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 窓の外で笑い声がした。
 榻に身を横たえた李斎の視界を、百日紅の枝を抱えた桂桂が走り抜けた。どこかの堂室に飾るのだろう。
「台輔……」
 口の中で呟いた李斎の頬を涙が一筋伝った。


 台輔もよく、ああして花を抱えて走っていた。
 そして。
 あれは、唯一度の花見だった。


 泰王の即位と共に冬を迎えた白圭宮は、次の本格的な花の季節の前に、主を失ったのだった。
 僅かに間に合った梅の花。走ってきた泰麒。
「李斎。花見をしましょうって驍宗様が」
「花見を」
「ええ。花は少ないけれど、英章を送るのだそうです」


 花見は楽しかった。英章の出陣前ということもあり、ことさらに席が乱れることもなく、僅かに開き初めた花の下で穏やかに皆酒を酌み交わした。大人達の間を泰麒がちょこちょこと走り周り笑いを運ぶ。
 このような穏やかな治世がこれから続いていくのだということを、李斎は疑っていなかった。もちろん文州の乱を始め、対処しなければならない問題は多い。それでも主上なら大丈夫、そう思っていた。


 宴もたけなわになった頃。
 人の輪から少し離れた場所で佇む李斎の隣に、一人の男が近づいた。
「英章殿、何か」
 李斎はほんの僅か戸惑い、曖昧な笑みを浮かべた。もちろん公の席では何度も会っていたが、李斎はこの時まで英章と個人的な話しをしたことがほとんどなかった。
 驍宗の配下でも抜きんでて若い――実年齢でも、見た目においても――この男を、李斎は少々警戒していた。腹黒いと人からは言われ、自らも明るくそれを肯定する。癖のある人物の多い白圭宮でも一際得体が知れない。
「李斎殿、私はそろそろ引き上げますが、この続きを今夜、拙宅で二人でしませんか」
 李斎とて小娘ではない。誘いの言葉の意味を瞬時に理解した。

 ふと視線を外した先に、驍宗と泰麒の姿があった。誰かがふざけて飲ませたのか、泰麒は赤い顔をして驍宗の膝に座込んでいる。
 驍宗は呆れたように笑っていた。

「せっかくですが……」
 断りの言葉を口にした李斎を、英章はそれ以上誘おうとはしなかった。
「それは残念。ではまたの機会を待つとしましょう。」
 あっけらかんと笑った顔が、李斎がにとっての英章の見納めとなった。


 榻に身を沈め、李斎は思い出を辿る。
 あの時、自分は英章の言葉を男女の営みについての誘いだと取った。そのことに間違いはなかったと思う。
 だが、もしも。
 もしも、英章が、その後に続いた事件の萌芽について気付いていたとしたら。
 誘いにかこつけて何かを李斎に伝えたかったのだとしたら。

 今更思い悩んでも仕方のないことなのだけれど。

 李斎は深く溜め息を吐いた。
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