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うろほろぞ
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明日(めいじつ)




口さがない者たちの噂話を、若者はつとめて気に留めないようにしていた。
聞かないふりをしていた。
つまらない風説に心を乱しては、結局のところ彼が今仕えている人物を傷つけることに至ってしまうと思ったからだ。
そのひとが、自分に関わることであってもそんな俗聞になど全く興味を示さなかったからこそ。
若者は、部外者である自分が心を騒がすことほどみっともないことはないと思った。
特に、そのひとは美しい女性であったから。
自分が見苦しい態度に出てしまうことが、たいそう恥ずべきことに思えた。

「いつもすまないな。」
身の回りの世話をする役目を嬉々としてこなす若者に、李斎は小さく労いの言葉をかけた。
「いいえ、劉将軍のお世話が出来るのは、光栄なことです。」
「ただでさえ、この国には人が足らぬのに。」
苦しげに眉を寄せる李斎に、若者が首を振る。
「将軍は、この国を救われた方です。台輔がお帰りになられたのは劉将軍のお力あってこそです。将軍のお役に立てることを誇りに思わない戴国の民は一人としていません。」
偽王の時代、蓬莱へと流されてしまった泰麒を帰還させるために命がけで他国に救いを求め、その過程で片腕を失ったこの女将軍は、国を救った恩人として破格の扱いを受けているが、一方で片腕を失ってしまったことで、武人としての働きどころか日常の生活すら人の手を借りずば立ち行かない。
「そなたのような前途有望な官を、私ごときの召使いに据えておくとは、宝の持ち腐れというもの。私には、故郷へ帰ってつつましく暮らすというすべもあると言うに。」
「劉将軍。」
何度か聞かされていた言葉に、若者はいつものように困惑の表情を浮かべるしかない。
この人望篤い将軍に白圭宮を去らせたくないという気持ちは、彼とて他の官と同じく強かったが、しかし彼女を説得して引き止める術を持たなかった。
そこで、ふと魔が差した。
いつもは聞かないようにしていた、あの噂がもし本当だったのなら・・・。
「あの、将軍。」
おずおずと問う若者に、李斎は優しげな視線を向ける。
うつむいたまま、尋ねた。
「将軍のどなたかに嫁されるというお話は本当なのですか。」
唐突な問いに、しかし李斎は表情を変えなかった。
まるで、その噂をとうに知っていたかのように。
かわりに、小さく笑った。
「誰がそのようなことを申しているのだ?」
「あ、その・・・。」
しどろもどろな若者に、李斎はついと窓の外を一瞥して言った。
「それが主上のご命令であれば従わずばなるまい。」
「違います!」
慌てて若者が遮った。
国主である王の名が、こんな巷の噂話に混ざってしまうのは恐ろしいことだった。
「だが私は全くの役立たずであるから、主上の御命令で私を押し付けられては諸卿にとっても迷惑であろう。」
「そんな・・・。」
若者はうまく言葉を紡ぐことが出来ず、おろおろするばかりだった。
実のところ、その噂は「劉将軍のお世話をお引き受けしたい」と願い出る上位の文官や武官が一人ならずいるらしいという話を端緒にしている。
国の恩人であっても、満足に働くことが出来ない身に国の俸給を与えることは、泰王を快く思わない者たちの中傷を呼ぶ。
それくらいならば、と進んで李斎を引き受けたいと願い出る者が、彼女の知己であった者や信奉者であった者の中から現れている、そういうことなのだ。
「それは・・・、違います。」
「それに。」
必要以上に自らを貶めようとする李斎に若者が抗弁しようとした時、女将軍はさらに低い声音でつぶやいた。
「私の夫となる者は、いささかおぞましきものを見ることになる。」
感情の見えない、だが今までになく険しいその声に若者はたじろいだ。
だが、李斎の凍り付くような声に一瞬青くなったものの、その意味するところに思い当たって若者はぱっと顔に朱を昇らせた。
「あ、あの・・・。」
「主上が、故郷に戻ることをお許し下されば良いのだが。」
その声は。
必ずしも切実な願いに聞こえるものではなかったのだが。
目の前に佇む女将軍の、質素な官服の内側にあるものを想像して思わず赤面してしまった若者の耳に、その微妙な声音は入って来なかった。




