アルベルトは執務室の書棚にあるファイルを引き出した時、書棚の一番隅に見覚えのある黒い装丁がたまたま目に入った。
それはやたら分厚いばかりで内容はあくびが出るほど退屈な経済白書。
はっきり言って面白いという類いの本ではない。
随分昔に途中まで読んだが、それっきり。
読破する気は今も無い。
そして今後も永遠に。
なのにどうしてこんな本をいつまでも書棚の肥やしにしているのか
「まったく」
アルベルトは理解できない自分自身に舌打ちし、黒い本を掴んだ。
そのまま足元のダストボックスに投げ入れて、彼は改めて本当の目的であるファイルを手に取りデスクに座った。ファイルの中身は明後日から行われる大規模作戦の資料。その面白みの無さは捨てた本とさして変わりはしないかもしれない。
それに目を通しながら彼は葉巻に火をつけた。着火具など必要はない、知らぬ者が見れば葉巻自身が自然と発火したように見えるかもしれない。漫然と葉巻の香りを楽しみながらアルベルトはファイルをめくる。デスク上に人差し指を立てると光彩モニターとキーボードが浮かび上がり情報を入力し、一度紫煙を吐き流す。
ピィーン・・・ピィーン・・・・
ダウンロード画面がモニターから別ウィンドウとしてデスクの上に浮かぶ。
アルベルトはただそれをぼんやりと見詰めていた。
「・・・・・・・!!!!!」
突如、アルベルトは思い出したかのように立ち上がり、デスクの角で派手に脚をぶつけながらもダストボックスに駆け寄る。ダストボックスの紙くずを全部掻き出し、埋もれていた黒い装丁の面白くもなんともない本を救出し
彼はページを捲り(めくり)始めた。
「お父様、私に何か御用ですか?」
サニーは珍しく執務室にいる父親に呼び出され少し緊張していた。
「この本をやるから読むがいい」
アルベルトから差し出されたのは真っ黒い本、その分厚さもだが色の雰囲気からしてかなり真面目で難しそうな本だとサニーは思った。
「何の本ですか?」
「用はこれで終わりだ」
質問は答えられることなくあっさりとしたやりとりが済む。
サニーは重さのあるその本を胸に抱えて執務室から出ようとしたら
「大事にしろ」
最後にそう忠告を受けた。
サニーはベッドの上で寝る前の読書に昼間父親から貰った本を選んだ。
まだ読めない文字が多い上、びっしりと塗りつぶすかのように敷き詰められている活字。そしておそらく経済用語なのだろう、さっぱりわからない専門用語がやたらと出てきて内容は半分も理解できない。
正直言って面白くない。
せっかくこの本をくれた父親には悪いが、最後まで読む気が起こらない。
サニーは肩で溜め息をついてうんざりすると、分厚い本を閉じ、改めて1ページから最終ページ目まで一気に流し捲ってみた。どうせなら胸ときめくような愛を語る物語だったらいいのに・・・と父親の顔を思い浮かべて面白みの無い黒い装丁の本と重ね合わせる。
「あら?何かしら」
再び流し捲った時に何か目に付いた。サニーは本の中ほどを開くと1ページ1ページ丁寧にめくってその何かを捜し求める。
「・・・・・・・花?」
301ページ目に挟まれていたのは名も無い小さな小さな薄桃色の花。
それは面白みの無い黒い本に大切に抱きしめられて
つい先ほどそこに入れられたかのように色褪せることなく、静かに眠っていた。
「アルベルト様?何かお探しですか?」
「うむ、この本に付いていた筈の栞紐が切れたようだ」
「まぁ、随分と分厚くてなんだかとても難しそうなご本ですね」
黒い瞳を少女のように輝かせ彼女は覗き込んでくる。
「扈三娘、何か変わりになる物は無いか」
「はい、アルベルト様これを」
水が張られたガラス皿に横たわっていた小さな花を差し出した。
「花?これを栞にしろというのか」
「今朝私が庭園に咲いていたのを摘んで参りましたの、お嫌でしたら他にええと・・・」
「まぁいい、それでいいからよこせ」
「アルベルト様が読み終わりましたら、次は私が読んでもよろしいですか?」
「お前はこれが面白い本だとでも思っているのか?」
なんと酔狂な、と鼻先で笑うが彼女は至って真面目な顔して
「いいえ、思いませんわ」
「?」
「うふふ、だってアルベルト様がお読みになる本ですもの」
十傑集相手にコロコロと笑うので、ムスっとした顔で本を閉じた。
そうしたらまた笑う。
どんな顔をして良いのか、アルベルトは困ってしまった。
END
