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うろほろぞ
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「なぁんだ、つまんないわねぇ」
「お前も一応、年頃の牝馬なら、自分の事を考えやがれ。
そんなんじゃ、引退しても、秋華賞馬だってのに、どこの雄馬も相手にしてくんねぇぞ」

ドバイWC日本代表馬の中でも問題児筆頭に、偉そうに引退後のプライベートの事まで説教されたものだから、
年頃の乙女としては、多少、気を害さない筈がない。

「ニトロ。それ、どういう意味よ、あたしが、お嫁にいけないとでも言いたいの?」
「ハッ!じゃあ、お前みたいなじゃじゃ馬が、一丁前に恋愛出来るってのかよ」
「よく言うわよ。そっくり、お言葉返してあげるわ」

売り言葉に、買い言葉。

「あわわ、二人とも落ち着いて…っ」
段々、険悪な雰囲気になる二人に、マキバオーがおろおろと動揺していると、トゥカッターが唯一の年上らしく鷹揚に割って入る。

「まぁ、二人ともそこまでにしておけ。嬢ちゃん、ニトロはな?本当はこう言いてぇんだよ。
『俺がちゃんと嫁にもらって、種つけてやるから、安心しろ』ってなぁ」

「な…っ!?」
トゥカッターがさらりと投下した爆弾発言で、ニトロニクスの頬が、浅黒い毛色の上からも、みるみる内に上気していくのが解る。
その様子をマキバオーとアマゴワクチンが、珍物でも見るような目で、眺めている。
視線を察知したニトロニクスが、一際大声で怒鳴った。

「ふっ…ふざけんな!おっさん!俺はこんな可愛げないオンナなんざ、お断りだぜ!」

照れ隠しであるのは明白だが、女性に向けて発するにはあまりに失礼な台詞だ。
火種が更に燃えあがる展開を予想して、「あーぁー…」とアマゴワクチンが溜息をつく。


そして、予想は当たる。

「冗談じゃないわよ!こちらこそ、あんたみたいに優しくないの、お断りだわ!」
鼻息荒く、ニトロニクスを一瞥するように睨みつけると、ふいっと顔を反らし、言を次ぐ。
「第一、私には、ちゃんと好きな人はいるんだからっ」
えっ?と驚きと痛みを交えた表情で、ニトロニクスが一瞬硬直する。

思い当たったマキバオーとアマゴワクチンが、複雑な気持ちでその言葉を聞いていた。事情を知らないトゥカッターが、
声を潜めてアマゴワクチンに問うのを、横目で苦々しく捉え、胸に走る鋭い痛みと敗北感から生まれる屈辱に、
ニトロニクスの中で抑制出来ない感情が爆発した。


だから、その言葉は本当に、理性無き無意識の勢いのようなものであったのだろう。

「けっ!どうせあのネズミだろ!いつまでも、女々しく死んだヤツの事、引きずってんじゃ…」
「ニトロ!!言い過ぎ!」

意外にも、それ以上の言葉を遮ったのは、つい先程まで右往左往してるだけのマキバオーだった。
その声に、ニトロニクスも自戒の念と共に我に返った。

「あ……」

見れば、アンカルジアは頸をうなだれて、黙っている。長い前髪で隠れて、その表情は窺いしれない。

「お…おいっ」
いつもの強気な彼女と明らかに違う様子に焦るニトロニクスに、黙ったままくるりと背を向けた。

「ちょ…おい、待てよっ」
「…………ニトロの……」
「……え?」

「馬鹿っ!!!」

叫ぶような罵声と共に、地面を一蹴り。凶器と化した後ろ脚の蹄が弧を描いて、見事にニトロニクスの鼻面にヒットする。
天下の秋華賞馬の後ろ蹴りだ。見てる方も痛そうに眉を寄せた。

「て…てめぇっ、オンナのくせに後ろ蹴りって…」
顔にくっきりUの文字を刻んで、ニトロニクスが激昂しかける。
だが、次の刹那、去っていくアンカルジアの横顔に、涙の筋を認めると、一瞬で言葉を失った。
ただ茫然と、駆け去っていく後ろ姿を見つめていると、背後から一斉に声を揃えて非難が飛んできた。

「ニトロが悪い」

「な…なんだよ、お前ら…」
「あんな言い方は、ひどいのね!」
「ほら、早く追いかけて、謝っとけよ」
「冗談じゃねぇ、被害者は俺の方だろうがっ」
マキバオーとアマゴワクチンに責められながらも、素直になれない性格が邪魔して、余計に意地を張ってしまう。

