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うろほろぞ
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「本当に大きくなられて……」
「ああ、そうだな」
 驍宗が泰王として復帰して数日が経った。
 未だ、慌しくて満足に休息など取れなかったが、深夜、ふと思い立って泰麒の臥室へと向かった。
 幼かった子供は、驍宗の背丈ほどではなかったが、随分と成長し、屈んで目線を合わせるなどという事はなくなった。
 それでも、よく眠っている泰麒の寝顔は昔のままで、驍宗は安心した。
 大人びていたけれど、まだ子供なのだという事に安心するとは、不思議なものだ。
「帰りたくないですね」
「……やはり、そう思うか?」
「ええ」
 にこりと微笑みかけてくるのは李斎だ。
 その昔、こうしてよく泰麒の寝顔を揃って見に来たものだった。
 なかなか共に時間を取る事は出来なかったから、よく夜中にこっそりと会っていた。
 ふ、と驍宗は笑う。
「では、泊まっていくか?」
「あら、よろしいのですか?」
「誰も文句など言わんさ」
 くすり、と李斎は口元を手で覆って笑う。
「文句を言うのは、台輔だと思いますよ。子供扱いしないで下さいって」
「高里も言うようになったな」
「ええ」
 感慨深く泰麒の寝顔を見る。
「昔と比べると、本当に台輔は成長されました」
「そうだな…」
「主上に怯えていた事なんて、今では考えられない位に」
「おい」
「本当の事でしょう?私は随分と懐かれてましたけれど」
「……李斎もそんな意地の悪い事を言うようになったとは」
「人を心配させた罰でございます」
 つん、と李斎は顔を反らした。
「それで、どうなさいます?主上が奥に?それとも私が?」
「……どちらでも構わんが。いや、私が奥に行こう」
「はい」
 驍宗は李斎の体を抱き締めて、唇を素早く合わせた。そして、牀榻に上がった。
「……主上、気をつけて下さいね。台輔の身長は随分と伸びておいでですよ」
「……分かった」
 泰麒を踏まないように奥に向かう。

 こうして『川の字』になって眠っていると、昔に戻れる気がした。
 でも、泰麒は昔とは比べるまでもないほどに成長している。その事がとても嬉しい。だから、昔には戻りたくはないと驍宗も李斎も思った。





     ~了~


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「散歩に行かないか?」
「は?」
 思わず間抜けな声を出した。だが、取り返しはつかない。既に言葉となり、驍宗の耳に届いた。
「知っているか?もう春なのだぞ。今、桃の花が見頃だ」
「さようですか」
 李斎は窓の外から話しかけてくる驍宗に戸惑ったかのように首をひねった。
「ですが、このような時刻ですと、花もよく見えないのではないのですか」
 もう深夜といっても差し支えのない時刻だ。
 月明かり、星明りで見ようにも限界があるし、小さな手燭だけでは間近な所しか見えないだろう。
「それがそうでもない」
「はぁ……」
 躊躇っているとじれったそうに驍宗は李斎の二の腕を掴み、引きずり出そうとする。
「ちょっ、おやめ下さいませ!」
 危ない、とばかりに窓枠に縋った。
「だったら、早く来い」
「知りませんでした」
「何がだ?」
「主上がこのようなせっかちな方だったとは」
「そうか」
「ええ、そうです。暫くお待ち下さい」
 そう言って、李斎は室内に戻り、春先用の褞袍を肩に羽織った。
 窓枠に手をついて、飛び降りるように外に出た。
「どうして、自分の官邸から抜け出さなくてはいけないのでしょうね」
「そんな事、気にしていたら、身が持たないぞ」
「持ちたくありませんから」
 くす、と驍宗が笑う。
「良いではないか。たまには」
「ええ、本当にたまにはならば」
 恨めしげに上目遣いで見る。
「じゃあ、行くか」
 話を反らし、驍宗はさっさと歩いた。
「誤魔化すのへたですね」
「そういう李斎は、誤魔化されるのがへただ」
「誤魔化されたくありませんから」
「そうか」
「そうですよ」
 暫く歩くと、余所の家々から、甘い香りが漂ってきた。
 桃の花特有の甘くて優しい香りだ。
 その優しい香りは、ふんわりと李斎の鼻腔をくすぐった。
「ほら、見えるだろう」
「ええ」
 確かに暗い夜道だったが、そう高くない墻壁の上から見える桃の木は、小さいけれど、たくさんの灯籠によって華やかな演出をされていた。
「知りませんでした」
「私も今日まで知らなかった」
 灯りに使う油だって、そんなに安い物ではないだろうに。
 贅沢な事だ、と眉を顰めたくなったが、やはり綺麗なものは綺麗だ。
 住人はどこの誰だかしらないが、粋な事だ。
 たくさんの灯籠は、足場が組まれ、高い所にも設置されている。
 まるで、この家の住人は、道行く人にも見てもらいたいようだ。
 二人だけで、花を見るなんてない事だから、李斎は心が弾んだ。そっと手を伸ばすと、驍宗がその手を掴んで握ってくれる。
 いつまでもこの場にいるのもへんなので、また歩き出した。

