔を見ないこともざらで、第一線で活躍する企業戦士を父に持つ娘は悲しい顔をし、指先でタンポポを突付いてみた。
その様子を見て缶ビールをテーブルに置いた2人は顔を見合わせる。常々より実の父親と娘の「距離」を問題に感じているのはお互いに同じ。
「サニー、ぱぱに「おかえりなさい」ってぜんぜんいってない・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトが小さな娘が起きている時間に帰ってくることなど稀、朝も食卓を4人で囲むことも稀でほとんど外食で済ませてしまう。「そんな生活、どこが楽しいのかね?」とセルバンテスは溜め息混じりで友人に苦言を吐くが・・・妻を亡くして以来、仕事中心の生活に拍車が掛かってしまったようだった。
「サニーちゃん、きっとパパも「ただいまー」って言いたいんだと思うよ?」
「ほんと?」
「うむ、サニーが帰りを待っているのをちゃーんと知っているからな、安心しろ」
「・・・・うん・・・・」
黄色いタンポポもサニーに笑顔を向けていた。
寝る前、サニーは「らくがきうちょう」取り出して12色クレヨンから一番ちびた桃色を手にした。頭に「?」が浮かぶ2人の目の前で何やら描いているようだが・・・
「ミミズ?・・・いや、何だろうね・・・??」
「どうしたサニー、今日はもう遅い。お絵かきは明日にするぞ?」
『描いて』いるのでは無く『書いて』いると気づくのに、2人は少々時間が掛かった。
午前様は疲れをたっぷり背中に背負って、寝静まって静かな我が家にようやく帰宅した。ネクタイをまず緩め、スーツの上着を無造作に台所の椅子に投げかける。そのまま風呂場に直行し疲れを洗い流した。
濡れた髪を拭きながら台所へ、そこでようやくカレーの香りに気づいた。鍋の中身を確認し炊飯器も覗けば軽く一杯分、おそらく樊瑞が気を利かせて残してくれたのだろうか。軽く食べた程度だったので迷わずコンロのスイッチを回した。
黙々と一人、カレーを口にする。味は・・・物足りないくらいに甘口なのはサニーに合わせてなのだろう。この生活を始めて最初に樊瑞が作ったカレーは食べられたものではなかったが、今では「もっとも無難に作れる」レシピの一つ。しかし・・・スプーンですくったにんじんが妙な形をしていることに気づき、彼は眉をひそめた。しばらくハート型のにんじんと睨みあっていたが口に入れてしまい、全て平らげた。
空になった皿を流しに置いて冷蔵庫を開ける、ビールが側面にびっしり並んでいるが下に追いやられている愛用のミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると自分の寝床に向かった。途中セルバンテスの部屋の前に通常のスリッパに並んで小さなスリッパが目に入る。今日は「こっち」で娘は寝ているらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
娘の寝顔を見ることもできないままその前を通り過ぎ、自室のドアを静かに閉めた。
ベッドのサイドポーチを点け、寝る前の一服のためクリスタル製の灰皿を手にしようとした。亡き妻から貰った愛用の灰皿だが・・・その中にあるそれに彼は目を見開く。
一輪の黄色いタンポポがまるで待ち疲れていたかのように
頭をくったりと灰皿の淵に乗せていた。
さらに灰皿の下にある紙切れに目が行く。何だ?と思いながら手に取り見るが、紙に描かれたそれは桃色のミミズがのたくったようにしか見えない。灯りに近づけ、斜めにしたり横にしたり、いったい何が描かれているのか必死に理解しようとしたが逆さまにしたところでようやく、そしてかろうじて「書かれて」いることに気づく。
『ぱぱおかえりなさい』
しばらく眺め、そのままくったりとしたタンポポに目をやる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミネラルウォーターを開けるとそっと灰皿に冷えた水を流し込んでやった。結局タバコを吸うことも無く、そのまま一口だけ水を飲むと彼はすぐにベッドに横になり灯りを消し