訪ねて来た男も、訪問を受けた女も、傍から見れば困惑しているとしか思えない表情で向かい合っていた。
厳密には、顔に出すべき表情を選びあぐねている、というのが正しかったかもしれない。
何もかもが、昔日とは違うのだということを、男も女も受け入れようと努力していた。
だが、その努力をしなければならないという両者の使命感の強さが、昔日と変わっていないことまで受け入れるのを拒否している、そんな皮肉な状況でもあった。 ふいに視線がぶつかると、そっと李斎は目を伏せた。
それは、ありし日の彼女には見られなかった仕草だった。
かつて想いを交わした女が視線を逸らす時、それは愛を失ったと解釈すべき時である。
そのくらいは、驍宗も知っている。
だが、自分たちがその昔に育んでいた情は、そんなお手本が通用するようなものではなかったことも知っていた。
知らなければ、あるいは幸せだったかもしれないが。
あらゆるものが変わってしまったかに見えるこの時この場所で、しかし驍宗にとって李斎が、そして李斎にとって驍宗が、何を以てしても引き換えることの適わない特別な存在であることだけは、実は変わっていないのだということを、二人は受け入れざるを得なかった。

未熟さを言い訳にそれを受け入れられない若さを、不幸にも二人とも失くして久しい。

「わたくしの処遇を、お決めになられたのでございますか。」
かつての李斎を知る身にはまるで馴染まない、蚊の鳴くような声に、驍宗は乏しい表情で答えた。
「そういう訳ではない。」
否定してみるものの、それに続く言葉はなかなか見つからない。
不自然な沈黙だけが、二人の間に横たわる。
「李斎。」
「はい。」
「そなたは、どうしたいのだ。」
尋ねる意味もないと判っていることを、それでも驍宗は訊いてしまった。
「数ならぬ身となりました。主上のご意向に従うしか術はございません。」
予想された答えに、驍宗は唇をわずかに歪めた。
歪めたまま、手を伸ばした。
李斎の身体をそこに収めるまでは柔らかかった腕の力が、記憶にある感触よりもはるかに細くて弱いのを認識するなり弾けるように強まった。
「わたしは、そなたを失いたくない。」
絞り出すような声が、李斎の耳元で漏れた。
わずかに身じろいだ李斎の動きは、哀れなほどに弱々しい。
その弱さに苛立つように、驍宗はさらに荒々しく抱き竦めた。
貪るように唇を奪うが、李斎は抗う仕草も応える様子も見せない。


襟元を解き、雪のように白い肌に口付けた時、か細い声が聞こえた。
「李斎とて女でございます。」
それはあまりに弱々しく、ありし日の彼女を知る者には同じ人間の声に聞こえなかったであろう。
「殿方に己の醜き様を晒すのは辛うございます・・・。」
伏せられた睫毛が揺れ、そこに涙が滲むのを見て驍宗は手を止めた。
李斎は抱き締められながら、驍宗の視線から逃れるように顔を伏せていた。
そして、弱った鳥でもこれほどにか細くは啼かないだろうと思う、そんな声を絞り出す。
「それが、心に想う方であれば尚更・・・。」
李斎はそうして、何かを否定するかのように、首を振った。
だが、男の肩を掴んでいた片方しかない腕は、首の動きに反作用でも起こしたように強くしがみつく。
驍宗は穏やかに、そっと彼女の頭を支えて自分の肩に乗せ、髪をやさしく撫でた。
心に渦巻く想いは、その仕草とは裏腹な、いささか苛烈なものであったけれども。

この女が、こんな風に脆い姿を晒すはずがない。

そう思いたかった。
己が惹かれ、愛したのは、この女の持つ強さであり気高さであった。
けれど、今腕の中に在る女がそれを失っているという事実を、受け入れなければならなかった。
女は小さく震えて、泣いていた。

ありし日、情を交わす時に彼女が抵抗して見せた力は、ずっと強くてしなやかだった。
だが、あの頃それをやすやすと封じた腕の力は、いま李斎が自分を拒否しようと抗う弱々しい力を跳ね返すことが出来ない。

すべては、変わってしまったのだ。
苦難の日々と片腕を喪うという事件が李斎から奪ったものは、あの清冽で涼やかで、瑞々しい生気だった。
もはや彼女が将軍として働けないという事実がもたらす缺落感より、それははるかに大きな痛みを驍宗にもたらした。

流れ出る溶岩のような色をした瞳を、驍宗はわずかに細めた。
その重苦しく燃える塊が、迸って流れるのを防ぐかのように。
そこに光るのは、正しく憎しみであったかもしれない。

