ぶっきらぼうで照れ屋な愛すべき盟友の
その美しい妻の間に女の子が生まれたと聞いたのは
図らずもGR計画も軌道に乗り始め、春の日差しがふんわりと温かな風を運んでくる
そんな、私にとってはなんとも絵に描いたように麗らかな午後だった。
その知らせを受けたときの事は今でも良く覚えている。
盟友殿とはかなりの古い仲になるが
女性関係において面と向かってちゃんと紹介されたのは後に妻になった彼女だけで
その名を聞いたとき中東育ちの私の耳にはなんとも聴き馴染みの無い音だったが
はじめて対峙した時、まず彼女のとても整った容貌に細身の身体、
ただそこに在るだけで花が綻ぶ様な風雅さを兼ね備えたその存在自体に興味を引かれた。
次に意志の強そうな目。
白い肌に黒曜石のように煌めく髪がなんとも女らしく、なよやかであるのに
ちっとも女らしい弱々しさを感じないのは、おそらく彼女の黒い瞳に強固な意志の力と、
なんとも言えない抜け目のなさというか思慮深さを感じたからに他ならないだろう。
「どうぞよろしく」
「お初にお目にかかりますお噂はかねがね…」
どちらからとも無く所見の挨拶を交わし
どちらからとも無く握手を交わすために手を差し伸べた
私は彼女の手を取り握手をして
外見どおり彼女の手は小さくて白く、その指は細い。
低めの体温がなんとも手に心地よかった
「貴女の手にキスをしても?」
彼女は品良く小声で笑ってから
「ええ、かまいませんよ」
と私に手を差し出し
本人の承諾を得たので、その後ろで盟友があまり良い顔はしていないようだったが
あえて無視して口付けた。
この瞬間、突如私は彼女を手に入れた盟友の事がとても羨ましくなったのを覚えている。
たった女一人の事で長年付き合ってきた盟友と争ったりするほど私は無粋な人間ではないけれど
このとき確実に私はひと目で彼女に恋をしていたのだろう。
私が先に彼女に出会っていればという言葉が一瞬脳裏を掠めた事は言うべくもない。
いくら私が他の人間より多少惚れっぽいからといってそうそう一目ぼれという
体験をしたためしがないが、これは確実に出会った瞬間に好意を持てた女性であった。
見目が良い女だけなら飽きるほど出会ったが単に美しいだけの女ではなかったのだ盟友の妻は。
それから彼らは結婚し、春に子も出来たと言う。
そのとき彼らに対して心の底からおめでとうと思える自分に少しほっとしたが
同時にあの美しい女性がもう母かという感慨深さもあった。
さておき、我が盟友殿に子が出来たからには
それは念を入れてプレゼントを選ばねばならないだろう。
私は子供が大好きなのだが私には子がない。
だがその分、その子にありとあらゆる贈り物を用意してやろうと思い
選定して気に入りそうな品物を買い求めて。
産後の調子は順調と言う便りを聞きつけしばらく経ってから挨拶にいった。
なんと懐かしい思い出だろう。
ほんの十数年前の事なのに、前世の記憶のようにひどく懐かしい。
ふと、紅茶の香りで目が覚めた。
いつの間にか長椅子に上半身だけ身体を寝せただらしない状態で肘を突いてうたた寝していたのだ。
のそりと身を起こすとテーブルに入れたばかりの紅茶があり
その向こうにティーポットからもう一つの器に紅茶を注ぐ少女が座って居て
私が起き上がると驚くでもなく静かに声を掛けた。
「お目覚めになりましたか?」
「うん、良い匂いだねぇ。」
「こんなところで寝ては風邪を引いてしまいますわ。」
ソーサーの部分を掴んだ白い指が私に紅茶を差し出すのでお礼を言いながらそれを受け取る。
一口含むとなんとも言えず良い香りが口の中に広がって良い気分だった。
「美味しい。そういえば君のお母さんもお茶を入れるのが上手かったなぁ」
「わたしは母に入れ方を教わりましたから」
そう言と小さく微笑んだ生まれた時から知っている目の前の少女は、
知らない間にいろんなことを教わって成長している。
なるほど。
生まれたときには赤ん坊だった彼女も今や『少女』で
もう少しすれば『女性』になってしまうのだろう。