「ただいま」
我が家に帰宅しての第一声。彼、父アルベルトは目を閉じた。
明日も早い。
娘の顔を見ることは出来ない。
しかし娘の笑顔によく似た花が、元気な姿で自分を見送ってくれると確信できればいつもより朝が待ち遠しく感じた。
END
元気な声が玄関から景気良く響き渡る。分厚く皮をむいて小さくなったジャガイモをそのままに、この家の「主夫」はピンク色のエプロンで手を拭いた。コンロの火を止めて出迎えるべく足を向ける。
「おかえり、サニー。河川敷の散歩はどうだった?」
「楽しかったよねぇサニーちゃん、ほらアレを見せてあげようか」
サニーの散歩に付き添っていたセルバンテスにうながされ、サニーは小さな小さな手に持っていたモノを腕を伸ばして主夫・樊瑞に見せ付けた。
「おお、タンポポか!」
「うん!」
「河川敷はそれはもうこの色に染まりきってるよ、もう少しすれば盛大な綿毛ショーとなるだろうね。その頃にもう一度『ばんてすパパ』と河川敷へ散歩に行こうか」
「いいや、次は『はんずいパパ』と行こうなサニー」
目じりを下げてサニーのふわふわの髪を撫でてやる。しかし、あっさりとサニーはセルバンテスに抱きかかえ上げられ没収。
「ちょっと待ちたまえ、先に約束したのはこの私だ。ねぇ~サニーちゃん」
「お主は・・・たまには家で飯を作れ!毎日毎日献立を考える苦行を味わえ!」
「いっそ『はんずいママ』になればいいじゃないか」
恒例の2人のいがみあいは不思議とサニーに悪影響を与えず、むしろ楽しそうに様子を眺めてニコニコ笑っている始末。この家はデコボコしつつも、こうしてまぁるくまとまっていて、その中心にサニーはいた。
そのまま3人は台所へと移動すれば
「あ、かれーのにおいする!はんずいパパきょうはかれーらいす?」
カレー粉の香りにサニーは目を輝かせた・・・が
「また・・・にんじんもはいってるの?」
「ん?んーと・・・そうだな入ってはいるが今日はちょっと違うぞ?ホラ見ろハートのにんじんさんだ~すっごく美味しいぞ~~」
まな板の上に転がるジャガイモのとなりには、その型で抜き取られたハートの形をしたにんじん。イワンから貰った銀色の「ハートの型」、サニーのにんじん嫌いを直そうとアイディアを貰ったのだ。単純に見た目で誤魔化す手法だが・・・根本的な解決にはならなかったと、この後の夕食、サニーが一口齧って食べ残したハートのにんじんの残骸を見て樊瑞は痛感することとなる。
「にんじん食べれなくったって問題無いんじゃないのかねぇ」
敗北し、うな垂れる樊瑞とは対照的にセルバンテスは楽観的だ。
「いいや、食べられる物が一つでも多い方が幸せが増える。サニーのためにもにんじん嫌いを必ずや克服させるぞ・・・」
「主夫」としての課題を多く残した晩御飯が終わり食後の団欒。サニーは食後のデザートの練乳掛けのいちごを頬張りながら、台所のテーブルの上に転がる一輪のタンポポを眺めていた。
「パパ・・・きょうはいつかえってくるのかな・・・」
『○○パパ』でないパパはこの世でただ一人。サニーの本当の父親、アルベルト。しかしここ一週間は顔を合わせていない。朝早く、そして夜遅い。出張も重なれば二週間近く顔を見ないこともざらで、第一線で活躍する企業戦士を父に持つ娘は悲しい顔をし、指先でタンポポを突付いてみた。
その様子を見て缶ビールをテーブルに置いた2人は顔を見合わせる。常々より実の父親と娘の「距離」を問題に感じているのはお互いに同じ。
「サニー、ぱぱに「おかえりなさい」ってぜんぜんいってない・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
アルベルトが小さな娘が起きている時間に帰ってくることなど稀、朝も食卓を4人で囲むことも稀でほとんど外食で済ませてしまう。「そんな生活、どこが楽しいのかね?」とセルバンテスは溜め息混じりで友人に苦言を吐くが・・・妻を亡くして以来、仕事中心の生活に拍車が掛かってしまったようだった。
「サニーちゃん、きっとパパも「ただいまー」って言いたいんだと思うよ?」
