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うろほろぞ
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臥牀の傍らで







 うろうろと廊下を往復する正頼の姿に、李斎は目を瞬かせた。心から信の置ける臣下のみが立ち入ることのできる路寝内にある正寝、その前で入るのを躊躇っている。台輔の教育係ともいうべき人物が何を躊躇っているのか。
「正頼殿、いかがされた」
「おお、李斎殿」
 救いの手がやってきたと言わんばかりに、力強く李斎の手を握る。
「実はお願いがございまして」
「正頼殿にできぬことが私にできるでしょうか」
「他に手を借りるしかないのでございます!」
 正頼の眼光が光る。凄まじい覇気に一瞬怯んだ。
「それで何を……」
「台輔を説得していただきたい」
 なぜ台輔を説得するのか、何よりなぜ説得しなければならないのか。
「最近の主上は精力的に活動されておりますが、疲労の色も濃くなりました。それに気づかれた台輔が、正寝に主上を閉じ込めてしまいまして」
「閉じ込めるではなく、休んで欲しい一身ではございませんか?」
 優しすぎる戴の麒麟は、一生懸命主の側で動いているのだろう。少しでも休んで欲しい、ただそれだけのために。
 懸命な姿が容易に想像できて、自然と笑みが零れてしまう。
「しかし主上は良いとして、台輔には学んでいただくものがございます。そこで李斎殿に!」
「……話してきます。私では無理かもしれませんので、誰か他の者もお呼びください」
 ため息混じりに了承すると、凄まじい速さで正頼は廊下を駆け抜けていった。後姿を見送り正寝へと足を踏み入れる。奥へと進んで行くと、愛らしい声が聞こえてきた。入り口には女官が控えていたが、李斎の姿を確認すると静かに去っていった。
 数少ない二人の仲を知り、秘密裏に動いてくれる女官だった。
「主上、台輔」
「あ、李斎!」
 椅子に腰掛けていた泰麒が、李斎の姿に嬉しくて駆け寄ってくる。
「主上は休養中です」
「そうらしい」
 病人のように臥牀の上に座る驍宗の表情はどこか柔らかい。玉座に座る姿とは全くの別人にすら感じてしまうほどだ。
「主上に御用は……」
「主上ではなく台輔でございますよ。正頼が待っております」
「せいら……あー!」
 思い出したように慌てて走り出す。
「帰ってくるまで主上を見ててください、李斎ー!」
 返事を待たずに走り去っていく泰麒、思わず延びた腕が無駄に終わる。力なく椅子に腰掛ける李斎、どうしたらよいのか。
「私を見張るのは李斎になったな」
「見張るなど……失礼極まりないことはいたしません」
「失礼いたします」
 二人だけになってしまった臥室に、二人の仲を知る女官が静かに入室する。盆の上には菜が乗っている。
「それは?」
「主上に、と台輔から仰せつかりまして。それと……」
 臥牀の傍らに盆を置き、そっと李斎に耳打ちする。その内容に李斎の顔が一瞬で朱に染まった。
「な……」
「台輔のご伝言です、それでは失礼いたします」
「それ……」
 またもや反論する前に女官は立ち去っていった。ぱくぱくと口を動かす李斎に、驍宗は大笑いした。
