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うろほろぞ
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「ふむ、そういうことか」

「はい、お爺様がよろしければぜひ・・・あの私、一生懸命頑張りますのでどうかお願いします」

「お前のその気持ち、ワシは大事にしてやりたいと思っておる。それにこういった経験は前々からお前には必要だと思っておったのだ、よしこのワシが一つ力を貸そう。そして他の連中にも協力してくれるよう口ぞえをしておく」

カワラザキの深く皺が刻まれた顔が笑顔で緩む。
サニーは「ありがとうございますお爺様」と頼れる長老格に深く頭を下げた。

「もちろん、あの3人には内緒だからの」



※※※※※※※※※



セルバンテスによる経済学とスコーンを食べながらの美味しい紅茶の淹れ方の講義、その後はイワンによるピアノレッスンを受け、昼まではトレーニングルームにて能力訓練を行う。
と言った具合で基本的にサニーは午前中は勉強に勤しむ。昼食が済んだ午後もまた多忙な先生代わりの十傑の都合に合わせて勉強を行う場合もあるが、大抵は一人で予習復習を行ったり読書やクッキーを焼いたりの穏やかな自由時間、この流れがサニーの日課だったが・・・


午前中の任務を終え、頼まれていた資料を手渡そうと残月の執務室に訪れた樊瑞は一歩足を踏み入れる前に思わず立ち止まった。

いつもは残月という男の性格が現れているかのように整然と隙間無く書棚に並べられている本なのだが今は床一面に散乱、埃も盛大に舞っている中サニーがエプロンにマスク、右手にハタキというスタイルでせわしなく動いていた。

「・・・・な・・・何をしているのだサニー・・・・??」

「え?あ!・・・・あの・・・ざ、残月様に頼まれて、お掃除を・・・」

「掃除?何故お前がせねばならん??」

本人が行うかそれが無理なら下級エージェントに任せるのが普通だが、よりによって大事な娘も同然のサニーに汗水流させ掃除をさせるというのが納得いかない。

「おい残月!・・・ん?どこだ?残月!!サニーにわざわざこんなことをさせるな」

「お、おじ様、残月様はさきほど東の研究棟に向かわれました」

まったく、と吐き捨てて樊瑞は部屋を飛び出すその顔には、返答次第では一発ぶん殴ってやるという意気込みが表れていた。

樊瑞がいなくなったのを確認してサニーはそっと残月のデスクの下を覗き込んだ。「もう大丈夫です」と声をかけたそこには残月が窮屈そうに身体を小さくさせて収まっている。

「やれやれ危うく見つかるところであった・・・ふふ、あの勢いじゃ殴られるどころでは済まなさそうだな」

デスク下から出てきて室内を見渡してみるが・・・普段から整理を心がけこ綺麗にしているつもりでも見えない埃はいくらでも出てくるものである。それに恐ろしく膨大な書籍類を全て掻き出し一から整理し直すなど時間の都合で滅多にしないし散らばった本を元に戻すとなると・・・さすがの残月も目の前の光景に頭が痛くなりそうだ。

「これはさすがに一人では無理ではないのかサニー、私も手伝うが」

「いいえ残月様、これは元々私が頼んだ私の仕事です。必ず夕方までには終えるよう努力しますので・・・それまでお休みください」

「ふむ・・・」

こう見えてやはりアルベルトの娘、固い意志であることくらい赤い瞳を見ればわかる。本人の意志を尊重して残月はサニーの好きなようにさせることにして、1ヵ月に及ぶ任務で疲れていた自身は隣接されている小部屋で横になった。

サニーが宣言したとおり夕方には綺麗になった執務室となり、膨大な本も書棚に全て収まり種類ごとに振り分けられ、もちろん埃ひとつ落ちてはいない。見事な結果に残月は満足し「よく頑張ったな、お陰でゆっくり休むことができた。これは約束のものだ」とサニーに包み紙を手渡す。

「ありがとうございます!」

サニーは大切そうにそれを受け取り生まれて初めての「仕事」を完了させた。




※※※※※※※※※



「サニーの様子が最近おかしい」

ムッスリとした顔で樊瑞がナッツの入ったスコーンに齧りつき、横でセルバンテスはのんびりとダージリンを一口。

「そうかなぁ?サニーちゃんは相変わらず元気で可愛いよ?なぁアルベルト」

「知らん」

そしてもっとムッスリとした顔のアルベルトに苦笑。

こうして珍しく3人集まりテーブルを囲んだら話題は「サニー」がだいたい定番。

「気のせいか私を避けているように思えるのだ・・・お茶に誘っても用事があると言ってすぐにどこかへ行ってしまうし、夕ご飯が済めばさっさと自分の部屋にこもってしまう・・・何か私に隠し事でもあるのだろうか」

そういう樊瑞の「おかしい」の意味がセルバンテスにもわからないでもない。午後の空いている時間の行動が今までとは変わってきていることは、サニーの様子を注意深く見守ってきているので既に気づいていた。

「サニーちゃんとて女の子だ『秘密』のひとつやふたつくらい・・・」

「私にも教えられぬような『秘密』をか!そ・・・!そんなのは許さんぞ!!」

「樊瑞・・・スコーンの欠片を口から飛ばすな汚い」

「アルベルトお前はよくそんな悠長でいられるな。サニーが不良になってもいいのか!」

「こっちに向いて飛ばすな!」

「ふ、不良って・・・サニーちゃんを信じたまえよ魔王。君がそんなことでどうする・・・・というかせっかくのスコーンなんだから紅茶と一緒に食べて欲しいのだが」

目の前の熱い煎茶がひっくり返る勢いで樊瑞は吼える。

「うるさい!サニー!!私は許さんからなーーー!!」




※※※※※※※※※




一昨日はヒィッツカラルドの温室で薔薇に水遣り、昨日はカワラザキの茶室の掃除、そしてサニーの今日の「仕事」は十常寺の執務室で着物の繕い。

十常寺の着物はいずれも価値のある代物であるが、物持ちの良さのため年季が入っている。ところどころ穴や擦り切れがありサニーはそれらをひとつひとつ丁寧に縫い直していった。針仕事は残月やカワラザキからすでに教わっていたのでちょっとした縫いつけならできる、しかしどんなに頑張っても子どもの手、10着目に差し掛かった時には既に日が暮れようとしていたので

「サニー嬢・・・無理は甚だ身体に悪し、急ぐは要せずゆえ本日はこれにて終えて続きは明日(みょうにち)で如何(いかが)か」

「はい・・・十常寺のおじ様。でもあと一着で終わるのでどうか最後までさせてください」

あまり遅くなっては樊瑞が心配するだろう・・・そう思う十常寺の前でサニーは真剣な表情でひとつひとつ丁寧に針を刺していく。

サニーは自ら頼んで10着も縫いつけを行っている手前、責任を持って最後まで成し遂げたかった。それに中途半端な仕事で「給金」を貰うことを彼女は嫌い、無理をしてでも大人が認めてくれる働きをしたかったから。

元々は「給金」目当てで始めたバイトだったのだが・・・いつしか働いて感謝されることに彼女自身も喜びを感じてした。それにお金を受け取ることで自分がきちんと認められているのだと実感できるし、少し大人に近づけたような気がするので仕事への「やりがい」が生まれていた。

十常寺もサニーの表情を見ればそれがわからないでもない。大人ばかりに囲まれた環境のせいなのか・・・サニーは人一倍大人になることへの憧れが強いのだ。それ以上は何も言わず本人が納得するまで最後までやらせることにした。




※※※※※※※※※




「ごめんなさい・・・・・」

門限の5時を30分過ぎて屋敷に戻ってきたサニーの前には怖い顔をした樊瑞。「どうしてこんなに遅くなった」と問い詰められてもサニーは謝り、後は俯いて黙っているしかない。

「まったく・・・ん?どうしたその手は」

指に巻きつけられたたくさんの絆創膏は先ほどの針仕事の勲章。慌てて隠そうとするが手に持っていた十常寺から貰った「給金」を落としてしまう。

「金?・・・おいサニーこのお金はなんだ?」

高い音を立てて散らばった硬貨をサニーが必死になってかき集める姿を見て急に不安にかられる。お金などサニーに必要ないし持たせたことなど無い。抑えようも無い不安がどんどん膨らんでいき

「ま・・・まさか!お金を・・・サニー!私はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!!」

「おじ様・・・・」

それがどういう意味なのかすぐにわかったサニーは・・・悲しくなった。最後の一枚を拾うと樊瑞の顔も見ずに二階に駆け上がり自分の部屋にカギをかけてしまう。

「サニー!出てきなさい!きちんと私に説明してくれ!」

ドアを叩きながら樊瑞が叫んでいる。
説明などできるはずがない。

しばらくして諦めたのか静かになった後もサニーは下に下りようとせず、その日の夕食は結局食べなかった。とてもじゃないが樊瑞と顔を合わせられる気持ちじゃないからだ。

部屋で一人、サニーはバイトで稼いだお金を貯めていたピンクの「ブタさん貯金箱」から取り出し一枚一枚数えていった。

「ふう・・・・どうしよう・・・お金を稼ぐのがこんなに大変だったなんて・・・」

これが父の日の贈り物となるネクタイに化けるにはまだ足りそうにない。

事情をサニーから聞いたカワラザキが3人以外の他の十傑にも口ぞえをしてくれた。父の日まであの3人に内緒で掃除や手伝いなどちょっとしたバイトをサニーにさせて欲しい、そして少しでもよいからお金を働きに応じて与えて欲しいと。

