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うろほろぞ
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301
アルベルトは執務室の書棚にあるファイルを引き出した時、書棚の一番隅に見覚えのある黒い装丁がたまたま目に入った。

それはやたら分厚いばかりで内容はあくびが出るほど退屈な経済白書。
はっきり言って面白いという類いの本ではない。
随分昔に途中まで読んだが、それっきり。
読破する気は今も無い。
そして今後も永遠に。

なのにどうしてこんな本をいつまでも書棚の肥やしにしているのか

「まったく」

アルベルトは理解できない自分自身に舌打ちし、黒い本を掴んだ。
そのまま足元のダストボックスに投げ入れて、彼は改めて本当の目的であるファイルを手に取りデスクに座った。ファイルの中身は明後日から行われる大規模作戦の資料。その面白みの無さは捨てた本とさして変わりはしないかもしれない。

それに目を通しながら彼は葉巻に火をつけた。着火具など必要はない、知らぬ者が見れば葉巻自身が自然と発火したように見えるかもしれない。漫然と葉巻の香りを楽しみながらアルベルトはファイルをめくる。デスク上に人差し指を立てると光彩モニターとキーボードが浮かび上がり情報を入力し、一度紫煙を吐き流す。

ピィーン・・・ピィーン・・・・

ダウンロード画面がモニターから別ウィンドウとしてデスクの上に浮かぶ。
アルベルトはただそれをぼんやりと見詰めていた。


「・・・・・・・!!!!!」


突如、アルベルトは思い出したかのように立ち上がり、デスクの角で派手に脚をぶつけながらもダストボックスに駆け寄る。ダストボックスの紙くずを全部掻き出し、埋もれていた黒い装丁の面白くもなんともない本を救出し

彼はページを捲り(めくり)始めた。











「お父様、私に何か御用ですか?」

サニーは珍しく執務室にいる父親に呼び出され少し緊張していた。

「この本をやるから読むがいい」

アルベルトから差し出されたのは真っ黒い本、その分厚さもだが色の雰囲気からしてかなり真面目で難しそうな本だとサニーは思った。

「何の本ですか?」

「用はこれで終わりだ」

質問は答えられることなくあっさりとしたやりとりが済む。
サニーは重さのあるその本を胸に抱えて執務室から出ようとしたら

「大事にしろ」

最後にそう忠告を受けた。











サニーはベッドの上で寝る前の読書に昼間父親から貰った本を選んだ。

まだ読めない文字が多い上、びっしりと塗りつぶすかのように敷き詰められている活字。そしておそらく経済用語なのだろう、さっぱりわからない専門用語がやたらと出てきて内容は半分も理解できない。

正直言って面白くない。

せっかくこの本をくれた父親には悪いが、最後まで読む気が起こらない。

サニーは肩で溜め息をついてうんざりすると、分厚い本を閉じ、改めて1ページから最終ページ目まで一気に流し捲ってみた。どうせなら胸ときめくような愛を語る物語だったらいいのに・・・と父親の顔を思い浮かべて面白みの無い黒い装丁の本と重ね合わせる。

「あら?何かしら」

再び流し捲った時に何か目に付いた。サニーは本の中ほどを開くと1ページ1ページ丁寧にめくってその何かを捜し求める。

「・・・・・・・花?」

301ページ目に挟まれていたのは名も無い小さな小さな薄桃色の花。



それは面白みの無い黒い本に大切に抱きしめられて

つい先ほどそこに入れられたかのように色褪せることなく、静かに眠っていた。





















「アルベルト様?何かお探しですか?」

「うむ、この本に付いていた筈の栞紐が切れたようだ」

「まぁ、随分と分厚くてなんだかとても難しそうなご本ですね」

黒い瞳を少女のように輝かせ彼女は覗き込んでくる。

「扈三娘、何か変わりになる物は無いか」

「はい、アルベルト様これを」

水が張られたガラス皿に横たわっていた小さな花を差し出した。

「花?これを栞にしろというのか」

「今朝私が庭園に咲いていたのを摘んで参りましたの、お嫌でしたら他にええと・・・」

「まぁいい、それでいいからよこせ」

「アルベルト様が読み終わりましたら、次は私が読んでもよろしいですか?」

「お前はこれが面白い本だとでも思っているのか?」

なんと酔狂な、と鼻先で笑うが彼女は至って真面目な顔して

「いいえ、思いませんわ」

「?」

「うふふ、だってアルベルト様がお読みになる本ですもの」

十傑集相手にコロコロと笑うので、ムスっとした顔で本を閉じた。


そうしたらまた笑う。

どんな顔をして良いのか、アルベルトは困ってしまった。








END





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残月に食べてもらおうと腕によりを掛けて焼いたスコーン籠を手に、サニーは彼の執務室を訪ねた。いつもならすぐにノックするのだが・・・まず先にドアの前で胸元のリボンの形を整え、前髪をいじってみる。先日の件(「sweet season」参照)以来、サニーは残月の執務室に入る時は必ずこうしている。