それは李斎を変えてしまった物に対する、強い憎しみだった。
しなやかに靱く、眩しいほどに輝いていたあの人は、いま腕の中でか細く震えている。
こんな風に、この人を脆くしてしまった元凶たる存在を、驍宗は憎んだ。
己れの存在をかけて、憎んだ。
即ち、その不在によってこの国の隅々にまで苦難を与えた、自分自身という存在を。





仮住まいにと下賜された邸宅からほとんど出ようとしない李斎を、連れ出したのは泰麒だった。
李斎が、白圭宮に登城するのを躊躇してしまうのは、あまりに過去と重なるからだ。
辛い思い出だけを想起させる場所よりも、苦難の記憶と幸福の記憶が共にある場所に立つほうが、心が痛むことを李斎は知った。
その精神(こころ)の強さと器の大きさで、敬意の輪を作り上げていた泰王と、純真であどけない泰麒が幸せそうに笑む姿、この庭院に来るだけで、否、脳裏に思い描くだけで、李斎はそんな幻を見てしまう。
すべては、変わってしまったのだ。
それをきちんと理解しているはずの頭脳と、幻を見せようとする心が、痩せ細った李斎の身体の中で激しく拮抗する。
雲海を見渡すはずの路亭を遠目に認めて、李斎は目を眇めた。
一瞬、そこに人影を見たように感じた。
大柄な泰王の後ろ姿が、その腕に抱え上げられた幼い泰麒に何事かを囁いている、そんな風景が蜃気楼のように眼前を彷徨った。

彷徨って、やがて消えた。

「どうしたの。李斎。」
尋ねた泰麒に、李斎は答えた。
「あの路亭は、全く変わっていないのですね。」
努めて穏やかに紡いだはずの言葉に、しかし泰麒は目を剣呑に光らせることで応じる。
「李斎。」
一瞬だけ俯き、泰麒は李斎を真っ直ぐに見つめた。
その、己れとほとんど変わらない目線の高さに刹那戸惑って、李斎はまたも目を伏せた。
その時泰麒の瞳に、怒りに似た鋭い光が宿った。

「台輔!」
やにわに抱き上げられて、李斎が泡を食ったような声で叫んだ。
泰麒は、軽々と李斎の身体を抱き上げると、路亭に向かった。
「台輔、お離しください。」
「なぜ?危ないから?」
飄々と問うた泰麒に、李斎は返答に詰まる。
泰麒の力は強く、骨まで痩せてしまっている李斎を運ぶのに難儀しているようには見えない。
かといって、恐れ多い、などという当たり前の理由を口に出来る空気はそこになかった。
路亭まで運ぶと、泰麒は雲海を見せるようにしながら李斎を下ろした。
「台輔・・・。」
困惑するだけで言葉のない李斎に、泰麒はひとつ、溜息をついた。
そして、一呼吸の間を置いて李斎に問うた。
「李斎は、昔に帰りたいですか?」
「・・・。」
泰麒は、視線を雲海に向かって泳がせながら、問うた。
「李斎は、あの頃のほうがすべて、今よりも良かったと考えているのですか。」
すべてではないだろう。
だが、ほとんどの物事について、この荒廃以前の状態に戻せるものなら戻したいと、切に願うこともある。
それは適わないことだからと、心の奥底に封じ込めてはいても。
「時間を戻ることが出来るのなら、戻りたいと思っているのですか。」
「不可能なことを願うのは、罪深いことです。けれど心が弱っている時のわたくしは、考えてしまいます。あれ以前に帰ることが出来たらと。」
「そう・・・。」
泰麒はもう一つ、溜息をついた。
それは、どこか冷ややかな空気を帯びていた。
「では、僕だけなんだ。」
泰麒の、半ば諦念の混ざったような声に李斎は驚く。
「喜んでいるのは、僕だけなんだ。僕には今、あの頃にはなかった、貴女をこの腕で運べるだけの力がある。こちらの文字も、多少なら読める。子供の頭には入らないことも、理解できる力も得た。あの頃には出来なかった、驍宗さまの国づくりの輔けとなることが、もしかしたら出来るかもしれないと思ったのだけど・・・。」
「台輔・・・?」
「皆、変わってしまった僕は、要らないみたいだ。」
「台輔!」
泰麒の言わんとすることの輪郭を朧げに悟って、李斎が鋭く叫んだ。
「僕だけは、あの頃と変わったことを喜んでいる。けれど、変わったことを喜んでいるのは、僕一人なんだ。」
「違います!!」
堪らず李斎は、泰麒の袖を掴んで叫んだ。
「台輔、貴方は、希望です。戴国の、待ち望んだ希望です・・・。」
李斎の瞳に往時の、堅固な意志を秘めた光が少しだけ復活していた。
「誰もが、貴方のご帰還を待っていました。貴方が、この国の礎となって下さるのを、待ち望んでいました。」
必死の呈で訴える李斎から泰麒はしかし、視線を逸らした。