「何をそんなに焦る?」
「焦るも何も、そんな恐れ多いことを……」
 焦る李斎に、そっと手を伸ばして頬に触れる。掌から熱が伝わってくる。
「落ち着け。それとも落ち着くまでこうするか?」
 引き寄せて李斎を抱きしめる。目の前に驍宗の顔が広がり、また反論する前に唇で声を塞がれる。
 久方ぶりで、女性としての本能が喜びを感じてしまうが、このままにしておくわけにはいかない。
 突き放すのではなく、ゆっくりと優しく距離を置いた。
「台輔がいつ戻られるのかわかりません、お控え下さい」
 これ以上何かされるよりは、言われたことを行ったほうがよい。
 箸を手に取り、皿の上に盛られた菜をつかんで驍宗の口元へと運ぶ。
「口をお開け下さい」
「……病で臥せっているわけではない」
「台輔からのご伝言で、食べさせるように、との仰せです」
 真剣に食べさせようとする李斎、仕方なく恥ずかしいが口を開けた。ゆっくりと口の中に菜が入る。味は旨いが食べにくい。
「李斎、少し気楽にはできぬか? 戦いを挑むような目で食べさせられては食べにくい」
 苦笑する驍宗に、李斎は頭を下げて謝る。
「主上にこのように食していただくのは、その……」
「二人だけの時と同じようにすればよい。どれ」
 李斎の手から皿と箸を取った。箸をつかみ菜をつまんで李斎の口に運ぶ。
「恐れ多くも主上の手からは」
「抱き合った仲で何を遠慮する? 来ても蒿里だけだ。問題はなかろう? それとも口には別のものがよいか?」
 何を言い出すのか、この主は――。
 呆れつつも尊敬する主であり、体を交じり合った仲でもある。嫌いではなく、好ましく思う相手だ。 
 口に菜を運ばれることは大したことではない。音に出すのも恥ずかしくなることをされているのだから。
 恐る恐る口を開けて、菜を受け入れる。旨い、と同時に恥ずかしくなった。
「ふむ、照れる李斎も愛らしいな」
「し……驍宗様!」
 明らかに遊ばれている。だが上手な反撃ができない、その言葉も浮かばない。
「そう怒るな。悪いことは言っていない」
「そうですが……驍宗様は言葉をお隠しにならない、だから」
 恥ずかしい、それに簡単に反応してしまう自分も恥ずかしいと思う。
 だがそれは同時に、女として正直な反応でもある。
 やはりこの主であり、男が好きであることを突きつけられる。
「本音を隠し、言葉を変えては李斎は気づかぬだろう。王であるときは隠さねばならぬ言葉もある。だからこそ、このような時こそ……」
 己に正直になり、告げる言葉を隠すことはない。素直にただ告げるのみ。
 互いの瞳は互いを映し出す、それ以外を映し出してはいない。
 過ごせるときは短い。
「さて、菜が冷めぬうちに食すとしよう。食べきれぬから、李斎も食してくれ。折角の機会だから、互いに食べさせるとしよう」
「よろしいので?」
「食べている間に蒿里が帰ってくるのは問題なかろう。むしろ食べさせたのだ、と示すことができるからな」
「しかしそれを言いふらされては困ります」
「それは私から蒿里に言っておく。気にせず……」
 小声で素直に言葉を零す。
 私だけを見て欲しい、と。
 そんな風に我侭を言う驍宗が、とてもとても愛おしくて、李斎は微笑みながら頷く。



