戴では植物の種類が少ない。
それは、気候が悪く、土壌に恵まれていないからであろう。
けれど、その代わりとでもいうかのように、花が咲くと辺り一面、その花だらけになる。
それは、代々の王が、あまりに花が少ないのを寂しく思い、天に願った為なのか。
それとも、天が、厳しい冬を憐れみ、心が弾むような花を恵んだのか。
どちらにしても、戴国に住まう者達は、数少ない花を大切にする。
「李斎が瑞州の将軍になるって本当ですか?」
パタパタと幼い子供が前置きもなくそう走り寄って来て問う。
驍宗はその子供に微笑みかけると抱き上げ、榻に座り、膝の上に子供を乗せた。
「ああ。そうだ。もう暫くすれば承州から引っ越してくるぞ」
嬉しそうに子供、泰麒は笑う。
あれだけ李斎に懐いていたのだ。嬉しく思って当然だろう。
その手放しに喜ぶ泰麒を見て、驍宗もまた笑った。
「本当に嬉しそうだな。李斎が瑞州の軍に入って、そんなに喜ぶとは」
「はい。僕、嬉しいです。李斎も飛燕も大好き、ですから」
そう言って、泰麒はますます笑った。
よく笑う子供だ、と思いながら驍宗は泰麒の頭を撫でる。
「だったら、李斎がこっちに引越しが終えたら、祝いをやらないとな」
「お祝い、ですか?」
「ああ。何がいいか、考えておきなさい。私の分も一緒にな。そう、御庫を漁ってみるとよい」
そう言うと、泰麒は顔を難しげに歪めた。
「僕、こういう時、何を贈ればよいかわかりません……」
「なに、そういう時は、正頼に聞けば良い。あれは、泰麒の知らない事を教えてくれる先生だからな」
但し、時には泰麒を騙そうとするから、気をつけるんだぞ、と続けると弾けた様に笑った。もう既にその被害にあっているのだ。泰麒は。
「そうですね。正頼は酷いんです。傅相の事を子守、って言って笑ったりするんです」
正頼を非難しておきながらも、泰麒の笑顔は曇らない。
どこまでが良いのか、どこからが悪いのか、正頼にはもう判断がついているのだろう。この人選には一抹の不安がよぎっていたが、これで良かったのだ、と驍宗は胸を撫で下ろした。
「あの、それで、驍宗さま。お願いがあるんですけど……」
「何だ?」
もじもじと、膝を泰麒が見下ろしている。言い難そうなことらしい。
「蓬莱では、お祝い、といえば、お花なんです。僕、李斎にお花をあげたいので……」
「花?」
「そうです。きれいなお花を贈るんです。特に女の人には何かあれば、お花を贈るのがあちらの習慣なんです」
「ふむ……。そうか。だったら、ここの花を持っていきなさい」
「え!?いいんですか?僕、買ってこようと思ったんですが……」
「城下といえど、もう冬に入ったのだ。花は売られていないだろう。幸い、この白圭宮には、花が沢山あるのだ。好きなだけ持っていきなさい。ああ、そうだ。だったら、二人で花を選ぼうか」
驍宗がそう言うと、泰麒は驍宗の膝の上から飛び降り、嬉しそうに飛び跳ねた。
「はい!李斎が引っ越してきたら直ぐに選びましょう!」
先王は美しいものを好んだ。
細工が施された宝玉。
煌びやかな衣装。
様々な歌舞音曲。
そして美しい女人など……。
色鮮やかに咲き誇る花もその中の一つだ。
花の名前など知らぬが、こうして大輪の花を見ていると花が羨ましいと思う。
驍宗は手にした花鋏を、泰麒にねだられるまま使いながらそう思った。
庭を管理する者達はさぞこの花苑を誇りにしているだろう。
種から、苗から育て、花を開かせて。
そして、誰しも『うつくしい』という言葉が口から出る。
素直にそう言える。
だが。
驍宗は目についた、淡い紫色の花を手に取った。
薄い花弁が今にも破れそうで慎重に触れる。驍宗の硬い指先に柔らかな感触を与えた。
美しく咲いた花に『綺麗』と言う言葉が出ても、人間に対しては中々言えやしない。
驍宗は、パチン、と高い金属音を出し、その花を切った。
いつの日か、花が咲き実を結ぶように、この思いも――。
そう願いながら。
~了~
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