「ほんと?」
「うむ、サニーが帰りを待っているのをちゃーんと知っているからな、安心しろ」
「・・・・うん・・・・」
黄色いタンポポもサニーに笑顔を向けていた。
寝る前、サニーは「らくがきうちょう」取り出して12色クレヨンから一番ちびた桃色を手にした。頭に「?」が浮かぶ2人の目の前で何やら描いているようだが・・・
「ミミズ?・・・いや、何だろうね・・・??」
「どうしたサニー、今日はもう遅い。お絵かきは明日にするぞ?」
『描いて』いるのでは無く『書いて』いると気づくのに、2人は少々時間が掛かった。
午前様は疲れをたっぷり背中に背負って、寝静まって静かな我が家にようやく帰宅した。ネクタイをまず緩め、スーツの上着を無造作に台所の椅子に投げかける。そのまま風呂場に直行し疲れを洗い流した。
濡れた髪を拭きながら台所へ、そこでようやくカレーの香りに気づいた。鍋の中身を確認し炊飯器も覗けば軽く一杯分、おそらく樊瑞が気を利かせて残してくれたのだろうか。軽く食べた程度だったので迷わずコンロのスイッチを回した。
黙々と一人、カレーを口にする。味は・・・物足りないくらいに甘口なのはサニーに合わせてなのだろう。この生活を始めて最初に樊瑞が作ったカレーは食べられたものではなかったが、今では「もっとも無難に作れる」レシピの一つ。しかし・・・スプーンですくったにんじんが妙な形をしていることに気づき、彼は眉をひそめた。しばらくハート型のにんじんと睨みあっていたが口に入れてしまい、全て平らげた。
空になった皿を流しに置いて冷蔵庫を開ける、ビールが側面にびっしり並んでいるが下に追いやられている愛用のミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると自分の寝床に向かった。途中セルバンテスの部屋の前に通常のスリッパに並んで小さなスリッパが目に入る。今日は「こっち」で娘は寝ているらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
娘の寝顔を見ることもできないままその前を通り過ぎ、自室のドアを静かに閉めた。
ベッドのサイドポーチを点け、寝る前の一服のためクリスタル製の灰皿を手にしようとした。亡き妻から貰った愛用の灰皿だが・・・その中にあるそれに彼は目を見開く。
一輪の黄色いタンポポがまるで待ち疲れていたかのように
頭をくったりと灰皿の淵に乗せていた。
さらに灰皿の下にある紙切れに目が行く。何だ?と思いながら手に取り見るが、紙に描かれたそれは桃色のミミズがのたくったようにしか見えない。灯りに近づけ、斜めにしたり横にしたり、いったい何が描かれているのか必死に理解しようとしたが逆さまにしたところでようやく、そしてかろうじて「書かれて」いることに気づく。
『ぱぱおかえりなさい』
しばらく眺め、そのままくったりとしたタンポポに目をやる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ミネラルウォーターを開けるとそっと灰皿に冷えた水を流し込んでやった。結局タバコを吸うことも無く、そのまま一口だけ水を飲むと彼はすぐにベッドに横になり灯りを消し
「ただいま」
我が家に帰宅しての第一声。彼、父アルベルトは目を閉じた。
明日も早い。
娘の顔を見ることは出来ない。
しかし娘の笑顔によく似た花が、元気な姿で自分を見送ってくれると確信できればいつもより朝が待ち遠しく感じた。
END
BF団本部で最初の患者は十常寺だった。
唯でさえ十傑集という非常識な存在な上に、死んでも死なない人外レベルの彼がなんと『風邪』を引いてしまったのである。
「はっ!冗談だろう?」
あのタヌキが?と言わんばかりの顔でレッドは『あの十常寺が風邪を引いた』事実を笑った。しかし樊瑞は苦虫を噛み潰したかのような顔で
「サニーが3日も十常寺の私邸に泊り込み、それはそれは甲斐甲斐しく看病したそうだ」
