忍者ブログ
Admin*Write*Comment
うろほろぞ
[710]  [709]  [708]  [707]  [705]  [704]  [703]  [702]  [701]  [700]  [699
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

;
「……外から見るのと面積違ってない?」
「気にするな」
 気にするなと言われても、人間一度気になったものはどうしようもない。
「だって、部屋の端が見えないよ、ここ。屋敷の構造から考えても、おかしいって」
 そもそも、先程まで歩いてきた廊下の長さより、遥かに長い距離を書棚が埋め尽くしている。十分に間を取って並べられているにも関わらず、その数は数えることすら嫌になる位の量があり、ここに収められている書籍を今から分類しなおすのかと思うと、安易に手伝いを了承した事を、セルバンテスは早くも後悔した。
 その様子を横で見ていた樊瑞が、ため息を吐く。
「だから、言っただろう「書庫の整理を甘く見すぎている」と。それに、お主はここに立ち入ったのが始めてだろうから知らんが……まあ、いい直に分る」
「そうだねえ、正直甘く見てたと今になっては思うよ。で、分るって何がだい?大変そうなのはもう、心の底から理解したけど」
 どう考えたって、こんなの一日じゃ処理しきれない量だものねえ、と呟くセルバンテスに、実に微妙な表情を浮かべ、樊瑞は再度、『直に分る』と返答した。

     ×     ×     ×

 そもそもの始まりは、セルバンテスがアルベルトの屋敷を数日前に訪問――と言うか、強引に押しかけた――所から始まる。
 まあ、それ自体は珍しくも無いどころか、年中行事と貸しており、最早屋敷の主であるアルベルト自身も余り咎め立てをすることは無くなっていた。言っても無駄だからであるが、それでも全く文句を言わない訳ではないところがアルベルトのアルベルトたる所だろう。
 尤も、其れを全く意に介さず押しかけるセルバンテスもセルバンテスだが。
 そんな事情はさて置き、休暇が取れたので遊びに行きたい、南の海なんてどうかな、それとも山の方がいいかな、等と相手の返事を聞かずに次々に計画を口にする友人の姿に、それ程暇では無いと、アルベルトが口にした所が事の始まりだ。
「何で!私は無い暇を無理やり作り出して、こうやって君の事を誘いに来ていると言うのに、そんな連れない返事をするんだい!大体、ちゃんと何のミッションもこの週末は入っていないのは確認済みだよ?50回くらい策士殿に確認して嫌がられて来たんだから、間違いは無いし、さしあたって作戦以外の用事が何も無いことはイワンにもさっき確認した!それほどまでに、私と一緒に休暇を過ごすのが嫌なのかい。何と友達甲斐の無い人間なんだ君は。ああ、実は君は私の事なんて友人と思ってなんて居ないんだ!そんな風に思われて居たなんて、もうこの場で息絶えてしまいたいくらいだよ!」
 立て板に水とばかりに捲くし立て、大げさにテーブルに突っ伏して見せる。
 別に心底そう思っているわけではない、駄々を捏ねて押しきろうというだけの事だ。事実、その喧しさに閉口したアルベルトが折れることにより、10回に1回くらいは成功する。勝率一割、実に確率は低いが、やらないよりはやった方が何事もマシという例だろう。
 そんな友人の姿に嫌そうに眉を顰めると、アルベルトは手にしていたカップをソーサーの上に乗せ、ため息を吐いた。その顔には『どうしてこうも喧しい男なのだ』とくっきり判で押したかのように書かれている。馴れていても、煩いと思わなくなるものでもないらしい。
 放置していては、更に大騒ぎをするのは経験上知っている。きちんと説明をするのが一番早く黙らせることが出来るとばかりに、アルベルトは今回は珍しく正当な理由があった断りの訳をこめかみを押さえつつ、口にする。
「この週末は書庫の整理をするつもりだ。随分長い間放置していたからな。何時までも先延ばしにして居っては、後が大変なことになる」
 その返答に、セルバンテスは顔を上げるが、不満げな表情は変わらない。