「残月様、サニーです。入ってもよろしいですか?」

軽やかなノックをしてみたが返事は無い。不在なのだろうかともう一度ノックしてみるも同じ。しかし不在なら必ずカギがかかっているはずなのだが、ドアはそのままノックに押されてゆっくりと開いた。そろりと執務室の中に顔を入れてみたが残月の姿は無い。

「残月様?」

------どこへ行かれたのかしら。

一歩、二歩と足を踏み入れ、サニーは誰もいない執務室を見回す。隣接されている小部屋も覗いたがやはり人の気配は無い。

室内の唯一書棚に侵食されていない窓側にはマホガニーのデスクがあり、その上に残月が愛用する朱塗りの煙管が。

吸い口と火皿はよく磨き上げられ鈍く輝いているが、それ以上に窓から入り込む陽光を浴びて管部分である羅宇(らう)に塗られた朱色が鮮やかに映えていた。

「・・・・・・・・・」

サニーは誰もいないと分かっていながら周囲を見回した。スコーンが入った籠をデスクの上に置いて普段は残月だけが座るラムレザーのチェアに腰を下ろす。

煙管を緊張しながら手に取り、窓からの陽光の中で眺めた。火皿から羅宇に接合する雁首(がんくび)と呼ばれる部分には良く見れば細やかな彫金が施され、吸い口部分にも同様の優美な草花の紋様。少女の目から見ても洒落た造りだと感じる。しかしそれは想像していたよりも重さがあり、サニーの手にしっくりなじんだ。

床に足が届かないままお尻をずらして深く沈みこませ、大きな背もたれに身体を預けて胸をそらせ

「私は『白昼の残月』」

口調をまねて気取った風を装い、煙管をそれっぽく構えてみた。

「おやサニー、今日は何の御用かな?」

などと気分はすっかり残月。
サニーはさらに煙管を吸う素振りをとり、煙を吐いているつもりなのか口を尖らせる。

「うふふふっ」

本人はかなり楽しいらしい。

チェアを体重で揺らしながら改めて煙管を見詰めてみる。父親が吸っているためか煙草を吸うことが大人の特権だと感じ、憧れが無いわけではない。子どもから見れば少しカッコイイと思う。それに残月がいつもこれを優雅に扱い、口を寄せて味わう姿を思い浮かべると尚のこと。今まではあたりまえの光景としてその様子を見ていたはずだったが・・・・

ふと・・・少女の胸には好奇心ではない高鳴りが。

細い腰には彼の力強い腕の感触が蘇り
そこからじんわり伝わる体温はかなりリアルだ
頭の中には残月の顔、覆面から覗くのは端整な口元
それは笑みを浮かべて・・・

意識して思い浮かべていることに自覚が無いまま、煙管の吸い口を見詰めていた

高鳴りはもう耳には入らない

いつしか小さくふっくらとした唇は求めるかの様に・・・・



そっと・・・・



「残月殿、取り込み中であれば出直すが」

「!!」

心臓が飛び出るかと思った。
サニーが慌てて煙管を口元から離し椅子ごと振り向けば、そこには残月本人。

「ほう、スコーンか」

残月はデスクの上に置いていた籠の中を物色し、ココア味のスコーンを摘み出す。「うむこれは上手に焼けている、食感も申し分ない。紅茶によく合いそうだ」などと一口齧ればいつものように冷静にスコーンの批評。

「どうした?サニー?」

煙管を手にしたまま未だ固まっているサニー。
顔からは冗談みたいに湯気が上がり、面白いほど赤い。
しかし頭の中は真っ白だ。

「え?ざ・・・ざ、残月様・・・今までどちらに」

「十常寺に用があってほんの数分、隣にある彼の執務室にいたが」

「いつからここにいらっしゃって・・・」

「サニーが私になりきっているのに邪魔するのは野暮というものであろう」

今度はナッツ入りスコーンを取り出す。

「じゃ、じゃあ・・・」

混乱し始めた頭の中には先ほどまでの自分の姿。
手にある煙管に妄想全開中だったとようやく気づく。

「こちらも美味しそうだ。よし、取って置きの茶葉があるから・・・」

それからのサニーの動きはつむじ風のようだった。
煙管をデスクの上に投げて、残月の手からスコーンを奪い取り、籠をひったくって

「ざ、残月様のために焼いたんじゃありません!!!!」

捨て台詞を残すとあっという間に執務室から逃げていった。




「それは悪い事をした」




突然のおあずけをくらい、一人残された残月はいつもの調子。














息を継ぐ間もなくサニーは本部内を走った。
途中誰かに声を掛けられたかもしれないがそんな場合ではない。
走って走って、とにかく全力疾走。
樊瑞の屋敷に戻ると一目散に二階の自室に駆け上がり、ドアにカギをかけて手にあるスコーンは籠ごと放り投げて