下級エージェントが奴の身の回りの世話をするから大丈夫だ、と言っても訊かずサニーは「まぁ、十常寺のおじ様が?大変!」と樊瑞の静止を振り切って十常寺の私邸に向かってしまった。サニーは熱を出す十常寺に氷嚢を取り替えてやったり、シーツを取り替えてやったり、特性のお粥を作ったり・・・
「おまけに奴に何をしたと思う?」
「裸踊りでも披露したか」
今の樊瑞に冗談は通用しない。
レッドは魔王の一撃を頭に喰らう。
「『あーん』だ、『あーーーーーん』っっっっっ」
うめく様にそう語る樊瑞の目は血走っている。
十常寺はというとサニーにお粥を『あーん』してもらった上に献身的な看病が功を奏したのか今はすっかり完治。サニーがいかに自分に尽くしてくれたか他の連中に言いまわっているらしい。
「サニーはどこへ出しても恥ずかしくない、それは素晴らしい嫁になる・・・だと」
「ふーん、何が『あーん』だかな」
レッドはどうでもいい話に最速飽きてしまい口にピーナッツチョコを放り込んだ。
しかしあの十常寺ですら引いてしまうような風邪である。
次の患者は怒鬼だった。ともかくそれに騒いだのは血風連で「我らの怒鬼様がぁ!」「うわぁー!一大事でござる」「いやぁ~拙者の怒鬼様が死んじゃう~!」と蜂の巣を突付いたような騒動。熱が余計に悪化する騒ぎの中、怒鬼は気合で風邪を治そうと試みるが十常寺ですら引いた風邪。
「まぁ!怒鬼様がお屋敷で寝込んでしまわれたのですか?大変!」
「サニー!待ちなさい!」
サニーが帰ってくるまでの三日間、樊瑞は一睡もできない。我が娘に等しいサニーがあろう事か一つ屋根の下で男と2人。ストライクゾーンを大きく外れた十常寺ならまだしも、インコースギリギリの怒鬼。そんなきわどい危険球は渾身の力で場外ホームランにしてやる!と樊瑞の脳内ではバッターボックスでホームラン宣言を彼は行った。
「サニー様のお陰で我らの怒鬼様は快方に向かわれました。ああ、なんと感謝申し上げてよいのやら」
「怒鬼様に尽くされるサニー様、これがまた実にお似合いで怒鬼様の伴侶として相応しいお方かもしれませぬなぁ。何よりも『あーん』される様に近い将来を見申した」
「サニー様なれば拙者の怒鬼様をあげちゃってもいいかも」
血風連の言葉に三球三振の樊瑞。
バットを膝で叩き折り、歯軋りするのが精一杯。
やはり寄る年波に勝てないのか、今度はカワラザキが風邪をひいた。一緒の屋敷に暮らす幽鬼が仕事の合間を見つけては献身的な看病にあたっていたがサニーもお手伝い。
「知りませんでした、幽鬼様がお粥をお作りになられるなんて」
「ん?ふふ・・・まぁな、これは爺様からの受け売りだ」
幼い頃風邪をひけばカワラザキ特製のお粥の世話になった。
「お嬢ちゃんにも作り方を教えてやろうか?」
「はい、是非」
中睦まじくキッチンで並ぶ2人を遠くベッドから見つめるカワラザキ。
ありえない未来でも無いかもしれん、と目を細め優しく見守っていた。
しかしバッターボックスの樊瑞は「あんなど真ん中の『直球』にこの私が手を出せぬとは!!」と見過ごしの三振。2本目のバットをへし折り次の打席を待った。
「ヒィッツカラルド、お主はよもや風邪をひくつもりではなかろうな?」
「つもりとはどういうことだ、意味が分からん」
大回廊の中庭を望めるテラスでお茶をしていたら、いきなり彼の白いネクタイを引っ掴み迫る樊瑞。何故か手には一本のバット。
「お主がひけば私の権限で下級エージェントを30名ほど寄越してやるから安心しろ。足りぬのであれば100名でも200名でも」
「・・・・・・・・・・・・・・」
盛大に眉を寄せ嫌~な表情をヒィッツカラルドは作ってみせる。自分の屋敷にむさい男が鮨詰め、寝込む自分の世話をするなど彼にとって耐え難い拷問に等しい。
「なんだ不満か?」
「貴様の曇った目には、これが満足している顔に見えるのかっ」
「あ、ヒィッツカラルド様」
何も知らないサニーが笑顔で近寄ってきた。
「風邪が流行っていますが、ヒィッツカラルド様は大丈夫ですか?」
「ん?心配してくれるのかい、嬉しいね。そうだな・・・もしかしたら熱があるかもしれないなぁ。お嬢ちゃん診てくれないか?」