気を利かせて約束以上の「給金」を手渡そうとする十傑もいたがサニーは丁重に断ってきた。気持ちは本当にありがたいが、あくまでも自分の働きに見合ったお金でないと意味が無い。どうしても自分一人の手で得た胸を張れるお金で無いと、父の日に贈り物はできないとサニーは考えていた。

「でも父の日まで頑張らなくちゃ・・・」

決意新たに数えたお金をブタさんに入れていくが・・・樊瑞の言葉がまだ胸に痛い。事情を説明できない自分も悪いのだが・・・

サニーは少しだけ自分を信じてくれなかった樊瑞を恨んだ。




※※※※※※※※※




早朝からの任務地への出立のお陰で樊瑞と顔を合わせることは無かった。長期任務となるので父の日当日までしばらくは帰ってこないのが救いのような気もするが、サニーの気持ちは晴れはしない。午前中のセルバンテスによる民族学の講義の際もその気持ちが顔に表れていたのか・・・

「悩みがあればおじ様が聞いてあげるよ?」

しかしこの事情は3人のうちの一人であるセルバンテスにも教えられない。下に俯くばかりのサニーの様子を見てセルバンテスもそれ以上訪ねようとはしなかった、ただ・・・

「実は朝早く出て行った樊瑞から聞いたけど・・・・安心したまえ、私は何があってもサニーちゃんの味方だから。全世界敵に回してもね」

ニィと歯を見せるセルバンテス、サニーは無償で受け入れてくれる気持ちに胸の痞え(つかえ)が無くなる気がする。

「それに一緒になって聞いてたアルベルトも鼻で笑ってたし。お父さんもサニーちゃんのことをちゃんと信じてるさ」

「お父様が・・・・」

一気に晴れるサニーの表情を見れば樊瑞の思い込みだったことに確信がもてる。

「樊瑞も信じてないわけじゃあないと思うがね、ただ・・・ずっとサニーちゃんを見てきたのだから急に自分の知らない秘密を持たれるのが不安なんだろうね。わかるだろう?その不安は信頼が深ければこそだ」

「・・・はい」

涙をためて頷くサニーの頭をセルバンテスは優しく撫でてやった。





※※※※※※※※※




幽鬼の温室で草むしり、怒鬼の足袋の縫い付け、カワラザキの肩叩き・・・・その日からもサニーは懸命に仕事に勤しみ少しずつではあるがお金を貯めていった。だが、あともう一稼ぎいないと買おうと思っているネクタイは3本買えない、それに父の日はもう明後日。

十傑たちが自分のために都合つけてくれるのが分かっているため無理に仕事を貰うのは気が引ける、出来れば本当に必要とされる仕事を請けたい。選り好みしている場合ではないがそこはサニーにとって譲れないところだった。

だが・・・いくら悩んでもどうしようもない現実にサニーは自分の限界を痛感。
所詮は子どもの力ではどうしようもないと本部内の大回廊をブタさん貯金箱を持ってトボトボと歩いていたら

「おい貴様、コレを縫え」

いつの間にか背後に立っていたレッドが差し出すそれは彼のトレードマークの一つである目に痛いくらいの真っ赤なマフラー。広げて見せ付けるそこには焼けたような小さな穴・・・任務中に銃撃を受けたモノだ。きょとんとしているサニーに「さっさと縫え」と押し付け側にある休憩用のソファにどっかり座り込んでしまった。

「丁寧に縫え」

「あ・・・はい」

有無を言わさぬ態度にサニーも慌てていつも持ち歩いている携帯用ソーイングセットを取り出し、出来るだけ近い色の赤い糸を選んで針に通す。レッドに見られながらで緊張するがサニーは目立たないよう丁寧に穴を縫い合わせ、出来上がったそれは穴がどこにあるかわからない仕上がりとなった。

「ふん、まぁいいだろう」

しげしげとチェックを行うと再びマフラーを首に巻きつけた、そしてスーツのポケットから一枚の紙幣を取り出すとねじ込むようにブタさんに入れようとする。

「あ・・・レッド様こんなことでお金をいただくことは出来ません!しかもこんなに、多すぎます!」

「黙れ。働きにはそれに応じた見返りがあって当然、私はそれを実行しているまでだ。良いか、これは多くも無ければ少なくもない。受け取りの拒否は私に対する侮辱、そんなこと許さぬからな」

サニーの事情をカワラザキから聞いて協力してくれた十傑たちだったが、ひとりレッドは我関せずの態度でサニーをまったく相手にしてこなかった。それが急に今日になって・・・サニーはブタさんの背中に刺さるようにクシャクシャになった紙幣を見詰め、礼を言おうと顔を上げたが・・・・すでにレッドの姿はどこにも無かった。





※※※※※※※※※





「え?『父の日』??・・・で私にも?」

「はい、セルバンテスのおじ様」

「で・・・でも私はサニーちゃんのお父さんじゃあないよ?」

「私はそう思ってはいません」

真っ直ぐ目を見て言うサニーに差し出されるネクタイを、セルバンテスは受け取った。サニーが去った後、しばし呆然としたように手にあるそれを見詰めていたがゆっくり丁寧に包み紙を開けてみる。気のせいか手が震えていた。

「サニーちゃん・・・これを買うために自分で働いてお金を稼いだそうだ」

「・・・・・・・らしいな」

「任務中にこのネクタイは・・・つけられないなぁ・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・」

セルバンテスがネクタイをこの世の至宝のように扱っている横でアルベルトもまた包み紙を開けていく。中には品のある光沢を纏った黒いネクタイ。白く細いラインが一本縦に入ったスマートなデザインは嫌いではない。

「ふふふ・・・アルベルト。せっかくの君の泣き顔が滲んで見えるのが残念だよ」

「馬鹿か、私は泣いてなどおらん。それよりお前はさっさと顔を洗って来い」

自分が所持しているネクタイの方が遥かに高級で値が張るのはわかる、しかし「娘からの贈り物」は世界中どこを探しても売ってはいない。その価値の高さを誰よりも知るアルベルトは誰にも盗られないよう自分の懐に大切にしまいこんだ。





そして



悶々とした気持ちを胸に残したまま長い任務を終えて帰ってきた樊瑞

彼がようやくサニーの事情を知ったのはその手にネクタイを受け取った時

その後2人がどんな顔をしてどんな会話をしたのかは




想像で済ませたい。









END





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「おじちゃま、どーしてサニーはパパといっしょにくらせないの?」



ちいさなサニーのこの一言に樊瑞はコーヒーを飲むのを寸前で止めた。
自分の足元を見れば父親譲りの赤い瞳をクリクリさせてこちらを真っ直ぐ見つめている。言葉を覚えよく喋るようになって間もないが、この返答に窮する「問い」は二度目。

彼は一度視線をコーヒーに落とす。

「どーして?」

「そ、それは前にも言っただろう?サニーのパパはお仕事が忙しいからだ」

もっとも「お仕事」は世界各地で血の雨を降らせることが彼も含めたこの組織に生きる者の仕事。だが「お仕事」であることには一応間違いは無い・・・これが言い訳だとわかってもいる。

「・・・どー・・・して?」

「サニー・・・・」

しかしサニーは顔を曇らせながら真っ直ぐ樊瑞を見つめ、同じ質問を繰り返した。諭すように言われても少女にとって何ら「答え」に値しない答えであったらしい。





樊瑞にサニーを預けて以来、アルベルトが自ら子どもに会いに来ることは一度も無かった。たまに仕事の都合上この屋敷に顔を覗かせることがあるが、そんな時のサニーは顔を輝かせそわそわして落ち着きが無い。樊瑞とアルベルトが任務内容の確認を互いに行っている横で邪魔にならないよう大人しくしているのだが、父親の視界に入ろうと遠慮がちに顔を2人の間に覗かせたりもする。

サニーを預かる身の樊瑞には父親に構って欲しくて仕方が無いというのがその態度から良くわかった。アルベルトがせめて頭を撫でてやるなり「大きくなったな」くらい一言でいいから言葉をかけてやればいいものを、と思ってはいるがアルベルトは声をかけることもせず、それどころか視界に入れようともしない。必要なことが済めば背を向けて屋敷を後にするだけで娘の期待に添えることは何もしなかった。

そんな父の背中を見て赤い瞳に涙をためて泣くのを我慢しているサニー。
しっかりと抱きしめてやるのがもう1人の父親とも言うべき樊瑞の役割となっていた。

こういったことが何度かあってのサニーの「問い」である。




「どうして・・・か」

コーヒーカップをテーブルに置いてサニーにわからないように静かにつぶやくと、いつものように抱き上げて涙を流させまいとしっかりと腕を回して抱きしめてやった。

決してサニーが煩わしくなったからアルベルトが手放したわけではない、いつだったかセルバンテスに諭された(「夢に微笑んで」参照)が己の中に罪の意識が存在し、尚且つ組織の人間である自分たちの複雑で薄ら暗い『大人の勝手な事情』。サニーの特異な状況を作り出した理由は一言では説明しきれない。