「えー、そんなの使用人に任せて仕舞い給えよ。大体、そんな労働君がやるべきことじゃないじゃないか。そもそも、書斎はきちんと片付いている様に見えるよ。それに君はよっぽど気に入ったの以外は読み捨てにしてるじゃないか、そんなに大切にしているとは思えないね」
「書斎ではない、書庫の方だ。そもそも、集めたのは儂では無く、何代か前の人間だ。それにモノの性質上、あれは使用人に任せるのは色々と問題がある」
 その言葉に、やっと興味を持ったのか文句を言うのをやめ、代わりに今度は話に食いついてくる。
「成る程、君の家が何代も掛けて集めてきたとなると、かなりの年代モノになるね。稀覯書とかも多そうだし、そうなると誰にでも任せられるって物じゃなくなるね。貴重な物が見れそうだなあ。ちょっと私にも覗かせてくれると嬉しいんだけど」
「確かに珍しい物が多くあるが、お前の想像するような物ではないとは言っておく。興味があるなら、どうせ休暇なのだろう、手伝えば食事くらいは出してやる」
 アルベルトからの申し出に、セルバンテスが目を輝かせて同意する。どうせ、誘いは断わられたのだ。それならば、手伝いを口実に居座った方が幾らかマシだ。あわよくば、そのまま泊り込んでしまおうと、一瞬にして脳が計算を終える。
「やる。あとついでに要らない物でそれなりの値がつきそうな古書とかが貰えると嬉しいなあ。取引の時とかに、そういうのが好きそうな相手に対して話とか出すと、有利になりそうだからね」
「欲しければくれてやるが、扱いに困ったところで儂は引き取らんぞ。後の処分は責任を持って自分でやるのなら、むしろ金を出してでも引き取ってもらいたい位だ」
 後になって、セルバンテスはその言葉の意味を痛感するのだが、この時点では未だ場所塞ぎなのだろう、程度にしか考えていない。
「大丈夫。ああ、そうと決まったら週末が楽しみだなあ。そうだ、予定が変わらないように、もう一度念を押しておこう。じゃあ、私はそろそろお暇するよ、玄関までお見送りよろしく」
「……自分から見送りを要求するな」
 約束を取り付け、意気揚々と本部に戻ると、通路で樊瑞に鉢合わせした。早速捕まえて、予定の変更が無いように念を押す――というのは口実で、ただ単に惚気たいだけである。捕まる方は災難だ。
「でね、さっきも言ったんだけど週末なんだけどね。もうこっち予定入れちゃったからミッションとか入れないで欲しいんだ。いや、予定が無いのは分っているんだけど、一応念のためにね? 折角久々に、休暇をアルベルトと過ごせる機会なんだ。何かあっても、動くつもりは無いから、そのつもりで居て欲しいと思って」
「……理解したから、同じ内容を言葉を変えて5回も言ってくれるな。夢に出てきそうだ」
「酷いなあ。だって、珍しくもアルベルトからの御誘いだよ? これですっぽかすなんて、絶対にしたくないからね。まあ、書庫の整理って言うのが色気がないけど」
「ちょっと待て、男同士でどう色気を出すつもりだ。いや、そうではなく、今書庫の整理と言ったか?」
 なおも語り続けようとする、セルバンテスを遮り樊瑞が問いかける。
「言ったけど、それが何か問題でもあるのかい?」
「当然、その書庫と言うのはアルベルトの屋敷の書庫だな?」
「さっき、アルベルトの屋敷で週末は過ごすって3回言ったよ、私」
「回数はこの際、どうでも良い。聞くが、『あの書庫』に入ったことが一度でもあるか? その様子を見ると確実に無いのだろうがな」
 眉間に皺を寄せ、樊瑞が更に問う。
「無いよ。それより今度はこっちが聞きたいんだけどね、その反応だとそっちは入ったことがありそうなんだけど、どういうこと。私だって入ったこと無いのに!」
 途端に機嫌が悪そうな顔になり、セルバンテスが叫ぶ。自分はそんなものがあることすら、始めて聞いたというのに、樊瑞が知っている、尚且つ入ったことがあると言うのが気にいらないらしい。
「以前に、こちらで探していたものが、書庫にあると聞いてな。借り出しに行ったのだが……あれは相当な物だぞ。よっぽど理由でもない限り……いや、あれは実際に体験してみんことには分るまい」
 深刻な顔をして呟く樊瑞に、セルバンテスも様子のおかしさを感じる。相当何だと言うのか、気にはなるが、逆に余り知りたい内容では無さそうだ。
「そんなに大変なのかい? まあ、考えてみれば、自分から手伝えなんて言い出すくらいだからなあ。相当量があるってのは覚悟してるつもりなんだけどね」