そう言う彼はネクタイを掴む樊瑞の手を払いのけ、身体を屈めると当然のようにサニーに顔を近づける。
「熱が?まぁ大変」
サニーは前髪を上げてヒィッツカラルドの額に優しく自分の額を押し当てた。真剣に熱の具合を探るサニーと樊瑞に歯を見せ付けて笑うヒィッツカラルド。樊瑞の手にあるバットは『変化球』にかすりもせず、メキリッと音を立てて彼の手で握りつぶされてしまった。
「大丈夫ですか?セルバンテスのおじ様」
「う~んう~んさにぃーちゃん~、おじ様もうダメかも~。でもぉさにぃーちゃんが『あーん』してくれたらきっとすーぐ治ると思うんだけどなぁ~」
ベッドの上でいつもより増してサニーに甘ったれた声でおねだりするナマズおやじ。サニーはその言葉を素直に受け取ると大きな林檎を小さな手に持ち、それを果物ナイフで丁寧に剥いて
「はい、おじ様あ~ん」
「あ~~~~~~ん」
普段はやや釣りあがった目尻をすっかり下げきって、セルバンテスはウサギさんカットされた林檎を頬張った。
「おじ様、早く良くなってくださいね」
「もちろんだとも~~。よーし治ったらおじ様はさにぃーちゃんをお嫁さんにもらっちゃうぞ☆」
「まぁ、おじ様ったら」
「はははははは」
「で、最近姿を見ないがセルバンテスの風邪は治ったのか?」
性質の悪い風邪が流行っていて、サニーがあちこちに走り回っているとの噂をアルベルトと2人で話をしていた残月は、言葉を紫煙とともに継いだ。
「あの馬鹿、樊瑞に仮病だとあっさり見破られて全治三週間の身だ」
「・・・・・・・・・・・・(やはりな)」
『魔球を投げるな』とかなんとか意味不明を叫びながらバットでタコ殴りらしいがアルベルトにはどうでもいいこと。しかし彼もまた樊瑞同様この状況を喜んではいない。
「サニーの奴め、世話するのは結構だがわけのわからん風邪をもらったらどうする」
樊瑞とは違うこの視点は健全な父親ともいえる。
「娘に感染させてみろ、誰であろうと生まれてきたことをこの私が後悔させてやるわ」
健全かもしれないが剣呑だ。
葉巻を指先で揉み潰しその場から立ち去るアルベルトの背中を見送り、一人残った残月は今一度紫煙を吐く。彼は一向に風邪をひく気配が無い。今回ばかりはそれを少し残念に思っていた。
自分には関係の無いことだと高をくくっていた男が風邪をひいた。
「うう・・・」
体がだるい、頭が痛い、いやこれは気のせいだと自分に言い聞かせて一週間粘ってみたが、命の鐘お墨付きの風邪ウィルス。ついに彼をベッドの上へと連行してしまった。
「レッド様、お加減はいかがですか?」
真っ先に駆けつけて来たサニーが、辛そうにベッドで寝込むレッドを覗き込む。
「うるさい、あっちへ行け」
ちなみにいつものマフラーもマスクも見に付けてはいない、つんつんの髪は本人の体調バロメーターなのだろうか今はすっかり降りきっている。それに前髪も目を隠すほどに降りきった寝巻き姿はまるで別人の様だ。
「今氷をお取替えします」
「あっちへ行けと言っている、私に構うなう鬱陶しい」
そうは言うが力ない声。サニーはレッドの頭に乗っている氷嚢を新しいものに取替え、「お粥を作っておきますね」と邪魔にならないよう寝室から出て行った。
レッドが眠りから覚めたのはそれから二時間後、気づけばサニーが大人しくベッドの側で自分を見守っていた。頭に乗っている氷嚢はあれからまた新しいものに変えられていたらしい、頭を軽く起こせば氷の塊が中で鳴った。
「お口に合うかどうかわかりませんが・・・」
差し出されたのは湯気が立つお粥。
いらん、と突っぱねたいところだが腹が空いているのは確かだ。それに、風邪をひいて食欲が落ちているはずなのに随分と美味そうに見える。
「食べてやるありがたく思え」
「はい、ありがとうございます」
どうしてこうも素直なのだか、と呆れながらレッドはサニーお手製のお粥を口にした。薄味だが鶏の出汁のお陰か物足りなさは無い、溶き卵は自分好みのやや半熟、ちょっとだけかけられたポン酢が食欲を増してくれる。正直、かなり美味い。体調を崩せば何を混ぜ込んだのか分からない忍者食で無理やり済ませてきたレッドにとってそれは初めての味、消えかかりそうな幼い頃からの記憶をどんなに手繰り寄せても存在しない味だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