 真夜中の散歩は、長いようで短かった。






     ~了~




 野望というのには、ささやかな願いだな、と一人呟いた。
「何か、仰いました?」
 李斎が、赤茶の髪を揺らし、振り返った。
「いや、何でもない」
「そうですか」
 そう言って、李斎はまた書棚の整理を始めた。
 ここは李斎の官邸だ。
 ふと思い立って書棚の整理を始めたのはいいが、夢中になり過ぎて収拾がつかなくなった、と笑っていた。
 驍宗は、用意された酒の杯を片手で玩びながら、李斎の背中を見ていた。
 棚には、書籍だけでなく、何かの小箱やら、小さな花を挿したほっそりとした花瓶やらも詰めている。
 折角、詰めたものをもう一度、取り出しては、また詰めたりとしている為、今夜中には終わらないんじゃないか?と思うが、言ってしまっては、李斎がふくれてしまう事が想像出来て、驍宗は口に出さないでいた。
 しん、と静まり返った中、李斎が動くたびに衣擦れや、書籍などと書棚がこすれる音がする。
 まるで、この世に二人きりしかいないようだ、と思いながら驍宗は酒を口に含んだ。
 たまに訪れるこの李斎の官邸は、いつも静かでいて、温かい。
 そして、過ごす時間は、穏やかな時間だ。
 驍宗は取り立てて何も語らないし、李斎もまた、問い詰めたりはしない。
 時間を共に共有するだけ。
 そうやって、李斎は何も言わずに驍宗を受け入れる。それが、言葉に言い表せないほど嬉しい、と驍宗は思う。
 どれだけ自分の事を理解しているのか、分からないけれど、確かに全てを受け入れてくれるというのは、本当に嬉しいものだ。
 出会った頃、泰麒を挟んで色んな話をした。
 泰麒がいない所でも、様々な事を語り合った。
 あの時、新鮮に感じたものだ。
 泰麒と一緒にいる時には、優しい表情を常につけていたが、いない時には、本当にさっぱりとした物言いで、辛辣だった。二重人格者かと思ったが、今になって思い返すとあれは、泰麒に対する母性愛とか、そういうものがあったのだろう。そして、自分には、本音を見せてくれていたのだろう。泰麒に対してとは違う本当の姿を。
 あの頃、話していても退屈を覚えなかった。
 今では、取り立てて話さなくても、気詰まりを感じたりする事がない。
 きっとそれは、二人の間に、遠慮とかそういうものがあまりない、という事なのだろう。
 驍宗は酒を杯に注ぎ、くいっ、と呑み干した。
 たん、と卓に杯を置き、立ち上がる。
「どうかなさいました?」
 驍宗が立ち上がったのに気づいたのか、李斎が振り返る。両腕に抱えた書籍が零れ落ちそうだった。でも、李斎はそれらを落とさなかった。驍宗がいきなり行動を起こしても。
「何をなさるんです……?」
 上目遣いで李斎は驍宗を睨んだ。
 書棚に押し付けながら、驍宗は李斎の体を抱き締め、唇を奪っていた。
「離れて下さい。ここが片付かないです」
「野望があるのだ」
「はい?」
 驍宗は李斎の非難を軽く無視し、李斎の赤茶の髪を掻き揚げた。さらり、と髪が肩の上で踊った。
「野望というのには、ささやかなものだが、私にとっては野望なのだ」
「そうですか。頑張って下さい」
「冷たいな、もっと応援してくれてもいいではないか」
「何を仰るのです。主上の事ですから、自力で叶えてみせるでしょう」
 李斎はふいっ、と横を向いてそう言った。
 その頬に一つ、唇を落とす。
 次第に赤くなる頬を見ながら驍宗は、耳元で囁いた。
「自分一人で叶えれるものならば、とっくにそうしている。自分一人では無理だから言っているのだ」