「だが、そんな理由がお前の欲しい「答え」では無いはずだ。サニー・・・大丈夫だ、私はそれくらいわかっているからな」


サニーはいつしか樊瑞の体温に安心して小さな寝息を立て始めた。





※※※※※※※※※※





常に不機嫌そうな表情を隠さない男だったが、今日はいつにも増しての様相。
アルベルトは着ていた黒いコートを腕に巻きつけ樊瑞の屋敷の扉を軽くノックする。

「おおアルベルト、すまんな急な任務が入ったもので」

「・・・・・・・ふん・・・」

仏頂面のアルベルトを見て樊瑞は笑いながら目に映える色のマントを広げた。
マントの中にはサニーがいて、少し戸惑った様子でアルベルトを見上げた。

「・・・・戻りはいつだ」

「明後日の明け方にはおそらく完了して帰還できるであろう」

樊瑞はさあ、と足元のサニーを促す。
サニーは一度樊瑞の顔を見て、彼の確かな表情を見届けてからアルベルトの足元に近づいた。小さな背中には大きな赤いリュックサック、樊瑞に手伝ってもらって準備した『お泊りセット』が入っている。

昨晩は初めて父親の家に泊まれることで大はしゃぎながら『お泊りセット』の準備をしたサニーだが、今は厳しい顔の父親を前に萎縮しているのか妙に大人しい。

サニーがアルベルトの足元に行ったのを確認してからマントを翻せば樊瑞はつむじ風とともに消え去った。残された2人はしばらく沈黙を続けていたが

「私の休暇に合わせて都合よく緊急任務が入ったものだ・・・・」

アルベルトは不機嫌にじむ言葉を吐き捨て踵(きびす)を返した。




アルベルトの屋敷までの道程、2人の間に会話は無く、大股で歩く父親に置いて行かれまいと必死になってサニーは歩いた。屋敷を出てから一度も自分に振り返ることも無く我先行く父の背中、サニーはその背中だけを見つめながら小さな身体には大きな荷物となっているリュックを何度も背負い直す。

「・・・・・・・・」

自分と手を繋いで欲しい・・・と言おうかどうか悩んでいたが言い出せない。

日はゆっくりと傾き、次第に辺りは暮れなずみの色に染まっていく。

道程はやけに静かで、父親の鋭い靴音と娘の軽く小さな足音しか聞こえない。

父の大きな背中はどんどん先を行き目を離すと見えなくなりそうで

サニーはリュックを躍らせて駆け出した。




「お帰りなさいませアルベルト様」

イワンが深く頭(こうべ)を垂れて出迎え、それに一言「うむ」とアルベルトは返す。

「こんにちわ、イワン」

「サニー様、お久しぶりでございます。大きくなられましたね」

「えへへ」

アルベルトの後ろに居た汗をいっぱいかいて顔を少し紅潮させているサニーの姿に少し驚いたが、イワンは腰を下ろし片膝をつくと目線に合わせて礼をとる。

「ご夕食のご用意は既に整ってございます、サニー様はその後にごゆっくりお風呂に入られてはいかがでしょうか」

「うん!」

サニーは走って食堂へさっさと向かうアルベルトを追いかけた。そしてアルベルトが奥の上座の席に腰を下ろすとすぐ隣の子供用の席に足をかけてよじ登り、アルベルトがするのを見てから同じように真っ白いナフキンを首元に挟んだ。

「わぁ、おいしそう・・・」

イワンの手によって並べられる皿には美味しい香り漂う自慢の一品。
アルベルトはうるさいセルバンテスが押しかけない日は大抵1人で食事を取るが、この日3人で食卓を囲む形となる。彼が珍しくイワンにも同席を求めたからだ。

「よろしいのですか?」

「構わん」

娘と2人きりの状態が少々苦手なのだろうか、イワンは黙々と肉を切り口に運ぶアルベルトを横目にこっそりとそう思っていたら

「パパ・・・あのね、サニーのおにく・・・きって」

ムスッとした父親の顔を何度も見ていたのは機嫌を窺って(うかがって)いたのだろう、サニーが小さな声で・・・頼んだ。まだナイフが上手く扱えず、分厚いステーキに悪戦苦闘していたのだった。

「イワン」

アルベルトはワインを口にしてから顎をしゃくる。

「サニー・・・・パパにきってほしい」

「イワン切ってやれ」

「も、申し訳ございませんサニー様、私が考えもなしにこのままお出ししてしまったばかりに。ただちにお切りいたします」

彼は大慌てでサニーのステーキ皿を取り、華麗な手つきで子どもでも一口で食べられるサイズに切っていく。しかしサニーは・・・悲しそうに俯いていた。



夕食後、お風呂に入ったサニーはイワンに頭を洗うのを手伝ってもらい、『お泊りセット』のふかふかのパジャマに自分で着替えた。

「サニー様、ご自分でボタンも留められるのですね」

「そうよ、サニーちゃんとじぶんでできるもん」

イワンに褒められて得意げになるサニーだったが、背後で新聞を読む父親の反応は相変わらずゼロ。

「ああっサニー様、髪を乾かさないと風邪をひかれます」

そのままサニーは走り出して髪を半分濡らしたままリュックを物色し始めた。一番奥にあった一冊の絵本は昨晩樊瑞と一緒に『お泊りセット』を準備するときにアルベルトに読んでもらおうと楽しみにしていたもの。それを取り出すと黒いソファに深く座って新聞を広げている父親の側に近寄った。

「なんだ」

「これよんで」

娘の手元を一瞥すれば「ねむりひめ」と書かれた絵本。
アルベルトは溜め息をつくとまたイワンを呼びつけた。

「サニー・・・パパによんでほしいの」

「私は今忙しい、イワンに読んでもらえ」

「・・・・・・・やだ・・・」

「なに?」

聞き取れないほどの小さな拒絶の言葉、アルベルトはようやく新聞から目を離した。
そして突如

「サニーは・・・・サニーはパパによんでほしいのー!!!」

耳が痛くなるほどの高い絶叫は半分泣いているせいかもしれない。大人しいとばかり思っていた娘の信じられない声の張り上げにアルベルトは目を見開いた。

「な、なぜこの私でなければならんのだ!!」

と思いがけず大きな声で言ってみたが目の前にあるひっくりかえったスープのようにグシャグシャになった娘の顔と、まっすぐ見つめてくる自分と同じ赤い色の瞳にひるんだ。反対にサニーはは父親の剣幕に一瞬驚いて身体を硬直させたが、負けなかった。

顔をもっとグシャグシャにさせてもっと声を張り上げ
そしてありったけの力を振り絞って



「やーー!!パパはサニーのパパだもーん!!!!!」



「・・・・・・!」

その後はもう泣いて嗚咽が混じり、言葉になっていないわけのわからないことを叫ぶばかり。アルベルトも駆けつけたイワンもどうしていいのかさっぱりわからず様子を見守っていたが、サニーのヒステリーは収まりそうも無い。

業を煮やしたアルベルトは

「イワン、私はもう寝る。サニーもさっさと寝かしつけてしまえっ」

新聞を放り投げ完全に敵前逃亡の形となってしまった。






真っ暗な寝室で一人、アルベルトは椅子に座り遠くに聞こえる娘の泣き声を聞いていた。しばらくして泣き声が止んだのはイワンがどうにかしてサニーを寝かしつけたのだろう、玄関のドアが開きカギをかける音がして屋敷は自分と娘2人だけとなった。

重い溜め息を吐き、アルベルトは腰を上げ自らもようやくベッドに横たわった。
瞼を下ろしたが娘の涙で濡れる赤い瞳が自分を見ていた。

「・・・・・・・・・」

我が血を分けた子の証であるそれをアルベルトは真っ直ぐ見つめ返せない。
生まれながらにして業を背負わせてしまった後ろめたさが、見つめ返す勇気を与えようとしない。その上、一方的に親子の縁を切ってはみたが、結局親の因縁で組織入りさせる結果となった責任を自分は果たせそうに無い。

戦場で敵に背を向けたことが無いのに、娘となれば常に逃げ回っている。
娘からだけでなく自分からも。

それなのに

娘のありったけに叫んだ言葉がまだ胸に響いていた。
たぶんこれは死ぬまで一生続く『響き』だとアルベルトは確信できた。







その夜、彼は夢を見た。
久しく見ることが無かった古い夢だ。

腹が大きな妻に「子どもとは縁を切る」と言った、すると自分の意図を既に知っていたのか妻は驚く風でも無くそれどころかニッコリ笑う。




「それでもこの子は貴方の子、ご安心ください」





夢の中の自分がどんな顔をしたのか目覚めとともに忘れてしまった。





翌朝

食卓には朝早くやってきたイワンが準備したオープンオムレツと厚切りベーコンがメインのモーニングがまだ湯気を立てていた。アルベルトの起床時間に合わせた気遣いはさすがと言うべきだろう、しかしイワンは任務報告の処理のため本部に出かけ屋敷には居ない。