「まぁまぁ、二頭ともよ、そうニトロを責めなさんな」
再び、トゥカッターが仲裁に入ってくる。

「惚れたオンナの心に、まだ他のオトコが住んでるのを知っちまったんだ。ニトロだって辛かろうよ?」
「べ…別に俺は…っ」
「だがなぁ…、勝負事はこちらの事情なんざ、汲み取ってくれねぇのよ」
「何の…話…だよ」
「いや、もしも、さっきのお前の言葉に深く傷ついて、ドバイにまでショック引きずったアンカルジアが走れなくなっちまったら、
誰の責任だと思ってなぁ…」
「………うっ…」

「しかも、そのせいで日本が惨敗し、罪悪感から帰国後も走れなくなり、とうとう競争馬引退…」
「なっ!?」

不吉な予想に、初めてニトロニクスの顔から、意地の仮面が外れる。その瞬間を見逃さない老獪さは、さすがに六歳馬だ。

「あまつさえ…後に待っていたのは『供養』という名の馬刺し行きなんて…」
「うわああん!アンカルジアが食べられるなんて、嫌なのねー!!」
母親が売られた関係で、散々聞かされたひげ牧場の黒い噂のせいか、マキバオーには、『供養』の一言はリアルな恐怖だった。
その恐慌ぶりが、更にニトロニクスの焦燥心を煽る。

「…っくそ」

とうとう意地が折れて、くるりとその巨躯を翻し、アンカルジアが走り去った道を、レースでも見せた事のない速さで走り出した。

その後ろ姿を見送りながら、「若いってのはいいねぇ」等とトゥカッターが呟いた。
「呑気な事言ってる場合かー!あああ、えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」

ぐるぐると回りながら、パニック状態のマキバオーの尻尾をアマゴワクチンが口で掴む。
「落ち着け、マキバオー。カッターのデマカセだからよ」
「これが落ち着いてなんか……っ、へ?…デマカセ?」

パニックから我に返ったマキバオーに、トゥカッターがにやりと笑む。
「あの嬢ちゃんは、天下の秋華賞馬だぜ?繁殖馬にしねぇ訳がねぇだろ?」

それに…、と言を続け、
「こんな事で走れなくなるようなオンナじゃねぇ事は、付き合いが長いお前の方が知ってるんじゃねぇか?」
「……うん」

ようやく落ち着きを取り戻したマキバオーの尻尾を離して、アマゴワクチンが呆れと多少意地の悪い作戦に少しの
非難を込めて、トゥカッターを見る。

「策士だな…」
「褒めてんだろ?」

全く悪びれないトゥカッターの様子に、諦めの溜息をつく。

「…まぁ、ああでも言わねぇと、ニトロは意地張っちまうだろうからな」
「そういう事だな。後は若い二人に任せてだな…。その内、らぶらぶしながら戻って来るだろうよ」

そう言うと、三頭は連れ立って馬房に戻ろうとした。だが、それを呼び止めるドラ声が聞こえる。

「おい!お前らー!」

振り返れば、飯富代表調教師が焦燥した様子で、息咳き切って駆け寄って来る。


「んあ?虎先生、そんなに慌てて、どうしたの?」
「いや、お前ら、ニトロとアンカルジアの二頭を見てねぇか?」
「つい、さっきまで一緒だったが…どうかしたのか?」

いつも鷹揚に構えている飯富の珍しく青ざめた表情に、三頭が不審そうにする。

「いや、どこにも居ねぇんだよ。今、スタッフ総出で確認してんだけどよ。なんだか、門の外に二頭らしき蹄の跡を見つけてよ。
もしかしたら、外に出て行っちまったかもしれん」

「えっ!?」
三頭の驚きの声が、ぴたりと重なる。

マキバオーとアマゴワクチンが、策士トゥカッターを頼るように見た。
だが、次に出た言葉は、




「……こいつは計算外だぜ」



                    *

今度こそ 願っても
見つかったようで見つかんない…
くり返すせつなさに
不安募ってくけど


「…駄目ね、私。どうして、こうなのかな」

独り佇み、アンカルジアは呟いた。

そして、目の前で苔むす小さな墓石にうっすら積もった埃を鼻先で払う。
手作りの墓石に刻まれた名前を呼ぶ。

「…チュウ兵衛」

本多特別分場を飛び出して、悔しさと苛立ちそして悲しみが渾然となったまま、訳も分からず走っていたが、
何故かここに辿り着いた。一度、高坂里華に頼んで墓参りに連れてきてもらったので、
道は知っていたが、意識的に来たつもりはなかった。