ふと横を見ればサニーが林檎を剥いている。
まつげが長い、とその時初めて気づいた。
「何か?」
「べ、別になんでもない」
そしてお粥を米粒ひとつ残さず平らげ、久方ぶりの満足を味わう。
「レッド様、はい」
屈託の無い笑顔でサニーはウサギさんにカットした林檎を彼の口元に差し出してくる。
レッドは少し躊躇ったが思いっきり大きく口を開け
「ふん」
サニーからの林檎を受け入れた。
「随分と治りが早かったではないか」
「早くて悪いか」
樊瑞の含みのある視線を受けながらレッドはケロリとした態度で返す。赤いマスクに赤いマフラー、全てへの反抗のようなつんつん頭は復活してどこからどう見ても『十傑集マスク・ザ・レッド』。
「サニーがお主の屋敷に泊りがけの看病をしたのは知っている」
「だからなんだ」
ふんぞり返ってピーナッツチョコを口に放り投げる。
「もちろん『あーん』などしてもらってはおらぬだろうな」
レッドは思いっきりむせてチョコを吐き出してしまった。
見れば樊瑞の目はマジだ。それに手には何本目かのバット。
未だ快音をとどろかせていないため、樊瑞はうずうずしているのだ。
「あ、あーんなどと・・・そ・・・そんな恥ずかしいこと!アホか貴様は!」
「本当か?」
いつもはストライクゾーンを無視した暴投しかしないレッドは、思わずたじろぐ。
「 ほ ん と う か ?」
「・・・・・・・・・・・・」
何故か否定しきれないレッド。
そしてうっかり顔が赤くなる。
バッターボックスに仁王立ちの樊瑞は高らかにホームラン宣言を行った。
END
唯でさえ十傑集という非常識な存在な上に、死んでも死なない人外レベルの彼がなんと『風邪』を引いてしまったのである。
「はっ!冗談だろう?」
あのタヌキが?と言わんばかりの顔でレッドは『あの十常寺が風邪を引いた』事実を笑った。しかし樊瑞は苦虫を噛み潰したかのような顔で
「サニーが3日も十常寺の私邸に泊り込み、それはそれは甲斐甲斐しく看病したそうだ」
下級エージェントが奴の身の回りの世話をするから大丈夫だ、と言っても訊かずサニーは「まぁ、十常寺のおじ様が?大変!」と樊瑞の静止を振り切って十常寺の私邸に向かってしまった。サニーは熱を出す十常寺に氷嚢を取り替えてやったり、シーツを取り替えてやったり、特性のお粥を作ったり・・・
「おまけに奴に何をしたと思う?」
「裸踊りでも披露したか」
今の樊瑞に冗談は通用しない。
レッドは魔王の一撃を頭に喰らう。
「『あーん』だ、『あーーーーーん』っっっっっ」
うめく様にそう語る樊瑞の目は血走っている。
十常寺はというとサニーにお粥を『あーん』してもらった上に献身的な看病が功を奏したのか今はすっかり完治。サニーがいかに自分に尽くしてくれたか他の連中に言いまわっているらしい。
「サニーはどこへ出しても恥ずかしくない、それは素晴らしい嫁になる・・・だと」
「ふーん、何が『あーん』だかな」
レッドはどうでもいい話に最速飽きてしまい口にピーナッツチョコを放り込んだ。
しかしあの十常寺ですら引いてしまうような風邪である。
次の患者は怒鬼だった。ともかくそれに騒いだのは血風連で「我らの怒鬼様がぁ!」「うわぁー!一大事でござる」「いやぁ~拙者の怒鬼様が死んじゃう~!」と蜂の巣を突付いたような騒動。熱が余計に悪化する騒ぎの中、怒鬼は気合で風邪を治そうと試みるが十常寺ですら引いた風邪。
「まぁ!怒鬼様がお屋敷で寝込んでしまわれたのですか?大変!」
「サニー!待ちなさい!」
サニーが帰ってくるまでの三日間、樊瑞は一睡もできない。我が娘に等しいサニーがあろう事か一つ屋根の下で男と2人。ストライクゾーンを大きく外れた十常寺ならまだしも、インコースギリギリの怒鬼。そんなきわどい危険球は渾身の力で場外ホームランにしてやる!と樊瑞の脳内ではバッターボックスでホームラン宣言を彼は行った。