そのままベッドにダイビング。



「~~~~~~~~!!!!!」



毛布を頭から被ってジタバタするのが、少女ができる精一杯だった。








END





--------------------

何だこりゃ






髪のブラッシングはいつも以上に念入りに。
リップクリームはほんのり色づくピーチの香り。
角度を変えながら鏡の前で気が済むまで自分をチェック。
軽やかにその場でターンを決めれば、サニーは「いざ」とばかりに部屋から出て行った。
一週間ぶりに本部に帰還した残月に今から会いに行く。
サニーの軽い足取りは、まるで雲の上を歩いている様だ。




残月のところへ行く理由はこれといって無い。

だから「本を貸して欲しい」という理由で来た・・・・もし「何の御用かな?」と訪ねられれば答えようとサニーは考えていた。




彼の執務室をノックしてみたが返事が無く鍵もかかって完全に不在のようだった。
帰還しても残務処理や結果報告、また各支部への指示に他の十傑との連携会議、施設の視察に下級エージェント育成などサニーがまだよく知らない仕事は山のようにある。多くの構成員を束ね、またその頂点に君臨する幹部としてやるべきことは実際多すぎるくらい。執務室で執り行う仕事はそのほんの一端でしかない。

サニーも幼少からこの組織で育ってきたので十傑たちが忙しい身であることくらい十分知っている。だから彼らの仕事の邪魔になるようなことはしないように気をつけているつもりだ。

------残月様まだかな・・・・

10分ほど執務室のドア前で彼の到着を待ってみたが、気持ちがどうも落ち着かない。1分ごとにキョロキョロと周囲を見回すが帰ってくる気配は無い。

「おや、お嬢ちゃんどうしたんだい」

その様子に気づいたのはたまたま通りがかったヒィッツカラルド。サニーは少し慌てて「い、いえあの別に・・・」と濁してみる。しかしヒィッツカラルドにはピンとくるモノを感じたらしく

「奴なら一時間前に帰還したが、つい先ほど指令が降りてね。今度はモスクワだよ、たぶん二週間は帰ってこないかもなぁ」

「え!・・・・そ、そうなんですか?・・・二週間・・・・・・・・」

「奴に何か用事があったのかい?」

「いえ!その・・・・いいんですごめんなさいっ」

サニーは走ってその場から立ち去った。ヒィッツカラルドはその背中を見送ったが、「ふむ」と肩をすくめて彼もまたその場から立ち去った。



息を切らすサニーは本部の屋上にある飛空挺の離発着場にいた。
わずかな期待は裏切られ、残月が搭乗した飛空挺は既に飛び立った後だった。







その晩、サニーはもやもやとした気持ちのままベッドに入った。朝はあんなに「ふわふわ」していたのに今は「もやもや」。この大きな気持ちの揺れはいったい何なのか。

------あと二週間も・・・・・

一週間でもひどく長く感じたのに、今度はその倍。

自分がどうしてこんなに彼に会いたいのかは分からない。
本を借りたいために会いに行くわけじゃない。
理由が無いのにじゃあ何故?

------何故だろう・・・・

「ふわふわ」に「もやもや」にと心が忙しく揺れ動く。
前は会えなくてもこんな想いににならなかったはずだ。

サニーは枕をギュっと抱きしめて「もやもや」が収まるのを待ってみた。








そして二週間。

モスクワでの作戦をつつがなく終了させて本部に帰還した残月は、ようやく執務室で一息入れていた。チェアに深く腰を沈めて身体を背もたれに預け、軽く反らして

「・・・・・・・・・・・・」

長い紫煙を吐いてみたもののいつもの刻み煙草の味は何故か物足りない。鋭く煙草皿に煙管を打ちつけ、火皿から燃えカスを落として彼は残る紫煙を全て吐き出した。それに・・・紅茶を淹れてみたがどうも口をつける気にならないらしく、それはデスクの上で香りだけ放っていた。

誰かを待つわけでもないのに誰かを待っているような。

------ふむ・・・

彼はデスクの上で手を組み、そんなハッキリとしない自分の感覚を探ってみた。ふと、物足りなさを感じ執務室を見回してみる。相変わらず整然と埋め尽くされている書棚。来客用のソファにテーブル。目の前にあるのは口をつけられないままのロイヤルミルク。