だが、理由は解っている。

「…逃げてきたのね、私」

そう、今まで虚勢を張って目を背けていた現実から、ここに逃げ込んできたのだ。


───『そこまで解ってんなら、帰れ』

ふと聞こえた声に、アンカルジアは目を見開いた。

「チュウ兵衛!?」
思わず見える筈もない彼の姿探して、周囲を見回す。
もう聞く事が出来ないと諦めていた懐かしく愛しい声に、胸が高鳴る。
また弱気になった自分を叱って欲しくて、そして励まして欲しくて…。

だが、次に聞こえた声は、冷たく突き放すものだった。


───『お前には、がっかりだぜ。そんな程度のオンナだったのかよ』

「え…?」

期待とは裏腹に、記憶のどんな声よりも冷淡で、容赦のない言葉に戸惑う。
自分が求めていたのは、乱暴で少し意地悪な口調でも、誰よりも深い優しさが隠された彼だった。

「なんでそんな事言うのよ…!私だって、頑張ってる!走って走って、辛いけど
また走って…、少し位、逃げてもいいじゃないっ!」

悲鳴のような叫び。知らぬ間に、双眸から、誰にも見せまいとずっと耐えていた涙が溢れていた。

───『それで…逃げた先に何があるんだ?』

「あなたが…いる。また私を励ましてよ!傍にいてよ!…独りで走るのが怖いのっ!」

───『俺は、もういねぇんだよ』


誰よりも彼の声では、聞きたくなかった現実。



「……っ!?」

彼はもういない。見えずとも、ずっと傍にいてくれる筈だから…、消せない想いと共に自らに言い聞かせて、
決して認めなかった現実。


───『俺がいなけりゃ、走れないって言うんなら…。じゃあ…お前に走る事をやめれんのか?』

その問いにアンカルジアは、何も答える事が出来ない。是とも否とも。


「……それは」


シルバーコレクターと呼ばれ、負け続けた屈辱と、初めて先頭でゴールを切った瞬間の快感が
綯い交ぜに脳裏を交錯する。走るほどに味わう天国と地獄と…。

だが、身体が覚えている。あの震えるような一瞬の天国が、長い地獄さえも吹き飛ばしてくれる事を。


───『それに、お前は独りで走ってる訳じゃねぇだろ?』


「……え?」
「この…馬鹿オンナ!!」

重なったもう一つの声は、聞き慣れて、チュウ兵衛のそれよりも、もっと現実の質量を含んでいる。
驚いて振り返ると、まるで激しいレースを終えた直後のように、滝のような汗を流し、いつもきっちりと
整えたご自慢のリーゼントも振り乱して、ニトロニクスが仁王立ちしていた。

「なんで…ニトロ」
思いも寄らなかった相手の登場に、茫然としてると、怒りも露わに鼻息荒く近づいて来る。

「なんでじゃねぇ!こんなとこまで、のこのこ来やがって、この馬鹿っ」

荒い息そのままに、一気呵成に罵倒したが、何故か後悔混じりの苦虫を噛み潰したような表情で、「いや…」と続け、


「馬鹿は俺だな…」


そう呟くと、アンカルジアの横を神妙な顔ですり抜け、墓石に近づく。

「悪かったな…」
独白のような謝罪が、耳を掠めた。墓石を見つめたままのニトロニクスの顔は解らない。
一瞬、空耳かと疑ったが、今度は振り返り、蒼い瞳がしっかりとこちらを見た。

「悪かった…」
「な…、何よ…」
「忘れんなよ、コイツの事」

ふいっと、鼻先が墓石を指す。

「あんな事、言っちまったけどよ…解ってんだよ。今のアンカルジアがいるのも、コイツと出会った事が
在るからだって。お前の一部なんだって」

「ニトロ…」
まさか彼の口から、そんな言葉を聞くとは思わず、ただただ茫然としていた。

「ただ…それと、同じくらい忘れて欲しくねぇだけなんだよ。仲間の事。マキバオーとか
ワクチンとか、カッターのおっさんとか…………………俺…とかよ」

それは訥々として、決してスマートな物言いではなかったが、彼の持つ不器用な優しさに直に触れ、
素直に心に沁み入っていく。

不意に、心の中に巣くっていた灰色の靄のようなものが、潮が引くようにすうっと晴れていくのが解る。
どうして、自分は彼らを忘れてたのだろう。どうして彼らに、空元気の虚勢を張っていたのだろう。
時には、弱気な自分を晒したって、彼らが拒否する筈がない事を知っていたはずなのに。