 野望というには、あまりにもささやかな願い。
 このまま、ずっと時を過ごせればいい。
 一つの時間を共有し、喜びも悲しみも、そして苦しみも、全て共有出来ればいい。

 ずっと。






     ~了~


 くるり、と指先に長い髪を巻きつける。赤茶の髪が、太く長い指に幾重にも巻かれ、そして、はらり、と流れ落ちる。
 李斎はそんな男の指を殊更見ないふりをして、手にした書面に目を落とす。
 指先で髪を一房取ると、今度は軽く引っ張って、口元へ持っていき、軽く口づける。
 それでも、李斎は何も知らないふりをして、書面を捲る。
「つまらん」
 驍宗は音を上げ、李斎の髪を放り出し、今度は李斎の顎に触れ、ゆっくりと指を這わせた。
「主上…、今日中にこれを読み、頭の中へ入れておけ、そう仰ったのは主上でございましょう?何故、邪魔をするのです?」
 李斎の頬を驍宗の指が這っていく。その手付きが大事なものを扱うかのように優しい。
「主上!」
 榻から立ち上がり、李斎はきっ、と睨む。
 だが、その頬はいつになく赤い。
「蒿里は、今頃、どの辺りだろう?」
「主上?」
 台輔である泰麒が、漣へ向けて出立した。
 その行程は、騎獣を使っているとはいえ、長い道のりだ。
「蒿里がここへ帰ってくるまでに、全てを終えておかなくてはならない。だが……」
 立ったままの李斎の手首を掴み、榻に再び座らせる。
「だが、これで本当に良いのか、考えてしまう」
「……主上?」
「一通り、それを読んだか?」
 李斎は頷いた。ざっと目を通しただけだが、この作戦には、多数の血が流れるだろう。公にするには厄介な罪人たちの血が。 この計画を知らされた時、微かな驚きを感じた。 表に出さず、裏で実行するという事は、裁判を行わない、という事だ。
 勅命とはいえ、それはかなり荒っぽい事だ。
「蒿里は、この事を知れば悲しむだろう。だが、やつらを生かしておく訳にはいかない。蒿里が帰って来るまでに全てを終えておかなくてはならない」
 李斎の掴んだ手首を離し、背凭れに体重をかけ、天井を見上げた。
「辛い役目を負わせてしまう。だが、こうするのが一番良いのだ。いや、そう思いたいのだ」
 李斎はそんな驍宗を見詰めて、そして、再び書面に目を落とした。
 幾人もの罪人の名。
 そこには、罪状は書いていない。
 だが、知っている。
 どんな非道を行っていたのか。
 それによって、何人もの人々が破滅したのか。
 李斎はその書面を頭に叩き込んでしまうと、火炉の中に入れてしまう。
 徐々に端から黒ずんでいき、火が点く。
 ふわり、と熱気で紙が浮き、めら…、と音を立てて燃え広がり、そして、その一瞬の後、崩れ落ちる。後に残されたのは、炭の上に元は紙だった、燃え滓のみ。
 李斎は、火炉をじっと見ていた。
 漆で塗られた火炉の中、時折炭が赤く燃えるのを見ているのが好きだった。
 それは、火炉、という小さな世界の中、暖かい火の色を眺めるのは、安心するからだ。 そして、この火炉をこの国に例えると、火炉の中の燃える炭はやはり―――。
「辛いからといって、逃げるのはわたしの趣味ではございません。辛くても、それが、後々、良い事に変わる。だから、わたしは逃げません」
 小さく、だが、はっきりと李斎は告げた。
 願わくば、泰麒が帰ってくるまでに、この王宮に血の匂いが残っていませんように――。そう願いながら李斎は目を閉じた。再び髪をもてあそぶ指を感じながら。