鼻をくすぐるのは高貴であるが甘やかな香りで、彼は「ああ」と納得した。


軽やかなノックの音はその後すぐだった。


「どうぞ」と言えばサニーが少しモジモジした様子で入ってくる。
残月は無表情の覆面の下で少しばかり目を見張った。

「何の御用かな?」

「・・・あ、えっと・・・お邪魔でなければ本を貸していただけないかと・・・・」

目を見張ったのはたった三週間しか会わなかったのに
少しだけ背が伸び、少しだけ大人に近づき

「本を?ああ良いとも。私はちょうどサニーに会いたかったところだ」

「え?私にですか?」

赤らめる『少女』が少しだけ綺麗になっていたため。

「そう思ったのは確かだ、特に用も無いのに何故であろうな」

おかしいものだ・・・とデスクで指を組む残月がいたって真剣にそう言うので、顔を赤くしたまま思い切り首を横に振ってみた。

「わ、私も・・・残月様に『会いたいから』会いに来ました!」

『ふわふわ』と『もやもや』の狭間で三週間もの間心を揺らし、それを受け入れてきた少女は確信をもって口にしてしまう。

「あ、いえその・・・!」

彼が目を丸くしてしまったのがわかって慌てたが


「そうか」


覆面の下にある男の顔は、すぐにほころんだ。
少々温くなったロイヤルミルクは今が飲み頃かもしれない。
残月は一気に呷り、少しだけ綺麗になった少女を丁重に出迎えるべく腰を上げた。








END






身分違いの許されぬ恋に堕ちた恋人たちの物語を読み終えたサニーは感動さめやらぬのか最終巻をそっと閉じた後も溜め息がやまない。そのままうっとりとした表情でベッドで一緒に横になっているウサギのぬいぐるみを抱き寄せ、物語で書かれていたように目を閉じ、ウサギの口元に桜貝のように色づいた唇を静かに寄せてみる。

「・・・・・・・・・・・」

もちろん想像するようなときめきはぬいぐるみ相手で味わえるはずもなく、唇に伝わる味気ない綿の感触にサニーはもう一度溜め息をついてみせた。








「残月様、ありがとうございました」

「今回は随分と早く読んだな。ということは・・・」

「はい!とっても面白くって、その・・・ページをめくるたびにドキドキしました・・・・」

「ふむ、結構だ」

顔を紅潮させて言い切るサニーに苦笑を漏らし、残月は執務室の書棚に貸していた恋愛小説を元ある場所に戻した。これでサニーが読んだこの類の本は30冊を超えたことになる。それは特殊な環境の中、年頃を迎えようとしている少女にとって大切な『教科書』と言えなくも無い。

残月は次に何を彼女に薦めるべきか、膨大な本を抱える書棚の前で物色し始める。そろそろ重厚な物語に手を出しても問題は無いだろう「悲劇」ではあるが王道の『ロミオとジュリエット』か『椿姫』か、いや『椿姫』は少々早すぎるか。などと手にある煙管を器用に水平に回しながら、あれこれ彼なりに考えている様子。

「あの・・・残月様」

「ん?何だサニー」

「残月様はキスしたことがありますか?」

カツーンと乾いた音を立てて手にあった煙管が床に落ちる。いつぞやのラブレターといいどうもこの少女は自分に想像つかない質問を投げかけるようだ。残月は冷静を装いながら落ちた煙管を手に取った。

「どうしたサニー、突然何を言い出すかと思えば」

「すみません・・・でも樊瑞のおじ様にはさすがに聞けなくて・・・」

樊瑞がサニーからそんな質問をされたらどんな顔になるか・・・今にも笑いがこみ上げそうになるが、実際は彼の怒りの矛先が『教科書』を貸し出している自分に向けられることくらい容易に想像がつく。

------くだらん事をサニーに教えるな!・・・と言うだろうな

だが、こんな『教科書』など無くともこの少女が自然と知ること。ただ、今の環境にこのままあれば知るのが随分遅くなるだけで、それが少女にとって喜ばしいことだとは残月は考えてはいない。

「知りたいのか?」

残月はサニーとテーブルを挟んだ向かい側のソファに深く腰を下ろし、両手を組み合わせ真っ直ぐサニーを見据える。その思いがけず堂々とした態度にサニーは返って気後れしたのか

「いえ・・・そのただ、キスってどんな感じなのかなって・・・変なこと聞いてすみません」

顔を赤くし、淹れてもらったロイヤルミルクに両手を添えて、申し訳無さそうに口をつけた。文章で濃密な描写があっても所詮は想像にまかせるしかない。しかしこういったことに興味が俄然湧く年頃にとっては好奇心は抑えられないらしい。