アルベルトは7誌もある朝刊から政治面が充実している一つだけを取り、広げようとしたが

「・・・・・?」

屋敷の奥から耳を澄まさねば聞き取れないほどの小さな泣き声がする。食卓には娘が居ない。アルベルトは新聞を投げ捨て、大股で来客用の寝室に向かった。

「サニー」

ドアを開けたとたんビクリと身体を震わせたが、サニーはパジャマ姿のまま部屋の隅っこで泣き続けていた。いったい何があったのかと一歩踏み出してそこで何かピンと来るものを感じ、アルベルトは直ぐにくしゃくしゃになっていたシーツを広げた。

「・・・・・・・・・・・・・」

どこかの誰かが「世界地図」などと形容するが初めて納得した。

「ご・・・・ヒック・・・ごめんな・・・ヒック・・・さい」

「・・・・・・・・・・・・・」

見事な「世界地図」にしばし呆然としてしまったが背後では娘が小さくなって泣き続けている。シーツを元に戻して歩み寄ってくる父親、叱られるのが怖くてずっとここで泣き続けていたサニーは身を固くした。

「お前が持ってきたリュックはどこにある」

そう言うとサニーの両脇を軽々と抱え上げ、濡らしたパジャマと下着を脱がしそれをわずかなりとも証拠隠滅を図ろうとしたシーツの上に投げ捨てる。娘が指差すリュックから着替えを取り出しパンツを穿かせて

「後は自分で着替えろ、ボタンは一人で留められると得意げに言っていただろうが」

「・・・・・・・・」

しかし娘はきょとんとした顔をするので

「どうした」

「ううん」

叱られるどころか何も言わず着替えさせてくれ、さらに聞いていなかったと思っていた自分がボタンを一人で留められることを知っていた。サニーは大急ぎで黄色いワンピースを頭から被り、アルベルトに見えるように一つずつ大きなボタンを四つ留めていった。

「よし着替えたな、私について来い」

そう言われて行った先には乾燥もできる大きな洗濯機。目の前でアルベルトがパジャマも下着もシーツもすべて丸めてそこに投げ入れ

「洗剤は・・・どれだ?わからんな・・・・乾燥はどうすれば・・・??」

何でもイワンに任せきりのつけが回ってきているのだが、アルベルトはとりあえず目に付いた適当な洗剤を景気良く入れてやはり適当なスイッチを押した。一応アタリだったらしく洗濯機は全てを綺麗に洗い流そうと必死になって回り始めた。





後は洗濯機に任せて二人は朝食をとることにした。

昨晩と同じ位置で2人は席につき、サニーがジャムがついたトーストをかじろうとしたら

「前にもやったことがあるのか?」

それがオネショについてのことだとわかってサニーは首を振った。初めてのことで余計にどうしていいのかわからず、恥ずかしい上に叱られるのが怖くて泣くしかなかった。

「ならばこの事は誰にも喋らないでおいてやる」

「ひみつにしてくれるの?ぱぱ」

「そうだ、トップシークレット扱いだ」

「とっぷ・・・ちーくれっと?」

「お前の不名誉は、この私の不名誉だからな」

トップシークレットも不名誉もサニーにはわからないが、父親のその言葉が嬉しくて「うん!」と元気良く答え大きな口でトーストにかじりついた。

その後は特に会話は無かったが、サニーは終始嬉しそうな顔をして食べている。ふと、アルベルトは1cmもあるだろう厚切りベーコンに目が行き、娘の前にもあるそれを見た。昨晩のこともあってイワンが気を利かせたのだろう、サニーのベーコンは最初から小さな一口でも食べられる大きさに切り分けられているので

ナイフに伸ばしかけた手をそのままゆで卵に向けることにした。





朝食が済んだ後、アルベルトは何事も無かったかのように真っ白になったシーツをベッドに着せてやり、パジャマもリュックに詰め込んでおいた。

「にんむかんりょう?」

自分の後ろにいる張本人がニコニコしてそう言うので

「完了だ」

と言うしかなかった。





報告処理の仕事が終わったイワンが屋敷に戻ってきたのでサニーの面倒を任せようとしたが

「サニーはパパといるの!」

と言って離れようとしない。「勝手にしろ」と言えば「うん、そーする!」とずうずうしさを増して新聞を読むアルベルトの膝に飛び乗ってきた。さっきまで「しでかした」ことにしょぼくれて泣いていたとは思えないほどはしゃいで、新聞を読むのに邪魔になるくらい忙しない。

しかし叱ることもなくアルベルトは好きにさせて、サニーがはしゃぎ疲れて大人しくなり膝の上で寝てしまってからのんびり新聞を読み出した。


昨晩のことを考えると、今ある様子はイワンにとってあまりにも不思議な光景。分を越えて何があったのか聞いてみたいくらいだったが、二人とも幸せそうに見えたのでそれ以上の詮索は止めておいた。









白身魚がメインの『お泊り』最後の晩餐が済み、イワンも屋敷をあとにして再び親子は2人きりになった。

寝室でアルベルトはベッドに横になりサイドポーチを灯りにして報告書に目を通していた、しかし先ほどから寝室に近づく気配を感じる。誰のものか考えるまでもなかったがそれはドアの前で止まってしばらく動こうとしない。

「・・・・・開いている、入って来い」

「でもサニーまたおねしょするかも・・・」

まくらと絵本を抱えたサニーが不安そうにドアから顔を覗かせたが

「ふん、その時は私がしたことにしておいてやる」

一瞬で顔を輝かせ、そのまま元気良く走ってアルベルトのベッドにダイブ。

「もう少し静かにできんのか」

「パパあのね、これよんで」

潜り込んで顔を見せたかと思えば有無を言わさぬ勢いで突き出された「ねむりひめ」。これを読まないと寝てやらないぞ、という娘の意気込みがヒシヒシと伝わってアルベルトは白旗を振るしかない。

樊瑞やイワンのように読んで聞かせる風でもなく、アルベルトはただ書かれていることを棒読みしているだけ。それでもサニーは父親の温もりと声の響きを背中に感じることができて満足だった。

「そして眠り姫は王子と・・・・ん?どうした」

いつの間にか娘は顔を上げ、赤い瞳を開いて自分をまっすぐ見つめていた。

「・・・どうしてサニーはパパといっしょにくらせないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

アルベルトは娘から逸らすことはせず、初めて真っ直ぐ見つめ返した。
だが言葉は見つからない。しばし沈黙が流れていたが

「また『おとまり』してもいい?」

父親が返答に困っているのがわかったのか、やさしい質問に変えた。それに対して喉から絞るように「ああ」とだけ、すぐにアルベルトは「今日はもう遅いから寝ろ」とサニーに毛布を被せなおし本を閉じて最後に灯りを消した。

真っ暗な寝室。
お互いにまだ寝ていないと感じているのは気配だとかテレパシーだとかの理由ではなく、何故かそうわかるから。




アルベルトは毛布の中ゆっくりと右指を這わせ、探し回った。

ずっと待っていた小さな手をやっと見つけだし、緩く握った。

自分の手が同じ力で緩く握り返され

ようやく娘の小さな寝息が聞こえ始める。


そしてアルベルトは目を閉じた。







※※※※※※※※※







朝食はアルベルトのリクエストにより昨日と同じ、オープンオムレツと厚切りベーコン。ただ昨日と違うのは・・・

サニーは目の前で分厚いベーコンが切り分けられていくのを目を輝かせて見つめている。一つが二つとなって最後には四つ、それはサニーの一口サイズ。

「これでいいだろう、さっさと食べろ」

笑顔で頬張るサニーはデザートのフルーツヨーグルトよりも先にそれを平らげた。






樊瑞の屋敷への道程、アルベルトは相変わらず大股で歩きその後ろにリュックを背負うサニーが必死になって追いかける。道も中ほどに差し掛かったときアルベルトが急に立ち止まり、周囲を見回し始めた。そして振り返ったと同時にこちらに歩み寄る。サニーはどうしたのかと思う間もなく背中が急に軽くなったのを感じ

「まったくなんだこの荷物の量は、樊瑞のやつめ少しは考えろ」

サニーも宙に浮いた。

「いいか、これもトップシークレットだからな」

「うん」

二日前までは随分と遠くに感じていた背中が今は目の前。腕は回しきれないが広い肩にしがみついて眺めた景色はサニーの脳裏に一生焼きついた。








樊瑞がドアを開ければ

「はんずいのおじちゃま!」

『お泊り』はどうだった?と聞くまでも無い表情で駆け寄ってきたサニー。樊瑞が抱き上げて頭を撫でてやる様子をアルベルトが見ていた。

「私の娘を頼む」

「うむ」

短いやり取りが済んでアルベルトはまた背を向けて立ち去っていった。その背中を見るサニーの表情を見つめ、樊瑞はサニーが欲しかった「答え」が見つかったことを確信した。



その確信を裏付けるようにサニーはその日以降「どーしていっしょにくらせないの?」という質問はしなくなった。本当に知りたかったのは暮らせない理由ではなく、自分が父親に愛されているのか愛されていないのかこの「答え」がしっかりとサニーの心に存在している限り「理由」が何であれそれ自体に価値は無い。サニーにとって「答え」が全てだからだ。