自分の愚かさと、気づいた事実の喜びに小さく鼻で笑うと、ニトロニクスを改めて見据えた。


「ねぇ…悪い事したって思ってるなら、ちょっと目瞑ってよ」

「う…、お、お前、また蹴り入れるつもりか?」
未だに痛みが引かない顔を強ばらせて、ニトロニクスは一瞬怯んだが、
「いや、悪ぃのは俺だもんな…。いいぜ、重いの一発入れろや」
と、潔く覚悟を決め、固く目を閉じ、来るであろう激痛に身構えた。



だが、頬を掠めたのは痛みでは無く、温かく柔らかな感覚だった。

「ありがとう、ニトロニクス」

ぺろっと湿った水音に驚き、目を開けたが既にアンカルジアの姿はなく、軽やかな足音が背後に響いていた。
更に遠くから、聞き覚えのある足音が三つ、駆け足で近づいて来る。

「あー!いたいた!」

マキバオーを先頭に、アマゴワクチン、トゥカッターも駆け寄って来る。

「やだ、みんなどうしたの!?」
驚くアンカルジアを呆れ顔で、三頭が囲む。
「この家出娘、どうしたのときたもんだ」
「もう、若造さんに、二頭に似た馬を牧場で見かけたって、連絡もらった時は、びっくりしたのね!」
「俺たちも急いで向かったんだよ。まさか、ここで5000M特訓の成果が生かされるとは、思わなかったぜ…」

まぁ、無事に会えて良かったよと、安堵する様子を見て、アンカルジアがすまなそうに眉を下げる。
「ごめんなさいね?…でも、先生達はみんながここに来たの知ってるの?」
その問いに、三頭が顔をきょとんとして、見合わせる。

「お前が、先生に言ってあるんだろ?マキバオー」
「うんにゃ、ワクチンが言ってあるんじゃないの?」
「いや…、俺は慌てて…、てっきり、カッターが言ってあるんだと」

「……これって、無断外出ってヤツじゃねぇか?」
トゥカッターの一言に、再びマキバオーが奇声を発してパニックに陥る。

「いやあああ!えらいこっちゃ、えらいこっちゃ。絶対、虎先生、怒ってるよ!ぶたれるー!」

その滑稽なまでの慌てぶりに、思わずアンカルジアが吹き出した。
「ぷ…っ!クスクス…。マキバオーは、ともかくワクチンとカッターまでやらかすなんてねぇ?」

面目無さそうにうなだれるアマゴワクチンの横で、さすがのトゥカッターも天を仰いだ。

「もう!誰のせいだと思ってるのね!アンカルジアも他人事じゃないよ!」
大きな鼻穴から荒く息を吐き出しながら憤慨するマキバオーに、アンカルジアは、茶目っ気たっぷりにウィンクして見せる。


「あら、その時は庇ってくれるでしょ?『仲間』なんだから」

しれっとした物言いに、トゥカッターが呆れを通り越して賞賛を送る。
「……大物だぜ、嬢ちゃん」
「ふふ、ありがとっ。さ、これ以上、先生を怒らせると何させられるやら解らないわ。帰りましょ?」
そう促すと、先ほどから石像のように、硬直したままのニトロニクスを呼ぶ。

「ほら、ニトロも!馬鹿みたいに、突っ立ってないで帰るわよ!」
その声に、まるで長い夢から覚めたように、はっと我に返った。

「え…?あ……。だ、誰が馬鹿だよ!」
「誰かしらねぇ~?」
こうなると、いつもの掛け合いだ。空とぼけながら、軽やかな足取りで走り出す。


そして、ちらりと後ろを振り返った。

(バイバイ、チュウ兵衛。私はあなたよりもっと先に行くわ。あなたは『そこ』で、
こんなにイイ女と離れた事、後悔してながら見てなさい?……ずっと見ていてね…)

少しの強がりと願いを心中で呟くと、しっかりと前を向き直った。走り出せば、頬を心地よく風が切る。




───『解ってんじゃねぇか。それでこそ、俺が惚れたオンナだぜ』


傲慢で口は悪いけれど、裏に優しさにを隠して、笑いを浮かべた声が、風に乗って聞こえる。

「……っ!?」


その声に、足を止め掛けたが、アンカルジアはもう振り返らなかった。
ただ小さく満足気な笑みを浮かべ、前へ走る。


涙に濡れていた頬は、いつのまにか風に払われるように乾いていた。




こぼれる涙いつの間に ほら
はじまりに変わってるはずよ
回り道でも歩いていけば
行き先はそう自由自在
こぼれた涙いつだって ほら
願いの数を映してるの
遠回りでもたどり着けるわ
行き先はもう自分次第
Don't you worry
いまone step for tomorrow
進んでいるから alright!
またtwo steps for tomorrow
近づいてるから alright

lyric by Crystal Kay『なみだの先に』







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