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「ただいまー!!!」

元気な声が玄関から景気良く響き渡る。分厚く皮をむいて小さくなったジャガイモをそのままに、この家の「主夫」はピンク色のエプロンで手を拭いた。コンロの火を止めて出迎えるべく足を向ける。

「おかえり、サニー。河川敷の散歩はどうだった?」

「楽しかったよねぇサニーちゃん、ほらアレを見せてあげようか」

サニーの散歩に付き添っていたセルバンテスにうながされ、サニーは小さな小さな手に持っていたモノを腕を伸ばして主夫・樊瑞に見せ付けた。

「おお、タンポポか!」

「うん!」

「河川敷はそれはもうこの色に染まりきってるよ、もう少しすれば盛大な綿毛ショーとなるだろうね。その頃にもう一度『ばんてすパパ』と河川敷へ散歩に行こうか」

「いいや、次は『はんずいパパ』と行こうなサニー」

目じりを下げてサニーのふわふわの髪を撫でてやる。しかし、あっさりとサニーはセルバンテスに抱きかかえ上げられ没収。

「ちょっと待ちたまえ、先に約束したのはこの私だ。ねぇ~サニーちゃん」

「お主は・・・たまには家で飯を作れ!毎日毎日献立を考える苦行を味わえ!」

「いっそ『はんずいママ』になればいいじゃないか」

恒例の2人のいがみあいは不思議とサニーに悪影響を与えず、むしろ楽しそうに様子を眺めてニコニコ笑っている始末。この家はデコボコしつつも、こうしてまぁるくまとまっていて、その中心にサニーはいた。

そのまま3人は台所へと移動すれば

「あ、かれーのにおいする!はんずいパパきょうはかれーらいす?」

カレー粉の香りにサニーは目を輝かせた・・・が

「また・・・にんじんもはいってるの?」

「ん?んーと・・・そうだな入ってはいるが今日はちょっと違うぞ?ホラ見ろハートのにんじんさんだ~すっごく美味しいぞ~~」

まな板の上に転がるジャガイモのとなりには、その型で抜き取られたハートの形をしたにんじん。イワンから貰った銀色の「ハートの型」、サニーのにんじん嫌いを直そうとアイディアを貰ったのだ。単純に見た目で誤魔化す手法だが・・・根本的な解決にはならなかったと、この後の夕食、サニーが一口齧って食べ残したハートのにんじんの残骸を見て樊瑞は痛感することとなる。

「にんじん食べれなくったって問題無いんじゃないのかねぇ」

敗北し、うな垂れる樊瑞とは対照的にセルバンテスは楽観的だ。

「いいや、食べられる物が一つでも多い方が幸せが増える。サニーのためにもにんじん嫌いを必ずや克服させるぞ・・・」







「主夫」としての課題を多く残した晩御飯が終わり食後の団欒。サニーは食後のデザートの練乳掛けのいちごを頬張りながら、台所のテーブルの上に転がる一輪のタンポポを眺めていた。

「パパ・・・きょうはいつかえってくるのかな・・・」

『○○パパ』でないパパはこの世でただ一人。サニーの本当の父親、アルベルト。しかしここ一週間は顔を合わせていない。朝早く、そして夜遅い。出張も重なれば二週間近く顔を見ないこともざらで、第一線で活躍する企業戦士を父に持つ娘は悲しい顔をし、指先でタンポポを突付いてみた。

その様子を見て缶ビールをテーブルに置いた2人は顔を見合わせる。常々より実の父親と娘の「距離」を問題に感じているのはお互いに同じ。

「サニー、ぱぱに「おかえりなさい」ってぜんぜんいってない・・・」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

アルベルトが小さな娘が起きている時間に帰ってくることなど稀、朝も食卓を4人で囲むことも稀でほとんど外食で済ませてしまう。「そんな生活、どこが楽しいのかね?」とセルバンテスは溜め息混じりで友人に苦言を吐くが・・・妻を亡くして以来、仕事中心の生活に拍車が掛かってしまったようだった。

「サニーちゃん、きっとパパも「ただいまー」って言いたいんだと思うよ?」

「ほんと?」

「うむ、サニーが帰りを待っているのをちゃーんと知っているからな、安心しろ」

「・・・・うん・・・・」

黄色いタンポポもサニーに笑顔を向けていた。





寝る前、サニーは「らくがきうちょう」取り出して12色クレヨンから一番ちびた桃色を手にした。頭に「?」が浮かぶ2人の目の前で何やら描いているようだが・・・

「ミミズ?・・・いや、何だろうね・・・??」

「どうしたサニー、今日はもう遅い。お絵かきは明日にするぞ?」

『描いて』いるのでは無く『書いて』いると気づくのに、2人は少々時間が掛かった。









午前様は疲れをたっぷり背中に背負って、寝静まって静かな我が家にようやく帰宅した。ネクタイをまず緩め、スーツの上着を無造作に台所の椅子に投げかける。そのまま風呂場に直行し疲れを洗い流した。

濡れた髪を拭きながら台所へ、そこでようやくカレーの香りに気づいた。鍋の中身を確認し炊飯器も覗けば軽く一杯分、おそらく樊瑞が気を利かせて残してくれたのだろうか。軽く食べた程度だったので迷わずコンロのスイッチを回した。

黙々と一人、カレーを口にする。味は・・・物足りないくらいに甘口なのはサニーに合わせてなのだろう。この生活を始めて最初に樊瑞が作ったカレーは食べられたものではなかったが、今では「もっとも無難に作れる」レシピの一つ。しかし・・・スプーンですくったにんじんが妙な形をしていることに気づき、彼は眉をひそめた。しばらくハート型のにんじんと睨みあっていたが口に入れてしまい、全て平らげた。

空になった皿を流しに置いて冷蔵庫を開ける、ビールが側面にびっしり並んでいるが下に追いやられている愛用のミネラルウォーターのペットボトルを手に取ると自分の寝床に向かった。途中セルバンテスの部屋の前に通常のスリッパに並んで小さなスリッパが目に入る。今日は「こっち」で娘は寝ているらしい。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

娘の寝顔を見ることもできないままその前を通り過ぎ、自室のドアを静かに閉めた。


ベッドのサイドポーチを点け、寝る前の一服のためクリスタル製の灰皿を手にしようとした。亡き妻から貰った愛用の灰皿だが・・・その中にあるそれに彼は目を見開く。


一輪の黄色いタンポポがまるで待ち疲れていたかのように

頭をくったりと灰皿の淵に乗せていた。


さらに灰皿の下にある紙切れに目が行く。何だ?と思いながら手に取り見るが、紙に描かれたそれは桃色のミミズがのたくったようにしか見えない。灯りに近づけ、斜めにしたり横にしたり、いったい何が描かれているのか必死に理解しようとしたが逆さまにしたところでようやく、そしてかろうじて「書かれて」いることに気づく。


『ぱぱおかえりなさい』


しばらく眺め、そのままくったりとしたタンポポに目をやる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ミネラルウォーターを開けるとそっと灰皿に冷えた水を流し込んでやった。結局タバコを吸うことも無く、そのまま一口だけ水を飲むと彼はすぐにベッドに横になり灯りを消し


「ただいま」


我が家に帰宅しての第一声。彼、父アルベルトは目を閉じた。




明日も早い。


娘の顔を見ることは出来ない。



しかし娘の笑顔によく似た花が、元気な姿で自分を見送ってくれると確信できればいつもより朝が待ち遠しく感じた。







END




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