 数刻後、臥牀の傍らで、仲睦まじい二人の姿を見て大喜びした泰麒の姿を見ることができた。
 それ以上に、久々に二人の時間を過ごせたことに、喜びを感じ泰麒に感謝する二人だった。




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 情けない。
 そんな想いを抱くなど、情けないにもほどがある。
 王は一人のものではない。
 王を慕う全ての者たちであって、ただ一人の鎖に縛られることはない。
 
 とうにわかりきっていたころだ。

 それなのに、親しげにしている女官を見て芽生え育つ。

 理解しているのに、それでも――嫉妬という感情は生まれてしまうものなのか?


醜悪の欠片



 深夜、李斎は一人書卓に向かい筆を走らせる。まとめなければならない報告書は、直に書き終わる。
 終わったら思い切り体を動かしたいものだった。やはり武人として、体を動かすことは楽しく気鬱な思いを吹き飛ばす。
 考えながらも書き終えて、墨が乾くのを待って綺麗に折りたたむ。軽く湯浴みでもして、少しでも体を暖かくして眠ろう。明日もまた早い。
 そうして房室から出ようとした瞬間、手に触れる前に扉は開かれた。
「まだ起きていたか」
「主上、な……う、んっ!」
 素早い動きで腕を抑え込まれて、唇もまた奪われて身じろぐ。しかし夜陰に紛れてやってきた人物――驍宗に敵うはずもなかった。
 慣れているように思える動きに、甘く熱すぎる口付けは体を蜜のように溶けるような感覚に襲われる。
「ふ……あ、おやめ……」
「誰もいなかったからな。遠慮はしなかったが?」
「確かに、人払いはさせました、が」
「では問題はない。ところで夜分にどこに向かうつもりだった?」
「温まるために風呂へ……冷える夜ですので」
「本格的に寒くなるからな。私も風呂に……」
「本日は来られる予定はございませんでしたよね?」
 突然の来訪は誤魔化すのに苦労をする。
「それで怒っていたのか?」
「怒ります。突然では……」
「それとは別か……」
 顎を撫でて李斎に向かい、真剣な表情で問いかける。
「私を避けていると思ってな」
「避ける必要もございませんし、避ける理由もございません」
「真か?」
「はい」
 偽りではなかった。理由などない、どこにもないはず、なのに。
「そうは見えなかったが」
「気のせいでございましょう」
「女官に私が触れたときに、怖い顔をしておったぞ?」
「――っ!」
 かっ、と顔が一瞬で朱に染まる。
「私は誰かに惹かれることはない。焦がれる想いを抱かせる相手は、李斎しかいないからな」
 堂々と、そして嘘偽りの無い言葉。誰かが見ていれば、ほぼ確実に惚気と思ってしまうほどに、恥ずかしげもなく言い放った。
「それは……私も同じでございます」
 頭ではわかっている、のに。
「誓って何も起こりはせん。不安であれば……」
 軽々と李斎を抱き上げて、誰も見たことのない、優しすぎる微笑を驍宗は浮かべた。
「不安を全て忘れ、かき消すほど愛するとしよう。不安にならぬほどにな」
 耳元で囁かれる。

 覚悟は良いか?

 吐息が耳に触れる。

 ……はい。

 消えてしまいそうな声で答えて、驍宗は満足して風呂場ではなく、臥室へと向かう。


 愛しい女の不安をかき消し、幸せに満たすために。


 嫉妬の感情など抱かなくとも、愛している、その想い全てを伝えるために――。





笑顔の魔法






 見つめてくれる笑顔は、とてもとても優しくて大好きな微笑み。
 でも相手が違うと、こんなにも別の笑顔が溢れる。
 滅多に見ることのできない二人の笑顔。

 多分見られるのは僕だけかもしれないね。



 用事があって驍宗が李斎の官邸に向かったことを知っていた泰麒は、二人のところに行くために懸命に走っていた。走っていてもどこか愛らしく、通りすがる官吏や女官たちの心を和ませる。目が合った者は、花が咲いたような笑顔を見ることができる。それも可愛らしさの一つだった。
 官邸にたどり着き、静かにそっと扉を開ける。


 ――驍宗様だから、気がつかれていると思うけど。


 それでも扉の隙間から、時折見ることのできる驍宗と李斎、二人きりの光景は泰麒にとって一つの楽しみだった。
 本当に優しくて、安堵できる雰囲気が流れていて、邪魔をしてはいけないかな、と思ってしまうけれど。
 小卓を囲んで茶を楽しむ二人の名を呼ぶ。
「驍宗様、李斎!」
「蒿里、どうした?」
「どうなさいましたか、台輔」
 振り向いた二人の笑顔が、またさらに格別なものだった。その笑顔が素敵すぎるから、嬉しくて泰麒も最高の笑みを二人に与える。
「ええと……」
「どうした?」
 駆け寄ってきた泰麒を抱き上げる驍宗。
「あの……怒らないで下さいね」
 恥ずかしそうにもじもじと体を動かして一言。
「二人に会いたかっただけなんです」
「嬉しいお言葉で」

 本当にきさくで、優しい台輔だと李斎は会う度に感じ、それが心地よいことを何度も確認させられる。

「夕餉の刻限でもございますし……主上と台輔がよろしければ、こちらで用意させていただきますが」
「僕は大丈夫です。驍宗様は?」
「付き合おう」

 その返答に李斎と泰麒は笑顔を浮かべる。
 嬉しいと自然と笑顔が溢れて、心地よくて楽しくなってしまう。
 三人は立ち上がり、隣室へと向かう。


 泰麒には驍宗と李斎が、男として女として好きあっているのは何となくわかったけれど、口に出す必要はないということもわかっていた。
 訊ねなくてもわかるぐらい、二人の微笑みは安心できて。