「問題は量だけではないぞ。……分った、儂も手伝いに行こう。3人いれば、何とか被害は食い止められるだろう」
「え、来なくていいよ。むしろ来て欲しく無いんだけど」
 二人で過ごすつもりだったのに、と不平を漏らすセルバンテスは、このとき重要な言葉を聞き漏らしている。そもそも、十傑集が三人で『何とか』『食い止められる』被害とは一体どれ程の災害なのか、考えるだに恐ろしい。
「今は不満に思うだろうが我慢しろ。確実に、後で感謝することになる。先に言っておく、お主はあの屋敷の書庫の整理を甘く見すぎている」

     ×     ×     ×

 そんなやり取りがあって、現在に至っているわけだが、早くもやる気が殺がれる光景が視界に広がっている。着替えを持ってくるようにと、前夜連絡があったのだが、なるほど、この量の書籍を分類すれば汗だくにもなろうし、着替えも必要だろう。そうでなくとも、本というものは毎日叩きを掛けていても、案外汚いものである。
「大体、何を基準にして分類しておるのだ。言語だの、年代だの分ける方法は幾らでもあるだろうに」
「言語で分類すると、同じ内容の他言語版と配置が離れ過ぎる。年代だと、全体の流れは掴みやすいが、書名や分類が分けづらくて敵わん。まあ、似た様内容での分類にして、そこから何とか扱うのが関の山だ」
 樊瑞の言葉が示すとおり、書棚を眺めると其処に納められている背表紙の整合性の無さが目に止まる。Fの隣にDが、その反対側の隣には何語かすら分らない文字で書名が書かれた書籍が並んでいるといった有様だ。並べた本人には意図があっての事なのだろうが、第三者が見ると必要なものを探し出すのは至難の業だろう。並べた本人も把握しているかどうかは謎だが。
 セルバンテスが手近にあった書物に手を伸ばすと、アルベルトから警告が発される。
「先に言っておく。封がされているものは開こうと思うなよ。此処に納められている物の大半はまともな物ではないからな。封がされていないものでも、油断はするな。碌なことにならん」
「一つ聞かせてくれるかな、此処は危険物保管庫か何かかい?」
「果てしなく、それに近いな」
「一般的な危険物保管庫の方がまだ安全だ。文字通り何が出てくるか分らんのだぞ」
 アルベルトが肯定し、樊瑞が補足を入れる。そんな補足は、願わくば聞きたくはなかったが。
「大体、禁書室がここまで充実しているのは一体何事だ。此処から押し付けられる物だけでも、本部の地下の禁書室が拡張工事が必要になりそうな勢いではないか」
「組織の本部ともあろう場所が、一私人の書庫より貧弱な方がどうかしているだろう。いっそ、全てそちらに寄付してやるから遠慮なく持って行け。礼には及ばん」
 二人のやり取りに、セルバンテスは内心、聞きたくなかったなあ、と意識を遠くに飛ばす。地下の書庫といえば、毎年そこに配置になった構成員が行方不明になることで有名だ。しかも、ダース単位で。生きて配置換えの幸運に預かった者も多くを語らない。黙して忘れ去ろうと願うばかりだと、ちょっとした怪談の舞台であるのだ。
「でも、まあ一応十傑集が三人も居るわけだからねえ」
 呟く己の声が、セルバンテス自身説得力に欠けていると感じるが、気付かなかったことにする。色々考えると、開始する前に心が折れそうだった。

 それでも、開始して数分。何事も起こらないと、人間忠告を忘れがちになる。
 頁の一部が剥離しているのか、何かが挟まっているのか、中途半端にはみ出していた紙に気付いたセルバンテスが、中に戻そうと手にした書籍を開いた瞬間、後ろから力任せに襟首を引っ張られた。開いた場所から一瞬遅れで出てきた巨大な顎が、先程までセルバンテスの頭があった空間で、がちんと音を立てて閉じられる。悔しげに、唸り声を挙げるそれを、樊瑞が床に落ちた書籍の中に押し戻す光景を見ながら、ああこうやって事故が起きるのだなあと、行方不明のエージェントの行き先に思いを寄せる。
 きっと、今頃骨さえ残っていない。
「だから、油断すると碌な事にならんと言っただろう」
「そうだね、今身を持って体験した所だよ。ところで、書庫で煙草は良くないんじゃないのかなあ」