「サニー様のお陰で我らの怒鬼様は快方に向かわれました。ああ、なんと感謝申し上げてよいのやら」
「怒鬼様に尽くされるサニー様、これがまた実にお似合いで怒鬼様の伴侶として相応しいお方かもしれませぬなぁ。何よりも『あーん』される様に近い将来を見申した」
「サニー様なれば拙者の怒鬼様をあげちゃってもいいかも」
血風連の言葉に三球三振の樊瑞。
バットを膝で叩き折り、歯軋りするのが精一杯。
やはり寄る年波に勝てないのか、今度はカワラザキが風邪をひいた。一緒の屋敷に暮らす幽鬼が仕事の合間を見つけては献身的な看病にあたっていたがサニーもお手伝い。
「知りませんでした、幽鬼様がお粥をお作りになられるなんて」
「ん?ふふ・・・まぁな、これは爺様からの受け売りだ」
幼い頃風邪をひけばカワラザキ特製のお粥の世話になった。
「お嬢ちゃんにも作り方を教えてやろうか?」
「はい、是非」
中睦まじくキッチンで並ぶ2人を遠くベッドから見つめるカワラザキ。
ありえない未来でも無いかもしれん、と目を細め優しく見守っていた。
しかしバッターボックスの樊瑞は「あんなど真ん中の『直球』にこの私が手を出せぬとは!!」と見過ごしの三振。2本目のバットをへし折り次の打席を待った。
「ヒィッツカラルド、お主はよもや風邪をひくつもりではなかろうな?」
「つもりとはどういうことだ、意味が分からん」
大回廊の中庭を望めるテラスでお茶をしていたら、いきなり彼の白いネクタイを引っ掴み迫る樊瑞。何故か手には一本のバット。
「お主がひけば私の権限で下級エージェントを30名ほど寄越してやるから安心しろ。足りぬのであれば100名でも200名でも」
「・・・・・・・・・・・・・・」
盛大に眉を寄せ嫌~な表情をヒィッツカラルドは作ってみせる。自分の屋敷にむさい男が鮨詰め、寝込む自分の世話をするなど彼にとって耐え難い拷問に等しい。
「なんだ不満か?」
「貴様の曇った目には、これが満足している顔に見えるのかっ」
「あ、ヒィッツカラルド様」
何も知らないサニーが笑顔で近寄ってきた。
「風邪が流行っていますが、ヒィッツカラルド様は大丈夫ですか?」
「ん?心配してくれるのかい、嬉しいね。そうだな・・・もしかしたら熱があるかもしれないなぁ。お嬢ちゃん診てくれないか?」
そう言う彼はネクタイを掴む樊瑞の手を払いのけ、身体を屈めると当然のようにサニーに顔を近づける。
「熱が?まぁ大変」
サニーは前髪を上げてヒィッツカラルドの額に優しく自分の額を押し当てた。真剣に熱の具合を探るサニーと樊瑞に歯を見せ付けて笑うヒィッツカラルド。樊瑞の手にあるバットは『変化球』にかすりもせず、メキリッと音を立てて彼の手で握りつぶされてしまった。
「大丈夫ですか?セルバンテスのおじ様」
「う~んう~んさにぃーちゃん~、おじ様もうダメかも~。でもぉさにぃーちゃんが『あーん』してくれたらきっとすーぐ治ると思うんだけどなぁ~」
ベッドの上でいつもより増してサニーに甘ったれた声でおねだりするナマズおやじ。サニーはその言葉を素直に受け取ると大きな林檎を小さな手に持ち、それを果物ナイフで丁寧に剥いて
「はい、おじ様あ~ん」
「あ~~~~~~ん」
普段はやや釣りあがった目尻をすっかり下げきって、セルバンテスはウサギさんカットされた林檎を頬張った。
「おじ様、早く良くなってくださいね」
「もちろんだとも~~。よーし治ったらおじ様はさにぃーちゃんをお嫁さんにもらっちゃうぞ☆」
「まぁ、おじ様ったら」
「はははははは」
「で、最近姿を見ないがセルバンテスの風邪は治ったのか?」
性質の悪い風邪が流行っていて、サニーがあちこちに走り回っているとの噂をアルベルトと2人で話をしていた残月は、言葉を紫煙とともに継いだ。
「あの馬鹿、樊瑞に仮病だとあっさり見破られて全治三週間の身だ」
「・・・・・・・・・・・・(やはりな)」
『魔球を投げるな』とかなんとか意味不明を叫びながらバットでタコ殴りらしいがアルベルトにはどうでもいいこと。しかし彼もまた樊瑞同様この状況を喜んではいない。