ソーサーからカップを持ち上げる仕草がなんとも上品で様になっている。
カーテンから漏れる午後の日の光が茶器を照らしたその風景はまるで絵の様な繊細さだ。
私は思わず少女のソーサーに添えられた形の良い指ををそっと手に取ると
彼女の指は小さくて白く、少し低めの体温が触れたところから心地よくて
なんとも言えないデジャヴュを覚えた。
「…もう少し…」
不意に
「え?」
「もう少し大人になったら私のところにお嫁においで。」
不意に思いが先走って口を付いて出た。
「…」
「大事にしてあげるよ」
「叔父さま…そんなことを言っていただいてはわたしが父にしかられてしまいます。」
私の手を振りほどくような事はせず、少し困ったように笑っていた。
こうしてみるとどう考えても今の私より彼女のほうが大人びているようだ。
彼女の複雑な生い立ちがそうさせたのか元々がこういう気質なのかはわからないが、
同年代の少女達と比べると明らかに物静かで、とても落ち着いている。
何より邪気が無く、なんとも安心できる。
「あの親父殿は私が説得しよう、そしたら考えてくれるかね?」
「それは…考えておきますわ。」
今度はクスクスと笑ってくれた。
人形のように完璧に美しい彼女の母親とは打って変わった
鈴の鳴るようなかわいらしい声と仕草で。
彼女は彼女の母親とは決定的にどこか違う。
でも、だからこそこんなにも愛しく、
だからこそ一生涯を掛けてでも彼女の側に居たいと思った。
「では誓いの印に…手にキスをしても?」
彼女は小さく小声で笑ってから
「ええ、かまいませんよ」
言葉はあの時とまるきり一緒だったが
口付ける手はあの時の小さい手よりもっと小さく
女性と言うには無邪気な彼女と私のあまりにも稚拙な誓いではあったが
この穏やかな感情から生まれる愛情もある。
今はまだ小さな手の指先に口付けるだけで
私にとっては充分であるのでそれで満足
…と言う事にしておこう。
私たちのこれからのことを考えると
我知らず口元が緩んだ。
その美しい妻の間に女の子が生まれたと聞いたのは
図らずもGR計画も軌道に乗り始め、春の日差しがふんわりと温かな風を運んでくる
そんな、私にとってはなんとも絵に描いたように麗らかな午後だった。
その知らせを受けたときの事は今でも良く覚えている。
盟友殿とはかなりの古い仲になるが
女性関係において面と向かってちゃんと紹介されたのは後に妻になった彼女だけで
その名を聞いたとき中東育ちの私の耳にはなんとも聴き馴染みの無い音だったが
はじめて対峙した時、まず彼女のとても整った容貌に細身の身体、
ただそこに在るだけで花が綻ぶ様な風雅さを兼ね備えたその存在自体に興味を引かれた。
次に意志の強そうな目。
白い肌に黒曜石のように煌めく髪がなんとも女らしく、なよやかであるのに
ちっとも女らしい弱々しさを感じないのは、おそらく彼女の黒い瞳に強固な意志の力と、
なんとも言えない抜け目のなさというか思慮深さを感じたからに他ならないだろう。
「どうぞよろしく」
「お初にお目にかかりますお噂はかねがね…」
どちらからとも無く所見の挨拶を交わし
どちらからとも無く握手を交わすために手を差し伸べた
私は彼女の手を取り握手をして
外見どおり彼女の手は小さくて白く、その指は細い。
低めの体温がなんとも手に心地よかった
「貴女の手にキスをしても?」
彼女は品良く小声で笑ってから
「ええ、かまいませんよ」
と私に手を差し出し
本人の承諾を得たので、その後ろで盟友があまり良い顔はしていないようだったが
あえて無視して口付けた。
この瞬間、突如私は彼女を手に入れた盟友の事がとても羨ましくなったのを覚えている。
たった女一人の事で長年付き合ってきた盟友と争ったりするほど私は無粋な人間ではないけれど
このとき確実に私はひと目で彼女に恋をしていたのだろう。
私が先に彼女に出会っていればという言葉が一瞬脳裏を掠めた事は言うべくもない。
いくら私が他の人間より多少惚れっぽいからといってそうそう一目ぼれという
体験をしたためしがないが、これは確実に出会った瞬間に好意を持てた女性であった。