 襟首を背後から掴まれた状態のまま、返事をする。どうやら、開く直前に気付いたアルベルトが、助けてくれた様だ。首は今でも絞まったままだが、頭が半分齧られるよりは余程良い。何と言っても、頭はもう一度生えてきたりしない。
「良い事を教えてやる。暴れようが叫ぼうが、大半の本は所詮燃える」
 言い様、床に落ちた本そのものに手にした葉巻を近づけると、樊瑞と格闘し続けていた怪生物(かどうかすら分らないが)が、慌てて本の中に戻り、独りでに頁が閉じられた。降参、と云う事らしい。
「……なるほど、でもどうせなら一番最初に教えて欲しかったなあ」
「かと言って、どれでも効く訳ではないからな。苦し紛れに、毒を吐く奴だの、余計に暴れる奴だのも居るので、一概にこの方法を薦めるわけにもいかん」
「そもそも、燃え広がったらどうするつもりだ。あっと言う間に火の海になるぞ」
 先程の書を書棚に戻していた樊瑞が呆れた様に、会話に参加する。当然、この顔ぶれが万が一にも逃げ損ねることは無いだろうが、悪ければ屋敷は炎上するだろう。実に真っ当な指摘だ。
「どうせ、本宅ではない。周囲に民家があるわけでなし、燃えたところで被害はこの屋敷だけだ」
 問題はそこではない。
「被害がないなら、いっそ屋敷ごと燃やしちゃった方が手っ取り早い気がしてきたよ」
 そこではないと理解していても、その呟きに提案に賛同したくなるのも、無理からぬことだろう。
 その後も、順調に(?)怪異は起こり続け、時折中断しつつも整頓は続いた。
 手にした書の表紙から妖艶な美女が現れ、しなだれかかってくる。どうやら、接待をしてくれようとしているらしいが、丁重に断わりをいれると大人しく表装の中に戻っていく。
思わず、「お相手してもらったら、やっぱり中の頁がぱりぱりになってくっついたりするのかねえ?」と呟いたセルバンテスの言葉に妙な沈黙が落ちた。
 どうやら、耳にした二人とも想像してしまったらしい。
 アルベルトが移し替えようと手に取った書が、悲鳴を挙げるも「煩い」の一言で、所定の場所に納められ、くぐもった声を暫く挙げていたが、暫くして諦めたのか沈黙する。
 何故か、樊瑞は怪奇現象に遭遇する率が低いが、これは道術を使えるため、書物の方が余計な手出しを控えている気配がある。恐らくこの面子の中で、一番の適任者といえるだろう。逆に怪現象に遭遇する率が一番高いのはセルバンテスだ。
「De Vermis Mysteriisっと……えーっと。え、何だい? ああ、これかありがとう」
 探していた書物を渡され、礼を言いつつ振り向いたセルバンテスの背後に誰も居ない。屋敷の主に問うと、「書棚の中のモノの仕業だろう」との言葉が帰って来た。
「ちょっと待って、中の人って誰だい」
「中のモノは、中のモノだ」
「……中の人がいるんだ」
 気にしたら、負けらしい。
「間違っておらんなら、気にするな。取り様によっては便利ではないか」
 何処か遠くを見ながらの樊瑞の言葉に、欺瞞という単語の意味を脳内で検索しつつ、深く考えることは止めにすることにした。どうやら『中のモノ』とやらは善意の第三者らしいので、感謝しこそすれ、追及するのは良くないと無理矢理結論付ける。
 実際、馴れてさえ仕舞えば大変ありがたい。
 一時間もする頃には、中のモノと連携して作業を進めることさえ出来るようになっていた。因みに、セルバンテスの作業効率が格段に上がった事を追記しておこう。
「ウチの会社にも、何人か欲しいねえ。ああ、いや気にしなくていいよ、君には君の仕事がここであるんだろうしね」
「……あれは、心臓に毛が生えておるな」
「鱗の間違いだろう」
 何となく、コミュニケーションさえ取れているセルバンテスに、アルベルトと樊瑞が呆れた表情をしているが、当の本人は全く意に介していない。この二人は、手伝いは借りていないが、書庫の整理そのものが始めてではないので、元々作業効率が良く、別段手伝いの必要が無いのも、また事実なのだが。
 そんなあれこれがありつつも、流石に三人もいると、予定していたよりも随分作業は進む。そもそもの動きが、常人を越えた速度だ。この調子なら、夕刻には半分くらいまでの整理は終わるだろうとの判断をする。最初から、全部を整理する予定は無い。蔵書の量から考えて不可能だからだ。
 一旦休憩を入れる意味を含めて昼食にする。イワンが、入り口まで持ってきたサンドイッチだ。書庫の中には入らない、懸命な判断だ。
