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one-peace


未だわずかに夕焼けの余韻を残す空の下。
普段より少し早く、桐生は自宅の扉を開いた。
待ちかねたように遥がこちらに駆けてくる。
晩ご飯、ちょうど今できたところだよ。早く一緒に食べようよ。
そう言いながら少女は男の腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張った。
古いちゃぶ台を囲み、出来たばかりの夕食を二人で食べる。
白いごはんと豆腐のお味噌汁。それに焼き魚。
おかわりもあるからね、と身を乗り出して遥が言う。
少女はいつも食事をしながら、その日学校で起きた他愛もない出来事を楽しそうに話す。新しくできた友達の話、体育の授業でマラソンをがんばっていること、次の学年からはクラブ活動が始まるけれど、どのクラブに入ろうか迷っているという話。小学生の、よくある世間話だ。
しかし桐生は、遥の話を聞くのが好きだった。
くるくる変わる表情を見ているのも好きだった。
ちょっとした事でこぼれる彼女の笑顔を見るのが、一番の幸せだった。
桐生がごはんのお代わりを頼むと、遥がいそいそと山盛りによそってくれる。
自分の娘のような年の少女と、どこにでもいる親子のように、ごく当たり前の、ごく平凡な生活を送る。それだけの事が彼にとっては何もかもが夢のようだった。

もう忘れてしまいそうなくらい昔ーーそう、遥と同じくらいの年の頃は、彼もそれなりに平凡な生活を送っていた。但し親父は怠惰なチンピラで、稼ぎはほとんど無く、年中外で飲んだくれていた。代わりに母親が毎日働き、時折思い出したように戻ってくる父親に金を渡していた。一馬少年にとって父は憎むべき男だったが、父を憎む以上に母が好きだった。
毎日休まず朝早くから夜遅くまで外で働いていた母と話が出来るのは、大抵夕食の時だけだった。母親は大人しい女性で、一馬の腕白に少し困った顔をしながらも、息子の武勇伝をいつも楽しそうに聞いてくれた。

今は自分が親の役割だな。
娘のような少女を見ながら一馬は思った。遥の今の境遇は昔の自分に似ている。そして遥の過去は当時の自分など比べ物にならぬほど過酷な物だった。そんな彼女が今、楽しそうに自分に微笑みかけてくれる事が嬉しい。
遥を二度と悲しませたくない。ずっと笑顔でいて欲しいと、心からそう思う。
いつの間にか、食事を進める手をとめて、深く考え込んでしまっていたらしい。
「おじさん、怖い顔してるよ…お魚、生焼けだった?それとも焦げてたかなぁ」
目の前の少女が首をかしげた。長い髪がさらりと揺れる。大きな瞳がこちらを見ている。
「あ、あぁ、なんでもない」
桐生は、自分の考えを見透かされたような気がして急に気恥ずかしくなり、あわててごはんをかきこんだ。
そして、むせた。
「おじさん、大丈夫!?」
なかなか咳がおさまらない桐生の背中を、遥が一生懸命さすってくれる。
「…すまない」
桐生は少し情けない気分だった。
少女は『おじさん』の様子が落ち着いてきたのを見て炊事場に走り、水を汲んできてくれた。
それを飲んで、ようやく一息つく。
「もー、私がいなきゃ全然ダメなんだから!」
人さし指を立てて、いたずらっぽく微笑んだ。
「そうかもしれないな」
そして顔を見合わせて、声をあげて笑った。

食事を終え、洗い物や風呂も済ませ、ゆったりとした時間が流れる。
新聞を読んでいた桐生に遥が話しかけた。
「おじさん。今度のお休み、忙しい?」
「いや。…どこか行きたいところがあるのか?」
「おかずが少なくなったから、スーパーに行きたいの」
それくらい、俺が買ってくると答えたが、遥は大きくかぶりを振った。
「いいの、おじさんと一緒に行きたいの」
「なら、それは帰りにしよう」
「?」
遥はきょとんとしている。
「ほかに行きたいところはないか?」
どこでも好きなところに連れていってやる。そう続けると、遥が目を大きく見開いた。
「本当?」
「本当に決まってるだろう」
「やったぁ!」
遥は満面に笑みを浮かべて、しばらくあそこでもない、ここでもないと一人考えていたが、急に何か思い付いたらしく顔をこちら向けた。
「…あのね、私、おじさんと一緒に映画を見たい!」
「映画か…長い間見てないな」
神室町にも映画館はあったはずだが、全く、気にも留めた事がなかった。
「友達がね、この間家族で初めて映画館に行ってね、おーっきな画面で、すーっごく面白かったんだって!」
画面の大きさをあらわすように腕を広げ、目をキラキラ輝かせて力説した。余程うらやましかったらしい。
「じゃあ、今度の休みはどれでも遥の好きな映画を見に行こうか」
「ありがとう、おじさん!」
遥はバンザイして跳ね上がらんばかりに喜んだ。
その様子を見ていると、桐生まで心が躍り出すのを感じた。
「じゃあ、今度の日曜日、ね!」
壁にかけたカレンダーに、遥がペンで大きく赤丸をつけた。
下に『えい画』と書いてからこちらに振り向き、「約束だよー」と言って、笑った。
「もちろんだ」
「指切り!」

右手の小指を絡ませて指を切ってから、しばらく自分の指を見つめた。
指切りなんてするのは、いつ以来だろう。
なんでもないような、小さな約束に胸を躍らせていたのは、いつ頃までだったろう。
過去の記憶をたぐりながらふと目線を移せば、遥はもう休みの日に着る服を選んでいる様子だった。
薄い水色のワンピースを胸に当てている。
「遥は気が早いな」
「だって楽しみで、楽しみで待ちきれないんだもん!」
「そうだな…」
自然と口がほころぶ。俺も楽しみだ、と心の中でつぶやいた。
ずっと、この幸せが続けばいい。
毎日がありきたりで穏やかに、つつがなく続けば。
それは、自分には大それた願いかもしれないとも思いながら。






「one-piece」 了




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