ちなみに



サニーのおねしょはあれが最初で最後であったこと

アルベルトが以降サニーの目を見つめるのを避けなくなったこと

しばらくサニーの流行の言葉が「とっぷちーくれっと」だったこと


そしてイワンが一人、洗濯機の前で

洗剤が半分以上無くなったことに頭を捻っていることなど



蛇足であっても補足しておきたい。








END




















+2
イワンが真っ白い砂浜に大きなビーチパラソルを2本突き立てて、その下にいつでも休憩できるよう真っ白いロッキングチェアをパラソルを挟む形で4つ設置していく。
そして氷とフルーツ、各種ドリンクがたっぷり詰まったクーラーボックスを空け、取り出した氷をアイスピックで割りながら

「アルベルト様、熱いコーヒーもご用意できますのでお申し付けください」

「うむ」

バカンスだというのに上着を脱いだだけのスーツ姿はこの主従だけ。足元はさすがに革靴ではなく裾を折ってサンダル履き。アルベルトは真っ先にロッキングチェアに横になり、新聞を広げ自分のスタイルをとことん崩さないでいた。

ちなみにアルベルトの横で抹茶ソーダにストローを差し込む十常寺も例のスタイルのままだが、夏用の麻をふんだんに使った風通しの良い着物。幽鬼やカワラザキも日陰が良いらしく、チェアに腰掛けてイワンが作ってくれた冷えたドリンクを手に眩しそうに海を眺める。

海を遊び場にするような歳はすでに過ぎている彼らは、こうして穏やかに潮風を身体に受けるのが海の楽しみ方なのだ。

反対に海パン一丁で海に一目散なのはレッド。怒鬼も彼の後についていく。
「怒鬼、この私とどちらが早く泳げるか勝負しろ」と言われてのことで「勝負」と聞けば引き下がれない悲しい武芸者の性(サガ)・・・。



各自が海を楽しんでいたらようやく主役が登場した。

「おお、サニー。どうだ気に入った水着はあったか?」

「はい、お爺さま」

身体にかけていたバスタオルを広げ、3人に選んで買ってもらったビキニを少し顔を赤らめて披露。ビタミンカラーのストライプが海に似合う一押しのビキニだ。

「うむ、とても似合うぞ。良かったのう」

「だろう?サニーちゃんのためにあるような水着だよ」

セルバンテスを筆頭に満足げに頷く例の3人と、ちょっと顔が赤い樊瑞。サニーがちらりと父親を見ればアルベルトは肩眉を軽く上げる、そのサインを「まぁまぁだな」ということだと受け取りサニーはますます嬉しくなった。

ところが・・・

「まだ乳臭いガキにビキニなど100年早いわ」

ケチをつけるのはやはりこの男。
海から上がってきたレッドはサニーのビキニ姿を足から上まで吟味して

「おまけにツルペタ、話にならぬ」

子ども相手にこの台詞。

「つ・・・ツルペタじゃありません!・・・こ・・・これでも少しは・・・あるもん・・・」

曲がりなりにも女への成長を始める年頃なのである、失礼千万なレッドの言動にサニーも譲れない。

「は!どこにその『少し』があるのだ?せいぜいスプーン小さじ半分だろうが!」

「ちゃ、ちゃんとありますぅ!!」

大さじ一杯くらいはあると叫んでやりたいところだがサニーはぐっとこらえる。
実は雑誌で見た「夏までに間に合う!魅力的なバストを作り上げる運動」をこの一ヶ月間寝る前の10分間ずっと行ってきた、無論それは徒労に終わったわけで自分でも真面目に取り組んでしまったのが恥ずかしいとは思うが・・・大人の女を思わせる魅力的なバストに憧れればこそ。

「いいや、ない」

「あ・り・ま・す!!」

サニーをいじって喜んでるレッドと必死に言い返すサニー。
これだけで済めば小学5年生同士のたわいも無い喧嘩、他の十傑集も「やれやれ」と苦笑するだけ。

しかし

「ぬうっレッド貴様!言わせておけば・・・サニーは確かにまだツルッツルのペッタペッタかもしれんがあと10年もすればボーン!のドーン!!になるのだ!!」

ボーンのドーンはFかGのつもりなのだろう、樊瑞が手で自分の胸辺りに形作って見せるその大きさはやけにでかい。少なくともOかPだ。

「そんな保証などどこにも無いわ、こいつは一生ツルペタに決まっている」

「ええい!そんなことは無い!絶対にだ!!」

やけに必死になって反論する樊瑞はいたって真剣。その真っ直ぐな眼差しをそのままにサニーに向けて・・・

「サニー、安心しろ、この私が責任もってお前のツルペタおっぱいを必ずボーンのドーンに立派に育てあげてビキニを着れば北半球が溢れかえるくらいにしてやるからな!」

歯を白く光らせて笑うそれは普段の二割り増しの男前顔。どう育ててくれるのか小一時間問い詰めてみたいものだが本人はその具体的な手段など頭には無いと思われる。彼にとって努力と根性さえあればとりあえず何とかなり不可能など無いのである。

「ん?どうしたサニー」

傷に塩を塗りこむ発言であったと気づけないのが樊瑞の不幸。
顔を俯かせて表情は窺えないが、気のせいかサニーは小刻みに震えていた。

「よし、貴様には『まな板』の称号を与えよう。今日から『サニー・ザ・マナイタ』だ」

よせばいいのに調子にのったレッドがさらに追い討ちをしかける始末。
サニーは以前顔を俯かせたまま。


最初はまだ黙って見過ごせるレベルではあったがアルベルトはロッキングチェアからついに腰を上げた。こめかみにはドス黒く浮き上がった血管と両手に渦巻くのは2人用の衝撃波。その殺気の凄まじさを察知した2人以外の十傑たちは彼に道を譲るしかない。

「あの2人・・・死ぬな・・・」

幽鬼の言葉なのだから確かだろう。
年頃の娘に無神経すぎる発言を繰り返す不貞の輩に鉄槌を下すべく魔神が降臨。
誰もがアルベルトの顔を見てそう思った。

ところが



「ほれ、なんとか言ってみろまな板。ふははははは・・・む?」

レッドの前で俯いていたサニーの手がピクリと動く。

これがビンタの予備動作であることくらい、バレンタインの時に一度引っ叩かれた経験があるレッドにはすぐにわかった。あの時はまさか大人しいサニーが気の強さを見せるとは予想していなかったので遅れをとってしまっただけ。第一レッドは十傑集である、その身体能力及び動体視力は非常識であり最強。飛び交う弾丸の嵐の中を掻い潜るのもわけないのだからサニーのビンタなど止まって見えるも同然。

レッドは咄嗟に顔を後ろに下げてビンタを避けようとした。
もちろん余裕で避けられると・・・

すっぱーーーん!!!

この音はサニーが手を振り切った後、1秒ほど遅れて発生した音である。
つまりトップスピードが確実に音速を超えていた証明。

居合わせた十傑集は誰一人・・・サニーの手を目に捉えることは出来なかった。
音速を超えた場合に発生する空気振動、いわゆる『衝撃波』のためだろう鼓膜が痛いほど振るえ、彼らの目の前でレッドが白目を剥いて膝からゆっくりと地に倒れ伏していく。頭から立ち上る白いモノはたぶんレッドの大切なモノだと思うのだが、それはゆっくりと天に向かって昇っていった。

言葉も出せずその場にいる全員が戦慄していた中・・・

サニーはゆっくりと樊瑞に向き直る。

見せた顔は確かに笑顔だったのだが・・・

「さ・・・・サニーさん??ちょ・・・」

すっぱーーーん!!!

私はとんでもない存在を育ててしまったのではないだろうか。薄れいく意識の中そう確信しながら樊瑞は目の前に広がる花畑でレッドが手招いているのを見た。

「もう!2人とも大っ嫌い!!」

十傑集2人をを一撃で葬ったサニーの台詞。
「セルバンテスのおじさま、あっちへ行きましょ!」とほっぺを膨らませって言う顔は既に女の子ではあったが・・・見てはいけないモノを見てしまい血の気が失せているセルバンテスの腕を組むと力ない彼を引きずるようにサニーは行ってしまった。

二つの死体を前に残った十傑たちは顔を見合わせる。

「恐ろしい・・・・」

うっかり漏らした怒鬼の言葉に誰も異論は無い。
眠れる獅子の片鱗を垣間見てしまった。
サニーは衝撃のアルベルトの娘、この事実を忘れてはいけなかったのである。




一方アルベルトはやり場の無くなった衝撃波を消し去り娘の背中を遠く見送る。

薄っすらと滲む汗が彼の額を伝った。

他の連中はやはりアルベルトの娘、と思っていたが彼だけは違う。




何故なら彼は、凶悪な一撃を放つ娘に亡き妻の姿を確かに見てしまっていた・・・。








NEXT







「それではこちらが幽鬼様のスイカでございます」

客人をもてなすかのようにイワンは恭しくクーラーボックスを差し出した。そのBF団特製の特大クーラーボックスを開帳すれば中には丸々と身太りしたスイカ。山盛りのかち割り氷の中で、スイカはビールと一緒にキンキンに冷やされ眠っていた。

