言葉もなく寄り添い、ただ、その花を眺めていた。
白く小さな花は、触れると花弁が落ちてしまいそうになるほど、可憐なものだった。
その一時の事を李斎は何故か今、とても懐かしく思う。
随分と昔の事なのに、昨日の事のように思う。
何か話さなくては、と思ったがこの沈黙を壊すのが怖かった。
何を話せば良いのかわからなくて、声にならないのに、口を開けては閉じて。
肩が触れるほど近くに同じ榻に並んで座り、視線を同じ花に向けて。
頭の中が飽和状態で、何を話せば良いのか、ぐるぐると同じ事を考えている。
例えば、昨日の食べた食事の事とか、今朝の、高貴な方がしでかそうとして、性悪な傅相に見破られ、失敗した小さな悪戯の事とか。
話したい事はたくさんある。
けれど、ただ、言葉もなく、寄り添っているのは案外、良いかもしれない。
つまらない事を話して、呆れられるよりもずっと。
暑い夏を初めて経験した。
こんなに暑く感じたのは、黄海を旅した時以来だ。そして、黄海よりももっと暑い。
だからだろうか、昔の事をよく思い出す。
いや、それよりも、同じように寄り添っている二人の貴人を遠くから拝見したからだろうか。
昔の事をよく思い出す。
~了~
PR