「流石に、彼はここの整理は荷が重そうだからなあ」
「油断すると、途端だからな。言っている側から、つまみ食いをされておるぞ」
「え? あ、私の分が減っている!」
「本の分際で食事をするなどとは生意気な。儂が許可をする、燃やしても構わんぞ」
 ――何しろ食事時ですら、油断できないのであった。

 サニーが現れたのは、それから3時間ほど経った時だった。
「お父様、おじさま達、お茶になさいませんか? 差し入れを持ってまいりました」
 大きなバスケットを抱え、小走りに現れる姿は可憐だが、この書庫に平然と入り込む辺りは、流石に十傑集候補。見た目と違い、侮れない。
 衝撃のアルベルトの娘にして、混世魔王 樊瑞の養い子だというのは伊達ではないと言えるだろう。
「お疲れでしょう。サニーがクッキーを焼いてまいりました。疲れた時には、甘いものが体に良いといいますから、召し上がってくださいな。暖かいお茶も用意して参りましたので、休憩にいたしましょう」
 床にシートを広げ、てきぱきとお茶の用意を進める。その姿に、大げさな身振りでセルバンテスが感謝の言葉を口にする。
「ありがとう、流石はサニーちゃんだ! 何と気が利く良い子なのだろうね。まるで地上に女神が舞い降りたかのようだよ」
「ふふ。褒めて頂けるのは嬉しいですけれども、何も出ませんよ?」
「いやいや、サニーちゃんの笑顔だけで、疲れが癒されるというものだよ。ねえ、二人とも。さ、お茶にしようじゃないか!」
 セルバンテスの言葉が終わらないうちに、いそいそと樊瑞もやってきてシートの上に座り込む。何気に、サニーの横を確保する辺りが見事なのか、呆れるべきところなのかはわからない。
 複雑な顔で、その斜め向かいにアルベルトも座り、場違いなお茶会が始まる。
「お片づけは、順調に進んでおられますか?」
「うむ、流石に三人居ると中々進みが早くてな」
「ま、埃だらけになっちゃったけどね。レディに対して失礼な格好で申し訳ないけど、許してもらえるかな?」
 我先にと、樊瑞とセルバンテスがサニーに大して話しかけるが、父親であるところのアルベルトは、黙って茶を飲むだけである。と、言っても普段から余り父娘としての会話などないのだが、かといって別段仲が険悪というわけではない。
 付かず離れずの距離を保っているだけだ。世間はどうあれ、この父娘の関係としては、これが普通であり、このくらいの距離感が丁度良いのだろう。
 和やかに、お茶会は進み差し入れがなくなった頃、再び作業に戻るべく、三人が立ち上がる。そこに、サニーからの質問が飛んだ。
「あの、あとどれ位お仕事は残っていますか?」
「うーん、夕方には半分まで整理が終わるかなあ」
「そうだな、この調子ならもう少し早く進むかもしれんな」
 その返答に、サニーが更に言葉を継ぐ。
「あの、私もお手伝い致します」
「え? サニーちゃんがかい? 嬉しいけど、気持ちだけで十分だよ。差し入れをしてもらった上に、お手伝いまでさせちゃ申し訳ないからね」
「うむ、そうだぞ。サニーは上で寛いでおるがいい。そうだ、折角こちらに来たのだ、今夜はこちらで泊まると良い。なあ、アルベルト別に良かろう?」
 話を振られたアルベルトが、余計な事をとでも言うように、顔を顰める。別に泊まるのが不満という訳ではなく、普段父親らしいことをしていないので、一晩屋敷に居られるとどう対応をして良いのかわからなくなるのが困るだけだろう。それを証明するかのように、「ならばイワンに今夜はこちらで過ごす事を言っておけ」とだけ返事を返す。
「なら、尚更お手伝いしないわけには参りません。お父様、サニーもお手伝いをさせていただいてよろしいですね?」
「……好きにしろ」
 その言葉に、満面の笑みを浮かべサニーが言葉を口を開く。
「はい! ありがとうございます! 『あるべきものよ、あるべき場所へと戻れ』」
 次の瞬間、先程まで散乱していた書籍が全て分類され、美しく書棚に納まる。
 その光景に、半日作業を続けていた三人の男たちは言葉を失った。今日一日の労働は、一体何だったのだろうか。
「あ……その、いけませんでしたか?」
 安易に魔法を使ったことに対して、咎められると思ったのだろう。気まずそうにサニーが俯いて問いかける。