「おお、これは実に見事だねぇこんなに大きなスイカは滅多に・・・・5L?いや6Lサイズはあるんじゃあないかな?」

「っは!気持ち悪いくらいのでかさだ。おい幽鬼、放射能汚染ではなかろうな・・・痛っ!」

レッドが何処からともなく現れた蜂の大群に逃げ回るのを他所にイワンはテキパキと準備を整えだした。ブルーシートを広げ、スイカを静かに下ろす。そして「イベント後」に備えマイセンの小皿を人数分と同じくクーラーボックスに冷やされていたビールやワインなどを取り出し、十傑たちの好みに合わせて彼はグラスに注いでいく。そしてイワンに促され、中央に主役のサニーが立っていよいよイベントの開始となった。

「え?目隠しして・・・この、バットでスイカをたたくのですか?」

「そうだ、いいかお嬢ちゃん思いっきりやるんだぞ?」

幽鬼に手渡されたタオルと初めて手にする野球用バット。想像していた以上にワイルドなやり方、サニーは目を丸くして「本当に?」とカワラザキを見たが彼は笑顔で幽鬼に同調するように頷いただけ。

「何をぼやぼやしているのだ、貸せ、私が見本を見せてやるありがたく・・・痛っ!」

実はスイカ割りがやりたくて仕方が無いレッド。戸惑っていたサニーからバットを横取りしようとしたが・・・再び蜂の大群に襲われるハメになった。

「ぎゃー!幽鬼ぃっ貴様ぁ!!痛っちょっ・・・まっ・・・」

「さあ、サニーちゃん。おじ様も応援するから」

「そうだサニー、せっかくだから思い切ってやってみなさい」

「はいっ」

セルバンテスや樊瑞にも促されサニーはタオルで目隠ししてみた、不安よりもワクワクする気持ちの方が勝ってきてバットを握る手は自然と力がこもる。

「サニーちゃん右だ!」

「いいやちょっと左だ!そう、そこだサニー!」

「違う違うっもっと前前!」

「何を言うかセルバンテス、サニー!行き過ぎだっ後ろを向きなさい!」

一生懸命に誘導するのはいいが・・・畳み掛けるように出される2人のちぐはぐな指示に視界を奪われているサニーは混乱していた。それに気づかないまま身を乗り出して必死になっている樊瑞とセルバンテス、背後でチェアに寝そべりアルベルトはのんびりシャンパンを口にして我関せずの態度をとっていたが・・・・。

-----そこで止まれ、そうだ
-----そのまま斜め右、2時の方向に向いてバットを思い切り振り下ろせばいい

「えい!」

頭に響く声だけを信じてサニーが渾身の力を込めて振り下ろしたバットはスイカにクリーンヒット!・・・サニーはすぐに目隠しを取り去って声の主を見たが視線は新聞で遮られてしまう。

さて、サニーの渾身の力で叩かれたスイカだが、スイカは割れるどころか僅かなヒビが入っただけ。彼女の細腕で、特大スイカを完全に割り切るのは不可能かと思われたが・・・

「お?おお!割れた!割れたぞサニー!」

パチン!、と音がしたように思えた途端スイカはヒビに沿う様真っ直ぐ縦に割れ、見事な赤色の果肉を披露した。ヒビの部分以外は叩き割られたとは思えないほどやけに鋭利な断面、そこを突っ込もうとした野暮なレッドの前にヒィッツカラルドが立ちふさがる。

「ふふふ、後は私に任せたまえ」

イワンにもてるだけ皿を持たせ、その前で彼は半分とは言えかなり重量のあるそれを軽々と投げ上げた。そしてそれは彼が指を鳴らした数だけ真っ二つになっていき、手ごろなサイズに変身して皿の上に着地していく。

「む、大きさからして大味だと予想していたが・・・裏切る甘さだ」

スイカを口にした残月が感心すれば他の連中も一斉に齧りだした。

「ふむ・・・実に。斯くも甘露なる西瓜、この十常寺初の体験」

「おい幽鬼、帰ったらお前が作っているスイカを全部味見してやろう」

「やれやれ・・・30個も食べる気か」

「う~ん良く冷えてて甘くて美味しいねぇ!何よりサニーちゃんが割ってくれたスイカだ、こんなに美味しいスイカは無いよ?だろ?」

そう言うセルバンテスの横で新聞を広げて読んでいるアルベルトも満更ではなかったのか、いつの間にか全部食べきって綺麗さっぱりの皮だけを皿に置いていた。

サニーもスイカに齧り付いた。
良く冷やされたそれは確かに十分すぎるほどに甘くみずみずしい。

「・・・おいしい!スイカ割りしたスイカってこんなにおいしいんですね!」

サニーが笑えば皆それぞれの表情で笑った。

それがとても『幸せ』なことだと気づいたので、サニーは少しだけ




何故かほんの少しだけ


切なくなった。












ロッジでは夕食の準備が行われている中、水色のワンピースに着替えたサニーは夕日に染まり行く浜辺で樊瑞とともに貝殻を拾っていた。周りには誰もいない。座り込む大きさの異なる2つの影がゆっくりと長くなり、浜辺を歩くヤドカリがその上を歩いた。

サニーが貝を見つけ樊瑞に差し出して笑う。
樊瑞も貝を無骨な手で受け取り、サニーの笑顔に同じ表情で返した。
来た時に感じたサニーとの距離感は今は無い。
同じ場所にいると、彼は自分の中で感じていた。



「君は一緒に貝を拾わないのかね?」

その様子をロッジのテラスから遠巻きに眺めるアルベルトの横にセルバンテスが立った。

「私は別にいなくてもいいだろうが」

「そうかなぁ、お父さんが居た方が絵になると思うのだけど」

「樊瑞がいる、それで十分だ」

吐き捨てる風でもなく淡々とアルベルトは口にした。
暮れ行く夕日に照らされ海は金色に輝いて。
その輝きの中、既に絵は加筆の余地無く完成されている。

「・・・・・・・じゃあ私も・・・君とここで眺めていようか」

サングラスを取り外し、彼もまた観賞に撤することにした。

「セルバンテス」

「ん?何かね?」

「孔明にだいぶ恨まれたようだが・・・礼を言っておく」

アルベルトは美しい絵画から視線を逸らさぬまま。

「なぁに」

そしてセルバンテスも逸らさぬままだった。
時が止まったように思える今でさえ、確実に時は流れつつある。


2人は波の音を遠くに感じていた。










「セルバンテスのおじ様、孔明様には私からあやまっておきます」

「サニーちゃん、そんな事・・・全然気を使わなくて良いのだよ?」

本部への帰路、飛空挺の機内で窓から海を眺めながら少し日に焼けたサニーは隣のセルバンテスに言う。大人の事情が分からないほど彼女は子供でも無かったらしい。

「それとおじ様、本当にありがとうございました」

「サニーちゃん・・・・」

真っ直ぐ青い海を遠くに見詰めるサニーの表情は、セルバンテスの胸をざわつかせた。

「また・・・また私をおじ様の海に連れて行ってくださいね!そしてまた水着をたくさーん買っていただきますから!うふふ」

「あ・・・ああ!当然だとも今度は絶対あの『豹柄』のやつだ。サニーちゃんはきっと女豹になって男どもを悩殺してくれるに違いないね!はははははは!」

一転、明るい表情で笑うサニーに、セルバンテスも調子を合わせて笑い飛ばす。

「なにい!!?ゆ、許さんぞ!あの『豹柄』だけは私は許さん!サニーダメだぞあれは、着るなら私の屋敷内限定だ」

大真面目な顔で言う樊瑞はアルベルトに首を掴まれ、「お前とはじっくり話し合う必要があるようだ」と機内から引きずり出されていく。

「それならまた、お嬢ちゃんのために特大のスイカを作らないといけないなぁ」

「はい!幽鬼様お願いします!」

「そしてまた『スイカ割り』をしないとな、ふふふ」

「はい!ヒィッツカラルド様!」

「まな板には興味は無いが、スイカ付きならまた付き合ってやっても良い」

レッドの言葉に、サニーが顔を紅くして頬を膨らませれば機内は笑いに満ちた。

あの時のような胸の奥がチリチリする感覚はサニーには無く
サニーは心の底から笑った。




銀色の飛空挺はもと在るべき場所へと飛んで行き、太陽の中に滲んで消え


サニーの夏休みはこうして終わった。






END







BF団本部は地図にも記載されていない世界のどこかにある絶海の孤島。

そのため周囲は見渡す限りの海に囲まれているのだが、いわゆる『砂浜』とイメージできる場所は無い。外部からの侵入を拒む形で要塞の如く断崖絶壁が海に切立ち、荒い波を受け止めている。孤島の内部には外界に通じる湾も存在するが、潜水艇もしくは海戦用怪ロボが出撃する基地と化しており・・・・


