くるり、と指先に長い髪を巻きつける。赤茶の髪が、太く長い指に幾重にも巻かれ、そして、はらり、と流れ落ちる。
李斎はそんな男の指を殊更見ないふりをして、手にした書面に目を落とす。
指先で髪を一房取ると、今度は軽く引っ張って、口元へ持っていき、軽く口づける。
それでも、李斎は何も知らないふりをして、書面を捲る。
「つまらん」
驍宗は音を上げ、李斎の髪を放り出し、今度は李斎の顎に触れ、ゆっくりと指を這わせた。
「主上…、今日中にこれを読み、頭の中へ入れておけ、そう仰ったのは主上でございましょう?何故、邪魔をするのです?」
李斎の頬を驍宗の指が這っていく。その手付きが大事なものを扱うかのように優しい。
「主上!」
榻から立ち上がり、李斎はきっ、と睨む。
だが、その頬はいつになく赤い。
「蒿里は、今頃、どの辺りだろう?」
「主上?」
台輔である泰麒が、漣へ向けて出立した。
その行程は、騎獣を使っているとはいえ、長い道のりだ。
「蒿里がここへ帰ってくるまでに、全てを終えておかなくてはならない。だが……」
立ったままの李斎の手首を掴み、榻に再び座らせる。
「だが、これで本当に良いのか、考えてしまう」
「……主上?」
「一通り、それを読んだか?」
李斎は頷いた。ざっと目を通しただけだが、この作戦には、多数の血が流れるだろう。公にするには厄介な罪人たちの血が。 この計画を知らされた時、微かな驚きを感じた。 表に出さず、裏で実行するという事は、裁判を行わない、という事だ。
勅命とはいえ、それはかなり荒っぽい事だ。
「蒿里は、この事を知れば悲しむだろう。だが、やつらを生かしておく訳にはいかない。蒿里が帰って来るまでに全てを終えておかなくてはならない」
李斎の掴んだ手首を離し、背凭れに体重をかけ、天井を見上げた。
「辛い役目を負わせてしまう。だが、こうするのが一番良いのだ。いや、そう思いたいのだ」
李斎はそんな驍宗を見詰めて、そして、再び書面に目を落とした。
幾人もの罪人の名。
そこには、罪状は書いていない。
だが、知っている。
どんな非道を行っていたのか。
それによって、何人もの人々が破滅したのか。
李斎はその書面を頭に叩き込んでしまうと、火炉の中に入れてしまう。
徐々に端から黒ずんでいき、火が点く。
ふわり、と熱気で紙が浮き、めら…、と音を立てて燃え広がり、そして、その一瞬の後、崩れ落ちる。後に残されたのは、炭の上に元は紙だった、燃え滓のみ。
李斎は、火炉をじっと見ていた。
漆で塗られた火炉の中、時折炭が赤く燃えるのを見ているのが好きだった。
それは、火炉、という小さな世界の中、暖かい火の色を眺めるのは、安心するからだ。 そして、この火炉をこの国に例えると、火炉の中の燃える炭はやはり―――。
「辛いからといって、逃げるのはわたしの趣味ではございません。辛くても、それが、後々、良い事に変わる。だから、わたしは逃げません」
小さく、だが、はっきりと李斎は告げた。
願わくば、泰麒が帰ってくるまでに、この王宮に血の匂いが残っていませんように――。そう願いながら李斎は目を閉じた。再び髪をもてあそぶ指を感じながら。
李斎はそんな男の指を殊更見ないふりをして、手にした書面に目を落とす。
指先で髪を一房取ると、今度は軽く引っ張って、口元へ持っていき、軽く口づける。
それでも、李斎は何も知らないふりをして、書面を捲る。
「つまらん」
驍宗は音を上げ、李斎の髪を放り出し、今度は李斎の顎に触れ、ゆっくりと指を這わせた。
「主上…、今日中にこれを読み、頭の中へ入れておけ、そう仰ったのは主上でございましょう?何故、邪魔をするのです?」
李斎の頬を驍宗の指が這っていく。その手付きが大事なものを扱うかのように優しい。
「主上!」
榻から立ち上がり、李斎はきっ、と睨む。
だが、その頬はいつになく赤い。
「蒿里は、今頃、どの辺りだろう?」
「主上?」
台輔である泰麒が、漣へ向けて出立した。
その行程は、騎獣を使っているとはいえ、長い道のりだ。
「蒿里がここへ帰ってくるまでに、全てを終えておかなくてはならない。だが……」
立ったままの李斎の手首を掴み、榻に再び座らせる。
「だが、これで本当に良いのか、考えてしまう」
「……主上?」
「一通り、それを読んだか?」
李斎は頷いた。ざっと目を通しただけだが、この作戦には、多数の血が流れるだろう。公にするには厄介な罪人たちの血が。 この計画を知らされた時、微かな驚きを感じた。 表に出さず、裏で実行するという事は、裁判を行わない、という事だ。
勅命とはいえ、それはかなり荒っぽい事だ。
「蒿里は、この事を知れば悲しむだろう。だが、やつらを生かしておく訳にはいかない。蒿里が帰って来るまでに全てを終えておかなくてはならない」
李斎の掴んだ手首を離し、背凭れに体重をかけ、天井を見上げた。
「辛い役目を負わせてしまう。だが、こうするのが一番良いのだ。いや、そう思いたいのだ」
李斎はそんな驍宗を見詰めて、そして、再び書面に目を落とした。
幾人もの罪人の名。
そこには、罪状は書いていない。
だが、知っている。
どんな非道を行っていたのか。
それによって、何人もの人々が破滅したのか。
李斎はその書面を頭に叩き込んでしまうと、火炉の中に入れてしまう。
徐々に端から黒ずんでいき、火が点く。
ふわり、と熱気で紙が浮き、めら…、と音を立てて燃え広がり、そして、その一瞬の後、崩れ落ちる。後に残されたのは、炭の上に元は紙だった、燃え滓のみ。
李斎は、火炉をじっと見ていた。
漆で塗られた火炉の中、時折炭が赤く燃えるのを見ているのが好きだった。
それは、火炉、という小さな世界の中、暖かい火の色を眺めるのは、安心するからだ。 そして、この火炉をこの国に例えると、火炉の中の燃える炭はやはり―――。
「辛いからといって、逃げるのはわたしの趣味ではございません。辛くても、それが、後々、良い事に変わる。だから、わたしは逃げません」
小さく、だが、はっきりと李斎は告げた。
願わくば、泰麒が帰ってくるまでに、この王宮に血の匂いが残っていませんように――。そう願いながら李斎は目を閉じた。再び髪をもてあそぶ指を感じながら。
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