 二人だけの時に見ることのできる笑顔、一瞬しか見ることのできない笑顔だとしても心地よいもので。


 そんな二人の笑顔を大好きだよ、って今夜こそ伝えたいな。


 決意を胸中で秘めながら、まるで父と母のように、二人に手を繋がれながら隣室へと向かうのだった。


  


春陽夏火




 窓辺から雪の舞い散る光景を目にすることはできないというのに、肌に刺すような寒さを感じてしまう。
 ――民は今感じている寒さの比ではないだろう。すでに雪は降り積もり、民は扉を閉ざす。
 臥牀から抜け出し、着物を羽織り窓辺に立った直後は涼しかったが、それもすぐに寒さへと変化する。
 それでも――火はまだ消えていない。
「……着物一枚では冷えるぞ?」
「し……驍宗様も一枚ではお体を冷やします」
 静かにそっと李斎に着物を肩にかけたのは、少し遅れて目覚めた驍宗だった。わずかに彼の熱を感じる。
「まだ熱い、がすぐに冷えるのだろうな」
「体は冷え切ります。御酒を用意いたしましょうか?」
「酒は必要ない」
 そう言って背から覆い被さるように李斎を抱き締める。まだ営みの証を含んでいる熱を感じて、わずかに頬を赤らめた。
「本格的な冬がやってきますね……」
「ああ……」
 窓辺からは園林しか見ることができなくても、雲海の上であっても冬の空気は漂ってくる。
「春に近い冬だと私は思っておりますが」
「春に近き冬、とは……」
「戴にとって冬は過酷です、が主上がおります。ですから妖魔が蔓延ることも、近年よりも凍死者は減ることでしょう。冬は冬ですが、王という暖かな光があります。まだ辛くとも……少しずつ、辛い冬ではなく、季節を受け入れて笑顔で過ごすことのできる冬が来ると、私は思っております」
 何もかも、希望の光さえもなかった昨年の冬、しかし天帝は王を戴に遣わした。
「そして、私的な話になってしまいますが」
 言い辛いわけではなかった、けれどどこか気恥ずかしかったけれど、心からの言葉を告げる。
「私にも春を授けていただきました。内には夏を……」
 愛しい人を得て、心には恋という熱い想いが生まれて。
 春のように穏やかで暖かく、夏のように熱く興奮している心。
「それは私も……同じ想いだ」
 李斎だけではなく、驍宗もまた愛しい人に出会って、多くの暖かさを生むことができた。それは心地よくて、日々の疲れを癒してくれるかのように――暖かい。
 笑みを浮かべて、互いの温もりに触れてただ静かに視線を窓辺に向ける。交わす言葉もなく、静かに静かに時間を共有する。
 やがて体が冷え切ってきて、驍宗は口を開いた。
「そろそろ臥牀に戻ろう、寒いだろう?」
「寒くはございません。驍宗様は暖かいですし……」
 それに。
「己の中に燻る熱は冷えることはありません。その熱は体に高揚感を与えてくれます。ですから……寒くはございません」
「こんなにも手が冷えているのにか?」
 少し硬い手が、女人にしては鍛えられた指に絡みつく。
「そんなに深く追求は……」
「すまない」 
 少し意地悪な問いだった、と反省しつつ体は冷え切っている。李斎を臥牀に導き押し倒した。髪が李斎に降り注ぐ。
「もう一度暖まるか」
「……はい」
 触れられた先から熱が帯び始める。
 己の中にある火が大きく燃え広がっていく。