それはやたら分厚いばかりで内容はあくびが出るほど退屈な経済白書。
はっきり言って面白いという類いの本ではない。
随分昔に途中まで読んだが、それっきり。
読破する気は今も無い。
そして今後も永遠に。
なのにどうしてこんな本をいつまでも書棚の肥やしにしているのか
「まったく」
アルベルトは理解できない自分自身に舌打ちし、黒い本を掴んだ。
そのまま足元のダストボックスに投げ入れて、彼は改めて本当の目的であるファイルを手に取りデスクに座った。ファイルの中身は明後日から行われる大規模作戦の資料。その面白みの無さは捨てた本とさして変わりはしないかもしれない。
それに目を通しながら彼は葉巻に火をつけた。着火具など必要はない、知らぬ者が見れば葉巻自身が自然と発火したように見えるかもしれない。漫然と葉巻の香りを楽しみながらアルベルトはファイルをめくる。デスク上に人差し指を立てると光彩モニターとキーボードが浮かび上がり情報を入力し、一度紫煙を吐き流す。
ピィーン・・・ピィーン・・・・
ダウンロード画面がモニターから別ウィンドウとしてデスクの上に浮かぶ。
アルベルトはただそれをぼんやりと見詰めていた。
「・・・・・・・!!!!!」
突如、アルベルトは思い出したかのように立ち上がり、デスクの角で派手に脚をぶつけながらもダストボックスに駆け寄る。ダストボックスの紙くずを全部掻き出し、埋もれていた黒い装丁の面白くもなんともない本を救出し
彼はページを捲り(めくり)始めた。
「お父様、私に何か御用ですか?」
サニーは珍しく執務室にいる父親に呼び出され少し緊張していた。
「この本をやるから読むがいい」
アルベルトから差し出されたのは真っ黒い本、その分厚さもだが色の雰囲気からしてかなり真面目で難しそうな本だとサニーは思った。
「何の本ですか?」
「用はこれで終わりだ」
質問は答えられることなくあっさりとしたやりとりが済む。
サニーは重さのあるその本を胸に抱えて執務室から出ようとしたら
「大事にしろ」
最後にそう忠告を受けた。
サニーはベッドの上で寝る前の読書に昼間父親から貰った本を選んだ。
まだ読めない文字が多い上、びっしりと塗りつぶすかのように敷き詰められている活字。そしておそらく経済用語なのだろう、さっぱりわからない専門用語がやたらと出てきて内容は半分も理解できない。
正直言って面白くない。
せっかくこの本をくれた父親には悪いが、最後まで読む気が起こらない。
サニーは肩で溜め息をついてうんざりすると、分厚い本を閉じ、改めて1ページから最終ページ目まで一気に流し捲ってみた。どうせなら胸ときめくような愛を語る物語だったらいいのに・・・と父親の顔を思い浮かべて面白みの無い黒い装丁の本と重ね合わせる。
「あら?何かしら」
再び流し捲った時に何か目に付いた。サニーは本の中ほどを開くと1ページ1ページ丁寧にめくってその何かを捜し求める。
「・・・・・・・花?」
301ページ目に挟まれていたのは名も無い小さな小さな薄桃色の花。
それは面白みの無い黒い本に大切に抱きしめられて
つい先ほどそこに入れられたかのように色褪せることなく、静かに眠っていた。
「アルベルト様?何かお探しですか?」
「うむ、この本に付いていた筈の栞紐が切れたようだ」
「まぁ、随分と分厚くてなんだかとても難しそうなご本ですね」
黒い瞳を少女のように輝かせ彼女は覗き込んでくる。
「扈三娘、何か変わりになる物は無いか」
「はい、アルベルト様これを」
水が張られたガラス皿に横たわっていた小さな花を差し出した。
「花?これを栞にしろというのか」
「今朝私が庭園に咲いていたのを摘んで参りましたの、お嫌でしたら他にええと・・・」
「まぁいい、それでいいからよこせ」
「アルベルト様が読み終わりましたら、次は私が読んでもよろしいですか?」
「お前はこれが面白い本だとでも思っているのか?」
なんと酔狂な、と鼻先で笑うが彼女は至って真面目な顔して
「いいえ、思いませんわ」
「?」
「うふふ、だってアルベルト様がお読みになる本ですもの」
十傑集相手にコロコロと笑うので、ムスっとした顔で本を閉じた。
そうしたらまた笑う。
どんな顔をして良いのか、アルベルトは困ってしまった。
END
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