「いや、大いに助かったよ。サニーちゃんは、書庫の整理の天才だね」
 フォローをするセルバンテスの言葉も、どこか力ないものとなったことは、この際誰も責められないだろう。

     ×     ×     ×

 夕刻、玄関に灯りが灯り帰り支度を終えたセルバンテスと樊瑞が現れ、その後ろからアルベルトとサニー父娘、そしてイワンがそのあとに続く。
「おじ様たち、本当にお帰りになられるんですか。残念です」
「いや、シャワーも使わせてもらったし、今日はお暇するよ。折角の親子水入らずなんだ、邪魔をするのは紳士のするべきことじゃないしね」
 でも、と引きとめようとするサニーに、樊瑞がサニーの顔の高さに合わせて座り込み、優しく声を掛ける。
「明日、迎えに来るのでそれまでゆっくりしているといい。それでは、また明日」
 また明日、と元気良く返事をするサニーに手を振り、二人は車に乗り込む。背後が見えなくなった頃を見計らい、樊瑞がセルバンテスに問いかけた。
「それにしても、帰ると言い出すとはな。てっきり、泊り込むつもりだとばかり思っておったぞ」
「え? ああ、さっきも言っただろう? 折角の親子水入らずなんだ、邪魔はしたくないよ」
 それに、十分に労働の対価は頂いたからね、と告げセルバンテスはバッグから一冊の凝った表装の書物を取り出した。促され、樊瑞が良く見てみると、古い写真帳らしい。
「くすねて来たのか」
「言葉が悪いなあ、労働の報酬として頂いてきただけだよ。あの書庫の中にあるもので、きちんと管理できるなら幾らでも持って帰って良いって言質は取ってあるからね」
「で、それがどうした」
「ん、中を見てご覧よ。中々興味深い写真が見れるよ?」
 その言葉に促され、頁を捲った樊瑞が唸る。
「これは……」
「こうやって見てみると流石に父と娘だねえ。良く似てるじゃないか」
「うむ……まあ、確かに。しかしこんなもの、どうやって見つけた」
 ああ、それはね、といとも簡単にセルバンテスが説明する。
 書庫から出ようとしたとき、服の裾を引っ張られ振り向いたら、手の中に落ちてきたのだという。
「本棚の中の人なりの、労働に対するお礼じゃない? 後、半分はアルベルトに対しての嫌がらせじゃないかなあ。彼、あんまり本の扱いとか良くないし、嫌われてるのかもね」
「何故、こんなものまで禁書庫に保管しておったのだろうな」
「隠してたんじゃないかな。で、そのまま忘れちゃってたんだろう。じゃなきゃ、私達が来る前に別の場所に移動するなり燃やすなりしてただろうからね」
「……隠したくなる気持ちもわからんではないがな」
「おや、別に隠すほどの事じゃないだろう。洋の東西を問わず、男の子は育ちにくいから、無事に大きくなるようにとの親心からの風習だ。特に、身分の高い家では珍しい話じゃない。それにしても、愛らしいね。今の姿からは想像もつかないじゃないか」
 そう言って、写真を指差す。
 そこには、少々古びた写真が挟まれており、中には黒髪を背中まで垂らし、ドレスと同布で出来た赤いリボンを結んだ10歳前後と思われる少女姿が写っている。その顔立ちは、セルバンテスが言ったとおり、サニーと良く似通っている。
「ああ、でもこれを持って帰ったのは内緒にしておいてくれたまえね? でないと、後が怖いから」
「言われんでも、黙っておる。……共犯にする為に見せたのだろうが。しかし、なんともこれは、俄かには信じられんな」
「ちょっと姿形が変わっただけじゃないか。それにしても、随分貴重な物を手に入れちゃったな。これは、本棚の中の人に感謝だね。アルベルトの子供の頃の写真なんて」
 その言葉どおり、写真の横に書かれた短い文章には、美しい字で「アルベルト、6月別荘にて」の言葉が踊っている。
 後に、この写真の事が当人にバレ、大騒ぎになることになるのだが、それはまた別の話である。


PR
1 * HOME * an
  • ABOUT
うろほらぞ
Copyright © うろほろぞ All Rights Reserved.*Powered by NinjaBlog
Graphics By R-C free web graphics*material by 工房たま素材館*Template by Kaie
忍者ブログ [PR]