ふいに、背後に騒めきが起こった。
「あ、劉将軍だ。」
自邸に籠りきりで、李斎の姿を見たくても見られない者たちが集まっていた。
泰麒が彼らを招き、李斎はわずかに顔を綻ばせた。
だが伏し目がちなその瞳に、かつて州師を率いていた頃の面影がないのを発見して、ありし日の彼女を知る者たちの目に戸惑いが浮かぶ。
泰麒は、彼らの名を一人一人呼ぶと、近況を聞いた。
誰にとっても苦難の中にあった過去6年のことには触れず、ごく最近の話題を持ちだしてはそれに関わった者たちの噂を拾い出した。
李斎はそれをただ聞いていた。
まるで、あの平和だった日々の続きに、昨日や今日があったかのような錯覚を起こしながらただ聞いていた。
穏やかなその時間の中に、李斎は幻を見る。
若枝が太陽に向かって伸びるように、健やかに成長する泰麒の姿を。
暖かい波のようなものが胸の裡を流れ、だが突然李斎は我に返った。
幻を振り払うように首を振った李斎の、その視線の先に、泰麒の瞳があった。
「疲れましたか?李斎。」
気遣わしげなその声は穏やかに低く。
綻んだ笑みに緩められた瞳は静かに深く。
「あ・・・。」
暗い闇の中で、ふいに外界への扉を開かれた時のような眩しさを、李斎は言葉に出来なかった。

光の中に立つ、李斎とほとんど変わらぬ背丈の麒麟は、幻ではなかった。

白圭宮の主が姿を現したのは、その時。
集った者たちが、一斉に跪礼する。
「主上。」
皆に混じって跪いた李斎に、驍宗は穏やかに声をかけた。
「話をしたいのだが構わないか。」
「・・・・。」
顔を上げられず、答える言葉も見つからないでいる李斎の脇で、衣擦れの音がした。
集っていた者たちが、王に遠慮して一人また一人を去っていった。
その衣擦れの音が止んだ後、そっと目を上げると赤い真摯な眼差しに出会う。
李斎は、目を逸らさなかった。
紡ぐ言葉が見つからないまま、それでも李斎はその赤い瞳を見つめていた。
「駄目です。」
その時ふいに、背後から拒否の言葉が聞こえて李斎は思わず振り返った。
泰麒は、路亭の手すりに腰を預けながら、己が主を真っ直ぐに凝視している。
「蒿里?」
訝しげに首を傾げた驍宗に、泰麒は静かに、ただ静かにその言葉を突きつけた。
「貴方は、この人を泣かせることしか言わない。だから、行かせられない。」
「台輔!」
李斎は小さく、悲鳴を漏らした。小さな声しか出せなかったのは、そこに拡がる空気の圧力が緊迫をもたらしたため。

後に続いたのはしばしの沈黙。

泰王である男は、やがて静かに呟いた。
「そうだったな・・・。」
大柄な男の頭が、わずかに下を向く。
「官にも将軍にも、私をそのように譴責してくれる者がおらぬ。」
どこか寂しげな主の横顔を、泰麒は睨んだ。
何を責めようとしたのか、或いはしたいのか、定かでないまま泰麒はただ睨んだ。
「邪魔をした。」
一言そう発すると、驍宗はもと来た道を帰っていった。
「台輔。」
李斎が雲海を見下ろしながら、穏やかに泰麒を見る。
微笑を浮かべ、李斎は言った。
「主上と、お話をしてまいります。」
昔日の彼女を知る者を戸惑わせていた、伏し目がちの眼差しではない、まっすぐな瞳を泰麒に向け、宣言するように李斎はそう言った。
「また泣くことになるかもしれないのに?」
「泣きません。」
揶揄するような泰麒の言葉には、毅然と応じた。
「何を話すの?」
詰問に近いそれに、微笑みで答える。
「片腕を失くしたとはいえ、剣術指南程度は李斎にも出来ます。かたわの身ではありますが、戴国の再建に尽くしたい、だから使ってくださいと、お願いをしに参ります。」
「そのことで悪く言うものが出てくれば主上が困るだろうからと、邸に引きこもるのは止めるということですか。」

