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身分違いの許されぬ恋に堕ちた恋人たちの物語を読み終えたサニーは感動さめやらぬのか最終巻をそっと閉じた後も溜め息がやまない。そのままうっとりとした表情でベッドで一緒に横になっているウサギのぬいぐるみを抱き寄せ、物語で書かれていたように目を閉じ、ウサギの口元に桜貝のように色づいた唇を静かに寄せてみる。

「・・・・・・・・・・・」

もちろん想像するようなときめきはぬいぐるみ相手で味わえるはずもなく、唇に伝わる味気ない綿の感触にサニーはもう一度溜め息をついてみせた。








「残月様、ありがとうございました」

「今回は随分と早く読んだな。ということは・・・」

「はい!とっても面白くって、その・・・ページをめくるたびにドキドキしました・・・・」

「ふむ、結構だ」

顔を紅潮させて言い切るサニーに苦笑を漏らし、残月は執務室の書棚に貸していた恋愛小説を元ある場所に戻した。これでサニーが読んだこの類の本は30冊を超えたことになる。それは特殊な環境の中、年頃を迎えようとしている少女にとって大切な『教科書』と言えなくも無い。

残月は次に何を彼女に薦めるべきか、膨大な本を抱える書棚の前で物色し始める。そろそろ重厚な物語に手を出しても問題は無いだろう「悲劇」ではあるが王道の『ロミオとジュリエット』か『椿姫』か、いや『椿姫』は少々早すぎるか。などと手にある煙管を器用に水平に回しながら、あれこれ彼なりに考えている様子。

「あの・・・残月様」

「ん?何だサニー」

「残月様はキスしたことがありますか?」

カツーンと乾いた音を立てて手にあった煙管が床に落ちる。いつぞやのラブレターといいどうもこの少女は自分に想像つかない質問を投げかけるようだ。残月は冷静を装いながら落ちた煙管を手に取った。

「どうしたサニー、突然何を言い出すかと思えば」

「すみません・・・でも樊瑞のおじ様にはさすがに聞けなくて・・・」

樊瑞がサニーからそんな質問をされたらどんな顔になるか・・・今にも笑いがこみ上げそうになるが、実際は彼の怒りの矛先が『教科書』を貸し出している自分に向けられることくらい容易に想像がつく。

------くだらん事をサニーに教えるな!・・・と言うだろうな

だが、こんな『教科書』など無くともこの少女が自然と知ること。ただ、今の環境にこのままあれば知るのが随分遅くなるだけで、それが少女にとって喜ばしいことだとは残月は考えてはいない。

「知りたいのか?」

残月はサニーとテーブルを挟んだ向かい側のソファに深く腰を下ろし、両手を組み合わせ真っ直ぐサニーを見据える。その思いがけず堂々とした態度にサニーは返って気後れしたのか

「いえ・・・そのただ、キスってどんな感じなのかなって・・・変なこと聞いてすみません」

顔を赤くし、淹れてもらったロイヤルミルクに両手を添えて、申し訳無さそうに口をつけた。文章で濃密な描写があっても所詮は想像にまかせるしかない。しかしこういったことに興味が俄然湧く年頃にとっては好奇心は抑えられないらしい。

------誰もが迎える季節、そして過ぎ去る季節・・・か

覆面の下で感慨深げに彼は思う。

さて、まずこの少女のささやかな好奇心をどう満たしてやるべきか。このテの事には白眉と言えるヒィッツカラルドを呼び出してレクチャーを頼むか・・・いや、セルバンテスならば必要以上を語らず上手くサニーの好奇心を満たすだろうか。残月はロイヤルミルクをすするサニーを見ながら最善策を彼なりに廻らせていた。

ややあって彼の中で何か決定したのか

「教えてやっても良いが」

「え?」

「ただ、聞いて『知る』よりも実際『味わう』べきだ、その方が早い」

「残月様?」

急に下ろしていた腰を上げ、座るサニーの横までくるとそのままソファに身体を置く。残月の体重でソファは深く沈み、サニーはロイヤルミルクを零しそうになる。

「私はそう思うが、サニーはどうだ?」

「あっ・・・」

手にしていたロイヤルミルクは残月にそっと奪われた。
残月とは随分と近い距離だが今までも普通にあったこと、しかし今は何故か妙な緊張を覚えてしまう。サニーが目をパチクリさせていたら彼女の細い腰に残月の右腕が回る。

あっさりと彼の身体に体温を感じるほどに寄せられ
目の前には見慣れているはずの覆面から覗く端整な口元。
父親とは違う煙草の香りが少女の鼻をかすめた。

「あの・・・・・・」

「こういう場合は目を閉じるのではないのか?違うか?サニー」

「・・・は、はい!!」

慌ててサニーはきつく目を閉じた。
残月のやけに落ち着いた声に身体が従おうとする。

いったいこれから何がおこるのか。

視界を拘束したことで一気に不安が巻き起こったが、説明できない期待も確かに混じっている。揺れ動く2つの感情を好奇心がさらに揺さぶり、サニーの小さな胸の中を熱くした。心臓が頭に移ったと思えるほど高鳴りがうるさい。もしかしたら残月にも聴こえているのではないだろうか・・・と、こんな状況にありながら少しでも心配したのは彼女もやはり女。

目を閉じるだけでなく無意識に唇もキュっと閉じられているサニーの可愛げのある反応に、残月は気づかれないようこっそり苦笑を漏らす。抱き寄せたまま左手の手袋を脱ぎ捨て、サニーの表情を眺めながらテーブルにあるクリスタルのシュガーポットに伸ばすと角砂糖を一粒捉える。彼は自分の口に運ぶと角砂糖に歯を立てて、小さく半分に噛み砕いた。

そして指先にある残りの半分を・・・サニーのきつく結ばれた唇に、寄せた。

いきなりの感触にサニーは一瞬身体を震わせたが、同時に腰に回されている残月の腕に力がこもり、震えを抑えられてしまう。唇にあるのは無理にではなく、優しくなぞるように寄せられてくる。必死になって閉じていた唇は次第に解かれていき、ついには探るように噛み砕かれた砂糖を受け入れた。


舌に溶けるそれは、痺れるほどに甘い。

砂糖だとすぐに、わかる。

わかっているがこの甘さは砂糖の甘さでは、ない。

夢色の靄(もや)がかかったまま、少女は甘さの中に彷徨った。



「もう目を開けても良いと思うが」

ところがサニーの目は未だ閉じられたまま、きつく閉じていた瞼はいつのまにか和らぎ陶酔の表情。残月の声など聞こえていないようだ。

「サニー、サニー?」

「・・・あ・・・・はい・・・・え?ああ!」

ようやく目覚めれば残月の覆面から覗く意地の悪い笑みがある。

「ふ・・・・ふふ、ふはははははははは!」

そして愉快そうに声を上げて彼は笑う。
サニーは自分の顔が耳の先まで赤くなっていくのがわかった。

「しっかり味わえたようだな」

赤くしたまま頬を膨らませ、恨めしそうに睨んでくるサニーに残月は再び笑った。












その夜、ベッドの上でサニーはウサギのぬいぐるみ相手に再び「予行練習」を行っていた。しかし何度やっても昼間のような蕩ける感覚には程遠く、ウサギに唇を寄せてもやはり味気ない綿の感触だけ。今度は飴玉を口に入れ、甘さを実感しながら行ってはみたが・・・・

「何が違うのかしら・・・」








ぬいぐるみを抱きしめ、悩ましい溜め息を吐く


一生に一度きりの季節は到来したばかり


夢見る甘さに、少女はまだ彷徨っていた。







END








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残サニ







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