------誰もが迎える季節、そして過ぎ去る季節・・・か

覆面の下で感慨深げに彼は思う。

さて、まずこの少女のささやかな好奇心をどう満たしてやるべきか。このテの事には白眉と言えるヒィッツカラルドを呼び出してレクチャーを頼むか・・・いや、セルバンテスならば必要以上を語らず上手くサニーの好奇心を満たすだろうか。残月はロイヤルミルクをすするサニーを見ながら最善策を彼なりに廻らせていた。

ややあって彼の中で何か決定したのか

「教えてやっても良いが」

「え?」

「ただ、聞いて『知る』よりも実際『味わう』べきだ、その方が早い」

「残月様?」

急に下ろしていた腰を上げ、座るサニーの横までくるとそのままソファに身体を置く。残月の体重でソファは深く沈み、サニーはロイヤルミルクを零しそうになる。

「私はそう思うが、サニーはどうだ?」

「あっ・・・」

手にしていたロイヤルミルクは残月にそっと奪われた。
残月とは随分と近い距離だが今までも普通にあったこと、しかし今は何故か妙な緊張を覚えてしまう。サニーが目をパチクリさせていたら彼女の細い腰に残月の右腕が回る。

あっさりと彼の身体に体温を感じるほどに寄せられ
目の前には見慣れているはずの覆面から覗く端整な口元。
父親とは違う煙草の香りが少女の鼻をかすめた。

「あの・・・・・・」

「こういう場合は目を閉じるのではないのか?違うか?サニー」

「・・・は、はい!!」

慌ててサニーはきつく目を閉じた。
残月のやけに落ち着いた声に身体が従おうとする。

いったいこれから何がおこるのか。

視界を拘束したことで一気に不安が巻き起こったが、説明できない期待も確かに混じっている。揺れ動く2つの感情を好奇心がさらに揺さぶり、サニーの小さな胸の中を熱くした。心臓が頭に移ったと思えるほど高鳴りがうるさい。もしかしたら残月にも聴こえているのではないだろうか・・・と、こんな状況にありながら少しでも心配したのは彼女もやはり女。

目を閉じるだけでなく無意識に唇もキュっと閉じられているサニーの可愛げのある反応に、残月は気づかれないようこっそり苦笑を漏らす。抱き寄せたまま左手の手袋を脱ぎ捨て、サニーの表情を眺めながらテーブルにあるクリスタルのシュガーポットに伸ばすと角砂糖を一粒捉える。彼は自分の口に運ぶと角砂糖に歯を立てて、小さく半分に噛み砕いた。

そして指先にある残りの半分を・・・サニーのきつく結ばれた唇に、寄せた。

いきなりの感触にサニーは一瞬身体を震わせたが、同時に腰に回されている残月の腕に力がこもり、震えを抑えられてしまう。唇にあるのは無理にではなく、優しくなぞるように寄せられてくる。必死になって閉じていた唇は次第に解かれていき、ついには探るように噛み砕かれた砂糖を受け入れた。


舌に溶けるそれは、痺れるほどに甘い。

砂糖だとすぐに、わかる。

わかっているがこの甘さは砂糖の甘さでは、ない。

夢色の靄(もや)がかかったまま、少女は甘さの中に彷徨った。



「もう目を開けても良いと思うが」

ところがサニーの目は未だ閉じられたまま、きつく閉じていた瞼はいつのまにか和らぎ陶酔の表情。残月の声など聞こえていないようだ。

「サニー、サニー?」

「・・・あ・・・・はい・・・・え?ああ!」

ようやく目覚めれば残月の覆面から覗く意地の悪い笑みがある。

「ふ・・・・ふふ、ふはははははははは!」

そして愉快そうに声を上げて彼は笑う。
サニーは自分の顔が耳の先まで赤くなっていくのがわかった。

「しっかり味わえたようだな」

赤くしたまま頬を膨らませ、恨めしそうに睨んでくるサニーに残月は再び笑った。












その夜、ベッドの上でサニーはウサギのぬいぐるみ相手に再び「予行練習」を行っていた。しかし何度やっても昼間のような蕩ける感覚には程遠く、ウサギに唇を寄せてもやはり味気ない綿の感触だけ。今度は飴玉を口に入れ、甘さを実感しながら行ってはみたが・・・・

「何が違うのかしら・・・」








ぬいぐるみを抱きしめ、悩ましい溜め息を吐く


一生に一度きりの季節は到来したばかり


夢見る甘さに、少女はまだ彷徨っていた。







END








---------------------
残サニ







ana
「見て見て!おじさま。これサニーがかいたの!」

「ん?ああ、すまんがちょっと今は『お仕事』が忙しくてな・・・ところでカワラザキ、昨日決定したアラスカでの活動内容だがF国の諜報機関が・・・・うむ・・・そうか・・・・」