・・・やはりご存知だったのか。

だが、李斎は驚かない。
目の前の泰麒はもはや、あの幼くてあどけない麒麟ではないのだと、李斎はもう知っている。

「そのような非難が出るのならば、共に受けてくださいと、お願いをいたします。」
李斎は、正面に向きあって泰麒を見た。
「私の志を、ともに背負っていただきたいと・・・。」
そして、やわらかく笑んだ。
その悪戯めいた微笑みが、仄かに色香を纏う。
「あの方に要求してまいります。」

「李斎が泣くのは見たくないです。」
泰麒も、悪戯をする時のような微笑を浮かべた。
「だから、泣くかもしれないところへなんて行かせたくない。それならば、泣いて引き止めたい。」

あの頃のように。


だが、あれは遠い日で、もはや返らない。

「台輔。」
李斎はその場で跪いた。
まるで天に頭を垂れているかのように恭しく頭を下げ、李斎はその言葉を雲海からの風に乗せた。
「台輔。よくお戻り下さいました。」

静かに歩み去る李斎の背を見送った泰麒は、その視線をついと脇に逸らす。
いつの間にか、路亭の入り口付近に佇んでいた人物に声をかけた。
「ねえ正頼。」
否、問いを、発した。
「仁獣の麒麟に、憎まれ役をさせるこの国って、どういうこと?」
成年にはわずかに猶予があるような年頃の少年が見せる、悪ぶった声音で問われたそれに、正頼は答えなかった。
答えられなかった、というのが正しい。
「答えられないの?」
悪ぶった態度を取るために、無理をして侮蔑の表情を作る、そんな趣きを匂わす泰麒の問いに、それでも正頼は素直に応じた。
「はい。」
「ふーん。」
「申し訳ありません。」

「僕の問いに、答えられないんだ。それじゃあ・・・。」
泰麒は、人さし指を立てて天に向けた。
「貴方は傳相失格だ。」
「はい。」
正頼はその言葉にも素直に頷いた。
「解任だよ。」
「はい。」
「主上に、新しいお役目を貰わないとね。」
「はい。」
子守を卒業させられた男は、ただ、素直に頷いていた。





李斎が剣術指南の役目を得、つつましくも戴国再建の一翼を担い出してしばらく経つ頃には、彼女に求婚しようとする者はいつの間にかいなくなっていた。 その必要を見出さなくなったのが一番の理由であろうが、それとは別に、どうやら台輔と恋敵にならねばならぬらしいとの噂が、どこからか聞こえて来た。


ただ、その噂の出所は定かでない。










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35000ヒットリクby明美さま。『払い下げになる(なりそうになる)李斎』。ハイハイ、H.v.H.恒例の詐欺まがいリク作品の登場です。35000、一年以上前ですね。これだけ待って下さったのに、やはり詐欺くさいシロモノしか出来ませんでした。
ていうか、

途中で主役変わってます。(滅)

驍宗さまも李斎さんも逆境では黙して語らずのタイプだったようで、とにかく喋ってくれないくれない・・・。二人が喋ってくれないせいで半年近く執筆は停滞。そこで「子はかすがい作戦」ということで、泰麒ちゃんをグレーに染めて(そこが間違いか!?)投入したところ、話は動いてくれたのですが、ご覧の通りすっかり両親を喰ってしまいやがり・・・・ったくもう。
大人泰麒が自ら正頼の傳相の任を解く、というネタと、李斎の台詞「わが夫となるもの・・・」(これは我が最愛の女性アニメキャラ、クシャナ殿下のマイベスト台詞)は、常々どっかで使いたいな~と思っていたものです。
問題の「払い下げ」は、やはり私には無理だったようで(初期の頃は「やっぱり英章が出てくるんだろうなあ」とか思っていたのですが、私の中で英章のキャラが固まっていないため却下。)なんだか「リク内容消化率30%」あたりに落ち着いてしまいました。せめてもの気持ちということで(誤魔化しともいう)タイトルに明美さんの「明」の字を入れてみる・・・










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