 お互いが存在し、触れ合えば寒い冬も、暖かな春と夏が幾度となく巡り続けるのだ――。







 一歩が重い、重くて胸がひどく痛んだ。体が不調ではない、心が受け止めきれていない。しかし断ることもできず、無碍にもできない。
 官邸に向かう速度を、李斎は速めるしかなかった。既に真夜中、早朝までの時間は限られている。官邸に入り園林を横切って臥室へと向かう。人払いは万全だ、万全でなければ困る。
 そして牀榻に腰掛ける人物は、にこやかに笑って李斎を迎えたのだが。
「……主上」
「どうした……?」
 不安げな表情に待人である驍宗は立ち上がり、安心させるつもりで抱きしめようとした。しかし李斎はそれを拒み、一歩後ろに下がった。
「何があった」
「何もございません」
「何もなくて……なぜ拒む?」
 あれだけ愛し合い、気持ちを確かめ合った。隠れた付き合いとなっても良い、と互いの心に誓約を交わして。
「少し……少しだけ時をいただけませんでしょうか」
 体を重なりあい、深く愛し合った。忍ぶ恋も受け入れた――けれどそれは頭の中で理解しただけだった。心が追いついてくれない。早急に思いを添い遂げたせいなのか。
「早急すぎたのかもしれんな……とにかく着替えたほうが良い。鎧は重かろう」
 言って驍宗は臥室を立ち去った。隣室で待っていてくれているのだろう。
「申し訳……ございません」
 去ってから嗚咽交じりで謝ってしまう。なんて弱いのだろう、なぜ受け止めきれないのだろう。その場に崩れ落ちて、ただただむせび泣いた。
 

 腫れ上がった目元に触れて抱き上げる。着替るには時間がかかると思い臥室に戻れば、床に倒れている李斎の姿に驚愕した。顔を覗き込めば涙の痕が残っていて、泣き疲れてしまったらしいと結論付けた。牀榻に体を横たわらせて鎧を剥ぎ取る。衾褥をかけて髪をなで上げた。
「恋沙汰に関しても早急すぎるのかもしれんな……」
 政務に関してもそうだ、早急すぎて少し緩めなければいけないと感じてしまうことがあった。恋に関しても、李斎に早急な証を求めたのかもしれない。
「すまぬ……」
 静かに詫びるようにそっと口づけて、その晩は何事もなく時が流れた。


 一月後、何事もなく日々は過ぎ、公式の場で驍宗と李斎は顔を見合わせることもあったが、そこではあくまで王と将軍、私的な会話は一切なかった。
 そんなある日、李斎の官邸に文が来届いた。驍宗からのもので、内容に目を通せば酒の誘いだった。あの晩は泣き疲れて、一人で動揺して拒んでしまった。詫びねばならない。
 それに――心の整理は終えている。
 ゆっくりと考える時間ができた、一つ一つ振り返り、己の心と向き合って、向き合ったからこそ……。
「お疲れ様です、主上」
「……今夜は大丈夫なのか?」
「はい」
 臥室に驍宗を通し、椅子を薦めて体を静める。用意された杯に酒を注いでから、李斎もまた腰掛けた。
「申し訳ございませんでした」
「いや……私も悪いからな」
「いえ、主上は」
「早急すぎたようだからな。少しずつ育めばよいものを……」
「ですが、私が主上でございましたら早急になるかと」
 限られた時間で愛を育む、戴はまだ多忙を極め、一時の蜜月を味わい一晩でそれは覚める。互いに切り替え、戴のために心血を注ぐ。だが二人の時はその時間を味わいたい。
「ですが、私も考える時間が欲しかったのは事実でございます。ありがとうございます」
「礼を言う必要はない、私が謝らなければならん」
「そんな主上に……いえ、驍宗様がお気を使われる必要は……」
「李斎」
 名を告げて押し黙る。
「私は李斎に拒まれ、嫌悪されるのを恐れている。それだけ……李斎?」
 静かに立ち上がり、李斎は何も考えず唇を唇で塞いだ。
「もう何もおっしゃられなくとも……わかります。ですから……何も言わず……」
 何も考えず、ただ受け止めて欲しい、愛して欲しい。

 驍宗の愛を求めて抱き締め、それに答えて腕を伸ばし強く抱き締める。
 
 この時だけは身分を考えてはいけない。
 只の男と女になろうと言ったはずなのに、忘れてしまう。
 忘れてはいけない、忘れなければ――こんなにも素直に愛し合えることができるから。






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