黒紋付袴姿に黒礼服の男達でその場はひしめき合っていた。どことなく緊張感を漂わせているのは、今日が年の初めの大事な顔合わせの日だからだろう。
本部の奥、座敷の間で東城会の幹部等が集まり、会長である堂島大吾に一年で初めての挨拶をする大事な日だ。
小波の様な囁きごとが、ある瞬間をもってピタリと静まる。
衣擦れの音、床を踏みしむ足音。
六代目東城会会長のご登場である。
「新年、明けましておめでとうございます」
一人の男の口上を皮切りに、男達は一斉に頭を下げ挨拶をする。それはまるで、大波がうねりをあげ岩に勢い良く打ち上げるような感覚だ。
「六代目……」
男が顔を上げて次の言葉を続けようとした時、男の口は止まった。否、正確には口だけではない。全ての体の器官と男の周りの時が止まったと言ったとしても決して過言ではない筈だ。
挨拶を上げるべく代表者がいつになっても何も言わないのを不審に思って、他の男達も窺うようにそろりそろりと上目で上座を盗み見る。
そして、同じく時を止まらせた。
上座に座っているのは東城会六代目会長堂島大吾。ではなく、赤の振袖を着てちんまりと布団の上に置物の様に収まっている。
「うん。あけましておめでとうございます、なの」
上座に座るそれは、恐らく誰かに教わったのだろう。丁寧に三つ指をついて深々と頭を下げた。拍子にお尻が上に突き上げてしまったのは、愛嬌なのかもしれない。
「……六代目、ずいぶん可愛らしく小さくなって……」
動揺を隠し切れずに発した言葉は震えていた。
呆然とする男達の中、誰より先に覚醒した男がいる。柏木修である。
彼はすっくと立ち上がり、上座に座っている皐月に近付いた。なんだって、こんな所に皐月がいるのか……。彼は軽い眩暈を覚えながら、皐月の前で膝を折った。
「皐月ちゃん」
柏木は小声で話しかける。
怒りを面に出さないよう、極力注意を払いながら。
「柏木のおじいちゃん、あけましておめでとうございます。なの」
「あ、うん。明けましておめでとう。大吾はどうしたのかな?」
皐月はちょこんと可愛らしく首を傾げる。
「パパ、おでんわ中」
このクソ忙しい時に。内心舌打ちをしつつ、柏木は優しく問い掛ける。
「誰にか、分かるかい?」
「龍司おじちゃんなの。なんかね、すっごくおこってるの。皐月、龍司おじちゃんだいすきだから、おこっちゃいやなの……」
――近江に?まさか、あいつ喧嘩を仕掛ける気なんじゃないだろうな。
ようやく昔ほどではないにしろ、基盤も固まって来たという時に喧嘩を仕掛ける様な能無しではこの先、トップとしては失格だ。
形作る大変さを大吾は身に染みて分かったと思っていたが、どうやら自分は大吾を買い被り過ぎたようだ。
柏木は震える手で拳を作った。
「せっかく、皐月がとうじょうかいに『ゆうし』してあげようとおもったのに……」
が、この言葉に柏木は目を見開く。いや、柏木だけでない。幼児の口から思いもかけずに出た『ゆうし』という言葉に皆耳を疑い、上座に視線を一斉に向けた。
『融資』という言葉を漢字では言えていないにしろ、どうやら皐月が言っているのはこの『融資』で間違いないらしい。
皐月はませた仕草で、腕を胸の前で組んだ。
「とうじょうかいはお金がなくてたいへんって、龍司おじちゃんが言うから。皐月、おとしだまもらったからとうじょうかいに『ゆうし』するの。そしたらパパ達、おしごとできるんでしょ?」
子供のお年玉位で、東城会の資金が回ったらそれは世の中安泰である。
事の成り行きを全て理解した男達は、怒りに震える手で拳を握る。
これがあの男なりの冗談だと分かってはいるが、こんな小さな子に言うべき話ではない事位少し考えれば分かる筈である。
馬鹿にされた悔しさを抑えギリギリと唇を噛み締める男達の背中には、肉眼で見ることが出来ない青白い炎が昇り立つ。
「あんの、近江のクソガキャァ……」
「よりにもよって、六代目のお嬢さんになんて事吹き込むんだ」
「馬鹿にしやがってぇ」
各々思い思いの言葉を吐いている所へ、龍司への電話が済んだ大吾がようやく姿を現した。
不穏な空気が満ちている部屋に、訝しげに思いながら入ると、自分が座るべく上座に皐月がチョコンと座っているのを目にした。
「お前!」
「パ……」
「六代目!!」
大吾が皐月への説教を始めようと口を開いた所で、幹部の一人に遮られた。その声音は、尋常でないほどに怒気を含んでいる。
自分を見つめる目も、正月早々血走っている。
男は、にじり寄る様に大吾へと膝を進めた。
「六代目、今年こそ近江をぶっ潰しましょう!」
「はぁ?」
「ここまで馬鹿にされて、黙っていられるかってんだ!なぁ?」
一人が賛同を求めると、全員が一斉に頷く。
皆、気持ちは一緒らしい。
「何の話を……」
「金がない。金がない。っていつまでも昔の事をネチネチと」
一人が呟いた言葉を大吾は聞き逃さなかった。
元凶は未だ、座布団の上に主然として座っている皐月の様である。
皐月は、男達のただならない気配を感じオロオロとしている。どうやら、子供心にも大好きなパパ達と龍司達が喧嘩をしようとしている分かった様だ。
「パパ……」
不安気に瞳を揺らし大吾を見上げて来る皐月に、大吾は微苦笑を浮かべながら、
「お前のせいだっつーの」
額を指で弾いた。
東城会今年の年始は、『打倒近江』に一致団結する男達の熱い姿で幕を開けた。
PR