「あけまして、おめでとうございますなの」
この日の為に弥生が買った赤い晴れ着を身を纏い、皐月は行儀良く三つ指ついて挨拶する。が、如何せんそこは幼児だ。頭を下げると代わりにお尻が持ち上がる。
思わず噴出しそうなのを堪えて、上座に座る大吾は神妙な顔を作る。
「おめでとう」
大吾は神妙な顔のまま、皐月を手招きする。
着慣れない着物に手こずりながらも、皐月は大吾の目の前に進む。
着物の袂をまさぐり、白い小さい袋を大吾は差し出した。皐月はキョトンとした目でその袋を見守る。どうやら皐月にとって、それは生まれて始めてのお年玉のようだ。
受け取っていいものかどうか、悩んでいるようでもある。
「どうした?いらねえのか?」
いつまで経っても、受け取らない皐月に怪訝な声を掛ける。
「もらってもいいの?」
皐月の言葉に大吾は面食らったように目を見開いた。こういったことは自然、知っていくものではなかったか、そうでなければ母親か誰かが教えるものではなかったか。
皐月は大吾の返事をもじもじしながら大人しく待っている。
大吾は小さく息を吐いた。
そして、
「ああ、いいんだ」
膝の上に置いてある小さな手を取り、その手の平にぽち袋を握らせてやる。
「大事に使うんだぞ」
「?ありがとうなの」
またお尻を突き出したお辞儀をして、皐月は小さな足音を立てて弥生の許へと駆けて行った。弥生は食べ終わったおせちの片付けをしていた。
皐月の手に握られている小さなぽち袋を見つけると、前掛けで手を拭いて皐月の目線と合わせるべく膝を折った。
「おばあちゃん、パパにもらったの」
「あらぁ~、皐月ちゃん良かったねぇ」
うんっと頷く皐月の目はキラキラ輝いている。本当に、この時期の子供の目は皆一緒である。
弥生の手伝いで一緒に片付けをしている若い者も、皆微笑ましく皐月を見つめている。
「それじゃあ、私も」
着物の袂からこちらは皐月が大好きな猫のキャラクターが描かれたぽち袋を取り出した。
「キリィちゃんなの!」
皐月の目がさらに輝く。
小躍りしながら受け取って、今まで手に持っていた大吾からのお年玉をそこら辺に放り投げた。
ギョッとしたのは大人達だ。今の今までお年玉を放り投げる子供は見た事がない。慌てて若い者が皐月が落としたお年玉を拾い上げる。
「お嬢、大事に使いませんといけませんよ」
「つかうの?なにを?」
皐月はキョトンとした目を向け、小首を傾げる。
「え?何をって……」
「お嬢、それ、何だか分かってますよね?」
ぽち袋に視線を移し、暫し沈黙した後、
「キリィちゃんのふくろ」
見たまんまの答えを出す皐月に、その場にいた者は全員ずっこける。
お年玉はその袋の中にこそ意義があるものだ。しかし、人生初体験の皐月にはそれがまだ分かっていないようである。
ただ、袋の可愛さ豪華さにその意義を見出してしまったようだ。
「おやおや。皐月ちゃんにはお年玉を教えていなかったかねぇ」
コロコロと笑いながら、弥生はぽち袋の中身を見せた。中からは五千円。幼児にあげるにしては少し多い金額である。
初孫という事もあって、大分奮発したようだ。
「おかね?」
「そうだよ。これはね、皐月ちゃんが大きくなって必要になった時の為に貯金をしとくんだよ」
「そう言って、俺、母ちゃんに年玉巻き上げられたわ」
「俺も」
「で、後で通帳見ると微妙に減ってんだよな」
「そうそう!貯金すらされてなかったりとかな」
「そうなの?」
若い者のお年玉談義を耳にした皐月は俄かに不安そうに瞳を揺らす。
余計な事を言うんじゃないよ!と言わんばかりの剣幕で、睨み付け若い者を眼光一つで黙らせる。まだまだ弥生の威厳は東城会に確かに存在している。
「そんなことしないよ。これは皐月ちゃんにあげたお金だからね、皐月ちゃんが好きなように使いな」
「いいの!?」
「ああ、いいよ。好きな物を買うもよし、お菓子を買うもよし。好きにお使い」
「うん!皐月、好きにする!!」
「何をだよ?」
面倒な年始の挨拶をこれからする大吾はやや不機嫌だ。
折角の正月、ゆっくりのんびりと過ごしたいところだが、この特殊な稼業はそうもいかない。義理だなんだとをやたらと重んじるのだ。
悪い事だとは思わないが、面倒だと思うことは暫しである。
「あ、パパ!あのね皐月ね、お年玉ね、皐月の好きにしていいっておばあちゃんが言うから、好きにするの!」
「はぁ?」
皐月の話す事は内容が見えない。
腕を組み、憮然と見下ろす大吾に皐月は貰ったばかりのお年玉を全て大吾へ渡した。
「何だよ?俺にくれるのか?」
だとしたら、親として少しだけ嬉しい事かもしれない。
まぁ、煙草銭位にはなるかもな……。そんな事をぼんやりと思いながらも、親として後でちゃんと貯金しといてやろうと考えていると、
「ううん。これね、とうじょうかいにあげるの。でねでね、これね、ゆうしするからね。あとで利息付けて返してなの」
「はあ?」
「とうじょうかいはおかねがなくてたいへんなんでしょ?だから、皐月これとうじょうかいにあげるの。でも、あとでかえしてくれないとこまるの。これって『ゆうし』っていうんでしょ?」
「ど、どこでそんなこと聞いた?」
大吾の頬が目に見えて痙攣を始める。
気付いているのかいないのか、皐月は嬉々として犯人の名を口にした。
「龍司おじちゃんなの。おじちゃん、とうじょうかいしんぱいしてたの。やさしいね?」
「ど・こ・が・だーー!!」
大吾の怒声が元日の堂島家に響いた。
その後、凄い剣幕で大阪の近江連合に電話をし、その結果年始の挨拶行事にものの見事に遅刻をし、正月早々柏木に説教された大吾の姿が東城会の会長室で見られたとかなんとか。
勿論、皐月の東城会への融資の話は丁重にお断りをされた。
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