「うさぎさんの絵なの・・・・・・・・・・・」

しかし真剣な顔をして通信機で連絡を取り合う樊瑞。
重要任務が重なっているためかここ一ヶ月はずっとこんな調子で、なかなかサニーを構ってやることが出来ない。我が娘に等しいサニーを優先できるものならしているのだが、悲しいことに彼もまた組織の人間。

一方、環境がそうさせるのかサニーは子どもながらに大人の都合を敏感に感じ取っていた。いつものようにわがままを言ってはいけない空気を読んで、忙しそうにしている樊瑞を残し彼女は静かに部屋を出た。



誰かに一生懸命描いた「うさぎさん」の絵を見て褒めて欲しかったためなのだが・・・樊瑞だけでなく今は組織を挙げての活発な活動を行っており、本部はいつも以上に慌しい。当然十傑たちも多くが出払っており、サニーは誰も居ない他の十傑たちの執務室をこっそり覗いて寂しそうな表情を浮かべる。

もちろん父親のアルベルトの部屋も同じで、かれこれ一ヶ月以上会っていない。
寂しさのあまり、まだ上手く行えないテレパシーを使ってみようとするも・・・アルベルト側が任務中の無用な「心のブレ」を避けるため交感を完全に遮断しているらしい。そのためおぼろげながらに存在は確認できても会話などは一切行えたためしは無かった。

独りで本部内の大回廊を歩いていたら

「あ!セルバンテスのおじさま!」

「やぁ!サニーちゃん、久しぶりだねぇ」

「あのね、これサニーがかいた・・・」

やっと見つけたのは長期任務を終え、本部に帰還したばかりのセルバンテス。嬉しそうに彼に駆け寄り、期待をのせて手にある画用紙を広げようとしたが・・・

「ん?ちょっとごめんね・・・」

セルバンテスのクフィーヤ下から発信音が。

「私だセルバンテスだ。何?この足でシンガポールへ向かえ??おいおい随分と人使いが荒いじゃないか?策士殿・・・わかったわかった二時間後に現地でアルベルトと合流しよう。ところで移動手段の指定だが・・・ふむ・・・なるほどそれなら海路が良さそうだ。それから・・・・」

クフィーヤ下から取り出した通信機相手に真剣な顔で話をしていたセルバンテス、長い長い任務確認が片付きいざサニーに笑顔で向き直ったが・・・

「あれ?サニーちゃん??」

サニーの姿はどこにもなかった。



それからも大人たちの慌しい状態がしばらく続いたある日

サニーがいなくなった。



樊瑞の屋敷に門限を過ぎても戻らず、本部内を探し回ったがどこにもいない。それに慌てた世話を手伝っている下級エージェントが任務遂行中の樊瑞に連絡を入れたためちょっとした騒動となったのだ。樊瑞もすぐに本部へ帰還したいがそうもいかない、心配を胸にもどかしい気持ちのまま彼は「混世魔王樊瑞」として猛威を戦場で振るっている。

代わってセルバンテス。任務先で樊瑞より事情は聞いていたので大急ぎで任務を終了させ本部に帰還、事の収集にあたっていた。

「本部内をくまなく探したのだろうな?」

「はっセルバンテス様!研究施設及び兵器格納庫も捜索済みであります!!」

「・・・・アルベルトに連絡は?彼なら地球の裏側にいようともテレパシーで大方の居場所はわかるはずだ」

「それが・・・・」

十傑を前に冷や汗をかく覆面姿の下級エージェントが語るには、「今は任務中だと知ってのことか!つまらん事でいちいち私に連絡するな!」と震え上がる怒声が返っただけで取り合わなかったらしい。

「ふむ・・・わかった、下がっていろ。捜索は引き続き行え」

セルバンテスは下級エージェントが立ち去ったのを確認し、小さく溜め息をつくと手にある通信機に語りかけた。

「サニーちゃんがいなくなったなんて、これはつまらん事じゃあないから私はいちいち君に連絡するからなアルベルト。テレパシーによる交感確認を既に行っているんだろ?サニーちゃんは今どこにいるんだい、こっちはもう日が暮れるんだ頼むから教えてくれ」

通信機の向こうは無言による返答。しばらくして苦渋に満ちた声で「わからん」と一言。実はアルベルトはサニーが行方不明となったとの一報を耳にして、すぐさま親子間のみの切り離せないテレパシーによる交感を行ったのだが・・・

