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うろほろぞ
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冬の日は、低く南の空に浮かんでいた。東京の冬は、いつも晴天が続く。パリパリに乾燥した空気の中、遥はお気に入りのリップクリームを唇に塗ってから、桐生の病室に入った。
「おじさん。調子はどう?」
いつものように声をかければ、桐生は優しく微笑んだ。

遥は、あれから毎日桐生のもとへ見舞いに来ていた。桐生はまだベッドから立ち上がることを許されていない。
そして、遥は知っていた。この病室より二つ向こうの部屋に、あの郷田龍司が入院している事を。その事を桐生に言うべきかどうか、遥は考えていた。できれば、龍司に助けてもらったお礼を言いたいが、桐生が許さないかもしれない。
その日、遥は桐生の病室を出て、龍司の病室の前を通った。全開の扉の向こうに、白いカーテンがゆれていた。気になって、ドアの縁に手をかけて、そっと中を覗き込んだ瞬間だった。
「誰や」
低い声が飛んだ。ビクッとして、思わず立ち尽くす。喉が引き攣れたように声が出ないでいると、もう一度声が飛んだ。
「そこにいるのは誰や」
更に低く響く声。殺気が足元まで届き、遥は一歩踏み込んだ。後は引き寄せられるように、カーテンの向こうへ回りこむ。
龍司は、ベッドの上に上半身を起こしていた。青い院内着に点滴の管。かき上げただけの金色の髪と、喰い殺されそうな輝きを持つ、琥珀色の瞳。その瞳が真っ直ぐに遥を捕らえていた。
どうしようと、立ち尽くす遥の前で、その瞳がふっと緩んだ。
「なんや、嬢ちゃんかい」
「こ、こんにちは・・・」
とりあえず頭を下げて、遥はどうしようかと考えた。猛獣の檻の中に入ったような感覚に、ここから逃げ出したいと思うが、ここで逃げ出したら唯のおかしな子だと思われるかもしれない。ぐるぐると思考が回り始めた時、頭上から声がした。
「嬢ちゃんがここに居るっちゅうことは、桐生のオッサンもここに入院してるっちゅう訳やな」
太い笑いを含んだ声に、遥は龍司を見上げた。鋭い獣のような殺気は消えて、穏やかな表情になった龍司が遥を手招きした。
「まあ、座れや」
言われて、遥は吸い込まれるようにベッドに近づくと、脇に置かれた椅子に座った。色素の薄い瞳は、染めた髪と相まって、外国人のように見える。
「嬢ちゃんは、何しに来たんや?」
テレビぐらいでしか聞いた事の無い大阪弁で龍司は問う。別に怒っているようでは無いので、遥は小さく声を出す。
「あの・・・大阪で助けてもらったんで、お礼を言いたくて・・・」
「助けた?」
龍司の眉間にぐっと皺がよる。遥が緊張する前で、龍司の視線が天井を泳ぎ
「ああ、千石のあれか。あん時は、怖い思いさせてすまんかったなあ」
真っ直ぐに遥を見る眼は、秋の森を思い出させる色だった。微笑だけで、温かい感じになる。
「ううん。おじさんが助けてくれなかったら・・・」
「ちょい待ち!」
遥が言いかけた言葉に、龍司の声が被る。
「嬢ちゃん。オジサンはやめてや。ワシは、桐生のオッサンよりうんと年下なんやで」
「え?」
きょとんとする遥に、龍司はニカッと歯を見せて
「オッサンやない。お兄ちゃんや」
「お、お兄ちゃん?」
小さく言えば、龍司は点滴の無い右手で自分の胸を叩き
「そうや、お兄ちゃんや」
胸を張って言う姿がコミカルで、遥は思わず吹き出した。
「何や。おかしいか?」
途端に不満げな表情になる龍司に、一生懸命首を左右に振って
「ううん。違うの。お兄ちゃんなんて呼ぶの初めてだから、面白いなって思ったの」
「そうか。初めてか」
「うん」
頷けば、龍司は満足そうに
「ずっと、兄ちゃんて呼ぶんやで」
「うん」
力強く言って、遥はつられる様に笑顔になった。それに龍司が頷き
「嬢ちゃんは・・・」
「私の事は、遥でいいよ」
今度は遥が言い返す。大きな刃物傷のある唇が嬉しそうに笑い
「そっか。じゃ、遥。今日は桐生のオッサンの見舞いで来てるんやな?」
「うん」
「オッサン、調子どうや?」
「まだベッドから起きちゃいけないって言われてるの」
「そうか。ワシと同じやな」
感慨深そうに言って頷く様が、遥にはテレビの中のタレントの様に見える。いちいち動きが大げさで、何となく笑ってしまう。
「お兄ちゃんも、駄目なの?」
「そうや。ワシはタバコやらんからええけど、オッサンはタバコ吸えんから大変やな」
心配する所がそこなんだと、遥は笑う。龍司は少しも目をそらさず問いかけた。
「遥は、毎日見舞いに来てるのか?」
「うん」
「じゃあ、ついでにワシんトコにも遊びに寄ってや。ワシ、暇で暇で死にそうなんや。まあ、来週には大阪に帰るけど、それまで宜しゅう頼むわ」
桐生とはまた違う、優しい笑顔で龍司は言った。それから片目を閉じてウインクし
「この事は、桐生のオッサンには秘密やで。オッサンああ見えて過保護やからな。ワシがちょっかい出したーって乗り込んでくる可能性がある」
ウシシっと悪戯な子供のように笑う。
「そんな事、無いと思うけど」
「いや、絶対なる。大阪の城でのオッサンは唯事や無かった。ワシ、グーでぶたれる位ですめばええけど、東京湾に沈められるかもしれんと思っとるで」
龍司は目を閉じてうんうんと一人頷く。
「そんな事ないよー」
遥が口を尖らせる。
「絶対そうやって。遥が誰か男子と付き合う事があったら、オッサン自棄酒飲んで、その男の家に押しかけるで、きっと」
うひゃうひゃ笑いながら龍司が言う。遥はそうかなあと思う。桐生がそこまでするとは思えない。だが、龍司はすっとまじめな顔になり
「遥。せやから、この事は兄ちゃんと二人だけの秘密や」
「うん。わかった」
遥もまじめな顔で頷いた。龍司はにぱっと笑い
「約束やで」
右手の小指を出してくる。
「うん。約束」
遥は、大きな節くれ立った指に、小さな自分の指を絡めた。龍司がそれを大きく振って、指を切る。
「オッサンには内緒や。頼んだで。待ってるさかい、必ず来てや」
「うん。必ず来るから」
遥が椅子から立つ。龍司が眩しいものを見るように目を細めた。
「お兄ちゃん。またね」
「おう」
右手を上げて手をふる『兄』に、遥も片手を上げて答えて、病室を後にした。

その後、二人の秘密はすぐに桐生の知るところとなり、龍司がしっかり文句を言われたのは言うまでも無い。




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