「サニーの奴め、世話するのは結構だがわけのわからん風邪をもらったらどうする」
樊瑞とは違うこの視点は健全な父親ともいえる。
「娘に感染させてみろ、誰であろうと生まれてきたことをこの私が後悔させてやるわ」
健全かもしれないが剣呑だ。
葉巻を指先で揉み潰しその場から立ち去るアルベルトの背中を見送り、一人残った残月は今一度紫煙を吐く。彼は一向に風邪をひく気配が無い。今回ばかりはそれを少し残念に思っていた。
自分には関係の無いことだと高をくくっていた男が風邪をひいた。
「うう・・・」
体がだるい、頭が痛い、いやこれは気のせいだと自分に言い聞かせて一週間粘ってみたが、命の鐘お墨付きの風邪ウィルス。ついに彼をベッドの上へと連行してしまった。
「レッド様、お加減はいかがですか?」
真っ先に駆けつけて来たサニーが、辛そうにベッドで寝込むレッドを覗き込む。
「うるさい、あっちへ行け」
ちなみにいつものマフラーもマスクも見に付けてはいない、つんつんの髪は本人の体調バロメーターなのだろうか今はすっかり降りきっている。それに前髪も目を隠すほどに降りきった寝巻き姿はまるで別人の様だ。
「今氷をお取替えします」
「あっちへ行けと言っている、私に構うなう鬱陶しい」
そうは言うが力ない声。サニーはレッドの頭に乗っている氷嚢を新しいものに取替え、「お粥を作っておきますね」と邪魔にならないよう寝室から出て行った。
レッドが眠りから覚めたのはそれから二時間後、気づけばサニーが大人しくベッドの側で自分を見守っていた。頭に乗っている氷嚢はあれからまた新しいものに変えられていたらしい、頭を軽く起こせば氷の塊が中で鳴った。
「お口に合うかどうかわかりませんが・・・」
差し出されたのは湯気が立つお粥。
いらん、と突っぱねたいところだが腹が空いているのは確かだ。それに、風邪をひいて食欲が落ちているはずなのに随分と美味そうに見える。
「食べてやるありがたく思え」
「はい、ありがとうございます」
どうしてこうも素直なのだか、と呆れながらレッドはサニーお手製のお粥を口にした。薄味だが鶏の出汁のお陰か物足りなさは無い、溶き卵は自分好みのやや半熟、ちょっとだけかけられたポン酢が食欲を増してくれる。正直、かなり美味い。体調を崩せば何を混ぜ込んだのか分からない忍者食で無理やり済ませてきたレッドにとってそれは初めての味、消えかかりそうな幼い頃からの記憶をどんなに手繰り寄せても存在しない味だった。
「・・・・・・・・・・・・・」
ふと横を見ればサニーが林檎を剥いている。
まつげが長い、とその時初めて気づいた。
「何か?」
「べ、別になんでもない」
そしてお粥を米粒ひとつ残さず平らげ、久方ぶりの満足を味わう。
「レッド様、はい」
屈託の無い笑顔でサニーはウサギさんにカットした林檎を彼の口元に差し出してくる。
レッドは少し躊躇ったが思いっきり大きく口を開け
「ふん」
サニーからの林檎を受け入れた。
「随分と治りが早かったではないか」
「早くて悪いか」
樊瑞の含みのある視線を受けながらレッドはケロリとした態度で返す。赤いマスクに赤いマフラー、全てへの反抗のようなつんつん頭は復活してどこからどう見ても『十傑集マスク・ザ・レッド』。
「サニーがお主の屋敷に泊りがけの看病をしたのは知っている」
「だからなんだ」
ふんぞり返ってピーナッツチョコを口に放り投げる。
「もちろん『あーん』などしてもらってはおらぬだろうな」
レッドは思いっきりむせてチョコを吐き出してしまった。
見れば樊瑞の目はマジだ。それに手には何本目かのバット。
未だ快音をとどろかせていないため、樊瑞はうずうずしているのだ。
「あ、あーんなどと・・・そ・・・そんな恥ずかしいこと!アホか貴様は!」
「本当か?」
いつもはストライクゾーンを無視した暴投しかしないレッドは、思わずたじろぐ。
「 ほ ん と う か ?」
「・・・・・・・・・・・・」
何故か否定しきれないレッド。
そしてうっかり顔が赤くなる。
バッターボックスに仁王立ちの樊瑞は高らかにホームラン宣言を行った。
END