「おい・・・何も感じないとはどういうことだ?そんなこと無いだろう?君たち親子のへその緒に似たテレパシーがいかに強力かはこの私も知っているところだが?」

しかし再び無言による返答。そしてブツリと音を立てて切れる通信。
すぐさま見つかると楽観していたセルバンテスは、事の重大さにようやく気づいた。

アルベルトのテレパシーでも所在が確認できないということが余計に不安にさせる。手が空いている他の十傑たちも事情を知りサニーを捜索することとなった。

「サニーがのう・・・よしワシも探そう」

「なんと、是は由々しき事態。我も捜索に協力惜しまず」

「あのガキがいない?ふん、衝撃のテレパシーでもわからぬのならどこかで死・・・」

このレッドの悪態はセルバンテスの鋭い視線でさえぎられる。
樊瑞を前にしていたらどうなっていたかは予想に難くない。








さて

行方不明となったサニーの捜索は確かに本部内の隅々まで行われたのだが、見つからない。しかし、裏を返せば捜索が行われなかった場所にサニーがいるわけだった。

「うさぎか、お嬢ちゃんよく描けているなぁ大したものだ」

「サニーねライオンさんもゾウさんもかいたのよ、ほら幽鬼さま見て見て!」

「どれどれほう、こりゃあ凄い。お嬢ちゃんは絵が上手なんだな」

「えへへ」

今日サニーは昼食を済ませた後、赤いリュックを背負って本部の外へ出た。サニーが一人で向かった先は幽鬼所有の温室。正確には温室に隣接された温室の環境管理を行う制御室だった。普段そこはカギがかけられているのだが・・・制御室の下部に位置するいくつかの通気孔、孔を塞ぐ網状のカバーが腐食によってか一つだけふさがれていないのをサニーは知っていた。だてにBF団本部を遊び場にしているわけではないのである。

そこへ潜り込もうとしたサニーを見かけて声をかけたのがたまたま温室から出てきた幽鬼であり、「かくれんぼかい?お嬢ちゃん」と聞けばサニーは胸を張って「サニーは家出するの!」と答えたのだった。

その言葉に幽鬼は驚いたが・・・彼は何故か止め様とはしなかった。

それどころか「じゃあ私もつき合せてくれ」と笑うと直ぐに無数の羽虫と化して小さな通気孔をくぐり、狭い制御室内で2人身を寄せる形で今こうしているわけである。

「だいぶ日が暮れてきたな・・・お嬢ちゃんまだ帰らないのか?」

「・・・・・いいの、サニーは帰らないもん」

樊瑞らが心配するぞ?とは聞かなかった。
それくらい十分承知の上でサニーが家出していることくらいわかっていたからだ。

実はここのところの尋常でない慌しさの中この少女が取り残される状況だったことを考えれば、彼女のとった行動に幽鬼は合点がいく。これが最善の策だとは思わないが子どもにとっては最終手段。いつも聞き分けの良い、大人に従順なサニーがどれだけの気持ちでこんなことをしているのか・・・彼にはわかる。

しかし、アルベルトとの強力なテレパシーで繋がっているのだからすぐに見つかってしまうだろう。

そこで幽鬼はサニーの身を自身に寄せて自分を中心に目に見えない強力な精神フィールドを張り、外部からの精神的な接触を一切遮断してやった。例え親子の強力な結びつきであろうと、天性のテレパシストである幽鬼による強大な力を前には容易な接触は行えない。

第一、親子間の強力なテレパシーが不能となる事態はどちらかが完全に意識を失っているか、それ以上の術者による影響くらいしか無い。アルベルトも気づくべきだった、前者の可能性を信じないのであれば後者の可能性しかなく、そしてそれ以上の術者は世界を見渡しても幽鬼くらいしかいないという事実に。


------今頃本部の連中は大騒ぎだろう

おやつのクッキーを晩御飯にしているサニーを見ながら幽鬼はニヤリと笑った。散々この少女を放ったらかしにしていた大人たちが今は必死に捜し求めているに違いない。

「幽鬼様もクッキーたべる?」

無邪気に一枚差し出され幽鬼は「腹が減っていたところだ、これはありがたいな」と齧り付いた。見ればリュックの中にはクッキーの小箱が二つもあり「あと一週間はここで篭城する気か」とこっそり苦笑し

------ここの孔はまだ塞がれていなかったのか・・・
------しかし、また私がここで夜を明かすことになろうとは・・・

クッキーの素朴で懐かしい味に幽鬼は目を細めた。
そして、誰が一番先にこの居場所を見つけるのか、彼には確信があった。


制御室の静かなモーター音を子守唄に、サニーは幽鬼の横で猫のように丸まって眠っている。今夜一晩くらいはたっぷりと家出気分を満喫させてやるのも悪くない、そしてサニーの聞き分けの良さに甘えていた大人たちを必死にさせることも。
幽鬼はサニーの巻き毛をおもむろに撫でながら