 戴では植物の種類が少ない。
 それは、気候が悪く、土壌に恵まれていないからであろう。
 けれど、その代わりとでもいうかのように、花が咲くと辺り一面、その花だらけになる。
 それは、代々の王が、あまりに花が少ないのを寂しく思い、天に願った為なのか。
 それとも、天が、厳しい冬を憐れみ、心が弾むような花を恵んだのか。
 どちらにしても、戴国に住まう者達は、数少ない花を大切にする。


「李斎が瑞州の将軍になるって本当ですか?」
 パタパタと幼い子供が前置きもなくそう走り寄って来て問う。
 驍宗はその子供に微笑みかけると抱き上げ、榻に座り、膝の上に子供を乗せた。
「ああ。そうだ。もう暫くすれば承州から引っ越してくるぞ」
 嬉しそうに子供、泰麒は笑う。
 あれだけ李斎に懐いていたのだ。嬉しく思って当然だろう。
 その手放しに喜ぶ泰麒を見て、驍宗もまた笑った。
「本当に嬉しそうだな。李斎が瑞州の軍に入って、そんなに喜ぶとは」
「はい。僕、嬉しいです。李斎も飛燕も大好き、ですから」
 そう言って、泰麒はますます笑った。
 よく笑う子供だ、と思いながら驍宗は泰麒の頭を撫でる。
「だったら、李斎がこっちに引越しが終えたら、祝いをやらないとな」
「お祝い、ですか?」
「ああ。何がいいか、考えておきなさい。私の分も一緒にな。そう、御庫を漁ってみるとよい」
 そう言うと、泰麒は顔を難しげに歪めた。
「僕、こういう時、何を贈ればよいかわかりません……」
「なに、そういう時は、正頼に聞けば良い。あれは、泰麒の知らない事を教えてくれる先生だからな」
 但し、時には泰麒を騙そうとするから、気をつけるんだぞ、と続けると弾けた様に笑った。もう既にその被害にあっているのだ。泰麒は。
「そうですね。正頼は酷いんです。傅相の事を子守、って言って笑ったりするんです」
 正頼を非難しておきながらも、泰麒の笑顔は曇らない。
 どこまでが良いのか、どこからが悪いのか、正頼にはもう判断がついているのだろう。この人選には一抹の不安がよぎっていたが、これで良かったのだ、と驍宗は胸を撫で下ろした。
「あの、それで、驍宗さま。お願いがあるんですけど……」
「何だ?」
 もじもじと、膝を泰麒が見下ろしている。言い難そうなことらしい。
「蓬莱では、お祝い、といえば、お花なんです。僕、李斎にお花をあげたいので……」
「花?」
「そうです。きれいなお花を贈るんです。特に女の人には何かあれば、お花を贈るのがあちらの習慣なんです」
「ふむ……。そうか。だったら、ここの花を持っていきなさい」
「え!?いいんですか?僕、買ってこようと思ったんですが……」
「城下といえど、もう冬に入ったのだ。花は売られていないだろう。幸い、この白圭宮には、花が沢山あるのだ。好きなだけ持っていきなさい。ああ、そうだ。だったら、二人で花を選ぼうか」
 驍宗がそう言うと、泰麒は驍宗の膝の上から飛び降り、嬉しそうに飛び跳ねた。
「はい!李斎が引っ越してきたら直ぐに選びましょう!」


 先王は美しいものを好んだ。
 細工が施された宝玉。
 煌びやかな衣装。
 様々な歌舞音曲。
 そして美しい女人など……。
 色鮮やかに咲き誇る花もその中の一つだ。
 花の名前など知らぬが、こうして大輪の花を見ていると花が羨ましいと思う。
 驍宗は手にした花鋏を、泰麒にねだられるまま使いながらそう思った。
 庭を管理する者達はさぞこの花苑を誇りにしているだろう。
 種から、苗から育て、花を開かせて。
 そして、誰しも『うつくしい』という言葉が口から出る。
 素直にそう言える。
 だが。
 驍宗は目についた、淡い紫色の花を手に取った。
 薄い花弁が今にも破れそうで慎重に触れる。驍宗の硬い指先に柔らかな感触を与えた。
 美しく咲いた花に『綺麗』と言う言葉が出ても、人間に対しては中々言えやしない。
 驍宗は、パチン、と高い金属音を出し、その花を切った。

 いつの日か、花が咲き実を結ぶように、この思いも――。

 そう願いながら。





     ~了~

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