「つまり『スイカ割り』を楽しめる場所がココには無いのだよ」

アイスレモンティーに差し込まれた青いストライプ入りのストローを取り出し、セルバンテスは先を咥え行儀悪くそれを口先で振り回す。
ここは本部の中庭、イギリス庭園風に整えられた一角。
真っ白い大理石のテーブルを挟んで向かいに対する樊瑞の前にはやたら熱い煎茶。
十常寺から貰った茶葉で煎じたそれからは湯気、熱い日に熱い茶が彼のスタイル。

「スイカ割りなどどこでもできよう、ホレ、なんならこの庭で・・・」

「わかってないなぁ君は・・・青い空!もっと青い海!そして白い砂浜!スイカ割りに必須な環境がここには無いのだよ。だいたいオイル臭い基地の中でのスイカ割りにテンションが上がるかね?楽しいはずないだろ?」

「・・・セルバンテス、よくわからんのだが何故『スイカ割り』なのだ」







「うわぁ!!おっきい~!」

サニーは大きな瞳をさらに大きく広げ、初めて見る超特大サイズのスイカにおおはしゃぎ。サニーの頭5つ分はあるだろうかその大きさもさることながら、これぞスイカと言わんばかりの緑と黒の縞模様が均一な比率で描かれ美しく、温室に入り込む陽光を浴びて艶々と光ってなかなかの風格だ。

「おー・・・・これはさすがに凄いな」

横にいるカワラザキも滅多にお目にかかれない代物に唸り・・・

「そうなんだ、まさかこんなスイカができるとは思わなかった」

自身の温室で作り上げた幽鬼本人も思わず唸る。
これ以外にスイカは何玉か育っているのだが、一体全体どうしたことかこの一玉だけ超特大になってしまった。きっと喜ぶだろうと思い、忙しい任務の合間サニーを呼んでこうして見せているというわけでそのサニーは期待通りにスイカを撫で回して大喜びである。

「もう食べごろだろう。爺様、早速切って食べてみるか?」

「ふむ、これだけ見事だと思い切って海で『スイカ割り』といきたいところよ」

「??おじい様『すいかわり』ってなんですか?」







特異な環境にあるサニーには少しでも一般の子どもと同じような体験をさせてやりたいと、常日頃から願っているセルバンテス。サニーから遠慮がちに「一度『すいかわり』っていうのやってみたい・・・」と聞けばそれを望みどおりに叶えるのは彼の役目だ。

「私のプライベートビーチがタヒチにあるのだけど、今度の休暇そこで皆一緒で『スイカ割り』やろうってサニーちゃんと約束したんだよ。我々2、3人だけよりもどうせなら大勢の方がサニーちゃんも喜ぶだろ?」

「休暇・・・?皆一緒??今月いっぱいは我々十傑は誰一人休みは入って無いはずだが。今日とてあと10分もすればお互いにここを出立せねばなるまい」

「うん・・・まぁついでに言えば先月も来月も無いんだけどねぇ」

ストローをアイスレモンティーに突っ込んで一気に吸い上げる。
ズズっという音とともに琥珀色の飲み物は消えてなくなり、氷だけが残った。

「しかしこれだけ馬馬車の如く働いているのだから、たまには我々総がかりで『わがまま』言ってもいいんじゃないのかな?策士殿が許さなくても・・・ビッグファイア様がゆるしてくれると思うがね・・・それじゃあご馳走様」

セルバンテスは両の口角を上げ、そして腰も上げた。






それから2日後の孔明と十傑集による戦略会議。

孔明が徹夜して練りに練った作戦の概要を説明しようとしたその時・・・十傑集が口をそろえて3日間の休暇宣言をしたのである。中にはしぶしぶ宣言した者もいたが見事に全員口をそろえて「明日から3日間休む」と言い放ち、いったい何が起こったのか理解できないまま呆然とするばかりの孔明の目の前で1人、2人と席を蹴ってしまった。

最後にセルバンテスが「じゃあそういうことで、ビッグファイア様によろしく伝えてくれたまえ策士殿(はぁと)」と孔明の肩を軽やかに叩き

そして誰もいなくなった。

「・・・・・・・・・・・」

しん・・・と静まり返る場に孔明の長い溜め息、そして眉間の皺とこめかみに浮き上がった青筋。10人同時のボイコット宣言にさすがの策士もなす術無い。「あんのナマズ髭め」と浮き上がる般若の形相を冷静に押し込んだがうっかり歯ぎしりが漏れてしまった。


働きづめにいい加減嫌気がさしていた他の連中をセルバンテスが説き伏せ、口裏あわせ・・・というのは言うまでも無く。








「ほうらサニーちゃん下を見てみたまえ、海の色が違うだろ?」

「はい、とっても青くってきれい・・・・」

銀色に輝くオイルダラーの個人所有の高速飛空挺、機内の窓にサニーはべったり張り付いて、眼下のオーシャンブルーに目を輝かせる。その様子に目を細めるセルバンテスと・・・

「セルバンテスあと何時間で到着するのだ」

待ちきれないレッドがサニーの頭上に顔を覗かせ

「おいレッド、こっちへ来てポーカーしないか」

背後ではヒィッツカラルドがトランプを切り、テーブルを挟んでの向かい側に残月とカワラザキ。さらに・・・再奥のリクライニングに深く座って新聞を読むアルベルト、その横にアイマスクを被り昼寝の真っ最中の幽鬼。コーヒーとドリンクが乗ったワゴンを押し歩いているのはイワン。怒鬼の対面には十常寺が将棋の相手をして樊瑞はその対局を眺めている。つまり・・・10人全員がこの飛空挺に搭乗していた。

たまには南の島も悪くない、セルバンテスに誘われるがまま彼らもまた羽を伸ばすべく3日間のバカンスである。

「ポーカー?ふん、ババ抜きならやってやってもよい」

「ば・・ば・・・・なんだそれは?」

「いいねぇババ抜き、サニーちゃんも一緒にやろうか」

「はい!」


あの超特大スイカはシートベルトをしっかり締めて、最後部で鎮座している。


サニーに大切な思い出を作るべく飛空挺は暖かい方へと飛んでいった。










いくつか浮かぶ島々の中でも最も美しい砂浜を有する小島、北側は店が立ち並びストリートと砂浜は観光客で溢れかえっているが、反対の彼らがいる南側は自然が残され砂浜にはまったく人気が無い。

「とりあえずここから見える端っこから端っこまで私のところだから、好きにしてくれたまえ。」

持ち主のセルバンテスが言う端っこは砂浜による地平線と海の水平線、軽く十数キロはあるだろうか。そこがオイルダラーのプライベートビーチであり、サニーは雑誌でしか目にしたことが無い本当の空の青さと海の輝き、そして目に眩しいくらいの砂浜の白さに感激し

「ああサニー!走ると危ないぞ!」

まるで小鹿のように飛び出して、無垢な砂浜に無遠慮な足跡を付け出した。
いつもは大人しいサニーが見せる年相応の子どもらしい振る舞い、それが彼にとって意外に映ったのか樊瑞の目は丸い。

「どうだい、本部じゃあ滅多にお目にかかれないと思うけど、サニーちゃんは本来あれがあるべき姿なんだろう」

「・・・・・・・・」

大人たちの目の前で少女によって美しく荒らされる砂浜。

南の陽光がロイヤルミルクティの髪に金の祝福を与えている。

背に羽が無いだけの天使に樊瑞は眩しげに目を細めた。

しかし、その姿に喜びを感じるはずなのに・・・自分のような犯罪に手を染める人間が侵してはならない、侵せない領域にサニーがいるような気がして彼の胸に例えようも無い寂しさが・・・

「どうしたのかね樊瑞?」

「・・・ん?ああいやなんでも無い。せっかくの休暇だサニーも我々も存分に楽しもう」

思いがけず生まれた気持ちを無理やり奥に押し込んでマントを脱ぎ捨てる樊瑞、その背後でアルベルトがやはり遥か遠くを見るように自分の娘を見つめていた。


「ここは私がもってる会社の子会社が経営しているショップなのだよ」
「ふむ、こうして見るにセンスはなかなか良いな」
「ベーシックから流行りまで、きっちり押さえてある」

「おい・・・お主らはよくこんなところで平気な顔していられるな」


島の北側、観光客相手の店が立ち並ぶ通り、中でもここ女性用を主力とした水着ショップは雑誌や観光MAPにも載る有名な店らしくカップルを中心とした客で賑わっていた。

「樊瑞何を顔を赤くしている、熱でもあるのか?」

面白げに鼻先で笑うヒィツカラルドにムっとするが、正直なところ頭が熱い。水着といってもほとんど女性の下着売り場と変わらない雰囲気、店内はカップルか女性ばかりで中年男性はまずいない。店員ですら美女といって良い女性ばかりで、慣れてない彼は緊張してしまう。
しかも・・・目の前にはきわどいデザインのビキニ、やたら胸がでかいグラマラスなマネキンが身につけている豹柄のそれは小さな布面積で『かろうじて』隠しているくらいギリギリ・・・見るつもりは無いが勝手に視界に入ってしまい樊瑞は居たたまれなくて仕方が無かった。