「爺様、いるんだろ?」

足元の塞がれていない通気孔に目をやる。
気配はまったく無いが幽鬼の鋭い勘にまず間違いは無い。
案の定返事の変わりに通気孔から見慣れた革靴が現れた。

「サニーは無事か?」

「ああ、よく眠っている。腹も空かせていないから大丈夫だ」

「そうかそれなら安心じゃ・・・・さて、どうしたら戻ってきてくれるかのぅ」

「ふふふ・・・爺様ならこれが『家出』だとわかったか」

通気孔の向こう側からも小さな笑い声が聞こえる。

「BF団でのこういう事態は二度目だからの、随分昔になるが・・・一度目の時はここを見つけるまで丸二日、それはそれは手を焼いたものだ」

「爺様の手を焼かせる奴がいるとは・・・ふふ、けしからんな」

「そうじゃろう?見つけてみればクッキーの小箱を二つも抱えての家出だ、『本格的な準備』に頭が下がったわい」

2人の笑い声が重なって、眠っていたサニーが小さき身じろぎした。

「おっと・・・爺様、お嬢ちゃんが起きてしまうぞ。まぁ・・・そいつはきっとクッキーで一週間ここで篭城する気だったんだろうよ。けしからん奴だが、本人は必死だったんだ・・・許してやってくれ」

「許すも何も、悪いのは寂しい想いをさせてしまったワシだったのだからな・・・だから今こうしているサニーの気持ちが良く分かるわ・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

制御機器のモーター音と、外からは消え入りそうな虫の音。

それがあの時と変わらないと知るのは2人だけ。

「お嬢ちゃんは明日には私が責任を持って帰させる、今日はここにいさせてやってくれないか?」

「うむ、ならばお前に任せるとしよう。もちろん他の連中には内緒だ、せいぜい手を焼く苦労を味あわせてやるわい」

笑いとともにこの場から立ち去る気配がする。

「なぁ爺様、あれから・・・ここの孔を修理せず、塞がないでおいたのはどうしてだ?」

身じろぎしただけで再びささやかな寝息を立て始めるサニーを見詰めながら、幽鬼は最後に孔の向こう側にいる老人に訊ねてみた。

「知りたいか?」

「ああ」

空はすっかり暮れなずみの時が終わり、満点の星空が広がっていた。

「ふふ・・・それはな、『けしからん奴』がいつでもまた家出できるようにしておいたまでよ」

外にある気配が完全に消えた。
幽鬼は知らず笑みを零す。
まだ自分はこの老人に適いそうに無い。
適わない事、それがどんなに幸せなことか・・・

傍らで眠る少女の横で、彼もまたかつてのように丸くなって眠ることにした。









いくら探してもサニーが見つからず、一睡もできないでいたセルバンテス。そして任務の合間にも何度もテレパシー交感を行うが感知できず、顔には出さないが疲労困憊のアルベルト。樊瑞に至っては予定より3日も早く敵地を殲滅し、眠ることなく本部にとんぼ返りした。

捜索に協力した他の十傑たちも疲れてはいたが、この3人の比ではない。

「まったく不甲斐ないものだな、天下の十傑がガキ一人に振り回されこのザマか」

斯く言うレッドもブツブツ言いながらも探し回っていたわけだが。

幽鬼に引き連れられてサニーがこの3人の前にようやく姿を現した。

「さ・・・サニーちゃん!!!良かったよ~」

「幽鬼!?まさか・・・くそっ貴様の仕業かっ」

「無事であったか・・・あああ・・・サニー!今までどこに」

三者三様の反応を示し、そして三人ともサニーに駆け寄ろうとしたがカワラザキが割って入りそれを遮る。そして恰幅の良い身体を反らせ

「お主らは今ここでサニーに謝れ!!!!」

大喝一斉。
懇々とサニーがどうして『家出』を行ったかを、愚かな大人たちに説いた。
幽鬼の足にしがみ付くサニーは申し訳ないような、それでいて嬉しく晴れがましいような、複雑だが確かに幸せな気持ちでカワラザキの背中を見ていた。

もちろん幽鬼も一緒の気持ちだったということは言うまでも無い。





それからサニーが『家出』をするようなことは一度も無かった。









幽鬼の温室に隣接されている温室管理の制御室。
そこには小さな子ども一人が入れる通気孔がある。

孔の存在を知る者はこの世で3人しかいないその孔は

永遠に誰かを迎え入れることができるよう



これからも永遠に塞がれないままだった。







END








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