見目が良い女だけなら飽きるほど出会ったが単に美しいだけの女ではなかったのだ盟友の妻は。
それから彼らは結婚し、春に子も出来たと言う。
そのとき彼らに対して心の底からおめでとうと思える自分に少しほっとしたが
同時にあの美しい女性がもう母かという感慨深さもあった。
さておき、我が盟友殿に子が出来たからには
それは念を入れてプレゼントを選ばねばならないだろう。
私は子供が大好きなのだが私には子がない。
だがその分、その子にありとあらゆる贈り物を用意してやろうと思い
選定して気に入りそうな品物を買い求めて。
産後の調子は順調と言う便りを聞きつけしばらく経ってから挨拶にいった。
なんと懐かしい思い出だろう。
ほんの十数年前の事なのに、前世の記憶のようにひどく懐かしい。
ふと、紅茶の香りで目が覚めた。
いつの間にか長椅子に上半身だけ身体を寝せただらしない状態で肘を突いてうたた寝していたのだ。
のそりと身を起こすとテーブルに入れたばかりの紅茶があり
その向こうにティーポットからもう一つの器に紅茶を注ぐ少女が座って居て
私が起き上がると驚くでもなく静かに声を掛けた。
「お目覚めになりましたか?」
「うん、良い匂いだねぇ。」
「こんなところで寝ては風邪を引いてしまいますわ。」
ソーサーの部分を掴んだ白い指が私に紅茶を差し出すのでお礼を言いながらそれを受け取る。
一口含むとなんとも言えず良い香りが口の中に広がって良い気分だった。
「美味しい。そういえば君のお母さんもお茶を入れるのが上手かったなぁ」
「わたしは母に入れ方を教わりましたから」
そう言と小さく微笑んだ生まれた時から知っている目の前の少女は、
知らない間にいろんなことを教わって成長している。
なるほど。
生まれたときには赤ん坊だった彼女も今や『少女』で
もう少しすれば『女性』になってしまうのだろう。
ソーサーからカップを持ち上げる仕草がなんとも上品で様になっている。
カーテンから漏れる午後の日の光が茶器を照らしたその風景はまるで絵の様な繊細さだ。
私は思わず少女のソーサーに添えられた形の良い指ををそっと手に取ると
彼女の指は小さくて白く、少し低めの体温が触れたところから心地よくて
なんとも言えないデジャヴュを覚えた。
「…もう少し…」
不意に
「え?」
「もう少し大人になったら私のところにお嫁においで。」
不意に思いが先走って口を付いて出た。
「…」
「大事にしてあげるよ」
「叔父さま…そんなことを言っていただいてはわたしが父にしかられてしまいます。」
私の手を振りほどくような事はせず、少し困ったように笑っていた。
こうしてみるとどう考えても今の私より彼女のほうが大人びているようだ。
彼女の複雑な生い立ちがそうさせたのか元々がこういう気質なのかはわからないが、
同年代の少女達と比べると明らかに物静かで、とても落ち着いている。
何より邪気が無く、なんとも安心できる。
「あの親父殿は私が説得しよう、そしたら考えてくれるかね?」
「それは…考えておきますわ。」
今度はクスクスと笑ってくれた。
人形のように完璧に美しい彼女の母親とは打って変わった
鈴の鳴るようなかわいらしい声と仕草で。
彼女は彼女の母親とは決定的にどこか違う。
でも、だからこそこんなにも愛しく、
だからこそ一生涯を掛けてでも彼女の側に居たいと思った。
「では誓いの印に…手にキスをしても?」
彼女は小さく小声で笑ってから
「ええ、かまいませんよ」
言葉はあの時とまるきり一緒だったが
口付ける手はあの時の小さい手よりもっと小さく
女性と言うには無邪気な彼女と私のあまりにも稚拙な誓いではあったが
この穏やかな感情から生まれる愛情もある。
今はまだ小さな手の指先に口付けるだけで
私にとっては充分であるのでそれで満足
…と言う事にしておこう。
私たちのこれからのことを考えると
我知らず口元が緩んだ。
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