「熱など無いわ!ただこういう場には慣れておらん・・・だけだっ」

「仙人様には刺激がお強いか、やれやれ・・・」

ヒィッツカラルドは肩をすくめて首を振る。
ちなみに和風を意識した孔雀柄の派手なアロハシャツは前を留めず素肌に一枚、麻が混じった8分丈パンツの足元には最新ブランドでどこで手に入れたのか未発売のビーチサンダルをさらりと履きこなすヒィッツカラルド。盛大に跳ね上げている髪を珍しくプラチナの止め具でまとめた姿はこのまま夜の町に繰り出しても遜色ない。

「無理して付いてこなくても、我々がサニーに見合う水着を選ぶと言っただろう」

二の腕を見せ付けるノースリーブの白パーカーにフードを目深に被った残月は幅広の濃い色のサングラス、白いラインが走るネイビーブルーのジャージに足元は有名スポーツブランドのビーチサンダル。若いが故に着こなせるスタイルと言える。

「新しい水着がやってくるのをサニーちゃんは楽しみにしてホテルで待ってるものねぇ、サニーちゃんが喜ぶ顔を我々に取られたくないのだろ?うふふ」

人が悪い笑みを浮かべて樊瑞を覗き込むのはセルバンテスで、褐色の肌に映える淡い桃色のアロハシャツは値が張るビンテージ物、生成り地のハーフパンツにやたら薄っぺらいビーチサンダル。目には黄色を帯びたサングラスで彼がOFFの時に愛用しているもの。頭にパナマ帽を被ればバカンスを楽しむ紳士の出来上がり。

そう、いつぞやのオペラ以来の3人組である。

対して樊瑞は説明するほどの格好ではない。
ここへ来るまでに量販店で購入した黒のTシャツにハーパンツそしてサンダル、以上。日本円で1万でお釣りが来る、家計に優しい着こなしで髪を一つに束ねたごく普通の40代の男だ。

「ちょ、何故私だけ適当な扱い・・・・いやいやべ・・・別にそんな!私はただお主らがサニーにこんなポロリもあり得る恥知らずな水着をを着せるのでは無いかと心配なだけだ!」

マネキンの腰をひっつかんで3人の目の前に堂々突きつける。
大きな声とポロリといきそうな勢いで。

「恥知らずって・・・こっちが恥かしいなぁもう・・・」
「樊瑞・・・悪いがちょっと離れてくれ、仲間だと思われたくない」
「ポロリって相手はお嬢ちゃんだぞ?我々をなんだと思っている、お前と一緒にするな」

「いや、その・・・・・・・・・・・・」

4人は、店内にいる人間全員の視線を痛いほど身に受けていた。




相変わらずそわそわしている樊瑞を放って3人はあれこれと子供用の水着を物色しはじめる。モノがモノなだけに下手すれば危ない集団に見えなくもないが、この3人は店員ですら頬を染めるモデルばりの出で立ちのお陰でこの店に居ても不思議と違和感を感じさせず彼らはすっかりなじんでいた。

「まぁ・・・娘さんにでしたか。それならこちら先ほど入荷したばかりの水着でございますがいかがですか?」

セルバンテスたっての希望により彼の娘にという扱いで水着を選んでいる。

「おーカワイイねぇ、この元気な色のストライプカラーが気に入ったなぁ。きっと私の娘に似合うに違いないよ」
「ふむ、確かに。ビキニタイプであっても子どもらしさを大切にし、尚且つ活動的な印象を与える色が好ましい」
「南の太陽の下でこそ相応しい水着だろう、肩紐のビーズ玉のアクセントも悪くない」

満場一致になりかけたが、隅っこから異議を唱える者が一名。

「待て待て、ビキニなどサニーには早かろう。だいたい女子がヘソを出すなどもっての他!!・・・ビキニでなくってこういったフツーのやつでよかろうフツーのやつで」

身を乗り出して主張するその手には無地の色気の無い競泳用・・・。

「あのね、プールで50m泳ぎに来ているわけじゃあないのだよ?」
「サニーがガッカリする顔が目に浮かぶ」
「まずありえない」

「ぐ・・・・・・・・・・」

鋭い却下のまえにあえなく撃沈、それ以上反論できず目の前で3人組は2枚目、3枚目の水着を選び始めた。

「あ、それいいねぇ水玉模様のタンキニ。腰のリボンがかわいいなぁ」
「そうなんだ、しかし黒地に白も良いが・・・このピンクも捨てがたい」
「それよりこの真っ白なホルターネックはどうだ、これなら無地の方がイケるだろう」

「まぁ皆様お目が高い、いずれも当店一押しでございますわ」

店員の賛辞が後押ししてそれぞれが気に入った水着を購入しようとした時・・・

「ちょっとすまんが・・・」

「はい?何でございましょうか」

樊瑞がいたって真面目な顔をして女性店員に声をかけた。

「その。あれは置いてないのか?」

「は・・・あれ・・・?」

「うむ。あれだ」












「さあサニーちゃん水着だよ~」

「わぁ!」

女心くすぐる水着が整然と特注クローゼットに飾られている。サニーも樊瑞に内緒で雑誌で勉強しているのでそれが流行をきっちりおさえたセンスの良いものであることは一目瞭然。いずれも早く着て見たいとワクワクする水着だ。

「本当にありがとうございます、こんなにたくさん・・・」

「休みは3日もあるのだ、気の向くまま着替えて好きなのを着なさい」

「さあ早速着てくれないか?そして海へ行こうお嬢ちゃん」

「はいっ」

3人に促され、サニーはまずストライプカラーのビキニを手にとって奥の部屋へと着替えに行こうとしたが・・・

「あの・・・樊瑞のおじ様・・・お顔どうなさったのですか?」

「ああ、樊瑞なら大丈夫。ちょっとそこでつまづいて頭を電柱にぶつけてダンプに軽く跳ねられただけだから。さあサニーちゃんはお着替えしようね~」

「・・・??」

部屋に入ったサニーに笑顔を送りパタン・・・とセルバンテスが扉をしめる。

「まったく・・・サニーちゃんがいなくて本当に良かったよ」
「前から怪しいとは思っていたが・・・」
「真の犯罪者だな」

「ちょっと待て!!なぜスクール水着が犯罪なのだ・・・もっともスタンダードであろうが納得いかん!!」

顔の右側を盛大に腫らせた樊瑞。
十傑集、しかも3人からぶっ飛ばされた痕は少なくともダンプに軽く跳ねられたダメージとは思えない。

「あの時の店員の顔と来たら・・・あああ!恥ずかしいっ」
「貴様の口からその単語が出た時点で犯罪になる」
「まだあの豹柄の方がマシだ」

「???????」




そんな4人の男どもとは関係なく

水着を身に着けたサニーは姿見の前で嬉しそうにポーズをキメていた。





ちょっとセクシーな感じにキメてみたのは少女だけの『ヒ・ミ・ツ』・・・だった。










NEXT





うん、まぁいろいろとすみません(特に魔王FANの方)







『秘め事』
(加賀編後日談)


初めて触れたあの男(ひと)の唇。
それは思いの外柔らかくて、この人の身体の中にもそんな部分があるのだと知った。

「寝込み、襲っちゃった」

離した唇に残る温もりが、密やかな行為への罪悪感を感じさせる。

(でもいいよね……この位。だって私は)

薄々感じていた淡く切ない想い。
ただそれは亡くした父への憧憬や、母を失った孤独からくる依存心との境界が酷く
曖昧で、ずっと向き合うことを恐れていた。
だからなのかもしれない、あの時私が独りで行こうと決心したのは。
そう全てを対等にする事は出来なくとも、せめて気持ちだけは憧れや依拠している
部分を取っ払いたかった。

――今度会った時には自らの足で立ち、卍さんと向き合えるだけの女になりたい

「……少しはなれた?」

膝の上の暢気な寝顔を見下ろす。
そして鼻の大きな傷にそっと指を這わし、跡をなぞってみた。

(駄目、かな。結局最後の最後には、また助けて貰っちゃったから)

それでもこの数ヶ月は、確かに私の中で大きな変化をもたらしてくれたと思う。

(卍さんはかけがえのない存在なんだって、思い知らされた。そして一人の男として――)

「好き」

小さな告白。
さっきの口付け同様、寝ている隙を狙って吐き出してしまった想いにまたも微かな罪悪感。

(でも今の私にはコレが限界だもん、な)

分かっている、まだその時ではないという事を。
もっともっと、今よりもっといい女になるその日までこの想いを伝えてはいけないのだ。

「今度は私が守るよ」

もし起きていたら笑われるかもしれない台詞が、自然と口へと上る。
全ての発端だった『仇討ち』よりも、私の心は卍さんの存在そのモノに重きを変えていた。

「にゃ~~」

「しーっ」

唇に指を充て、縁側の床下から不意に姿を覗かせた一匹の黒猫に向け合図を送る。

「‥‥‥‥」

黒猫は此方の意図を察してくれたのか、不思議そうに何度か首を傾げると再び床下へと
戻って行った。

(ご免、でも今は――)

訪れた静寂の中、今一度視線を膝に戻す。

(ただ静かに……眠らせてあげたいんだ)



それからの私はジッと静かに、彼が目覚めるその時が来るのを見守り続けていた。
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